はみ出し記者 鷹見恭平 オールドメディアは世の不条理、タブーを暴けるか VOI.1 不法滞在者が運ぶ甘い媚薬

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Take8:潜入、闇の都市

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その週末の北関東市————。
愛車の86のドアから降り立った雅子は、妙な、はしゃぎっぷりを見せる。
「ねえねえ、恭平クン。噂には聞いていたけれど、なかなか臨場感のある場面ね。“画”になるわ!」
根っから好奇心旺盛で、報道向きの性格の闊達な雅子が興奮するのも無理はない。
市街地に入ってからというもの、日本の光景と思えぬ場面にいくつ出くわしたことか。
行き交う者の多くはアジア人ではあるが、日本人にあらず、だ。
解体業が盛んでひっきりなしに大きな作業者やダンプカーが猛スピードで交差点を駆け抜け、当たり前のように信号を無視し、あわや重大事故、という事態も日常の風景だ。
住民、いや活動家なのか、素性は知れないが、日本人も黙ってはいない。
『移民のせいで不眠だ‼ ゴキブリは出て行け‼』
そんなヘイトスピーチャーの集団が公道を闊歩していたかと思えば、市民運動家らしきものたちが、“差別をやめろ!”“なかよくやろうぜ”などとシュプレヒコールを上げている。

そんな喧騒の中でも雅子は人目を引いた。
大江戸TV、いやマスコミ界でも1、2を争うような美貌を押し殺すように漆黒のサングラスをかけても、その通った鼻筋が邪魔をしてただならぬ妖艶さを醸し出すいでたちだ。
行き交う人やデモを展開する者、そして無論、異国の地に根付いた異邦人たちの視線がいやがうえにも絡みつく。
そんな好奇の目などどこ吹く風の雅子は、どこまでも天真爛漫だ。
スキップするようにして、恭平に身を寄せてくる。
そんな、報道人らしからぬ美女、伊集院雅子を睨む男が一人…。
「おお!? こいつ、反日TV局、大江戸のキャスター、伊集院だぞ!?」
男はサングラス越しに雅子の美貌を認めると、その正体を大声で吹聴し始める。
「なんだって!?」
ヘイトを繰り広げていた男性集団が、一斉にこちらを向いた。
殺気と、有名美女に対する羨望の眼差しを感じ、恭平は少々臆した。
何度となく暴行容疑で警察にしょっ引かれた経験のあるリーダー旭日誉は、暴力団ともつながりがあるという筋金入りのネット右翼だ。
愛国を自認しつつも、実態はネット上の根拠のない噂を信じ、異国人排斥に走る右翼と恭平は認識しているが、動画サイトではなかなかの人気者だ。
(まさか、到着早々、こんな輩に出会うとはな)
真正面から相手にはしたくなかったが、絡んできそうな旭日の勢いに気圧される恭平。
暴力的で、根拠のない嫌悪感は、誰しも怖いものだ。

だが、意外にも、雅子はおっとりと対応している。
「まあ、もしかしてあなたは活動家の、旭日誉さんではなくて?」
雅子は、大きな胸のふくらみの前で拳を握りしめて、歓喜の表情をわざとらしく浮かべてみせた。
「旭日さんって、本当の愛国者っていう感じで、わたくしたちメディアの者も強おぉーい関心を抱いておりますの。ご連絡先を頂戴したいわぁ」
「い、いや、その…頑張ってはおりますが、ね…」
雅子の意外な反応に、ネット右翼をこじらせたコミュ障的反応を見せる旭日と、その一党だ。
「主義主張に賛同できるかは別としまして…体を張って、…って言っても、陣川会系のヤクザ屋さん、じゃなくって、一般の社会に馴染めない方々の支援を受けながら、活動をなさるなんてなかなかできることじゃなくってよ」
雅子の天真爛漫な少女のような言葉に潜む鋭すぎる棘など耳に届かぬ様子で、旭日はデレっとしている。
こうしてみると、旭日も強面の活動家などではなく、単なる冴えない中年男性なのかもしれない。
分厚い眼鏡の下で、目尻をでれっと下げている。
やはり御多分に漏れず、この輩も有名人や美女には弱いらしい。

「きゃん!」
そんな雅子が愛らしい叫び声を上げる。
「伊集院雅子さぁん、めっちゃファンですぅ~~ッ」
突如、抱きついてきたのは長髪が不潔感を醸し出すヲタク系の青年だ。
恭平が即座に彼の腕をねじ上げる。
「いででで! やめてくださいよぉ~~~ッ‼」
「極ウヨ活動家は、精魂だけでなく性癖まで歪んでいるのかよ?」
「ち…ちがいますってぇ。伊集院さんに一目会ってお話ができると思いましてぇ」
「恭平クン、放してあげて」
雅子は呆れ顔を美貌に浮かべつつ、ヲタク青年を助け起こしてやる。
「女子アナフリークのとしては、憧れの伊集院さんを目の前にして、声を掛けないなんてほうはないじゃないですかぁ。ああ、やっぱり、優しいお方だぁ、伊集院さん…あの、お伝えしたいことが…」
「ファンなら、ファンらしく、画面の中だけで拝んでいろや、お前さんと彼女じゃ、住む世界が違うんだからさ」
恭平は、男の言葉を遮り促す。
「あら、恭平クン聞いてあげましょうよ。ファンは大切にしなくっちゃ」
雅子はどこまでも優しい。

そこに割って入ってきたのが、黒眼鏡が印象的ないかにも活動家然とした、濃紺のジャンパーの男だ。
土屋五郎太。
極端なヘイトスピーチに対抗措置をとる、クラッシュ・デモを生業としている政治思想家だ。
かつては、与党帝国臣民党の県議で、今は反体制側につき、人権派市民派を標榜しており、外国人労働者の支援にも熱心な様子だ。
が、単に慈善事業自体が収入源の、プロ市民という声もある。
「おいおい、大江戸TVさん。そんな差別主義者ばかり取材して、不公平じゃないか!」
なかなかのケンカ腰である。
「権力の監視、弱者救済、異国人労働者の生活向上を訴えるのが使命だろう?」
「あ、いえ、我々は、立場上中立ですので…」
恭平が雅子に迫る土屋に割って入る。
「中立というより、“正義の味方”ですわ」
雅子は少しだけ、ツンと澄ました貌で言い返して見せる。
美人の簡潔明瞭な解答に、その場の誰もが異を唱えられなくなってしまった。

そもそも、雅子に政治的な思想やポリシーがあるのか、恭平にはわからない。
何せ令嬢育ちで、つかみどころのないふわりとした性根の持ち主だ。
そもそも、あれだけの誘拐劇に遭い、苛烈な拷問にまでかけられたというのに、平然と仕事をこなしてもいる。
あのジェイソンマスクの黒幕を“おじさま”呼びし、そのミッションを遂行しようとまでしている。
そのことすら忘れたかのように、恋人との取材をある種のスリルを持って楽しんでいるようにも見受けられる。
特に、今話題の北関東市を訪れ、その刺激的な場面には血が騒ぐようで、天真爛漫な性格も相まって、純粋でまっすぐな好奇心を目の前の出来事に注いでいる様子だ。
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