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Day5
第2回
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2
魔力の流れというものは一定ではなく、例えば川の流れのように山から海へと下っていくような、そんな単純なものではないという。魔力の流れは気まぐれで、けれど常に流れ続け、その場にあり続けるのが正常なのだと真帆さんは言った。
「もともと初期段階で八千代さんが海を調べた時には、そんな痕跡は見られなかったそうです」
真帆さんは肩をすくめ、さらに小さくため息を吐いて、
「それもあって、地力――この地の魔力が海へと流れているとは思っていませんでした」
けれど、地力は確かに海へと流れていた。
海へと流れた魔力はそこに生きる者たち、つまり海藻や魚などに吸収され、数を増やしたり大きく育っていった。
実際、僕らが数日前に釣りに行ったとき、やたらと魚が釣れたのはどうやらそのせいらしい。
普段ならあんなに簡単にたくさんの魚が釣れたりはしないのだけれど、海に流れた魔力を求めて魚たちが海辺に集まっていた為に、あんなにバケツ一杯の魚を釣り上げることができたのだ。
「魔力を多く含んだ魚がやたらと美味しく感じられたのもそのせいでしょう。不足した栄養を補おうと身体が特定の食べ物を欲するのと一緒ですね」
けれど、地元民が地元の魚を常に食べているとは限らない。スーパーで売っている魚の大半はどこか遠くの地から運ばれてきたものだし、この町の近海で獲れた魚はその殆どが観光客の御土産用に加工されたり、特定の飲食店や宿に卸されたり、どこか別の地へ輸送されたり、様々な理由で直接的に地元民の口に届くことはほとんどなかった。
もし地元民が皆して地元の魚を毎日摂取していれば、ここまで無気力症候群が広まることはなかったかも知れない、らしい。あくまでこれは真帆さんの憶測なのだけれども。
僕の店では地元の魚を毎日のように港まで買い付けに行っているおかげで、常に魔力の多く含まれた魚を提供することができ、そしてそれをまた毎日のように来ていた近所のオヤジどもが食べていたおかげで、彼らはあんなに元気に騒ぐだけの体力が維持できたというわけだ。
ただ、例外もある。摂取する量よりも吸い取られていく魔力の方が多かった場合だ。これには個人差があり、その最たるものがミナトや潮見のおじさんだったのだ。
特に潮見のおじさんは潮見の言う通り、最近は仕事が忙しくてなかなかうちの店に来ることが出来ず、体力も魔力も消費し切って食べる気力すら失った結果――といった感じだろうか。
「ですので、恐らく当面は地元の魚介類を食べていれば、無気力症候群の症状は改善されるのではないかと思います」
ですが、とそこで真帆さんは念を押すように少しばかり語気を強めて、
「それでは根本的な解決には至りません。この町のどこかに、海へと魔力が流れていっている穴が存在するはずなんです。その穴をふさがない限り、この地の魔力がほとんど枯渇している状況は変わりませんし、ミナトくんやメイさんのお父さんのような方々が増えていくことになるでしょう。なんとしてでも、その穴を見つけ出してふさがなければなりません」
おわかりいただけましたか、と真帆さんは僕たち四人に目配せする。
潮見は最初から解っていたような(というか解っていた)顔だったけれど、僕と陽葵、そして千花は互いに顔を見合わせてしまう。
ここまできて信じられない、なんて言う気はさらさらないのだけれど、
「――真帆さんの話はわかったけど、その魔力が流れている穴?は、どうやって探したらいいの?」
と千花が首を傾げる。
「あたしたち、その魔力ってのがどんなのかすら解らないんだけど」
すると真帆さんはうんうん頷いて、
「いい質問ですね」
と口にしてから、
「実は、そこが一番困っていることなんですよね」
「どういうこと?」
訊ねると、代わりに口を開いたのは潮見だった。
「本当なら魔力磁石やらわたしたちの感覚で魔力の流れがある程度は解るんだけど、わたしたちの魔力もこの地に吸われてどこかに流れちゃってるせいで、ろくに魔力の流れを追うことができないんだよね」
「えっと……つまり、それは……」
よくわからない、といったふうに首を傾げる陽葵。
そんな陽葵に、真帆さんは「つまりですね」と人差し指を立てて、
「魔力の流れを調べるための魔力が魔女である私達にも不足している、ということです」
これまた根本的な問題ですね、と苦笑する真帆さん。
苦笑されても、僕らが困る。
「それじゃぁ、どうやって探せばいいんですか」
思わず眉間に皺を寄せながら口にすると、真帆さんは「そうですねぇ」と口元に指をあてながら、
「この数日間、ハルトくんたちに何度かお声をかけていたと思うのですけど、ここ最近、何か特別変わったことはありませんでしたか?」
例えば猫がワンと鳴いたとか、犬がニャーと鳴いたとか、カラスの大量発生だとか、或いは死んだ人の霊を見た、学校の体育館に大量の達磨が現れて運動会をやっている、化け猫が踊り出した、そんなわけのわからないことを真帆さんに訊ねられた記憶はある。
だけど。
「そんなこと言われたって、一番変わったことって言ったら、真帆さんと潮見が魔女だっていうことを知らされたことなんだけど――」
僕がそう口にするのを遮るように、
「それって要するに、普段とは見た目に違うところに魔力の穴が存在しているかもしれないってこと?」
千花が訊ねた。
真帆さんは「はい」と頷いて、
「ですが、見た目だけが違うとは限りません。感覚でもいいんです。いつも通る道で寒気を感じる、誰かに見られているような気がする、妙に足取りが重くなる――とにかく、普段とは違うところ全てです。どんなに小さなことでも構いません。気になることがあれば、私かメイさんに知らせてください」
わかりました、と頷く陽葵と千花の姿に、僕も不承不承頷いて見せる。
それを見届けてから、真帆さんは言った。
「それでは、これからグループに分かれて町の中を歩き回ってみましょう」
魔力の流れというものは一定ではなく、例えば川の流れのように山から海へと下っていくような、そんな単純なものではないという。魔力の流れは気まぐれで、けれど常に流れ続け、その場にあり続けるのが正常なのだと真帆さんは言った。
「もともと初期段階で八千代さんが海を調べた時には、そんな痕跡は見られなかったそうです」
真帆さんは肩をすくめ、さらに小さくため息を吐いて、
「それもあって、地力――この地の魔力が海へと流れているとは思っていませんでした」
けれど、地力は確かに海へと流れていた。
海へと流れた魔力はそこに生きる者たち、つまり海藻や魚などに吸収され、数を増やしたり大きく育っていった。
実際、僕らが数日前に釣りに行ったとき、やたらと魚が釣れたのはどうやらそのせいらしい。
普段ならあんなに簡単にたくさんの魚が釣れたりはしないのだけれど、海に流れた魔力を求めて魚たちが海辺に集まっていた為に、あんなにバケツ一杯の魚を釣り上げることができたのだ。
「魔力を多く含んだ魚がやたらと美味しく感じられたのもそのせいでしょう。不足した栄養を補おうと身体が特定の食べ物を欲するのと一緒ですね」
けれど、地元民が地元の魚を常に食べているとは限らない。スーパーで売っている魚の大半はどこか遠くの地から運ばれてきたものだし、この町の近海で獲れた魚はその殆どが観光客の御土産用に加工されたり、特定の飲食店や宿に卸されたり、どこか別の地へ輸送されたり、様々な理由で直接的に地元民の口に届くことはほとんどなかった。
もし地元民が皆して地元の魚を毎日摂取していれば、ここまで無気力症候群が広まることはなかったかも知れない、らしい。あくまでこれは真帆さんの憶測なのだけれども。
僕の店では地元の魚を毎日のように港まで買い付けに行っているおかげで、常に魔力の多く含まれた魚を提供することができ、そしてそれをまた毎日のように来ていた近所のオヤジどもが食べていたおかげで、彼らはあんなに元気に騒ぐだけの体力が維持できたというわけだ。
ただ、例外もある。摂取する量よりも吸い取られていく魔力の方が多かった場合だ。これには個人差があり、その最たるものがミナトや潮見のおじさんだったのだ。
特に潮見のおじさんは潮見の言う通り、最近は仕事が忙しくてなかなかうちの店に来ることが出来ず、体力も魔力も消費し切って食べる気力すら失った結果――といった感じだろうか。
「ですので、恐らく当面は地元の魚介類を食べていれば、無気力症候群の症状は改善されるのではないかと思います」
ですが、とそこで真帆さんは念を押すように少しばかり語気を強めて、
「それでは根本的な解決には至りません。この町のどこかに、海へと魔力が流れていっている穴が存在するはずなんです。その穴をふさがない限り、この地の魔力がほとんど枯渇している状況は変わりませんし、ミナトくんやメイさんのお父さんのような方々が増えていくことになるでしょう。なんとしてでも、その穴を見つけ出してふさがなければなりません」
おわかりいただけましたか、と真帆さんは僕たち四人に目配せする。
潮見は最初から解っていたような(というか解っていた)顔だったけれど、僕と陽葵、そして千花は互いに顔を見合わせてしまう。
ここまできて信じられない、なんて言う気はさらさらないのだけれど、
「――真帆さんの話はわかったけど、その魔力が流れている穴?は、どうやって探したらいいの?」
と千花が首を傾げる。
「あたしたち、その魔力ってのがどんなのかすら解らないんだけど」
すると真帆さんはうんうん頷いて、
「いい質問ですね」
と口にしてから、
「実は、そこが一番困っていることなんですよね」
「どういうこと?」
訊ねると、代わりに口を開いたのは潮見だった。
「本当なら魔力磁石やらわたしたちの感覚で魔力の流れがある程度は解るんだけど、わたしたちの魔力もこの地に吸われてどこかに流れちゃってるせいで、ろくに魔力の流れを追うことができないんだよね」
「えっと……つまり、それは……」
よくわからない、といったふうに首を傾げる陽葵。
そんな陽葵に、真帆さんは「つまりですね」と人差し指を立てて、
「魔力の流れを調べるための魔力が魔女である私達にも不足している、ということです」
これまた根本的な問題ですね、と苦笑する真帆さん。
苦笑されても、僕らが困る。
「それじゃぁ、どうやって探せばいいんですか」
思わず眉間に皺を寄せながら口にすると、真帆さんは「そうですねぇ」と口元に指をあてながら、
「この数日間、ハルトくんたちに何度かお声をかけていたと思うのですけど、ここ最近、何か特別変わったことはありませんでしたか?」
例えば猫がワンと鳴いたとか、犬がニャーと鳴いたとか、カラスの大量発生だとか、或いは死んだ人の霊を見た、学校の体育館に大量の達磨が現れて運動会をやっている、化け猫が踊り出した、そんなわけのわからないことを真帆さんに訊ねられた記憶はある。
だけど。
「そんなこと言われたって、一番変わったことって言ったら、真帆さんと潮見が魔女だっていうことを知らされたことなんだけど――」
僕がそう口にするのを遮るように、
「それって要するに、普段とは見た目に違うところに魔力の穴が存在しているかもしれないってこと?」
千花が訊ねた。
真帆さんは「はい」と頷いて、
「ですが、見た目だけが違うとは限りません。感覚でもいいんです。いつも通る道で寒気を感じる、誰かに見られているような気がする、妙に足取りが重くなる――とにかく、普段とは違うところ全てです。どんなに小さなことでも構いません。気になることがあれば、私かメイさんに知らせてください」
わかりました、と頷く陽葵と千花の姿に、僕も不承不承頷いて見せる。
それを見届けてから、真帆さんは言った。
「それでは、これからグループに分かれて町の中を歩き回ってみましょう」
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