血みどろ兎と黒兎

脱兎だう

文字の大きさ
50 / 87
①第六章 誰が誰を悪いと決めるのか

3既存と新規の命

しおりを挟む
 夏休みが明け、学校でのいじめもいよいよを持って本格化していった。
 明けてすぐの九月二日、月曜日。

 学校で目に見えて分かる変化があったから未だによく覚えている。

「お、おはよー……」

 教室に入ってすぐ気付いた。僕の机の異変。
 中は土で溢れ返っていて、机の上には大量の虫の死骸。蝶も、蓑虫も、ミミズも、蟻も蛾もハエも死んでいた。

 ……誰がこんな酷いことを。

 明らかにおかしい〝それ〟を受け入れるようにして声を潜めるクラスメイト達。
 笑いを堪えているのだろう、僕の反応を期待している。
『恐怖』や『嫌悪』を期待している彼等とは違い、僕の頬からは涙が流れていった。

「……この虫さんたちに罪は無いのに、どうして」

 するとすぐ周りの顔は強張った。つまらなかった、もしくは不正解な回答だったのだろう。

「まだ良い子を続けるなんて、いいご身分」

 ぽつりと放たれた言葉にちくりと胸が痛む。一体誰が言ったのか、辺りを見回す。
 隣の席の子とは随分距離を離されていて、視線を向けるとすぐそっぽを向く。
 このまま授業を受けるなんてこと無理に決まってる。
 僕は先生に助けを求めようと戸を開けて入ってきた先生に言った。

「先生、机があれじゃ授業を受けられません」

「? 何のことだい──……わお」

 今気付いたみたいな反応したけど、僕が途中から避けられてることは知ってましたよね手羽先先生。
 不満を吞んでどうすればいいのか問うと彼はこう返した。

「上だけ片付ければ受けられるんじゃーない……かな?」
「え……まさかあの死骸を全部、ゴミ箱に捨てろって言ってるんですか」
虫だろ? ゴミ箱に捨てて何か悪いことでもあったかな」
「まるで物みたいに言わないでください! ちゃんと生きてたんですよ! 虫だって命です、それを──」

 頭に血が上って声を荒げていくと、ブラビットが僕を制止する。

「まあまあ、持ち運んでくだされば私がきちんと弔っておきますから……今一度、落ち着かれては」

 弔ってくれる、と聞いて少しホッとした。
 だとしてもゴミ箱に入れるなんてことはしたくない。
 そう思った僕は自分のランドセルの教科書を全部取り出して敢えて机の中にある土の中に突っ込んでいく。
 戻ってきて教科書が無くなっているなんてことがあるよりは土まみれの教科書があった方が、マシだろうと考えてのことだった。

 中身を取り出したランドセルに中に虫の死骸をそっと掴んで入れた。

 虫は苦手な方ではあるが嫌いではない。
 ましてや、嫌がらせの為などという人間の我が儘で失っていいものでもない……蟻を無意識のうちに踏ん付けてしまってきたことへの罪悪感は今でも拭えないのだから。

 地味に小さい罪じゃないかな、これ。ね。
 けど蟻に関しては何とも土地の争いをしているのだから仕方ない気はしてもやはり、

 やはりなるべく無駄な殺生はしたくないぞ──……!

 なんて考えている内に入れ終わったのでランドセルを持って教室を出る。すれ違いざまに他の教師と会ったが「うわ」という表情だけして去っていった。……面倒ごとは関わりたくないってか。どいつもこいつも。
 誰の目にもつかないところまで移動し終わると、早速ブラビットが弔ってくれた。

「意識を持っている者達には基本、魂があるのですよ。ですから分かりますが、貴方が良い子で良かったとお礼を告げていました」
「(そうなんだ……生まれ変わったら幸せになって欲しいな)」
「前世歴がそう悪くは無いのでそのまま天国行きを手配しておきました。大丈夫です、あれならば次は馬や猫も夢じゃありませんわ!」

 何が。というか前世歴って言ったね?

 どういうこと。
 笑顔で受け答えをする彼女に聞くと、死んだら魂は死神に転生門がある天国か地獄に連れて行かれるのだという。
 天国行きか地獄行きかの条件は色々あるらしいが大まかに言えば『善行』か『悪行』、どちらを生前にしていたかで決まるらしい。
 前世持ちというのは何回か転生を繰り返して生を受けているであり、新規の魂とは違ってそれまでの罪の重さによっては石ころになったりもするらしい。
 恐ろしいな前世持ち。

 僕はというとだそうだ。

 なのに一番の犯罪を成し遂げるって……びっくりしちゃうな。

 記憶を思い出すことは無いときっぱり言っていたところを見ると、一度転生したら記憶を取り戻すことはないのだろう。流行ってる転生ものラノベとは違うんだね、ちょっと残念。

 まあ、死んだ後どうなるのか聞けたから良しとしよう。

 彼等の来世がもっと良いのでありますように、と願っていると頭を撫でられ、苛立っていた気分はすっかり元通りになっていた。ああ、何かもう、彼女がいれば他はどうでもい──

 両手で勢いよく頬を叩いて思考を飛ばす。
 気合を入れ直しただけ、うん。

 それだけだ。

 九月中旬にもなると、放課後に呼び出されての暴力はもはやのことになっていた。
 それは、僕にとってだけでなく周りにとってもだ。
 僕のいじめを傍観するクラスメイトや先生がとにもかくにも多い。
 先生に助けを求めてみても「我慢しろ」の一点張りで察した事実がこれだった。
 学校側としてはいじめがあると「いじめのあった学校」として警戒されてしまい、新入生が減る確率が上がってしまう。要は、そういうことだろう。利益が減るから隠蔽して「」。

 ああ、いい言葉だ。

 実にいい言葉だ。

 そうして「生徒達は皆仲良しで楽しそうにやっている」という評判にすれば自分達にとって都合の良い嘘で塗りたくったの出来上がり。

 良いねえ当事者じゃない人達はお金のことだけ考えられて。

 ……放課後までいじめられハブられ、放課後からは暴力というスケジュールが続いているせいか、少しやさぐれてきたかもしれない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

処理中です...