魔法百貨堂 〜よろず魔法承ります〜

野村勇輔(ノムラユーリ)

文字の大きさ
26 / 58
さんにんめ

第6回

しおりを挟む
   5

 そんなこんなで翌日。

 わたしはパティスリー・アンのクッキー・シューの詰まった紙袋を片手に、真帆さんの魔法堂を訪れた。

 今日は土曜日で学校は休み。

 神楽君のおばあちゃん――つまり魔法の師匠も昨日の魔女集会|(わたしはそんなの知らなかった。というか神楽君が何か言っていたけど、見事に右から左に聞き流していた)で宴会があったらしく、疲れて寝ちゃっているので今日は修行もない。

 なので、久しぶりに神楽君とデートしようということになって、わたしはその前に、結局昨日のあの一件はどういうことだったのか真帆さんに説明してもらおうと思い、朝一からお土産を片手に、わざわざここまでやってきたというわけだ。

 昨日はあのあと、真帆さんも「魔女集会に行くから」と言ってさっさと箒でどこかへ行っちゃったから、詳しく聞けなかったんだよね。

 ……まぁ、おおよその見当はついているんだけれども。

 古臭い古本屋さんに入り、店主である真帆さんのお爺さん|(お爺さんは魔法を使えないみたい)に挨拶してから、その奥の扉を抜ける。

 いつ来ても満開のバラ園の向こう、これもまた古臭い日本家屋のガラス戸に手を掛けて、
「おはようございまーす」
 私が店に入ると、
「――いらっしゃいませ。どのような魔法をお探しですか?」
 そう言って、真帆さんはにっこりと微笑んだ。

 その姿を見て、わたしは思わず首を傾げる。

「……あれ?」

 目の前のカウンターの向こう側。そこに立つ真帆さんの姿に、一瞬違和感を覚えたのだ。

 昨日のバッチリ決め込んだメイクを見ていたからだろうか、逆に今日の真帆さんの顔がいやに幼く見えるのだ。

 とはいえ、いつものナチュラルメイクより若干ノーメイクに近い感じといった程度だろうか。

 よくわからん。

「……? どうかされましたか?」

 首を傾げる真帆さんに、わたしはクッキー・シューの袋をカウンターに乗せながら、
「これ、昨日のお礼。好きだったよね? パティスリー・アンのクッキー・シュー」

「……えぇ、まぁ」
 と戸惑いの表情を浮かべる真帆さん。

 んん? なんだ、その反応は。好きじゃなかったっけ? まぁ、いいか。

「そんなことより、昨日のあれは結局どういうことだったの? まぁ、大体の予想はついているんだけど、要は本当の依頼人はあの美少年じゃなくて、先生の方だったってことだよね?」

「……美少年? 先生?」
 また小首を傾げる真帆さん。

 ま、まさか、記憶喪失にでもなったとか?

 なんて思っていると、真帆さんは不意に店内の隅に置かれた大きなノッポの古時計に視線をやり、しばらく思案するような様子を見せてから、
「――あぁ、大地くんと雄太くんの件ですか」
 と納得したように、こくこく頷いた。

 おお、思い出した。そうそう、その件ですよ。

「結局あれってどういうことだったの? 大地くんが魔法堂に来る前から、真帆さんは彼が来ることを知っていた、ってことでいいんだよね? 何となく、おかしいと思ってたんだよね。あの子たちの名前を、自己紹介も無いのに知っているふうだったから」

「そうですね、知っていましたよ」
 と真帆さんは小さく頷き、
「だって、大地くんにうちの店を教えたの、早苗ですから」

「じゃぁ、雄太くんも? あの後、雄太くんもこのお店に来てるよね?」

 すると真帆さんは首を傾げながら、
「どうしてそう思ったんです?」

 私は一つ息を吐き、
「雄太くんが大地くんを守るようにしてあの大カラス――ゲンエイカラスだっけ?の前に立ち塞がった時、雄太くんの叫びに合わせて、赤い鳥が物凄い勢いで飛んできたの。あれ、真帆さんがわたしに見せてくれた、オトリドリだよね? 真帆さんが雄太くんに渡したんでしょ? 大地くんにカラスを渡したときと同じように」

「そうですね、その通りです」
 と真帆さんは再び頷き、
「早苗はあの二人の関係に悩んでいたそうです。雄太くんは大地くんのことを陰ながら助けてはいるけれど、どこか恥ずかしさがあるらしく、素直にそれを言葉で伝えられないでいる。逆に大地くんは素直で思い込みが激しく、そんな不器用な雄太くんの言動に、徐々に恨みを募らせていった、というわけです。そしてその結果、ふたりの間に大きな思いの行き違いが生じてしまった、という感じですかね。雄太くんは悪い子じゃないよ、と言う早苗の言葉にも、大地くんは決して耳を貸してくれなかったそうです。悲しいですよね。雄太くん、本当は大地くんのことが好きなのに、素直になれなくてこんなことになってしまって」

「ふぅん?」

 まぁ、確かにわたしが目にしたふたりの様子も、そんな感じだったけれども……

「でもほら、やっぱり私の言った通りだったでしょう?」
 真帆さんの言葉に、
「え、何が?」
 とわたしは首を傾げる。

「結局、人と人の関係って、恋愛にしろ日常的な関係にしろ、その繋がりって相手の事が好きか嫌いかで決まると思うんです、って話」

「あ、あぁ――」

 そうそう、そんなこと言ってましたっけ。

「……え、つまり?」

「だからほら、今言ったでしょう? 雄太くんは大地くんのことが好きだったって。あとは大地くんが雄太くんのことを好きになれば、万事解決じゃないですか。その為に今回、あんな荒療治を試みたんですから。ほら、あの時の見つめ合う二人の男の子――色々妄想を掻き立てられると思いませんか?」

 そ、そんな嬉しそうな顔で言われましても――

「でもさ、だったらわたしには教えてくれてもよかったじゃん」

「何をですか?」

 すっ呆けたような顔を私に向けて、真帆さんはそう口にした。

「ほら、あの人食い大カラス。本物だって言ってたでしょ?」

「言いましたっけ?」

「言ったよ! まんまと騙されたじゃん!」

「でも実際、本物のカラスは召喚されたでしょう?」

「まぁ、それはそうだけど――」

「ほら、嘘じゃなかった!」

「なにそれ!」

 わたしのその叫びに、真帆さんは楽しそうに「あははっ」と大きく笑った。

 こっちは気が気じゃなかったってのに、この女は!

「結局、わたしをからかってたんじゃん!」

 言って真帆さんを睨みつけてやると、真帆さんは悪びれた様子もなく、
「茜ちゃんが、惚れ薬以外の魔法を見てみたいって言ったんじゃないですかー」
 と言ってにやにや笑うばかり。

 いや、まぁ、確かに言ったけど――全然説明になってないよね、それ!

 けど、もうこれ以上何かを言うのにも疲れてしまったわたしは、そんな真帆さんの顔を見ながら、深いため息を吐くことしかできなかった。

 と、そこへ、
「――ミャオン」
 と一匹の黒猫がひと鳴きして、カウンターの上に現れた。

 そういえばあの時、わたしが空白公園の山へ近づけなかったのも、きっと人払いをする懐中時計なるものを使っていたからだろう。真帆さんはあの場にいなかったみたいだから、或いはこの黒猫が、あの時計を操作していたのかもしれない。

 自分を巨大に見せる幻が出せるカラスを持っているくらいだ。

 もしかしたら、この猫も案外しゃべることだって――

「――いい加減、飯を寄こせ。腹が減ったぞ」

 あまりに渋いその声に、わたしは思わず眼を丸くした。

 ……え、マジ? ほんとにしゃべれるの?

 思いながら真帆さんの方に顔をやると、真帆さんは古時計を見ながら、
「あぁ、もうそんな時間ですか」
 と思い出したように口にした。

「すぐに用意しますから、台所で待っていてください」

「――すぐだぞ? 早く来なかったら、契約違反だからな?」

 餌一つで契約違反って、なんじゃそりゃ。

「はいはい、すぐ行きますから」

 黒猫はわたしを一瞥すると、フンッと一つ鼻を鳴らして、家の奥へと姿を消した。

「……しゃべるんだ、あの猫」
 と改めて口にすると、真帆さんは意外そうな顔をして、
「あれ? 知りませんでした? 神楽のおばあちゃんのおうちにもいますよね?」

「え? いないよ、しゃべる猫なんて。そもそも猫が居ないもの」

 すると真帆さんは首を小さく横に振り、
「猫じゃなくて、ネズミです」

「……は?」

 わたしは思わず、耳を疑う。

 今、真帆さん、何て言った?

「しゃべるネズミ」

「ええぇ!? どどど、どういうこと? しゃべるネズミって!」

 わたしは目を真丸くして、思わず前かがみになりながら、真帆さんに訊ねた。

「神楽のおばあちゃんのパートナー、ネズミさんですから」

「し、知らない! 見たことない! どういうこと!?」

「まぁ、たぶん、茜ちゃんが驚かないように、気を使っているんでしょうね。茜ちゃん、ネズミが苦手なんでしょう?」

 まさかの事実に、わたしはしばらくの間、放心状態だった。

 昔からわたしはネズミとゴキブリは大の苦手なのだ。

 あんなものは、一匹残らずこの世から消えてしまえばいいとさえ思っている。

 でも、まさか、そんな! あの家に、しゃべるネズミが潜んでいただなんて!

 そんな事実、知りたくなかった……!

 これからおばあちゃんの家に行くとき、わたしはいったいどうしたらいいわけ?

 そんなふうに悲観に暮れていると、
「おい、まだか?」
 と黒猫がまた奥からひょっこりと顔を覗かせ訴えた。

「はいはい、今行きますよー」
 言ってやれやれと肩を落とす真帆さん。

 わたしは大きくため息を吐き、
「はぁ~あぁ……わたしもそろそろ行くかぁ」

 久しぶりの楽しいデートなんだし、今は認めがたい現実から、ただただ逃れたかった。

 うん、わたしは何も聞かなかった。聞いてない、絶対。

 あの家にネズミは居ない、あの家にネズミは居ない、あの家にネズミは居ない――よし!

「じゃぁ、真帆さん。また来るね」

「はい、神楽のおばあちゃんにもよろしくお伝えくださいね」

 真帆さんに見送られながらガラス戸の方へ体を向けて――わたしははたと気が付いた。

 橙色の西日が店内に差し込んでいるのだ。

 ふと大きなノッポの古時計に目をやり、次いで自分のスマホを取り出す。

 ――え、あ、もしかして、そういうこと?

 だから真帆さん、最初不思議そうな顔をしていたのか。

 これも何かの魔法なんだ。

 真帆さんに訊ねても、きっとまともに答えてはくれないだろうけれど。

 でも、わたしは一応、訊いておく。

「――ねぇ、真帆さん」

「はい?」

 振り返った真帆さんの、そのまだあどけなさの残る顔を見ながら、わたしは訊ねる。

「……今の真帆さんって、いったい、いつの真帆さんなの?」

 真帆さんはそれを聞いて、ふっと口元に笑みを浮かべると、唇の前で人差し指を立てながら、煌めくような可愛らしさで、


「――秘密ですっ」




*さんにんめ・おしまい*
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

神木さんちのお兄ちゃん!

雪桜 あやめ
キャラ文芸
✨ キャラ文芸ランキング週間・月間1位&累計250万pt突破、ありがとうございます! 神木家の双子の妹弟・華と蓮には"絶世の美男子"と言われるほどの金髪碧眼な『兄』がいる。 美人でカッコよくて、その上優しいお兄ちゃんは、常にみんなの人気者! だけど、そんな兄には、何故か彼女がいなかった。 幼い頃に母を亡くし、いつも母親代わりだったお兄ちゃん。もしかして、お兄ちゃんが彼女が作らないのは自分達のせい?! そう思った華と蓮は、兄のためにも自立することを決意する。 だけど、このお兄ちゃん。実は、家族しか愛せない超拗らせた兄だった! これは、モテまくってるくせに家族しか愛せない美人すぎるお兄ちゃんと、兄離れしたいけど、なかなか出来ない双子の妹弟が繰り広げる、甘くて優しくて、ちょっぴり切ない愛と絆のハートフルラブ(家族愛)コメディ。 果たして、家族しか愛せないお兄ちゃんに、恋人ができる日はくるのか? これは、美人すぎるお兄ちゃんがいる神木一家の、波乱万丈な日々を綴った物語である。 *** イラストは、全て自作です。 カクヨムにて、先行連載中。

最初から最強ぼっちの俺は英雄になります

総長ヒューガ
ファンタジー
いつも通りに一人ぼっちでゲームをしていた、そして疲れて寝ていたら、人々の驚きの声が聞こえた、目を開けてみるとそこにはゲームの世界だった、これから待ち受ける敵にも勝たないといけない、予想外の敵にも勝たないといけないぼっちはゲーム内の英雄になれるのか!

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

処理中です...