血みどろ兎と黒兎

脱兎だう

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②第三章 “血魂”前編

1遅刻はしない、そう。この超・特急に乗ればね。

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 丘志八年十二月二十日、木曜日。

 後から気になって調べたところ、思いもよらないこの国の現状を知って驚いた。
 なんとリフナという大麻は随分も前から浸透しているというのだ。
 この国の若者なら一度は吸ったことがあるとされる程に。

 貧困層にはネハという麻薬が流行り、中毒から抜け出せずに人生を棒に振った者も居るらしい。
 つまり、僕は今まで自国の現状すら知らない「平和ボケしてる国民」だったってこと。
 ひょっとしたら両親がそういうのに巻き込まれないよう努力してくれていたのかもしれないけど、だからってこれは無い。大麻や麻薬があるのは知ってたけどまさかこんな身近なものだったなんて。
 因みに、大麻は医療用に使われる軽度のもの、麻薬は過剰に反応が出る重度なものという認識で概ね問題は無いようだ(大麻自体は別の意味を示すこともあるけどね)。

 結局はどちらも興奮作用の代償として脳に異常を来たすようだが、過去には別の麻薬でフック禍と呼ばれる程、殺人事件が多かった時もあったとか。勿論場所によって違うだろう。
 でもそれを踏まえても麻薬だけで年間何兆片も利益が出ているなんて異常だ。

 調べてみてもまだ気にかかるのは、あの日使用されていた薬のことだ。
 あの独特な匂いはリフナともネハとも違う気がする。

 意識して集中しないと異常だと気付けないような……日常的に嗅いだことのあるものと近いような。

 そんな気がするのだ。

 分からないことに時間をかけてても仕方ないし……いい加減、布団から出よう。
 ちみほと向き合ってあまり眠れず過ごしたからか、睡眠不足を告げるあくびが僕にご挨拶。
 仕方なく働かない頭を動かし、ベッドから出るとずっと手を繋いでくれていたブラビットがひょっこりと顔を出した。

「おはよう、ブラビット」

「今から着替えても電車に間に合うかは知りませんが、おはようございます。と言っても夜更かしをした者に『おはよう』は適切なのかどうか微妙ですけれど」

 それは、確かに。ぐう。

 出だしの言葉が何やら不穏だったので成り行くままに時計の方を見上げる。
 うわー八時近くじゃん、今から行って出てるのは丁度八時か、十五分後の電車だ。
 ぎりぎり、ぎりぎり八時の超・特急に乗れればいける。
 各駅停車だと一時間はかかるが超・特急なら十分になるというミラクルを起こす。

 代わりに、駅から去るのも駅に来るのもすんごく速いんだけど。
 授業は八時半だから、そう、二十分くらいの余裕はある──!
 今日も美しい彼女に心配をかけたようで

「一時間かかる場所ではなかったですか」

 と首を傾げられた。

「大丈夫。多分……間に合う」

 多分な──……。

 人間界で同じ場所に留まることの無い彼女が、こうして柳下や南有利について少しずつ詳しくなっていることを嬉しく思う。好きな子がどんどん自分に染まっていく感じ?
 あ、いや、知ってる共通の話題が増えていくのが嬉しい、という意味だ。

 電車は比較的覚えやすかった、玩具のようだからと答えた彼女は幾分か楽しそうだ。

 玩具、と言った瞬間に低音から高音になっていくのを僕は聞き逃しはしなかった。

 乗り物系アトラクションが好きなのか、別の意味なのか、判断がつかないが。
 支度を整える為に重い腰を持ち上げて荷物をまとめる。
 表情には出していないはずだった。
 にも関わらずブラビットは見事に僕のことを言い当てる。

「貴方が行きたがらない理由は分かります。でも一度卒業まで行くと決めていますもの、休まずに通い続けるのでしょう」

 そう、一度行くと決めたなら行くのが黒兎赤という奴だ。
 よく分かってる。

「今着替えるから、終わったら行こう。外で待ってて」

 まだ着替え中に覗いたこと根に持ってます? と訊かれて思わず記憶を遡り顔に熱がこもる。

 ──どうしてそう羞恥心を思い起こさせるかな。

 制服を着用し、鞄を持って扉を開け部屋の前へ出る。
 下から上まで見た彼女は

「黒兎の名に劣らず黒いですよね」

 と褒め言葉か分からないことを言い、僕は肩を竦めた。
 機嫌を悪くしたと考えたのだろう、黒色は好きですよ、と付け加えられ告白に聞こえてしまった。

 そんな訳無いのに。

 火照る顔が隠れればいいと腕を当て、しょうもない口ぶりで告白を試みる。
 理由としては至って単純で、言わなきゃいつまで経ってもこの関係性のままだと分かっていたからだった。

「(僕も、……ブラビットの赤色が、す……す)」

 だらしないことだが、こういう時に限っていつも言葉につっかえるのだ。
 さっさと愛を伝えれば良いのに、
 そうすればきっと少しは見てくれるかもしれないのに、
 好きな子だと意識してしまうあまり羞恥心に負けて言い換える。

「(少し似合うかなと自分で思ってる。ほら、このヘアゴムのリボンとか)」

 どや顔で言ってのけた僕へ呆れた目線を飛ばす彼女。

「私がいつ赤色を似合うと思ってると言いました?」

 と不快にさせてしまったようだ、んん。
 確かに曲解してる感じに解釈出来るな。
 ついでだから好きなタイプとか、気になる誰かが居るかとか訊けたら良かったんだけど、居た時のことを考えるとこのポーカーフェイスを突き破ってまでどす黒い感情が表に出そうだから、聞くに聞けない。
 立ち直れる気もしないし。
 人間と関わっているのは僕とか……後知らない誰か(この前出来た友達)とか、
 例の悪魔とか、
 ドレイトとか言う奴とか、
 人外の方が多いんだろうが精々これくらいのはず。

 だからそう、消去法でやっていけば怪しい奴は絞れる……へへ。

 僕と彼女の恋路を邪魔する奴には早々に手を引いて貰わなければなるまい。

 口角が思い切り吊り上がっていたのか通りすがる人の視線が痛かった。

 一体、駅に辿り着くまでどんな顔をしていたんだ僕は。
 時刻は七時五十八分。間に合って良かったと安堵すれば二分経ち、程なくして小暮坂行きの超・特急に乗ることが出来た。これなら停車駅は柳下通り、阿木磨、南有利、楽山、小暮坂なので二つ目で降りれば良いだけだ。
 驚くべきことだがこの国、満員電車問題を解決する為と政府が

「車両増やせば良いんじゃね?」

 とか言って十両編成から十四両編成が当たり前になったのだ(現在確認できた範囲では最高二十四両)。
 しかし、十四両目には扉が無く、外へ出るにも走ったり……事前に他の車両へ移動しなければ降りることは不可能。大変不便なのである。

「そんな危ない橋を渡れるか!」

 ほとんどの人はそう言って十四両目には乗らない。
 結果、前よりも満員になるという全く解決には至っていないのが現状だが、こうしてブラビットと乗るには都合の良い場所となっている。世の中、何を便利と感じるか分からないもんだな。
 無人の空席に座れば少しの安らぎを得ていく。

 でも今、寝不足だから座ったらすぐ寝ちゃいそう──……
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