30 / 58
よにんめ
第3回
しおりを挟む
3
「――断ったんですか?」
仕事帰り、俺は女店主に言われた通り、結果を報告しに魔法百貨堂を訪れていた。
表のガラス戸からは西日が差し込み、静かな店内を橙色に染め上げている。
その光に照らされた女店主は、やはり落胆したのか、小さく溜息を吐くと、
「どうして断ったんです? 良い機会だったかもしれないのに……」
「そうは言うけどな」
と俺も負けじと溜息を吐いた。
「そもそもうちは社内恋愛禁止だって言っただろう? 要らん問題起こして、クビになりたくないからな」
「そこまで厳しいんですか? 綾信さんの会社って」
「まぁな」
と俺は頷き、
「昔、社内恋愛してた奴らが居て、会社の中で色々やらかしちまったらしくてな。怒り狂った社長が、そいつらをクビにして、大々的に禁止にしたんだ」
「色々やらかしちまった、というと?」
……ん? わざわざそこを訊いてくるのか?
ふと女の顔を見れば、不思議そうに首を傾げている。
まさか、本当に解らないのか?
まぁ、こんなところで一人店をやっていれば、解るはずもないか。
とはいえ、そんなこと、俺の口から言えるはずもない。
「いや、だから、それは――色々だ。俺も詳しいことは知らん」
適当にはぐらかすと、女は「そうですか」とさほど興味無さげに小さく答えた。
……え、良かったのか? あんな答えで。
もう少し、しつこく訊いてきそうな気がしたんだけど、別にどうでもいいらしい。
まぁ、彼女がそれでいいのなら別に構わないが……
それから女店主はパンっと両掌を打ち合わせると、
「――じゃぁ、次、試してみましょうか!」
にっこり微笑みながら言って、すっと、どこからともなく小さな瓶を取り出した。
……やはり、空中から突然出てきたようにしか見えなかった。
こりゃぁ、相当に上手い手品だぞ。
こんなところで怪しげな店なんかやるより、外に出て手品師として興行に出た方が儲かるんじゃないか?
いや、そんなことより、
「もうすでに指輪があるってのに、まだ次があるのか?」
俺が問うと、女は「はい」と言って頷き、
「指輪はあくまでおまじない程度の力しかありませんから。次はもう少し、力の強い魔法を試してみようかと思いまして」
「力の強い魔法?」
首を傾げる俺に、女は、
「そうです、今度はこれ、魔法の香水です」
その瞬間、俺は自然と眉間に皺を寄せていた。
指輪の次は香水だって?
まさか、それを俺に振りかけようってんじゃないだろうな?
「おいおい、よしてくれよ。男が香水だなんて……」
「え? いけませんか?」
キョトンとする女店主。
まさか、本気だったのか?
「あのな、俺は男なの。そんなもんかけて会社に行ってみろ。たちまち笑いものになっちまうだろうが」
「えー、そんなことありませんってー!」
と女は唇を尖らせながら抗議する。
「私の知ってる男性も、しょっちゅうこの香水をつけてますよ?」
「嘘だろ? どこのどいつだ、そいつは」
「――気になりますか?」
ニヤリと笑う女店主。
なんだ、その表情は?
「――私の父です!」
胸を張るように言われて、俺は「えっ」と口にする。
「……お前の親父さん、そんなもんつけてるのか?」
すると女は頬を膨らませながら、
「そんなもんって、失礼ですね! ご婦人の方々にはそこそこ好評なんですからね!」
「あ、あぁ、悪かった。すまん、すまん」
とりあえず謝っておく。
いや、でも、しかし――
「それだとお前の親父さん、大丈夫なのか?」
「……何がです?」
キョトンとする女に、俺は、
「いや、だって、これ恋愛の魔法なんだろう?」
「はい、そうですね」
「そんなもんつけてたら、無駄に女が寄ってこないか?」
「あぁ、それは大丈夫ですよ、薄めてますから」
ん? どういうことだ?
「こういう魔法の薬はですね、その濃度を調整することによって、効果を変えているんです。うちの父は集客のために、極力薄めたものを使用しているんですよ」
「はぁ、なるほど」
わかったような、わからんような?
首を傾げる俺に、女はやや痺れを切らしたように、
「と、に、か、く!」
と大きめの声で顔を近づけてくると、
「一度試してみてください! 文句はまた来た時に伺いますので!」
あまりの顔の近さに気圧された俺は、
「わ、わかった……」
そう答えることしか、できなかった。
「――断ったんですか?」
仕事帰り、俺は女店主に言われた通り、結果を報告しに魔法百貨堂を訪れていた。
表のガラス戸からは西日が差し込み、静かな店内を橙色に染め上げている。
その光に照らされた女店主は、やはり落胆したのか、小さく溜息を吐くと、
「どうして断ったんです? 良い機会だったかもしれないのに……」
「そうは言うけどな」
と俺も負けじと溜息を吐いた。
「そもそもうちは社内恋愛禁止だって言っただろう? 要らん問題起こして、クビになりたくないからな」
「そこまで厳しいんですか? 綾信さんの会社って」
「まぁな」
と俺は頷き、
「昔、社内恋愛してた奴らが居て、会社の中で色々やらかしちまったらしくてな。怒り狂った社長が、そいつらをクビにして、大々的に禁止にしたんだ」
「色々やらかしちまった、というと?」
……ん? わざわざそこを訊いてくるのか?
ふと女の顔を見れば、不思議そうに首を傾げている。
まさか、本当に解らないのか?
まぁ、こんなところで一人店をやっていれば、解るはずもないか。
とはいえ、そんなこと、俺の口から言えるはずもない。
「いや、だから、それは――色々だ。俺も詳しいことは知らん」
適当にはぐらかすと、女は「そうですか」とさほど興味無さげに小さく答えた。
……え、良かったのか? あんな答えで。
もう少し、しつこく訊いてきそうな気がしたんだけど、別にどうでもいいらしい。
まぁ、彼女がそれでいいのなら別に構わないが……
それから女店主はパンっと両掌を打ち合わせると、
「――じゃぁ、次、試してみましょうか!」
にっこり微笑みながら言って、すっと、どこからともなく小さな瓶を取り出した。
……やはり、空中から突然出てきたようにしか見えなかった。
こりゃぁ、相当に上手い手品だぞ。
こんなところで怪しげな店なんかやるより、外に出て手品師として興行に出た方が儲かるんじゃないか?
いや、そんなことより、
「もうすでに指輪があるってのに、まだ次があるのか?」
俺が問うと、女は「はい」と言って頷き、
「指輪はあくまでおまじない程度の力しかありませんから。次はもう少し、力の強い魔法を試してみようかと思いまして」
「力の強い魔法?」
首を傾げる俺に、女は、
「そうです、今度はこれ、魔法の香水です」
その瞬間、俺は自然と眉間に皺を寄せていた。
指輪の次は香水だって?
まさか、それを俺に振りかけようってんじゃないだろうな?
「おいおい、よしてくれよ。男が香水だなんて……」
「え? いけませんか?」
キョトンとする女店主。
まさか、本気だったのか?
「あのな、俺は男なの。そんなもんかけて会社に行ってみろ。たちまち笑いものになっちまうだろうが」
「えー、そんなことありませんってー!」
と女は唇を尖らせながら抗議する。
「私の知ってる男性も、しょっちゅうこの香水をつけてますよ?」
「嘘だろ? どこのどいつだ、そいつは」
「――気になりますか?」
ニヤリと笑う女店主。
なんだ、その表情は?
「――私の父です!」
胸を張るように言われて、俺は「えっ」と口にする。
「……お前の親父さん、そんなもんつけてるのか?」
すると女は頬を膨らませながら、
「そんなもんって、失礼ですね! ご婦人の方々にはそこそこ好評なんですからね!」
「あ、あぁ、悪かった。すまん、すまん」
とりあえず謝っておく。
いや、でも、しかし――
「それだとお前の親父さん、大丈夫なのか?」
「……何がです?」
キョトンとする女に、俺は、
「いや、だって、これ恋愛の魔法なんだろう?」
「はい、そうですね」
「そんなもんつけてたら、無駄に女が寄ってこないか?」
「あぁ、それは大丈夫ですよ、薄めてますから」
ん? どういうことだ?
「こういう魔法の薬はですね、その濃度を調整することによって、効果を変えているんです。うちの父は集客のために、極力薄めたものを使用しているんですよ」
「はぁ、なるほど」
わかったような、わからんような?
首を傾げる俺に、女はやや痺れを切らしたように、
「と、に、か、く!」
と大きめの声で顔を近づけてくると、
「一度試してみてください! 文句はまた来た時に伺いますので!」
あまりの顔の近さに気圧された俺は、
「わ、わかった……」
そう答えることしか、できなかった。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
神木さんちのお兄ちゃん!
雪桜 あやめ
キャラ文芸
✨ キャラ文芸ランキング週間・月間1位&累計250万pt突破、ありがとうございます!
神木家の双子の妹弟・華と蓮には"絶世の美男子"と言われるほどの金髪碧眼な『兄』がいる。
美人でカッコよくて、その上優しいお兄ちゃんは、常にみんなの人気者!
だけど、そんな兄には、何故か彼女がいなかった。
幼い頃に母を亡くし、いつも母親代わりだったお兄ちゃん。もしかして、お兄ちゃんが彼女が作らないのは自分達のせい?!
そう思った華と蓮は、兄のためにも自立することを決意する。
だけど、このお兄ちゃん。実は、家族しか愛せない超拗らせた兄だった!
これは、モテまくってるくせに家族しか愛せない美人すぎるお兄ちゃんと、兄離れしたいけど、なかなか出来ない双子の妹弟が繰り広げる、甘くて優しくて、ちょっぴり切ない愛と絆のハートフルラブ(家族愛)コメディ。
果たして、家族しか愛せないお兄ちゃんに、恋人ができる日はくるのか?
これは、美人すぎるお兄ちゃんがいる神木一家の、波乱万丈な日々を綴った物語である。
***
イラストは、全て自作です。
カクヨムにて、先行連載中。
最初から最強ぼっちの俺は英雄になります
総長ヒューガ
ファンタジー
いつも通りに一人ぼっちでゲームをしていた、そして疲れて寝ていたら、人々の驚きの声が聞こえた、目を開けてみるとそこにはゲームの世界だった、これから待ち受ける敵にも勝たないといけない、予想外の敵にも勝たないといけないぼっちはゲーム内の英雄になれるのか!
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる