血みどろ兎と黒兎

脱兎だう

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②第一章 僕たちの関係はまだ、お友達のまま

3耐え続けろ ※残酷描写あり

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 っせーの、と掛け声が上がる。

 上げられた先で顔面から〝箱〟の中に入れられた。
 視界に何かが映った。暗くてよく見えないが、何かの触角であるように思えた。
 耳障りな音が数分に渡り響いて肌の上に乗る者の感覚がしていく。
 絶え間なく列を成して上ってくるこれ、は

 きっと──虫だ。

 害虫ばかりを集めた箱だと気付いてすぐに喚く。

「んー!? ま、……って!」
「あっはは、喋ったら口の中に入っちゃうかもよー? ね、『赤君は虫のこと庇うくらい虫が好き』なんだって僕達考えを改めたんだよー。思う存分堪能して?」

「……っン、……ッ」

 口から、目から、鼻から耳から這い上がって虫達が蠢き至る所から入り込んでくる。
 ぴりぴりする口の中も意識は向けてはいけないのに、向けることしか許されなかった。
 噛んで飲み込んでしまえば急場は凌げるだろう、でもそれをよしとはしたくなく僕は息を口から出来ずにいた。
 では鼻から息をしようと考えてはみても鼻からも入り込む侵入者がいる。
 息を抑えるしかなくて呼吸が途切れ途切れになっていく。

「(い、きが、で……っな)」

 荒い息の間僕はずっと必死に耐えた。
 数分と耐えていく内、何故か僕の中に入り込もうとしていた虫達が外へ出て行ったような感覚がして息を吸うことが許される。

「──え、ちょっとやだやだッ、来んな! 何で僕の方に来るんだよ!?」
「っ……?」

 状況を理解出来ずにただぼんやりと耳を澄ませる。
 走り去って何処かへ行ってしまったようだ……逃げる為に?

 疑問に思っていると彼女が箱を取って説明してくれた。

「皆さん勝手に連れ出されて怒っていたので、その怒りの矛先は正しい者に向けろと言いました」

 なるほど……この前も

「赤君へのプレゼントだよ♥」

 とか言ってクラスメイト全員で虫の死骸を僕の口の中に突っ込んで無理矢理食べさせるとかしてきたくらいだし、虫達からの逆襲は効果覿面だろうな。

 忘れないぞ、あの怨み。
 おっと間違えた、恨み。

 それ以降虫に関連したいじめは無くなった(大分トラウマになったのだろう、いい気味だ)のだが、中学生になってからはやり方も変わり悪化したので、教師も変わるのだし……と頼れる大人を探していたこともあった。

「あのっ」

 一年生の一学期が始まって何日も経たぬ内に駆け込んだ職員室。
 視界が捉えたのは「面倒事を持ち込むな」と言いたげな大人達の表情。
 分かった途端に冷めきっていく、感情が希望から絶望へと。

「あ、の……」

 震える手を握りしめながら目を泳がせる。

「何時までそこに突っ立っているつもりだ? 用が無いならさっさと出て行きなさい」
「……はい」

 憂鬱な気分で足取りが重いままその場を後にした。
 ひょっとすると僕の思い過ごしかもしれないと担任の先生だけ呼んで

「いじめられてるんです」

 と言ったりもしたが、返ってきた答えは

「そうか」

 だけだった。

 そうか、この苦痛も悩みも先生にとっては一言だけで終わらせられるものなんだな。

 学校内に味方がいないと分かっただけで頭が痛くなった。
 翌日、どういう訳か仁夏がそのことを知っていて僕を問い詰めてきたのだった。

「てめぇ他の奴にチクろうとしたんだってな」
「ち、違」

 わなくはないが言ったらもっと痛めつけられることを身に染みて学習してしまっている僕は、恐怖心から誤解を解こうとすることしか適わない。どっちにしても殴られるし何も変わらないのに、選択肢が三つあっても特定の一つしか選ぼうと思えなかった。

 まるで恐怖の足枷だ。

 どんなに逆らおうと思って足を動かしても必ず何処かでつっかえる枷。

「ッだ……、ぁ」

 殴られている時は意識も朦朧とするし、いつも通りの現実逃避でもしようと思考を飛ばした。
 精神を研ぎ澄ませて自分に『暗示』をかける。
 逃げの為の暗示だ。

(考えろ、考えろ、考えろ、考えろ)

 ──どうして仁夏が知っていたのか?

 可能性を考えるなら「誰かが聞いていて仁夏に話した」か「教師達が仁夏に話した」などだが前者は仁夏に近しい人物でしか話せないだろうし近しくない者が言うには日数がおかしい。
 連絡先を知らない相手に話すには最低一日はかかるはずだ。
 翌日に問い詰めてきたことを考えると職員室へ行った当日に話してなければならないが、放課後すぐ帰ってしまう仁夏を捕まえて話すのは……現実的ではない。

 だったら後者はどうだろう。教師達は最初から仁夏を優遇していた……まあ確かに野球部のエースとして活躍していて女子生徒からも男子生徒からの注目の的というイケメン男子枠になっているのであり得なくはないが……。
 一般的な普通で、一生徒に私情で(しかも大してメリットの無い相手に)味方する教師っているんだろうか。

 殺人はしていなくとも窃盗常習犯の立派な犯罪者だぞ。

 ……狼が賄賂で教師を味方にした、とか……?

 あ、これが一番あり得る気がする。止めよう。
 辿り着きたくない結論に至りそうになり慌てて現実に思考を戻すと、また痛みが再発した。

「いッ」
「もういないので治しますね」

 折れていた指の骨が元に戻って正しい指の位置へと再生される。
 彼女に「ありがとう」といつものようにお礼を言ってその日は帰った。
 頼れる場所が予め潰されていることを実感した僕は、この日を戒めとして胸に刻んだ。

 その一、学校の教師や大人はあいつらの味方が多い。言おうとすると仁夏と狼に話がいくから気を付けろ。

 その二、聞かれちゃ不味いことはブラビットが魔法使ってくれた時とか二人きりの時以外禁止。

 その三、生徒達も一と同じ可能性が高いので接触を避けよう。

 悲しいかな。学習していかねば生きていけないのだ。

 毎日
 毎日毎日
 毎日毎日毎日
 いじめられ続け耐え続けて、やっとの思いで七月を迎えられたんだ。

 むしろここまで耐えたことを褒めて欲しい。夏休み明けたら来世を楽しみたい。
 あ、いや。

 疲れ果てていたからか、見続けていたパソコンを前にして解き放った言葉は重苦しいものだった。

「……死にたいな……」

 ふと呟いてしまった発言を拾っていち早く彼女が反応する。

「どうしたの!? どうすればいい!?」

 視界が揺れてるなー、なんて他人事のように思っていたらいつの間にか彼女の両手がそれぞれ肩に置かれていた。座っている椅子が回る奴だからぐるんと向きを変えられて肩を揺さぶられていたんだね、近いね。
 心配して慌ててるブラビット──

 ……んっ!?

 地味に初めての表情じゃないかこの可愛い表情!
 畜生人外を撮れるカメラは無いのかッ、至急、至急応答せよ人外カメラマン!

 悔やまれる。
 今ここに死神をも映せる機材が無いのが悔やまれる……幽霊も撮れそうだな、それ。

「……元気付けてくれる?」

 再び湧き出る悪戯心。今度は好奇心も疼く。

「元気ないの?」

「んー……うん。だからブラビットが元気付けてくれたら……嬉しいかなあ、なんて」
「どうすればいい?」

 なんでもしてくれる? なんて野暮ったい質問は無しか。純粋に心配してくれてるんだろうしね。

 ──本音を言えば君のキスが欲しい。

 お友達関係のままじゃ言えないお願いだ。
 早く、早く、今以上になりたい。
 お友達のままでもキスだけ欲しい、は流石に我が儘すぎる……よな?

 な、うん、落ち着け落ち着け。

 変人という得難い汚名を返上しろ。
 百歩譲ってこれかなあと思いついた元気付けをお願いする。

「思う存分ハグさせて」

「ハグ? って何?」
「ぎゅーって抱き締めること」

「あ。なるほど、ハグねハグ! 覚えたよ!」

「きゃわっ」

 きゃわ──……!

 両手をぎゅっとして子供のように「言えたよ言えた!」と宣言する様が愛らしすぎて、かつてないほどのときめき(強き鼓動)が襲い掛かる。

 ……──心臓が大変だ!

 別の意味で死にそうになったもののちゃんと「あっ元気出るならどうぞ」と腕を広げてくれたのでストレス発散の為に思う存分抱き締め──る程の勇気が無いので寄りかかる感じで抱き着いた。
 ふわりと柔らかい彼女の髪が頬に当たってすぐ忘れかけのお出掛けしてた羞恥心が舞い戻ってきたなどと。
 そんなことは断じてない。

 断じて……ない!

 匂いを嗅ごうとしたなんてそんなこと、無い!

「元気出ました?」
「お陰様で。この通ーりっ」

 ハードケースからヴィオラを取り出して軽く一曲弾く。
 弾き終わるといつもパチパチと拍手してくれるのが彼女の性格の良さ(生真面目さ)を表していて堪らなく嬉しい。

「良かったです」

 胸をなでおろす彼女を見て柔らかく微笑む。
 安心してブラビット。

 現世で君と両想いになれるまではそう簡単には死なないよ、きっと……きっとね。
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