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46「神波大成×芥川繭子」
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2016年、12月27日。
バイラル4スタジオ内、会議室。
この日、本来であれば練習終わりの神波と繭子と3人で、弊社が予約していた焼き肉店を訪れるはずだった。しかし当日はあいにく朝からの大雪で、練習の終わった22時の時点で帰る事すら断念せざえるを得ない降雪量となった。神波と伊藤であれば自宅は歩いて帰れる距離だが、吹雪く深夜に無理して帰る理由も特にはなく、前日に引き続き今晩もメンバー全員が建物内に残った状態でのインタビューとなった。
一昨日、クリスマス当日はメンバー全員でURGAのコンサートを鑑賞。
名残惜しさに後ろ髪を引かれながら楽屋への挨拶を終えると、その後スタジオへ戻ってパーティー。忘年会を兼ねた大人数での開催となり、ビクターからも担当者が数名、詩音社からは私と庄内他数名が参加。
催しは夜通し続き、開けて26日はお休み。
そのまま飲み続けるメンバーや爆睡したまま起きない関係者達。
食べて飲んで寝てを繰り返す者や普段といっこうに変わらない者など、混乱と驚喜に満ちた年に一度の大宴会は終わることなく26日の夜中まで続いた。
そして27日。
嘘のようにいつもと変わらない顔で朝から練習を開始するメンバー達に愕然とし、とにもかくにも着替えて通常業務に戻らねばならない私と庄内はスタジオを後にした。
その時点でかなり強めの雪が吹きすさんでおり嫌な予感はしていたのだが、私が20時前に再びスタジオを訪れたのを待っていてくれたかのよに、そこから猛烈な吹雪が一帯を襲った。
伊澄翔太郎と伊藤織江が向かい合って座った光景を見た時にも感じた新鮮さを、今日も同じように感じる。神波大成と芥川繭子が二人だけで何かをしている現場に出くわした記憶がほとんどないからだ。もちろん二人で話をしている場面は何度も見かけているが、二人だけでというのはない。しかし私が知らないだけで、もしかすると普段から接している時間の多さから判断すれば、メンバー内で一番仲の良い二人なのかもしれないとも思う。
会議室内でよく見かける光景なのだが、部屋の真ん中に置かれた会議机にメンバーの誰かが座る時、もしくは座る予定が決まっている時、繭子は決して自ら彼らの横に座ろうとはしない。必ず彼らの顔が見えるように、少し離れた壁際に置かれた椅子に座る。思い返せばその椅子には繭子しか座らないし、そこが彼女の定位置なのだろう。
「焼肉、食べたかったな…」
と、繭子。
壁に体を預けて長い足を放り出し、頭頂部を壁につけるように天井を向いたまま目を閉じている。毎日羽織っているアギオンライダースの下には白のパーカーとタンクトップ。
黒のスキニージーンズとボロボロの練習用スニーカー。
飾り立てているわけではない。
それでも。
-- 繭子、なんか、…綺麗になったね。
私の言葉に閉じていた両目が開き、言葉の意味を理解すると私を見やって、
「…うえ?」
と言葉にならない声を出した。
ドアが開いて神波が入ってきた。
繭子は私から目をそらして居住まいを正す。
神波は会議机の椅子を引くと、コトリと机にサングラスを置いて入り口を向く形で着席した。練習終わりのためか、長い髪を後ろで束ねて持ち上げている。身長が高く割と筋肉質な為今はそれ程でもないが、若い頃は女性に間違われる事も多かっただろうと想像する。
-- お疲れさまです。
T「お疲れさん」
M「お疲れさまです」
-- いきなりですけど、最近繭子綺麗になったと思いませんか。
M「あはは、なんだよ、なんで2回も言うのよ」
T「本当にいきなりだな。それは、時枝さんがここへ来るようになってからってこと?」
-- そうです。髪を染めて、服装も少しタイトに変えて、バンドとしても着実に実績を積み上げていますし、自信から来るのかなあ。もの凄く綺麗だなと思います。
T「へー。だってさ。良かったな」
M「えー。どうでしょうか?」
-- 繭子は本当に自分の容姿を褒められるのが苦手だね。別に不細工だなんて思ってるわけじゃないでしょ?
M「というか、綺麗とか可愛いとか言われてその事に反応するより先にさ、『なんでこの人私にそんな事言うの?』っていう身構えた感じになっちゃうんだと思う」
-- 気持ち悪、と。
M「言い方がアレだけどね(笑)。織江さんと誠さんがギリギリかな。だから初めてトッキーに会って話してさ、そういう事言われた時もなんだよって思ったもん。これはあれか? 私を褒めておいて他のメンバーに上手い事繋いでもらおう的な魂胆か?って」
T「ふふ」
-- 恐れ入るよ。筋金入りだね。
M「でも大成さん聞いてくださいよ。この人めっちゃくちゃ言うんですよ」
T「何を」
M「可愛いとか綺麗とか、もうオッサンみたいに言うんです」
-- えー。
M「なんなら言葉じゃなくて、『ハアアッ』とか」
T「それは何?」
M「小動物を見つけた時の女子高生のリアクションです」
T「あははは!」
M「そんな事ばっかやってんですよ、この人。だから最近はもう慣れっこにはなりましたけどね」
T「まんまと嵌められてんじゃんお前」
M「え?」
T「上手い事やったね、時枝さん」
-- はい。
M「えええ!」
-- 嘘だよ。何も考えてないよ。ただ単純に綺麗所が好きなだけ。なんだかね、皆さん似てるんですよ。繭子も、織江さんも、誠さんも。だからきっとノイさんもそうだろうし、なんならURGAさんもそうです。皆どっちかと言えば可愛いさのある綺麗系でしょ。Sっ気のあるふんわり綺麗系に弱いんです、私。
M「ああ、トッキーどMだもんね」
-- ふふ、そうかもね。
M「笑ってるよ」
T「お前らいいコンビだな。年近いんだっけ」
-- 私が一つ上です。
T「へえ。誠の一個下か。更に同世代の友達が出来て良かったな」
-- 友達って(笑)。
M「まあ、面白い人ではありますよね」
-- ありがとうございます(笑)。昨日、一昨日と、庄内とパーティーに参加させていただいたじゃないですか。その時私と誠さんと繭子を見比べながら同じ話になったんです。
M「年齢の話?」
-- うん。一個上に関誠がいて、一個下に芥川繭子がいるってどんな気持ち?って。
M「どういう意味?」
-- お前は何をやってんだ、って事?
M「はあ!? 何言ってんの?」
T「それはちょっと酷いな。二人と比較する事に意味なんてないだろ」
-- あはは、そんなに大した話でも怒るような事でもありませんよ。私自身そう思ってる部分もありますからね。彼なりに発破かけたんだと思います。楽しい、嬉しいだけじゃ駄目なんだぞっていう。ちゃんと仕事を全うしろよって。
T「言い方ってもんがあらぁな」
-- あらぁな(笑)。だけど本当はこうして優しくして頂けたり、気遣ってもらってる事や、なんなら自宅にまで上がり込んでる事態を庄内は心良く思わない人なので。そこは私自身反省している部分でもありますし、残り3か月はこれまで以上にしっかりとした、意味のある取材を行わねばと、思う次第です。
T「まあ、そう言われちゃうとな。仕事だしね、会社の方針やマニュアルなんかもあるだろうから何にも言えないけどね」
M「あの人、ああ見えてすごいちゃんと考えてるんだね、ちょっとびっくりした」
-- あはは、ああ見えて一応次期編集長だからね。仕事に対しては厳しいよ。
M「厳しいんだ」
-- 例えば、取材を終えた後は内容を記事にする前にまとめて報告を上げてるんだけど、ほとんどそのまま通る事はないよ。
M「へえ、何で?」
-- 私どうしても感情が先に出ちゃうんだよね。本当は、目の前で起きている事や聞いた話をそのままアウトプットして、そこから私なりの考察や行間の意味なんかを付け加えていくべきなんだろうけど、どうしても感情が前に出ちゃう記事を書いてしまうんだ。だから絶対、こんなじゃただのゴシップ記事だ、こんなんじゃただのティーンズノベルだ、こんなんじゃだめだのオンパレード。
M「んー、まあ、そういう仕事の話はよく分からないけどさ。多分私は読んだ瞬間、あー、トッキーだって分かっちゃうような記事が読みたいかな」
T「そうだね。俺もそうだよ」
-- ありがとうございます。
M「まあ書籍化の話はちょっと置いといてもさ、ムックだっけ。売らなきゃいけないもんね。色々大変な事をたくさん考えながら作らないといけないんだろうけど、トッキーにしか出来ない事をやって欲しいとは思ってるよ」
-- うん、頑張る。でも上からポカンとやられる事もさ、ありがたいなと思う面もあってね。前に言った、私が個人的に書いていた連載用とは別の文章を読んだ時に、庄内が言った事があって。ドーンハンマーというバンドは自分にとっても特別なバンドだから、本当はこの連載は自分も一度は企画した事があるんだって。だけどなかなか時間の調整がつかずに断念したけど、やるからにはせめて自分と同等かそれ以上にバンドを愛してくれる奴にしか任せられないと思ってたって。その文章を読みながら、涙流してありがとうって言われた時は本当に嬉しかったんです。私はとても大きいものを背負ってるんだなって、更に火が付いた思いがしたし、そういう人が真顔で駄目出ししてくる以上、やっぱり駄目なんだなって(笑)。
M「へー、なんか嬉しいな。そういう人達がこうして積極的に関わってくれて、バンドを良い方向へ導こうと頑張ってくれてんだなって思うと。嬉しいですね」
T「ありがたいね」
-- 頑張ります。
M「でもさ、庄内さん、昨日一昨日とかなーりテンション高かったねー」
-- うん。久しぶりに皆さんと会えてうれしかったのと、生で皆さんの歌う『still singing this!』を聞けたからだと思います。私がPVに出させてもらった事に対しては本気で拗ねてたからね。
M「あはは、可愛い人」
T「あいつそういう大人げないトコあるよな」
M「(PV)次出してください、次まじで出してくださいってね、私に言ってたもん。知らないですよ私はって(笑)」
-- ごめんね、珍しく結構酔ってた。やっぱり竜二さんと翔太郎さん相手には勝てないんだね、さすがだなーと思って。
T「酒の強さにさすがもなにもないよ。体質だろ。結局それで体壊すような事になったら目も当てられないよ」
-- 確かに(笑)。
M「楽しい夜だったねえ。ナベさんもさぁ、最後まで泣かなかったし、格好良かったなあ」
-- スピーチでしょう? ちょっと惚れちゃうレベルで格好良い人ですよね。this is 男気。
T「男気という意味ではあいつは本当熱いモノもってるよね。普段『僕』とか言ってるくせにね。だから俺はどっちかって言うと今、マーが心配だよ」
-- マーさんがですか。それは渡米後の仕事についてとか。
T「いや、そうじゃなくて。知ってると思うからあえて言ってないけど、ナベはどちらかと言えば日本にいた方が仕事には困らないからね」
-- 彼の仕事の性質上という意味ですか?
T「そう。面倒だしひとくくりで『音響』って言ってるけど、マーとナベでは仕事の分野が違うんだよね。ナベはPAエンジニアがメインだし、俺達の担当を外れちゃうと現場が日本中に散らばってしんどいだろうけど、需要はあると思うんだ。あいつくらい仕事出来てキャリアがあるとね。もちろん俺達の仕事もこれまで通り相談はするし、でかい場所でやる時は普通に呼ぶけど、こっちだと織江のコネとかクロウバー時代のつながりもあるから今まで以上に手広くやれる思う。でもマーはどちらかと言えばミキシングとかレコーディングとか、サウンドエンジニアの方がメインなんだよ」
-- 一般的には分かりづらいかもしれませんが、結構違いますよね。
T「うん。音作りと環境作りって言うと分かりやすいかな。それぞれがお互いを手伝ったりアドバイスし合ったりって具合に、コンビで頭使って体動かしてやってきたけど、今度から一人でやんなきゃいけないからね。もちろん俺も手伝うしテツもいるけどさ、そういう体力的な部分意外でどうしてもさ。ナベとマーもずっと2人で生きて来た所あるからね。ちょっと心配ではあるかな」
M「あの2人も長いですもんね。学生時代からだし、クロウバーも一緒にやって、マーさんが足を悪くされてからも2人で支え合って、頑張ってこられたんですよね」
T「うん。本当はマーもこっち残してやりたいけど、それはやっぱり俺達も困るし、何よりナベがそういうの嫌うからね。そうなった時のマーの心境はきっと、辛いよなあと思う」
-- バンドも人も環境も、色々変わって行きますね。
M「トッキーだけじゃなくてさ、私達も気を引き締めて、前を向いて頑張んなきゃいけないね」
-- 無理はしないでね。
M「無理は、する!」
-- 言うと思ったよ。
M「どんどん血反吐吐いて頑張るよ!」
-- 怖いよ!
-- 『still singing this!』のPVを先行公開されるという話を聞きました。
T「もうちょっと先だけどね、多分2月頭とか。アルバムの宣伝用に何パターンか広告映像作るらしいんだけど、その一つにマユーズが入るのかな、確か」
-- TVCMとは違うんですか?
T「違う違う、ビクターとうちのサイトで見れる宣伝用の動画。いついつ発売!みたいな」
-- なるほど。繭子どっきどきだね。
M「まあ誰に何言われても返事はもう決めてあるしね」
-- 分かった。『遊びだし』でしょ。
M「イエス、マム」
-- 私は実は、ちょっとだけ嫌なんだ。
T「おいおい」
M「嫌って言った(笑)」
-- うん。…やっぱりなんだろうな、大切すぎる気持ちとか思い出って誰にも汚されたくないじゃないですか。もちろんこの場合は私の思い出って意味じゃないですよ。皆さんの作品においては色んな人の目に触れる事は本当は願ってもない事だし、汚されるなんて事はあるわけないんですけど。皆さんと繭子の関係だとか、他人には決して見えない、理解されない記憶や温もりや愛情の塊であるあの曲を、私自身がとても大切に思ってるんですよね。勝手にですけど。なんなら、おまけでアルバムにつけるのもやめたらいいのにって。
M「わーお、凄い事言った今」
T「まあまあまあ、言うのはね、タダだから」
-- あははは。すみません、これ暴言ですよね。
M「でも分かるよ、凄い分かる。凄い分かるし、嬉しい。ありがとうトッキー。本当に」
-- ううん、感謝されても、申し訳ないしか言えないけど。
M「でもね。本当は違うんだよ」
-- 何が違うの?
M「あの歌はね、そういう歌じゃないんだよ」
-- え、え、何を言い出すの。怖い怖い。
M「あはは。んー、今ならやっと言えるかなっていう気もするから言っちゃおうかな。大成さんもいるし、言っちゃおうかな」
T「なに、怖い話すんの? お前怖い話駄目じゃん」
M「怖い話なんかしませんよ(笑)」
-- ドキドキしてきた。どうしよう。
M「やめる?」
-- やめないよ。
M「顔が怖いよ。あのさ、クリスマスに全員で合唱したでしょ、『スティル』」
-- うん。
M「いつもの楽器セットの所にさ、あるだけの数マイクスタント置いてたの気が付いた? あれあらかじめ私がセッティングしといたの。どこかのタイミングで皆で歌えればいいと思って」
-- そうなんだ。わざわざ?
M「うん」
-- マイクを増やしたのはなんで? 常に3本は立ってるし、コーラスなら3人で1本とかでも足りたんじゃない?
M「そうだね。コーラス部分を交代で歌いましょう、なら全然足りるけど、私は皆で歌いたかったんだよ」
-- コーラスじゃなくて、歌って欲しかったんだ。最初、繭子が歌い始めてすぐに竜二さんの腕掴んだでしょ。その時一瞬竜二さん嫌がったらさ、んんー!って繭子も怒った振りして見せたじゃない。あれってそういうやり取りだったんだね。
M「そう。竜二さん的にはね、自分はボーカルだし、人の歌を取りたくないっていう気持ちがあったみたい。私が大切に思ってる歌だっていうのは皆が知ってる事だし、酔って大威張りで歌って良いとは思えないって」
-- うん、うん。
M「それは私もわかるしね、翔太郎さんの腕を取った時も、優しいから振りほどきはしないけど、見えない程度には抵抗されたしね」
T「あははは、そらそうだわ」
M「大成さんもですよー(笑)。名前呼んでもなかなか前出てこないし」
T「俺が歌うってなんだよって思うよ、皆思うよそりゃ」
-- どうして繭子は皆で歌おうって思ったの? クリスマスだから、皆で大合唱しよう!みたいな事なのかな。
M「私にとってあの歌は、いわゆる『みんなのうた』なの」
-- …NHK的な?
M「分かりやすく言うとね、そう」
-- へー、なんだろう。どういう意味なんだろうか。いつからそうんな風に考えるようになったの?
M「最初から」
-- …えっと?
T「最初っていうと。…翔太郎がお前に歌詞書けって言った時から?」
M「はい」
-- え。…え、おかしくない?
M「あははは」
-- いや、笑ってるけどさ。だってあの歌は繭子のものでしょ。子供の頃繭子に『アギオン』というお守りソングがあったように、死ぬほど頑張った昔の自分や、支えてくれたメンバーへの感謝を忘れずに、ずっとこの歌を歌っていこう、そうやって私はずっと生きてるよっていう応援歌なんだよね。
M「うん」
-- それがなんで『みんなのうた』なの?
M「今すっごい嬉しい。ちゃんと伝わってるって物凄く嬉しいんだね。今トッキーが自分で言ったよ。そういう事なんだよ。私に『アギオン』があったように、皆にそういう歌があればいい、この歌が力になればいいなと思って書いた歌詞なんだよ」
-- えーっと、やばいぞ(笑)。鼻の奥がツーンとするな。
M「(笑)、だってもともとお遊びでしょ。練習でこう、ぐわ!っと同じ筋肉を酷使した後にストレッチ感覚で、別の筋肉使ってほぐそうぜっていうノリで始まったシャッフルだし。私がボーカルだからって私のバンドだなんて毛程も思った事ないからね。ニューアルバムの話になって、向こう(アメリカ)で織江さんとおまけの話した時に、すっごい面白そうだなって思ったのと同時にさ、これひょっとしてこういう機会は最初で最後かもしれないなって、ふっと思ったんだよね」
-- なんで?
M「んー、直感。思いっきり皆で笑って遊べる最後のチャンスかもしれないから、絶対元気に歌える歌が良いなって。翔太郎さんにまずその事だけは伝えて」
-- うん。
M「なんで泣くんだよ(笑)」
-- 分かんないけど。なんだろうな、…あなたって人はもう。
M「皆さ、これまで大切な人を失ってきたんだよ。大成さんだって、竜二さんだって、織江さんだって、翔太郎さんだって、誠さんだって、もちろん私も。皆いっぱい辛い思いしてきたじゃんか。それなのにさ、私が私だけに頑張れっていう歌なんか歌えるわけないでしょ? 皆で一緒に歌ってさ、変な言い方だけど、亡くなられた人達を側に感じながら、それでもまだ生きてるよな、それでもまだこの歌を歌い続けようよ、って。そういう事がしたかったの。だってどう考えてもさ、アキラさんもノイさんもカオリさんもさ、生きてるじゃんか、皆の中で。まだ生きてるんだよ皆。人間いつかは絶対死ぬんだけどさ、それまでの間はずーっと、『まだ生きてるよ、歌ってるよ』って皆に歌い続けて欲しいと思って、そうやって書いた歌だから」
-- すごいなあ。…すごい。うん、すごい。
M「あはは」
-- すごいすごいすごいすごいすごい! 繭子みたいな人には出会った事がないよ。
M「壊れたかと思った(笑)。今まで言わなかったのはね。私がどう考えてるかとか、何を思って書いたんだとか、制作中はもうどうでも良くなるぐらい皆の気持ちが嬉しかったからなんだ。もしかしたら地味に聞こえるかもしれない翔太郎さんのドラムだって、物凄い高度な技術だって私には分かるし、めちゃくちゃ練習してたの見てるし。それこそ翔太郎さんが弾くレベルのギターリフを何度も指攣りながら練習してくれた大成さんの真剣な顔や、こめかみの血管ブチ切れるくらい本域の絶叫でコーラス入れてくれた竜二さんの泣き笑いを見たらさ、今はもうひたすら喜んでいようって。ね。うん。だから本当の本当は皆が歌って欲しいんだよ。…大成さん私これ、怒られるような話じゃないですよね?」
T「ああ、怒らないよ。お前らしいなーって思う」
М「(照れたように笑う)」
-- 私今日絶対泣くもんかって思って来たのに。ああ、これだよ。
M「あはは、今日誕生日だもんね。おめでとう!30歳だね!」
-- ああああ、とんだプレゼント貰った気分だよ。
M「もひとつ言うとさー、私実はノイさんに会った事ないの。知ってた?」
-- …私? うん、知ってた。取材内容整理してて気が付いたけどね、敢えて聞いたりするのも性格悪いかなと思って、言わなかったけど。
M「そっかそっか。…うん、アキラさんはもちろんだし、カオリさんにも会った事あるけどね、ノイさんだけないの。私が皆と出会ったのは高校生の時で、会いに来るのが間に合わなかったんだよね。そこからほぼ毎日、一緒に時間を過ごしてきて思うのは、本当にこの人達は愛情を忘れないんだよね。愛情を無くさない、見失わない。私なんて一度もお会いした事ないのに、もうなんだか10年来の付き合いがあるような錯覚に陥るからね。もちろん写真では顔を見てるしさ、古い映像を何度も見せてもらったり。なんか変な気分なんだよね」
-- うん。そうだね。私もそういう瞬間あるよ。
M「だよね。それに、年齢的に言ったら最後に死ぬのは私でしょ、分かんないけど。でも年功序列で言うとさ、皆の死に際に私立ち会うでしょう。そんな時にさ、一人一人の側に立って『私はずっとここにいましたよ』って言えたらすっごい幸せな人生だなあって。そういう事も考えた。前に翔太郎さんが言ってくれた事があるってトッキーに話したよね。俺達はどこへも行かないよって、言ってくれたんだって。私もそうですよって、その時は言えなかったからさ」
-- うん。いいね。すっごい、いいね。
随分間の抜けた返事だと自分でも分かっている。
しかし言葉で何かを返す事の意味のなさにも、私は気が付いていた。
具体的な感想を100個並べて隙間を埋める事より、大切なものがあるからだ。
芥川繭子の言葉と笑顔だけが必要な真実だ。それ意外は、今は何もいらない。
T「織江に聞いたんだけどさ。URGAさんもあの歌聞くと泣けて仕方ないんだって」
M「ああ、それめっちゃ嬉しいですね」
-- 名曲だと仰ってました、確かに。
M「そうかー。嬉しいなあ。沁みる」
-- 嬉しいね。
M「嬉しいよー」
-- 次は大成さんに曲書いてもらうとも仰ってましたよ。
T「俺? ああ、書いてみたいね」
-- 妄想が膨らみます。
M「聞いて、私さ、誠さんにURGAさんの存在を教えてもらってから、よく2人でコンサート見に行ってたの」
-- へえ、そうなんだ。
M「うん。東京だけじゃなくて地方にも追いかけてって、並んでサインしてもらったり、握手してもらったり」
-- そうなの? 知らなかった。URGAさん2人の事は覚えてたの?
M「覚えてないよそんなの(笑)。何人ファンがいると思ってんの」
-- いやいや、そうだけどさ。絶対そのファンの中でも美人のツートップでしょうよ。
T「あはは」
M「失礼な事言うな(笑)。もっともっと綺麗なファンの人だっているでしょうよ」
-- セキマコより綺麗な素人なんていてたまるか!
M「おいおいおい、怖い事言うよ(笑)」
T「素人だけとは限らないだろ。でも誠と言えばさ、昔髪の毛長かったのを今みたいに短くしたタイミングもURGAさんの影響だしな。あっちは一回セミロングにしてまたすぐ今の長さに戻したけど、誠は翔太郎がショートヘア褒めたからそのまま。でも切る切っ掛けはURGAさんなんだよね」
-- へえ。意外な切っ掛けですね。
M「ニューアルバムのジャケット見て『うわー、これいいなー』って叫んでその日のうちに切りに行きましたよね。だけど髪切ってすぐモデルの仕事増えたって喜んでたの今でも覚えてる(笑)。私あの頃のURGAさん好きでさー。全然見せないけど、あの人も相当も辛い経験されてるもんなあ」
T「そりゃあ刺さるよな、お前の歌詞は。『END』だって良く歌ってくれたよな」
-- 確かにそうですね。あの歌こそ人によっては凶器並の破壊力を持ってますものね。お相手が竜二さんだからこそ、可能だった組み合わせに感じます。
M「いくら翔太郎さんの頼みとは言えね、伴奏ならまだしも一緒に歌うのは相当覚悟いるよね。URGAさんにしてみれば実績やキャリアとは関係のない歌入れになるわけだし。竜二さんっていう人を知っていないと、出来ない事だよね」
-- 本当にそうだよね。いっつもふわふわで、温かくてニコニコで、天真爛漫な天使のような人だけど、そういう外見や表面的なものの奥にある人間URGAの底力って、とてつもないんだなって心から思う。
T「いいね、ライターっぽい」
-- 10年選手です(笑)。そう、こないだのコンサートだって凄かったですよね!
M「クリスマスコンサート? もう、天使というか神だよね、あの人」
-- 確かに、人が神がかる瞬間を見たよね。あの集中力とか、胆力とか、実力もそうだし、愛嬌、立ち居振る舞い、話し方、声、全てが完璧だった。私が褒めた所で何程のものでもないけどさ、やっぱり分かってるようで全然分かってなかったなって改めて感動した。
M「分かる。色々思い出しながらさ、凄い楽しみでドキドキしながら開演待ってたけどさ、いざ始まってみたらもっともっと凄い事に気付くんだよね。あんな人いないよね(笑)」
-- 楽屋で泣いてたね。
M「え?」
-- 皆さんで楽屋にご挨拶された時。
M「私? 見られてた(笑)。一瞬だけどね、色々思い出しちゃってさ。多分、公演終わりで本気オーラが抜けてないURGAさんを見ちゃったから余計になんだけど、顔見た瞬間ギュー!ってして欲しくなった」
-- 思い出したのは、自分の昔の事を?
M「それもあるけど、URGAさんの事かな、あの時は」
-- ああ…。
M「私今でも一番CD聞いたり、ツアーDVD見たりするのが『WHOSE NOTE』の赤なんだよね(REDとBLACKの2枚同時発売のアルバム)。『WOLVES & FILMS』とか。あの頃のURGAさんて今よりもずっと少女性があってさ、幸せに満ち溢れた笑顔なの。声のトーンとか、話す内容とか、幸せ一杯なの。見てて辛くなる瞬間もあるんだけど、でも幸せな笑顔のURGAさんが可愛くて大好きだし、当時一番コンサート見に行ってた時でもあるから思い出もたくさんあって。大切な人を失ってからこの2年の間、今がダメとか嫌だなんて全く思ってないし、そういう話じゃないのは分かってもらえると思うけど。当時の私のコンディションとか、誠さんとの楽しい思い出ともリンクしてるし、私にとってはあの頃のURGAさんは切り取って額に入れて飾っておきたいぐらい特別な存在としてあるんだよね。…だけどこないださ、そのコンサート見てて、あれ、なんか今日凄い良いな、綺麗だな、可愛いなって思って。いや、いつもだけどさ(笑)。クリスマスだからかなーなんて思ってたけど、楽屋入った時の満ち足りたURGAさんの笑顔見たら、何でか急にダー!って涙出たんだ」
-- 幸せなんだね、きっと。
M「うん、きっとそうだよね。…良かったぁって思って。そう思いたいしね」
-- マニアックな話するけどさ、私URGAさんのコンサートで好きな瞬間があって。
M「うんうん」
-- 終盤も終盤でさ、『今日は本当に、ありがとうございましたー!』って手を振りながら笑顔で言うじゃない。
M「うん」
-- あの声って、凄くない?
M「マニアックすぎるよ!(笑)」
-- 歌ってる時の声とは違うけど普段話す時には出さない声量じゃない。高くて明るくて清らかで、のびやかで爽やかな声なの。
M「あー、分かるなーそれ」
T「地声がめちゃくちゃでかいから出せるんだよ」
-- そういう事なんですか!
T「うん。実は歌ってる時ほど出てはいないんだけどね、ちょっと意識して声を張るっていう程度であそこまで出せるんだよ、あの人。気持ちいいよね、あの声。俺も好きだな」
-- 良いですよねえ。あの声だけは、コンサートに行かないと聞けないんですよ。
M「ああ、そうかもー。ホールで、そこそこのキャパのあるとこでね」
T「前に隣(練習スタジオ)で歌ってくれた時に言ってた『メルシーボークー!』っていう声がそれだろ?」
M「あ、ほんとだ!そうだ!」
-- 私それ生で見てないですからね、残念(笑)。箱の大小に拘らず色んなステージで歌われる方ですけど、クリスマスコンサートは私毎年通ってます。年一のご褒美です。
T「そうなんだ」
M「知らなかったー、誕生日プレゼントみたいなもんだね」
-- そう。今年がいっちばん幸せでした。席はバラバラでしたけど、皆さんと同じ時間に同じものを見て幸せな思いに浸れました。ありがとうございました。
M「私達は何もしてないけどね(笑)」
T「俺らはあえてバラバラに見る方が好きなんだよな。周りに知った顔が見えると気が散るから」
M「皆さんそうですよね。私今回トッキーと織江さんと並んで見てましたけど、楽しかったですよ」
-- 前見ても横見ても夢見心地でした。だから実を言うと、ここへ来て割と早い段階で繭子の口からURGAさんの名前聞いた時、びっくりしたんですよ。仕事中だし、繭子の前で『私大ファンなんです!』なんて言えないからすっとぼけてるんだけどさ。今だから言えますけど、めっちゃラッキーでした。
M「あははは!言えば良かったのに」
T「時枝さんのそのデリカシーをさあ、竜二に別けてやってよ」
-- 竜二さんはああいう感じで大正義なんです、きっと。
T「おおおおお。絶対そんなわけねえし」
(繭子、時枝、爆笑)
--『BORN TO ROLL』拝見しましたよ。
T「ありがとう。変じゃなかった?」
-- 変になりようがないですよ。
今月発売されたバイク雑誌『BORN TO ROLL』2017年1月号に、
神波大成単独インタビューとグラビアが掲載されている。
T「俺見てないんだよ」
-- 何故ですか、現場でチェックされてますよね?
T「してない。誠がついて来てくれたから、代わりに見てっつって」
-- そうなんですか!
T「織江が忙しくてね、わざわざ俺だけのために手間取らすの嫌だったんだけど、その日空いてるんで行けますよってあいつから連絡くれて。勝手が分からない現場だし助かったよ」
-- へえー!
M「トッキー顔に書いてるよ」
-- 何?
M「ワタシモイキタカッタナ!」
-- え、行きたくならない? そんなのさあ、当たり前だよ。ハーレーと神波大成と関誠とグラビアだよ? 涎出ちゃった。
T「フフ」
M「誠さんのインスタにオフショット出てたよ」
-- あ、更新されてるんですね。チェック忘れてるや、しまったな。
M「大成さんベースの事は全然喋らないのにバイクの事めっちゃ喋るんだって」
-- あははは。
T「今更なあ、ベースの事ってもバイク雑誌で言える事なんてそんなないしね。最近乗ってはないけど、いじるのは昔から俺も好きだからな。アキラとかマーとも一緒に何台か作ったし」
-- そうなんですね! …はあ、ここへ来て私知らない事だらけだなあ。
M「はは、そらそうだって」
T「あ、こないだも途中で話終わってるけどさ、多分竜二と翔太郎がクロウバー名乗ってパンクごっこやってた時期に、俺とマーはバイク弄ってたんだよ。近所のバイク屋に入り浸って、クズみたいなパーツ磨いて組み立てて、アキラに試乗させてスッ転んで、ゲラゲラ笑って。何にも考えずに笑えた瞬間があったのはバイクのおかげだと思うし、マーのおかげかもしれないね」
-- 素敵なお話ですね。
T「『BORN』は昔から読んでるから取材受けたけど普段ならきっとグラビアは断ってると思う。けどオファーがあった時に、マーも織江もいいじゃんって目をキラキラさせるからさ。そういうもんかなーと思って」
-- でもチェックはしない、と。
T「しない。自分の写真とか興味ないよ、見ても分からないし」
-- ドハマりでしたよ。私も胸が熱くなる思いでした。あのごっついハーレーって版元のアイテムですか?
T「なんでだよ。俺のだよ(FLS、ソフテイルのオールブラック)」
-- うわ、そうなんですか。めっちゃ格好いいですね。
T「バイク好きなの?」
-- 私も免許取ろうかと思って。いつかアメリカ遊びに行って皆さんと一緒に乗ろうと思ってるんです、ハーレー。
T「へえ、いいね。知り合いに教習所の教師やってる奴いるから紹介するよ」
-- ありがとうございます!
M「トッキーも大概だね。忙しいの好きでしょ」
-- うん、ずっと動いてたい。もしくは文章書いていたい。
M「あはは、病気」
-- 誉め言葉だね。
M「いいねえ(笑)」
-- あ、大成さん、目、平気ですか。かなり赤いで…。
すよ、と私が言い終わらないうちに、繭子は椅子から立ち上がって神波に歩み寄る。
持ってます?と彼女は顔を覗き込みながら声を掛け、忘れたと神波が答える。
おそらく目薬の事だろう。
私が教えてもらった話では、もともと神波は黒目の色素が人より薄く、光に弱い。加えて幼少期に負った怪我が原因で右目の視力が悪く、光に過敏に反応し痛みを伴う事もあるそうだ。充血も酷く、よく目薬を差している場面を見かける。彼のトレードマークである度入りのサングラスも、もとは彼の目が悪いせいで掛け始めたのが切っ掛けである。
M「私取ってきます。楽屋ですか?」
T「ごめんなー」
繭子は会議室を出ようとしたが、ピンと背中を伸ばして立ち止まる。
M「違う違う、私持ってるんだった」
そう言って彼女はライダースの右ポケットから目薬を取り出して神波のもとへ戻る。
M「織江さんから預かったんでした。ごめんなさい」
T「なんで謝るの、助かった」
M「注しますね」
座ったままの神波が顔を上に向けると、繭子は覆い被さるようにして右手で持った目薬を彼の上に持っていく。
T「近い近い、近い繭子近い」
どうやら繭子の体が神波に当たっているようだ。
M「動かないでください(笑)。…はい」
繭子は神波から離れると、キャップと閉めて机の上に目薬を置いた。
右目から涙を流しながら前を向く神波。
サングラスをしていない彼を見るのは久しぶりで得した気分でいたのだが、やはり掛けた方が良さそうだ。繭子は元いた自分の椅子に戻り、何事もなかったような顔で座りなおした。
-- 不思議なものを見た気がします。だけどそれが何なのか分かりません。
M「何の話?」
T「あああー、滲みる。ごめんね、中断したな。なんだっけ」
-- いえ、大丈夫です。
神波は机に転がしていたサングラスを掛けると、微笑んでカメラに手を上げて見せた。
-- 以前もお伺いしましたが、やはり今後もインスタやツイッターなどのSNSを利用されたりはしないんですか? その時は確か、考えてはいるけどなかなか難しいと思う、といったご返事でしたが…。
T「それは、誰が?」
-- 織江さんです。
T「ああ、うん。そうだね」
-- やはり。ドーンハンマーのオフィシャルサイトはありますが、特にメンバー個人のツイッターやブログとリンクしているわけでもないので、情報発信のツールとしては正直少し弱いですよね。
M「あった方が良いのはなんとなく思ってるんだけどね。分からないけど、メンバーって個人的にもやってないんじゃないかな。やってます?」
T「やってない。リリースの情報はビクターが出してくれてるのがあるし」
-- でも逆に言えば「そこしかない」ですからね。今後海外に拠点を移すわけですから、ファンは生の最新情報を知り得る手段を欲しがると思います。私も欲しいです(笑)。
T「いやー、うん、でも厳しいよな。結局うちがそれらをオフィシャルで使うっていう事は、織江の仕事が増えるっていう事だからね」
M「そうですよね」
-- 繭子がやればいいじゃない(笑)。
M「無理無理、何すりゃいいのよ」
-- ライブ告知とか、アルバム制作状況とか、練習風景の写真アップしたりとか。
M「面倒臭いが勝っちゃう(笑)」
-- はっきり言うなあ。いいんですか、大成さん。
T「はは、どうだろうね、人の事言えないしな。他に上手く扱える人がいればメリットもあるんだろうけどね、男所帯みたいなもんだし俺らは無理だよ。繭子も含めてね。織江は確かに人任せにするのを嫌うから、自分達の情報は自分達で出して行きたいっていうのは前から言ってるけど、今は織江の仕事増やすのはデメリットでしかないな」
M「そうですね。私がやれたらいいんでしょうけど、続ける自信ないなあ」
-- 誠さんは、どうなんですかね。今でもご自分のインスタ継続されてるのを考えると、やはり流行には敏感な方だと思いますし。大成さんが仰ったように、やはり情報発信としてはメリットはありますよ。
M「仕事柄頑張ってた、みたいな所あるみたいだよ。事務所やめるって決めた時にさ、一度全部アカウント消そうとしてたし」
-- そうなんだ。意外だね。更新頻度は分からないけど、アップされてる写真の枚数は結構多いように感じたけどな。
M「人気商売みたいな面もあるからね。同じ事務所のモデルさん参考にしながら頑張ってるって言ってたもん。割と気づかれないみたいだけど、仕事場とか仕事内容の事しかアップしてないんだって、インスタもツイッターも」
-- そうなんだ。
M「うん、完璧にそこは分けてたって。だから今回大成さんとのオフショットも何かの仕事だと思われたって(笑)」
-- へえ。そっかー、あまりプライベートでSNSを利用する人ではないんだね。
M「それがさ、面白い話があってね。誠さん、織江さんと大成さんに相談したんだって。アカウント全部消そうと思うんですよねって。そしたら大成さん真顔で『お前外に顔出して金稼いでてた自覚ないんか』って言ったんだって。ね、大成さん、ね。でね、『いきなり黙って消すとストーカーになったりする奴出てくるから自然消滅するまで適当にやってろ』だって」
-- もう、繭子。地味だけどそれは一番世間に出しちゃマズい話(笑)。
T「あはは!こいつ怖いよなー」
M「え、駄目でした? 私めっちゃ笑ったんですけど」
T「面白けりゃ話して良いと思ってんのかお前は」
-- あー、面白い。リアルな意見ですよねえ。でも、そういう時翔太郎さんだったらなんて仰るんですかね。そもそも自分の恋人がインスタとかツイッターに写真上げてて、それをよく分からない人がいいねしたりコメント寄こしたりする事自体、嫌じゃないのかな。
M「それもさあ」
T「お前本当懲りないな(笑)」
M「マズイですかね。あ、じゃあ、分かった。あのね、誠さんもちろん翔太郎さんにも相談してるわけ。そん時の返事がね」
繭子は両手で口元を覆い隠し、音声さえ消せば何を言っているか分からないよう工夫する。
M「『誰がどんな誉め言葉であいつに声掛けようが誠自信関係ないと思うんだろうし、仕事辞めてメリット感じないなら意味ないんじゃないの。でもそうやって上から目線でいられる間は単純に俺が気持ちいいから、続ければ』だって。誠さん照れて超喜んでるし。でもそれ聞いた織江さん何て叫んだと思う?『このクソドエスが!』って」
神波と時枝、手を叩いて大笑い。
地団太を踏んで仰け反って笑う。
伊澄の声と伊藤の言葉が脳内で完璧に再生されて、ツボに突き刺さった。
-- もちろん入ってはないですけど、昨日楽屋前の廊下までは行ったんです、私。
T「誠起こしに行った時か?」
-- そうです。
クリスマスパーティー2日目の26日。伊澄の楽屋で仮眠していた関誠を、頼まれて起こしに行った時の事だ。
-- こちらからお声かけする前に自分で出てこられたので入ってませんけど、なんで楽屋ってあの並びなんですか?
T「部屋の並び?」
-- ここ(会議室)の隣から階段上がって3階すぐ、手前から翔太郎さん、繭子、竜二さん、織江さん 大成さんの順番なんだとお聞きしました。
M「私が一番奥嫌がったんだよ。角部屋は怖いって言うでしょ」
T「あはは」
-- え、怖い話? オカルト的な事なの? 繭子って本当にそっち系ダメなタイプなんだ。
M「そっち系行けるタイプって逆になによ。普通嫌でしょう?」
-- 大成さんは平気なんですか。
T「真面目にそんな話すんの?」
-- まあまあ、息抜きですよ。雑談も大切な時間です。
M「トッキーは全然大丈夫な方?」
-- そうだね。忘れっぽいのもあるし信じてないのもあるし。そうかあ、でも繭子って全くそういう事には頓着しないイメージだったけど、可愛い一面もあるね。角部屋も嫌だし、きっと一番手前も嫌だって我儘言ったんだろうね。
M「言った(笑)。一番手前はね、階段上がってすぐの近い部屋がいいって翔太郎さんが自分で言ったから、どうぞどうぞと。竜二さんが隣は嫌だって言うから間に私が入って、あとは角部屋をどっちが取るっていう話で、大成さん優しいから」
-- ちゃんと理由があるんだね、ホントに面白い人達。なんかそういう理由で角部屋避けてるとさ、もともと何とも思ってなくたって、嫌な気分になりませんでした?
T「いや別に。遠いなあ、ぐらい。そもそも俺と織江はあまり寝泊りする方ではないし、そんなに使ってもないからね。今日みたいな日とか、動けないくらい(練習)やった日とか」
-- なるほど。
T「でも繭子さ、仮に幽霊みたいなのがいるとしたらだよ」
M「ええっ、はい」
T「そういうものが存在出来る世界があるっていう事だよな。次元というか、なんかそういった空間が」
M「はい」
T「そしたらさ、それはそれで面白い事になるよなって思うんだよ」
-- 面白い?
М「面白くないです」
T「繭子が怖がってるのは、そりゃ単純に幽霊がいたらびっくりするってのもあるけど、脅かされたリ襲われたりするのが嫌なんだろ?」
M「はい」
T「でもさ、もしそういう世界があるんなら、きっとそこにはアキラもカオリもノイもいるはずだろ」
M「え!凄い!なんですかその発想」
-- あはは、豪華な世界だなあ。
T「そういう事にならないかな。もし幽霊がいるんならね。だから、もし何か変な奴が繭子にイタズラしようとやって来たとしても、きっとその後ろから鬼のような形相したアキラ達が殴りかかって来てくれると思うよ」
繭子はぽかーんと口を開いたまま固まっている。
神波の語った優しい空想話は、おそらく本人が想定したであろう子供だまし程度の効果を完全に超えていた。イメージした瞬間うるっと涙腺が緩むくらいに、友情と思いやりに満ちた世界だからだ。確かに彼の言う通りだとすれば、あちらの世界は少しも怖くない。
T「なんならさ、そういう世界があってほしいくらいだよ」
-- 以前大成さんに繭子のお話をお伺いしましたが、繭子の時は恐縮した感じで、少し距離を置いた印象でメンバーを語っているのが記憶に残っています。個人的には、繭子にとって大成さんはどんな人?
T「俺のいない所で話せよ(笑)」
-- あはは!
M「難しい事言うなー」
-- そうかなあ。別に一言で言い表せなくてもいいんだよ。
M「そうは言ってもなあ。私これでも大成さんが独身の頃から知ってるでしょ。すでに織江さんていう美人で何でも出来る女性とお付き合いされてて、プロデビューもしてて、楽器も上手くて、作曲もできて、男前で、全部持ってる人なんだよね」
-- あはは、そう聞くと凄いね。天は一体彼に何物を与えたもうたか。
M「そこなんだよトッキー。まあ男前はさておきさ、一つ一つちゃんと考えてくとさ、大成さんて全部努力で手に入れて来たからさ、だから幸せになって当たり前の人なの」
-- うん、うん。
M「何が難しいってさ。それを言い出すと竜二さんも翔太郎さんもそうだから、私にとって大成さんはどんな人って言われると、『彼らとの違いは何』っていう話になるの」
-- ははあ、そうか、なるほどね。
M「やっぱり、一番大きいのは織江さんの存在だよね。私織江さんの事嫌いな人なんていないと思うんだよ。付き合いの長さによって度合いは違ってくると思うけど、きっと昨日織江さんと出会ったどこかのスタッフさんだって、会ったその日のうちに好きになっちゃうんだよね」
-- うん、分かる。私も大好き。超大好き。超ー大好き!
T「あはは、あー、なるほどね。ありがと」
-- こちらこそ、ありがとうございます。
T「なんだよ(笑)」
M「まっすぐで裏表なく見たままの人。優しくて、思いやりがあって、綺麗で、温かくて、良い匂いのする人。その織江さんがさあ、…こーれ、まーた怒られるかなぁ(笑)。心の底から大成さんを愛してるんだよ。私二人といる時間が一番長いから結構色々知ってるんだ。織江さんてね、今でも大成さんと二人っきりになるとドキドキするんだって」
-- ヒャ!
T「(腕組みしたまま項垂れている)」
M「織江さんて子供の頃に皆と出会ってるからさ、言い方悪いけど選び放題だったわけでしょ。まだサラピンだった皆を知ってるわけだし」
-- おい!(笑)
T「こいつ…駄目だー(笑)!」
M「あはは、でも竜二さんでも翔太郎さんでもアキラさんでもなく、大成さんなの。今でも、全然間違ってなかったって言うの。腹立ったから全部言ってやりましたよ」
カメラに向かってニヤリと笑い、ピースする繭子。
-- 大丈夫なの、本当に怒られるよ?
M「あはは、ウソだよあれは。怒られないよ。こんな事で怒られた事一度もない。織江さんと大成さんはね、…うん、怒らない。うわ、ごめん、急に来た」
繭子は笑いながら指先で涙を救い、立ち上がってティッシュケースを取りに向かう。
いきなりの涙に私は少し動揺したが、神波が苦笑いを浮かべて彼女を見つめている姿を見て落ち着きを取り戻した。
-- 平気?
M「平気平気、ごめんごめん。あー、今久しぶりに思い出した。私さ、高校卒業してすぐ、まだ18歳の時にバンドに入ったんだけど、その時大成さんと織江さんがね、うちの実家に挨拶に来てくれたの」
-- え?
M「なんなら普通は逆だと思うけどね。お世話になる会社に挨拶しに行くなら分からないではないけど、二人の方からうちへ来てくれて。それって、後で聞いたんだけど大成さんが、織江さんにそうした方が良いって言ってくれたって聞いて」
-- そうなんですか?
T「(黙って繭子の方へ顎を向ける)」
M「まだ二人は結婚してないけどね、二人ともスーツ着て、菓子折り持って、育ての親みたいな雰囲気でうちへ来てくれたんだ。私それだけで涙出ちゃって。両親は何がなんだか分かってない様子でオロオロしてた。当時まだ今程ドーンハンマーの知名度がなくて、『名前を名乗っても、社名を言っても何も説得力がないのを承知でお願いします。娘さんを私達に預からせてください。あまり印象の良くない世界である事は否定できませんが、私達が全力で彼女を守ります。彼女の力が必要です。どうか、この通り、よろしくお願いします』。正座して、畳に額をつけて、織江さんはそう言ってくれたんだ。うちの親は馬鹿だから、素直にうんて言えば良いものをなんだかんだ言っちゃって。『まだまだ教育の出来上がっていない小娘ですので、お預けすると言っても迷惑ばかりおかけすることになると思います』とかね。そしたらね、大成さんがすーって顔上げて、にっこり笑ってさ。ウチの親に言うの。『少なくとも私なんかよりは、お嬢さんはご立派です。お嬢さんの直向きに生きる努力が、今の私達に必要な力です』。一発でうちの親落ちたもん。よろしくお願いしますー!って」
-- 凄いねえ。凄い話だなあ。
M「ねえ。凄いんだよこの人は。私いじめられて死にそうになってた18のガキだよ。片やプロデビューまでした凄腕ミュージシャンだよ。ましてや幼馴染を亡くした悲しみが全然癒えてない時だからね。もう、なんか今でも震えてくるよね、そんなのってさ…」
-- (頷く)
「何年か経ってその時の話を織江さんとしたの。そしたらさ、当日、うちの家に到着するまで織江さんはどうやって両親を説得していいか分からなかったって言うの。今だから言えるけど、口の巧さで言えば翔太郎の方が達者だし、一度会ったこともあるから、連れて来るのは大成じゃない方が良かったかもしれないって思ってたんだって。でね、娘さんを下さいじゃないけどさ、とりあえず怪しい者ではございません的な、なんとか信用してもらえないかって方向で話をするんだけど、そこはやっぱりなかなか、うん、難しかったって。そんな時に横で黙って座ってた大成さんの空気が一変したんだって。びっくりして横見たらさ、キラースマイル。ニッコリ笑って言うじゃない。一撃で両親落とした姿を見て、この人で間違いはなかったんだって、自分を恥じたって言ってた」
-- 恥じた?
M「うん。一番信頼を置いてる人に不安を感じた自分の器の小ささを恥じたって」
-- ああ、織江さんらしいな。
M「あはは、うん。その後家に帰ってね、『さっきなんか怒ってなかった?』って聞いたんだって。物凄いオーラを感じたから。そしたら大成さん真顔で首振って、『怒ってないよ。本気でそう思ったから、どうしても伝えておかなきゃなって思っただけだよ』って。その本気がさ、感情が言葉より早く織江さんに伝わったんだよね。私その話聞いて凄いなと思うのがさ、大成さんの人柄はもちろんだけど、もの凄く大成さんを近くに感じてる織江さんの寄り添い方なんだよね」
-- うん、うん。
M「物凄く使い勝手の良い言葉で言うとさ、『雰囲気』だよね。ただそれだけの事なのかもしれないけど、とことん相手を思っていないと、そんな簡単に人の心境が変化する瞬間なんて分からないと思う」
-- うん、そう思う。
M「そういう人だからさ。その場のノリで適当に言ってる上っ面な私の言動なんか全部どーんと受け止めてくれるし、簡単に怒ったりなんてしない。違うと思ったら違うって言ってくれるし、正しいと思う事を教えてくれるけど、そこに怒りなんてない。繭子、それは違うよ。繭子、こうした方がいいよって教え導いてくれる。…そういう素敵な人が心に決めた相手が大成さんだから。私が何かを言うより100倍分かりやすいでしょ」
-- 確かに、これ以上の事はないね。
T「…もう終わった? もうその辺でやめてくれる?」
(一同、笑)
-- 翔太郎さんが仰ってたんですけど、『あの時大成さんをぶん殴っておいて良かった』と。どういう意味なのか教えていただくことは出来ますか? ずっと気になってて。
T「何? 急に物騒な話振ってくるね」
M「喧嘩の話ですかね。 お二人の喧嘩って私ほとんど見た記憶ないですよ。お互い尊敬し合って仕事してる気がします」
T「仲違いしてた時は何度かぶつかった事あるけどね」
-- それって意見の衝突とかではなくて、拳骨ですか?
T「の時もあったよ」
-- でも大成さんは一番翔太郎さんと喧嘩したくないんですもんね。
T「そうだね(笑)、殴り合いは勘弁したいね」
-- あ、思い出しましたけど、翔太郎さんがそれ言った時、織江さんも『そこは感謝してる』って仰ってましたよ。
M「えー、なんで?」
T「…ああ、ああ。うわ、あいつそんな事まで話してるの?」
-- 込み入ったお話なんですか?
T「込み入ったと言うか、恥部だよ恥部。黒歴史って言うの、今」
-- あらら。大成さんにそんな歴史があるんですね。そもそも翔太郎さんて人殴りすぎですよね(笑)。
M「コラ。思ってても言っちゃ駄目」
-- 繭子も怒ってたでしょ。
M「私はいいの(笑)」
-- ずるい!
T「あいつ確かに手出すの早いからね。最近はやっと落ち着いて来たかなって思ってたけど、全然だよね。前にここで竜二ぶん殴った時にやっぱり凄いなって思ったのが、全く衰えてないなっていうのがさ、ちょっとびっくりした」
-- どこに感心してるんですか(笑)。
T「殴る蹴るに関しては今更良いとか悪いとか、そういう感想出て来ないしね。人の事言えないから。それよりテツも言ってたけど、正直俺もテツも純粋な腕力では負けないって思ってる所あったけど、全然止められないことにびっくりした。本気でびっくりした。あ、これやっぱまだ勝てないわって思って。時枝さんやURGAさんは多分喧嘩自体見慣れてないと思うけど、俺はあいつを全然止められないんだって事が衝撃だった」
M「それだけ本気で、思う所があったんでしょうね」
T「うん。まあね」
M「翔太郎さんはどんな流れでそんな事言ったの?大成さんを殴ったのなんて、私の知る限り随分前の話じゃない?」
-- それが分からなくてさ。話としては、大成さんと織江さんが入籍した話の流れで。翔太郎さんも竜二さんもお二人の結婚を泣いて祝福してくれたのがとても幸せだったという織江さんのお話を受けて、ぽつりと翔太郎さんが仰ったんですよ。
M「んー」
T「それはだから、うん、アキラが死んだ時の事だね」
-- ああ、そうだったんですか。
T「うん」
-- そうなって来ると、おいそれとお伺いできる話ではありませんね。
T「別に構わないよ。翔太郎がもう先に言っちゃってるようなもんだからね」
-- そうなんでしょうか(笑)。
T「人がね」
-- はい。人が。
T「…死に過ぎたんだよな。俺達の周り、ずっとそうだったから」
-- …はい。
T「うん。あえて悲劇的な話をしたいわけじゃなくてね。でも普通死んでるよなっていう俺達みたいなのが生き残ってるのに、うちの父ちゃんが拍子抜けするほどあっさり死んじまったり、ノイが若くして死んだり、カオリも、アキラもさ。…誠の御両親なんて俺達があいつに出会う直前に二人同時に亡くなったわけで…。その事に関しては翔太郎も言ってたのがね、誠の両親の墓参りに行く度に、言いようのない心細さに襲われるって、…うん。飄々としてるように見えるあいつですらそんな風に感じてるんだよね」
-- 心細さ。
T「誠はどんどん大人になっていくし、年をとっていく。だけど、誰が見たって素敵な子だなって思えるあいつをさ、生み育てた両親には一度も顔を会わせる事もなく、それが永遠に叶わないなんて寂しすぎるって。永遠に許しを得られないまま誠の隣にいる自分が卑怯者のようにすら感じるんだって、翔太郎はそこまで言ってたよ。だけど、なんか、そういう死んだ人間に対する後ろめたさみたいなものは、俺にも分かるんだよ。分かるけど、これは一体なんだろうなーってずっと思ってて。タチの悪いバツゲームなのかな、残された俺達は何を思えばいいんだよって。ぐるぐると同じ事考え続ける時間もあったよ。本当はさ、たった一人だって、誰かを失う事は自分の身を切られるより辛いからね。絶対に慣れる事はないもんな。時枝さんは、身近な誰かを亡くした経験はあるかい?」
-- …すみません、まだありません。
T「なんで謝るんだよ。それがいいよ、良い事だよ」
-- 私では、皆さんのお話を噛締める事も出来ませんね。
T「そんなのはさ、いずれ絶対やって来る悲しみの予行演習程度に思ってりゃいいよ」
-- んー、あはは。…ただですね。私が皆さんの口から誰かの死を、お聞きする時に考えているのは、大事な人を失った悲しみは想像もつきませんが、私が大切だと思っているあなた方が、なぜこんなにも、悲しくて辛い思いばかりしなければいけないんだろうかと、そんな事を思ってしまいます。
T「あはは、優しいねえ」
M「ありがとね。大丈夫だから、せっかくの誕生日に泣いちゃ駄目だよ」
T「そうだそうだ、誕生日なんだから」
-- 普段仕事をしていて何気ない瞬間にふとあなた達の事を思い出します。
M「…」
T「うん」
-- 資料をまとめてホチキスでパチンと止めるその瞬間に何の脈絡もなく、絶唱する竜二さんの横顔を思い出して泣いた事もあります。取材先で撮った写真のレイアウトを考えながら気が付くとあなた方の歌を口ずさんでいます。目を見開いて観客を煽りながらギターリフを弾き飛ばす翔太郎さんを思い出して、カップに注いでいたコーヒーが溢れた事もあります。
M「…うん」
-- 一日の終りにお風呂に入り、シャワーを浴びて汗をかく度、必ず一瞬大成さんを思い出すんです。今も、毎日です。
T「あはは」
-- 汗だくになりながら一心不乱にベースを弾いてる大成さんは、全身から火傷するほど熱い蒸気を立ち上らせて、それでもいつだってメンバーを横目にとても優しい笑顔をされています。…大事な全体会議の最中、広げたノートの隅っこに芥川繭子と何百回も書きました。本当言うと、それら一つ一つに意味なんてないけれど、ここにいる間だけじゃなくて、私の日常の全てにドーンハンマーは紛れ込んでいます。…出会って1年にも満たない私ですらこうなんです。話を聞くたび新たな発見があって、私のこれまでの10年全部を使って、バンドの魅力を世界中に伝えたい衝動に日々突き動かされて生きています。あなた達がこれまで失って来た大切な誰かを考える度に、もし私があなた達を失ったとしたらと、自分に置き換えています。…もう、気が狂いそうになるくらい悲しいです。
M「…うん。もう分かったから。分かってるから」
T「俺もそうだよ、時枝さん」
M「…」
T「…アキラが死んだ時にさ。アキラのいなくなった病室で、俺言っちゃったんだよね。『俺が先に死にたかった。俺が死ねば良かったのに』。織江が泣いて、その瞬間翔太郎にぶっ飛ばされた」
M「…」
T「後にも先にも、あれほどの勢いで一方的に翔太郎に殴られた事はないな。顔面をボカーンと殴られて倒れ込んだ俺に馬乗りになって、何発も何発も。シャレじゃないけどさ、死ぬほど痛かったよ。翔太郎が泣いてるのが見えて、俺も泣けてきた。すぐに竜二が止めに入ってくれたんだけど、あいつ黙ったまま俺に覆い被さって自分が殴られてさ。翔太郎もお構いなしで、竜二ごと殴り続けた。繭子もいたね。誠もいたし…、皆いた。そのうち翔太郎が声を上げて泣き出して、でも殴る手を止められなくて、たまたまやって来た看護師や医者が何人かであいつを止めにかかるんだけど、そんなの全員軽々と振りほどく勢いなんだよ、ああいう時のあいつって激しいから。そしたら織江が泣きながら、『大成、謝って』って言うわけ。殴られてる俺にそれを言うわけ。『早く謝ってよ!』って。ああー、そうかーと思って。小さい声で『ごめん』って言ったら、翔太郎も殴る手を止めた。…後になって思うのがさ、俺達上手くできてるなぁっていうのがさ、うん。…俺もさ、口では格好良い事言いながら絶対死にたいわけないんだよ。でもそのぐらい辛くて。同じ辛さや怒りの矛先を、俺に見い出して殴る翔太郎がいて。耐えかねて俺の代わりに殴られる竜二がいて。そんなの肉体的な痛みなんてきっと何も感じなかったくらい、あいつらだって辛かった。アキラがいなくなった日に俺達はそうやって、3人になっちまった事を身をもって知ったというかね。俺は、なんかそういう風に思ったな」
M「…不器用でしょ?」
T「あはは、違いないね」
-- うん。でも…うん。
M「落ち着いた?もっと楽しい話しようよ、泣いてばっかりだよ今日(笑)」
-- ごめんごめん、楽しい話しようか。んーと、つい先日竜二さんとURGAさんの対談を撮影させてもらいましたけど、昨日かな、竜二さんにちらっと聞いたんです。『FIRST』収録の『レモネードバルカン』という曲についてなんですけど。
T「はは、懐かしいなあ、なんの話?」
-- バンドとしては最初のアルバムですが、そういう意味とはまた違う理由で思い出深いという言い方をされていました。
T「思い出深い…。そうなんだ」
-- そうなんだ? 大成さんとの思い出という風に受け取りましたが、違うんですか?
T「曲書いたのは俺だけど、何かな。聞いた事ある?」
M「大分前なんでうろ覚えですけど、大成さんのお母さんの事じゃなかったでしたっけ?」
T「母ちゃん?」
しばらく思い出すような顔で考え込んでいた神波が、ゆっくりと体を前に倒した。やがて持ち上げた顔には今にも泣き出しそうな程の笑みが浮かんでいた。
T「ああ、…多分何となくだけど分かったよ」
-- 何となくですか。繭子はどこまで知ってるの?
M「いや、どういう曲かっていうのは知らないんだけど、『レモネードバルカン』っていうタイトルの由来は前に聞いたかな。面白い名前でしょ、だって」
-- まあ、言われてみればね。その対談の時にURGAさんが、記憶に残ってる歌詞があるって言ったのが『aeon』と『レモネードバルカン』だったの。
M「へえ!意外」
T「2曲しかないのかよ!」
-- (笑)、その時は歌詞の内容にはほとんど触れられなかったので、気になって後でお伺いしたんです。そしたら竜二さんが、思い出深いのは確かだなって。大成覚えてっかなーって、優しい笑顔されたので、じゃあ直接聞いてみますねっていう、そういう経緯なんですけどね。
T「へえ」
M「へえって(笑)」
T「うちの母ちゃんが関係してるなんて今知ったもん。あいつ何だって?」
M「私が言うんですか? 竜二さん呼んできましょうよ。まだ隣にいますよ、どうせ皆帰れないでしょうし」
T「いいよわざわざ、大した話でもないだろどうせ」
М「ほほう、言いましたね。よーし、絶対泣かしてやる」
T「お前がか。俺をか」
M「ちょっと待っててよトッキー、今から神波クール大成の泣きっ面を撮らせてあげるからねえ」
T「あははは!」
-- 笑われてるじゃん、もう(笑)。繭子もうろ覚えなんでしょ?
M「ん、というかストーリー性のある事は何も知らないよ。昔ね、大成さんのお父さんが亡くなられた時に、お葬式って言ってたかなぁ。その時に大成さんのお母さんが出してくれたレモネードを飲んだのが、人生初だったんだって」
-- うん、それで?
M「…さあ泣け、グッドルッキング大成!」
T「無茶言うなお前!」
-- もうネタに走ってるじゃない(笑)。でも、人生初のレモネードの味が衝撃的だったって話なのかな。バルカンってバルカン砲の事ですよね。
M「あ、携帯に入ってるから久しぶりに聞く? アキラさんのドラムも聞きたいし」
-- ああ、聞きたい。でも歌詞の中にレモネードバルカンっていうフレーズは出てこないですよね。
T「相変わらず詳しいね」
繭子のスマートフォンから、懐かしい音が流れ出す。
DAWN HAMMRER 1st ALBUM 『FIRST』より、M.7 『レモネードバルカン』。
小さな情報端末から流れる疾走感あふれる若々しい音。しかし今もって誰にも真似の出来ない完成された演奏技術とオリジナリティだ。ギター、ベース、ドラム、ボーカル、どれ一つとして色褪せてはいない。まるで昨日作られた新曲のようでさえあるが、違いを上げるとするならやはりドラムの音だろう。善明アキラの持つ天性の軽やかさとグルーヴを鮮烈に感じる事が出来る。繭子の叩くドラムとはやはり明らかに違うのだ。池脇竜二の熱唱が、会議室内の温度を上げていく。
-- はー。やっぱいいなあ、格好いいー。
M「ねえ。このクオリティでアルバム7曲目だもんなあ。大成さん何か思い出しました?」
T「まあ確かに、衝撃的な不味さだったのは認めるよ」
-- 美味しいですよ、私好きですよ、レモネード。
T「そこらへんに売ってるやつじゃないよ、自家製だからね。しかもそんなシャレたもん作った事ないのにだよ。聞きかじった適当なレシピで初めて作ったものをさ、それを薄めずにシロップ状のまま原液で出したもんで、くっそ不味いしありえない程濃いドロッドロなモン飲まされて」
繭子、時枝手を叩いて笑う。顔が真っ赤になるほど、笑う。
T「あはは。まあでも、俺以外全員がそれ飲み干してた。それを、さっき思い出した」
神波のサラリと放ったその言葉に、ポ、と胸の中で火が灯った。何故だろうか、それは急に胸の中がじわりと熱くなる感覚に似ていた。また私の考えすぎる悪い癖が出たのかと繭子を見ると、彼女もまた、苦笑いを浮かべて視線を落としていた。
T「前にチラッと話した思うけど、こっちへ越してきてすぐに仕事中の事故で父ちゃん死んだんだよ」
繭子が右手の中で少し音量を下げた。
T「造船業の下請け会社でさ、他の家の父ちゃん連中なんかも自分で立ち上げた会社に誘って、さあこれからって時にあっさり逝っちまいやがってさ。途方に暮れるというより、呆れたよな。そんな簡単に死んでんじゃねえよって、悲しさよりも怒りとか申し訳なさみたいなのが先に立って、葬式ん時も、俺も母ちゃんも泣けなかったよ。俺はまだ13歳のガキだからさ、なんか適当にそれらしい顔してりゃ良かったけど、母ちゃんにしてみりゃ実際泣いてる場合じゃないって思ったって。申し訳なさすぎてそれ所じゃなかったって。もちろんあいつらの両親は誰一人として父ちゃんを責めたりなんかしなかったよ。逆に俺ら以外皆号泣してたからね。本当にありがたい事だし、胸を張っていい光景なのかもしれないけど、あの時はそんな風に思えなくてさ。そんな空気だったから、まあ、あいつらも、なんからしくないんだよね。冗談の一つも言えないで、大人しく正座したまま動かないし、そもそも一言だって喋らないし。そこへ気を利かせたつもりでうちの母ちゃん、ここぞとばかりにレモネード。…まあ、出したはいいけどこれがこの世の物とは思えない味とトロミでね。…あはは、しんみりすんなよー」
M「…はは。色々想像しちゃいますね」
-- (涙を堪えるのに必死だ)。
T「俺なんか一口含んでゲ!って吐いたもん」
-- ははは。
T「でもなんでかな、あいつら喋んないし、本当なんでか分からないけど、3人とも嫌な顔一つしないで飲んでくれたんだよ。それを見た時にさ、…ああ、本当に父ちゃん死んだんだなって。さっきのアキラの話じゃないけどさ、あいつらを見て初めて、そうなんだなって思った」
繭子の右手の中で、池脇がサビのフレーズを叫んでいる。
私は繭子のスマートフォンを睨みつけるようにして聞きながら、溢れようとする涙を抑え込むのに精一杯だった。
M「これ、…竜二さんなんて叫んでるんでしたっけね。リーブイット…」
繭子は少しだけボリュームを上げて、耳元へ近づける。
私は携帯を取り出して歌詞を検索してみる。
-- ええーと、サビだね。ちょっと待ってよー。『 Leave it to us! 』かな。翻訳かけてみるね。
M「Leave it to us!Leave it to us!Come over me you glory! Leave it to us!yes! go now! やっぱカッコイイなー!」
-- ああ。
M「分かった?」
-- …駄目だー。
M「ん?」
私は震える声でその意味を口にする。
『こいつは俺達にまかせろ!』
「…ああー」
溜息を全て吐き出し、神波は体を前に倒した。
繭子は左手で口を押えながら、右手の中で叫び続ける池脇の絶叫を見つめている。
「くそが」
神波は負けじと顔を上げるのだが、止める手立てのない涙が両頬を濡らしていた。
この歌のタイトルが『レモネードバルカン』である事の意味。
神波の母親が出したレモネードの原液。彼女の喪失感と言葉に出来ない後ろめたさ。
早逝した父親の無念と、友人達の悲痛なる嘆き、嗚咽。
子供たちの無言の励ましと、そして決意の絶叫が時代を超えて今目の前に広がった。
伊澄と善明はただ黙って甘ったるいレモネードを飲み下す。
そして池脇は誓い、歌うのだ。
こいつは俺達に任せろ、と。
泣き声をかき消すように、繭子がボリュームを最大に上げた。
後日この時の話を伊藤織江に聞いてみると、想像だにしていなかった真相を教えてもらう事が出来た。
「逆に今まで知らなかった事が驚きだよね。何回歌って来たんだと。何回コーラス入れて来たんだって話だよね(笑)。竜二の方が衝撃受けちゃうよね。まあ、言わなかった私のせいでもあるのかな、私は当時から知ってたしね」
-- 本当に子どもの頃から、お互いを見守る眼差しや、思いやりや、絆の深さがとてつもない人達ですよね。
「そこは本当にそう思う」
-- アキラさんが亡くられた時の話、お伺いしました。大切な人の死に直面した時、そういう時こそ残された人間の絆の強さでお互いをガッチリとホールドしてるんだなって、涙が込み上げて仕方ありませんでしたよ。
「あはは、上手い事言うねえ。確かにその通りだよね。なかなか、受け入れる事が難しいと思うんだよ、家族だったり、仲間だったり、もう自分の一部だとさえ思っている人間が目の前で消え去るんだもんね。だから、あえて殴ったりとか、黙って見守ったりとか、その方法自体は何だっていいんだけどさ。側にいてお互いをちゃんと支えるっていう姿勢がね。今となっては時枝さんも色々話を聞いちゃったから納得できると思うけど、彼らは昔からあんな風だからね」
-- はい。もう、またダメだ(笑)。でも本当、『レモネードバルカン』素敵ですね。まさしくバルカン砲のごとき強烈な感動がありました。
「ん? 違う違う、違うよ、バルカン砲じゃないよ」
-- え、違うんですか。
「うん。クロウバーをやってた頃を知ってるとあんまり違和感ないかもしれないけどね。ドーンハンマーになってからはあの1曲だけだから、ひょっとしたら時枝さんも変だなって思った事あると思う。なんでカタカナなんだ?って」
-- ああ、はい。思いました。でも、そうですね。クロウバー時代は結構ありましたもんね。
「うん。だけどあれにはちゃんと理由があってね。逆にアルファベットで書いちゃうと、それこそバルカン砲とかバルカン地方みたいに、言葉に意味が生まれちゃうでしょ」
-- はい。
「でも違うんだよ。バルカンっていうのは名前なの。大成のお父さん、春雄っていうの。ハルオ・カンナミ。だからバルカン。レモネードバルカンっていう言葉の間にスペースもピリオドもないでしょ。あれは、大成のお母さんお父さんっていう意味の、そういうタイトルなんだよ」
『こいつは俺達にまかせろ!』
『こいつは俺達にまかせろ!』
『あんたの栄光を俺にくれ!』
『こいつは俺達にまかせろ!』
『こいつは俺達にまかせろ!』
『あんたの栄光を俺にくれ!』
『行こうぜ!今すぐに!』
( DAWN HAMMRER 『レモネードバルカン』より。サビ、一部抜粋 )
バイラル4スタジオ内、会議室。
この日、本来であれば練習終わりの神波と繭子と3人で、弊社が予約していた焼き肉店を訪れるはずだった。しかし当日はあいにく朝からの大雪で、練習の終わった22時の時点で帰る事すら断念せざえるを得ない降雪量となった。神波と伊藤であれば自宅は歩いて帰れる距離だが、吹雪く深夜に無理して帰る理由も特にはなく、前日に引き続き今晩もメンバー全員が建物内に残った状態でのインタビューとなった。
一昨日、クリスマス当日はメンバー全員でURGAのコンサートを鑑賞。
名残惜しさに後ろ髪を引かれながら楽屋への挨拶を終えると、その後スタジオへ戻ってパーティー。忘年会を兼ねた大人数での開催となり、ビクターからも担当者が数名、詩音社からは私と庄内他数名が参加。
催しは夜通し続き、開けて26日はお休み。
そのまま飲み続けるメンバーや爆睡したまま起きない関係者達。
食べて飲んで寝てを繰り返す者や普段といっこうに変わらない者など、混乱と驚喜に満ちた年に一度の大宴会は終わることなく26日の夜中まで続いた。
そして27日。
嘘のようにいつもと変わらない顔で朝から練習を開始するメンバー達に愕然とし、とにもかくにも着替えて通常業務に戻らねばならない私と庄内はスタジオを後にした。
その時点でかなり強めの雪が吹きすさんでおり嫌な予感はしていたのだが、私が20時前に再びスタジオを訪れたのを待っていてくれたかのよに、そこから猛烈な吹雪が一帯を襲った。
伊澄翔太郎と伊藤織江が向かい合って座った光景を見た時にも感じた新鮮さを、今日も同じように感じる。神波大成と芥川繭子が二人だけで何かをしている現場に出くわした記憶がほとんどないからだ。もちろん二人で話をしている場面は何度も見かけているが、二人だけでというのはない。しかし私が知らないだけで、もしかすると普段から接している時間の多さから判断すれば、メンバー内で一番仲の良い二人なのかもしれないとも思う。
会議室内でよく見かける光景なのだが、部屋の真ん中に置かれた会議机にメンバーの誰かが座る時、もしくは座る予定が決まっている時、繭子は決して自ら彼らの横に座ろうとはしない。必ず彼らの顔が見えるように、少し離れた壁際に置かれた椅子に座る。思い返せばその椅子には繭子しか座らないし、そこが彼女の定位置なのだろう。
「焼肉、食べたかったな…」
と、繭子。
壁に体を預けて長い足を放り出し、頭頂部を壁につけるように天井を向いたまま目を閉じている。毎日羽織っているアギオンライダースの下には白のパーカーとタンクトップ。
黒のスキニージーンズとボロボロの練習用スニーカー。
飾り立てているわけではない。
それでも。
-- 繭子、なんか、…綺麗になったね。
私の言葉に閉じていた両目が開き、言葉の意味を理解すると私を見やって、
「…うえ?」
と言葉にならない声を出した。
ドアが開いて神波が入ってきた。
繭子は私から目をそらして居住まいを正す。
神波は会議机の椅子を引くと、コトリと机にサングラスを置いて入り口を向く形で着席した。練習終わりのためか、長い髪を後ろで束ねて持ち上げている。身長が高く割と筋肉質な為今はそれ程でもないが、若い頃は女性に間違われる事も多かっただろうと想像する。
-- お疲れさまです。
T「お疲れさん」
M「お疲れさまです」
-- いきなりですけど、最近繭子綺麗になったと思いませんか。
M「あはは、なんだよ、なんで2回も言うのよ」
T「本当にいきなりだな。それは、時枝さんがここへ来るようになってからってこと?」
-- そうです。髪を染めて、服装も少しタイトに変えて、バンドとしても着実に実績を積み上げていますし、自信から来るのかなあ。もの凄く綺麗だなと思います。
T「へー。だってさ。良かったな」
M「えー。どうでしょうか?」
-- 繭子は本当に自分の容姿を褒められるのが苦手だね。別に不細工だなんて思ってるわけじゃないでしょ?
M「というか、綺麗とか可愛いとか言われてその事に反応するより先にさ、『なんでこの人私にそんな事言うの?』っていう身構えた感じになっちゃうんだと思う」
-- 気持ち悪、と。
M「言い方がアレだけどね(笑)。織江さんと誠さんがギリギリかな。だから初めてトッキーに会って話してさ、そういう事言われた時もなんだよって思ったもん。これはあれか? 私を褒めておいて他のメンバーに上手い事繋いでもらおう的な魂胆か?って」
T「ふふ」
-- 恐れ入るよ。筋金入りだね。
M「でも大成さん聞いてくださいよ。この人めっちゃくちゃ言うんですよ」
T「何を」
M「可愛いとか綺麗とか、もうオッサンみたいに言うんです」
-- えー。
M「なんなら言葉じゃなくて、『ハアアッ』とか」
T「それは何?」
M「小動物を見つけた時の女子高生のリアクションです」
T「あははは!」
M「そんな事ばっかやってんですよ、この人。だから最近はもう慣れっこにはなりましたけどね」
T「まんまと嵌められてんじゃんお前」
M「え?」
T「上手い事やったね、時枝さん」
-- はい。
M「えええ!」
-- 嘘だよ。何も考えてないよ。ただ単純に綺麗所が好きなだけ。なんだかね、皆さん似てるんですよ。繭子も、織江さんも、誠さんも。だからきっとノイさんもそうだろうし、なんならURGAさんもそうです。皆どっちかと言えば可愛いさのある綺麗系でしょ。Sっ気のあるふんわり綺麗系に弱いんです、私。
M「ああ、トッキーどMだもんね」
-- ふふ、そうかもね。
M「笑ってるよ」
T「お前らいいコンビだな。年近いんだっけ」
-- 私が一つ上です。
T「へえ。誠の一個下か。更に同世代の友達が出来て良かったな」
-- 友達って(笑)。
M「まあ、面白い人ではありますよね」
-- ありがとうございます(笑)。昨日、一昨日と、庄内とパーティーに参加させていただいたじゃないですか。その時私と誠さんと繭子を見比べながら同じ話になったんです。
M「年齢の話?」
-- うん。一個上に関誠がいて、一個下に芥川繭子がいるってどんな気持ち?って。
M「どういう意味?」
-- お前は何をやってんだ、って事?
M「はあ!? 何言ってんの?」
T「それはちょっと酷いな。二人と比較する事に意味なんてないだろ」
-- あはは、そんなに大した話でも怒るような事でもありませんよ。私自身そう思ってる部分もありますからね。彼なりに発破かけたんだと思います。楽しい、嬉しいだけじゃ駄目なんだぞっていう。ちゃんと仕事を全うしろよって。
T「言い方ってもんがあらぁな」
-- あらぁな(笑)。だけど本当はこうして優しくして頂けたり、気遣ってもらってる事や、なんなら自宅にまで上がり込んでる事態を庄内は心良く思わない人なので。そこは私自身反省している部分でもありますし、残り3か月はこれまで以上にしっかりとした、意味のある取材を行わねばと、思う次第です。
T「まあ、そう言われちゃうとな。仕事だしね、会社の方針やマニュアルなんかもあるだろうから何にも言えないけどね」
M「あの人、ああ見えてすごいちゃんと考えてるんだね、ちょっとびっくりした」
-- あはは、ああ見えて一応次期編集長だからね。仕事に対しては厳しいよ。
M「厳しいんだ」
-- 例えば、取材を終えた後は内容を記事にする前にまとめて報告を上げてるんだけど、ほとんどそのまま通る事はないよ。
M「へえ、何で?」
-- 私どうしても感情が先に出ちゃうんだよね。本当は、目の前で起きている事や聞いた話をそのままアウトプットして、そこから私なりの考察や行間の意味なんかを付け加えていくべきなんだろうけど、どうしても感情が前に出ちゃう記事を書いてしまうんだ。だから絶対、こんなじゃただのゴシップ記事だ、こんなんじゃただのティーンズノベルだ、こんなんじゃだめだのオンパレード。
M「んー、まあ、そういう仕事の話はよく分からないけどさ。多分私は読んだ瞬間、あー、トッキーだって分かっちゃうような記事が読みたいかな」
T「そうだね。俺もそうだよ」
-- ありがとうございます。
M「まあ書籍化の話はちょっと置いといてもさ、ムックだっけ。売らなきゃいけないもんね。色々大変な事をたくさん考えながら作らないといけないんだろうけど、トッキーにしか出来ない事をやって欲しいとは思ってるよ」
-- うん、頑張る。でも上からポカンとやられる事もさ、ありがたいなと思う面もあってね。前に言った、私が個人的に書いていた連載用とは別の文章を読んだ時に、庄内が言った事があって。ドーンハンマーというバンドは自分にとっても特別なバンドだから、本当はこの連載は自分も一度は企画した事があるんだって。だけどなかなか時間の調整がつかずに断念したけど、やるからにはせめて自分と同等かそれ以上にバンドを愛してくれる奴にしか任せられないと思ってたって。その文章を読みながら、涙流してありがとうって言われた時は本当に嬉しかったんです。私はとても大きいものを背負ってるんだなって、更に火が付いた思いがしたし、そういう人が真顔で駄目出ししてくる以上、やっぱり駄目なんだなって(笑)。
M「へー、なんか嬉しいな。そういう人達がこうして積極的に関わってくれて、バンドを良い方向へ導こうと頑張ってくれてんだなって思うと。嬉しいですね」
T「ありがたいね」
-- 頑張ります。
M「でもさ、庄内さん、昨日一昨日とかなーりテンション高かったねー」
-- うん。久しぶりに皆さんと会えてうれしかったのと、生で皆さんの歌う『still singing this!』を聞けたからだと思います。私がPVに出させてもらった事に対しては本気で拗ねてたからね。
M「あはは、可愛い人」
T「あいつそういう大人げないトコあるよな」
M「(PV)次出してください、次まじで出してくださいってね、私に言ってたもん。知らないですよ私はって(笑)」
-- ごめんね、珍しく結構酔ってた。やっぱり竜二さんと翔太郎さん相手には勝てないんだね、さすがだなーと思って。
T「酒の強さにさすがもなにもないよ。体質だろ。結局それで体壊すような事になったら目も当てられないよ」
-- 確かに(笑)。
M「楽しい夜だったねえ。ナベさんもさぁ、最後まで泣かなかったし、格好良かったなあ」
-- スピーチでしょう? ちょっと惚れちゃうレベルで格好良い人ですよね。this is 男気。
T「男気という意味ではあいつは本当熱いモノもってるよね。普段『僕』とか言ってるくせにね。だから俺はどっちかって言うと今、マーが心配だよ」
-- マーさんがですか。それは渡米後の仕事についてとか。
T「いや、そうじゃなくて。知ってると思うからあえて言ってないけど、ナベはどちらかと言えば日本にいた方が仕事には困らないからね」
-- 彼の仕事の性質上という意味ですか?
T「そう。面倒だしひとくくりで『音響』って言ってるけど、マーとナベでは仕事の分野が違うんだよね。ナベはPAエンジニアがメインだし、俺達の担当を外れちゃうと現場が日本中に散らばってしんどいだろうけど、需要はあると思うんだ。あいつくらい仕事出来てキャリアがあるとね。もちろん俺達の仕事もこれまで通り相談はするし、でかい場所でやる時は普通に呼ぶけど、こっちだと織江のコネとかクロウバー時代のつながりもあるから今まで以上に手広くやれる思う。でもマーはどちらかと言えばミキシングとかレコーディングとか、サウンドエンジニアの方がメインなんだよ」
-- 一般的には分かりづらいかもしれませんが、結構違いますよね。
T「うん。音作りと環境作りって言うと分かりやすいかな。それぞれがお互いを手伝ったりアドバイスし合ったりって具合に、コンビで頭使って体動かしてやってきたけど、今度から一人でやんなきゃいけないからね。もちろん俺も手伝うしテツもいるけどさ、そういう体力的な部分意外でどうしてもさ。ナベとマーもずっと2人で生きて来た所あるからね。ちょっと心配ではあるかな」
M「あの2人も長いですもんね。学生時代からだし、クロウバーも一緒にやって、マーさんが足を悪くされてからも2人で支え合って、頑張ってこられたんですよね」
T「うん。本当はマーもこっち残してやりたいけど、それはやっぱり俺達も困るし、何よりナベがそういうの嫌うからね。そうなった時のマーの心境はきっと、辛いよなあと思う」
-- バンドも人も環境も、色々変わって行きますね。
M「トッキーだけじゃなくてさ、私達も気を引き締めて、前を向いて頑張んなきゃいけないね」
-- 無理はしないでね。
M「無理は、する!」
-- 言うと思ったよ。
M「どんどん血反吐吐いて頑張るよ!」
-- 怖いよ!
-- 『still singing this!』のPVを先行公開されるという話を聞きました。
T「もうちょっと先だけどね、多分2月頭とか。アルバムの宣伝用に何パターンか広告映像作るらしいんだけど、その一つにマユーズが入るのかな、確か」
-- TVCMとは違うんですか?
T「違う違う、ビクターとうちのサイトで見れる宣伝用の動画。いついつ発売!みたいな」
-- なるほど。繭子どっきどきだね。
M「まあ誰に何言われても返事はもう決めてあるしね」
-- 分かった。『遊びだし』でしょ。
M「イエス、マム」
-- 私は実は、ちょっとだけ嫌なんだ。
T「おいおい」
M「嫌って言った(笑)」
-- うん。…やっぱりなんだろうな、大切すぎる気持ちとか思い出って誰にも汚されたくないじゃないですか。もちろんこの場合は私の思い出って意味じゃないですよ。皆さんの作品においては色んな人の目に触れる事は本当は願ってもない事だし、汚されるなんて事はあるわけないんですけど。皆さんと繭子の関係だとか、他人には決して見えない、理解されない記憶や温もりや愛情の塊であるあの曲を、私自身がとても大切に思ってるんですよね。勝手にですけど。なんなら、おまけでアルバムにつけるのもやめたらいいのにって。
M「わーお、凄い事言った今」
T「まあまあまあ、言うのはね、タダだから」
-- あははは。すみません、これ暴言ですよね。
M「でも分かるよ、凄い分かる。凄い分かるし、嬉しい。ありがとうトッキー。本当に」
-- ううん、感謝されても、申し訳ないしか言えないけど。
M「でもね。本当は違うんだよ」
-- 何が違うの?
M「あの歌はね、そういう歌じゃないんだよ」
-- え、え、何を言い出すの。怖い怖い。
M「あはは。んー、今ならやっと言えるかなっていう気もするから言っちゃおうかな。大成さんもいるし、言っちゃおうかな」
T「なに、怖い話すんの? お前怖い話駄目じゃん」
M「怖い話なんかしませんよ(笑)」
-- ドキドキしてきた。どうしよう。
M「やめる?」
-- やめないよ。
M「顔が怖いよ。あのさ、クリスマスに全員で合唱したでしょ、『スティル』」
-- うん。
M「いつもの楽器セットの所にさ、あるだけの数マイクスタント置いてたの気が付いた? あれあらかじめ私がセッティングしといたの。どこかのタイミングで皆で歌えればいいと思って」
-- そうなんだ。わざわざ?
M「うん」
-- マイクを増やしたのはなんで? 常に3本は立ってるし、コーラスなら3人で1本とかでも足りたんじゃない?
M「そうだね。コーラス部分を交代で歌いましょう、なら全然足りるけど、私は皆で歌いたかったんだよ」
-- コーラスじゃなくて、歌って欲しかったんだ。最初、繭子が歌い始めてすぐに竜二さんの腕掴んだでしょ。その時一瞬竜二さん嫌がったらさ、んんー!って繭子も怒った振りして見せたじゃない。あれってそういうやり取りだったんだね。
M「そう。竜二さん的にはね、自分はボーカルだし、人の歌を取りたくないっていう気持ちがあったみたい。私が大切に思ってる歌だっていうのは皆が知ってる事だし、酔って大威張りで歌って良いとは思えないって」
-- うん、うん。
M「それは私もわかるしね、翔太郎さんの腕を取った時も、優しいから振りほどきはしないけど、見えない程度には抵抗されたしね」
T「あははは、そらそうだわ」
M「大成さんもですよー(笑)。名前呼んでもなかなか前出てこないし」
T「俺が歌うってなんだよって思うよ、皆思うよそりゃ」
-- どうして繭子は皆で歌おうって思ったの? クリスマスだから、皆で大合唱しよう!みたいな事なのかな。
M「私にとってあの歌は、いわゆる『みんなのうた』なの」
-- …NHK的な?
M「分かりやすく言うとね、そう」
-- へー、なんだろう。どういう意味なんだろうか。いつからそうんな風に考えるようになったの?
M「最初から」
-- …えっと?
T「最初っていうと。…翔太郎がお前に歌詞書けって言った時から?」
M「はい」
-- え。…え、おかしくない?
M「あははは」
-- いや、笑ってるけどさ。だってあの歌は繭子のものでしょ。子供の頃繭子に『アギオン』というお守りソングがあったように、死ぬほど頑張った昔の自分や、支えてくれたメンバーへの感謝を忘れずに、ずっとこの歌を歌っていこう、そうやって私はずっと生きてるよっていう応援歌なんだよね。
M「うん」
-- それがなんで『みんなのうた』なの?
M「今すっごい嬉しい。ちゃんと伝わってるって物凄く嬉しいんだね。今トッキーが自分で言ったよ。そういう事なんだよ。私に『アギオン』があったように、皆にそういう歌があればいい、この歌が力になればいいなと思って書いた歌詞なんだよ」
-- えーっと、やばいぞ(笑)。鼻の奥がツーンとするな。
M「(笑)、だってもともとお遊びでしょ。練習でこう、ぐわ!っと同じ筋肉を酷使した後にストレッチ感覚で、別の筋肉使ってほぐそうぜっていうノリで始まったシャッフルだし。私がボーカルだからって私のバンドだなんて毛程も思った事ないからね。ニューアルバムの話になって、向こう(アメリカ)で織江さんとおまけの話した時に、すっごい面白そうだなって思ったのと同時にさ、これひょっとしてこういう機会は最初で最後かもしれないなって、ふっと思ったんだよね」
-- なんで?
M「んー、直感。思いっきり皆で笑って遊べる最後のチャンスかもしれないから、絶対元気に歌える歌が良いなって。翔太郎さんにまずその事だけは伝えて」
-- うん。
M「なんで泣くんだよ(笑)」
-- 分かんないけど。なんだろうな、…あなたって人はもう。
M「皆さ、これまで大切な人を失ってきたんだよ。大成さんだって、竜二さんだって、織江さんだって、翔太郎さんだって、誠さんだって、もちろん私も。皆いっぱい辛い思いしてきたじゃんか。それなのにさ、私が私だけに頑張れっていう歌なんか歌えるわけないでしょ? 皆で一緒に歌ってさ、変な言い方だけど、亡くなられた人達を側に感じながら、それでもまだ生きてるよな、それでもまだこの歌を歌い続けようよ、って。そういう事がしたかったの。だってどう考えてもさ、アキラさんもノイさんもカオリさんもさ、生きてるじゃんか、皆の中で。まだ生きてるんだよ皆。人間いつかは絶対死ぬんだけどさ、それまでの間はずーっと、『まだ生きてるよ、歌ってるよ』って皆に歌い続けて欲しいと思って、そうやって書いた歌だから」
-- すごいなあ。…すごい。うん、すごい。
M「あはは」
-- すごいすごいすごいすごいすごい! 繭子みたいな人には出会った事がないよ。
M「壊れたかと思った(笑)。今まで言わなかったのはね。私がどう考えてるかとか、何を思って書いたんだとか、制作中はもうどうでも良くなるぐらい皆の気持ちが嬉しかったからなんだ。もしかしたら地味に聞こえるかもしれない翔太郎さんのドラムだって、物凄い高度な技術だって私には分かるし、めちゃくちゃ練習してたの見てるし。それこそ翔太郎さんが弾くレベルのギターリフを何度も指攣りながら練習してくれた大成さんの真剣な顔や、こめかみの血管ブチ切れるくらい本域の絶叫でコーラス入れてくれた竜二さんの泣き笑いを見たらさ、今はもうひたすら喜んでいようって。ね。うん。だから本当の本当は皆が歌って欲しいんだよ。…大成さん私これ、怒られるような話じゃないですよね?」
T「ああ、怒らないよ。お前らしいなーって思う」
М「(照れたように笑う)」
-- 私今日絶対泣くもんかって思って来たのに。ああ、これだよ。
M「あはは、今日誕生日だもんね。おめでとう!30歳だね!」
-- ああああ、とんだプレゼント貰った気分だよ。
M「もひとつ言うとさー、私実はノイさんに会った事ないの。知ってた?」
-- …私? うん、知ってた。取材内容整理してて気が付いたけどね、敢えて聞いたりするのも性格悪いかなと思って、言わなかったけど。
M「そっかそっか。…うん、アキラさんはもちろんだし、カオリさんにも会った事あるけどね、ノイさんだけないの。私が皆と出会ったのは高校生の時で、会いに来るのが間に合わなかったんだよね。そこからほぼ毎日、一緒に時間を過ごしてきて思うのは、本当にこの人達は愛情を忘れないんだよね。愛情を無くさない、見失わない。私なんて一度もお会いした事ないのに、もうなんだか10年来の付き合いがあるような錯覚に陥るからね。もちろん写真では顔を見てるしさ、古い映像を何度も見せてもらったり。なんか変な気分なんだよね」
-- うん。そうだね。私もそういう瞬間あるよ。
M「だよね。それに、年齢的に言ったら最後に死ぬのは私でしょ、分かんないけど。でも年功序列で言うとさ、皆の死に際に私立ち会うでしょう。そんな時にさ、一人一人の側に立って『私はずっとここにいましたよ』って言えたらすっごい幸せな人生だなあって。そういう事も考えた。前に翔太郎さんが言ってくれた事があるってトッキーに話したよね。俺達はどこへも行かないよって、言ってくれたんだって。私もそうですよって、その時は言えなかったからさ」
-- うん。いいね。すっごい、いいね。
随分間の抜けた返事だと自分でも分かっている。
しかし言葉で何かを返す事の意味のなさにも、私は気が付いていた。
具体的な感想を100個並べて隙間を埋める事より、大切なものがあるからだ。
芥川繭子の言葉と笑顔だけが必要な真実だ。それ意外は、今は何もいらない。
T「織江に聞いたんだけどさ。URGAさんもあの歌聞くと泣けて仕方ないんだって」
M「ああ、それめっちゃ嬉しいですね」
-- 名曲だと仰ってました、確かに。
M「そうかー。嬉しいなあ。沁みる」
-- 嬉しいね。
M「嬉しいよー」
-- 次は大成さんに曲書いてもらうとも仰ってましたよ。
T「俺? ああ、書いてみたいね」
-- 妄想が膨らみます。
M「聞いて、私さ、誠さんにURGAさんの存在を教えてもらってから、よく2人でコンサート見に行ってたの」
-- へえ、そうなんだ。
M「うん。東京だけじゃなくて地方にも追いかけてって、並んでサインしてもらったり、握手してもらったり」
-- そうなの? 知らなかった。URGAさん2人の事は覚えてたの?
M「覚えてないよそんなの(笑)。何人ファンがいると思ってんの」
-- いやいや、そうだけどさ。絶対そのファンの中でも美人のツートップでしょうよ。
T「あはは」
M「失礼な事言うな(笑)。もっともっと綺麗なファンの人だっているでしょうよ」
-- セキマコより綺麗な素人なんていてたまるか!
M「おいおいおい、怖い事言うよ(笑)」
T「素人だけとは限らないだろ。でも誠と言えばさ、昔髪の毛長かったのを今みたいに短くしたタイミングもURGAさんの影響だしな。あっちは一回セミロングにしてまたすぐ今の長さに戻したけど、誠は翔太郎がショートヘア褒めたからそのまま。でも切る切っ掛けはURGAさんなんだよね」
-- へえ。意外な切っ掛けですね。
M「ニューアルバムのジャケット見て『うわー、これいいなー』って叫んでその日のうちに切りに行きましたよね。だけど髪切ってすぐモデルの仕事増えたって喜んでたの今でも覚えてる(笑)。私あの頃のURGAさん好きでさー。全然見せないけど、あの人も相当も辛い経験されてるもんなあ」
T「そりゃあ刺さるよな、お前の歌詞は。『END』だって良く歌ってくれたよな」
-- 確かにそうですね。あの歌こそ人によっては凶器並の破壊力を持ってますものね。お相手が竜二さんだからこそ、可能だった組み合わせに感じます。
M「いくら翔太郎さんの頼みとは言えね、伴奏ならまだしも一緒に歌うのは相当覚悟いるよね。URGAさんにしてみれば実績やキャリアとは関係のない歌入れになるわけだし。竜二さんっていう人を知っていないと、出来ない事だよね」
-- 本当にそうだよね。いっつもふわふわで、温かくてニコニコで、天真爛漫な天使のような人だけど、そういう外見や表面的なものの奥にある人間URGAの底力って、とてつもないんだなって心から思う。
T「いいね、ライターっぽい」
-- 10年選手です(笑)。そう、こないだのコンサートだって凄かったですよね!
M「クリスマスコンサート? もう、天使というか神だよね、あの人」
-- 確かに、人が神がかる瞬間を見たよね。あの集中力とか、胆力とか、実力もそうだし、愛嬌、立ち居振る舞い、話し方、声、全てが完璧だった。私が褒めた所で何程のものでもないけどさ、やっぱり分かってるようで全然分かってなかったなって改めて感動した。
M「分かる。色々思い出しながらさ、凄い楽しみでドキドキしながら開演待ってたけどさ、いざ始まってみたらもっともっと凄い事に気付くんだよね。あんな人いないよね(笑)」
-- 楽屋で泣いてたね。
M「え?」
-- 皆さんで楽屋にご挨拶された時。
M「私? 見られてた(笑)。一瞬だけどね、色々思い出しちゃってさ。多分、公演終わりで本気オーラが抜けてないURGAさんを見ちゃったから余計になんだけど、顔見た瞬間ギュー!ってして欲しくなった」
-- 思い出したのは、自分の昔の事を?
M「それもあるけど、URGAさんの事かな、あの時は」
-- ああ…。
M「私今でも一番CD聞いたり、ツアーDVD見たりするのが『WHOSE NOTE』の赤なんだよね(REDとBLACKの2枚同時発売のアルバム)。『WOLVES & FILMS』とか。あの頃のURGAさんて今よりもずっと少女性があってさ、幸せに満ち溢れた笑顔なの。声のトーンとか、話す内容とか、幸せ一杯なの。見てて辛くなる瞬間もあるんだけど、でも幸せな笑顔のURGAさんが可愛くて大好きだし、当時一番コンサート見に行ってた時でもあるから思い出もたくさんあって。大切な人を失ってからこの2年の間、今がダメとか嫌だなんて全く思ってないし、そういう話じゃないのは分かってもらえると思うけど。当時の私のコンディションとか、誠さんとの楽しい思い出ともリンクしてるし、私にとってはあの頃のURGAさんは切り取って額に入れて飾っておきたいぐらい特別な存在としてあるんだよね。…だけどこないださ、そのコンサート見てて、あれ、なんか今日凄い良いな、綺麗だな、可愛いなって思って。いや、いつもだけどさ(笑)。クリスマスだからかなーなんて思ってたけど、楽屋入った時の満ち足りたURGAさんの笑顔見たら、何でか急にダー!って涙出たんだ」
-- 幸せなんだね、きっと。
M「うん、きっとそうだよね。…良かったぁって思って。そう思いたいしね」
-- マニアックな話するけどさ、私URGAさんのコンサートで好きな瞬間があって。
M「うんうん」
-- 終盤も終盤でさ、『今日は本当に、ありがとうございましたー!』って手を振りながら笑顔で言うじゃない。
M「うん」
-- あの声って、凄くない?
M「マニアックすぎるよ!(笑)」
-- 歌ってる時の声とは違うけど普段話す時には出さない声量じゃない。高くて明るくて清らかで、のびやかで爽やかな声なの。
M「あー、分かるなーそれ」
T「地声がめちゃくちゃでかいから出せるんだよ」
-- そういう事なんですか!
T「うん。実は歌ってる時ほど出てはいないんだけどね、ちょっと意識して声を張るっていう程度であそこまで出せるんだよ、あの人。気持ちいいよね、あの声。俺も好きだな」
-- 良いですよねえ。あの声だけは、コンサートに行かないと聞けないんですよ。
M「ああ、そうかもー。ホールで、そこそこのキャパのあるとこでね」
T「前に隣(練習スタジオ)で歌ってくれた時に言ってた『メルシーボークー!』っていう声がそれだろ?」
M「あ、ほんとだ!そうだ!」
-- 私それ生で見てないですからね、残念(笑)。箱の大小に拘らず色んなステージで歌われる方ですけど、クリスマスコンサートは私毎年通ってます。年一のご褒美です。
T「そうなんだ」
M「知らなかったー、誕生日プレゼントみたいなもんだね」
-- そう。今年がいっちばん幸せでした。席はバラバラでしたけど、皆さんと同じ時間に同じものを見て幸せな思いに浸れました。ありがとうございました。
M「私達は何もしてないけどね(笑)」
T「俺らはあえてバラバラに見る方が好きなんだよな。周りに知った顔が見えると気が散るから」
M「皆さんそうですよね。私今回トッキーと織江さんと並んで見てましたけど、楽しかったですよ」
-- 前見ても横見ても夢見心地でした。だから実を言うと、ここへ来て割と早い段階で繭子の口からURGAさんの名前聞いた時、びっくりしたんですよ。仕事中だし、繭子の前で『私大ファンなんです!』なんて言えないからすっとぼけてるんだけどさ。今だから言えますけど、めっちゃラッキーでした。
M「あははは!言えば良かったのに」
T「時枝さんのそのデリカシーをさあ、竜二に別けてやってよ」
-- 竜二さんはああいう感じで大正義なんです、きっと。
T「おおおおお。絶対そんなわけねえし」
(繭子、時枝、爆笑)
--『BORN TO ROLL』拝見しましたよ。
T「ありがとう。変じゃなかった?」
-- 変になりようがないですよ。
今月発売されたバイク雑誌『BORN TO ROLL』2017年1月号に、
神波大成単独インタビューとグラビアが掲載されている。
T「俺見てないんだよ」
-- 何故ですか、現場でチェックされてますよね?
T「してない。誠がついて来てくれたから、代わりに見てっつって」
-- そうなんですか!
T「織江が忙しくてね、わざわざ俺だけのために手間取らすの嫌だったんだけど、その日空いてるんで行けますよってあいつから連絡くれて。勝手が分からない現場だし助かったよ」
-- へえー!
M「トッキー顔に書いてるよ」
-- 何?
M「ワタシモイキタカッタナ!」
-- え、行きたくならない? そんなのさあ、当たり前だよ。ハーレーと神波大成と関誠とグラビアだよ? 涎出ちゃった。
T「フフ」
M「誠さんのインスタにオフショット出てたよ」
-- あ、更新されてるんですね。チェック忘れてるや、しまったな。
M「大成さんベースの事は全然喋らないのにバイクの事めっちゃ喋るんだって」
-- あははは。
T「今更なあ、ベースの事ってもバイク雑誌で言える事なんてそんなないしね。最近乗ってはないけど、いじるのは昔から俺も好きだからな。アキラとかマーとも一緒に何台か作ったし」
-- そうなんですね! …はあ、ここへ来て私知らない事だらけだなあ。
M「はは、そらそうだって」
T「あ、こないだも途中で話終わってるけどさ、多分竜二と翔太郎がクロウバー名乗ってパンクごっこやってた時期に、俺とマーはバイク弄ってたんだよ。近所のバイク屋に入り浸って、クズみたいなパーツ磨いて組み立てて、アキラに試乗させてスッ転んで、ゲラゲラ笑って。何にも考えずに笑えた瞬間があったのはバイクのおかげだと思うし、マーのおかげかもしれないね」
-- 素敵なお話ですね。
T「『BORN』は昔から読んでるから取材受けたけど普段ならきっとグラビアは断ってると思う。けどオファーがあった時に、マーも織江もいいじゃんって目をキラキラさせるからさ。そういうもんかなーと思って」
-- でもチェックはしない、と。
T「しない。自分の写真とか興味ないよ、見ても分からないし」
-- ドハマりでしたよ。私も胸が熱くなる思いでした。あのごっついハーレーって版元のアイテムですか?
T「なんでだよ。俺のだよ(FLS、ソフテイルのオールブラック)」
-- うわ、そうなんですか。めっちゃ格好いいですね。
T「バイク好きなの?」
-- 私も免許取ろうかと思って。いつかアメリカ遊びに行って皆さんと一緒に乗ろうと思ってるんです、ハーレー。
T「へえ、いいね。知り合いに教習所の教師やってる奴いるから紹介するよ」
-- ありがとうございます!
M「トッキーも大概だね。忙しいの好きでしょ」
-- うん、ずっと動いてたい。もしくは文章書いていたい。
M「あはは、病気」
-- 誉め言葉だね。
M「いいねえ(笑)」
-- あ、大成さん、目、平気ですか。かなり赤いで…。
すよ、と私が言い終わらないうちに、繭子は椅子から立ち上がって神波に歩み寄る。
持ってます?と彼女は顔を覗き込みながら声を掛け、忘れたと神波が答える。
おそらく目薬の事だろう。
私が教えてもらった話では、もともと神波は黒目の色素が人より薄く、光に弱い。加えて幼少期に負った怪我が原因で右目の視力が悪く、光に過敏に反応し痛みを伴う事もあるそうだ。充血も酷く、よく目薬を差している場面を見かける。彼のトレードマークである度入りのサングラスも、もとは彼の目が悪いせいで掛け始めたのが切っ掛けである。
M「私取ってきます。楽屋ですか?」
T「ごめんなー」
繭子は会議室を出ようとしたが、ピンと背中を伸ばして立ち止まる。
M「違う違う、私持ってるんだった」
そう言って彼女はライダースの右ポケットから目薬を取り出して神波のもとへ戻る。
M「織江さんから預かったんでした。ごめんなさい」
T「なんで謝るの、助かった」
M「注しますね」
座ったままの神波が顔を上に向けると、繭子は覆い被さるようにして右手で持った目薬を彼の上に持っていく。
T「近い近い、近い繭子近い」
どうやら繭子の体が神波に当たっているようだ。
M「動かないでください(笑)。…はい」
繭子は神波から離れると、キャップと閉めて机の上に目薬を置いた。
右目から涙を流しながら前を向く神波。
サングラスをしていない彼を見るのは久しぶりで得した気分でいたのだが、やはり掛けた方が良さそうだ。繭子は元いた自分の椅子に戻り、何事もなかったような顔で座りなおした。
-- 不思議なものを見た気がします。だけどそれが何なのか分かりません。
M「何の話?」
T「あああー、滲みる。ごめんね、中断したな。なんだっけ」
-- いえ、大丈夫です。
神波は机に転がしていたサングラスを掛けると、微笑んでカメラに手を上げて見せた。
-- 以前もお伺いしましたが、やはり今後もインスタやツイッターなどのSNSを利用されたりはしないんですか? その時は確か、考えてはいるけどなかなか難しいと思う、といったご返事でしたが…。
T「それは、誰が?」
-- 織江さんです。
T「ああ、うん。そうだね」
-- やはり。ドーンハンマーのオフィシャルサイトはありますが、特にメンバー個人のツイッターやブログとリンクしているわけでもないので、情報発信のツールとしては正直少し弱いですよね。
M「あった方が良いのはなんとなく思ってるんだけどね。分からないけど、メンバーって個人的にもやってないんじゃないかな。やってます?」
T「やってない。リリースの情報はビクターが出してくれてるのがあるし」
-- でも逆に言えば「そこしかない」ですからね。今後海外に拠点を移すわけですから、ファンは生の最新情報を知り得る手段を欲しがると思います。私も欲しいです(笑)。
T「いやー、うん、でも厳しいよな。結局うちがそれらをオフィシャルで使うっていう事は、織江の仕事が増えるっていう事だからね」
M「そうですよね」
-- 繭子がやればいいじゃない(笑)。
M「無理無理、何すりゃいいのよ」
-- ライブ告知とか、アルバム制作状況とか、練習風景の写真アップしたりとか。
M「面倒臭いが勝っちゃう(笑)」
-- はっきり言うなあ。いいんですか、大成さん。
T「はは、どうだろうね、人の事言えないしな。他に上手く扱える人がいればメリットもあるんだろうけどね、男所帯みたいなもんだし俺らは無理だよ。繭子も含めてね。織江は確かに人任せにするのを嫌うから、自分達の情報は自分達で出して行きたいっていうのは前から言ってるけど、今は織江の仕事増やすのはデメリットでしかないな」
M「そうですね。私がやれたらいいんでしょうけど、続ける自信ないなあ」
-- 誠さんは、どうなんですかね。今でもご自分のインスタ継続されてるのを考えると、やはり流行には敏感な方だと思いますし。大成さんが仰ったように、やはり情報発信としてはメリットはありますよ。
M「仕事柄頑張ってた、みたいな所あるみたいだよ。事務所やめるって決めた時にさ、一度全部アカウント消そうとしてたし」
-- そうなんだ。意外だね。更新頻度は分からないけど、アップされてる写真の枚数は結構多いように感じたけどな。
M「人気商売みたいな面もあるからね。同じ事務所のモデルさん参考にしながら頑張ってるって言ってたもん。割と気づかれないみたいだけど、仕事場とか仕事内容の事しかアップしてないんだって、インスタもツイッターも」
-- そうなんだ。
M「うん、完璧にそこは分けてたって。だから今回大成さんとのオフショットも何かの仕事だと思われたって(笑)」
-- へえ。そっかー、あまりプライベートでSNSを利用する人ではないんだね。
M「それがさ、面白い話があってね。誠さん、織江さんと大成さんに相談したんだって。アカウント全部消そうと思うんですよねって。そしたら大成さん真顔で『お前外に顔出して金稼いでてた自覚ないんか』って言ったんだって。ね、大成さん、ね。でね、『いきなり黙って消すとストーカーになったりする奴出てくるから自然消滅するまで適当にやってろ』だって」
-- もう、繭子。地味だけどそれは一番世間に出しちゃマズい話(笑)。
T「あはは!こいつ怖いよなー」
M「え、駄目でした? 私めっちゃ笑ったんですけど」
T「面白けりゃ話して良いと思ってんのかお前は」
-- あー、面白い。リアルな意見ですよねえ。でも、そういう時翔太郎さんだったらなんて仰るんですかね。そもそも自分の恋人がインスタとかツイッターに写真上げてて、それをよく分からない人がいいねしたりコメント寄こしたりする事自体、嫌じゃないのかな。
M「それもさあ」
T「お前本当懲りないな(笑)」
M「マズイですかね。あ、じゃあ、分かった。あのね、誠さんもちろん翔太郎さんにも相談してるわけ。そん時の返事がね」
繭子は両手で口元を覆い隠し、音声さえ消せば何を言っているか分からないよう工夫する。
M「『誰がどんな誉め言葉であいつに声掛けようが誠自信関係ないと思うんだろうし、仕事辞めてメリット感じないなら意味ないんじゃないの。でもそうやって上から目線でいられる間は単純に俺が気持ちいいから、続ければ』だって。誠さん照れて超喜んでるし。でもそれ聞いた織江さん何て叫んだと思う?『このクソドエスが!』って」
神波と時枝、手を叩いて大笑い。
地団太を踏んで仰け反って笑う。
伊澄の声と伊藤の言葉が脳内で完璧に再生されて、ツボに突き刺さった。
-- もちろん入ってはないですけど、昨日楽屋前の廊下までは行ったんです、私。
T「誠起こしに行った時か?」
-- そうです。
クリスマスパーティー2日目の26日。伊澄の楽屋で仮眠していた関誠を、頼まれて起こしに行った時の事だ。
-- こちらからお声かけする前に自分で出てこられたので入ってませんけど、なんで楽屋ってあの並びなんですか?
T「部屋の並び?」
-- ここ(会議室)の隣から階段上がって3階すぐ、手前から翔太郎さん、繭子、竜二さん、織江さん 大成さんの順番なんだとお聞きしました。
M「私が一番奥嫌がったんだよ。角部屋は怖いって言うでしょ」
T「あはは」
-- え、怖い話? オカルト的な事なの? 繭子って本当にそっち系ダメなタイプなんだ。
M「そっち系行けるタイプって逆になによ。普通嫌でしょう?」
-- 大成さんは平気なんですか。
T「真面目にそんな話すんの?」
-- まあまあ、息抜きですよ。雑談も大切な時間です。
M「トッキーは全然大丈夫な方?」
-- そうだね。忘れっぽいのもあるし信じてないのもあるし。そうかあ、でも繭子って全くそういう事には頓着しないイメージだったけど、可愛い一面もあるね。角部屋も嫌だし、きっと一番手前も嫌だって我儘言ったんだろうね。
M「言った(笑)。一番手前はね、階段上がってすぐの近い部屋がいいって翔太郎さんが自分で言ったから、どうぞどうぞと。竜二さんが隣は嫌だって言うから間に私が入って、あとは角部屋をどっちが取るっていう話で、大成さん優しいから」
-- ちゃんと理由があるんだね、ホントに面白い人達。なんかそういう理由で角部屋避けてるとさ、もともと何とも思ってなくたって、嫌な気分になりませんでした?
T「いや別に。遠いなあ、ぐらい。そもそも俺と織江はあまり寝泊りする方ではないし、そんなに使ってもないからね。今日みたいな日とか、動けないくらい(練習)やった日とか」
-- なるほど。
T「でも繭子さ、仮に幽霊みたいなのがいるとしたらだよ」
M「ええっ、はい」
T「そういうものが存在出来る世界があるっていう事だよな。次元というか、なんかそういった空間が」
M「はい」
T「そしたらさ、それはそれで面白い事になるよなって思うんだよ」
-- 面白い?
М「面白くないです」
T「繭子が怖がってるのは、そりゃ単純に幽霊がいたらびっくりするってのもあるけど、脅かされたリ襲われたりするのが嫌なんだろ?」
M「はい」
T「でもさ、もしそういう世界があるんなら、きっとそこにはアキラもカオリもノイもいるはずだろ」
M「え!凄い!なんですかその発想」
-- あはは、豪華な世界だなあ。
T「そういう事にならないかな。もし幽霊がいるんならね。だから、もし何か変な奴が繭子にイタズラしようとやって来たとしても、きっとその後ろから鬼のような形相したアキラ達が殴りかかって来てくれると思うよ」
繭子はぽかーんと口を開いたまま固まっている。
神波の語った優しい空想話は、おそらく本人が想定したであろう子供だまし程度の効果を完全に超えていた。イメージした瞬間うるっと涙腺が緩むくらいに、友情と思いやりに満ちた世界だからだ。確かに彼の言う通りだとすれば、あちらの世界は少しも怖くない。
T「なんならさ、そういう世界があってほしいくらいだよ」
-- 以前大成さんに繭子のお話をお伺いしましたが、繭子の時は恐縮した感じで、少し距離を置いた印象でメンバーを語っているのが記憶に残っています。個人的には、繭子にとって大成さんはどんな人?
T「俺のいない所で話せよ(笑)」
-- あはは!
M「難しい事言うなー」
-- そうかなあ。別に一言で言い表せなくてもいいんだよ。
M「そうは言ってもなあ。私これでも大成さんが独身の頃から知ってるでしょ。すでに織江さんていう美人で何でも出来る女性とお付き合いされてて、プロデビューもしてて、楽器も上手くて、作曲もできて、男前で、全部持ってる人なんだよね」
-- あはは、そう聞くと凄いね。天は一体彼に何物を与えたもうたか。
M「そこなんだよトッキー。まあ男前はさておきさ、一つ一つちゃんと考えてくとさ、大成さんて全部努力で手に入れて来たからさ、だから幸せになって当たり前の人なの」
-- うん、うん。
M「何が難しいってさ。それを言い出すと竜二さんも翔太郎さんもそうだから、私にとって大成さんはどんな人って言われると、『彼らとの違いは何』っていう話になるの」
-- ははあ、そうか、なるほどね。
M「やっぱり、一番大きいのは織江さんの存在だよね。私織江さんの事嫌いな人なんていないと思うんだよ。付き合いの長さによって度合いは違ってくると思うけど、きっと昨日織江さんと出会ったどこかのスタッフさんだって、会ったその日のうちに好きになっちゃうんだよね」
-- うん、分かる。私も大好き。超大好き。超ー大好き!
T「あはは、あー、なるほどね。ありがと」
-- こちらこそ、ありがとうございます。
T「なんだよ(笑)」
M「まっすぐで裏表なく見たままの人。優しくて、思いやりがあって、綺麗で、温かくて、良い匂いのする人。その織江さんがさあ、…こーれ、まーた怒られるかなぁ(笑)。心の底から大成さんを愛してるんだよ。私二人といる時間が一番長いから結構色々知ってるんだ。織江さんてね、今でも大成さんと二人っきりになるとドキドキするんだって」
-- ヒャ!
T「(腕組みしたまま項垂れている)」
M「織江さんて子供の頃に皆と出会ってるからさ、言い方悪いけど選び放題だったわけでしょ。まだサラピンだった皆を知ってるわけだし」
-- おい!(笑)
T「こいつ…駄目だー(笑)!」
M「あはは、でも竜二さんでも翔太郎さんでもアキラさんでもなく、大成さんなの。今でも、全然間違ってなかったって言うの。腹立ったから全部言ってやりましたよ」
カメラに向かってニヤリと笑い、ピースする繭子。
-- 大丈夫なの、本当に怒られるよ?
M「あはは、ウソだよあれは。怒られないよ。こんな事で怒られた事一度もない。織江さんと大成さんはね、…うん、怒らない。うわ、ごめん、急に来た」
繭子は笑いながら指先で涙を救い、立ち上がってティッシュケースを取りに向かう。
いきなりの涙に私は少し動揺したが、神波が苦笑いを浮かべて彼女を見つめている姿を見て落ち着きを取り戻した。
-- 平気?
M「平気平気、ごめんごめん。あー、今久しぶりに思い出した。私さ、高校卒業してすぐ、まだ18歳の時にバンドに入ったんだけど、その時大成さんと織江さんがね、うちの実家に挨拶に来てくれたの」
-- え?
M「なんなら普通は逆だと思うけどね。お世話になる会社に挨拶しに行くなら分からないではないけど、二人の方からうちへ来てくれて。それって、後で聞いたんだけど大成さんが、織江さんにそうした方が良いって言ってくれたって聞いて」
-- そうなんですか?
T「(黙って繭子の方へ顎を向ける)」
M「まだ二人は結婚してないけどね、二人ともスーツ着て、菓子折り持って、育ての親みたいな雰囲気でうちへ来てくれたんだ。私それだけで涙出ちゃって。両親は何がなんだか分かってない様子でオロオロしてた。当時まだ今程ドーンハンマーの知名度がなくて、『名前を名乗っても、社名を言っても何も説得力がないのを承知でお願いします。娘さんを私達に預からせてください。あまり印象の良くない世界である事は否定できませんが、私達が全力で彼女を守ります。彼女の力が必要です。どうか、この通り、よろしくお願いします』。正座して、畳に額をつけて、織江さんはそう言ってくれたんだ。うちの親は馬鹿だから、素直にうんて言えば良いものをなんだかんだ言っちゃって。『まだまだ教育の出来上がっていない小娘ですので、お預けすると言っても迷惑ばかりおかけすることになると思います』とかね。そしたらね、大成さんがすーって顔上げて、にっこり笑ってさ。ウチの親に言うの。『少なくとも私なんかよりは、お嬢さんはご立派です。お嬢さんの直向きに生きる努力が、今の私達に必要な力です』。一発でうちの親落ちたもん。よろしくお願いしますー!って」
-- 凄いねえ。凄い話だなあ。
M「ねえ。凄いんだよこの人は。私いじめられて死にそうになってた18のガキだよ。片やプロデビューまでした凄腕ミュージシャンだよ。ましてや幼馴染を亡くした悲しみが全然癒えてない時だからね。もう、なんか今でも震えてくるよね、そんなのってさ…」
-- (頷く)
「何年か経ってその時の話を織江さんとしたの。そしたらさ、当日、うちの家に到着するまで織江さんはどうやって両親を説得していいか分からなかったって言うの。今だから言えるけど、口の巧さで言えば翔太郎の方が達者だし、一度会ったこともあるから、連れて来るのは大成じゃない方が良かったかもしれないって思ってたんだって。でね、娘さんを下さいじゃないけどさ、とりあえず怪しい者ではございません的な、なんとか信用してもらえないかって方向で話をするんだけど、そこはやっぱりなかなか、うん、難しかったって。そんな時に横で黙って座ってた大成さんの空気が一変したんだって。びっくりして横見たらさ、キラースマイル。ニッコリ笑って言うじゃない。一撃で両親落とした姿を見て、この人で間違いはなかったんだって、自分を恥じたって言ってた」
-- 恥じた?
M「うん。一番信頼を置いてる人に不安を感じた自分の器の小ささを恥じたって」
-- ああ、織江さんらしいな。
M「あはは、うん。その後家に帰ってね、『さっきなんか怒ってなかった?』って聞いたんだって。物凄いオーラを感じたから。そしたら大成さん真顔で首振って、『怒ってないよ。本気でそう思ったから、どうしても伝えておかなきゃなって思っただけだよ』って。その本気がさ、感情が言葉より早く織江さんに伝わったんだよね。私その話聞いて凄いなと思うのがさ、大成さんの人柄はもちろんだけど、もの凄く大成さんを近くに感じてる織江さんの寄り添い方なんだよね」
-- うん、うん。
M「物凄く使い勝手の良い言葉で言うとさ、『雰囲気』だよね。ただそれだけの事なのかもしれないけど、とことん相手を思っていないと、そんな簡単に人の心境が変化する瞬間なんて分からないと思う」
-- うん、そう思う。
M「そういう人だからさ。その場のノリで適当に言ってる上っ面な私の言動なんか全部どーんと受け止めてくれるし、簡単に怒ったりなんてしない。違うと思ったら違うって言ってくれるし、正しいと思う事を教えてくれるけど、そこに怒りなんてない。繭子、それは違うよ。繭子、こうした方がいいよって教え導いてくれる。…そういう素敵な人が心に決めた相手が大成さんだから。私が何かを言うより100倍分かりやすいでしょ」
-- 確かに、これ以上の事はないね。
T「…もう終わった? もうその辺でやめてくれる?」
(一同、笑)
-- 翔太郎さんが仰ってたんですけど、『あの時大成さんをぶん殴っておいて良かった』と。どういう意味なのか教えていただくことは出来ますか? ずっと気になってて。
T「何? 急に物騒な話振ってくるね」
M「喧嘩の話ですかね。 お二人の喧嘩って私ほとんど見た記憶ないですよ。お互い尊敬し合って仕事してる気がします」
T「仲違いしてた時は何度かぶつかった事あるけどね」
-- それって意見の衝突とかではなくて、拳骨ですか?
T「の時もあったよ」
-- でも大成さんは一番翔太郎さんと喧嘩したくないんですもんね。
T「そうだね(笑)、殴り合いは勘弁したいね」
-- あ、思い出しましたけど、翔太郎さんがそれ言った時、織江さんも『そこは感謝してる』って仰ってましたよ。
M「えー、なんで?」
T「…ああ、ああ。うわ、あいつそんな事まで話してるの?」
-- 込み入ったお話なんですか?
T「込み入ったと言うか、恥部だよ恥部。黒歴史って言うの、今」
-- あらら。大成さんにそんな歴史があるんですね。そもそも翔太郎さんて人殴りすぎですよね(笑)。
M「コラ。思ってても言っちゃ駄目」
-- 繭子も怒ってたでしょ。
M「私はいいの(笑)」
-- ずるい!
T「あいつ確かに手出すの早いからね。最近はやっと落ち着いて来たかなって思ってたけど、全然だよね。前にここで竜二ぶん殴った時にやっぱり凄いなって思ったのが、全く衰えてないなっていうのがさ、ちょっとびっくりした」
-- どこに感心してるんですか(笑)。
T「殴る蹴るに関しては今更良いとか悪いとか、そういう感想出て来ないしね。人の事言えないから。それよりテツも言ってたけど、正直俺もテツも純粋な腕力では負けないって思ってる所あったけど、全然止められないことにびっくりした。本気でびっくりした。あ、これやっぱまだ勝てないわって思って。時枝さんやURGAさんは多分喧嘩自体見慣れてないと思うけど、俺はあいつを全然止められないんだって事が衝撃だった」
M「それだけ本気で、思う所があったんでしょうね」
T「うん。まあね」
M「翔太郎さんはどんな流れでそんな事言ったの?大成さんを殴ったのなんて、私の知る限り随分前の話じゃない?」
-- それが分からなくてさ。話としては、大成さんと織江さんが入籍した話の流れで。翔太郎さんも竜二さんもお二人の結婚を泣いて祝福してくれたのがとても幸せだったという織江さんのお話を受けて、ぽつりと翔太郎さんが仰ったんですよ。
M「んー」
T「それはだから、うん、アキラが死んだ時の事だね」
-- ああ、そうだったんですか。
T「うん」
-- そうなって来ると、おいそれとお伺いできる話ではありませんね。
T「別に構わないよ。翔太郎がもう先に言っちゃってるようなもんだからね」
-- そうなんでしょうか(笑)。
T「人がね」
-- はい。人が。
T「…死に過ぎたんだよな。俺達の周り、ずっとそうだったから」
-- …はい。
T「うん。あえて悲劇的な話をしたいわけじゃなくてね。でも普通死んでるよなっていう俺達みたいなのが生き残ってるのに、うちの父ちゃんが拍子抜けするほどあっさり死んじまったり、ノイが若くして死んだり、カオリも、アキラもさ。…誠の御両親なんて俺達があいつに出会う直前に二人同時に亡くなったわけで…。その事に関しては翔太郎も言ってたのがね、誠の両親の墓参りに行く度に、言いようのない心細さに襲われるって、…うん。飄々としてるように見えるあいつですらそんな風に感じてるんだよね」
-- 心細さ。
T「誠はどんどん大人になっていくし、年をとっていく。だけど、誰が見たって素敵な子だなって思えるあいつをさ、生み育てた両親には一度も顔を会わせる事もなく、それが永遠に叶わないなんて寂しすぎるって。永遠に許しを得られないまま誠の隣にいる自分が卑怯者のようにすら感じるんだって、翔太郎はそこまで言ってたよ。だけど、なんか、そういう死んだ人間に対する後ろめたさみたいなものは、俺にも分かるんだよ。分かるけど、これは一体なんだろうなーってずっと思ってて。タチの悪いバツゲームなのかな、残された俺達は何を思えばいいんだよって。ぐるぐると同じ事考え続ける時間もあったよ。本当はさ、たった一人だって、誰かを失う事は自分の身を切られるより辛いからね。絶対に慣れる事はないもんな。時枝さんは、身近な誰かを亡くした経験はあるかい?」
-- …すみません、まだありません。
T「なんで謝るんだよ。それがいいよ、良い事だよ」
-- 私では、皆さんのお話を噛締める事も出来ませんね。
T「そんなのはさ、いずれ絶対やって来る悲しみの予行演習程度に思ってりゃいいよ」
-- んー、あはは。…ただですね。私が皆さんの口から誰かの死を、お聞きする時に考えているのは、大事な人を失った悲しみは想像もつきませんが、私が大切だと思っているあなた方が、なぜこんなにも、悲しくて辛い思いばかりしなければいけないんだろうかと、そんな事を思ってしまいます。
T「あはは、優しいねえ」
M「ありがとね。大丈夫だから、せっかくの誕生日に泣いちゃ駄目だよ」
T「そうだそうだ、誕生日なんだから」
-- 普段仕事をしていて何気ない瞬間にふとあなた達の事を思い出します。
M「…」
T「うん」
-- 資料をまとめてホチキスでパチンと止めるその瞬間に何の脈絡もなく、絶唱する竜二さんの横顔を思い出して泣いた事もあります。取材先で撮った写真のレイアウトを考えながら気が付くとあなた方の歌を口ずさんでいます。目を見開いて観客を煽りながらギターリフを弾き飛ばす翔太郎さんを思い出して、カップに注いでいたコーヒーが溢れた事もあります。
M「…うん」
-- 一日の終りにお風呂に入り、シャワーを浴びて汗をかく度、必ず一瞬大成さんを思い出すんです。今も、毎日です。
T「あはは」
-- 汗だくになりながら一心不乱にベースを弾いてる大成さんは、全身から火傷するほど熱い蒸気を立ち上らせて、それでもいつだってメンバーを横目にとても優しい笑顔をされています。…大事な全体会議の最中、広げたノートの隅っこに芥川繭子と何百回も書きました。本当言うと、それら一つ一つに意味なんてないけれど、ここにいる間だけじゃなくて、私の日常の全てにドーンハンマーは紛れ込んでいます。…出会って1年にも満たない私ですらこうなんです。話を聞くたび新たな発見があって、私のこれまでの10年全部を使って、バンドの魅力を世界中に伝えたい衝動に日々突き動かされて生きています。あなた達がこれまで失って来た大切な誰かを考える度に、もし私があなた達を失ったとしたらと、自分に置き換えています。…もう、気が狂いそうになるくらい悲しいです。
M「…うん。もう分かったから。分かってるから」
T「俺もそうだよ、時枝さん」
M「…」
T「…アキラが死んだ時にさ。アキラのいなくなった病室で、俺言っちゃったんだよね。『俺が先に死にたかった。俺が死ねば良かったのに』。織江が泣いて、その瞬間翔太郎にぶっ飛ばされた」
M「…」
T「後にも先にも、あれほどの勢いで一方的に翔太郎に殴られた事はないな。顔面をボカーンと殴られて倒れ込んだ俺に馬乗りになって、何発も何発も。シャレじゃないけどさ、死ぬほど痛かったよ。翔太郎が泣いてるのが見えて、俺も泣けてきた。すぐに竜二が止めに入ってくれたんだけど、あいつ黙ったまま俺に覆い被さって自分が殴られてさ。翔太郎もお構いなしで、竜二ごと殴り続けた。繭子もいたね。誠もいたし…、皆いた。そのうち翔太郎が声を上げて泣き出して、でも殴る手を止められなくて、たまたまやって来た看護師や医者が何人かであいつを止めにかかるんだけど、そんなの全員軽々と振りほどく勢いなんだよ、ああいう時のあいつって激しいから。そしたら織江が泣きながら、『大成、謝って』って言うわけ。殴られてる俺にそれを言うわけ。『早く謝ってよ!』って。ああー、そうかーと思って。小さい声で『ごめん』って言ったら、翔太郎も殴る手を止めた。…後になって思うのがさ、俺達上手くできてるなぁっていうのがさ、うん。…俺もさ、口では格好良い事言いながら絶対死にたいわけないんだよ。でもそのぐらい辛くて。同じ辛さや怒りの矛先を、俺に見い出して殴る翔太郎がいて。耐えかねて俺の代わりに殴られる竜二がいて。そんなの肉体的な痛みなんてきっと何も感じなかったくらい、あいつらだって辛かった。アキラがいなくなった日に俺達はそうやって、3人になっちまった事を身をもって知ったというかね。俺は、なんかそういう風に思ったな」
M「…不器用でしょ?」
T「あはは、違いないね」
-- うん。でも…うん。
M「落ち着いた?もっと楽しい話しようよ、泣いてばっかりだよ今日(笑)」
-- ごめんごめん、楽しい話しようか。んーと、つい先日竜二さんとURGAさんの対談を撮影させてもらいましたけど、昨日かな、竜二さんにちらっと聞いたんです。『FIRST』収録の『レモネードバルカン』という曲についてなんですけど。
T「はは、懐かしいなあ、なんの話?」
-- バンドとしては最初のアルバムですが、そういう意味とはまた違う理由で思い出深いという言い方をされていました。
T「思い出深い…。そうなんだ」
-- そうなんだ? 大成さんとの思い出という風に受け取りましたが、違うんですか?
T「曲書いたのは俺だけど、何かな。聞いた事ある?」
M「大分前なんでうろ覚えですけど、大成さんのお母さんの事じゃなかったでしたっけ?」
T「母ちゃん?」
しばらく思い出すような顔で考え込んでいた神波が、ゆっくりと体を前に倒した。やがて持ち上げた顔には今にも泣き出しそうな程の笑みが浮かんでいた。
T「ああ、…多分何となくだけど分かったよ」
-- 何となくですか。繭子はどこまで知ってるの?
M「いや、どういう曲かっていうのは知らないんだけど、『レモネードバルカン』っていうタイトルの由来は前に聞いたかな。面白い名前でしょ、だって」
-- まあ、言われてみればね。その対談の時にURGAさんが、記憶に残ってる歌詞があるって言ったのが『aeon』と『レモネードバルカン』だったの。
M「へえ!意外」
T「2曲しかないのかよ!」
-- (笑)、その時は歌詞の内容にはほとんど触れられなかったので、気になって後でお伺いしたんです。そしたら竜二さんが、思い出深いのは確かだなって。大成覚えてっかなーって、優しい笑顔されたので、じゃあ直接聞いてみますねっていう、そういう経緯なんですけどね。
T「へえ」
M「へえって(笑)」
T「うちの母ちゃんが関係してるなんて今知ったもん。あいつ何だって?」
M「私が言うんですか? 竜二さん呼んできましょうよ。まだ隣にいますよ、どうせ皆帰れないでしょうし」
T「いいよわざわざ、大した話でもないだろどうせ」
М「ほほう、言いましたね。よーし、絶対泣かしてやる」
T「お前がか。俺をか」
M「ちょっと待っててよトッキー、今から神波クール大成の泣きっ面を撮らせてあげるからねえ」
T「あははは!」
-- 笑われてるじゃん、もう(笑)。繭子もうろ覚えなんでしょ?
M「ん、というかストーリー性のある事は何も知らないよ。昔ね、大成さんのお父さんが亡くなられた時に、お葬式って言ってたかなぁ。その時に大成さんのお母さんが出してくれたレモネードを飲んだのが、人生初だったんだって」
-- うん、それで?
M「…さあ泣け、グッドルッキング大成!」
T「無茶言うなお前!」
-- もうネタに走ってるじゃない(笑)。でも、人生初のレモネードの味が衝撃的だったって話なのかな。バルカンってバルカン砲の事ですよね。
M「あ、携帯に入ってるから久しぶりに聞く? アキラさんのドラムも聞きたいし」
-- ああ、聞きたい。でも歌詞の中にレモネードバルカンっていうフレーズは出てこないですよね。
T「相変わらず詳しいね」
繭子のスマートフォンから、懐かしい音が流れ出す。
DAWN HAMMRER 1st ALBUM 『FIRST』より、M.7 『レモネードバルカン』。
小さな情報端末から流れる疾走感あふれる若々しい音。しかし今もって誰にも真似の出来ない完成された演奏技術とオリジナリティだ。ギター、ベース、ドラム、ボーカル、どれ一つとして色褪せてはいない。まるで昨日作られた新曲のようでさえあるが、違いを上げるとするならやはりドラムの音だろう。善明アキラの持つ天性の軽やかさとグルーヴを鮮烈に感じる事が出来る。繭子の叩くドラムとはやはり明らかに違うのだ。池脇竜二の熱唱が、会議室内の温度を上げていく。
-- はー。やっぱいいなあ、格好いいー。
M「ねえ。このクオリティでアルバム7曲目だもんなあ。大成さん何か思い出しました?」
T「まあ確かに、衝撃的な不味さだったのは認めるよ」
-- 美味しいですよ、私好きですよ、レモネード。
T「そこらへんに売ってるやつじゃないよ、自家製だからね。しかもそんなシャレたもん作った事ないのにだよ。聞きかじった適当なレシピで初めて作ったものをさ、それを薄めずにシロップ状のまま原液で出したもんで、くっそ不味いしありえない程濃いドロッドロなモン飲まされて」
繭子、時枝手を叩いて笑う。顔が真っ赤になるほど、笑う。
T「あはは。まあでも、俺以外全員がそれ飲み干してた。それを、さっき思い出した」
神波のサラリと放ったその言葉に、ポ、と胸の中で火が灯った。何故だろうか、それは急に胸の中がじわりと熱くなる感覚に似ていた。また私の考えすぎる悪い癖が出たのかと繭子を見ると、彼女もまた、苦笑いを浮かべて視線を落としていた。
T「前にチラッと話した思うけど、こっちへ越してきてすぐに仕事中の事故で父ちゃん死んだんだよ」
繭子が右手の中で少し音量を下げた。
T「造船業の下請け会社でさ、他の家の父ちゃん連中なんかも自分で立ち上げた会社に誘って、さあこれからって時にあっさり逝っちまいやがってさ。途方に暮れるというより、呆れたよな。そんな簡単に死んでんじゃねえよって、悲しさよりも怒りとか申し訳なさみたいなのが先に立って、葬式ん時も、俺も母ちゃんも泣けなかったよ。俺はまだ13歳のガキだからさ、なんか適当にそれらしい顔してりゃ良かったけど、母ちゃんにしてみりゃ実際泣いてる場合じゃないって思ったって。申し訳なさすぎてそれ所じゃなかったって。もちろんあいつらの両親は誰一人として父ちゃんを責めたりなんかしなかったよ。逆に俺ら以外皆号泣してたからね。本当にありがたい事だし、胸を張っていい光景なのかもしれないけど、あの時はそんな風に思えなくてさ。そんな空気だったから、まあ、あいつらも、なんからしくないんだよね。冗談の一つも言えないで、大人しく正座したまま動かないし、そもそも一言だって喋らないし。そこへ気を利かせたつもりでうちの母ちゃん、ここぞとばかりにレモネード。…まあ、出したはいいけどこれがこの世の物とは思えない味とトロミでね。…あはは、しんみりすんなよー」
M「…はは。色々想像しちゃいますね」
-- (涙を堪えるのに必死だ)。
T「俺なんか一口含んでゲ!って吐いたもん」
-- ははは。
T「でもなんでかな、あいつら喋んないし、本当なんでか分からないけど、3人とも嫌な顔一つしないで飲んでくれたんだよ。それを見た時にさ、…ああ、本当に父ちゃん死んだんだなって。さっきのアキラの話じゃないけどさ、あいつらを見て初めて、そうなんだなって思った」
繭子の右手の中で、池脇がサビのフレーズを叫んでいる。
私は繭子のスマートフォンを睨みつけるようにして聞きながら、溢れようとする涙を抑え込むのに精一杯だった。
M「これ、…竜二さんなんて叫んでるんでしたっけね。リーブイット…」
繭子は少しだけボリュームを上げて、耳元へ近づける。
私は携帯を取り出して歌詞を検索してみる。
-- ええーと、サビだね。ちょっと待ってよー。『 Leave it to us! 』かな。翻訳かけてみるね。
M「Leave it to us!Leave it to us!Come over me you glory! Leave it to us!yes! go now! やっぱカッコイイなー!」
-- ああ。
M「分かった?」
-- …駄目だー。
M「ん?」
私は震える声でその意味を口にする。
『こいつは俺達にまかせろ!』
「…ああー」
溜息を全て吐き出し、神波は体を前に倒した。
繭子は左手で口を押えながら、右手の中で叫び続ける池脇の絶叫を見つめている。
「くそが」
神波は負けじと顔を上げるのだが、止める手立てのない涙が両頬を濡らしていた。
この歌のタイトルが『レモネードバルカン』である事の意味。
神波の母親が出したレモネードの原液。彼女の喪失感と言葉に出来ない後ろめたさ。
早逝した父親の無念と、友人達の悲痛なる嘆き、嗚咽。
子供たちの無言の励ましと、そして決意の絶叫が時代を超えて今目の前に広がった。
伊澄と善明はただ黙って甘ったるいレモネードを飲み下す。
そして池脇は誓い、歌うのだ。
こいつは俺達に任せろ、と。
泣き声をかき消すように、繭子がボリュームを最大に上げた。
後日この時の話を伊藤織江に聞いてみると、想像だにしていなかった真相を教えてもらう事が出来た。
「逆に今まで知らなかった事が驚きだよね。何回歌って来たんだと。何回コーラス入れて来たんだって話だよね(笑)。竜二の方が衝撃受けちゃうよね。まあ、言わなかった私のせいでもあるのかな、私は当時から知ってたしね」
-- 本当に子どもの頃から、お互いを見守る眼差しや、思いやりや、絆の深さがとてつもない人達ですよね。
「そこは本当にそう思う」
-- アキラさんが亡くられた時の話、お伺いしました。大切な人の死に直面した時、そういう時こそ残された人間の絆の強さでお互いをガッチリとホールドしてるんだなって、涙が込み上げて仕方ありませんでしたよ。
「あはは、上手い事言うねえ。確かにその通りだよね。なかなか、受け入れる事が難しいと思うんだよ、家族だったり、仲間だったり、もう自分の一部だとさえ思っている人間が目の前で消え去るんだもんね。だから、あえて殴ったりとか、黙って見守ったりとか、その方法自体は何だっていいんだけどさ。側にいてお互いをちゃんと支えるっていう姿勢がね。今となっては時枝さんも色々話を聞いちゃったから納得できると思うけど、彼らは昔からあんな風だからね」
-- はい。もう、またダメだ(笑)。でも本当、『レモネードバルカン』素敵ですね。まさしくバルカン砲のごとき強烈な感動がありました。
「ん? 違う違う、違うよ、バルカン砲じゃないよ」
-- え、違うんですか。
「うん。クロウバーをやってた頃を知ってるとあんまり違和感ないかもしれないけどね。ドーンハンマーになってからはあの1曲だけだから、ひょっとしたら時枝さんも変だなって思った事あると思う。なんでカタカナなんだ?って」
-- ああ、はい。思いました。でも、そうですね。クロウバー時代は結構ありましたもんね。
「うん。だけどあれにはちゃんと理由があってね。逆にアルファベットで書いちゃうと、それこそバルカン砲とかバルカン地方みたいに、言葉に意味が生まれちゃうでしょ」
-- はい。
「でも違うんだよ。バルカンっていうのは名前なの。大成のお父さん、春雄っていうの。ハルオ・カンナミ。だからバルカン。レモネードバルカンっていう言葉の間にスペースもピリオドもないでしょ。あれは、大成のお母さんお父さんっていう意味の、そういうタイトルなんだよ」
『こいつは俺達にまかせろ!』
『こいつは俺達にまかせろ!』
『あんたの栄光を俺にくれ!』
『こいつは俺達にまかせろ!』
『こいつは俺達にまかせろ!』
『あんたの栄光を俺にくれ!』
『行こうぜ!今すぐに!』
( DAWN HAMMRER 『レモネードバルカン』より。サビ、一部抜粋 )
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