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よにんめ
第1回
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1
「お前がこの店の主人か?」
俺は開口一番、目の前の女にそう訊ねた。
女は驚いたように目を丸くし、俺の事をまじまじと見つめてくる。
女の髪は黒くて長く、ちらほらと毛先が跳ねている。
白い顔にはうっすらと化粧を施し、その小さな唇には赤い紅を差していた。
真ん丸い目には長いまつ毛、それをぱちぱちさせながら、
「――はい」
と女は小さく返事した。
「お前、本当に魔法が使えるのか?」
少なくとも、俺は魔法なんてものは信じていない。
そんな都合のいいもの、この世にあってたまるものか。
科学の発達したこの世の中、そんなおとぎ話めいたもの、あるはずがない。
どうせ眉唾物の類だろう、そう思っていると、
「ええ、まぁ、一応……」
どこか頼りない返事を寄こす。
歳は俺より一回りくらい下だろうか。
ぱっと見は十代後半――どうかすると学生にすら見える。
いや、しかしそんなはずはない。恐らくその幼い顔立ちの所為だろう。
少なくとも、彼女はあのミキちゃんの知り合いなのだ。
多分、二十は過ぎているはずだ。
そんな年齢不詳な女に、俺は訊ねる。
「ミキちゃんの紹介で来た、と言えば伝わると聞いたが」
その途端、女の顔がぱっと笑顔になる。
「――あぁっ! じゃぁ、あなたが綾信さんですね。ミキさんの先輩の」
「そうだ」
「お話は伺っています。確か、恋愛についてご相談だとか」
「そうだ」
「――恋をしたことがない、とのことでしたが」
「そうだ」
「……」
「……」
女店主と視線が交わり、意図せず見つめ合ってしまう。
……こうして見ると、かなりの美人だ。
俺はそんな気持ちにはならないが、きっと引く手あまただろう。
「具体的に、お話をお聞かせ願えますか?」
「そうだな」
俺はカウンターに近づき、そこに肘をついて体を預けながら、
「俺としては、ジジババの持ってくる見合いで結婚できればそれでいい、そう思っているんだ。実際、休みのたびにジジババに呼び出されては、見合いについて話を進めててな。今のところ、来週にでも、どこぞのお嬢様と会うことになっているんだ」
「――はぁ」
気のない返事をする女店主。
ちゃんと聞いてるんだよな?
……まぁいい、と俺は続ける。
「その話を、先日の大学時分の元文芸サークルの飲み会で思わず口にしたんだ。そしたらミキちゃんが“そんな人生はつまらない、先輩はもっとちゃんと恋愛をすべきだ”と言い出しやがってな。あれよあれよと全員が賛同して、いつの間にか俺を恋愛させる会が発足していたんだ」
「それは、良い人たちなんじゃないですか?」
「どうだか」
俺は吐き捨てる。
「恋愛なんてくだらんものに時間かけるくらいなら、俺はもっと有意義なことに時間を使うね。例えば趣味だとか、仕事だとか、そんな事にな。恋愛なんて見てみろ。俺の男友達なんざ、女のために時間も金も浪費して毎月毎月金欠だなんだと騒いでいるんだからな。本当にバカバカしい。恋愛なんて何も生み出さん。俺はそう思ってんだが――」
「……そう言う割には、うちのお店に来られたんですね」
口元に笑みを浮かべながら、女は言った。
嫌みか? と思ったが、まぁ、そう思われても仕方がない。
事実、俺はここに来た。ミキちゃんの紹介を断る理由もなかったし、何より――
「一度、恋愛する者の気持ちを味わってみたい、そう思ったんだよ」
「……なるほど」
女はそう口にすると、すっとどこからともなく、鈍い銀色の指輪を俺の目の前に差し出した。
手品か? 一瞬、空中から突然出てきたように見えたんだが……
まぁ、魔法百貨堂というくらいだ。所詮は手品やまじない的な店なんだろう。
「――これは?」
「恋愛成就のお守りです。ですので、本来はお相手がいないと意味がないのですが――」
言いながら、女はおもむろにその指輪に唇を近づけると「ちゅっ」と軽くキスをして、
「今、追加で呪文を掛けておきました。これで恐らく、女性の方からあなたに近づいてくると思います」
「え、そんなことで?」
思わず眉間に皺を寄せる俺に、女は、
「最低限の魔法です。恋愛しようにも、まずは相手が居ませんと」
「まぁ、それはそうなんだが、そんなことで?」
「お疑いになるのも仕方がありません。魔法なんて非科学的なもの、普通なら信じてもらえませんから」
ですので、と女はさらに指輪を俺の前に近づけ、
「ものは試しと思って、今日からこれを付けてみてください」
「あ、あぁ……」
俺はその指輪を受け取り、矯めつ眇めつする。
本当にこんなものにそんな力があるのか? ただのおまじないだろう?
そう思っていると、
「左手の小指に嵌めておいてください。きっと素敵な出会いがあると思いますよ」
言って女はにっこりと微笑んだ。
俺はその指輪を言われた通り左の小指に嵌め――何とも言えない恥ずかしさに襲われた。
これまでの人生において、指輪なんて嵌めたことがない。
どうなんだ、これ……
「それでしばらく様子を見てください。もしそれでダメなら、他の魔法にしてみますので」
「わ、わかった」
俺は答えて、ポケットから財布を取り出す。
「――で? いくらだ?」
どこか怪しげな店だし、ぼったくりだったら指輪を投げつけて帰ってやろう、なんて思っていると、
「あ、お代は結構ですので……」
女は言いながら、札を取り出そうとしている俺の手をそっと握った。
その思いがけない女の行動に、俺は一瞬どきりとした。
女の手は小さく、温かく――
咄嗟に俺は身を引き、その手から離れる。
「い、いや、しかし――」
言い淀む俺に、女は首を横に振り、
「ミキさんのご紹介ですから、今日はお代は要りません。そうですね、その指輪は試供品か何かだと思って頂ければ」
「そ、そうか。悪いな」
「――いえ。その代わり、結果を教えに、また来てくださいね」
「え、あぁ、わかった……」
なんだろう、微妙に落ち着かない。
こんな怪しい店、さっさと立ち去った方がよさそうだ。
「じ、じゃぁ、俺は帰るよ。ありがとな」
「あ、はい」
と女は答え、小さく手を振りながら、
「――次のご来店、お待ちしてますね」
その笑顔から逃れるように、俺は魔法百貨堂をあとにした。
「お前がこの店の主人か?」
俺は開口一番、目の前の女にそう訊ねた。
女は驚いたように目を丸くし、俺の事をまじまじと見つめてくる。
女の髪は黒くて長く、ちらほらと毛先が跳ねている。
白い顔にはうっすらと化粧を施し、その小さな唇には赤い紅を差していた。
真ん丸い目には長いまつ毛、それをぱちぱちさせながら、
「――はい」
と女は小さく返事した。
「お前、本当に魔法が使えるのか?」
少なくとも、俺は魔法なんてものは信じていない。
そんな都合のいいもの、この世にあってたまるものか。
科学の発達したこの世の中、そんなおとぎ話めいたもの、あるはずがない。
どうせ眉唾物の類だろう、そう思っていると、
「ええ、まぁ、一応……」
どこか頼りない返事を寄こす。
歳は俺より一回りくらい下だろうか。
ぱっと見は十代後半――どうかすると学生にすら見える。
いや、しかしそんなはずはない。恐らくその幼い顔立ちの所為だろう。
少なくとも、彼女はあのミキちゃんの知り合いなのだ。
多分、二十は過ぎているはずだ。
そんな年齢不詳な女に、俺は訊ねる。
「ミキちゃんの紹介で来た、と言えば伝わると聞いたが」
その途端、女の顔がぱっと笑顔になる。
「――あぁっ! じゃぁ、あなたが綾信さんですね。ミキさんの先輩の」
「そうだ」
「お話は伺っています。確か、恋愛についてご相談だとか」
「そうだ」
「――恋をしたことがない、とのことでしたが」
「そうだ」
「……」
「……」
女店主と視線が交わり、意図せず見つめ合ってしまう。
……こうして見ると、かなりの美人だ。
俺はそんな気持ちにはならないが、きっと引く手あまただろう。
「具体的に、お話をお聞かせ願えますか?」
「そうだな」
俺はカウンターに近づき、そこに肘をついて体を預けながら、
「俺としては、ジジババの持ってくる見合いで結婚できればそれでいい、そう思っているんだ。実際、休みのたびにジジババに呼び出されては、見合いについて話を進めててな。今のところ、来週にでも、どこぞのお嬢様と会うことになっているんだ」
「――はぁ」
気のない返事をする女店主。
ちゃんと聞いてるんだよな?
……まぁいい、と俺は続ける。
「その話を、先日の大学時分の元文芸サークルの飲み会で思わず口にしたんだ。そしたらミキちゃんが“そんな人生はつまらない、先輩はもっとちゃんと恋愛をすべきだ”と言い出しやがってな。あれよあれよと全員が賛同して、いつの間にか俺を恋愛させる会が発足していたんだ」
「それは、良い人たちなんじゃないですか?」
「どうだか」
俺は吐き捨てる。
「恋愛なんてくだらんものに時間かけるくらいなら、俺はもっと有意義なことに時間を使うね。例えば趣味だとか、仕事だとか、そんな事にな。恋愛なんて見てみろ。俺の男友達なんざ、女のために時間も金も浪費して毎月毎月金欠だなんだと騒いでいるんだからな。本当にバカバカしい。恋愛なんて何も生み出さん。俺はそう思ってんだが――」
「……そう言う割には、うちのお店に来られたんですね」
口元に笑みを浮かべながら、女は言った。
嫌みか? と思ったが、まぁ、そう思われても仕方がない。
事実、俺はここに来た。ミキちゃんの紹介を断る理由もなかったし、何より――
「一度、恋愛する者の気持ちを味わってみたい、そう思ったんだよ」
「……なるほど」
女はそう口にすると、すっとどこからともなく、鈍い銀色の指輪を俺の目の前に差し出した。
手品か? 一瞬、空中から突然出てきたように見えたんだが……
まぁ、魔法百貨堂というくらいだ。所詮は手品やまじない的な店なんだろう。
「――これは?」
「恋愛成就のお守りです。ですので、本来はお相手がいないと意味がないのですが――」
言いながら、女はおもむろにその指輪に唇を近づけると「ちゅっ」と軽くキスをして、
「今、追加で呪文を掛けておきました。これで恐らく、女性の方からあなたに近づいてくると思います」
「え、そんなことで?」
思わず眉間に皺を寄せる俺に、女は、
「最低限の魔法です。恋愛しようにも、まずは相手が居ませんと」
「まぁ、それはそうなんだが、そんなことで?」
「お疑いになるのも仕方がありません。魔法なんて非科学的なもの、普通なら信じてもらえませんから」
ですので、と女はさらに指輪を俺の前に近づけ、
「ものは試しと思って、今日からこれを付けてみてください」
「あ、あぁ……」
俺はその指輪を受け取り、矯めつ眇めつする。
本当にこんなものにそんな力があるのか? ただのおまじないだろう?
そう思っていると、
「左手の小指に嵌めておいてください。きっと素敵な出会いがあると思いますよ」
言って女はにっこりと微笑んだ。
俺はその指輪を言われた通り左の小指に嵌め――何とも言えない恥ずかしさに襲われた。
これまでの人生において、指輪なんて嵌めたことがない。
どうなんだ、これ……
「それでしばらく様子を見てください。もしそれでダメなら、他の魔法にしてみますので」
「わ、わかった」
俺は答えて、ポケットから財布を取り出す。
「――で? いくらだ?」
どこか怪しげな店だし、ぼったくりだったら指輪を投げつけて帰ってやろう、なんて思っていると、
「あ、お代は結構ですので……」
女は言いながら、札を取り出そうとしている俺の手をそっと握った。
その思いがけない女の行動に、俺は一瞬どきりとした。
女の手は小さく、温かく――
咄嗟に俺は身を引き、その手から離れる。
「い、いや、しかし――」
言い淀む俺に、女は首を横に振り、
「ミキさんのご紹介ですから、今日はお代は要りません。そうですね、その指輪は試供品か何かだと思って頂ければ」
「そ、そうか。悪いな」
「――いえ。その代わり、結果を教えに、また来てくださいね」
「え、あぁ、わかった……」
なんだろう、微妙に落ち着かない。
こんな怪しい店、さっさと立ち去った方がよさそうだ。
「じ、じゃぁ、俺は帰るよ。ありがとな」
「あ、はい」
と女は答え、小さく手を振りながら、
「――次のご来店、お待ちしてますね」
その笑顔から逃れるように、俺は魔法百貨堂をあとにした。
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