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エピローグ
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空を飛んでいく三人の姿が見えなくなるまで、僕と伯父さんはずっと空を仰いでいた。
辺りは忙しないセミの鳴き声に満たされている。
太陽はそろそろ一番高いところに達しようとしており、このままではゆでだこになってしまいそうなほど暑かった。
白い入道雲が遠くに見えて、キラキラ光る海にその巨体を映し出している。
こう暑いと、冷たいものが飲みたくて仕方がない。
「――ほら、晴人」
伯父さんに声をかけられて顔を向ければ、いつの間にか、伯父さんの手にはあの虹色ラムネの瓶が二つ握られていた。
そのうちの一本を、伯父さんは僕に差し出しながら、
「夏といえば、やっぱこれだろ?」
にんまりと、歯を見せて笑ったのだった。
「だね」
と僕はラムネを受け取り、ぷしゅっと栓を開け、溢れ出てきたラムネを慌てて口に運んだ。
僕の隣では、伯父さんも同じように、ラムネをぐびぐびと飲んでいる。
そんな伯父さんに、僕は訊ねる。
「……で、伯父さんは結局、何者なの?」
伯父さんは首を傾げながら、
「何者って言われてもなぁ。お前の伯父さんだよ。これまでも、これからもな」
「そういう意味じゃなくて」
僕は眉間に皴を寄せながら、手にした虹色ラムネを伯父さんの目の前につきつけ、
「コレだよ、コレ!」
「なんだよ、美味いだろ、虹色ラムネ」
「美味いよ、確かに美味いよ。けどさ」
「けど?」
「真帆さんから聞いたんだけど。これには虹が含まれているって」
「あぁ、ほんの少しだけどな」
「やっぱり、知ってたんだね」
「知ってるっていうか、まぁ、アレだよ」
「アレって?」
「作ってるの、俺の会社だもん」
伯父さんのその衝撃の言葉に、僕は思わず眼を見開く。
まさか、そんなことまでは予想していなかったからだ。
てっきり八千代さんと何らかの繋がりがある程度だと思っていただけだったのに、まさかの『作ってるの、俺の会社だもん』ってどういう意味だ?
「まぁ、八千代さん以外には誰にも言ってないから、驚くのも無理はないか」
伯父さんは苦笑するように口元に笑みを浮かべて、
「うちは代々、虹取りの家系だったんだぞ」
「……に、虹取り?」
なんか、そう言えば、そんな話を誰かがしていたような――
けど、そんなことある? 虹取りの家系? うちが? どういうこと?
「そうそう」
と伯父さんはこくこくと頷いて、
「まぁ、今は失われし職業だな。魔法使いではないけれど、それに近い存在。俺たちの先祖は昔から虹を取っては魔法使いどもに虹を売るってのを生業にしていたわけだ。もうずいぶん昔、ひい爺さんの代でうちは廃業しちまったけどな」
それから虹色ラムネのラベルを僕に見せながら、
「とは言えだ。俺だってひい爺さんや爺さんから、虹についての話を腐るほど聞いて育ってきて、魔法ってものに対する興味は人一倍だったわけだ。それに、虹取りって代々我が家に続いてきた職業を、このまま忘れ去られたくもなかった。そこで俺が考えたのが、この虹色ラムネっていうわけよ」
よくよくラベルを見てみれば、そこには確かに、小さな文字で『天満魔法飲料店』と印字されているじゃないか。っていうか、あんまりにも文字が小さすぎて全然読めない!
「俺はなんとか虹の入手ルートを確保し、それをラムネにする技術を作り出した。俺はこれを、一子相伝の極秘技術にしたいわけよ」
ところがだ! と伯父さんはいつにもまして語気を強めながら、
「俺には子供がいない。嫁すらいない、何だったら彼女だって――今はいない。これはピンチだ。一子相伝の技術が、たった俺一代で失われてしまうピンチに瀕している。これでは代々うちに受け継がれてきた虹取りとしての面目も立たない!」
「そ、そうかなぁ……?」
気圧されながら、僕は首を傾げる。
「そうなんだよ!」
と伯父さんは、これでもかというくらい僕に顔を近づけてくる。
あ、これ、言いたいこと何となく解ってきたぞ。
伯父さんの家系っていうか、それはつまり、僕の家系だ。
伯父さんには子供がいない。ってことは伯父さんの言いたいことは。
「なぁ、晴人。お前、虹色ラムネが美味いと言ったな?」
「い、言ったけど……」
「この味を、守りたくはないか?」
「え、いや、そんなこと言われても……」
「守りたいよな? 美味いもんな? 虹色ラムネ」
「いや、うん、まぁ……」
「なら決まりだ! 甥っ子であるお前には、俺の跡を継ぐ義務がある!」
「な、なんでだよ! どうしてそうなるんだよ!」
慌てて抗議すると、伯父さんはにやりと笑んで、
「それってつまり、お前がうちの会社の次期社長ということだ」
「じ、次期社長……」
ごくり、と思わず唾を飲み込む。
突然転がり込んできた、甘い罠。
畳みかけるように、伯父さんは言った。
「少なくとも、一生金には困らんぞ? なんせ、魔法使いや魔女たちに飛ぶように売れるからな! お前だって、陽葵ちゃんと遊ぶ金、もっと欲しいだろう?」
ふっふっふっ、と悪そうな笑い声を漏らす伯父さん。
悪魔だ、このおっさん、絶対悪魔だ……
「あぁ、そうそう。お前、昔は芽衣ちゃんとも一緒に遊んでいたよな?」
「……な、なんだよ、突然」
「芽衣ちゃん、すっかり綺麗になったよなぁ、可愛くなったよなぁ。あの子も今や、立派に魔女の道を歩んでる」
「な、なんだよ、何が言いたいんだよ?」
「陽葵ちゃんも確かに可愛いけど、芽衣ちゃんだって負けちゃいない」
それから伯父さんは、ガハハハッと大きく嗤ってから、
「まぁ、俺はいつでも、歓迎だからな!」
そんな悪魔のような伯父さんに、僕は「え、あー。うん、」と如何にも夏らしい青い空を見上げて、空になったラムネの瓶を太陽に翳して見ながら、その向こう側に陽葵と潮見の姿を思い浮かべて。
「――考えとく」
*夏とラムネと・おしまい*
辺りは忙しないセミの鳴き声に満たされている。
太陽はそろそろ一番高いところに達しようとしており、このままではゆでだこになってしまいそうなほど暑かった。
白い入道雲が遠くに見えて、キラキラ光る海にその巨体を映し出している。
こう暑いと、冷たいものが飲みたくて仕方がない。
「――ほら、晴人」
伯父さんに声をかけられて顔を向ければ、いつの間にか、伯父さんの手にはあの虹色ラムネの瓶が二つ握られていた。
そのうちの一本を、伯父さんは僕に差し出しながら、
「夏といえば、やっぱこれだろ?」
にんまりと、歯を見せて笑ったのだった。
「だね」
と僕はラムネを受け取り、ぷしゅっと栓を開け、溢れ出てきたラムネを慌てて口に運んだ。
僕の隣では、伯父さんも同じように、ラムネをぐびぐびと飲んでいる。
そんな伯父さんに、僕は訊ねる。
「……で、伯父さんは結局、何者なの?」
伯父さんは首を傾げながら、
「何者って言われてもなぁ。お前の伯父さんだよ。これまでも、これからもな」
「そういう意味じゃなくて」
僕は眉間に皴を寄せながら、手にした虹色ラムネを伯父さんの目の前につきつけ、
「コレだよ、コレ!」
「なんだよ、美味いだろ、虹色ラムネ」
「美味いよ、確かに美味いよ。けどさ」
「けど?」
「真帆さんから聞いたんだけど。これには虹が含まれているって」
「あぁ、ほんの少しだけどな」
「やっぱり、知ってたんだね」
「知ってるっていうか、まぁ、アレだよ」
「アレって?」
「作ってるの、俺の会社だもん」
伯父さんのその衝撃の言葉に、僕は思わず眼を見開く。
まさか、そんなことまでは予想していなかったからだ。
てっきり八千代さんと何らかの繋がりがある程度だと思っていただけだったのに、まさかの『作ってるの、俺の会社だもん』ってどういう意味だ?
「まぁ、八千代さん以外には誰にも言ってないから、驚くのも無理はないか」
伯父さんは苦笑するように口元に笑みを浮かべて、
「うちは代々、虹取りの家系だったんだぞ」
「……に、虹取り?」
なんか、そう言えば、そんな話を誰かがしていたような――
けど、そんなことある? 虹取りの家系? うちが? どういうこと?
「そうそう」
と伯父さんはこくこくと頷いて、
「まぁ、今は失われし職業だな。魔法使いではないけれど、それに近い存在。俺たちの先祖は昔から虹を取っては魔法使いどもに虹を売るってのを生業にしていたわけだ。もうずいぶん昔、ひい爺さんの代でうちは廃業しちまったけどな」
それから虹色ラムネのラベルを僕に見せながら、
「とは言えだ。俺だってひい爺さんや爺さんから、虹についての話を腐るほど聞いて育ってきて、魔法ってものに対する興味は人一倍だったわけだ。それに、虹取りって代々我が家に続いてきた職業を、このまま忘れ去られたくもなかった。そこで俺が考えたのが、この虹色ラムネっていうわけよ」
よくよくラベルを見てみれば、そこには確かに、小さな文字で『天満魔法飲料店』と印字されているじゃないか。っていうか、あんまりにも文字が小さすぎて全然読めない!
「俺はなんとか虹の入手ルートを確保し、それをラムネにする技術を作り出した。俺はこれを、一子相伝の極秘技術にしたいわけよ」
ところがだ! と伯父さんはいつにもまして語気を強めながら、
「俺には子供がいない。嫁すらいない、何だったら彼女だって――今はいない。これはピンチだ。一子相伝の技術が、たった俺一代で失われてしまうピンチに瀕している。これでは代々うちに受け継がれてきた虹取りとしての面目も立たない!」
「そ、そうかなぁ……?」
気圧されながら、僕は首を傾げる。
「そうなんだよ!」
と伯父さんは、これでもかというくらい僕に顔を近づけてくる。
あ、これ、言いたいこと何となく解ってきたぞ。
伯父さんの家系っていうか、それはつまり、僕の家系だ。
伯父さんには子供がいない。ってことは伯父さんの言いたいことは。
「なぁ、晴人。お前、虹色ラムネが美味いと言ったな?」
「い、言ったけど……」
「この味を、守りたくはないか?」
「え、いや、そんなこと言われても……」
「守りたいよな? 美味いもんな? 虹色ラムネ」
「いや、うん、まぁ……」
「なら決まりだ! 甥っ子であるお前には、俺の跡を継ぐ義務がある!」
「な、なんでだよ! どうしてそうなるんだよ!」
慌てて抗議すると、伯父さんはにやりと笑んで、
「それってつまり、お前がうちの会社の次期社長ということだ」
「じ、次期社長……」
ごくり、と思わず唾を飲み込む。
突然転がり込んできた、甘い罠。
畳みかけるように、伯父さんは言った。
「少なくとも、一生金には困らんぞ? なんせ、魔法使いや魔女たちに飛ぶように売れるからな! お前だって、陽葵ちゃんと遊ぶ金、もっと欲しいだろう?」
ふっふっふっ、と悪そうな笑い声を漏らす伯父さん。
悪魔だ、このおっさん、絶対悪魔だ……
「あぁ、そうそう。お前、昔は芽衣ちゃんとも一緒に遊んでいたよな?」
「……な、なんだよ、突然」
「芽衣ちゃん、すっかり綺麗になったよなぁ、可愛くなったよなぁ。あの子も今や、立派に魔女の道を歩んでる」
「な、なんだよ、何が言いたいんだよ?」
「陽葵ちゃんも確かに可愛いけど、芽衣ちゃんだって負けちゃいない」
それから伯父さんは、ガハハハッと大きく嗤ってから、
「まぁ、俺はいつでも、歓迎だからな!」
そんな悪魔のような伯父さんに、僕は「え、あー。うん、」と如何にも夏らしい青い空を見上げて、空になったラムネの瓶を太陽に翳して見ながら、その向こう側に陽葵と潮見の姿を思い浮かべて。
「――考えとく」
*夏とラムネと・おしまい*
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