風の街エレジー

新開 水留

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8 「渋爺」

 

 と場の仕事を終えて、銀一が春雄と合流したのは午後二時半だった。
 勤務先の林原商店を出てすぐ、斜向いで商いをしているうどんの屋台に腰かける、男女の背中が目に入った。筋肉の盛り上がった肉体労働者の大きな背中と、緩やかに左カーブを描いて隣の男にしだれかかる細い背中。銀一は不思議と笑いが込み上げて来るのを抑え、わざと声を張り上げた。
「人がせっせと働いてる間酒かっ食らって、お前らそれで平気なんか。悪いと思わんか」
 銀一の声に、二人が立ち上がって振り向いた。春雄と、恋人の志摩響子である。
 志摩太一郎の妹、響子はまだ十七歳と若いながら、春雄について行くと決めて家を飛び出し、東京で彼と暮らしながら自分も働いて生計を支える、しっかり者である。しかし家を出たのは三年前で、十四歳の時だ。そういう意味では、しっかり者の彼女もまた一筋縄ではいかない娘である。丸っこい顔の中で愛想よく笑っている響子を見れば、誰もが心を許しはする。しかし付き合いを深めればすぐに、志摩の名は伊達ではないと感じる嵌めになる。
 春雄と響子の駆け落ちは誰もが反対した。春雄が東京の造船会社の下請けで働き始めたのはまだ十代の頃で、赤江の街で彼の帰りを待ちわびていた、響子の幼くも健気な姿を見ている分には、誰もが皆微笑ましく感じていられた。
 所が、十四歳の彼女は大人になるまでの時間をすっ飛ばそうと画策し、家出を兄に相談した。当然、兄太一郎は激怒した。いくら自分が極道に進む程の無頼だとしても、妹はまだ十四歳である。何かを決めるには早く、それが男との駆け落ちとなれば冷静でいられるわけがなかった。
 響子は相談する相手を間違えたと思い直し、今度は幼い事から姉と慕っていた藤代友穂に話を持ち掛けた。友穂は笑って賛成し、「少ないけど」と言って行きの電車賃と幾らかの金を用立ててくれた。「その代わり」と彼女からと出された条件は、「これを受け取るなら、必ず実行に移して、必ず幸せになる事」だった。
 感銘を受けた響子は、友穂ですら思いもよらない行動に出た。彼女に相談し、工面してもらったお金を握り締めたその日の夜に、家を出たのだ。短い書置きを部屋の机に貼り付け、洋服だけをカバンに詰めて赤江を後にした。書置きの内容はこうだ。
「神波さんと、東京で暮らします。探しても、無駄です。見つけた所で、帰りませんので」
 もちろん怒り狂った響子の父は、息子・太一郎の胸倉を掴んで時和会から追手を放てと命じた。これは噂話でしかないが、その放たれた追手というのが実はケンジとユウジではないかと言われている。荒っぽい仕事を依頼する側としてはこれ程頼りになる人間はいないが、ただ相手に回ったのが神波春雄という、これまた狂犬と呼ばれた並々ならぬ男であり、尚且つケンジ達とも知らぬ関係ではなかった事が、明暗を分けた。実際、春雄と響子はその後連れ戻される事なく東京に留まり、今も平和に暮らしている。ただ両者の間に何事もなかったというわけでは、どうやらなさそうだった。今更春雄の口から三年前の出来事が語られる事はないが、先日東京の職場に現れたケンジ、ユウジとの間でも何かがあったらしい事は、昨日の春雄の態度から容易く読み取れた。
 あれから志摩響子は赤江に戻って来る事はあっても、実家の敷居は跨いでいないそうだ。
「ご無沙汰してます、銀一さん」
 突然声を掛けて来た銀一に驚くでもなく、笑顔の響子が両手を前に回して頭を下げた。
「おう。元気そうで安心したわ。疲れ果てて、もっとがりっがりにやせてるかと思った」
「…ちょっと、それ太ってるって意味ですか!?」
 響子は目を見開いて、銀一の腕を叩いた。
「違う違うー。そういう意味じゃないよー。何言っちゃってんのさー」
 銀一が大袈裟に顔の前で手を振って見せると、響子は頬を膨らませてまた銀一の腕を叩き、そして春雄を睨んだ。
「違うって言うとるじゃないの」
 春雄は苦笑し、歩こうか、と銀一を促した。
「銀一さんは、お昼食べたんですか?」
 路地を行く銀一と春雄の後ろを付いて歩きながら、響子が明るい声で聞いてくる。
「おお、食ったぞ。さっきの、そこの屋台でうどん食った」
「美味しいですよね、私も食べちゃいました。…さっきお昼食べたんですけどね」
「あはは、そら…。そうか」
「何ですか?」
「何でもない」
 良い子だな、と銀一は思った。赤江出身だからというのもあるかもしれないが、今仕方まで二人が座っていたのは、林原商店の職人御用達の屋台である。と場の真ん前に陣取り、時間を惜しんで昼飯を腹に詰め込みに来る職人達の為の店だと言っていい。そんな店が美味い筈がなし、第一慣れない者にすれば漂って来る匂いにまず耐えられない立地にある。今もまた、仕事を終えたばかりの銀一の側にいて尚ひとつも嫌な顔をしないのは、誰にでも出来る事ではないと思うのだ。
「竜雄には会ったか?」
 と、銀一は会話の矛先を変えた。春雄は頷き、
「お前と別れたすぐ後に家行った」
「早。怒られたやろ」
「いや、もう竜仁おじさん起きて外で乾布摩擦してた」
 銀一は思わず手を叩いて笑った。
 竜仁(たつひと)とは竜雄の父親である。大柄な竜雄の体躯は父譲りで、今でも背後から見ただけではどちらが父でどちらが子は分からぬくらい、若く逞しい。
「竜雄も起きとったわ。ちょっとだけ話した」
「なんか言うてたか?」
「相談を受けたのは自分やってのに、言うだけ言うて街を出るのが心苦しいって。お前に打ち明けた時は別に、代わりに様子を見に行かせようなんて思ってなかったって」
「ああ」
「謝っといてくれー言うて。今回は三日もあれば戻って来るらしいぞ」
「別にあいつの為やないよ。平助も、知らん間じゃないしな」
 歩きながら三人が向かった先は、銀一の家である。今朝、翔吉に挨拶出来なかった事を春雄が気にして、西荻の家へ向かう前に立ち寄ったのだ。もともとそのつもりで林原商店へ出向いたのだが、途中休憩で抜け出して来た銀一から翔吉が既に帰ったと聞いて、ならば響子も呼んで一緒に顔を見せに行こう、という話になった。
「お疲れさまです」
 春雄が伊澄家の敷居をまたぐと、丁度奥から翔吉が出て来る所であった。
「ご無沙汰してます、おじさん。春雄です」
「おう、男前。お、響子か?」
 翔吉は春雄に一瞥をくれただけで、すぐに背後の響子へと視線を移した。響子は満面の笑みで前に進み出て、深く頭を下げて、「お久しぶりです」と言った。
「挨拶なんぞいらん。上がれ上がれ」
「すみません」
 と春雄が会釈すると、
「お前やないよ。お前は早いとこ、日が暮れん内に西荻行ってこい」
 と翔吉が突っぱねた。
「ええ」
 困惑の表情で春雄が後ずさると、その後ろに立っていた銀一がククッと笑い声を押し殺すのが聞こえた。
「響子は春雄が戻るまでここて待ってればええわ。東京の話でも、聞かしてくれ」
 言われて響子は一瞬春雄を見やったが、すぐに明るい笑顔で「はい」と頷いた。
 春雄の肩越しに銀一が顔を覗かせ、「手出すなよ」と言った。
「殺すぞガキ。出せる手なんざとっくの昔に無くしたわ」
 笑えない冗談を言う翔吉に、銀一は真顔で、
「もう片方あるやろ」
 と返した。
「お前それ、アリなんか?」
 春雄が、心なしか震えながら銀一に向かってそう呟くと、ついには堪え切れずに響子が大声で笑った。


 
 赤江はとても変わった地形をしている。山があり、川があり、何ヘクタールもの農地があり、需要の高まる肉食業を支える屠畜場も五軒以上運営され、そのどれもが規模の違いはあっても業績が右肩上がりだ。条件だけ見れば、町全体が豊な印象を受ける。しかし立地の悪さが致命的で、あるいは環境操作された地だという印象を、長い間歴史研究家に与え続けて来た。
 まず、自家用車やオートバイ普及率が低い赤江の住人にとっては、『雷留』などの飲み屋街へ出ようとする際、公共の交通機関を使用出来ない。何故なら当時街の側を電車が通っておらず、バスも近くまではやって来なかったからだ。一番近いバス停まで徒歩で三十分以上かかり、そのバス停へ辿り着くまでには赤江地区を出て住宅街を端から端まで歩かねばならない。その住宅街というのが、いわば空き家街、ゴーストタウンである。時和会の藤堂が『隣』と言ったのはこの空き家街の事で、本来ここは赤江ではなく別の名前の付いた地域なのだが、他所の人間はここも含めて赤江だと認識している事が多い。
 静まり返った夜の住宅街を徒歩で通過し、最寄りのバス停へ辿り着く頃には、飲み屋の点在する繁華街の灯りがチラホラと見え始める。その為飲食目的で繁華街へ向かう者は移動手段としてバスを用いる事がなく、結果バス側も赤江付近まで近寄って来ない。当時、利用者数が極端に少なく停留所を置く必要性を感じなかったというのが、バス会社の主張する主な理由だそうだが、そこに説得力は感じられない。
 この空き家街の治安が、とにかく最悪だった。基本的には酔っ払いか麻薬中毒者しか通らず、普段から住人の目が光らない暗がりだらけの街並みは、当然死角だらけだ。自然と犯罪の温床となり、女子供は歩きたがらない。
 通称『死体置き場』と呼ばれるこの空き家街から繁華街まで、徒歩で三十分という事は車で十五分もかからない。と場へ運ばれてくる牛豚や、反対にと場から仲卸へ出荷されて行く枝肉などは意外と早く都市部へ運ぶ事が可能な為、その点だけは業者から有難がられていた。窮屈で物騒な街ではあるが、地方の農村程辺鄙な土地ではない事も一つの特色と言えた。
 視点を都市部に置いて赤江見つめると面白い事が分かる。繁華街をスタート地点にして赤江を目指すと、徒歩でも車でも必ず『死体置き場』を通らねばならない。やがて到着する街の玄関口は、と場である。街の入口付近に、林原商店を含む食肉工場が軒を連ねているのだ。
 『死体置き場』から赤江地区の境には明確な線引として、有刺鉄線が張り巡らされている。その錆びた金網のすぐ向こう側で、何十頭もの牛達が鳴いている光景は、おそらく他所では見る事が出来ない。
 この時点で部外者がふらっと思いつきで街へ足を踏み入れる事は起こりえず、他所者の侵入を遮る防犯の意味では機能していると言えた。しかし実際内部へと目を向けると意外にも、長閑な田園風景と小川を堪能する事もできるのだ。
 住居はと場周辺に集中する長屋であり、そこから田園までの区画にあまり景気の良いとは言えない古い町工場が数棟建っている。すでに畳んで廃屋となった工場も傾きつつ原型を留めており、それらの隙間を縫うようにして銀一達の住む木造平屋がひしめき合っている。
 田園と町工場の一部は西荻の所有地であり、街を奥へ進む程その割合は高くなる。やがては山の麓に辿り着き、高台の上に鎮座しているのが大地主、件の西荻家である。
 立地に目線を戻した時、最も困惑するのがこの西荻家である。西荻家の背後には、県境に位置する山がある。ところがその山を越えて隣県へ抜ける道路が、当時は一本も開通していなかった。舗装、未舗装関係なく、一本もだ。つまりは赤江の街をずんずん進んで西荻の家付近まで来ると、隣県は山を越えたすぐ目と鼻の先にあるにも関わらず、その土地へは行けなかったという事になる。
 奥、と言う言葉がここまで似合う土地も珍しい。しかしそこには、当時赤江が被差別部落であったという世情が関係しているように思えてならない。
 そんな西荻の家へ向かうには、緩やかだが長い坂を上らねばならない。
 坂道の舗装もまばらであり、途中木々に挟まれた小さな林道があったり、つづら折りになっている箇所があったり、とにかく麓から屋敷までが遠く険しい。老人の多いこの街ではめったに西荻の家を訪れる者はいないが、そこは若い銀一達のことである。徒歩以外の移動手段を持たないという事もあるが、それでも特に問題には感じなかった。
 それよりも、だ。
「志摩の言う通りやな」
 銀一が言うように、明らかに坂の中盤辺りから、警察関係者と思しき人間と多くすれ違った。
 平日の午後三時前である。一般的には若い男が連れ立って歩くには珍しい時間と言えたし、そもそも治安の悪い街の事だ。二人を見やる険しい目付きとピリついた雰囲気が、気の短い銀一達を苛立たせた。口では平助の為と言いながら、腹の底ではヤクザの使いっ走りかと己に管を巻いているのだから、面白い筈がなかった。
「こいつら皆、例の、警官殺しを追ってここに辿りついたんやろか?」
 と春雄が声を潜めて言った。
「か、バリマツの件じゃろ。どっちにしろ、あっこに関係があるのは間違いないからな」
 銀一が顎をしゃくってそう言った先に、ようやく西荻家の門が見えて来た。
 そこへ、なんじゃいお前ら、と横柄に呼び止める声があった。見ると、ハンチングを適当に頭に乗せた白髪の男が、道路脇に立って銀一達を睨み付けていた。身長は百六十あるかないかの小男で、真っ白い髪色と刻まれた顔の皺から察するに、年齢は七十に近いと思われる。寒いのか、しきりにコートの前を掻き抱いている。
「なんじゃいて、なんです?」
 春雄が答えた。その先を言うつもりがなさそうな、気のない返事だった。
「どっから来た」
「下からですけど」
「なんで来た」
「歩いて」
「ワレ舐めとんのか」
「舐めてませんよ。僕ら急いでますんで、これで」
 会釈して立ち去ろうとする二人に、
「待て待て!舐めとるやないか!」
 と、老人と呼んで差し支えのない白髪の男は声を荒げた。それを聞きつけてもう一人別の、今度は若い男が駈け寄って来た。年恰好は三十代前半、清潔感のある男前だが、眉が下がり気味ないせいかどこか頼りない感じもする。身長は銀一達より少し低い。「どうかされましたか」とその男が白髪の老人を覗き込んで言う。
「こいつら連行せえ」
「え、何でですか?」
「ええからしょっぴけ」
「え。…お前ら何したんや」
 若い男は困惑した顔を上げて、銀一達にそう言った。
 やっぱり警察か、という顔を悟られぬよう銀一は俯き、代わりに春雄は大袈裟に声を張り上げ、
「僕らは普通に道歩いてただけです!何もしてません!このお爺さんがいきなり怒り出しただけです!」
 と弁明してみせた。
 駈け寄って来たその若い男性刑事は溜息をついて、もう一度白髪の老人を覗き込んだ。
「成瀬さん、まずいですって」
「何がまずいんじゃ。お前ワシの言うこと聞かんと、このガキの言う事真に受けとるんか」
「いや、そーじゃのーて」
 不毛なやり取りに嫌気がさし、銀一は再び歩き始めた。行くぞ、と小さく春雄に声を掛け、西荻の家へ顔を向ける。
「待たんかいワレ!お前、名前ナニ言うんじゃ!」
 小柄ながらも気性の荒い老人は、ヤクザ顔負けの怒声を銀一に浴びせかけた。銀一は立ち止まり、顔だけを振り向かせると、
「伊澄銀一や」
 と名乗ってまた坂を上り始めた。
「なんじゃ、伊澄やと!?」
「え、あの、先生んトコの息子さんか!?」
 驚いた表情でそう口走った若い男性刑事の腰を、成瀬と呼ばれた白髪の老人がいきなりぶん殴った。
「お前、何じゃかあしい事言うとるんじゃ!警察がと場の厄介もん捕まえて、何抜かす! 恥を知れボケが!」
「痛い!もう!殴る事ないでしょう!」
 そんな二人のやり取りを黙って見ている余裕があるはずもなく、春雄は銀一を真正面から抱き止めた。
「今はやめとけ! あんな安い挑発に乗るな!」
 彼らを振り返った若い男性刑事は、先程まで無表情に近かった銀一の、火の付いたような鬼の形相を見て一気に青ざめた。もうあと一歩の所まで引き返して来ていた彼の拳は、成瀬の頭上でブルブルと震えていた。
「見てみい、これがこいつらの本性や」
 成瀬は一向に怯える素振りを見せず、低く唸るような声でそう言った。
「ジイさんいい加減にしてくれ。俺はダチを殺人罪でムショ送りにしとうないんじゃ」
 怒気を押し殺した声で春雄が言うと、
「やれるもんならやってみい。老い先短いワシの命でお前ら赤江の極道モンしょっ引けるなら本望じゃ」
 と成瀬はやり返す。どう足掻いてもこの老人は矛を収める気がないらしい。若い男性刑事がなんとか成瀬の肩を掴んで下がらせ、言葉ではなく表情で春雄に「もう行け」と促した。
 春雄はそのまま銀一を坂の上へ向かって押し続け、しばらく歩いた所で、こう言った。
「あいつ有名なジジイだわ。まだガキだった頃の藤堂捕まえて、結果的に親指詰めさせたのがあいつらしい」
「…」
 銀一はそんな話などどうでも良かったが、藤堂の名前が出た事で若干冷静になれた。ヤクザの使いっ走り。そんな苛立ちを思い出したせいで、成瀬に対する怒りが少しだけ冷めたのだ。銀一は春雄に肩を組まれてようやく前を向いた。そして西荻家の門を見やりながら、
「あのジジイ、次会うたら絶対うちのハンマーで…」
 と言おうとした、その時だった。背後で、成瀬さん!と叫ぶ若い声が聞こえた。驚いて振り返ると、先程の老刑事、成瀬が不格好な駆け足で銀一達を追って来るのが見えた。しかし、かなりの鈍足だ。
「っはあ!」
 半ば喜んでいるような声を上げ、春雄が笑った。
「ただモンやないなー」
「馬鹿馬鹿しい、行くぞ」
 呆れたような顔で首を振り、銀一は歩き出した。
「待たんかい貴様ら!どこ行くつもりじゃコラ!」
 後ろでは相変わらず成瀬が叫んでいる。しかし銀一達は既に西荻家の門の前まで辿り着いていた。
 鋼鉄製の門扉のすぐ向こうにはだだっ広い庭があり、その中で取り立てて特徴のない一人の男がなんの騒ぎかと不思議そうな顔をして立っていた。恐らくは四十代後半、身なりからして西荻家お抱えの庭師だと思われるその男に、春雄が声を掛けた。
「あのー、平助君に会いに来たんですけど。入ってもいいですかねえ?」
 言われてその男は初めて銀一達に目を止め、
「…へえ、どうぞ」
 とだけ言って、また背後の騒ぎへと視線と移した。
 銀一と春雄が敷地内に入った所で、成瀬が追い付いた。
「お前ら何しとんじゃ!はよ出て来い!」
「成瀬さん、だからまずいですって!さっき追い返されたばかりやないですか!」
 若い刑事の言いように、銀一達は思わず顔を見合わせた。
「関係あるか!ワシは小便がしたいんじゃ!おい、お前、ワシも入れろ!便所かせ!」
 成瀬はぼーっと突っ立っている庭師に脅すような声でそう言った。
 庭師はまたもや気のない顔で、「へえ」とだけ答えた。
 それを聞いた銀一と春雄は、慌てて家の中へ駆け込んだ。



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