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①第六章 誰が誰を悪いと決めるのか
3既存と新規の命
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夏休みが明け、学校でのいじめもいよいよを持って本格化していった。
明けてすぐの九月二日、月曜日。
学校で目に見えて分かる変化があったから未だによく覚えている。
「お、おはよー……」
教室に入ってすぐ気付いた。僕の机の異変。
中は土で溢れ返っていて、机の上には大量の虫の死骸。蝶も、蓑虫も、ミミズも、蟻も蛾もハエも死んでいた。
……誰がこんな酷いことを。
明らかにおかしい〝それ〟を受け入れるようにして声を潜めるクラスメイト達。
笑いを堪えているのだろう、僕の反応を期待している。
『恐怖』や『嫌悪』を期待している彼等とは違い、僕の頬からは涙が流れていった。
「……この虫さんたちに罪は無いのに、どうして」
するとすぐ周りの顔は強張った。つまらなかった、もしくは不正解な回答だったのだろう。
「まだ良い子を続けるなんて、いいご身分」
ぽつりと放たれた言葉にちくりと胸が痛む。一体誰が言ったのか、辺りを見回す。
隣の席の子とは随分距離を離されていて、視線を向けるとすぐそっぽを向く。
このまま授業を受けるなんてこと無理に決まってる。
僕は先生に助けを求めようと戸を開けて入ってきた先生に言った。
「先生、机があれじゃ授業を受けられません」
「? 何のことだい──……わお」
今気付いたみたいな反応したけど、僕が途中から避けられてることは知ってましたよね手羽先先生。
不満を吞んでどうすればいいのか問うと彼はこう返した。
「上だけ片付ければ受けられるんじゃーない……かな?」
「え……まさかあの死骸を全部、ゴミ箱に捨てろって言ってるんですか」
「たかだか虫だろ? ゴミ箱に捨てて何か悪いことでもあったかな」
「まるで物みたいに言わないでください! ちゃんと生きてたんですよ! 虫だって命です、それを──」
頭に血が上って声を荒げていくと、ブラビットが僕を制止する。
「まあまあ、持ち運んでくだされば私がきちんと弔っておきますから……今一度、落ち着かれては」
弔ってくれる、と聞いて少しホッとした。
だとしてもゴミ箱に入れるなんてことはしたくない。
そう思った僕は自分のランドセルの教科書を全部取り出して敢えて机の中にある土の中に突っ込んでいく。
戻ってきて教科書が無くなっているなんてことがあるよりは土まみれの教科書があった方が、マシだろうと考えてのことだった。
中身を取り出したランドセルに中に虫の死骸をそっと掴んで入れた。
虫は苦手な方ではあるが嫌いではない。
ましてや、嫌がらせの為などという人間の我が儘で失っていいものでもない……蟻を無意識のうちに踏ん付けてしまってきたことへの罪悪感は今でも拭えないのだから。
地味に小さい罪じゃないかな、これ。ね。
けど蟻に関しては何とも土地の争いをしているのだから仕方ない気はしてもやはり、
やはりなるべく無駄な殺生はしたくないぞ──……!
なんて考えている内に入れ終わったのでランドセルを持って教室を出る。すれ違いざまに他の教師と会ったが「うわ」という表情だけして去っていった。……面倒ごとは関わりたくないってか。どいつもこいつも。
誰の目にもつかないところまで移動し終わると、早速ブラビットが弔ってくれた。
「意識を持っている者達には基本、魂があるのですよ。ですから分かりますが、貴方が良い子で良かったとお礼を告げていました」
「(そうなんだ……生まれ変わったら幸せになって欲しいな)」
「前世歴がそう悪くは無いのでそのまま天国行きを手配しておきました。大丈夫です、あれならば次は馬や猫も夢じゃありませんわ!」
何が。というか前世歴って言ったね?
どういうこと。
笑顔で受け答えをする彼女に聞くと、死んだら魂は死神に転生門がある天国か地獄に連れて行かれるのだという。
天国行きか地獄行きかの条件は色々あるらしいが大まかに言えば『善行』か『悪行』、どちらを生前にしていたかで決まるらしい。
前世持ちというのは何回か転生を繰り返して生を受けている既存者であり、新規の魂とは違ってそれまでの罪の重さによっては石ころになったりもするらしい。
恐ろしいな前世持ち。
僕はというと新規の魂だそうだ。
なのに一番の犯罪を成し遂げるって……びっくりしちゃうな。
記憶を思い出すことは無いときっぱり言っていたところを見ると、一度転生したら記憶を取り戻すことはないのだろう。流行ってる転生ものラノベとは違うんだね、ちょっと残念。
まあ、死んだ後どうなるのか聞けたから良しとしよう。
彼等の来世がもっと良いのでありますように、と願っていると頭を撫でられ、苛立っていた気分はすっかり元通りになっていた。ああ、何かもう、彼女がいれば他はどうでもい──
両手で勢いよく頬を叩いて思考を飛ばす。
気合を入れ直しただけ、うん。
それだけだ。
九月中旬にもなると、放課後に呼び出されての暴力はもはや当たり前のことになっていた。
それは、僕にとってだけでなく周りにとってもだ。
僕のいじめを傍観するクラスメイトや先生がとにもかくにも多い。
先生に助けを求めてみても「我慢しろ」の一点張りで察した事実がこれだった。
学校側としてはいじめがあると「いじめのあった学校」として警戒されてしまい、新入生が減る確率が上がってしまう。要は、そういうことだろう。利益が減るから隠蔽して「無かったことにしよう」。
ああ、いい言葉だ。
実にいい言葉だ。
そうして「生徒達は皆仲良しで楽しそうにやっている」という評判にすれば自分達にとって都合の良い嘘で塗りたくった金庫の出来上がり。
良いねえ当事者じゃない人達はお金のことだけ考えられて。
……放課後までいじめられハブられ、放課後からは暴力というスケジュールが続いているせいか、少しやさぐれてきたかもしれない。
明けてすぐの九月二日、月曜日。
学校で目に見えて分かる変化があったから未だによく覚えている。
「お、おはよー……」
教室に入ってすぐ気付いた。僕の机の異変。
中は土で溢れ返っていて、机の上には大量の虫の死骸。蝶も、蓑虫も、ミミズも、蟻も蛾もハエも死んでいた。
……誰がこんな酷いことを。
明らかにおかしい〝それ〟を受け入れるようにして声を潜めるクラスメイト達。
笑いを堪えているのだろう、僕の反応を期待している。
『恐怖』や『嫌悪』を期待している彼等とは違い、僕の頬からは涙が流れていった。
「……この虫さんたちに罪は無いのに、どうして」
するとすぐ周りの顔は強張った。つまらなかった、もしくは不正解な回答だったのだろう。
「まだ良い子を続けるなんて、いいご身分」
ぽつりと放たれた言葉にちくりと胸が痛む。一体誰が言ったのか、辺りを見回す。
隣の席の子とは随分距離を離されていて、視線を向けるとすぐそっぽを向く。
このまま授業を受けるなんてこと無理に決まってる。
僕は先生に助けを求めようと戸を開けて入ってきた先生に言った。
「先生、机があれじゃ授業を受けられません」
「? 何のことだい──……わお」
今気付いたみたいな反応したけど、僕が途中から避けられてることは知ってましたよね手羽先先生。
不満を吞んでどうすればいいのか問うと彼はこう返した。
「上だけ片付ければ受けられるんじゃーない……かな?」
「え……まさかあの死骸を全部、ゴミ箱に捨てろって言ってるんですか」
「たかだか虫だろ? ゴミ箱に捨てて何か悪いことでもあったかな」
「まるで物みたいに言わないでください! ちゃんと生きてたんですよ! 虫だって命です、それを──」
頭に血が上って声を荒げていくと、ブラビットが僕を制止する。
「まあまあ、持ち運んでくだされば私がきちんと弔っておきますから……今一度、落ち着かれては」
弔ってくれる、と聞いて少しホッとした。
だとしてもゴミ箱に入れるなんてことはしたくない。
そう思った僕は自分のランドセルの教科書を全部取り出して敢えて机の中にある土の中に突っ込んでいく。
戻ってきて教科書が無くなっているなんてことがあるよりは土まみれの教科書があった方が、マシだろうと考えてのことだった。
中身を取り出したランドセルに中に虫の死骸をそっと掴んで入れた。
虫は苦手な方ではあるが嫌いではない。
ましてや、嫌がらせの為などという人間の我が儘で失っていいものでもない……蟻を無意識のうちに踏ん付けてしまってきたことへの罪悪感は今でも拭えないのだから。
地味に小さい罪じゃないかな、これ。ね。
けど蟻に関しては何とも土地の争いをしているのだから仕方ない気はしてもやはり、
やはりなるべく無駄な殺生はしたくないぞ──……!
なんて考えている内に入れ終わったのでランドセルを持って教室を出る。すれ違いざまに他の教師と会ったが「うわ」という表情だけして去っていった。……面倒ごとは関わりたくないってか。どいつもこいつも。
誰の目にもつかないところまで移動し終わると、早速ブラビットが弔ってくれた。
「意識を持っている者達には基本、魂があるのですよ。ですから分かりますが、貴方が良い子で良かったとお礼を告げていました」
「(そうなんだ……生まれ変わったら幸せになって欲しいな)」
「前世歴がそう悪くは無いのでそのまま天国行きを手配しておきました。大丈夫です、あれならば次は馬や猫も夢じゃありませんわ!」
何が。というか前世歴って言ったね?
どういうこと。
笑顔で受け答えをする彼女に聞くと、死んだら魂は死神に転生門がある天国か地獄に連れて行かれるのだという。
天国行きか地獄行きかの条件は色々あるらしいが大まかに言えば『善行』か『悪行』、どちらを生前にしていたかで決まるらしい。
前世持ちというのは何回か転生を繰り返して生を受けている既存者であり、新規の魂とは違ってそれまでの罪の重さによっては石ころになったりもするらしい。
恐ろしいな前世持ち。
僕はというと新規の魂だそうだ。
なのに一番の犯罪を成し遂げるって……びっくりしちゃうな。
記憶を思い出すことは無いときっぱり言っていたところを見ると、一度転生したら記憶を取り戻すことはないのだろう。流行ってる転生ものラノベとは違うんだね、ちょっと残念。
まあ、死んだ後どうなるのか聞けたから良しとしよう。
彼等の来世がもっと良いのでありますように、と願っていると頭を撫でられ、苛立っていた気分はすっかり元通りになっていた。ああ、何かもう、彼女がいれば他はどうでもい──
両手で勢いよく頬を叩いて思考を飛ばす。
気合を入れ直しただけ、うん。
それだけだ。
九月中旬にもなると、放課後に呼び出されての暴力はもはや当たり前のことになっていた。
それは、僕にとってだけでなく周りにとってもだ。
僕のいじめを傍観するクラスメイトや先生がとにもかくにも多い。
先生に助けを求めてみても「我慢しろ」の一点張りで察した事実がこれだった。
学校側としてはいじめがあると「いじめのあった学校」として警戒されてしまい、新入生が減る確率が上がってしまう。要は、そういうことだろう。利益が減るから隠蔽して「無かったことにしよう」。
ああ、いい言葉だ。
実にいい言葉だ。
そうして「生徒達は皆仲良しで楽しそうにやっている」という評判にすれば自分達にとって都合の良い嘘で塗りたくった金庫の出来上がり。
良いねえ当事者じゃない人達はお金のことだけ考えられて。
……放課後までいじめられハブられ、放課後からは暴力というスケジュールが続いているせいか、少しやさぐれてきたかもしれない。
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