42 / 58
ごにんめ
第2回
しおりを挟む
2
応接間にはよく見知った面々が揃っていた。
ソファに向かい合うように座っているのは、真奈ちゃんの父親である楸(旧姓・下拂)優先輩と、真帆先輩の親戚にあたる堂河内翔くん、弟子だった那由多茜ちゃん、そしてお姉さんの加奈さんの四人。
窓辺には榎夏希先輩と、同じく高校の頃の後輩である肥田木つむぎ、その傍らで腕を組んで佇んでいるのは、かつての担任・井口先生だ。
彼ら彼女らの姿に、こんな大変な時なのに、なんだかとても懐かしい気持ちになる。
私がアリスさんと一緒に部屋の中に入ると、皆が一斉にこちらに顔を向けた。
「――遅くなりました」
軽く頭を下げると、
「葵ちゃん、ごめんね、急に呼び出して――」
加奈さんが腰を浮かせ、こちらに歩み寄ってくる。
私は「いえ」と口にして、
「これで全員ですか?」
「だな」
答えたのは、井口先生だった。
それから私たちはソファに座る四人の周りを囲むように移動して、
「それじゃぁ、早速だけど、もう一度状況の説明をしてくれないか」
と井口先生がアリスさんに顔を向けて促した。
アリスさんは頷き、口を開いた。
「――はい」
真奈ちゃんがいなくなったのは、昨日の夕方のことだった。
クラスメイトの桜木美春ちゃんと一緒に、この近くの神社に姿を現したジャッカロープを捕まえようとして追い駆け、いつの間にかあちら側に迷い込んでしまっていたという。
そこでバンダースナッチの群れに襲われてしまい、美春ちゃんは何とか戻ってくることができたけれど、真奈ちゃんは戻ってくることができなかった。
もともとあの神社はあちら側に近く、普段からひとりで行かないようしつこく言いつけていたはずなのに、真奈ちゃんはその言いつけを破ってしまい――ということらしい。
アリスさんの説明が終わって、私たちはしばらくの間、互いの顔を見合わせながら黙りこくっていた。
――あちら側。
それがどういう世界であるのか、私は知っていた。
何故なら高校時代に、かつての魔法部のメンバーであちら側に行ってしまったことがあったからだ。
それは私たちにとっては意図せずのことであり、私たちを貶めようとした人物からすれば意図的なものだった。
しかも、私と優先輩、夏希先輩の三人は、都合2回、あちら側に行っている。
一度は意識体で、二度目は肉体を持って。
それでもなお、私たちはあちら側のことを詳しく知っているわけではなかった。
あちら側の世界は常に闇に閉ざされていて、不安定で、歪んでいて、けれどこちら側と密接していて、常に隣に存在している。
できればもう、行きたくない、不気味で恐ろしい場所。
トラウマ、と言う程ではないのだけれど、できれば関わりたくない世界だった。
だけど……
「みんな、ごめん」
口にしたのは、優先輩だった。
「こうなる予感はしていたから、いつも注意はしていたんだけど――」
それに対して、夏希先輩は軽く笑って見せてから、
「……まぁ、真帆の娘だからねぇ」
それから優先輩の後ろから、彼の頭をわしゃわしゃとかき回してやりながら、
「だから、大丈夫だよ。あたしたちで見つけ出して、全員で説教してやろう」
ね? と優先輩の顔を覗き込んで、その頭をぽんぽん叩いた。
「――はい」
優先輩も、軽く頷く。
「とは言え、だ」
それに対して、井口先生は腕を組んだまま眉根を寄せて、
「あちら側が危険であることに違いはない。真奈はまだまだ修行中の身だったんだからな、なおさら心配だ。一刻も早く探し出して連れ帰ってやらないと、取り返しのつかないことになる」
私たちは先生の顔を見つめ、誰からともなく頷いた。
あちら側に住んでいる異形の生き物、それこそジャッカロープやバンダースナッチだけでなく、他にもジャブジャブ鳥やトーヴ、ラース、極めつけはジャバウォックと呼ばれる竜のような怪物やスナーク(特にブージャムと呼ばれる種)に襲われでもしたらひとたまりもない。
しかも、危険はそれだけではない。
あちら側の世界にいると、時間と共に記憶を失っていくのだ。
これまで幾度となく何人もの魔法使いがあちら側の調査に向かったが、その多くが記憶を失った状態で戻ってきた。
いくつかの記録(例えばあちら側に住む動植物など)は残っても、訪れた者の記憶がまるで残らないのだ。
それはあちら側に長居すれば長居するほど顕著であり、それゆえに帰り道を見失い、たとえ異形に襲われずとも戻ってこられない――と言われている。
少なくとも、私たちも長居したせいで、各々が一部の記憶を失っていた。
何とか記憶の断片を語り合って補い合ったが、それでもなお思い出せないことがある。
そんな世界に今、真奈ちゃんは取り残されているのだ。
「幸いにも、ここにいるメンツの大半はあちら側に行ったことがある。アリスさんの魔法のおかげで、無事に戻ってくることもできた」
井口先生はアリスさんに顔を向け、大きく頷き、
「だから、まぁ、あれだ」
と口元に笑みを浮かべて。
「真帆が帰ってくるまでに、なんとかなるだろ」
応接間にはよく見知った面々が揃っていた。
ソファに向かい合うように座っているのは、真奈ちゃんの父親である楸(旧姓・下拂)優先輩と、真帆先輩の親戚にあたる堂河内翔くん、弟子だった那由多茜ちゃん、そしてお姉さんの加奈さんの四人。
窓辺には榎夏希先輩と、同じく高校の頃の後輩である肥田木つむぎ、その傍らで腕を組んで佇んでいるのは、かつての担任・井口先生だ。
彼ら彼女らの姿に、こんな大変な時なのに、なんだかとても懐かしい気持ちになる。
私がアリスさんと一緒に部屋の中に入ると、皆が一斉にこちらに顔を向けた。
「――遅くなりました」
軽く頭を下げると、
「葵ちゃん、ごめんね、急に呼び出して――」
加奈さんが腰を浮かせ、こちらに歩み寄ってくる。
私は「いえ」と口にして、
「これで全員ですか?」
「だな」
答えたのは、井口先生だった。
それから私たちはソファに座る四人の周りを囲むように移動して、
「それじゃぁ、早速だけど、もう一度状況の説明をしてくれないか」
と井口先生がアリスさんに顔を向けて促した。
アリスさんは頷き、口を開いた。
「――はい」
真奈ちゃんがいなくなったのは、昨日の夕方のことだった。
クラスメイトの桜木美春ちゃんと一緒に、この近くの神社に姿を現したジャッカロープを捕まえようとして追い駆け、いつの間にかあちら側に迷い込んでしまっていたという。
そこでバンダースナッチの群れに襲われてしまい、美春ちゃんは何とか戻ってくることができたけれど、真奈ちゃんは戻ってくることができなかった。
もともとあの神社はあちら側に近く、普段からひとりで行かないようしつこく言いつけていたはずなのに、真奈ちゃんはその言いつけを破ってしまい――ということらしい。
アリスさんの説明が終わって、私たちはしばらくの間、互いの顔を見合わせながら黙りこくっていた。
――あちら側。
それがどういう世界であるのか、私は知っていた。
何故なら高校時代に、かつての魔法部のメンバーであちら側に行ってしまったことがあったからだ。
それは私たちにとっては意図せずのことであり、私たちを貶めようとした人物からすれば意図的なものだった。
しかも、私と優先輩、夏希先輩の三人は、都合2回、あちら側に行っている。
一度は意識体で、二度目は肉体を持って。
それでもなお、私たちはあちら側のことを詳しく知っているわけではなかった。
あちら側の世界は常に闇に閉ざされていて、不安定で、歪んでいて、けれどこちら側と密接していて、常に隣に存在している。
できればもう、行きたくない、不気味で恐ろしい場所。
トラウマ、と言う程ではないのだけれど、できれば関わりたくない世界だった。
だけど……
「みんな、ごめん」
口にしたのは、優先輩だった。
「こうなる予感はしていたから、いつも注意はしていたんだけど――」
それに対して、夏希先輩は軽く笑って見せてから、
「……まぁ、真帆の娘だからねぇ」
それから優先輩の後ろから、彼の頭をわしゃわしゃとかき回してやりながら、
「だから、大丈夫だよ。あたしたちで見つけ出して、全員で説教してやろう」
ね? と優先輩の顔を覗き込んで、その頭をぽんぽん叩いた。
「――はい」
優先輩も、軽く頷く。
「とは言え、だ」
それに対して、井口先生は腕を組んだまま眉根を寄せて、
「あちら側が危険であることに違いはない。真奈はまだまだ修行中の身だったんだからな、なおさら心配だ。一刻も早く探し出して連れ帰ってやらないと、取り返しのつかないことになる」
私たちは先生の顔を見つめ、誰からともなく頷いた。
あちら側に住んでいる異形の生き物、それこそジャッカロープやバンダースナッチだけでなく、他にもジャブジャブ鳥やトーヴ、ラース、極めつけはジャバウォックと呼ばれる竜のような怪物やスナーク(特にブージャムと呼ばれる種)に襲われでもしたらひとたまりもない。
しかも、危険はそれだけではない。
あちら側の世界にいると、時間と共に記憶を失っていくのだ。
これまで幾度となく何人もの魔法使いがあちら側の調査に向かったが、その多くが記憶を失った状態で戻ってきた。
いくつかの記録(例えばあちら側に住む動植物など)は残っても、訪れた者の記憶がまるで残らないのだ。
それはあちら側に長居すれば長居するほど顕著であり、それゆえに帰り道を見失い、たとえ異形に襲われずとも戻ってこられない――と言われている。
少なくとも、私たちも長居したせいで、各々が一部の記憶を失っていた。
何とか記憶の断片を語り合って補い合ったが、それでもなお思い出せないことがある。
そんな世界に今、真奈ちゃんは取り残されているのだ。
「幸いにも、ここにいるメンツの大半はあちら側に行ったことがある。アリスさんの魔法のおかげで、無事に戻ってくることもできた」
井口先生はアリスさんに顔を向け、大きく頷き、
「だから、まぁ、あれだ」
と口元に笑みを浮かべて。
「真帆が帰ってくるまでに、なんとかなるだろ」
0
あなたにおすすめの小説
異世界召喚は7回目…って、いい加減にしろよ‼︎
アノマロカリス
ファンタジー
『おぉ、勇者達よ! 良くぞ来てくれた‼︎』
見知らぬ城の中、床には魔法陣、王族の服装は中世の時代を感じさせる衣装…
俺こと不知火 朔夜(しらぬい さくや)は、クラスメートの4人と一緒に異世界に召喚された。
突然の事で戸惑うクラスメート達…
だが俺はうんざりした顔で深い溜息を吐いた。
「またか…」
王族達の話では、定番中の定番の魔王が世界を支配しているから倒してくれという話だ。
そして儀式により…イケメンの正義は【勇者】を、ギャルっぽい美紅は【聖戦士】を、クラス委員長の真美は【聖女】を、秀才の悠斗は【賢者】になった。
そして俺はというと…?
『おぉ、伝承にある通り…異世界から召喚された者には、素晴らしい加護が与えられた!』
「それよりも不知火君は何を得たんだ?」
イケメンの正義は爽やかな笑顔で聞いてきた。
俺は儀式の札を見ると、【アンノウン】と書かれていた。
その場にいた者達は、俺の加護を見ると…
「正体不明で気味が悪い」とか、「得体が知れない」とか好き放題言っていた。
『ふむ…朔夜殿だけ分からずじまいか。だが、異世界から来た者達よ、期待しておるぞ!』
王族も前の4人が上位のジョブを引いた物だから、俺の事はどうでも良いらしい。
まぁ、その方が気楽で良い。
そして正義は、リーダーとして皆に言った。
「魔王を倒して元の世界に帰ろう!」
正義の言葉に3人は頷いたが、俺は正義に言った。
「魔王を倒すという志は立派だが、まずは魔物と戦って勝利をしてから言え!」
「僕達には素晴らしい加護の恩恵があるから…」
「肩書きがどんなに立派でも、魔物を前にしたら思う様には動けないんだ。現実を知れ!」
「何よ偉そうに…アンタだったら出来るというの?」
「良いか…殴り合いの喧嘩もしたことがない奴が、いきなり魔物に勝てる訳が無いんだ。お前達は、ゲーム感覚でいるみたいだが現実はそんなに甘く無いぞ!」
「ずいぶん知ったような口を聞くね。不知火は経験があるのか?」
「あるよ、異世界召喚は今回が初めてでは無いからな…」
俺は右手を上げると、頭上から光に照らされて黄金の甲冑と二振の聖剣を手にした。
「その…鎧と剣は?」
「これが証拠だ。この鎧と剣は、今迄の世界を救った報酬として貰った。」
「今迄って…今回が2回目では無いのか?」
「今回で7回目だ!マジでいい加減にして欲しいよ。」
俺はうんざりしながら答えた。
そう…今回の異世界召喚で7回目なのだ。
いずれの世界も救って来た。
そして今度の世界は…?
6月22日
HOTランキングで6位になりました!
6月23日
HOTランキングで4位になりました!
昼過ぎには3位になっていました.°(ಗдಗ。)°.
6月24日
HOTランキングで2位になりました!
皆様、応援有り難う御座いますm(_ _)m
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
【完】あの、……どなたでしょうか?
桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー
爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」
見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は………
「あの、……どなたのことでしょうか?」
まさかの意味不明発言!!
今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!!
結末やいかに!!
*******************
執筆終了済みです。
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
【完結】スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
異世界宇宙SFの建艦記 ――最強の宇宙戦艦を建造せよ――
黒鯛の刺身♪
SF
主人公の飯富晴信(16)はしがない高校生。
ある朝目覚めると、そこは見たことのない工場の中だった。
この工場は宇宙船を作るための設備であり、材料さえあれば巨大な宇宙船を造ることもできた。
未知の世界を開拓しながら、主人公は現地の生物達とも交流。
そして時には、戦乱にも巻き込まれ……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる