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43「麻未可織のいた時代」
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2016年、12月18日。
会議室。
扉を開けて姿を見せた関誠は、
「お疲れ差し入れに、なんだこの空気は…!」
と仰け反って扉を閉めた。
そして敢えて私達に聞こえるような声で、
「テツさーん、私この空気の中入れる度胸なーい」
と言った。私達はお互い顔を見合わせて笑うしかなかった。
ああ、こういう事なんだろうなと改めて思う。
誰もが大切な人を思いやり、泣き声の次には笑い声を運んでくる。挫けそうになって両膝を折ろうと、我慢強く見守る誰かがきっと側に立っている。全員が全員、そうやってお互いを見つめながら生きて来たのだ。
関誠の姿を見た事で思い出した。それは彼女が教えてくれた、彼らの『長兄』という立ち位置へのこだわりだ。幼い彼らにとって、お互いを守りたいと願う優しさそのものが、生きる理由だったのだ。
伊澄が両手で顔をごしごしと擦って立ち上がり、扉を開けた。
「おおっと。…おはよう、遅れてごめんね」
誠がそう言うと、伊澄は肉まんの袋を受け取り彼女の耳元で何かを囁いた。
「…それは、日本語で言ってよ」
と誠は答え、困ったような嬉しいような笑顔を返して室内に足を踏み入れた。
当初、今日のインタビューには最初から立ち会ってもらうはずだったのだが、既に定期検査の予約が入っていた為病院を訪れてからの合流となった。
「検査どうだったの?」と伊藤が声を掛ける。
誠は笑顔の横でピースサインを作る。
本当に?と尚も伊藤は心配そうな顔を浮かべる。
「ちゃんと結果貰ってきてるよ、あとで見てね」
誠はそう言うと、カバンから病院の封筒ではなく雑誌を取り出した。
女性誌『ROYAL』だ。表紙には関誠の笑顔が大きく掲載されている。
「最後の奴か?」
と池脇が気付いて手を伸ばす。
誠は彼に雑誌を手渡すと、近くにあった椅子を自分に引き寄せ、私の隣に腰を下ろした。
関誠が有終の美を飾る雑誌にメンバーが集まるのを横目に、私は小さく彼女に挨拶の言葉を掛けた。誠は私の右手を取って手の平を上に向けると、自分の右手をパーンと打ち鳴らした。
そして、「助っ人に来たよ」と言ったのだ。
思わず私は彼女を抱きしめそうになる。
ありがとうございます、心強いです。
なんとか小さな声でそう答えた私は涙を拭いて顔を上げた。
繭子がこちらを振り向いて元気な声で言う。
「インタビューだって! 最後だから?」
「そうだよ。一応ロイヤルが一番長く、多く掲載してもらった雑誌だからね。卒業っていう形で、グラビアとインタビューページを割いてくれたんだ。良い雑誌でしょ」
「凄いねー。誠さん超キレー!」
口々に誉め言葉やどの写真が一番好きかなどの感想を言い合っている。
私は誠に聞いてみる。
先程翔太郎さんはなんて?
誠は嬉しそうにメンバーの姿を眺めていたが、ゆっくり私の方を見やるとすぐまた向き直り、
「聞いたらなんでも答えると思うな?」
と言った。
誠のその言いようが何故だか私は嬉しくて、無言で頷いた。
そしてやはり笑ってしまうのだった。
もちろん彼女とプラチナム、そしてROYAL発売元の出版社『中央未来』様の許可を得て、
全文ではないが関誠のモデル人生最後のインタビューをここで紹介したい。
さすが一流の女性ファッション誌だ。
インタビュアーの女性の語り口も、目線も、距離感も何もかもが優しい。
思わず私まで嬉しくなってしまう程愛情溢れるインタビューである。
-- まずは、おかえりなさいという言葉を使わせてください。
「ありがとうございます。ただいま戻りました」
-- 大病をご経験されて、この度復帰されるまでに半年ほどかかった思いますが、ご自身では長かったですか。短かったですか。
「長かったです。過ぎてみれば半年だし、それほど日数は経っていないのですが、一日一日がとても長く感じていたし、戻ってこれないんじゃないかと思い悩んだ時期もあったので、やはり」
-- 『ROYAL』と共に歩んできたと言っても過言ではないこの10年にして、卒業を迎えた最後の年にこれほどの試練が待ち受けていようとは。
「そうですね。今回体の事もあって、今のようなタイミングで卒業という形を取らせていただく事にはなりますけど、それでもきちんとこうして戻ってくる事が出来て、そしてわざわざページを割いてくださって、もう感謝しかありません」
(省略)
-- 何年も前からお噂になっていた男性とは、その後も素敵な関係を育んでおられるそうですね。
「あははは。えーっと、そうですね」
-- 素晴らしいことですね。なんでも、とてもお優しい方だと伺いました。
「そうです。博愛主義者のような人です」
-- (笑)。それは八方美人とは違うんですか?
「あるいは、そうかもしれませんね。でも、私は心から尊敬しています」
-- 尊敬。いい言葉ですね。男女間において、時に忘れがちになる大切な信頼ですよね。
「そうですね。…もちろん男性として見た時に感じる魅力というものも、大前提としてあるわけなんですが、最近この年になって思うのは、一緒に生きて同じ時間を過ごす人間として、どれ程掛け替えのない存在なのかという事を、強く意識してしまうんですよね」
-- 所謂ラブラブな期間を過ぎて、相手の存在が自分と同じような比重でそこにある、と。
「今でもラブラブです(笑)。でも、そうですね。そうなんだと思います。どう言ってよいのか、適切な言葉が分かりませんけど、少なくとも私自身よりは大切な人だと思っています」
-- そう思えるお相手とは、本来出会うことすら難しいですよね。
「ラッキーでした(笑)。この10年で女性としての格好良い在り方や理想を求める姿勢をロイヤルで沢山学ばせてもらったので、それが今に繋がっているのだと思います」
-- 10年経てば、流行のファッションやトレンドが目まぐるしく変化します。誠さんの中で、あえて変わらない事、変えなかった事を挙げるとしたら、どんな事になりますか?
「そうですねー。難しいですね。…優先順位でしょうか」
-- 例えばどのような場面ですか?
「仕事も、人間関係も、恋愛も。若い頃から私は常に周囲の誰かに助けてもらいながら今に至ります。自分一人で何かを成しえた事などないと言っていいぐらいです。なので、大切にする物、する事、する人。その中身はずーっと変わらないですし、常に私自身よりも優先します」
-- ご自身の努力をもっと褒めてあげて下さい(笑)。
「仕事で、まあ、仕事だけでなく何でもそうですが、努力することは当たり前だと思っています。というより、そう教えられて育ちました。人間、調子が良い時はなんだって出来るし、いつまでだって出来る。それで例え他人より優れた結果が残せたとしても、それは努力とは言わない。本当にしんどい時、辛い時にこそ頑張る事が努力なんだと」
-- 素晴らしく力強いお言葉ですね。ご両親ですか?
「博愛主義者です(笑)」
-- お噂の(笑)。
(省略)
-- ここから、関誠さんにとって新しい世界が始まるわけですが、ビジョンのようなものはありますか?
「とりあず長生きします」
-- 健康第一ですね。
「それもそうですが、ロイヤルが他の女性ファッション誌と大きく違うなと思うのは、流行を追いながらもそれがファッションだけに留まらない女性の生き方そのものの最先端を追っている点だと思うんです」
-- ありがとうございます。励みになります。
「実際に最先端かどうかでなはく、そこを追いかけている姿勢が好きなんです。ロイヤル自体の読者層は今20代後半から30代なので、おそらくファッションだけで言えばもっと若い10代の方が流行には敏感ですよね。ですが私ぐらいの年代になると服装の流行りすたりよりも、その服が自分の時間にとってどういう意味を持つかとか、どれだけ自分らしくいられる時間を長く作れるかとか、そういった見方をするようになると思うんですよ」
-- その通りだと思います。さすがですね。
「そういう目線で最先端を常に探求している姿勢が好きなんです。私も、モデル人生は一旦休止になりますが、この先もロイヤルと同じ探求心を持って、自分が歩く道のずーっと先を見つめて生きていこうと思っています」
-- ずっと応援しています。10年間お疲れ様でした。あなたに会えて良かった。ありがとうございました。
「こちらこそ、夢のような時間をありがとうございました。定期購読し続けますね」
-- ありがとう、是非(笑)。
「この博愛主義者ってまさか翔太郎じゃねえよな?」
眉間に物凄い縦皺を刻んで池脇が振り返る。
まだインタビューを呼んでいない伊澄は咳込んで煙草の煙を盛大に吐き出し、そして片眉を吊り上げた。誠は何かを言おうとして口を開いたが、結局言葉では何も言わずにただ微笑んだ。
「んだよお前はよー」
池脇は心から嬉しそうに悪態をつき、
「結構前に噂になったイケメンカメラマンだったらどんなに大笑いするかね!」
と悪戯っぽい笑顔で誠を見ながらそう言った。
誠は驚いた顔で「おーい!」と叫び、次いで伊澄を見やって立ち上がる。
伊澄は側へ来ようとする誠を見ずに、右手を上げてそれを制した。
そして伊澄に睨み付けられた池脇は、両手を頭より高く持ち上げた。
関誠がまだ20代前半の頃、当時勢いのあったアイドル専門のカメラマンと仕事をした事があった。当時今よりもアイドル路線での売り出し傾向が強かった誠に白羽の矢が当たり、バリで写真集とDVDの撮影が行われたのだが、何故かその時のオフショット写真が芸能週刊誌に掲載された。カメラマンには妻子があり、いわゆる撮影旅行を隠れ蓑にした不倫疑惑の記事に誠は利用されたわけだ。仕事のオファーは出版社側から来た為、相手にそのような思惑があったかどうかは分からない。当のカメラマンとはそれまでも何度か仕事をした事があり知らない関係ではなかったが、ご存じの通り関誠は15歳から伊澄翔太郎と交際している(実際は違うが、誠本人の意識としてはそうだ)。不倫など100%在りえない話なのだが、その100%を人に伝える事は出来ないし、掛けられた疑惑を払拭しきるだけの証拠はどこにもない。
まだ20代前半だった誠は傷つき、落ち込んだ。カメラマンとの疑惑を掛けられた事はどうでも良かったという。不本意な形で雑誌に顔と名前が掲載された事も、どうでも良かった。嫌だったのは、伊澄がたとえ1%でも信じてしまう事だった。伊澄本人は全く気にしていなかったが、気にするしないではなく、彼の頭の中にその可能性が1%でも刷り込まれ、想像される事が嫌で嫌で仕方がなかったそうだ。結局話題先行で発売された写真集もDVDも売れ行きは伸びなかった。その後もアイドル路線の仕事のオファーは何度もあったが、関誠が引き受ける事はなかった。
だが、そんな話も今は昔だ。
後に私が本人から話を聞いた時、とても彼女らしいなと感心した発言を残している。
『私そうなってみて初めて気づいたんだけど、ヤキモチ焼いて相手を疑う事より、疑われる事の方が何倍も嫌なんだよね。理解されなかったらどうしよう。信じてもらえなかったらどうしようって、そればかり考えすぎてハゲるかと思ったもん。他人からどう見られるとか、売名行為とか、写真集の売り上げとか、将来とか、小指の爪の先程も考えなかったよ。そんな事なんかよりも翔太郎の事だけ考えて、パニックになったもん私。意味なく彼の部屋に連泊したりしてね、全然帰ろうとしなかったり。あはは、若っけー。…でも実を言うと、ちょっと騒動を利用した部分もあるんだよ今思えば。だって私は100%嘘なんだって自分で分かってるから。それを伝えようと頑張ってる時間は純粋にあの人だけを見ていられたからね。なかなかないよ、人生でそんな贅沢な時間は』
呆れたような溜息をついて再び私の横に座った誠の横顔を見つめると、それに気づいた彼女はメンバーらを見据えたままこう言った。
「今私の話してる場合じゃないよ。どんどん行って、ほら」
大成さん、…本当にこの人凄いですよね。
-- では、再開しますね。皆さんが高校時代、過去と向き合いながら葛藤と苦悩に苛まれる季節を過ごされていた所までお伺いしましたが、ここまでの段階でまだ音楽の話が出てきていません。その後数年で竜二さんと大成さんはメジャーデビューと相成るわけですが、その辺りのお話をお伺いできますか。
R「でも丁度その時期なんだよ、本格的に楽器を触りだしたのは」
-- そうでしたか。きっかけはなんですか?
R「何かな。色々あるし、一番最初がどこっていわれるとまたあの街に戻っちまうかもしんねえなあ」
-- 一番古い記憶はそこにあるわけですね。
R「娯楽の一種だったよな。金がないし、オモチャで遊ぶとか考えたことがないから、父ちゃんが拾ってきたエルヴィスのレコードを空で歌えるまで覚えこんで」
S「小3とか小4のガキがラブミーテンダー歌ってんだがら、笑えるだろ? 声変わりもしてないで、あの声色皆で真似してな」
-- 可愛い少年達だなと思います。それぐらいの年の頃から、歌う事を覚えていったわけですね。
R「まあ、考えてみればオモチャを使わない遊びなんて探せば意外とある中で、キング(エルヴィス・プレスリーの愛称)だもんな。だからあん時聞いてたのが例えば美空ひばりだったら、洋楽へは行ってないかもしれないねえよな」
S「なわけあるかぁ」
R「冷てえなあ!(笑)。けどまあ、転換期と言えるのはもっと後で、やっぱりカオリだろうなーとは思うよ」
T「最初にそこ言うと思ってたよ。なんだよ今更エルヴィスって(笑)」
M「でも今でも酔ったら歌いますもんね。めっちゃ好きですよ、竜二さんの『好きにならずにいられない』とか『この胸のときめきを』」
R「そりゃどうも(笑)」
-- (笑)。…カオリさん。あなた達の口から何度も聞かされた女性の名前が、まさかこういう形で鍵となってくるとは想像していませんでした。善明アキラさんの恋人だった方ですよね。
S「だったじゃないよ、最後までそうだったよ」
-- 失礼しました。お苗字は、なんと仰るのですか?
S「アサミ」
R「麻未可織」
-- アサミさん…。
R「ここ来るまで使ってた、前のスタジオを紹介してくれたのがカオリなんだ。まともに高校行かないでふら付いてた頃に、アキラとカオリが出会って」
-- そうだったんですか、それは大きいですね。3歳程年が上だとお聞きしましたが、どのような出会いだったんですか?
R「カオリはもともと10代から音楽をやってて、普通にライブハウスでワンマン張れるレベルの人気者だったんだよ」
S「アキラがたまたま入ったライブハウスでカオリを見て一目惚れして、出待ちして声かけて」
R「当時カオリも色々抱えてたし、目付きのおかしい年下のアキラを見てなんだか放っておけなかったんだとよ。なんて言ってた?えー」
S「『まるで迷子のハリネズミのような…』」
R、S、T「見た事あんのかーっつーの!」
(一同、笑)
-- 名言ですね(笑)。迷子の子猫でも子犬でもなく、ハリネズミですか。
R「詩人だったからねえ、カオリは。しかもアキラが当時金髪で、ツンツンした髪型だったしな。でもあいつの凄い所は、会ってその日に一目惚れしましたって言えた事だよな。びっくりしたもんそれ聞いた時、色々すっ飛ばすなーと思って」
-- 素晴らしいじゃないですか。すっ飛ばすというのは?
R「普通人気者を好きになっちまったら身の程を知ってわきまえるだろう。そこで思い悩む時間があって、それでも我慢できなくて、とりあえず気持ちを伝えるだけでもっていう青春ノイローゼの階段を登っていく所を、全部その日のうちにすっ飛ばしたんだよ」
-- 確かに(笑)。会ったその日というのは凄いですね。
R「だろ?」
-- 以前誠さんから、お綺麗な方だったとお伺いしました。
関誠(以下、SM)「憧れたよ。あの2人が並んだ時の嵌り具合とか、色々」
R「そうだなあ。まあ、いかつい性格の女だったけど、確かにルックスは最高だったな」
S「いかついとか言わなくていいんだよいちいち(笑)」
R「あはは!いや、性格の話な? 顔はほら、…顔もほら」
S「お前なあ」
T「あはは」
-- 正直、誠さんとどちらがお綺麗ですか?
R「顔? んー、どっこいなんじゃない?」
-- え、そうなんですか!? 誠さんですよ? そんなにですか。
SM「あはは、織江さんと繭子の目が怖いよ。全然納得されてないじゃん」
M「冗談だけどね(笑)。でも、そうだね、2人並んだらどっちも両端の頂点にいるような感じ」
SM「どっちなんだよ、端なのか上なのか(笑)」
M「上、上。格好いい側のトップがカオリさんで、綺麗側のトップが誠さんかな」
-- トップとか言い出したし(笑)。
M「ええ、なんで? 変?」
S「天然サイドのトップはお前だよ」
M「なんですかー?」
-- まあまあ。ちなみにカオリさんは何系の音楽をされてたんですか?
R「パンクロック。『EYE』って名前の」
-- アイ。
R「当時はまだインディーズだけどそこそこ人気あったぞ。出会った時点でメジャーからも声掛かってたらしいから、若いのに相当だったんだろうな。その頃は俺らもまだ良く分かってなかったけど」
-- …。
R「翔太郎が全部CDとか貰い受けたんだっけ」
S「俺がって言うか、アキラが貰ったもんを俺が引き取ったんだけどな」
R「ああ、そうなるか。今度EYEのアルバムも持ってきてやれよ」
S「大成持ってるだろ?」
T「ないない、カオリの私物だろ?」
S「別に私物じゃなくていいだろ」
R「あ、そうか。じゃあスタジオにも何枚かあるな」
S「楽屋?」
R「おお、俺自分の部屋では聞かねえし、多分な」
-- あのー、もしかして私、その麻未さんにお会いした事あるかもしれません。
M「え!?」
O「うそ、そうなの?」
R「カオリに?時枝さんが?嘘だろう。そんな偶然あるかあ?」
T「結構年離れてるよね」
-- もしかしたら別人なのかもしれませんけど、私6歳年の離れた姉がいるんです。今年36なんですけど、もともとバンドやってて、その後出版社の音楽雑誌で編集のバイトをしていたんです。姉の影響で私この道を志したんですよ。
M「へえ、そうなんだ」
-- 私がまだ10代の頃に姉のライブを見に行った時、楽屋で憧れの人だよって言って紹介された人がめっちゃくちゃ綺麗だったっていう印象は覚えてるんですが、名前がずっと思いだせなくて。うっすらと、アイっていう名前だったような気がするっていう曖昧な思い出だったんです。だからカオリさんと聞いても全然分からなかったのですが、アイってバンド名だったのかもしれないって今思いました。
R「EYEのカオリ、って紹介されたのかもな」
M「顔は覚えてるの?」
-- いやあ、一度しかお会いした事がないし、どうかな。金髪だった気がする。
R「おお、そういう時もあったよ。時枝さんの姉ちゃんてパンクバンドやってたのか?」
-- そうです。『RECNOISE』というバンドです。一応ボーカルでした。
R「レックノイズ?」
-- ご存じですか?
R「聞いた事ある気がするなあ」
-- 嬉しいです。
T「カオリと対バンしてたってことだよな。会った事あるかもね。翔太郎は?覚えある?」
S「んー。バンド名はともかく時枝さんに似てる子はちょっと覚えあるかな」
-- そうなんですか(笑)。
S「時枝さんて半々ぐらいの割合で眼鏡かけて来るだろ。そん時ふっと誰かを思い出そうとするような感覚はあったんだよ」
-- 眼鏡。多分その人であってる気がします。なんで仰って下さらなかったんですか。
S「だとしても時枝さんに直接関係ある人だとは思わないだろ」
-- 確かにそうですね。ちなみに目は悪いのでコンタクトか眼鏡です、ずっと。
S「似てる? 顔」
-- 似てると言われます。何だか面白くなってきましたね。名前言いましょうか?
S「ちょっと待って、思い出してみる」
R「出た!」
O「ウソだよ(笑)、なんだよこの人」
M「そんな事ってあるんですねえ」
-- 狐につままれたような感覚です。出会ってから9か月経ってコレだもんなあ。
S「えー、あの子なんだっけな、ほら。…何年くらい前に活動してたって?」
-- 姉が20ぐらいの頃にやってたバンドなので、15年程前でしょうか。
M「誠さんと出会う頃だ」
-- あ、ホントだね。
SM「何、私先越された感じ?」
-- なわけないじゃないですか(笑)。
S「チカ?」
-- うわ! 鳥肌立った! 正解です。すごい。
SM「呼び捨てって(笑)」
-- 今誠さん繋がりで思い出しました? なんで分かったんですか?
S「いやいや、誠は関係ないよ。当時のメンツを思い浮かべて片っ端から見渡してっただけ」
-- すごっ。
R「チカさんねえ。…てことは、時枝さん本当にカオリと会ってるんだ。しかも時枝さんの姉ちゃんと俺達も会ってるんだ。翔太郎なんで覚えてんの?…まさかお前」
S「違う違う。逆にお前らがなんで覚えてないんだよ、アイのローディーやってた眼鏡の子だろ?」
R「あー!え?」
T「思い出した、あ、似てるわ確かに。あ!チカだ!」
M「なんだなんだ(笑)。眼鏡姉妹なの?」
-- そうです。うわー、めちゃくちゃ嬉しいです。なんでしょうね、この感覚は。
R「でもカオリなんて、その時一回こっきりしか会った事がないのによく覚えてんな」
T「確かにね。だって時枝さんがカオリと会った回数より、俺達がチカと顔合わせた回数の方が多いよな」
-- 姉のおかげですかね。姉は憧れの人と同じ舞台に立つのが夢だとずっと私に話をしていました。今思えばその憧れの人が麻未さんなんですよ。そもそも、私姉のライブに行って楽屋に通されたのってあの時が初めてだったんです。あ、今ちょっと思い出しましたけど、麻未さんて腕にタトゥー彫られてませんか? 割とカラフルな奴。
R「腕?」
S「あるよ、肩から二の腕に掛けて。右側に薔薇で左側に鳳凰。そんな事覚えてんだ?」
-- 恥ずかしくてまともにお顔を拝見出来なかったせいだと思います。勿体ない事しましたね。
R「ああ、あれか」
T「そうだそうだ。だってそれのおかげでアキラは右肩にピストル(のタトゥー)入れて、左肩に同じ鳳凰入れたんだもんね」
-- でもお声は覚えてます。私、『いつも姉がお世話になってます』って頭下げたんです。そしたら麻未さん、『こちらこそ。あんたの姉ちゃんはいい女だね』って言ってくれました。
R「ううーわ、めっちゃ言いそう」
一同、笑。
O「カオリだねえ、それはカオリだわ」
-- ああ、一気に懐かしさがこみ上げてきました。嬉しいです、なんだかとても。
M「分かるよー」
R「俺もなんか気分がいいよ。なんだろうな。忘れた事なんてないと思ってたけど、改めて他人の口から名前を聞くと、より鮮明に思い出せるな」
O「皆カオリには頭上がらないもんね」
-- その割に皆さん呼び捨てなんですよね。
O「カオリが自分でそうしろって。これは命令だ!って」
-- あはは。命令ですか?
R「気の強さで言ったら翔太郎並みの女だったもんな」
-- えー。おまけに金髪で、両肩両腕にタトゥーですか。どういう方だったんですか?
R「俺がこういう言い方していいか分かんねえけど、『いい女』だったよ。気が強くて、トゲトゲしくて、危ない目付きで、挑発的で、酒が強くて、喧嘩っ早くて、歌が上手くて、寂しがり屋で、面倒見が良くて、よく笑う」
S「格好良かったなー。何やっても」
T「アキラに紹介されて初めて4人揃ってカオリに会った時にさ、楽屋でたまたま一人だったんだよ。目の前に並んで立った俺達を見て、『なんか、涙出そうなんだけど』って言った言葉が俺はずっと忘れられないな」
R「感受性の塊みたいな女だよなあ」
S「俺聞かれた事あるよ。お前ら昔なんかあったのか?って」
R「あははは」
T「それ俺も聞かれたよ。凄いな」
R「俺もあるよ、全員に聞いてんだろうな。お前らなんて答えたんだ?」
S「何にもねえよって」
T「そうだよなあ、言えないよなあ」
-- シンパシーのようなものを感じ取られたんでしょうか。4人が居並ぶ時に発する独特な気配のような物を敏感に察知されたとか。
R「そうなんじゃねえかな。とにかく感の鋭い女でさ、ここの(お互いの)仲がちょっとでも拗れると、まず理由を聞いてくるんだよ。どうした?じゃないんだよ。何でだ?とか理由はなんだ?って」
-- 皆さんの事を良くご覧になっていたんでしょうね。
R「保護者みたいな目線だったのは、感じてたよ」
O「皆ずっと麻未さんって敬語で呼んでたんだけどね。ある時心底うんざりしたような顔で、『いい加減やめろよ腹立つなー』って」
R「あー、そうだった」
O「『お前らみたいな危ない連中に敬語で呼ばれてるとさ、ただでさえ怖がられてんだからアタシ友達いなくなるろーが』って。本気じゃないのは分かったけど、顔はマジだったよね」
T「あはは。アキラが困った顔で『そんなわけにいかないよ』って言うんだけど、『良いんだよお前らはそれで』って笑うんだよね」
-- お前らはそれで…? どういう意味なんでしょうか。
T「『お前らはいい男なんだから、アタシの事なんて速攻で飛び越えていけよ。早いとこ上に行ってくれりゃーいいんだ。その方が自慢出来てアタシも嬉しい』って」
O「ああ、だから前のスタジオ紹介してくれた時だよね、それって。格好いい事言うなーって。あんな事サラッと言って嫌味になんないのはカオリだけだよねえ」
-- 恩人ですね。先見の明もお持ちだったわけですね。
R「恩人はそうだけど、先見の明とかじゃなくてよ。おそらくその言葉は願いとか、希望とか、そういう優しさに聞こえたな」
M「改めて考えると、カオリさんがあのスタジオ紹介してくれてなかったら、私皆に会えてないかもしれないんですね」
R「うわ、ほんとだ」
T「…凄いねそれ。本当そうだわ」
S「そう辿っていくと、アキラがカオリに一目惚れしてグイグイ行かなかったら、その時点でもアウトだったな」
-- アキラさんも繭子の恩師だし、そこにカオリさんも加わって、なんだか胸が熱くなるね。
M「うん」
S「最初はホント面倒だったんだよ、アキラの馬鹿が調子こいて余計な事言うから」
-- え?
S「カオリと出会って一目惚れして、ライブハウスに通いつめるんだけどチケット買うような金は持ってない。結局出待ちするしかないんだけど、カオリはカオリで硬派だから『そこまでしてくれるって事はよっぽどウチのバンド気に入ってくれてんだな』ってなって。『バンドやってんのか?』って話しかけられて舞い上がってさ、あいつ『やってる』って答えやがって」
R「あはは!」
-- やってないんですか、まだ。
S「そんな金ないって、16、7だぞ」
-- なるほど(笑)。
S「なんでお前適当な事言うんだボケって怒って」
-- 可愛いじゃないですか。
S「可愛くねえよ。『バンドやってんだけど、なかなか練習する場所もないしさあ。学校で部活程度の時間しかとれなくってー』とか。お前学校行ってないだろ適当な嘘並べやがって」
R「毎日喧嘩しかしてねえよな」
T「でもって、お前それはまずいぞーって。あの人そういうウソは好きじゃないと思うぞーって皆で脅かして」
-- どうなったんですか?
S「アキラが泣いて頭下げるから、俺がとりあえずギター弾いてやるからお前もなんかやれって」
-- うわ、翔太郎さんぽいなー!
一同、笑。
S「いやいや、面倒くさかったんだって。ライブ終わりのカオリの前でギター弾かされてさ、アキラは見よう見真似でドラム叩いて。『へー、翔太郎はスジ良いね。アキラどうした、筋肉痛のロボットか?』だって」
一同、爆笑と拍手。
S「まあそこから実際にスタジオ紹介してもらうまではちょっと間が空くけど、その後俺と竜二がクロウバーって名前でパンクバンド組んで」
-- ああ、そこへつながるわけですね!
R「すぐ辞めちまったけどな」
S「カオリみたいな全身パンクがそこにいるのに、真似事みたいな事してたって全然詰まらないってすぐ気づいて」
-- なるほど(笑)。初めてその話を聞いた時にも思ったのですが、何故一番最初にバンドを組まれた時、大成さんやアキラさんは一緒じゃなかったんですか?
R「あー。分かりやすいと思ってバンドを組むって言い方をしてるけど、細かい事を言えば、よし、今日からバンドやろうぜ、俺達クロウバーなって話し合って何かを始めたわけじゃねえんだよ。要は翔太郎がギターを弾けて、俺が歌を歌えた。適当に歌詞書いて、タイトルを付けた。そうやって遊んでただけで、練習したりライブやったりは全くねえよ」
-- 今でいうマユーズのような、お遊びだったわけですね。
R「もうそれ以前の、正真正銘のお遊びな」
T「けどまあその時点で俺はこの2人のお遊びには全くのノータッチだったからね、クロウバーの名前を出すのであれば、やっぱりここの2人が最初っていう思いはあるかな」
S「律儀」
R「ははは」
-- なるほど。まだこの時点では、大成さんは音楽を初めていらっしゃらない?
T「んん?」
S「ちょっと話戻っちゃうけどさ、こっちへ来るまでの時点で、4人ともギター弾けるようにはなってたよ」
-- そうなんですか?
R「だから、一番最初のきっかけって話をした時に迷ったのはそこでさ。ガキの頃、捨ててあったギターを4人で修理して代わる代わる練習して遊んだんだよ。父ちゃんのレコード聞いて、耳コピして、ギター弾いて歌って」
-- なるほど、そういうわけですか。
S「だから今でも竜二だって大成だって、そこいらのクソバンドより全然上手いのはそういうワケ。年季が違う」
-- クソは余計です(笑)。ですが色々腑に落ちました。貴重なお話ですね。
その時携帯電話のアラームが鳴り響いた。
-- ああ、もうタイムリミットが来ちゃいました。長時間ありがとうございます。今日はこの辺で切りますね。次回またよろしくお願いします。
R「うーい」
S「眠」
T「お疲れ」
M「お腹空いた」
O「お疲れ様」
SM「肉まん食べてよー」
S「あはは」
一同、笑。
会議室。
扉を開けて姿を見せた関誠は、
「お疲れ差し入れに、なんだこの空気は…!」
と仰け反って扉を閉めた。
そして敢えて私達に聞こえるような声で、
「テツさーん、私この空気の中入れる度胸なーい」
と言った。私達はお互い顔を見合わせて笑うしかなかった。
ああ、こういう事なんだろうなと改めて思う。
誰もが大切な人を思いやり、泣き声の次には笑い声を運んでくる。挫けそうになって両膝を折ろうと、我慢強く見守る誰かがきっと側に立っている。全員が全員、そうやってお互いを見つめながら生きて来たのだ。
関誠の姿を見た事で思い出した。それは彼女が教えてくれた、彼らの『長兄』という立ち位置へのこだわりだ。幼い彼らにとって、お互いを守りたいと願う優しさそのものが、生きる理由だったのだ。
伊澄が両手で顔をごしごしと擦って立ち上がり、扉を開けた。
「おおっと。…おはよう、遅れてごめんね」
誠がそう言うと、伊澄は肉まんの袋を受け取り彼女の耳元で何かを囁いた。
「…それは、日本語で言ってよ」
と誠は答え、困ったような嬉しいような笑顔を返して室内に足を踏み入れた。
当初、今日のインタビューには最初から立ち会ってもらうはずだったのだが、既に定期検査の予約が入っていた為病院を訪れてからの合流となった。
「検査どうだったの?」と伊藤が声を掛ける。
誠は笑顔の横でピースサインを作る。
本当に?と尚も伊藤は心配そうな顔を浮かべる。
「ちゃんと結果貰ってきてるよ、あとで見てね」
誠はそう言うと、カバンから病院の封筒ではなく雑誌を取り出した。
女性誌『ROYAL』だ。表紙には関誠の笑顔が大きく掲載されている。
「最後の奴か?」
と池脇が気付いて手を伸ばす。
誠は彼に雑誌を手渡すと、近くにあった椅子を自分に引き寄せ、私の隣に腰を下ろした。
関誠が有終の美を飾る雑誌にメンバーが集まるのを横目に、私は小さく彼女に挨拶の言葉を掛けた。誠は私の右手を取って手の平を上に向けると、自分の右手をパーンと打ち鳴らした。
そして、「助っ人に来たよ」と言ったのだ。
思わず私は彼女を抱きしめそうになる。
ありがとうございます、心強いです。
なんとか小さな声でそう答えた私は涙を拭いて顔を上げた。
繭子がこちらを振り向いて元気な声で言う。
「インタビューだって! 最後だから?」
「そうだよ。一応ロイヤルが一番長く、多く掲載してもらった雑誌だからね。卒業っていう形で、グラビアとインタビューページを割いてくれたんだ。良い雑誌でしょ」
「凄いねー。誠さん超キレー!」
口々に誉め言葉やどの写真が一番好きかなどの感想を言い合っている。
私は誠に聞いてみる。
先程翔太郎さんはなんて?
誠は嬉しそうにメンバーの姿を眺めていたが、ゆっくり私の方を見やるとすぐまた向き直り、
「聞いたらなんでも答えると思うな?」
と言った。
誠のその言いようが何故だか私は嬉しくて、無言で頷いた。
そしてやはり笑ってしまうのだった。
もちろん彼女とプラチナム、そしてROYAL発売元の出版社『中央未来』様の許可を得て、
全文ではないが関誠のモデル人生最後のインタビューをここで紹介したい。
さすが一流の女性ファッション誌だ。
インタビュアーの女性の語り口も、目線も、距離感も何もかもが優しい。
思わず私まで嬉しくなってしまう程愛情溢れるインタビューである。
-- まずは、おかえりなさいという言葉を使わせてください。
「ありがとうございます。ただいま戻りました」
-- 大病をご経験されて、この度復帰されるまでに半年ほどかかった思いますが、ご自身では長かったですか。短かったですか。
「長かったです。過ぎてみれば半年だし、それほど日数は経っていないのですが、一日一日がとても長く感じていたし、戻ってこれないんじゃないかと思い悩んだ時期もあったので、やはり」
-- 『ROYAL』と共に歩んできたと言っても過言ではないこの10年にして、卒業を迎えた最後の年にこれほどの試練が待ち受けていようとは。
「そうですね。今回体の事もあって、今のようなタイミングで卒業という形を取らせていただく事にはなりますけど、それでもきちんとこうして戻ってくる事が出来て、そしてわざわざページを割いてくださって、もう感謝しかありません」
(省略)
-- 何年も前からお噂になっていた男性とは、その後も素敵な関係を育んでおられるそうですね。
「あははは。えーっと、そうですね」
-- 素晴らしいことですね。なんでも、とてもお優しい方だと伺いました。
「そうです。博愛主義者のような人です」
-- (笑)。それは八方美人とは違うんですか?
「あるいは、そうかもしれませんね。でも、私は心から尊敬しています」
-- 尊敬。いい言葉ですね。男女間において、時に忘れがちになる大切な信頼ですよね。
「そうですね。…もちろん男性として見た時に感じる魅力というものも、大前提としてあるわけなんですが、最近この年になって思うのは、一緒に生きて同じ時間を過ごす人間として、どれ程掛け替えのない存在なのかという事を、強く意識してしまうんですよね」
-- 所謂ラブラブな期間を過ぎて、相手の存在が自分と同じような比重でそこにある、と。
「今でもラブラブです(笑)。でも、そうですね。そうなんだと思います。どう言ってよいのか、適切な言葉が分かりませんけど、少なくとも私自身よりは大切な人だと思っています」
-- そう思えるお相手とは、本来出会うことすら難しいですよね。
「ラッキーでした(笑)。この10年で女性としての格好良い在り方や理想を求める姿勢をロイヤルで沢山学ばせてもらったので、それが今に繋がっているのだと思います」
-- 10年経てば、流行のファッションやトレンドが目まぐるしく変化します。誠さんの中で、あえて変わらない事、変えなかった事を挙げるとしたら、どんな事になりますか?
「そうですねー。難しいですね。…優先順位でしょうか」
-- 例えばどのような場面ですか?
「仕事も、人間関係も、恋愛も。若い頃から私は常に周囲の誰かに助けてもらいながら今に至ります。自分一人で何かを成しえた事などないと言っていいぐらいです。なので、大切にする物、する事、する人。その中身はずーっと変わらないですし、常に私自身よりも優先します」
-- ご自身の努力をもっと褒めてあげて下さい(笑)。
「仕事で、まあ、仕事だけでなく何でもそうですが、努力することは当たり前だと思っています。というより、そう教えられて育ちました。人間、調子が良い時はなんだって出来るし、いつまでだって出来る。それで例え他人より優れた結果が残せたとしても、それは努力とは言わない。本当にしんどい時、辛い時にこそ頑張る事が努力なんだと」
-- 素晴らしく力強いお言葉ですね。ご両親ですか?
「博愛主義者です(笑)」
-- お噂の(笑)。
(省略)
-- ここから、関誠さんにとって新しい世界が始まるわけですが、ビジョンのようなものはありますか?
「とりあず長生きします」
-- 健康第一ですね。
「それもそうですが、ロイヤルが他の女性ファッション誌と大きく違うなと思うのは、流行を追いながらもそれがファッションだけに留まらない女性の生き方そのものの最先端を追っている点だと思うんです」
-- ありがとうございます。励みになります。
「実際に最先端かどうかでなはく、そこを追いかけている姿勢が好きなんです。ロイヤル自体の読者層は今20代後半から30代なので、おそらくファッションだけで言えばもっと若い10代の方が流行には敏感ですよね。ですが私ぐらいの年代になると服装の流行りすたりよりも、その服が自分の時間にとってどういう意味を持つかとか、どれだけ自分らしくいられる時間を長く作れるかとか、そういった見方をするようになると思うんですよ」
-- その通りだと思います。さすがですね。
「そういう目線で最先端を常に探求している姿勢が好きなんです。私も、モデル人生は一旦休止になりますが、この先もロイヤルと同じ探求心を持って、自分が歩く道のずーっと先を見つめて生きていこうと思っています」
-- ずっと応援しています。10年間お疲れ様でした。あなたに会えて良かった。ありがとうございました。
「こちらこそ、夢のような時間をありがとうございました。定期購読し続けますね」
-- ありがとう、是非(笑)。
「この博愛主義者ってまさか翔太郎じゃねえよな?」
眉間に物凄い縦皺を刻んで池脇が振り返る。
まだインタビューを呼んでいない伊澄は咳込んで煙草の煙を盛大に吐き出し、そして片眉を吊り上げた。誠は何かを言おうとして口を開いたが、結局言葉では何も言わずにただ微笑んだ。
「んだよお前はよー」
池脇は心から嬉しそうに悪態をつき、
「結構前に噂になったイケメンカメラマンだったらどんなに大笑いするかね!」
と悪戯っぽい笑顔で誠を見ながらそう言った。
誠は驚いた顔で「おーい!」と叫び、次いで伊澄を見やって立ち上がる。
伊澄は側へ来ようとする誠を見ずに、右手を上げてそれを制した。
そして伊澄に睨み付けられた池脇は、両手を頭より高く持ち上げた。
関誠がまだ20代前半の頃、当時勢いのあったアイドル専門のカメラマンと仕事をした事があった。当時今よりもアイドル路線での売り出し傾向が強かった誠に白羽の矢が当たり、バリで写真集とDVDの撮影が行われたのだが、何故かその時のオフショット写真が芸能週刊誌に掲載された。カメラマンには妻子があり、いわゆる撮影旅行を隠れ蓑にした不倫疑惑の記事に誠は利用されたわけだ。仕事のオファーは出版社側から来た為、相手にそのような思惑があったかどうかは分からない。当のカメラマンとはそれまでも何度か仕事をした事があり知らない関係ではなかったが、ご存じの通り関誠は15歳から伊澄翔太郎と交際している(実際は違うが、誠本人の意識としてはそうだ)。不倫など100%在りえない話なのだが、その100%を人に伝える事は出来ないし、掛けられた疑惑を払拭しきるだけの証拠はどこにもない。
まだ20代前半だった誠は傷つき、落ち込んだ。カメラマンとの疑惑を掛けられた事はどうでも良かったという。不本意な形で雑誌に顔と名前が掲載された事も、どうでも良かった。嫌だったのは、伊澄がたとえ1%でも信じてしまう事だった。伊澄本人は全く気にしていなかったが、気にするしないではなく、彼の頭の中にその可能性が1%でも刷り込まれ、想像される事が嫌で嫌で仕方がなかったそうだ。結局話題先行で発売された写真集もDVDも売れ行きは伸びなかった。その後もアイドル路線の仕事のオファーは何度もあったが、関誠が引き受ける事はなかった。
だが、そんな話も今は昔だ。
後に私が本人から話を聞いた時、とても彼女らしいなと感心した発言を残している。
『私そうなってみて初めて気づいたんだけど、ヤキモチ焼いて相手を疑う事より、疑われる事の方が何倍も嫌なんだよね。理解されなかったらどうしよう。信じてもらえなかったらどうしようって、そればかり考えすぎてハゲるかと思ったもん。他人からどう見られるとか、売名行為とか、写真集の売り上げとか、将来とか、小指の爪の先程も考えなかったよ。そんな事なんかよりも翔太郎の事だけ考えて、パニックになったもん私。意味なく彼の部屋に連泊したりしてね、全然帰ろうとしなかったり。あはは、若っけー。…でも実を言うと、ちょっと騒動を利用した部分もあるんだよ今思えば。だって私は100%嘘なんだって自分で分かってるから。それを伝えようと頑張ってる時間は純粋にあの人だけを見ていられたからね。なかなかないよ、人生でそんな贅沢な時間は』
呆れたような溜息をついて再び私の横に座った誠の横顔を見つめると、それに気づいた彼女はメンバーらを見据えたままこう言った。
「今私の話してる場合じゃないよ。どんどん行って、ほら」
大成さん、…本当にこの人凄いですよね。
-- では、再開しますね。皆さんが高校時代、過去と向き合いながら葛藤と苦悩に苛まれる季節を過ごされていた所までお伺いしましたが、ここまでの段階でまだ音楽の話が出てきていません。その後数年で竜二さんと大成さんはメジャーデビューと相成るわけですが、その辺りのお話をお伺いできますか。
R「でも丁度その時期なんだよ、本格的に楽器を触りだしたのは」
-- そうでしたか。きっかけはなんですか?
R「何かな。色々あるし、一番最初がどこっていわれるとまたあの街に戻っちまうかもしんねえなあ」
-- 一番古い記憶はそこにあるわけですね。
R「娯楽の一種だったよな。金がないし、オモチャで遊ぶとか考えたことがないから、父ちゃんが拾ってきたエルヴィスのレコードを空で歌えるまで覚えこんで」
S「小3とか小4のガキがラブミーテンダー歌ってんだがら、笑えるだろ? 声変わりもしてないで、あの声色皆で真似してな」
-- 可愛い少年達だなと思います。それぐらいの年の頃から、歌う事を覚えていったわけですね。
R「まあ、考えてみればオモチャを使わない遊びなんて探せば意外とある中で、キング(エルヴィス・プレスリーの愛称)だもんな。だからあん時聞いてたのが例えば美空ひばりだったら、洋楽へは行ってないかもしれないねえよな」
S「なわけあるかぁ」
R「冷てえなあ!(笑)。けどまあ、転換期と言えるのはもっと後で、やっぱりカオリだろうなーとは思うよ」
T「最初にそこ言うと思ってたよ。なんだよ今更エルヴィスって(笑)」
M「でも今でも酔ったら歌いますもんね。めっちゃ好きですよ、竜二さんの『好きにならずにいられない』とか『この胸のときめきを』」
R「そりゃどうも(笑)」
-- (笑)。…カオリさん。あなた達の口から何度も聞かされた女性の名前が、まさかこういう形で鍵となってくるとは想像していませんでした。善明アキラさんの恋人だった方ですよね。
S「だったじゃないよ、最後までそうだったよ」
-- 失礼しました。お苗字は、なんと仰るのですか?
S「アサミ」
R「麻未可織」
-- アサミさん…。
R「ここ来るまで使ってた、前のスタジオを紹介してくれたのがカオリなんだ。まともに高校行かないでふら付いてた頃に、アキラとカオリが出会って」
-- そうだったんですか、それは大きいですね。3歳程年が上だとお聞きしましたが、どのような出会いだったんですか?
R「カオリはもともと10代から音楽をやってて、普通にライブハウスでワンマン張れるレベルの人気者だったんだよ」
S「アキラがたまたま入ったライブハウスでカオリを見て一目惚れして、出待ちして声かけて」
R「当時カオリも色々抱えてたし、目付きのおかしい年下のアキラを見てなんだか放っておけなかったんだとよ。なんて言ってた?えー」
S「『まるで迷子のハリネズミのような…』」
R、S、T「見た事あんのかーっつーの!」
(一同、笑)
-- 名言ですね(笑)。迷子の子猫でも子犬でもなく、ハリネズミですか。
R「詩人だったからねえ、カオリは。しかもアキラが当時金髪で、ツンツンした髪型だったしな。でもあいつの凄い所は、会ってその日に一目惚れしましたって言えた事だよな。びっくりしたもんそれ聞いた時、色々すっ飛ばすなーと思って」
-- 素晴らしいじゃないですか。すっ飛ばすというのは?
R「普通人気者を好きになっちまったら身の程を知ってわきまえるだろう。そこで思い悩む時間があって、それでも我慢できなくて、とりあえず気持ちを伝えるだけでもっていう青春ノイローゼの階段を登っていく所を、全部その日のうちにすっ飛ばしたんだよ」
-- 確かに(笑)。会ったその日というのは凄いですね。
R「だろ?」
-- 以前誠さんから、お綺麗な方だったとお伺いしました。
関誠(以下、SM)「憧れたよ。あの2人が並んだ時の嵌り具合とか、色々」
R「そうだなあ。まあ、いかつい性格の女だったけど、確かにルックスは最高だったな」
S「いかついとか言わなくていいんだよいちいち(笑)」
R「あはは!いや、性格の話な? 顔はほら、…顔もほら」
S「お前なあ」
T「あはは」
-- 正直、誠さんとどちらがお綺麗ですか?
R「顔? んー、どっこいなんじゃない?」
-- え、そうなんですか!? 誠さんですよ? そんなにですか。
SM「あはは、織江さんと繭子の目が怖いよ。全然納得されてないじゃん」
M「冗談だけどね(笑)。でも、そうだね、2人並んだらどっちも両端の頂点にいるような感じ」
SM「どっちなんだよ、端なのか上なのか(笑)」
M「上、上。格好いい側のトップがカオリさんで、綺麗側のトップが誠さんかな」
-- トップとか言い出したし(笑)。
M「ええ、なんで? 変?」
S「天然サイドのトップはお前だよ」
M「なんですかー?」
-- まあまあ。ちなみにカオリさんは何系の音楽をされてたんですか?
R「パンクロック。『EYE』って名前の」
-- アイ。
R「当時はまだインディーズだけどそこそこ人気あったぞ。出会った時点でメジャーからも声掛かってたらしいから、若いのに相当だったんだろうな。その頃は俺らもまだ良く分かってなかったけど」
-- …。
R「翔太郎が全部CDとか貰い受けたんだっけ」
S「俺がって言うか、アキラが貰ったもんを俺が引き取ったんだけどな」
R「ああ、そうなるか。今度EYEのアルバムも持ってきてやれよ」
S「大成持ってるだろ?」
T「ないない、カオリの私物だろ?」
S「別に私物じゃなくていいだろ」
R「あ、そうか。じゃあスタジオにも何枚かあるな」
S「楽屋?」
R「おお、俺自分の部屋では聞かねえし、多分な」
-- あのー、もしかして私、その麻未さんにお会いした事あるかもしれません。
M「え!?」
O「うそ、そうなの?」
R「カオリに?時枝さんが?嘘だろう。そんな偶然あるかあ?」
T「結構年離れてるよね」
-- もしかしたら別人なのかもしれませんけど、私6歳年の離れた姉がいるんです。今年36なんですけど、もともとバンドやってて、その後出版社の音楽雑誌で編集のバイトをしていたんです。姉の影響で私この道を志したんですよ。
M「へえ、そうなんだ」
-- 私がまだ10代の頃に姉のライブを見に行った時、楽屋で憧れの人だよって言って紹介された人がめっちゃくちゃ綺麗だったっていう印象は覚えてるんですが、名前がずっと思いだせなくて。うっすらと、アイっていう名前だったような気がするっていう曖昧な思い出だったんです。だからカオリさんと聞いても全然分からなかったのですが、アイってバンド名だったのかもしれないって今思いました。
R「EYEのカオリ、って紹介されたのかもな」
M「顔は覚えてるの?」
-- いやあ、一度しかお会いした事がないし、どうかな。金髪だった気がする。
R「おお、そういう時もあったよ。時枝さんの姉ちゃんてパンクバンドやってたのか?」
-- そうです。『RECNOISE』というバンドです。一応ボーカルでした。
R「レックノイズ?」
-- ご存じですか?
R「聞いた事ある気がするなあ」
-- 嬉しいです。
T「カオリと対バンしてたってことだよな。会った事あるかもね。翔太郎は?覚えある?」
S「んー。バンド名はともかく時枝さんに似てる子はちょっと覚えあるかな」
-- そうなんですか(笑)。
S「時枝さんて半々ぐらいの割合で眼鏡かけて来るだろ。そん時ふっと誰かを思い出そうとするような感覚はあったんだよ」
-- 眼鏡。多分その人であってる気がします。なんで仰って下さらなかったんですか。
S「だとしても時枝さんに直接関係ある人だとは思わないだろ」
-- 確かにそうですね。ちなみに目は悪いのでコンタクトか眼鏡です、ずっと。
S「似てる? 顔」
-- 似てると言われます。何だか面白くなってきましたね。名前言いましょうか?
S「ちょっと待って、思い出してみる」
R「出た!」
O「ウソだよ(笑)、なんだよこの人」
M「そんな事ってあるんですねえ」
-- 狐につままれたような感覚です。出会ってから9か月経ってコレだもんなあ。
S「えー、あの子なんだっけな、ほら。…何年くらい前に活動してたって?」
-- 姉が20ぐらいの頃にやってたバンドなので、15年程前でしょうか。
M「誠さんと出会う頃だ」
-- あ、ホントだね。
SM「何、私先越された感じ?」
-- なわけないじゃないですか(笑)。
S「チカ?」
-- うわ! 鳥肌立った! 正解です。すごい。
SM「呼び捨てって(笑)」
-- 今誠さん繋がりで思い出しました? なんで分かったんですか?
S「いやいや、誠は関係ないよ。当時のメンツを思い浮かべて片っ端から見渡してっただけ」
-- すごっ。
R「チカさんねえ。…てことは、時枝さん本当にカオリと会ってるんだ。しかも時枝さんの姉ちゃんと俺達も会ってるんだ。翔太郎なんで覚えてんの?…まさかお前」
S「違う違う。逆にお前らがなんで覚えてないんだよ、アイのローディーやってた眼鏡の子だろ?」
R「あー!え?」
T「思い出した、あ、似てるわ確かに。あ!チカだ!」
M「なんだなんだ(笑)。眼鏡姉妹なの?」
-- そうです。うわー、めちゃくちゃ嬉しいです。なんでしょうね、この感覚は。
R「でもカオリなんて、その時一回こっきりしか会った事がないのによく覚えてんな」
T「確かにね。だって時枝さんがカオリと会った回数より、俺達がチカと顔合わせた回数の方が多いよな」
-- 姉のおかげですかね。姉は憧れの人と同じ舞台に立つのが夢だとずっと私に話をしていました。今思えばその憧れの人が麻未さんなんですよ。そもそも、私姉のライブに行って楽屋に通されたのってあの時が初めてだったんです。あ、今ちょっと思い出しましたけど、麻未さんて腕にタトゥー彫られてませんか? 割とカラフルな奴。
R「腕?」
S「あるよ、肩から二の腕に掛けて。右側に薔薇で左側に鳳凰。そんな事覚えてんだ?」
-- 恥ずかしくてまともにお顔を拝見出来なかったせいだと思います。勿体ない事しましたね。
R「ああ、あれか」
T「そうだそうだ。だってそれのおかげでアキラは右肩にピストル(のタトゥー)入れて、左肩に同じ鳳凰入れたんだもんね」
-- でもお声は覚えてます。私、『いつも姉がお世話になってます』って頭下げたんです。そしたら麻未さん、『こちらこそ。あんたの姉ちゃんはいい女だね』って言ってくれました。
R「ううーわ、めっちゃ言いそう」
一同、笑。
O「カオリだねえ、それはカオリだわ」
-- ああ、一気に懐かしさがこみ上げてきました。嬉しいです、なんだかとても。
M「分かるよー」
R「俺もなんか気分がいいよ。なんだろうな。忘れた事なんてないと思ってたけど、改めて他人の口から名前を聞くと、より鮮明に思い出せるな」
O「皆カオリには頭上がらないもんね」
-- その割に皆さん呼び捨てなんですよね。
O「カオリが自分でそうしろって。これは命令だ!って」
-- あはは。命令ですか?
R「気の強さで言ったら翔太郎並みの女だったもんな」
-- えー。おまけに金髪で、両肩両腕にタトゥーですか。どういう方だったんですか?
R「俺がこういう言い方していいか分かんねえけど、『いい女』だったよ。気が強くて、トゲトゲしくて、危ない目付きで、挑発的で、酒が強くて、喧嘩っ早くて、歌が上手くて、寂しがり屋で、面倒見が良くて、よく笑う」
S「格好良かったなー。何やっても」
T「アキラに紹介されて初めて4人揃ってカオリに会った時にさ、楽屋でたまたま一人だったんだよ。目の前に並んで立った俺達を見て、『なんか、涙出そうなんだけど』って言った言葉が俺はずっと忘れられないな」
R「感受性の塊みたいな女だよなあ」
S「俺聞かれた事あるよ。お前ら昔なんかあったのか?って」
R「あははは」
T「それ俺も聞かれたよ。凄いな」
R「俺もあるよ、全員に聞いてんだろうな。お前らなんて答えたんだ?」
S「何にもねえよって」
T「そうだよなあ、言えないよなあ」
-- シンパシーのようなものを感じ取られたんでしょうか。4人が居並ぶ時に発する独特な気配のような物を敏感に察知されたとか。
R「そうなんじゃねえかな。とにかく感の鋭い女でさ、ここの(お互いの)仲がちょっとでも拗れると、まず理由を聞いてくるんだよ。どうした?じゃないんだよ。何でだ?とか理由はなんだ?って」
-- 皆さんの事を良くご覧になっていたんでしょうね。
R「保護者みたいな目線だったのは、感じてたよ」
O「皆ずっと麻未さんって敬語で呼んでたんだけどね。ある時心底うんざりしたような顔で、『いい加減やめろよ腹立つなー』って」
R「あー、そうだった」
O「『お前らみたいな危ない連中に敬語で呼ばれてるとさ、ただでさえ怖がられてんだからアタシ友達いなくなるろーが』って。本気じゃないのは分かったけど、顔はマジだったよね」
T「あはは。アキラが困った顔で『そんなわけにいかないよ』って言うんだけど、『良いんだよお前らはそれで』って笑うんだよね」
-- お前らはそれで…? どういう意味なんでしょうか。
T「『お前らはいい男なんだから、アタシの事なんて速攻で飛び越えていけよ。早いとこ上に行ってくれりゃーいいんだ。その方が自慢出来てアタシも嬉しい』って」
O「ああ、だから前のスタジオ紹介してくれた時だよね、それって。格好いい事言うなーって。あんな事サラッと言って嫌味になんないのはカオリだけだよねえ」
-- 恩人ですね。先見の明もお持ちだったわけですね。
R「恩人はそうだけど、先見の明とかじゃなくてよ。おそらくその言葉は願いとか、希望とか、そういう優しさに聞こえたな」
M「改めて考えると、カオリさんがあのスタジオ紹介してくれてなかったら、私皆に会えてないかもしれないんですね」
R「うわ、ほんとだ」
T「…凄いねそれ。本当そうだわ」
S「そう辿っていくと、アキラがカオリに一目惚れしてグイグイ行かなかったら、その時点でもアウトだったな」
-- アキラさんも繭子の恩師だし、そこにカオリさんも加わって、なんだか胸が熱くなるね。
M「うん」
S「最初はホント面倒だったんだよ、アキラの馬鹿が調子こいて余計な事言うから」
-- え?
S「カオリと出会って一目惚れして、ライブハウスに通いつめるんだけどチケット買うような金は持ってない。結局出待ちするしかないんだけど、カオリはカオリで硬派だから『そこまでしてくれるって事はよっぽどウチのバンド気に入ってくれてんだな』ってなって。『バンドやってんのか?』って話しかけられて舞い上がってさ、あいつ『やってる』って答えやがって」
R「あはは!」
-- やってないんですか、まだ。
S「そんな金ないって、16、7だぞ」
-- なるほど(笑)。
S「なんでお前適当な事言うんだボケって怒って」
-- 可愛いじゃないですか。
S「可愛くねえよ。『バンドやってんだけど、なかなか練習する場所もないしさあ。学校で部活程度の時間しかとれなくってー』とか。お前学校行ってないだろ適当な嘘並べやがって」
R「毎日喧嘩しかしてねえよな」
T「でもって、お前それはまずいぞーって。あの人そういうウソは好きじゃないと思うぞーって皆で脅かして」
-- どうなったんですか?
S「アキラが泣いて頭下げるから、俺がとりあえずギター弾いてやるからお前もなんかやれって」
-- うわ、翔太郎さんぽいなー!
一同、笑。
S「いやいや、面倒くさかったんだって。ライブ終わりのカオリの前でギター弾かされてさ、アキラは見よう見真似でドラム叩いて。『へー、翔太郎はスジ良いね。アキラどうした、筋肉痛のロボットか?』だって」
一同、爆笑と拍手。
S「まあそこから実際にスタジオ紹介してもらうまではちょっと間が空くけど、その後俺と竜二がクロウバーって名前でパンクバンド組んで」
-- ああ、そこへつながるわけですね!
R「すぐ辞めちまったけどな」
S「カオリみたいな全身パンクがそこにいるのに、真似事みたいな事してたって全然詰まらないってすぐ気づいて」
-- なるほど(笑)。初めてその話を聞いた時にも思ったのですが、何故一番最初にバンドを組まれた時、大成さんやアキラさんは一緒じゃなかったんですか?
R「あー。分かりやすいと思ってバンドを組むって言い方をしてるけど、細かい事を言えば、よし、今日からバンドやろうぜ、俺達クロウバーなって話し合って何かを始めたわけじゃねえんだよ。要は翔太郎がギターを弾けて、俺が歌を歌えた。適当に歌詞書いて、タイトルを付けた。そうやって遊んでただけで、練習したりライブやったりは全くねえよ」
-- 今でいうマユーズのような、お遊びだったわけですね。
R「もうそれ以前の、正真正銘のお遊びな」
T「けどまあその時点で俺はこの2人のお遊びには全くのノータッチだったからね、クロウバーの名前を出すのであれば、やっぱりここの2人が最初っていう思いはあるかな」
S「律儀」
R「ははは」
-- なるほど。まだこの時点では、大成さんは音楽を初めていらっしゃらない?
T「んん?」
S「ちょっと話戻っちゃうけどさ、こっちへ来るまでの時点で、4人ともギター弾けるようにはなってたよ」
-- そうなんですか?
R「だから、一番最初のきっかけって話をした時に迷ったのはそこでさ。ガキの頃、捨ててあったギターを4人で修理して代わる代わる練習して遊んだんだよ。父ちゃんのレコード聞いて、耳コピして、ギター弾いて歌って」
-- なるほど、そういうわけですか。
S「だから今でも竜二だって大成だって、そこいらのクソバンドより全然上手いのはそういうワケ。年季が違う」
-- クソは余計です(笑)。ですが色々腑に落ちました。貴重なお話ですね。
その時携帯電話のアラームが鳴り響いた。
-- ああ、もうタイムリミットが来ちゃいました。長時間ありがとうございます。今日はこの辺で切りますね。次回またよろしくお願いします。
R「うーい」
S「眠」
T「お疲れ」
M「お腹空いた」
O「お疲れ様」
SM「肉まん食べてよー」
S「あはは」
一同、笑。
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