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Day1
第3回
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3
お昼過ぎ、僕たちはひとしきりプールで遊びつくすと、軽く食事をすませてから市民プールをあとにした。
プールの中で遊んでいる間はさほど暑さは気にならなかったけれど、着替えて外に出た瞬間、むわっとした空気が僕たちを待ち受けていた。
いっそこのまま引き返してもう一度プールに飛び込みたい気持ちにもなったけれど、まさかそんなワケにもいかない。
僕には店の手伝いが待っているし(と言っても、軽く店の中を掃除して小遣いをもらうというものだ)、陽葵と湊はそれぞれ習い事がある。
千花も家の花屋で店番が待っているらしい。
陸と優斗と蒼太の三人は特に用事はないらしく、このまま坂を下りたところにあるスーパーに行って、そこのゲームセンターに行くつもりらしい。
僕も一緒に行こうと誘われたが、あいにく手持ちが少なかったので「また今度な」と言って断った。
坂道を下りるところまではみんなで一緒に歩き、そこで陸たち三人と分かれてから僕たちは商店街を経由して帰ることにした。
商店街のアーケードが強い陽の光を遮ってくれたけれど、やはり暑いものは暑い。
茹だるような暑さの中を僕たちは千花の家である花屋まで向かい、そこで軽くお茶をごちそうになってから少しだけ話をした後、陽葵、湊と並んで商店街をあとにした。
時刻は午後二時過ぎ。陽葵と湊の習い事は三時かららしいので、ちょうど間に合うくらいだろうか。
陽葵はピアノ、湊は英会話をそれぞれ習っており、家の近くにその教室があった。
僕も一時期は湊と同じ英会話教室に通っていたのだけれど、中学に入学するのと同時に辞めてしまった。
特に理由はないけど、あえて言うなら面倒くさくなった、だろうか。
学校でも英語をやるのに、家に帰ってから習い事まで英語をやりたくない、と親に言ったところ、「あら、そう」といとも簡単に辞めさせてくれたのだ。
親曰く、外国人観光客に向けて英語が喋れれば店としても何かの役に立つだろうと考えてのことだったそうなのだが、残念ながら観光ルートからちょっと離れた位置に建っているうちの店に観光客が訪れることなど滅多になく、来る客といえば近くに住んでいるおっさんや爺さんばかり。
要するに、見知った常連客ばかりだったのだ。
「ねぇねぇ、ハルト! 明日は何して遊ぶっ?」
湊が嬉々としてジャンプしながら訊いてきて、僕は思わず苦笑いしつつ、
「まだ今日も終わってないのに、明日の話か」
「うん! せっかくの夏休みなんだから、たくさん遊びたい! ねぇねぇ、明日は陸たちと一緒にハレオに行こうよ! みんなで電車に乗って! あとねあとね、水族館にもいきたいでしょ? あ、そういえばお化け屋敷! お化け屋敷もいってみたい!」
「あれぇ?」
と陽葵はにやりと笑んで、湊の顔を覗き込みながら、
「湊、あんた怖いの苦手じゃなかった? お化け、怖いんでしょ?」
すると湊はぶんぶん首を横に振って、
「怖くないよ! お化けなんてこの世に居ないんだって父ちゃんが言ってたし! あれは怖い怖いって思うから見ちゃう幻なんだって言ってたもん」
「なら、居もしないお化けを見に行く必要なんてなくない?」
「それはそれ! これはこれ!」
だんだんと地を蹴ってジャンプする湊の姿に、僕も陽葵も笑いながら、
「はいはい、んじゃ、みんなの予定を聞いてみて、行ってみようか」
「やったぁー!」
嬉しそうにくるくる回りだす湊の姿から視線を上げたところで、
「……あれ?」
道の向こう側からこちらに向かって歩いてくる見覚えのある人影に気づいて、僕は思わず呟いた。
誰だったっけ、と思いながら目を細めて見てみれば、それは白いシャツに薄い水色のスカートを履いた髪の長い女性で、彼女は左手にラムネ瓶を、右手には白い紙に包まれた揚げ物を掴んでおり、口をもごもごさせながら、彼女も僕の姿に気が付いたらしく、
「あらあら、またお会いましたね」
と立ち止まり、にっこりと微笑んだ。
確か名前は――そう、真帆さんだ。
「あぁ、はい。ども」
ちょっと返答に困りながら口にすると、陽葵が首を傾げながら、
「えっと……知り合い?」
「知り合い、なのかなぁ? 朝、伯父さんの家にお酒を届けに行った帰りに出会った人。だから、えっと、この人は――」
「私は、ただの旅行者です」
真帆さんは、陽葵に向かってもう一度微笑んだ。
人を惹きつけるような、なんとも可愛らしいその微笑みに、陽葵もとりあえずの笑みを浮かべながら、
「あぁ、そうなんですか! ようこそ、此道に! 楽しんでいってくださいね!」
当たり障りのないその言葉に、僕は内心、何故かほっとしてしまう。
「それじゃぁ、またどこかで」
真帆さんは、手にしたラムネを軽く振るようにして別れを告げると、僕らの脇を、まるでスキップでもするかのように、鼻歌交じりに去っていった。
そんな真帆さんの後ろ姿を三人並んで眺めていると、
「……綺麗な人だったね。ハルくん、あんな人が好みだったんだ?」
陽葵が意地悪そうな笑みを浮かべて、僕は思わずぶんぶんと首を横に振りながら、
「ち、違うよ! 何言ってんだよ!」
全力で否定してやったけれど、それを見た湊は、
「あぁ! ハルト、顔真っ赤!」
「やっぱりハルくん、あの女の人のこと……」
「だから、違うってば!」
大声で叫ぶ僕に、
「あはははっ! 怖い怖い!」
笑い声を上げながら駆け出していく陽葵と湊。
僕はそんな二人の後ろを、
「なんだよ、もう!」
と、ため息交じりに追いかけたのだった。
お昼過ぎ、僕たちはひとしきりプールで遊びつくすと、軽く食事をすませてから市民プールをあとにした。
プールの中で遊んでいる間はさほど暑さは気にならなかったけれど、着替えて外に出た瞬間、むわっとした空気が僕たちを待ち受けていた。
いっそこのまま引き返してもう一度プールに飛び込みたい気持ちにもなったけれど、まさかそんなワケにもいかない。
僕には店の手伝いが待っているし(と言っても、軽く店の中を掃除して小遣いをもらうというものだ)、陽葵と湊はそれぞれ習い事がある。
千花も家の花屋で店番が待っているらしい。
陸と優斗と蒼太の三人は特に用事はないらしく、このまま坂を下りたところにあるスーパーに行って、そこのゲームセンターに行くつもりらしい。
僕も一緒に行こうと誘われたが、あいにく手持ちが少なかったので「また今度な」と言って断った。
坂道を下りるところまではみんなで一緒に歩き、そこで陸たち三人と分かれてから僕たちは商店街を経由して帰ることにした。
商店街のアーケードが強い陽の光を遮ってくれたけれど、やはり暑いものは暑い。
茹だるような暑さの中を僕たちは千花の家である花屋まで向かい、そこで軽くお茶をごちそうになってから少しだけ話をした後、陽葵、湊と並んで商店街をあとにした。
時刻は午後二時過ぎ。陽葵と湊の習い事は三時かららしいので、ちょうど間に合うくらいだろうか。
陽葵はピアノ、湊は英会話をそれぞれ習っており、家の近くにその教室があった。
僕も一時期は湊と同じ英会話教室に通っていたのだけれど、中学に入学するのと同時に辞めてしまった。
特に理由はないけど、あえて言うなら面倒くさくなった、だろうか。
学校でも英語をやるのに、家に帰ってから習い事まで英語をやりたくない、と親に言ったところ、「あら、そう」といとも簡単に辞めさせてくれたのだ。
親曰く、外国人観光客に向けて英語が喋れれば店としても何かの役に立つだろうと考えてのことだったそうなのだが、残念ながら観光ルートからちょっと離れた位置に建っているうちの店に観光客が訪れることなど滅多になく、来る客といえば近くに住んでいるおっさんや爺さんばかり。
要するに、見知った常連客ばかりだったのだ。
「ねぇねぇ、ハルト! 明日は何して遊ぶっ?」
湊が嬉々としてジャンプしながら訊いてきて、僕は思わず苦笑いしつつ、
「まだ今日も終わってないのに、明日の話か」
「うん! せっかくの夏休みなんだから、たくさん遊びたい! ねぇねぇ、明日は陸たちと一緒にハレオに行こうよ! みんなで電車に乗って! あとねあとね、水族館にもいきたいでしょ? あ、そういえばお化け屋敷! お化け屋敷もいってみたい!」
「あれぇ?」
と陽葵はにやりと笑んで、湊の顔を覗き込みながら、
「湊、あんた怖いの苦手じゃなかった? お化け、怖いんでしょ?」
すると湊はぶんぶん首を横に振って、
「怖くないよ! お化けなんてこの世に居ないんだって父ちゃんが言ってたし! あれは怖い怖いって思うから見ちゃう幻なんだって言ってたもん」
「なら、居もしないお化けを見に行く必要なんてなくない?」
「それはそれ! これはこれ!」
だんだんと地を蹴ってジャンプする湊の姿に、僕も陽葵も笑いながら、
「はいはい、んじゃ、みんなの予定を聞いてみて、行ってみようか」
「やったぁー!」
嬉しそうにくるくる回りだす湊の姿から視線を上げたところで、
「……あれ?」
道の向こう側からこちらに向かって歩いてくる見覚えのある人影に気づいて、僕は思わず呟いた。
誰だったっけ、と思いながら目を細めて見てみれば、それは白いシャツに薄い水色のスカートを履いた髪の長い女性で、彼女は左手にラムネ瓶を、右手には白い紙に包まれた揚げ物を掴んでおり、口をもごもごさせながら、彼女も僕の姿に気が付いたらしく、
「あらあら、またお会いましたね」
と立ち止まり、にっこりと微笑んだ。
確か名前は――そう、真帆さんだ。
「あぁ、はい。ども」
ちょっと返答に困りながら口にすると、陽葵が首を傾げながら、
「えっと……知り合い?」
「知り合い、なのかなぁ? 朝、伯父さんの家にお酒を届けに行った帰りに出会った人。だから、えっと、この人は――」
「私は、ただの旅行者です」
真帆さんは、陽葵に向かってもう一度微笑んだ。
人を惹きつけるような、なんとも可愛らしいその微笑みに、陽葵もとりあえずの笑みを浮かべながら、
「あぁ、そうなんですか! ようこそ、此道に! 楽しんでいってくださいね!」
当たり障りのないその言葉に、僕は内心、何故かほっとしてしまう。
「それじゃぁ、またどこかで」
真帆さんは、手にしたラムネを軽く振るようにして別れを告げると、僕らの脇を、まるでスキップでもするかのように、鼻歌交じりに去っていった。
そんな真帆さんの後ろ姿を三人並んで眺めていると、
「……綺麗な人だったね。ハルくん、あんな人が好みだったんだ?」
陽葵が意地悪そうな笑みを浮かべて、僕は思わずぶんぶんと首を横に振りながら、
「ち、違うよ! 何言ってんだよ!」
全力で否定してやったけれど、それを見た湊は、
「あぁ! ハルト、顔真っ赤!」
「やっぱりハルくん、あの女の人のこと……」
「だから、違うってば!」
大声で叫ぶ僕に、
「あはははっ! 怖い怖い!」
笑い声を上げながら駆け出していく陽葵と湊。
僕はそんな二人の後ろを、
「なんだよ、もう!」
と、ため息交じりに追いかけたのだった。
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