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第8章 続・保健室の魔女
第4回
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「それは、えっと……だから、つまり……」
困惑し、しどろもどろになる僕に、真帆はけれど「ぷぷっ」と噴き出すように笑ってから、
「――いつまでも若くいられるってことですね、私☆」
と意外にも軽くおどけて見せたのだった。
確かにその通りかもしれない。乙守先生くらいに長生きできるのなら、僕が死んだあとも真帆はこの見た目を永く保ち続けるということになるのだろう。それはとても凄いことだ。不老長寿を求めた歴史上の人物は数多くいるが、誰もそれを実現させることなどできなかった。多くの人類の願いを叶えた人間が、今目の前に居るのだから、それだけでとんでもない話である。
それに、僕の見られない未来を見ることができるのだから、本当に羨ましいかぎりだ。
果たして日本の未来はどうなっているのだろうか。そのとき僕の知るこの町はどうなっているのだろうか、興味は尽きない。
けれどもちろん、それだけじゃない。
他人よりも永く生きるということは、それだけ多くの出会いと別れがそこにはあるということだ。
親しくしていた人々の死を、永遠の別れを、この先ずっと、真帆は見続けなければならないということに他ならないのだ。
その中にはもちろん、僕も当然いるわけで……
僕が死んだあと、真帆はどんな人生を送っていくのだろうか。
僕のいない未来で、真帆はどんなふうに生きていくのだろうか。
そこでふと、僕は乙守先生のほうに視線を向けた。
乙守先生はじっと僕を見つめ返して、静かに頷く。
僕の心配を理解し、肯定するように。
乙守先生はいったい、これまで出会ってきた友人知人たちの死を、どのように受け入れてきたのだろうか。何を思い、何を感じ、そして今、自分と同じ立場になろうとしている真帆のことを、どう考えているのだろうか。
「真帆」
僕が声を掛ければ、真帆はにやりと口元に笑みを浮かべて、
「ふっふっふ! 不老長寿は人類の夢! それを手にしている私は、それだけで人生勝ち組なんですよ! 羨ましいでしょう? 人の数倍、いいえ、もしかしたら数十倍は長く生きられるかもしれない私って、本当に恵まれていますよね。人より成長が遅いような気はしていましたけれど、私の寿命そのものが永く伸びているせいだったんですよ。納得ですよね!」
「――真帆」
「おっと、魔法の力で僕の寿命も伸ばしてくれって言われてもそれはできませんからね? 残念ながらそんな魔法は現在のところ発見されていませんから! それはとても難しい問題なんです。これまでに何人もの魔法使いが不老長寿について研究してきましたが、そんな魔法がうまくいった試しは一度もありませんでした。乙守先生や私がとても特殊な例なんですよ。だから、申し訳ないですけど、シモフツくんは諦めて……」
「真帆、いいから」
「何が良いんですか? シモフツくんも手にしたいでしょ、不老長寿。老いなく長生きできるだなんてみんなの夢じゃないですか。今は諦めるしかないですが、もしかしたら、そのうち乙守先生と私がそんな夢みたいな魔法を作っちゃうかも知れません! その日が来るまでシモフツくんも頑張って長生きしてればいつかは――」
「……真帆、真帆」
「もう、なんですか? まだ私が話してる途中なのに!」
「いいから、落ち着いて」
「何言ってるんですか? 私は落ち着いてますよ?」
「泣いてるよ」
「泣いてません」
「目に涙が浮かんでるじゃないか」
「だから泣いてなんて……いませんって!」
ぶわり、と真帆の目元から涙が溢れた。
途端に真帆は後ろを向き、両手で顔を覆ってしゃがみ込んでしまう。
それを見て、乙守先生は小さくため息を吐いた。
「……下拂くん」
「――あぁっ」
余計なことを口にしたな、と気付いた時にはもう手遅れだった。
そこには重たい空気が流れ、真帆は静かに肩を揺らしていた。
真帆を泣かせてしまったのは――僕だった。
僕が余計な口を挟まず、真帆のあの不自然なテンションに合わせていれば、おそらくこんなことにはならなかったのだろう。
だけど、もう遅い。真帆は泣いている。それはいつもの嘘泣きなんかじゃなくて、本当に本気の涙。
この二年以上の付き合いの中で、僕はそう確信したのだった。
僕はしゃがみ込んだ真帆の背中に歩み寄り、床に両膝をつくと、
「……ごめん、真帆。泣かせるつもりはなかったんだ」
揺れる背中に、頭を垂れた。
泣き続ける愛しい人が、嗚咽を漏らしながら背中で返す。
「……なんで、ユウぐんが、謝るんですか?」
「泣くのを我慢している真帆を見てると居た堪れなくて、ついあんな余計なことを言っちゃったこと。本当に、ごめん」
「……まったくです……まったくですよ!」
叫ぶように言って、真帆はやおらこちらに身体を向けると、突然僕に両手を伸ばして胸に顔を埋めてきた。
涙を流しながらぎゅっと強く僕を抱きしめてくる真帆を、僕も強く抱きしめ返す。
「……私、イヤです。ユウくんが私より先に死んじゃうだなんて、絶対にたえられません……! もしユウくんが死んじゃったら、わたし、どんなに長生きできるとしても、死にます。ユウくんと一緒に死んじゃいますから……!」
「死ぬって……そんなことしないでよ、お願いだから。頑張って長生きするからさ。さっきも言っていたじゃない。乙守先生と一緒に不老長寿の魔法を作るかも知れないって。それを待つよ」
「そんなもの、そんなものできるわけないじゃないですか! そんな簡単にできていたら、今頃たくさんの人が救われてますよ!」
「でも、わかんないだろ? 今までできなかったからって、これからもできないってことには絶対にならない。今日はできなくても明日はできるかも知れない。明日が無理なら明後日にはできるかも知れない。諦めなければ、いつか必ず……」
「いつかなんて…….そんなこと……!」
軽々しく言うべきではなかったかも知れない。他にかけるべき言葉があったかも知れない。けれど、今の僕にはそんな言葉が全然思い浮かんでこなかった。
僕が言えるのは、なんて語彙のない、気持ちだけの安っぽい言葉なのだろうか。
僕はなんて非力なんだろう、なんて僕は情けないんだろう。
思いながら、僕はただ黙って、真帆の身体を抱きしめ続けることしかできなかった。今の僕には、結局、そうすることしかできなかった。
そんな僕の後ろから、
「……なるほど」
乙守先生の、小さな声が聞こえた気がした。
「それは、えっと……だから、つまり……」
困惑し、しどろもどろになる僕に、真帆はけれど「ぷぷっ」と噴き出すように笑ってから、
「――いつまでも若くいられるってことですね、私☆」
と意外にも軽くおどけて見せたのだった。
確かにその通りかもしれない。乙守先生くらいに長生きできるのなら、僕が死んだあとも真帆はこの見た目を永く保ち続けるということになるのだろう。それはとても凄いことだ。不老長寿を求めた歴史上の人物は数多くいるが、誰もそれを実現させることなどできなかった。多くの人類の願いを叶えた人間が、今目の前に居るのだから、それだけでとんでもない話である。
それに、僕の見られない未来を見ることができるのだから、本当に羨ましいかぎりだ。
果たして日本の未来はどうなっているのだろうか。そのとき僕の知るこの町はどうなっているのだろうか、興味は尽きない。
けれどもちろん、それだけじゃない。
他人よりも永く生きるということは、それだけ多くの出会いと別れがそこにはあるということだ。
親しくしていた人々の死を、永遠の別れを、この先ずっと、真帆は見続けなければならないということに他ならないのだ。
その中にはもちろん、僕も当然いるわけで……
僕が死んだあと、真帆はどんな人生を送っていくのだろうか。
僕のいない未来で、真帆はどんなふうに生きていくのだろうか。
そこでふと、僕は乙守先生のほうに視線を向けた。
乙守先生はじっと僕を見つめ返して、静かに頷く。
僕の心配を理解し、肯定するように。
乙守先生はいったい、これまで出会ってきた友人知人たちの死を、どのように受け入れてきたのだろうか。何を思い、何を感じ、そして今、自分と同じ立場になろうとしている真帆のことを、どう考えているのだろうか。
「真帆」
僕が声を掛ければ、真帆はにやりと口元に笑みを浮かべて、
「ふっふっふ! 不老長寿は人類の夢! それを手にしている私は、それだけで人生勝ち組なんですよ! 羨ましいでしょう? 人の数倍、いいえ、もしかしたら数十倍は長く生きられるかもしれない私って、本当に恵まれていますよね。人より成長が遅いような気はしていましたけれど、私の寿命そのものが永く伸びているせいだったんですよ。納得ですよね!」
「――真帆」
「おっと、魔法の力で僕の寿命も伸ばしてくれって言われてもそれはできませんからね? 残念ながらそんな魔法は現在のところ発見されていませんから! それはとても難しい問題なんです。これまでに何人もの魔法使いが不老長寿について研究してきましたが、そんな魔法がうまくいった試しは一度もありませんでした。乙守先生や私がとても特殊な例なんですよ。だから、申し訳ないですけど、シモフツくんは諦めて……」
「真帆、いいから」
「何が良いんですか? シモフツくんも手にしたいでしょ、不老長寿。老いなく長生きできるだなんてみんなの夢じゃないですか。今は諦めるしかないですが、もしかしたら、そのうち乙守先生と私がそんな夢みたいな魔法を作っちゃうかも知れません! その日が来るまでシモフツくんも頑張って長生きしてればいつかは――」
「……真帆、真帆」
「もう、なんですか? まだ私が話してる途中なのに!」
「いいから、落ち着いて」
「何言ってるんですか? 私は落ち着いてますよ?」
「泣いてるよ」
「泣いてません」
「目に涙が浮かんでるじゃないか」
「だから泣いてなんて……いませんって!」
ぶわり、と真帆の目元から涙が溢れた。
途端に真帆は後ろを向き、両手で顔を覆ってしゃがみ込んでしまう。
それを見て、乙守先生は小さくため息を吐いた。
「……下拂くん」
「――あぁっ」
余計なことを口にしたな、と気付いた時にはもう手遅れだった。
そこには重たい空気が流れ、真帆は静かに肩を揺らしていた。
真帆を泣かせてしまったのは――僕だった。
僕が余計な口を挟まず、真帆のあの不自然なテンションに合わせていれば、おそらくこんなことにはならなかったのだろう。
だけど、もう遅い。真帆は泣いている。それはいつもの嘘泣きなんかじゃなくて、本当に本気の涙。
この二年以上の付き合いの中で、僕はそう確信したのだった。
僕はしゃがみ込んだ真帆の背中に歩み寄り、床に両膝をつくと、
「……ごめん、真帆。泣かせるつもりはなかったんだ」
揺れる背中に、頭を垂れた。
泣き続ける愛しい人が、嗚咽を漏らしながら背中で返す。
「……なんで、ユウぐんが、謝るんですか?」
「泣くのを我慢している真帆を見てると居た堪れなくて、ついあんな余計なことを言っちゃったこと。本当に、ごめん」
「……まったくです……まったくですよ!」
叫ぶように言って、真帆はやおらこちらに身体を向けると、突然僕に両手を伸ばして胸に顔を埋めてきた。
涙を流しながらぎゅっと強く僕を抱きしめてくる真帆を、僕も強く抱きしめ返す。
「……私、イヤです。ユウくんが私より先に死んじゃうだなんて、絶対にたえられません……! もしユウくんが死んじゃったら、わたし、どんなに長生きできるとしても、死にます。ユウくんと一緒に死んじゃいますから……!」
「死ぬって……そんなことしないでよ、お願いだから。頑張って長生きするからさ。さっきも言っていたじゃない。乙守先生と一緒に不老長寿の魔法を作るかも知れないって。それを待つよ」
「そんなもの、そんなものできるわけないじゃないですか! そんな簡単にできていたら、今頃たくさんの人が救われてますよ!」
「でも、わかんないだろ? 今までできなかったからって、これからもできないってことには絶対にならない。今日はできなくても明日はできるかも知れない。明日が無理なら明後日にはできるかも知れない。諦めなければ、いつか必ず……」
「いつかなんて…….そんなこと……!」
軽々しく言うべきではなかったかも知れない。他にかけるべき言葉があったかも知れない。けれど、今の僕にはそんな言葉が全然思い浮かんでこなかった。
僕が言えるのは、なんて語彙のない、気持ちだけの安っぽい言葉なのだろうか。
僕はなんて非力なんだろう、なんて僕は情けないんだろう。
思いながら、僕はただ黙って、真帆の身体を抱きしめ続けることしかできなかった。今の僕には、結局、そうすることしかできなかった。
そんな僕の後ろから、
「……なるほど」
乙守先生の、小さな声が聞こえた気がした。
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