芥川繭子という理由

新開 水留

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73「エンディング 1」

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2017年、3月。



ぎゅっと目を閉じる。
ゆっくりと、開く。


扉を開けて入ってきたのは伊澄、神波、伊藤、関誠の4人だった。もうとっくに帰ってしまったと思っていた彼らだが、今改めて4人の姿を見た時に、『そうだ、こういう人達だった』とすんなり納得してしまう自分もいた。
反射的に振り返り見た芥川繭子の顔には満面の笑みが浮かんでいる。付き合いの長さから考えればきっと、彼女も心のどこかでこうなる事を予想出来ていたに違ない。同じ会社、同じバンドのメンバー、幼馴染であり腐れ縁。絆の深い彼らはそれでも一人一人が強烈な個性を持ち合わせるが故に、ただ笑ってそこに居並ぶだけでオールスター大集合(あるいはこの世界で言う所のスーパーバンド)のように特別な豪華さを感じさせる。しかしそれでもこの時だけは、私の目は繭子に釘付けだった。そして彼女の横顔に見惚れていた私は池脇の視線に気づいてはっとなる。


そうか、終わったんだ。


一年間続いたドーンハンマーへの密着取材も、今この瞬間を思って終了したのだ。私は立ち上がって黙ったまま頭を下げた。正直に言えば終わってほしくなどなかったが、今は以前と違い私の立っている道には続きがある事を知っている。それでも尚、涙はあとからあとから湧いて出た。私の体のどこにこれ程の水分が備蓄されていたのだろうかと、馬鹿な発想が過る。
下を向いていたから分からない。どういう流れでそうなったのかは分からない。しかし気が付けば私の頭を芥川繭子が抱きしめてくれていた。無様に声だけは上げまいと下唇を噛締め、震える手で涙を押さえた。私のすぐ側まで伊藤織江が歩み寄り、「さて」と言いながら場の意識を自分に集めたのを感じ取った。
「さて…」
もう一度彼女はそう言ったが、その続きは聞こえてこなかった。
伊澄と神波が優しく笑う声が聞こえ、私の頭を抱きしめる繭子がトントンと背中を叩いた。
私はそれを合図だと受け止め頷いて顔を上げると、「最後にご挨拶だけさせてください」と申し出た。
そして応接セットの指定席に腰掛ける皆の顔をゆっくりと見つめた後、私は最後のあいさつに臨んだ。



-- 時間帯の事を言えばもう夜だと言って差し支えありませんから、お疲れの所これ以上引き留める事は出来ません。ちゃんとこうした場で言おうと決めて来た言葉がありますので、手短に済ませます。まずはこの一年、長い期間、多くの時間を割いてくださり、そして最後までお付き合い頂きまして、本当にありがとうございました。仕事というのは建前で、ほとんど趣味道楽に走って楽しんでいただけじゃないかと思われても仕方がないような若輩者でしたが、当初目標にしていた企画内容を遥かに上回る素敵な世界を体験する事が出来たのも、ひとえに、皆さんが私を受け入れて下さったおかげだと思っています。ですが、恥ずかしながら、私が個人的に掲げていた目標を達成できたのか、大満足大成功で幕を閉じる事が出来たのか、そう問われれば時間の足りなさを痛感し、返答に困るのが現状です。だからと言ってしまえば手前勝手な話になりますが、ご存じの通り私は今後も皆さんに付きまといます。目標を成し遂げるまで決してやめません。これからも、どうかよろしくお願いいたします。そして、今日というこの一年の締めくくりに相応しい時間を用意して下さった皆さんの心意気に報いる仕事が出来るよう、邁進いたします。これは最早覚悟というよりも、私の人生を賭けた喜びとも言えます。今はまだほんのスタートラインに立ったばかりの私ですが、どうか、なにとぞ、この通り、よろしくお願いします! 一年間、ああ、言いたくないっ、本当に、ありがとうございましたっ。…ありがとう、ございました。…ありがとうございましたー!!

(拍手)




2017年、3月。
バイラル4スタジオ、応接セットにて。

S「…手短?」
T「っは」
R「(笑顔で伊澄の肩を殴る)」
O「さて、そんな所に一人で突っ立ってないで、さあさ、こちらへ座りなさいな」
-- …はい。
SM「私飲み物取ってくるよ」
M「私も行く」
O「よろしくー」
S「カメラちゃんと回してるか?」
-- え、あ、はい。…はい?
T「この後予定があるなんて事は、ない?」
-- はあ。
T「まあ、だから、打ち上げって事で?」
-- えええ…。
O「そんな下を向かない。それもあるし、壮行会も兼ねてるからさ、気楽にやろうよ。気に病むような事じゃないんだから」
-- はい。
S「(真上へ腕を持ち上げ背中を伸ばしながら)時間がまだ足らないって、何を想定してたんだ?」
-- はい。多分、これが雑誌連載であったり書籍化の原稿だけをゴールに設定していたなら、こういう言い訳をする事はなかったと思います。じゃああと一年あれば足りるのか言われると困るのですが、きっと私は良い本良い文章を書く事を念頭に置いていないので、自分が満足できる所まで到達しない限り、ずーっと時間が足りない、まだ足りないと言い続けると思います。
O「時枝さんが満足できる所ってどこ?」
-- 余すところなく皆さんの魅力を世界中に届けられるまで、です。
(一同、笑)
-- 笑う所ですか?
S「ギャグだな」
T「面白いよ、面白い人だと思う。多分だけど本気で言ってるもんね」
-- 本気ですよ。
O「もちろんその、誰も馬鹿になんてしてないしありがたいとも思うけどね。なんだろうな、きっと言葉選びとかその程度の誤差なんだけど、ちょっとやっぱり面白いなーとは思っちゃうかな」
-- 織江さんまでどうしてですか!? 私本気で言ってますよ? 竜二さん!?
R「うわっと、はは、まー…。まあまあまあ…、なははは!」
-- ええええ!
R「まあよ、こういう言葉をテメエて言うのは死ぬほどダセえと思うから、そういう意味でもこれまで突っ込んでは来なかったのもあるかな、俺の場合は」
S「(頷く)」
R「俺達のその、魅力とやらを世界中に届けるんだってそりゃぁお前、それは俺らがテメエでやんなきゃ何の意味もねえだろ?」
-- …あ。
T「この子は分かってるとは思うけどね。そういう意味で言ってるわけじゃないってのは伝わるけど、ただ織江の言うように、言葉のチョイスがどうにも」
S「ギャグだな」
(一同、笑)
R「だからそういうアンタの気持ちを聞いて、織江からバイラルへ引き抜こうと思うって話になった時に、それしかねえだろうなって」
T「ちゃんと前を向いて言ってる事なんだから、いいかなって。詩音社が嫌だとか庄内が駄目だとか、そういうネガティブな気持ちを一度でも口にしてたら、誘ってなかったと思うよ」
O「脅かすわけじゃないけどね(笑)」
-- いえ、仰ることはごもっともだと思います。ちょっと、言葉を扱う人間として恥ずかしすぎるので上手く頭が回りませんが。
S「(笑)」
-- …庄内の事は、皆さんに対する尊敬とはまた違った意味で、感謝の気持ちが大きいですね。詩音社という会社組織とも、職場という居場所とも違った、うーん、なんと申し上げて良いか難しい所ではありますが、やっぱり始まりという感覚が強いので、きっとどこまで行っても庄内の存在は私の中から消えてなくなる事はないんだと思います。
R「良いねえ。美味い酒が飲めそうだ」
-- あはは。お恥ずかしい。詩音社もそうです。
O「(頷く)」
-- 付き合いで言うともしかしたら皆さんの方が全然長いのかもしれませんが、私はその中で毎日生活していましたから、そういう意味ではずっと濃い時間を過ごせたと思っています。編集長吉田を筆頭に、特に私が席を置くBillion編集部は本当にメタル馬鹿の集まりなんです。自分で楽器を触ってバンドを組んでいる人もたくさんいますし、足繁く自腹でライブに通って、仕事でもライブに通い詰めて、家でも通勤途中でもずっとメタルを聴き続けるような、愛すべき人達のいる場所です。
R「吉田さん元気にしてるか?」
-- はい、おかげさまで。相変わらずパワフルです。
R「そっか」
O「じゃあちょっと、今日は特別な夜ですから、時枝さんにも思う存分語っていただこうかな」
-- お望みとあらば(笑)。
T「(口笛)」
S「酒!」
(一同、笑)
-- 誠さん達はどちらへ?私も手伝います。
O「平気平気。ちょっと見て来るね」
-- え? いやいや。
O「待ってて。…ああ、なんだ、切っ掛け待ちかな(笑)」
S「あ?」
-- …え?
(伊藤はスタジオ入口の前に立つと、笑顔で扉を開けた)
(スーツ衣装に着替えた芥川繭子と関誠が入って来る。タイトなスカートに白のブラウス、上下グレーのセット。おまけに二人とも眼鏡をかけるという用意の良さ)
(意味が分からず時枝は何も言えず)
SM「えー、それではー」
M「誠さん、マイクマイク」
SM「ああ、そうだ。(上着のポケットからマイクを取り出し)えー、それでは時枝さん、一年という長期に渡る密着取材の終着点で見えた、あなただから言えるドーンハンマーの真実の姿とは、一体どのようなものなのでしょうか!?」
(一同、笑。時枝、呆然)
SM「んん?」
O「…説明が必要な顔してるけど?」
M「トッキー、ノリが悪いぞ!」
(思わず振り返って池脇らを見る)
-- なんですか?
S「あははは!」
R「完全に素じゃねえか」
T「なんに見える?」
-- え、…ビジネスウーマンとか、キャリアウーマンですか?
SM「ウソでしょ!? この格好でマイク持ってりゃさ」
M「取材記者!」
-- (ようやく事態を飲み込み始める)あー、ああー、逆パターンですか? 私にインタビューしてやろうみたいな。
SM「遅い(笑)」
-- その為にわざわざ着替えたんですか!?
M「織江さんのスーツわざわざ借りて楽屋に持ち込んでさあ、必死で階段掛け登ってはあはあ言いながら着替えて来たのにさあ、そんな薄いリアクションある?」
-- いやいや、もう二人がめちゃくちゃ綺麗で可愛すぎて、似合い過ぎて格好良すぎて、意味とか理由とか何も考えらんないよ。何かのコスプレかと思ったけど。
(一同、笑)
SM「何だよもー!(笑)」
S「誠」
SM「はい?」
S「酒は?」
SM「…お酒はフランス語で」
S「(立ち上がる)」
SM「ごめんなさい!」
M「今ダッシュで取ってきます!」
S「人を鬼みたいに言うな。座ってろよもう面倒臭いから」



-- これ本当に偶然以外の何物でもないんですけど、昨日、庄内が足を骨折しまして。
(一同、大爆笑)
-- (笑)、あのー、病院に付き添ったわけなんです。その時受付でいろいろ手続きをしている間に、声を掛けられまして。もしかして、時枝可奈さんですか?てフルで呼ばれましてね。びっくりして顔上げると、とても上品な顔立ちの、看護師さんが立っていらして。全然知らない方なんでちょっとびっくりして、名札を見ても『青木』さんとだけあってどうにもお会いした記憶はないんです。返事に困っていたら、『すみません、渡辺です』と。それでも私全然気が付かなくて混乱しちゃって。却って気を使わせてしまったわけなんですが、ええ、そうです。『渡辺京の家内です。のぞみと申します』って。もう飛び上がって驚いちゃいましたよ。そんな事ってあるの!?って。
M「なんでトッキーの事知ってたの?」
-- 名前が珍しいからね、受け付で呼ばれてるのを通りすがりに聞いて、もしかしてって。
M「なんで庄内さんじゃなくてトッキーの名前が呼ばれるのよ」
-- あ、ごめん、呼ばれたのは庄内だけどね(笑)。あの人と一緒にいる女ってもしかして…って事だったみたい。
M「ああ、ナベさんから聞いてたのか(笑)」
O「私かもしれないけどね。でもごめん、待って。なんで庄内さん骨折したの?」
(一同、笑)
-- 分かりません。朝から連絡があって、家で立ち上がって足を付いた瞬間右足首からパキパキパキパキって音が。
M「なんでなんでなんでなんでなんで!」
SM「痛ーたー(笑)」
O「着地をミスしたとかそういう事なの?」
-- だと思います。テーブルの脚に躓いたとか言ってましたけど、よく聞いてないです。
O「なんでよ(笑)」
-- なにやってんのよ朝からってイライラしてしまって。それでまあ病院へ連れて行きまして、もろもろありまして。
O「もろもろって?」
-- まあまあ、そこは別にいいじゃないですか(笑)。
O「あはは」
R「仕事どうしてんだ?」
-- そりゃ行ってますよ、普通に。
R「右足だと車乗れねえだろ」
-- 電車ですね。ギブスで固めてしまうと松葉杖が必要になるらしくて、迷ったんですけどフットワークが重くなるのは嫌だからって、痛み止めだけ出してもらってました。
M「ええー…。普通に歩いてるって事? 足首折れてるのに?」
-- ポッキリ行ってるわけではないみたいです。複数個所でヒビが入ってるとかで、きつめのテーピングと、反対の足に重心乗せる感じでなんとか歩けてますね。
SM「タフだなー、痛いでしょうに(笑)」
-- まあ、それは置いといて、渡辺さんの奥様ですけど。
O「あははは!」
T「そうは言うけど、のぞみちゃんに会った話より庄内の足首折れた話の方が俺達にしたら面白いからね」
(一同、爆笑)
-- そんな事仰らないで下さいよ(笑)。
O「だってちょいちょい会ってるもん」
-- ああ、そうかそうか、そうですよね。私外で偶然バイラルの方とお会いした経験ないものですから。
S「え、バイラルなの?」
O「違う(笑)」
-- でも家族みたいなものじゃないですか。
SM「言葉を扱う人間としてはだなー」
-- すみません(笑)!
R「向こうから声掛けて来たってのは何だ、ただの挨拶か?」
-- お昼休みに少しだけお話お伺いしました。ほんの15分程ですけど。
R「ナベの話?」
-- そうです。
S「カメラ回した?」
-- 回してません(笑)。素敵な方でした。穏やかで、とてもどっしりとした太い芯のある方だなあと思いました。体はとても華奢ですが。
O「家族と言う表現を使うなら、私達の中では一番まともだよね。一番社会人として安定した常識人で、ナベの女版みたいな人。良い人見つけたと思うもん」
T「マーの面倒もよく見てくれたからね」
O「うん、本当に」
-- 出会いはその頃らしいですね。マーさんの事故をきっかけに、病院で。
R「そこでマーとくっつかない辺りが面白いんだよな」
S「マーってその頃女いたよな?」
O「いた。いたけど、自分から別れたんだよね。足の事を気にしてね」
T「そういう部分でのケアも進んで買って出てくれたからね。助かったよ」
R「それを側で見ててな、ナベの方がぽわーんとなっちまって」
-- そういう事だったんですか。
S「そういう話はしてないのか?」
-- お伺いした内容とは一致しないですね(笑)。
(一同、笑)


渡辺京の言葉。
『レストランです。当時は今程忙しいわけじゃなかったんで、午前中からマーの病院へ見舞に行って、昼ぐらいにその病院のレストランで昼食をとって帰るっていうのが決まりになってて。僕カレーライス好きなんでいっつも同じ物頼むんですけどね、その日、運んで来たウェイトレスさんに「辛いですよ!」って突然言われて、びっくりして。普段そんな、人の顔ジロジロ見ませんけどさすがに驚いて顔上げたらよく見かける看護師さんで。向こうは向こうで「間違えました」みたいな顔で笑ってて。聞いた話だと、割と辛めに作ってるカレーなんで、子供がいる席で注文が入った時には必ず一言添えないとクレームになるって聞いてたんですって。そもそも彼女看護師ですから、そういうウェイトレスみたいな仕事をしないんですよね。たまたまお昼休憩でそこ利用してたら、友人にちょっとだけ手伝ってと言われたらしくて、ボランティアですかね。それで聞いてた注意点をいきなり僕に言っちゃったらしくて、二人で大笑いして。その笑顔が、マーの側で見てた険しい、真剣な表情とはまた違って、ほっこりしたと言いますか。その話は今でもしますよ、はい」


-- のぞみさんはその時既にナベさんの顔を覚えていたらしいです。もちろんワザと間違えたわけではないので、顔から火が出る程恥ずかしかったと(笑)。
O「それが、お互いを認識しあった初めてのエピソードなの? 初めて聞いたー!」
-- どうなんでしょうか、それ以前から面識自体はあったんですよね。というか、初めて聞かれたんですね、そっちの方がびっくりです。
T「一番記憶に残ってるとか、印象深いとかそういう意味で話したんじゃない?」
-- そうだと思います。
SM「のぞみさん口固いもん。よく聞き出せたね、15分とかで」
-- あー、それはきっとご自分から声を掛けて下さった事への義理立てじゃないでしょうか。私自分からする質問を全然用意出来てなかったくせに、もう、目がらんらんと輝いてたと思うんで(笑)。
M「骨の髄までインタビュアーだね」
-- 聞きたくて聞きたくて仕方ないんです(笑)。
O「でも、のぞみの立場からしたらそりゃそうだよね。甲斐甲斐しくマーの面倒見てたら何故だかナベの方が私に惚れちゃったみたいなんですーなんて、普通は思わないよね(笑)」
(一同、爆笑)
-- だけど当時はそんな、浮ついた気持ちには全然なれなかったけど、マーさんを支えるナベさんの真剣な表情とか。それこそ先ほど織江さんも仰っていた、マーさんの昔の恋人の相談に乗ってあげている誠実な眼差しとか、そういった人としての魅力は感じていたそうです。
SM「ちょっと待って!それを何、昨日会っていきなり聞いたっていうの!? 15分で!?」
S「あんたホント何者なんだよ」
-- いえいえ、本当、そこだけです!そこだけピンポイントでお伺い出来ただけです。本来ならもっともっと皆さんとのご関係とか色々聞きたかったですよ!
SM「感心する。凄い人だわ」
-- いやいやいや(笑)。
O「のぞみがどこまで考えてたのか分からないけど、ナベ自身は時枝さんに感謝してるからね。マーもそうだけど。そういうのを家で聞いてたりするのかもしれないよね。そしたら少しくらいサービスしようって気にもなったのかも」
-- 感謝する方であってされる側ではないです。
O「そこはでも、人の感じ方はそれぞれだから」
S「なんならもっとうちの旦那を出せぐらいの(笑)」
O「あはは」
T「でものぞみちゃんて出会った頃は、俺達の事知らなかったよね」
S「辛うじて名前だけ聞いた事ありますって、確か」
T「うん。音楽聞く時間がなかなかーって苦笑いしてね、でもしばらくしたら全部アルバム買ってくれて」
O「それだって、ナベの事を思ってだからね。一瞬でブワ!って燃え上がったように見えた。出会ってから二人が結婚するまで本当早かったもん。私達より全然長いもんね」
T「ヨーコがもう16とか7とかだろ。バンドより長いよ、クロウバー解散してすぐ後だし」
O「ねえ。…早い」
(一同、笑)
-- ヨーコさんのお母様だって思い出した時、なんでこんなに若々しいんだよって二重の衝撃でした。あの方は繭子よりも誠さんよりも、皆さんとの付き合いが長いんですよね。
M「長い長い、だって私ヨーコちゃんにすら負けてるんだもん」
S「あははは!」
R「何と張り合ってんだお前(笑)」
SM「それを言ったら、私も負けてるな(笑)」
-- なんか、そういう付き合の長さを象徴してるなーと思ったのが、別れ際にのぞみさんが仰るんです。一瞬下を向いてからぱっと明るい笑顔を上げて、『翔太郎くん、元気ですか』って。
SM「ちょっと待って」
S「…」
-- ね、そうなるじゃないですか。そしたら手を叩いて笑って。私をつんつん指さして、『では、またー』ですって。やられたー!って思って。超可愛かったんで全然怒れませんでしたけど。
(一同、爆笑)
S「(苦笑を浮かべて首を横に振る)」
O「まあね、そういう類の話は昔よくしたもの(笑)」
SM「焦ったー。いくら相手がのぞみさんでも…」
S「うーるっさい」
O「あはは」
-- ですが結局この一年、スタジオでお見掛けする事はなかったですよね。やはりお忙しいのでしょうかね。
O「うん、そうだね。ヨーコが中学生になったあたりから本格的にフルタイムで病院に戻ってるからね。優秀だからって重宝がられてるみたいだし、時間の融通はなかなか効かないよね。疎遠だとかでは全然ないよ」
-- はい。織江さんの事呼び捨てにする人に初めてお会いしたんですけど、ちょっと嬉しかったです。
O「向こうが一つ上だしね。呼び捨てにしてるのは私の方(笑)」
-- ああ、だから皆さんちゃん付けなんですね!
R「何がそんなに面白いんだよ(笑)」
-- 面白いですよ!一年経ってまだまだ新しい話聞けるんですよ!最高じゃないですか!
R「はいはい」
(一同、笑)


M「トッキーは、お姉さんの影響でBillionに入ったんだよね?」
-- Billionというよりも、詩音社にですね。Billionに配属されたのはたまたま、融通がきいて。
M「ごめん、Billion以外の音楽雑誌も出してる?」
-- 出してないです。以前はあと2つ程ありましたけど、今は定期刊行誌で言うとBillionだけですね。あ、ごめん、ちょっと切り替えが難しくなるから敬語でいかせてね(笑)。
M「了解(笑)」
R「別にタメ口でかまわねえぞ」
-- 仰ると思いました。絶対に、無理です(笑)。
(一同、笑)
SM「紹介で入ったの?」
-- 姉のですか?いえ、姉は詩音社じゃないので、そういうわけではありません。編集というか、好きなバンドの記事を書いて生きて行きたいという志望動機が姉の影響だっただけです。新卒で入ってるんですけど、学生時代からバイトでお世話にはなってるので、10年勤務したことになります。
M「いきなりBillionだったの?」
-- はい。
M「嫌じゃなかったの?なんでメタルなんだよって」
-- もともと好きだったので嬉しかったですよ。当時他に出してた雑誌がパンク雑誌とメンズファッション誌だったので、希望とかあるって聞かれたバイト時代に、Billionでお願いします!って自分から。
M「じゃあ、ずーっと庄内さんの下で?」
-- 最初は吉田です。欠員が出た事もあり色々と雑用をこなしてくれる若いのが欲しいって(笑)。でも良かったと思います。やっぱり人を使うのが上手い人なので。
R「俺らが覚えてないだけで、実は若い頃に俺達と会ってたりする?」
-- ライブの控室で会釈程度ならあります(笑)。お話した事はなかったと思いますね。
O「庄内さんとはどうやって知り合ったの?」
-- 私の書いた記事を認めてくれたのが最初ですかねえ。もちろん同じ部内にはいたので知り合ってはいましたけど、あまり口数の多い人じゃないんで、最初は怖くてあんまり話した事なかったんです。
O「いかついもんね」
-- あはは!今にして思えばむさ苦しいと言いますか、こきたないと言いますか。
(一同、爆笑)
(伊澄が隣の神波に何事かを訴えている。小声で聞こえない)
(神波が顎をあげて笑う)
R「詩音社入ったのが10年ちょいくらい前だとして、俺達の事はいつ知ったんだ?」
-- 入る前から知ってましたよ(笑)。クロウバー時代から知ってます。
T「へえ」
-- これ言いましたよ私(笑)。繭子と同じでリアルタイムではありませんけど、音楽を好きになり始めた速い段階から、皆さんの事は大好きでしたから。
O「じゃあ気が合ったんじゃない?」
-- そうですね。セカンドアルバムを手渡されて、これ聞いてレビュー書いてみろって言われたんですけど、改めて聞き返さなくても今書けますって答えて(笑)。別に喧嘩腰じゃないですよ。
T「へえ、読みたい」
-- 今度持ってきます。
O「実際書いて読ませた時の、彼の反応はどうだったの?」
-- 子供みたいに喜んでくれたんです。それが、嬉しくて。
O「そっかー!」
SM「良い話じゃない。ねえ、なんでそんなに庄内さんに厳しくなっちゃったの?」
(一同、笑)
-- え、厳しいですかねえ。
M「厳しいよ!」
-- うーん、多分。…多分誰よりも尊敬している分、あんまり人に笑われるような姿を見たくないといいますか(笑)。ただ最近は、そういう姿にも人の良さだったり面白味を感じるようになってきてるので、もちろん嫌ってなんかないですよ。
SM「…なんかちょっと照れた(笑)」
-- あははは!
S「ムキミに偽りなし」
(一同、爆笑)
M「誰よりも尊敬してるんだね」
-- してますね。もちろん吉田もそうですし、皆さんの事もそうですけど。庄内は、そうですね。仕事でもプライベートでもたくさんの生きた思いをもらったなあと、そう感じますね。
M「生きた、思い?」
-- 頭で考えるのでも、感情的になるのでもなく、素直に、導かれるように生きていればずっと全力で楽しめるって。言葉は臭いですけど、常にそうやって動きながら好きな事に思いを馳せてるあの人と一緒にやってきましたから、実感という意味でも、これ以上の生きた思いはないですね。
R「…」
S「…」
T「…」
SM「…す、…え」
M「(驚いた顔で池脇らを見つめる)」
O「ふふ」
-- え、どうされました?
R「いや。…うん、こないだな。お前らが京都行ってる間に、ここの4人と庄内とで飲んだんだよ」
-- ええ! 聞いてません!
M「長くなりそうだったから私は途中で抜けて誠さんトコ逃げたけど(笑)」
(一同、笑)
R「なんか。…な」
S「…」
T「あんたの事すごい大事なんだなーってのが、伝わってきたよ」
-- (言葉が出ない)
R「あんたのお株を奪うようでどうしようかと迷ってたけどよ、せっかくだし、良いか」
S「(立ち上がってPA室へ向かう)」
T「カメラをね、回してたんだ」
-- …え。
T「もちろん庄内は知ってるよ。まあ、途中から忘れてるのかもしれないけど(笑)」
R「今見るか?持って帰ってもかまわねえけど(笑)」
-- …見ます。
O「え、一緒に見てもいいの?」
-- え、はい。もちろん。
M「本当に!?」
SM「庄内さん怒らない?」
R「あー、こんだけの人数の目に触れる事は想定してえだろうし、今はやめとけ。テメエで振っといて悪いけどな」
-- 私や庄内に怒る権利なんてないですよ。どれだけこっち側、皆さんにカメラ向けてるんだって話ですから。誰の知り合いでもない他人の映像ならいざしらず、私や庄内の事なら隠し立てするような事ではありません。
R「いやいや」
T「でも多分、後悔するよ?」
-- それが例えば恥ずかしいとか情けないとかそういう意味なら、動じません。
T「(苦笑したまま池脇を見やる)」
R「あんたがそれでいいなら」
S「(戻って来る)何、今見んの?」
R「そうらしい」
S「(ビデオカメラを神波に手渡しながら)俺煙草吸って来るわ。勝手にやってて」
SM「あ、ごめんね」
S「お前は関係ない」
R「逃げんじゃねえよ(笑)」
T「お前こそ便所とか言うなよ!」
R「あははは!」
S「(誠に耳打ちする)」
SM「(頷く)」
-- 意固地になりすぎてますかね。ちょっと、嫌な予感しかしないな(笑)。





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