魔法百貨堂 〜よろず魔法承ります〜

野村勇輔(ノムラユーリ)

文字の大きさ
44 / 58
ごにんめ

第5回

しおりを挟む
   5

 その日の夕方。会社を退勤した私は、いつもの通り、まっすぐ帰宅する。

 昼間のアリスの一件で、私は真帆との喧嘩のことなど、きれいさっぱり忘れ去っていた。

 仕事中はなるべく考えないように努めていたけれど、気付くとアリスのことばかり考えている自分に、思わず溜息を漏らす。

 果たしてアリスはいったい、何の目的であんな民家を訪れていたのか。

 普段、いったいどこで何をしているのか。

 そんなことばかりを考えながら、私はおじいちゃんに「ただいま」と声を掛けてから、表の古本屋を通り抜け、母屋へと向かう。

 ガラスの引き戸に手をやると、今日は鍵が掛かっていた。

 どうやら真帆も外へ出ているらしい。
 あの子もあの子で、いったいどこで何をしているんだか――

 クロは「仕事だ」と言っていたけれど、やはりにわかには信じがたかった。

 私は小さく溜息を漏らし、鍵を開けると中に入る。

 店の隅には、あの怪しげな、大きな背の高い時計がひっそりと佇んでいた。

 確かに今日は動かしていないらしく、長針も短針も、もちろん秒針すら動いてはいなかった。

「いっそこのまま、二度と使えないようにぶっ壊してやろうかしら――」

 なんてことを忌々しく思いながら呟き、ふとカウンターに目をやる。

 そこには、何やらやたらと古めかしい感じの、小さな眼鏡が置かれていた。

 昔の文豪とかが掛けていそうな、瓶底眼鏡だ。

「――なにこれ?」

 店のカウンターにあるってことは、何か魔法の道具だとは思うんだけれど……

 これはまた、何とも怪しい代物だ。

 一見すると昭和よりもまだ古そうなデザインだけれど、よくよく見れば、汚れなどほとんどついておらず、比較的新しいのであろうことは明白だった。

 ぱっと見では何に使う道具なのか全く想像もつかない。

「ふぅん……?」

 私は特に深く考えず、その眼鏡を手に取ると、何となくかけてみる。

 ――うん、何の変哲もない、ただの眼鏡だ。

 しかも、度すら入っていない、完全なるただのガラス。

 もしかして、ただのファッショングラスか何かだろうか?

 そう思っていると、がらりと後ろの引き戸が開く音がして、私は思わず振り向いた。

「――えっ」

 そこには、アリスが立っていた。

 昼間見たあの姿のまま、茫然と、私の顔を見つめている。

「ア、アリス? どど、どうしたの? 何か用事?」

 昼間の件で、私は動揺しながらそう訊ねた。

 アリスは「へ?」と口にして、
「あ、あぁ――!」
 と何かに納得したようにぽんっと手を打つ。

 それからおもむろににっこり微笑むと、
「――おねえちゃん、大好き!」
 いきなりそう口にして、私にがっと抱き着いてきたのである。

「えっ、えっ、えっ?」

 何が何やらさっぱりわからない。

 確かに先週会った時、アリスが妹だったらよかったのに、とは口にした。

 まさか、あれを覚えていて、そんなことを口にしたのだろうか?

 う、嬉しいよ?

 アリスにそんなふうに呼ばれると、確かにメチャクチャ嬉しいけど、でも、なんで突然?

 何とも納得いかないまま、けれど私も抱き着かれて悪い気はしないので、思わずアリスの背中に腕を回して――

「……んん?」
 物凄い違和感を覚えた。

 今、眼にしているアリスの姿と、腕を回したその感触が、まったく一致しないのだ。

 アリスの着ているふんわりしたブラウスを突き抜けるようにして、薄いニットのような布が私の手に触れる。

 これは、いったい、どういうわけ?

 私はその妙な違和感に、何となく覚えがあった。

 これは、たぶん、いつもの如く、間違いなく―――

 私はすぐさまアリスから手を離すと、かけていた瓶底眼鏡を外して、
「――やっぱり」
 私の身体に抱き着く真帆に、大きく溜息を吐いた。

「……あらら、バレちゃいましたか」

 ちぇっと真帆はわざとらしく舌打ちして、私から体を離す。

「何やってんのよ、あんた」
 思わず呆れながら口にして、私は手にした瓶底眼鏡を矯めつ眇めつする。
「これ、なんなわけ? なんで真帆がアリスに見えたの?」

 真帆はにこっと微笑むと、
「それですか? それは、おばあちゃんがその昔、魔法市で買った魔法の眼鏡ですよ。かけると、相手の顔が好きな人の顔に見えるそうです」

 ほほう、好きな人の顔に見え――

「……なんだって?」
 私は思わず、真帆の顔を見つめる。

 体中が熱を帯び、汗が噴き出してくるのを感じながら。

「だ、か、ら!」
 と真帆は、あの人を小馬鹿にしたような顔でぷぷっと笑い、
「相手の顔が、好きな人の顔に見えるんですって!」

 え、ちょ、だ、それって――!

「おねえちゃん、やっぱりアリスさんのこと、好きだったんですね!」

 その瞬間、私は思わず、瓶底眼鏡を床の上に叩きつけていた。

 ――パリンッ

 砕けたレンズが、辺りに散らばる。

 それを見て、大きく目を見開く真帆。

 私はそんな真帆を、ぎっと睨みつけながら、
「――どういうつもり、真帆」

「えっ……」
 普段は見せないような狼狽した様子で、真帆は口ごもった。

「もしかして、わざとこんなものをここに置いてたわけ? 私がかけるように」

「ち、違います!」
 と真帆は激しく首を横に振り、
「これは、若いころのおじいちゃんが来たときに受け取ったものを、私が片づけ忘れて、ずっとここに置きっぱなしにしていただけで――!」

「じゃぁ、さっきのは何のつもりだったの?」
「……さっきの?」

 首を傾げる真帆に、私は一歩前ににじり寄る。

「あんた、さっき私に抱き着いてきたよね?」
「あ、あれは、おねえちゃんが、私をアリスさんだと思ってたみたいだったから、つい――」

「ふざけるな!」
 私は思わず、大声で叫んでいた。

 腹立たしくて仕方がなかった。

 これほど真帆を疎ましく思ったことはない。

 ただ目の前に居るってだけで、ムカつく。

「ご、ごめんなさい……」
 小さく謝る真帆を、けれど私はどうしても許す気にはなれなかった。

 一刻も早くこの家から出て行きたくて、私は足早に引き戸の方へ向かう。

 真帆とすれ違うその時、
「ほんっとサイテー。あんたなんて、大っ嫌い!」
 私ははっきりと、そう口にした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

神木さんちのお兄ちゃん!

雪桜 あやめ
キャラ文芸
✨ キャラ文芸ランキング週間・月間1位&累計250万pt突破、ありがとうございます! 神木家の双子の妹弟・華と蓮には"絶世の美男子"と言われるほどの金髪碧眼な『兄』がいる。 美人でカッコよくて、その上優しいお兄ちゃんは、常にみんなの人気者! だけど、そんな兄には、何故か彼女がいなかった。 幼い頃に母を亡くし、いつも母親代わりだったお兄ちゃん。もしかして、お兄ちゃんが彼女が作らないのは自分達のせい?! そう思った華と蓮は、兄のためにも自立することを決意する。 だけど、このお兄ちゃん。実は、家族しか愛せない超拗らせた兄だった! これは、モテまくってるくせに家族しか愛せない美人すぎるお兄ちゃんと、兄離れしたいけど、なかなか出来ない双子の妹弟が繰り広げる、甘くて優しくて、ちょっぴり切ない愛と絆のハートフルラブ(家族愛)コメディ。 果たして、家族しか愛せないお兄ちゃんに、恋人ができる日はくるのか? これは、美人すぎるお兄ちゃんがいる神木一家の、波乱万丈な日々を綴った物語である。 *** イラストは、全て自作です。 カクヨムにて、先行連載中。

最初から最強ぼっちの俺は英雄になります

総長ヒューガ
ファンタジー
いつも通りに一人ぼっちでゲームをしていた、そして疲れて寝ていたら、人々の驚きの声が聞こえた、目を開けてみるとそこにはゲームの世界だった、これから待ち受ける敵にも勝たないといけない、予想外の敵にも勝たないといけないぼっちはゲーム内の英雄になれるのか!

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

処理中です...