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②第一章 僕たちの関係はまだ、お友達のまま
4仮面を被る(冬規視点)
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丘志七年七月七日、木曜日。
宙に浮きながら少女──いや幼い少年の姿をした銀髪を靡かせるは黒兎赤の想い神、ブラビットである。
「前方赤君なーしっ! 後方赤君なぁーし! 左右……オッケー、行ってきまーす!」
厳重に四方八方を確認し終えた彼女……彼……彼女は死神協会以外の外出は滅多に出来ていない。
何故なら、赤があまりにも独占欲を発揮して少女を手放さそうとしなかったから。
あまりにも
「へえ、出掛ける? もう今月のお仕事終わったんだよねぇ──……なんで? 出掛けるなら何時何分何秒からいついつどこで何をして誰と話す予定があるのかな。帰宅時間も詳細に教えてくれる?」
という事情聴取レベルの聞き込みが多いから。
(最近やたらとしつこいからな……前は追いかけたりはしてこなかったんだけど)
意味も無く名前を連呼してはわざと転んでブラビットの気を引くようなことばかりをしていたのだ。
それすらも疑わずに純粋な優しさを見せる性格が故に今も
「今朝転んでたけど大丈夫かなあ」
などと思いを馳せていた。
彼の思惑通りと言えばそうであるが、一方で「気になるものが出来てもそれを見に行く散歩が出来ない」という点では不満を抱いている。
人間界の様々な仕組みや物を見るにつれ、興味が出てきたのだ。多種多様性のある命において最も変なことをする命……それが現在のブラビットから見た人間の印象だった。
(まっ、これで久々に! 散歩が出来るー! まだ目は治ってないけど、まあ、いけるでしょ!)
ぼやけた視界を魔法でカバー出来ないかも試したようだが神の目とやらは特殊すぎて治らない限り戻らないらしい、機を待つことしか出来そうになかった。
これに関して彼女は期待半分、諦め半分といった様子だ。
今回はただ純粋に他の人間達が暮らしている様子を見たいという目的だけだった為、柳下以外の場所へと移動する。あの周辺だと赤に見つかる可能性が高かったからであろう。
(他の場所ではあのくらいの年の子って何してるんだろ)
気になることが出来たブラビットは黒兎赤と年齢が近しい者の日常を探ることにした。
世間一般、という言葉が指す世間とは一体どんなものなのか?
未だにその実態は掴めていない。ひょっとしたら永遠に解けない謎かもしれない。
それでも彼女にとっては十分調べるに値する情報であった。
──好奇心は身を滅ぼす。
そうは言っても誰よりも上に立たねばならない存在。神である以上無知は許されない、少なくとも少女はそう考えている。狭い視界の中で調べられる範囲など高が知れているが、何もしないよりはマシだ。
「じゃ、今日も楽しんでこー!」
己を奮い立たせる為に高らかに空へと響かせた。
+
ボクの家は、馬鹿である。
「あはは! ほんっと兄ちゃんは馬鹿だなぁ~」
馬鹿だから、こうして笑っている。
馬鹿だから。
(……ボクは絶対、違うのに)
食卓を囲み家族団欒のひとときである今でさえ頭の悪さを露見させていくこの人達を見ないよう、目を閉じてささやかに笑う。
「お前は本当に馬鹿だなあ」
ふふふ、とあげつらうママは自分のことを棚に上げて見下して会話に混ざる。
「全くね。きっとパソコンのしすぎでそうなっちゃったのよぉ、ほらゲームのしすぎで馬鹿になっちゃう子、クラスに一人や二人はいるでしょ? あれと同じよー」
「あ~、ね! 兄ちゃんずーっと動画ばっか見てるしさ! あれでしょ、ネットのしすぎで頭が弱くなっちゃったんだ!」
違う。
「いやいや、晃。冬規は元々遊んでばっかだったろ? 何をするにしてもまずは遊びだろー、だからじゃないかなぁ。父さんはそう思う、こいつは遊び人の才能があるってな!」
「なぁるほど! 遊び人になるの、兄ちゃん?」
なる訳ない。
「……そうだね~、そうかもしれないねー」
──ネットの何も知らない癖に。
『低能な考えしか出来ないこの人たちとは根本的に異なっている』普段からそう割り切り偽りの笑みだけを振る舞い、ただ笑って時間が過ぎるのを待つ。
それが日常。
それが当たり前の毎日。
じゃなきゃ自尊心が破壊されていくがままだ。
弟の方が、ママの方が、頭が弱い。テストの点数だって弟の晃は赤点すれすれ。
なのにその点は何も触れないんだ、兄より大事だから?
それとも、ボクだけがこの人達と感性も何もかもが違うからか。
(晃、晃って持ち上げる度に引き合いに出されるこっちの身にもなってほしい)
頭を抱えすぎてはストレスが溜まると考え、食べ終わってすぐ部屋へと戻った。
その際、窓から一瞬赤い光が見えた気がしたが、気のせいだろう。
水越冬規、それがボクの名前である。
冬規という名前は冬生まれで、規則正しく育って欲しいという理由でこうなったそうだ。
けど、実際のボクは規則なんか大嫌いだった。
だから無視してやった。
学校でも、日常でも。
規則なんて全部破っちまえって。
でも努力は沢山した。けど家族はそれを見てくれなかった。
言葉に出すことさえ憚られる。何年も何年も変わらない、兄弟に出来た上下関係。
最初の頃は違った。
ママもパパもボクを褒めて弟とも同じように接していた。
はずだというのに、晃が物心ついた頃から冷たい態度を取るようになって。
「この子は貴方とは違うの」
とか
「貴方と比べられて晃がどんな思いをしてるかも知らないで、いい気なものね」
とか
「お前は兄なんだぞ、弟を可愛がらなくてどうする」
とか間違いを指摘すれば
「そうしてまで親の気を引きたいのか?」
とか、はー。
知らないよそんなこと。間違ってるから教えようとしただけなのにこっちがいじめたみたいに言って。
自分達と違う息子を受け入れられなかったあの人達はそうしてボクを『馬鹿』と線引きすることにより、己の心を守っている。それが現状だった。
──ボクが悪いのかなぁ。
そう思ったことは何度もある。でも、何度考えてもボクは悪いことをしてなかった。
悪いことっていうのは犯罪とかでしょ。ボクはそんなことはしてない。
だから、ほら。
(表面上の)友達だっているし、(表面上では)からかい甲斐のある奴だってクラスでも好かれてるし……
ああ、馬鹿だからいじりやすいだけ、か。
言ってて悲しくなってきちゃうね、ピエロだったらどんな状況下でも笑顔を崩さないんだろう。
アレと同等の道化を演じる必要は無くとも下に見られていた方が世の中、安定してしまうのだ。
だからほら。ボクは最低限人前で笑うだけでいい。
ほら、……馬鹿になれ。
宙に浮きながら少女──いや幼い少年の姿をした銀髪を靡かせるは黒兎赤の想い神、ブラビットである。
「前方赤君なーしっ! 後方赤君なぁーし! 左右……オッケー、行ってきまーす!」
厳重に四方八方を確認し終えた彼女……彼……彼女は死神協会以外の外出は滅多に出来ていない。
何故なら、赤があまりにも独占欲を発揮して少女を手放さそうとしなかったから。
あまりにも
「へえ、出掛ける? もう今月のお仕事終わったんだよねぇ──……なんで? 出掛けるなら何時何分何秒からいついつどこで何をして誰と話す予定があるのかな。帰宅時間も詳細に教えてくれる?」
という事情聴取レベルの聞き込みが多いから。
(最近やたらとしつこいからな……前は追いかけたりはしてこなかったんだけど)
意味も無く名前を連呼してはわざと転んでブラビットの気を引くようなことばかりをしていたのだ。
それすらも疑わずに純粋な優しさを見せる性格が故に今も
「今朝転んでたけど大丈夫かなあ」
などと思いを馳せていた。
彼の思惑通りと言えばそうであるが、一方で「気になるものが出来てもそれを見に行く散歩が出来ない」という点では不満を抱いている。
人間界の様々な仕組みや物を見るにつれ、興味が出てきたのだ。多種多様性のある命において最も変なことをする命……それが現在のブラビットから見た人間の印象だった。
(まっ、これで久々に! 散歩が出来るー! まだ目は治ってないけど、まあ、いけるでしょ!)
ぼやけた視界を魔法でカバー出来ないかも試したようだが神の目とやらは特殊すぎて治らない限り戻らないらしい、機を待つことしか出来そうになかった。
これに関して彼女は期待半分、諦め半分といった様子だ。
今回はただ純粋に他の人間達が暮らしている様子を見たいという目的だけだった為、柳下以外の場所へと移動する。あの周辺だと赤に見つかる可能性が高かったからであろう。
(他の場所ではあのくらいの年の子って何してるんだろ)
気になることが出来たブラビットは黒兎赤と年齢が近しい者の日常を探ることにした。
世間一般、という言葉が指す世間とは一体どんなものなのか?
未だにその実態は掴めていない。ひょっとしたら永遠に解けない謎かもしれない。
それでも彼女にとっては十分調べるに値する情報であった。
──好奇心は身を滅ぼす。
そうは言っても誰よりも上に立たねばならない存在。神である以上無知は許されない、少なくとも少女はそう考えている。狭い視界の中で調べられる範囲など高が知れているが、何もしないよりはマシだ。
「じゃ、今日も楽しんでこー!」
己を奮い立たせる為に高らかに空へと響かせた。
+
ボクの家は、馬鹿である。
「あはは! ほんっと兄ちゃんは馬鹿だなぁ~」
馬鹿だから、こうして笑っている。
馬鹿だから。
(……ボクは絶対、違うのに)
食卓を囲み家族団欒のひとときである今でさえ頭の悪さを露見させていくこの人達を見ないよう、目を閉じてささやかに笑う。
「お前は本当に馬鹿だなあ」
ふふふ、とあげつらうママは自分のことを棚に上げて見下して会話に混ざる。
「全くね。きっとパソコンのしすぎでそうなっちゃったのよぉ、ほらゲームのしすぎで馬鹿になっちゃう子、クラスに一人や二人はいるでしょ? あれと同じよー」
「あ~、ね! 兄ちゃんずーっと動画ばっか見てるしさ! あれでしょ、ネットのしすぎで頭が弱くなっちゃったんだ!」
違う。
「いやいや、晃。冬規は元々遊んでばっかだったろ? 何をするにしてもまずは遊びだろー、だからじゃないかなぁ。父さんはそう思う、こいつは遊び人の才能があるってな!」
「なぁるほど! 遊び人になるの、兄ちゃん?」
なる訳ない。
「……そうだね~、そうかもしれないねー」
──ネットの何も知らない癖に。
『低能な考えしか出来ないこの人たちとは根本的に異なっている』普段からそう割り切り偽りの笑みだけを振る舞い、ただ笑って時間が過ぎるのを待つ。
それが日常。
それが当たり前の毎日。
じゃなきゃ自尊心が破壊されていくがままだ。
弟の方が、ママの方が、頭が弱い。テストの点数だって弟の晃は赤点すれすれ。
なのにその点は何も触れないんだ、兄より大事だから?
それとも、ボクだけがこの人達と感性も何もかもが違うからか。
(晃、晃って持ち上げる度に引き合いに出されるこっちの身にもなってほしい)
頭を抱えすぎてはストレスが溜まると考え、食べ終わってすぐ部屋へと戻った。
その際、窓から一瞬赤い光が見えた気がしたが、気のせいだろう。
水越冬規、それがボクの名前である。
冬規という名前は冬生まれで、規則正しく育って欲しいという理由でこうなったそうだ。
けど、実際のボクは規則なんか大嫌いだった。
だから無視してやった。
学校でも、日常でも。
規則なんて全部破っちまえって。
でも努力は沢山した。けど家族はそれを見てくれなかった。
言葉に出すことさえ憚られる。何年も何年も変わらない、兄弟に出来た上下関係。
最初の頃は違った。
ママもパパもボクを褒めて弟とも同じように接していた。
はずだというのに、晃が物心ついた頃から冷たい態度を取るようになって。
「この子は貴方とは違うの」
とか
「貴方と比べられて晃がどんな思いをしてるかも知らないで、いい気なものね」
とか
「お前は兄なんだぞ、弟を可愛がらなくてどうする」
とか間違いを指摘すれば
「そうしてまで親の気を引きたいのか?」
とか、はー。
知らないよそんなこと。間違ってるから教えようとしただけなのにこっちがいじめたみたいに言って。
自分達と違う息子を受け入れられなかったあの人達はそうしてボクを『馬鹿』と線引きすることにより、己の心を守っている。それが現状だった。
──ボクが悪いのかなぁ。
そう思ったことは何度もある。でも、何度考えてもボクは悪いことをしてなかった。
悪いことっていうのは犯罪とかでしょ。ボクはそんなことはしてない。
だから、ほら。
(表面上の)友達だっているし、(表面上では)からかい甲斐のある奴だってクラスでも好かれてるし……
ああ、馬鹿だからいじりやすいだけ、か。
言ってて悲しくなってきちゃうね、ピエロだったらどんな状況下でも笑顔を崩さないんだろう。
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