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74「エンディング 2」
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2017年、3月。
伊澄の煙草を機に、繭子の為の休憩を挟んだ後、ビデオカメラの映像を全員で視聴すべく会議室へと場所を移した。接続のセッティングを扱いなれた伊藤が行い、各自いつもの場所へと腰を下ろす。こういう時繭子は決まってメンバーから離れた壁際に座る為、私もいつもの通り全員が視界に入る様入り口脇に椅子を置いて座った。すると池脇が自分のふたつ隣、つまり伊澄の椅子を引いて私に座るよう手招きした。煙草を吸いに出たまま彼の姿がないとは言え、当然その椅子に座る事など考えられない。戸惑い首を振る私に全員の視線が注がれ、促されるまま止む無く言われた通りにする。
全員で『still singing this!』のMVを視聴したモニターに居酒屋の個室が写し出された時、私の鼓動は『SUPERYEAH』のイントロのように猛烈なスピードで疾走し始めた。
映像の右下には撮影された日時が記録されており、2017年、3月12日とある。
伊藤織江の帰省に同行した、3日目と同じ日だった。私が彼女に自らの進退を相談する前日である。
少しの雑音と、カメラをセッティングしている神波の胸元。一瞬映像が白飛びし、ピントが合うとそこは広い個室。池脇が入室し、後ろから伊澄がと繭子が入って来る。少し遅れて庄内が恐縮した動きで現れた。池脇が指さし、カメラの存在を教えている。庄内は一瞬ぼーっとカメラを見つめたが、すぐに笑って頷いた。
映像・左から、池脇竜二(R)×伊澄翔太郎(S)×芥川繭子(M)×神波大成(T)×庄内俊充(庄)。
全員の顔が映る様配慮したのか、横並びで座っている。
R「お疲れさん」
T「お疲れ」
S「あいー」
M「お疲れさまです!」
庄「お疲れ様です。お久しぶりです」
T「久しぶり?」
庄「こうやって一緒にお酒飲むの、何年振りですかね。竜二さんと二人とか翔太郎さんと二人とかはありましたけど、こうやって皆さん全員とご一緒するのなんて。本当、芥川さんなんてそれこそ(笑)」
M「数える程ですよね(笑)」
庄「ありがとうございます」
M「いえいえ、こちらこそ」
庄「お元気そうで何よりです」
М「庄内さんこそ、お変わりなく」
庄「『NAMELESS RED』毎日聴いてます」
M「あは、ありがとうございます!」
S「お前喋りやすいからって繭子にばっか言ってんだろ」
(一同、笑)
庄「でも毎日聴いてますよ。ドキドキでしたけどね、織江さんからサンプルお預かりして。時枝は何て言ってますかって聞いたら、こういう形で音源をお渡しするのは庄内さんが最初ですって仰っていただいて」
R「へえ」
庄「取材してる中で生で練習風景等を拝見させてもらってますから、情報量としては時枝が全然多くを把握してると思うんですけど、あいつから聞く印象意外には何も先入観なかったですからね」
T「普段から仕事で大量の音源死ぬ程聞いてんじゃないの」
庄「そうっすね(笑)」
M「違いとか分からなくなりませんか?」
庄「正直それはありますよ。あの格好良い曲どのバンドだっけなーとか」
M「ええ?(笑)」
S「失格!」
(一同、笑)
庄「あはは、もともと知ってるバンドとか好きなバンドならそんな事もないんですけど、これだけ聞きまくってると意外に、うわ、なんだ今の!って反応するのはニューカマーだったり日本初上陸のバンドだったりするんすよ、まじで」
S「失!」
M「格!あははは!」
庄「いやいや本当ですから。時枝に聞いてみてくださいよ(笑)」
R「んーで実際どうなんだよ、うちのは」
庄「あはは。あー、うーん。もう、なんて言ったら良いんでしょうかね…」
(沈黙)
(伊澄が煙草に火をつける)
(沈黙)
(繭子が伊澄と池脇を見やる)
(沈黙)
庄「すんません…」
S「お前ら付き合ってんのか。あの子の泣き癖はお前の指導のたまものか?」
(繭子以外、爆笑)
M「(鞄からハンカチを出して庄内に手渡す)」
庄「ああ、すみません、大丈夫です、大丈夫です」
T「何なんだよもう(笑)」
R「切らねえからな(カメラ)、面倒くせえ」
庄「平気っす」
M「でも竜二さん、嬉しそうですよー?」
R「あははは!」
S「前(『POINT OF NO RETURN』』)とどっちが上?」
庄「…ああー、すんませんっした。だけどそういう比べ方をすると難しいですね。実際リターンの時も実感しましたからね、国内敵無しってこういう事だなって。本気でそう思ってうちのレビューでもそう書きましたから」
R「ウソつけ!」
S「そんなん読んだ記憶ないけど」
T「お前読んでないだろ」
M「(笑)」
庄「まじっすよ。でも吉田からバツ食らって。お前の立場でそれは言ったらいかんって言われて久々に原稿直したんすから」
(一同、爆笑)
庄「作品ごとのテンションってあるじゃないですか、どんなバンドでも(浮き沈みの話)。それがグワー!ってすんごい高いレベルにまで持って行けた時に、要するにそれが勢いなのか、持ち味として出せてるのかで全然俺の評価変ってくるんですけど、リターンの凄さって、込み込みで20年やって来てまだこの張り詰め具合で最後まで持ってけんだ?って、俺仰け反ったんで」
M「あああぁ、嬉しい~っ」
S「(上手い事言うな~、と池脇に囁く)」
R「(達者だわ、と囁き返す)」
T「(二人を振り返りながら)聞こえるように言えよ」
庄「わははは!いや、まじっす。吉田と一緒に聞いたんですけどね、『ッホホウ!』って手叩いてましたよ、あの方も」
(一同、爆笑)
庄「しかもだから、そこの収録曲で、まあ言ってしまえば世界に爪痕残したわけじゃないですか。映像ありきって言う馬鹿もいますけど(『COUNTER ATTACK:SPELL』の事)」
R「まあまあまあまあ(笑)」
庄「アルバム聞いた時に俺が思ったのが、凄く生意気な言い方しますけど、『&ALL』でちょっとゴール見えた気がしたのが、リターン聞いた時に、よし来たこれだ!って思ったんすよ。バンドがガチっと嵌って全員が全員やりたい事やれたんじゃないかなって。こういう言い方すると芥川さんがもしかしたら背中丸めちゃうかもしれないんで敢えて言いますけど、俺芥川さんはずっとイケてたと思います」
M「あははは!」
T「もうちっと言い方あんだろう、副編だろお前(笑)」
庄「いや、ストレートに行きましょう!この方は本当に凄いと思いますよ! 俺ん中で常に成長著しい人っていう印象があって。どんどん上手くなって行かれたじゃないですか、枚数追うごとに。それが聞いてていっつもワクワクしてたし、うは、すげえ、うは、かっけえっていっつも時枝と騒いで。そういう意味で、技術的な事を言えばずっと若かった芥川さんがここ2、3枚で他の皆さんに完璧に追いついちゃって。こんな事ってあるんだなって心底ビックリしてました。そこへ来てリターン聞いた瞬間全部がガチ!って嵌ったように思えたんですよ」
M「ありがとうございます。もう、本気で嬉しいです。早くガソリン(お酒)入れましょうよ!」
(一同、爆笑)
R「接待らしくなってきましたよ~」
S「(詩音社の)接待なんかこれ、うち持ちだろ?」
庄「いや、うちが出しますよ」
T「いいよ、織江から聞いてるから」
庄「いやいや、俺も吉田の了承得てますから」
R「あはは!」
S「無理すんな。人数考えろよ。うちがお前ひとり分余計に出すのに対して、大成は良いとしてもここ3人どんだけ飲むと思ってんだよ」
М「そんなに飲みませんよ私(笑)」
庄「いやいや、飲み放題に決まってんじゃないすか!」
S「(目の前のメニューを取り上げて凝視)…ねえもん、俺が飲むやつ」
庄「ちょっと待って下さいよ!(笑)」
R「よ!伊澄の兄貴!」
M「あー、これ本気のトーンの奴です」
T「知らないよ、俺は(笑)」
庄「まじっすかぁ…」
S「繭子」
M「はい」
S「…マーク」
M「ないです(笑)」
S「じゃあ、八幡」
庄「何でプレミアム行くんすか、勘弁してくださいよ!(笑)」
(八幡…プレミアム焼酎)
(中略)
庄「『SUPERYEAH』聞いた時に、最初分かんなかったですけど歌詞ないじゃないですか。インストから雪崩れ込むパターンにしてはこれまでよりもイケイケだしそのままドーン!終わって、即『NO OATH』行った瞬間、俺バックしちゃって(前の曲に戻した)」
T「なんで?」
庄「やっぱり最初っからぶっ飛ばして来た意外さと、あと今歌詞なかったけど竜二さんめちゃくちゃ叫んでなかったか!?って」
T「あー(笑)」
庄「ただそれ確信して聞いた時に浮かんで来た絵は、もうこれこの人達日本なんか全然見てねえなーって思いましたよね。オーディエンスの顔全員向こう(海外)でした。ドローンが観客の絨毯舐めるように飛ぶんすけど、こっち見上げて手を振るキッズ&ガールはものの見事に金髪でした」
R「へえ」
M「そこまで?(笑)」
S「それが、庄内にとっては前との違いになんのか?」
T「そんなふわっとしたイメージ映像で語られても」
庄「大事っすよー、自分にとっちゃあ」
T「相変わらず感性だけで生きてんな(笑)」
庄「おかげさまで!」
S「200字」
M「っはは」
庄「あー、来たー(笑)」
R「飲め飲め、まず飲め」
庄「うぃっす。(グラスを煽り)えー。
…『我が国が誇る最強のKNIGHTS&QEENが世界にブチかます記念すべき10th。より高みにという印象はない。より自然体でありながらどんなフォロワーの追従も寄せ付けない圧倒的なパフォーマンスは本年度の最高傑作。2.5.6.で聞ける暴虐性と最大速度は前作の2.9と合わせてこのジャンルの最新型でありながらカリスマスタンダードと呼ぶべき代物だ。前作までと趣を同じくしながら、あくまでリスナーを置き去りにしようとするその姿勢は控え目に言って、世界レベルの狂気』
ってな感じで」
R「おおおい!」
S「(煙草を銜えたまま拍手)」
T「(指笛)」
M「すごーい。格好いい!」
庄「ちょっと200越えたかもしんないっす(笑)」
S「ナイツ&クイーン(笑)」
T「カリスマスタンダード(笑)」
M「リスナー置き去り!?」
R「いやー、上手いもんだよ思うよ。即興でもそういう引っ掛かりをちゃんと入れてくんだもんな」
庄「ありがとうございます。っつーかね、俺らなんて普段こんな事ばっか考えてますから(笑)。時枝が書かせて頂いたアメリカ版のライナーノーツも面白いですよ」
R「読んだ読んだ。笑った。嬉しいけどね、何にしろこうやって好意的な言葉でもって、援護射撃をやってくれんのはね」
M「ありがとうございます、いつも」
庄「いえいえ!そんなそんな。業界全体を盛り上げたいだけですから。皆さんはその先端を突っ走って下さってるわけですからね、そりゃ熱も入るってもんです」
S「ゴリゴリのデスラッシュうたっといてより自然体って書かれる事の不自然さよな(笑)」
T「ありたがいね」
庄「いや、だけど今回俺ん中で一番デカいのはそこでしたね。高みを目指した印象はないって言ってるのも、落としてるようにも聞こえますけど俺の中だと違うんすよ。大いなるマンネリなんてよく言いますけど、そんなの敢えてスケール広げて新しい事を取り入れる必要のないバンドなんて、世界中探したってほっとんどいないと思うんすよ。一歩前へ挑戦し続けるのが当前だっていう姿勢こそがアーティストだと思いますし、ドーンハンマーだって、これまでやっぱり芥川さん筆頭に、色々試行錯誤してこられたと思うんすよね。音の出し方から構成から、上手く嵌る方法というか、本当に色々。でもここへ来て思ったのが、目新しい事に手を伸ばすクリエイトな作業よりも、今持ってる物を全力でぶつけるだけで、ここまで格好良いんだなって、そういう事思いました。ただ4人が全開で音出せばそれだけでここまでの形が出来あがんだなっていう、そういう意味です。完成度の高さとか好みの音とか言い出すともうそれって好き嫌いなんで、言う意味ないんですけど、アルバムの持ってる雰囲気とか匂いを何度も自分の中に取り入れて聞きながら、牛みたいに反芻させて、溜息と一緒に吐き出すんですけどね。したら、ああ、これはあれだ。ファーストアルバムに近いんだ!って思って。それがもう、聞きながら超嬉しくて!涙出て…」
(沈黙)
庄「…すんません、生意気言いました」
M「(首を横に振る)」
(沈黙)
庄「…すんません(小声)」
M「え、私は嬉しいですよ。なんか、もちろん、庄内さんの仰るように、あえてそれを作品として見た時の完成度で言えば、今出来る事を全部詰め込んでる分、ネムレが最高だって私は言えます。でもその、プレイヤーとして嬉しいのはそこよりも、何が出来たかとかよりも、この、うちのメンバーが若い頃に目を輝かせて、行ったるぜー!世界、待ってろよー!って叫んでた頃の雰囲気に戻せたっていうのは、私の中で最高に嬉しい大正解なんです」
R「…」
S「…」
T「…」
庄「あはは、ああー。でもその、芥川さんの仰る事と俺が個人的に感じた印象が同じかどうかまでは分かりませんが、決して若いとか勢いが振り切ってるっていう意味で言ってるわけではないんです」
M「…はい」
庄「…? あーっと、マインドっていう言葉はあやふやかもしれませんけど、そういう物かもしれません。アルバムの方向性というよりは、もっと内面的というか」
M「…はい。だから私もそうですよ。『FIRST』を超えるアルバムを作らなきゃ世界には行けないと思ってましたから。そこをずっと目指して来たんです。3枚目も、4枚目も、リターンも良いアルバムですけどね。だけど私がまだまだダメでした。だけどネムレは、ファーストアルバムにだって負けないと思ってます。すんごい熱くて、すんごい格好良いですから。アキラさんも悔しがると思います」
庄「…」
M「いや、喜んでくれますよね?」
R「…」
S「…」
T「…」
庄「そんな…俺、明日っから涙無くしてコレ聞けないじゃないっすかー!」
(一同、爆笑)
庄「もおおー!すげえ泣いちゃうじゃないっすかー!」
T「っせーなあ(笑)」
M「あはは!」
池脇による何度かの早送りを経て映像内では1時間程が経過し、酒が進み庄内の緊張から来る硬さが取れた辺りで、芥川繭子が帰った。
それを見ていた関誠が同じタイミングで会議室を退出する意思を告げる。誰も理由などは聞かなったが、この時点でまだ伊澄は会議室に戻って来ておらず、おそらく先程彼から耳打ちされていた事と関係があるのだろうと誰しもが理解した。特に池脇と神波の2人は最初から分かっていたような顔をしていた。誠の退出を待って、映像が再開される。
両手でしっかりと握手を交わし、何度も頭を下げる庄内に最後まで明るい笑顔で応じ、繭子は最後にカメラの前まで来てを手を振った。全員でタクシーに乗せるまで見送ったという。もぬけの殻だった個室に繭子を覗く4人が戻って来て、宴の続き。
庄「天使っすね」
(一同、笑)
庄「天使っすねえ。なんか、俺。…芥川さんに失礼じゃなかったですか?大丈夫っすかね」
S「なんの心配してんだ」
T「嫌われたかもなぁ」
庄「ええええ」
R「それよりもお前何人天使いんだよ。会社の若い子掴まえて天使天使言い倒してんじゃねえだろうな?」
庄「今の時代それシャレんなんないすからね」
T「でもお前織江の事もそんな風に言ってなかった?」
庄「…昔の事言うのよしましょうよ!」
T「昔の事なんだ?」
庄「(カメラを見る)天使っす!」
S「(八幡をグイっと煽り、苦笑を浮かべた顔を横に振る)まだ時枝さんの方が笑えるよ」
庄「え、あいつ何か言ってます?」
S「自分の事織江の信者だって」
(一同、爆笑)
S「お前より振り切ってんな!」
R「(笑)」
庄「そらまー、なんつーか、答えようがないです(笑)。でも今の今、芥川さんがちょっと衝撃だったんでアレっすけど、俺今でも織江さんに会うとドキドキするんですよ」
T「お前(笑)」
R「うははは!」
S「おおー、そう来たか。いいぞ殴り合えー、止めねえからなー」
庄「やめてくださいよ危ないなあ。でもそんな事言ってたら翔太郎さんもっすよ!」
S「ああ?」
庄「ま、…関さんなんて、めちゃくちゃ可愛いし…」
R「声ちっさ!」
T「(肩を揺すって笑う)」
庄「あんの、YouTubeの奴なんかもうちょっと、アレだーめっすよね、メロメロんなりますもん。逆に翔太郎さんが凄いっすよ。あんな子が彼女なんだもん」
T「お前直球だなぁ(笑)」
S「あいつ何言ってんだ。YouTubeの奴って何?」
R「知らね」
S「何?」
庄「知らないんすか。結構前にアップされてる動画ですよ。以前素人さんの間で流行ったじゃないですか。歌ってみたとか、踊ってみたとか。あれです」
S「分かんない(笑)。何?誠が何をしたって?」
R「俺は分かんねえって」
T「あいつが昔なんか撮ってネットにアップしてたのか?」
庄「そうですそうです。誰の曲かまでは知りませんけど、もともと存在する歌を歌って、踊ってしてた動画だったと思います。なら、今スマホで見ますか?」
S「見るかぁボケ!(笑)」
庄「あはは、いやそれがもう超絶可愛くて」
(沈黙)
庄「…天使っすね!」
(一同、爆笑)
T「モデル時代の仕事って事?」
庄「え、いや、違うでしょうね。それこそ例えば翔太郎さんがカメラ回して、ほんとその目の前で関さんが踊ってる、みたな絵面なんで。プライベートだと思います」
R「そりゃあ、何の目的で?」
庄「そういう遊びが流行ったんです(笑)」
R「へえ。ダンスミュージック?」
庄「全然、全然。何て言うんでしょうね、ご存じないかもしれませんけど、初〇ミクとか、ああいう打ち込み系の曲でした。だからダンスっていうよりも、振り付けに近いんでしょうね。コミカルな振り付けを可愛く踊るっていう」
R「分かんねえ(笑)」
T「全然ピンと来ない」
庄「いーや、でもアレ本当破壊力ありまくりでしたよ!」
T「誠が踊ってる動画がか?」
庄「絶対一度は見た方がいいっす」
T「どこで踊ってんの?」
庄「場所すか。場所はちょっと分かんないすけど、外だった気がします。屋外。でも撮影したのが翔太郎さんじゃないなら芥川さんか織江さんでしょうかね、撮ったの」
R「モデル仲間かもしれねえじゃねえか」
庄「ああ、いや、えーっと。記憶違いじゃなきゃ10年以上前っす、それが撮影された日時」
R「っはは!」
T「よっく覚えてんなあ」
庄「正直、何度も見ました(笑)」
(一同、爆笑)
R「もしそれがモデルやる前とか、なり立てとかなら何でお前がそれを見れんだ?」
庄「え、どういう意味っすか?」
R「素人だったかもしんねえあいつがプライベートで上げた動画をどうやって見付けんだ?」
庄「ああ、でもそれは見つけたのはもちろん俺じゃないっすよ。あの方がもしもモデルをやってなければ探せなかったかもしれないですけどね。誰か、ファンなのかそういうのに詳しい人なのか知りませんけど、要するにセキマコの若い頃の超可愛い動画見つけたー!みたいな感じで発掘されて、それが今も生きてるんです」
T「怖え話だなあ、おい」
庄「いやいや、そんな事言ったら皆さんの若い頃のライブ動画だって普通に出回ってますよ。キッズが勝手に撮影してアップしてるやつなんか、削除要請出しても出してもイタチごっこですから」
R「はあー、そういう世の中になっちまったんだよな。ついてけねえわ」
庄「ジジイみたいな事言わんでくださいよ(笑)」
T「でもそれ、今でもそういうのが見れちまう事って、誠本人は知ってるのか?」
庄「俺はちょっと分かんないですけど、それこそ大分前に織江さんとは話しましたよ。ちゃんとご存知でしたし」
R「あああ」
T「ならまあ、大丈夫なんじゃないの」
庄「大丈夫ってなんすか。別にいかがわしい話じゃないですよ(笑)、超絶可愛いっすって、それだけですから」
T「(伊澄を見やる)」
S「(グラスを煽って無視)」
庄「翔太郎さん!」
S「分ーかったよ、うっせーなぁ。人の女が踊ってる動画見て何をそんな興奮してんだお前は」
R「うははは!違えねえ!」
庄「まあね、そうなんすけどね(笑)。ああーあ、何か、空しいですよー。ガソリン追加しよ。ああー」
T「お、飲め飲め、よくわかんねえけど」
ペースの早い宴だった。庄内はどちらかと言えばアルコールに対してかなり強い部類に入る人間だが、対する伊澄・池脇の2人がその部類で言う所のテッペンに立つ男達だ。彼らに釣られるように杯を空けていくペースは庄内の普段の飲み方とは全然違った。記録されている撮影時間のカウンターが2時間を過ぎた頃、少しずつ壊れ始めた。
庄内という男の事を少しでも知っていれば、関誠の素人時代の動画でギャーギャーと盛り上がるような人間でない事は当然分かるはずで、ドーンハンマー側にしてもそこに違和感を抱かないような鈍い人達ではない。
そうなると私の目で見るこの映像は、はっきりと言ってしまえばとても不快だった。それは女性としての立場で見る嫉妬などでは無く、人間的な不快さだった。しかしそのように見えた理由も、そうなってしまった理由も、すぐに判明する事となる。
池脇が何度目かの早送りボタンを押し、再び映像が動き始めた時、私は自分の目を疑った。
庄内が、伊澄の胸倉を掴んでいたからだ。
会議室の椅子に座って画面を睨んでいた私は驚きのあまり、思わず机の上を叩いていた。
同じく画面を見つめながら「え?」と伊藤織江が声を上げ、「えー」という驚嘆の滲んだ声が背後から聞こえた。振り返りはしなかったが間違いなく繭子の声だった。
「あ、間違えた、行き過ぎだった」
と池脇は笑って言い、場面を少し巻き戻した。
彼らが座っている場所は最初と変わっていないが、映像の中に神波の姿はない。便所に行っているという説明が本人から入る。
左から池脇、その横に伊澄、2人分開けて、庄内が座っている。
庄「…そういう意味じゃあ、俺だけの問題じゃないんす」
R「まだそうと決まったわけじゃねえんだろ? 何か、それっぽい話があったりとか、前もって相談受けてたり、そういうんじゃねんだろ?」
庄「付き合って5年以上になるんで。…まあ、ある程度、考えてる事は分かりますよ。顔だけは毎日見てるんで」
R「決めつけはよくねえぞ」
庄「…」
R「じゃあよ、例えばそうだとしようや。そいでお前はあの子からはっきりとそうしたいって言われたら、どう答えるつもりなんだよ」
庄「…どうって」
R「Billionがどうとかよ、仕事がどうとか会社がどうとか、そういう事聞いてんじゃねえよ。お前はどうしたいんだよ」
庄「(息を吸い込み、吐く)…どうなんすかね」
R「どうなんすかねって、俺はお前に聞いてんだよ」
S「まあまあまあ、落ち着けって。…庄内にしたってさ、今俺らにそれを言うって事はきっと前々からそういう可能性を感じてて、何かしら自分なりに思って来たんだろ?」
庄「…」
S「それを聞かせてくれよ」
話はすぐに理解出来た。私(時枝)が詩音社を辞め、ドーンハンマーと共にアメリカへ渡るという決意についての事だ。しかしこの時点で私はまだ何も庄内には告げていなかったし、バイラル側にも相談などしていない。伊藤織江に打ち明けるのは日付で言えばこの日の翌日なのだ。私は何も言う事が出来ず、また誰も、映像以外に言葉を発する者はいなかった。
庄「ひとつだけ聞かせてもらっていいすか」
R「ああ」
S「…」
庄「もし、あいつがあなた達について行きたいって。ウチ辞めて、俺との結婚をやめてまでアメリカへ行きたいって言ったら、あなた方はそれを受け入れますか?」
R「…」
S「…」
庄「答えて下さい」
R「…」
S「…」
庄「答えないって事は、連れて行くって事でいいんですかね。なら、もう、俺は別に言う言葉はありません」
R「…」
S「…」
庄「…何とか言えよ」
R「…なあ」
S「結局お前も答えてないだろうが」
庄「…え?」
S「あの子の人生に対して何も言う権利なんてないだろ、俺達にも、お前にも」
庄「…はあ?」
S「お前のプライドなんかどうでも良いけどな。あの子がどうしたいのかをまず聞いて来いよ」
庄「だから」
(庄内が勢いよく立ち上がり、伊澄の胸倉を掴む)
(伊澄は特に抵抗もせず掴まれるがまま身動きもしないし、立ち上がろうともしない)
R「おい」
S「かまわねえよ」
(そこへお手洗いから神波が戻って来る)
T「…ええ? 何で?」
庄「…」
(庄内は何を言うでもなく、伊澄の胸倉を掴んだまま彼を睨み付け、拳を震わせている)
(神波は黙って庄内の後ろに立ち、彼の自慢のモヒカンを掴む)
T「事情を俺にも聞かせてくれよ。じゃないとこのまま」
S「良いって。大成手放せ」
T「酔っぱらってる奴の命令なんて聞かん」
R「大成」
T「このまま引き離す方が手っ取り早いだろ。別に殴ったりなんかしないって」
庄「何なんだよあんたらは」
R「…」
S「…」
T「…」
庄「頼むからさ。もうちょっとだけで良いからさ、格好悪くいてくんねえかな。それで出来ればさ、もうちょっとだけで良いからさ、あいつの事ちゃんと考えてやってくんねえかな」
(神波が手を放す)
庄「ずっと見て来たんだよ。あんたらの事だって、あいつの事だって。分かってるよ俺だって。あんたらについてってすんげえ面白い人生送りたいよ、そんなの何年前から思ってんだって話だよ。なあ、だけどそんなのはさあ、ダメだろお?」
R「…」
S「…」
T「…」
庄「アキラがさんが死んじまった時、俺考えたんすよ、一晩中。絶対悔いのない生き方しなきゃいけねえ。絶対幸せになんなきゃいけねえんだ。だって俺らは絶対に死ぬから!それがいつになるか分かんねえんだから、何に耐えても、めちゃくちゃ頑張って生きなきゃいけねえって、そう思ったんすよ!」
R「…」
S「…」
T「…」
庄「だから俺は敢えてあんたらから距離置いたんだ。引っ張られてる場合じゃない。俺は俺の出来る事で、俺が最高に幸せだって思えるものに打ち込まなきゃいけない。それが、あんたらに胸張って感謝の言葉を吐ける唯一の事だって自分に言い聞かせて生きて来た!最高に楽しい夜だった!最高にカッコいい音楽に触れて来た!あんたらと過ごしたそういうもんをさ、あー楽しかったで終わらせたくなかったんだよ!」
R「…」
S「…」
T「…」
庄「あんたらは格好良い。ごく自然に、自分達が好きな事に血反吐吐くまで打ち込んで、それでも笑っていられる、最高にタフで最高に狂った格好良い人らだと思う。でも俺は違う。今でも毎日色んな事に迷ってる。毎日不安に潰されそうになってびびってる。仕事の事、会社の事、金の事、女の事、親の事、色々考えすぎて剥げて来たよ。あんたらがそうじゃないとは言わない。だけど俺とあんたらは同じじゃない。時枝も、あんたらと同じじゃないんだ!」
R「…」
S「…」
T「…」
庄「なあ。…あんたら本当に時枝に対して責任取れんのか? なあ。たった一人であんたら追いかけてくかもしれないあいつの事、ちゃんと考えくれんのか? あいつがそうしたいからそうさせてやれなんて、なんで人の人生そんな簡単に突き放せんだよ!あいつがどういう人間か、ここまでどうやって生きて来た人間か、あんたら真剣に見つめた事が一回でもあんのかよ!!」
R「…」
S「…」
T「…」
庄「なあ。本当はあんたら、別にあいつの事なんて大して気にしてないんだろ? そんな事いちいち気にしてないだろ?」
R「…」
S「…」
T「…」
庄「頼むからさ。もし、あいつがそうしたいとあんたらに頭下げたとしても、首(横に)振ってもらえないかな」
R「…」
S「…」
T「…」
庄「あいつは思い込んだら視野が狭くなるから」
R「…」
S「…」
T「…」
庄「何とか言え!」
(庄内の右アッパーが伊澄の腹を叩く)
(会議室内が凍り付き、繭子と伊藤がビクっと体を震わせたのが分かった)
庄「俺は結婚できなくてもいい。辞めたいならウチ辞めたって構わない。だけどさ」
神波が黙ったまま庄内の肩を掴んで伊澄から引き離し、その場に座らせた。少し離れた場所にあったグラスに手を伸ばすと『八幡』を注いで彼の手に握らせる。ずっと膝立ちの姿勢だった伊澄が立ち上がって煙草に火をつけると「便所」と言い、庄内の後ろを通り抜けながら彼の後頭部を平手で叩いた。なかなかのスイングに素敵な音が響いて、八幡がこぼれた。池脇が目を逸らして笑う。
庄「すんませんでした」
R「なんのなんのー」
T「織江からは何も聞いてないけど、時枝さん俺らについてくんの?」
庄「おそらく、それを真剣に悩んでると思います」
T「…なんでまたそれをお前が?」
R「…」
庄「…」
T「え、お前らって付き合ってたの?」
庄「…うーわぁー」
R「(爆笑)」
庄「そうっすよねえ。そこ、まず、言ってませんもんねえ」
T「いや、別に聞きたかないけどね。途中まではすーごい部下思いの上司なんだなあって聞いてたんだけど、いやいやこれ違うんじゃない?って。知ってた?」
R「(首を横に振る)」
庄「すんません、マジで、あー、酔っぱらってんのかなあ」
T「ふーん。難しくてよく分からないけど、…実際にはまだ何も言われてないんだ…よな?ウチとしては」
庄「はい、すんません、その通りです」
T「まあ、それが、お前の思ってる通りなんだとして、時枝さんが俺らについて来る!って言い出したとしたらさ。まあ、それは翔太郎の一人や二人、ぶん殴るだろうね」
R「あははは!」
庄「いやいやいやいや、あー、もう、俺、あー、もう、俺、詰んだなぁ」
R「大した事じゃねえよあんなもん」
T「別にさっきのでチャラなんじゃないの? そういうの根に持つタイプじゃないよ、あいつは」
R「飲め。取りあえず、飲め」
庄「もう結構いったんすよ、ちょっとさすがにこれ以上は(笑)」
T「お前ら2人がガンガン飲ますからこういう事になるんだろうが。少しは責任感じてくれよ、これ撮ってんだぞお前ら(カメラを指さす)」
R「あっはは、忘れてたわ」
庄「うわっちゃー」
R「つーかお前も飲め飲め煽ってたろうが!」
T「っはは、そーかそーか」
R「っは!あー、けどまあ、庄内の考えてる事は分かったよ。なあ」
T「…なんとなく?」
R「好きなんだなー!って」
T「そこはね、うん。そこしか分かんなかったけどね(笑)」
庄「…すんません」
R「謝るようなこっちゃねえさ」
T「何にせよ、お前の取り越し苦労ならいいな」
庄「(首を傾げる)」
T「…お前の中では十中八九?」
庄「間違いないと思ってます。言うか言わないかは別としても、気持ちはそうなんだと思います」
R「へえ。こいつがここまで言うんならそうなんじゃねえの。そこ疑い続けたって話にならねえからそこはもう良いや。そしたら俺らは、お前の望み通り、あの子の申し出を断ればいいのか?」
T「…」
R「そういう事だろ? それで良いんだな?」
庄「…」
T「そう苛めてやるなよ(笑)。こんな話俺らやお前だけで考えてたって何の意味もないよ」
庄「…はい。すんませんでした」
T「…結婚すんのか」
庄「そういう、話だったんすけどね」
T「(溜息)。めでたい話なんだけどな」
庄「めでたい報告出来る筈だったんすけどね」
R「…」
T「…お前の事は昔から知ってるし肩入れしちまう気がするから、そうなっちまう前にあえて言うけどね」
庄「…」
T「あの子がどうするつもりなのか、したいのか、お前らの結婚がどうとか、その過程というか道中は、お前らが必死にどうにかするしかないと思うぞ。…そんな顔すんなよ(笑)」
R「別に白紙に戻ったわけでもねえしな」
T「そりゃそうだ(笑)」
庄「…すんません」
(伊澄が戻って来る。庄内には目もくれず自分の席に腰を下ろす)
庄「翔太郎さん、すみませんでした(土下座)」
S「あいよ」
庄「…」
T「だろ?」
庄「(頷く)」
S「お前テツと仲良いんだろ?」
庄「…ええ、まあ。よく飲みには行きますね」
S「あいつ面白いぞー」
庄「あはは、そうっすね」
S「それこそ、もう何年前かはっきりしないけど、あいつと腹割って話した事があってな」
庄「はい」
S「あいつはほんと、楽器出来ねえし、歌えねえし、頭悪いしな」
庄「ちょっと、そんな事ありませんって(笑)」
S「いや本当に。だけどガキの頃から知ってるからな。やっぱり心配にはなるわけだよ。お前ちゃんとやりたい事やれてんのかって聞いたら、目輝かせてさ、当たり前じゃないっすかーって、底抜けに明るいんだよ。あいつは所謂音楽的な要素は一切ないけど、言ってしまえば、それだけなんだよ。それがどうしたって話でしかなくて」
庄「…」
S「そこ以外の部分は、本当俺達となんも変わらない。すっごいタフだし、面白い事追いかけながら生きてるよ。でも自分が本当に面白い事なんてさ、絶対に他人には理解されないんだよ。同じような飯食って同じように生きてるようでもさ、そこは絶対理解しきれないもんてあると思うし」
庄「…はい」
S「だけど実際聞いてみれば、目こーんなキラキラさせて、面白いっす!って、そやって言うからね、テツは。だからお前も、ちゃんとあの子と腹割って話せ。とことん聞いてやれ。ずっと見て来たお前にとっては視野の狭い一本気な子なのかもしれないけどな、ちゃんと聞いてやればお前ですら理解しきれてなかった何かが、そういうモンがあるのかもしれないだろ? お前らの人生なんだから、お前らで決めたらいい。あの子が良くってお前だけが辛いとか、お前だけ贔屓目に見てあの子をないがしろにするとか。…そういうのだけは、ないようにしないとな」
庄「(深々と土下座し、声を震わせる)…すんませんでした」
S「いちいち大袈裟なんだよお前ら2人とも」
R「(神波を見やって、頷く)」
S「…飲まないのか?」
R「飲むよな?」
庄「…いただきます(笑)」
T「ほどほどにしとけよ。それより今頃テツの奴、くしゃみ止まらないだろーね」
(一同、爆笑)
ま、こんなもんで。池脇がそう言って映像の再生を止める。おそらくまだ続きがあるのだろうが、彼らが私に見せたかったものは十分過ぎる程見たように思う。誰も私に感想を求めようとはしなかったが、私は何度か頷いた後こう切り出した。
-- まだ学生だった頃に初めて彼と会いました。その時は副編集長と部下ではなくて、ただの音楽好きアルバイトと平社員です。特に親しくしていたわけではありませんが、とにかく音楽の趣味が同じだった事はよく覚えています。好きなバンドの名を言えば盛り上がり、その中で好きなアルバム名を同時に言えば一致する。…今思えば、相当な量を聞き込んでた彼の事ですし、何人もそういう人間と接した来たわけですから、話の筋から相手の趣向を察知して答えを合わせるぐらいの事は、普通に出来たんだろうなって、思うんです。だけど、大学を卒業して、正式に新卒で採用された時、廊下ですれ違った私の肩を掴んで当時の人事部に掛け合ってくれました。『この子はうちで育てていこうと思うんで、うちに下さい』。その言葉もそうですが、必要とされている事が嬉しかったです。緊張も、不安もありましたけど、バイト経験を経ている事で部内の雰囲気も掴んでたいましたから、きっと有意義な毎日が送れるだろうと期待に胸を膨らませていたスタート地点で、同じ音楽を聴いて、同じ感想を抱いていた男性と知り合えた事は、幸せ以外の何ものでもありませんでした。それでも、すぐに男女の仲になったわけではありません。彼は言葉の通り、本当に親身になって私を育ててくれました。音楽が好きで、この仕事にやりがいを感じるなら、嫌われてでも本音でぶつかっていく。そういう姿勢を感じました。その気持ちに答えようと努力するうち、愛情と呼べるものが芽生えていったのだと思います。
自分語りをしたいわけではなかったが、何か言わなくてはいけないと思い込み昔を思い出している内、止めどない感情が溢れて流れ出た。池脇達は特に相槌を打つでも返事をするでもなかったが、拙い私の話に耳を傾てくれているのが分かった。その事がまた嬉しくて、気持ちばかりが前に出た。
-- 何も、考えていないだけのかもしれません。その場その場の興奮だけで生きて来ました。私はただ見たいものだけを選んでいただけで、自分を支えていた物や、人を、全く見つめ返して来なかったのだと知りました。私は私なりに庄内を大切に思っていると、そう思い込んでいました。ですが、今、彼の言葉を聞いた時、私は、全然釣りあってなどいなかったんだと、はっきりと、そう思い知りました。竜二さんが仰って下さった言葉で、勇気をもらった気でいました。10年後、20年後の私とは付き合えないのかって言ってやれ。そのぐらいの気持ちでいればいいんだって…。私はどれだけ、人の優しさを誤解すれば反省できるんだろう。自分が嫌になります。…馬鹿だ。…大馬鹿が!
「そんなに大きく間違いを犯したわけじゃないと思うよ」
そう言ってくれたのは、芥川繭子だった。
「間違えたんだとは、思うよ。トッキーは私達じゃなくて、一番最初に庄内さんに相談するべきだったのかな。そこは、間違いだったんじゃないかなあとは思うね。だけど、さっき見た庄内さんの顔と言葉はさ、これまであの人に接してきたトッキーへの愛情があるからだよね。ただ優しいだけで、あの言葉は出ないよ。だからああやって、あんなおっそろしい真似が出来たんじゃないかな。顔上げなよ。まだ何も終わったわけじゃないんだから」
「俺ぁさっきから織江が怖くて仕方ねえぜ」
頷いて繭子への感謝を言い終わるか終わらないかのタイミングで、池脇が冗談にも聞こえる言葉を口にした。
机の右端で一人座っていた伊藤は珍しく姿勢を少し前に倒し、机の上に両肘を付いて自分の爪を撫でていた。確かに上機嫌には見えなかったが、もし池脇の危惧する通り彼女が怒っているのだとしても、私はその理由が分からなかった。
「そう?」
と伊藤は答えてチラリと池脇を見たが、その目は少しだけ睨んでいるようにも見えた。
「ねえ。…何で今この映像見せた?」
伊藤の問いに、池脇は答えず彼女を見つめ返した。伊藤はそのまま神波へ視線を移し、尚も言う。
「大成さあ、これはフェアじゃないよ」
「そうか?」
「肩入れしたくないなんて言ってたけど、これは結局肩入れじゃないのかな」
「どうかな」
「庄内さんは、ストレートな人だし、おかしな事言ってるわけじゃないよ。彼の意見も大事だし、気持ちも大切にしなきゃいけないと思うよ。でも、いくら時枝さんが自分で見るって言ったとしても、前もってこの内容を知ってた二人は止めてあげるべきだったんじゃない?」
静かだが怒りの滲んだ伊藤の言葉に、池脇と神波は答えられないようだった。
「今彼女をこうやって泣かせる事が目的だったの? それって」
神波の手前、気持ちを抑えて話している様子だった伊藤は、
「そんな事考えてるわけねえだろうが」
という池脇の言葉に少しだけ気持ちを剥きだした。
「だからそういう所でしょ? 庄内さんがもっとちゃんと見てくれって言ったのって」
「お前のそれは肩入れじゃねえのかよ」
「肩入れだよ。そっちがどういうつもりなのか分からないから、肩入れし返してるんだよ」
「俺達は別に肩入れしてるわけじゃねえよ」
「結果そうなってるじゃない。自分の夢を追いかけて考えて考えて決断した彼女に今このV見せてさ、気持ち揺るがせてどうしたいのよ。考え直せとでも言うの?」
コンコン。会議室の扉をノックする音が響き、「入りまーす」という関誠の声。だが扉を開けて入って来たのは伊澄だった。もちろんその後ろには誠の姿もあり、彼らを見て心なしか池脇と神波がほっとしているようだった。
「終わったか?」
そういう伊澄は自分の席に座っている私の顔を見て顔を曇らせた。事情を聞いていたらしい関誠は私の横まで来ると肩に手を置いて、耳元で囁いた。
-- (頷く)。泣いてる場合じゃないですね。…あー、うん。今、この映像を見せて頂いた事は、織江さんのお気持ちをお伺いした上で言いますが、私には感謝しかないです。私、織江さんの凄さって、もう分かってるので。私が肩身の狭い思いをしたんじゃないかと心配して下さり、所謂援護射撃で助け舟を出していただいた事は、ちゃんと理解出来ています。損な役回りをさせてしまって、申し訳ありませんでした。率直に言えば、私自身庄内の本音を聞いて気持ちが揺らいだ部分はあります。ですがそれはきっと必ず通る道でしかなくて、それをこうして皆さんの前で経験した事については、正直、恥ずかしいとも何とも思いません。却って自分を偽れない状況なだけに、有難いとさえ思います。私は強い人間ではありませんから、自分の部屋で一人この映像を見ていたら、もしかしたら本気でアメリカ行きをやめようと思ったかもしれません。それに、繭子の言ったようにもっと早い段階から庄内に相談出来ていれば、こんな痴話喧嘩みたいな事に皆さんを巻き込まずに済んだだけに、心苦しい思いで一杯です。(「そんなつもりで言ってないよ」という繭子の言葉に笑って頷き返し)、ただ今の所、私の決心が大きく覆されたとは思っていません。自分が感じていた以上に庄内は私を見ていてくれたんだという事に対する感謝はあります。そこに対して私はもっともっと誠意をもって向き合わなければいけないと思います。だけど、それでも、私は、バイラル4で仕事がしたいです。…そしてもちろん、彼が許せば、庄内と一緒になれたら嬉しいです。例えそれが今日でも、10年後でも、20年後でも。
再び練習スタジオへ戻ると、打ち上げの準備を終えた渡辺、真壁、上山の3人が笑顔で出迎えてくれた。いつの間にか運び込まれたテーブルの上に、オードブルや凄まじく蠱惑的な匂いを放つ料理が整然と並び、ありえない程の量のアルコールがメインディッシュのように飲み干されるのを今か今かと待っている。会議室内での沈鬱な空気を吹き飛ばすように池脇が唸り声をあげ、神波の指笛が綺麗な音色を響かせた。メンバーの後に続いて最後にスタジオ入りしようとした私の手を、更に後ろにいた伊藤が掴んで引き寄せた。
「ごめんね。頑張ろうね」
と彼女は言い、私は勢いよく伊藤に抱き着いて泣いた。
伊澄の煙草を機に、繭子の為の休憩を挟んだ後、ビデオカメラの映像を全員で視聴すべく会議室へと場所を移した。接続のセッティングを扱いなれた伊藤が行い、各自いつもの場所へと腰を下ろす。こういう時繭子は決まってメンバーから離れた壁際に座る為、私もいつもの通り全員が視界に入る様入り口脇に椅子を置いて座った。すると池脇が自分のふたつ隣、つまり伊澄の椅子を引いて私に座るよう手招きした。煙草を吸いに出たまま彼の姿がないとは言え、当然その椅子に座る事など考えられない。戸惑い首を振る私に全員の視線が注がれ、促されるまま止む無く言われた通りにする。
全員で『still singing this!』のMVを視聴したモニターに居酒屋の個室が写し出された時、私の鼓動は『SUPERYEAH』のイントロのように猛烈なスピードで疾走し始めた。
映像の右下には撮影された日時が記録されており、2017年、3月12日とある。
伊藤織江の帰省に同行した、3日目と同じ日だった。私が彼女に自らの進退を相談する前日である。
少しの雑音と、カメラをセッティングしている神波の胸元。一瞬映像が白飛びし、ピントが合うとそこは広い個室。池脇が入室し、後ろから伊澄がと繭子が入って来る。少し遅れて庄内が恐縮した動きで現れた。池脇が指さし、カメラの存在を教えている。庄内は一瞬ぼーっとカメラを見つめたが、すぐに笑って頷いた。
映像・左から、池脇竜二(R)×伊澄翔太郎(S)×芥川繭子(M)×神波大成(T)×庄内俊充(庄)。
全員の顔が映る様配慮したのか、横並びで座っている。
R「お疲れさん」
T「お疲れ」
S「あいー」
M「お疲れさまです!」
庄「お疲れ様です。お久しぶりです」
T「久しぶり?」
庄「こうやって一緒にお酒飲むの、何年振りですかね。竜二さんと二人とか翔太郎さんと二人とかはありましたけど、こうやって皆さん全員とご一緒するのなんて。本当、芥川さんなんてそれこそ(笑)」
M「数える程ですよね(笑)」
庄「ありがとうございます」
M「いえいえ、こちらこそ」
庄「お元気そうで何よりです」
М「庄内さんこそ、お変わりなく」
庄「『NAMELESS RED』毎日聴いてます」
M「あは、ありがとうございます!」
S「お前喋りやすいからって繭子にばっか言ってんだろ」
(一同、笑)
庄「でも毎日聴いてますよ。ドキドキでしたけどね、織江さんからサンプルお預かりして。時枝は何て言ってますかって聞いたら、こういう形で音源をお渡しするのは庄内さんが最初ですって仰っていただいて」
R「へえ」
庄「取材してる中で生で練習風景等を拝見させてもらってますから、情報量としては時枝が全然多くを把握してると思うんですけど、あいつから聞く印象意外には何も先入観なかったですからね」
T「普段から仕事で大量の音源死ぬ程聞いてんじゃないの」
庄「そうっすね(笑)」
M「違いとか分からなくなりませんか?」
庄「正直それはありますよ。あの格好良い曲どのバンドだっけなーとか」
M「ええ?(笑)」
S「失格!」
(一同、笑)
庄「あはは、もともと知ってるバンドとか好きなバンドならそんな事もないんですけど、これだけ聞きまくってると意外に、うわ、なんだ今の!って反応するのはニューカマーだったり日本初上陸のバンドだったりするんすよ、まじで」
S「失!」
M「格!あははは!」
庄「いやいや本当ですから。時枝に聞いてみてくださいよ(笑)」
R「んーで実際どうなんだよ、うちのは」
庄「あはは。あー、うーん。もう、なんて言ったら良いんでしょうかね…」
(沈黙)
(伊澄が煙草に火をつける)
(沈黙)
(繭子が伊澄と池脇を見やる)
(沈黙)
庄「すんません…」
S「お前ら付き合ってんのか。あの子の泣き癖はお前の指導のたまものか?」
(繭子以外、爆笑)
M「(鞄からハンカチを出して庄内に手渡す)」
庄「ああ、すみません、大丈夫です、大丈夫です」
T「何なんだよもう(笑)」
R「切らねえからな(カメラ)、面倒くせえ」
庄「平気っす」
M「でも竜二さん、嬉しそうですよー?」
R「あははは!」
S「前(『POINT OF NO RETURN』』)とどっちが上?」
庄「…ああー、すんませんっした。だけどそういう比べ方をすると難しいですね。実際リターンの時も実感しましたからね、国内敵無しってこういう事だなって。本気でそう思ってうちのレビューでもそう書きましたから」
R「ウソつけ!」
S「そんなん読んだ記憶ないけど」
T「お前読んでないだろ」
M「(笑)」
庄「まじっすよ。でも吉田からバツ食らって。お前の立場でそれは言ったらいかんって言われて久々に原稿直したんすから」
(一同、爆笑)
庄「作品ごとのテンションってあるじゃないですか、どんなバンドでも(浮き沈みの話)。それがグワー!ってすんごい高いレベルにまで持って行けた時に、要するにそれが勢いなのか、持ち味として出せてるのかで全然俺の評価変ってくるんですけど、リターンの凄さって、込み込みで20年やって来てまだこの張り詰め具合で最後まで持ってけんだ?って、俺仰け反ったんで」
M「あああぁ、嬉しい~っ」
S「(上手い事言うな~、と池脇に囁く)」
R「(達者だわ、と囁き返す)」
T「(二人を振り返りながら)聞こえるように言えよ」
庄「わははは!いや、まじっす。吉田と一緒に聞いたんですけどね、『ッホホウ!』って手叩いてましたよ、あの方も」
(一同、爆笑)
庄「しかもだから、そこの収録曲で、まあ言ってしまえば世界に爪痕残したわけじゃないですか。映像ありきって言う馬鹿もいますけど(『COUNTER ATTACK:SPELL』の事)」
R「まあまあまあまあ(笑)」
庄「アルバム聞いた時に俺が思ったのが、凄く生意気な言い方しますけど、『&ALL』でちょっとゴール見えた気がしたのが、リターン聞いた時に、よし来たこれだ!って思ったんすよ。バンドがガチっと嵌って全員が全員やりたい事やれたんじゃないかなって。こういう言い方すると芥川さんがもしかしたら背中丸めちゃうかもしれないんで敢えて言いますけど、俺芥川さんはずっとイケてたと思います」
M「あははは!」
T「もうちっと言い方あんだろう、副編だろお前(笑)」
庄「いや、ストレートに行きましょう!この方は本当に凄いと思いますよ! 俺ん中で常に成長著しい人っていう印象があって。どんどん上手くなって行かれたじゃないですか、枚数追うごとに。それが聞いてていっつもワクワクしてたし、うは、すげえ、うは、かっけえっていっつも時枝と騒いで。そういう意味で、技術的な事を言えばずっと若かった芥川さんがここ2、3枚で他の皆さんに完璧に追いついちゃって。こんな事ってあるんだなって心底ビックリしてました。そこへ来てリターン聞いた瞬間全部がガチ!って嵌ったように思えたんですよ」
M「ありがとうございます。もう、本気で嬉しいです。早くガソリン(お酒)入れましょうよ!」
(一同、爆笑)
R「接待らしくなってきましたよ~」
S「(詩音社の)接待なんかこれ、うち持ちだろ?」
庄「いや、うちが出しますよ」
T「いいよ、織江から聞いてるから」
庄「いやいや、俺も吉田の了承得てますから」
R「あはは!」
S「無理すんな。人数考えろよ。うちがお前ひとり分余計に出すのに対して、大成は良いとしてもここ3人どんだけ飲むと思ってんだよ」
М「そんなに飲みませんよ私(笑)」
庄「いやいや、飲み放題に決まってんじゃないすか!」
S「(目の前のメニューを取り上げて凝視)…ねえもん、俺が飲むやつ」
庄「ちょっと待って下さいよ!(笑)」
R「よ!伊澄の兄貴!」
M「あー、これ本気のトーンの奴です」
T「知らないよ、俺は(笑)」
庄「まじっすかぁ…」
S「繭子」
M「はい」
S「…マーク」
M「ないです(笑)」
S「じゃあ、八幡」
庄「何でプレミアム行くんすか、勘弁してくださいよ!(笑)」
(八幡…プレミアム焼酎)
(中略)
庄「『SUPERYEAH』聞いた時に、最初分かんなかったですけど歌詞ないじゃないですか。インストから雪崩れ込むパターンにしてはこれまでよりもイケイケだしそのままドーン!終わって、即『NO OATH』行った瞬間、俺バックしちゃって(前の曲に戻した)」
T「なんで?」
庄「やっぱり最初っからぶっ飛ばして来た意外さと、あと今歌詞なかったけど竜二さんめちゃくちゃ叫んでなかったか!?って」
T「あー(笑)」
庄「ただそれ確信して聞いた時に浮かんで来た絵は、もうこれこの人達日本なんか全然見てねえなーって思いましたよね。オーディエンスの顔全員向こう(海外)でした。ドローンが観客の絨毯舐めるように飛ぶんすけど、こっち見上げて手を振るキッズ&ガールはものの見事に金髪でした」
R「へえ」
M「そこまで?(笑)」
S「それが、庄内にとっては前との違いになんのか?」
T「そんなふわっとしたイメージ映像で語られても」
庄「大事っすよー、自分にとっちゃあ」
T「相変わらず感性だけで生きてんな(笑)」
庄「おかげさまで!」
S「200字」
M「っはは」
庄「あー、来たー(笑)」
R「飲め飲め、まず飲め」
庄「うぃっす。(グラスを煽り)えー。
…『我が国が誇る最強のKNIGHTS&QEENが世界にブチかます記念すべき10th。より高みにという印象はない。より自然体でありながらどんなフォロワーの追従も寄せ付けない圧倒的なパフォーマンスは本年度の最高傑作。2.5.6.で聞ける暴虐性と最大速度は前作の2.9と合わせてこのジャンルの最新型でありながらカリスマスタンダードと呼ぶべき代物だ。前作までと趣を同じくしながら、あくまでリスナーを置き去りにしようとするその姿勢は控え目に言って、世界レベルの狂気』
ってな感じで」
R「おおおい!」
S「(煙草を銜えたまま拍手)」
T「(指笛)」
M「すごーい。格好いい!」
庄「ちょっと200越えたかもしんないっす(笑)」
S「ナイツ&クイーン(笑)」
T「カリスマスタンダード(笑)」
M「リスナー置き去り!?」
R「いやー、上手いもんだよ思うよ。即興でもそういう引っ掛かりをちゃんと入れてくんだもんな」
庄「ありがとうございます。っつーかね、俺らなんて普段こんな事ばっか考えてますから(笑)。時枝が書かせて頂いたアメリカ版のライナーノーツも面白いですよ」
R「読んだ読んだ。笑った。嬉しいけどね、何にしろこうやって好意的な言葉でもって、援護射撃をやってくれんのはね」
M「ありがとうございます、いつも」
庄「いえいえ!そんなそんな。業界全体を盛り上げたいだけですから。皆さんはその先端を突っ走って下さってるわけですからね、そりゃ熱も入るってもんです」
S「ゴリゴリのデスラッシュうたっといてより自然体って書かれる事の不自然さよな(笑)」
T「ありたがいね」
庄「いや、だけど今回俺ん中で一番デカいのはそこでしたね。高みを目指した印象はないって言ってるのも、落としてるようにも聞こえますけど俺の中だと違うんすよ。大いなるマンネリなんてよく言いますけど、そんなの敢えてスケール広げて新しい事を取り入れる必要のないバンドなんて、世界中探したってほっとんどいないと思うんすよ。一歩前へ挑戦し続けるのが当前だっていう姿勢こそがアーティストだと思いますし、ドーンハンマーだって、これまでやっぱり芥川さん筆頭に、色々試行錯誤してこられたと思うんすよね。音の出し方から構成から、上手く嵌る方法というか、本当に色々。でもここへ来て思ったのが、目新しい事に手を伸ばすクリエイトな作業よりも、今持ってる物を全力でぶつけるだけで、ここまで格好良いんだなって、そういう事思いました。ただ4人が全開で音出せばそれだけでここまでの形が出来あがんだなっていう、そういう意味です。完成度の高さとか好みの音とか言い出すともうそれって好き嫌いなんで、言う意味ないんですけど、アルバムの持ってる雰囲気とか匂いを何度も自分の中に取り入れて聞きながら、牛みたいに反芻させて、溜息と一緒に吐き出すんですけどね。したら、ああ、これはあれだ。ファーストアルバムに近いんだ!って思って。それがもう、聞きながら超嬉しくて!涙出て…」
(沈黙)
庄「…すんません、生意気言いました」
M「(首を横に振る)」
(沈黙)
庄「…すんません(小声)」
M「え、私は嬉しいですよ。なんか、もちろん、庄内さんの仰るように、あえてそれを作品として見た時の完成度で言えば、今出来る事を全部詰め込んでる分、ネムレが最高だって私は言えます。でもその、プレイヤーとして嬉しいのはそこよりも、何が出来たかとかよりも、この、うちのメンバーが若い頃に目を輝かせて、行ったるぜー!世界、待ってろよー!って叫んでた頃の雰囲気に戻せたっていうのは、私の中で最高に嬉しい大正解なんです」
R「…」
S「…」
T「…」
庄「あはは、ああー。でもその、芥川さんの仰る事と俺が個人的に感じた印象が同じかどうかまでは分かりませんが、決して若いとか勢いが振り切ってるっていう意味で言ってるわけではないんです」
M「…はい」
庄「…? あーっと、マインドっていう言葉はあやふやかもしれませんけど、そういう物かもしれません。アルバムの方向性というよりは、もっと内面的というか」
M「…はい。だから私もそうですよ。『FIRST』を超えるアルバムを作らなきゃ世界には行けないと思ってましたから。そこをずっと目指して来たんです。3枚目も、4枚目も、リターンも良いアルバムですけどね。だけど私がまだまだダメでした。だけどネムレは、ファーストアルバムにだって負けないと思ってます。すんごい熱くて、すんごい格好良いですから。アキラさんも悔しがると思います」
庄「…」
M「いや、喜んでくれますよね?」
R「…」
S「…」
T「…」
庄「そんな…俺、明日っから涙無くしてコレ聞けないじゃないっすかー!」
(一同、爆笑)
庄「もおおー!すげえ泣いちゃうじゃないっすかー!」
T「っせーなあ(笑)」
M「あはは!」
池脇による何度かの早送りを経て映像内では1時間程が経過し、酒が進み庄内の緊張から来る硬さが取れた辺りで、芥川繭子が帰った。
それを見ていた関誠が同じタイミングで会議室を退出する意思を告げる。誰も理由などは聞かなったが、この時点でまだ伊澄は会議室に戻って来ておらず、おそらく先程彼から耳打ちされていた事と関係があるのだろうと誰しもが理解した。特に池脇と神波の2人は最初から分かっていたような顔をしていた。誠の退出を待って、映像が再開される。
両手でしっかりと握手を交わし、何度も頭を下げる庄内に最後まで明るい笑顔で応じ、繭子は最後にカメラの前まで来てを手を振った。全員でタクシーに乗せるまで見送ったという。もぬけの殻だった個室に繭子を覗く4人が戻って来て、宴の続き。
庄「天使っすね」
(一同、笑)
庄「天使っすねえ。なんか、俺。…芥川さんに失礼じゃなかったですか?大丈夫っすかね」
S「なんの心配してんだ」
T「嫌われたかもなぁ」
庄「ええええ」
R「それよりもお前何人天使いんだよ。会社の若い子掴まえて天使天使言い倒してんじゃねえだろうな?」
庄「今の時代それシャレんなんないすからね」
T「でもお前織江の事もそんな風に言ってなかった?」
庄「…昔の事言うのよしましょうよ!」
T「昔の事なんだ?」
庄「(カメラを見る)天使っす!」
S「(八幡をグイっと煽り、苦笑を浮かべた顔を横に振る)まだ時枝さんの方が笑えるよ」
庄「え、あいつ何か言ってます?」
S「自分の事織江の信者だって」
(一同、爆笑)
S「お前より振り切ってんな!」
R「(笑)」
庄「そらまー、なんつーか、答えようがないです(笑)。でも今の今、芥川さんがちょっと衝撃だったんでアレっすけど、俺今でも織江さんに会うとドキドキするんですよ」
T「お前(笑)」
R「うははは!」
S「おおー、そう来たか。いいぞ殴り合えー、止めねえからなー」
庄「やめてくださいよ危ないなあ。でもそんな事言ってたら翔太郎さんもっすよ!」
S「ああ?」
庄「ま、…関さんなんて、めちゃくちゃ可愛いし…」
R「声ちっさ!」
T「(肩を揺すって笑う)」
庄「あんの、YouTubeの奴なんかもうちょっと、アレだーめっすよね、メロメロんなりますもん。逆に翔太郎さんが凄いっすよ。あんな子が彼女なんだもん」
T「お前直球だなぁ(笑)」
S「あいつ何言ってんだ。YouTubeの奴って何?」
R「知らね」
S「何?」
庄「知らないんすか。結構前にアップされてる動画ですよ。以前素人さんの間で流行ったじゃないですか。歌ってみたとか、踊ってみたとか。あれです」
S「分かんない(笑)。何?誠が何をしたって?」
R「俺は分かんねえって」
T「あいつが昔なんか撮ってネットにアップしてたのか?」
庄「そうですそうです。誰の曲かまでは知りませんけど、もともと存在する歌を歌って、踊ってしてた動画だったと思います。なら、今スマホで見ますか?」
S「見るかぁボケ!(笑)」
庄「あはは、いやそれがもう超絶可愛くて」
(沈黙)
庄「…天使っすね!」
(一同、爆笑)
T「モデル時代の仕事って事?」
庄「え、いや、違うでしょうね。それこそ例えば翔太郎さんがカメラ回して、ほんとその目の前で関さんが踊ってる、みたな絵面なんで。プライベートだと思います」
R「そりゃあ、何の目的で?」
庄「そういう遊びが流行ったんです(笑)」
R「へえ。ダンスミュージック?」
庄「全然、全然。何て言うんでしょうね、ご存じないかもしれませんけど、初〇ミクとか、ああいう打ち込み系の曲でした。だからダンスっていうよりも、振り付けに近いんでしょうね。コミカルな振り付けを可愛く踊るっていう」
R「分かんねえ(笑)」
T「全然ピンと来ない」
庄「いーや、でもアレ本当破壊力ありまくりでしたよ!」
T「誠が踊ってる動画がか?」
庄「絶対一度は見た方がいいっす」
T「どこで踊ってんの?」
庄「場所すか。場所はちょっと分かんないすけど、外だった気がします。屋外。でも撮影したのが翔太郎さんじゃないなら芥川さんか織江さんでしょうかね、撮ったの」
R「モデル仲間かもしれねえじゃねえか」
庄「ああ、いや、えーっと。記憶違いじゃなきゃ10年以上前っす、それが撮影された日時」
R「っはは!」
T「よっく覚えてんなあ」
庄「正直、何度も見ました(笑)」
(一同、爆笑)
R「もしそれがモデルやる前とか、なり立てとかなら何でお前がそれを見れんだ?」
庄「え、どういう意味っすか?」
R「素人だったかもしんねえあいつがプライベートで上げた動画をどうやって見付けんだ?」
庄「ああ、でもそれは見つけたのはもちろん俺じゃないっすよ。あの方がもしもモデルをやってなければ探せなかったかもしれないですけどね。誰か、ファンなのかそういうのに詳しい人なのか知りませんけど、要するにセキマコの若い頃の超可愛い動画見つけたー!みたいな感じで発掘されて、それが今も生きてるんです」
T「怖え話だなあ、おい」
庄「いやいや、そんな事言ったら皆さんの若い頃のライブ動画だって普通に出回ってますよ。キッズが勝手に撮影してアップしてるやつなんか、削除要請出しても出してもイタチごっこですから」
R「はあー、そういう世の中になっちまったんだよな。ついてけねえわ」
庄「ジジイみたいな事言わんでくださいよ(笑)」
T「でもそれ、今でもそういうのが見れちまう事って、誠本人は知ってるのか?」
庄「俺はちょっと分かんないですけど、それこそ大分前に織江さんとは話しましたよ。ちゃんとご存知でしたし」
R「あああ」
T「ならまあ、大丈夫なんじゃないの」
庄「大丈夫ってなんすか。別にいかがわしい話じゃないですよ(笑)、超絶可愛いっすって、それだけですから」
T「(伊澄を見やる)」
S「(グラスを煽って無視)」
庄「翔太郎さん!」
S「分ーかったよ、うっせーなぁ。人の女が踊ってる動画見て何をそんな興奮してんだお前は」
R「うははは!違えねえ!」
庄「まあね、そうなんすけどね(笑)。ああーあ、何か、空しいですよー。ガソリン追加しよ。ああー」
T「お、飲め飲め、よくわかんねえけど」
ペースの早い宴だった。庄内はどちらかと言えばアルコールに対してかなり強い部類に入る人間だが、対する伊澄・池脇の2人がその部類で言う所のテッペンに立つ男達だ。彼らに釣られるように杯を空けていくペースは庄内の普段の飲み方とは全然違った。記録されている撮影時間のカウンターが2時間を過ぎた頃、少しずつ壊れ始めた。
庄内という男の事を少しでも知っていれば、関誠の素人時代の動画でギャーギャーと盛り上がるような人間でない事は当然分かるはずで、ドーンハンマー側にしてもそこに違和感を抱かないような鈍い人達ではない。
そうなると私の目で見るこの映像は、はっきりと言ってしまえばとても不快だった。それは女性としての立場で見る嫉妬などでは無く、人間的な不快さだった。しかしそのように見えた理由も、そうなってしまった理由も、すぐに判明する事となる。
池脇が何度目かの早送りボタンを押し、再び映像が動き始めた時、私は自分の目を疑った。
庄内が、伊澄の胸倉を掴んでいたからだ。
会議室の椅子に座って画面を睨んでいた私は驚きのあまり、思わず机の上を叩いていた。
同じく画面を見つめながら「え?」と伊藤織江が声を上げ、「えー」という驚嘆の滲んだ声が背後から聞こえた。振り返りはしなかったが間違いなく繭子の声だった。
「あ、間違えた、行き過ぎだった」
と池脇は笑って言い、場面を少し巻き戻した。
彼らが座っている場所は最初と変わっていないが、映像の中に神波の姿はない。便所に行っているという説明が本人から入る。
左から池脇、その横に伊澄、2人分開けて、庄内が座っている。
庄「…そういう意味じゃあ、俺だけの問題じゃないんす」
R「まだそうと決まったわけじゃねえんだろ? 何か、それっぽい話があったりとか、前もって相談受けてたり、そういうんじゃねんだろ?」
庄「付き合って5年以上になるんで。…まあ、ある程度、考えてる事は分かりますよ。顔だけは毎日見てるんで」
R「決めつけはよくねえぞ」
庄「…」
R「じゃあよ、例えばそうだとしようや。そいでお前はあの子からはっきりとそうしたいって言われたら、どう答えるつもりなんだよ」
庄「…どうって」
R「Billionがどうとかよ、仕事がどうとか会社がどうとか、そういう事聞いてんじゃねえよ。お前はどうしたいんだよ」
庄「(息を吸い込み、吐く)…どうなんすかね」
R「どうなんすかねって、俺はお前に聞いてんだよ」
S「まあまあまあ、落ち着けって。…庄内にしたってさ、今俺らにそれを言うって事はきっと前々からそういう可能性を感じてて、何かしら自分なりに思って来たんだろ?」
庄「…」
S「それを聞かせてくれよ」
話はすぐに理解出来た。私(時枝)が詩音社を辞め、ドーンハンマーと共にアメリカへ渡るという決意についての事だ。しかしこの時点で私はまだ何も庄内には告げていなかったし、バイラル側にも相談などしていない。伊藤織江に打ち明けるのは日付で言えばこの日の翌日なのだ。私は何も言う事が出来ず、また誰も、映像以外に言葉を発する者はいなかった。
庄「ひとつだけ聞かせてもらっていいすか」
R「ああ」
S「…」
庄「もし、あいつがあなた達について行きたいって。ウチ辞めて、俺との結婚をやめてまでアメリカへ行きたいって言ったら、あなた方はそれを受け入れますか?」
R「…」
S「…」
庄「答えて下さい」
R「…」
S「…」
庄「答えないって事は、連れて行くって事でいいんですかね。なら、もう、俺は別に言う言葉はありません」
R「…」
S「…」
庄「…何とか言えよ」
R「…なあ」
S「結局お前も答えてないだろうが」
庄「…え?」
S「あの子の人生に対して何も言う権利なんてないだろ、俺達にも、お前にも」
庄「…はあ?」
S「お前のプライドなんかどうでも良いけどな。あの子がどうしたいのかをまず聞いて来いよ」
庄「だから」
(庄内が勢いよく立ち上がり、伊澄の胸倉を掴む)
(伊澄は特に抵抗もせず掴まれるがまま身動きもしないし、立ち上がろうともしない)
R「おい」
S「かまわねえよ」
(そこへお手洗いから神波が戻って来る)
T「…ええ? 何で?」
庄「…」
(庄内は何を言うでもなく、伊澄の胸倉を掴んだまま彼を睨み付け、拳を震わせている)
(神波は黙って庄内の後ろに立ち、彼の自慢のモヒカンを掴む)
T「事情を俺にも聞かせてくれよ。じゃないとこのまま」
S「良いって。大成手放せ」
T「酔っぱらってる奴の命令なんて聞かん」
R「大成」
T「このまま引き離す方が手っ取り早いだろ。別に殴ったりなんかしないって」
庄「何なんだよあんたらは」
R「…」
S「…」
T「…」
庄「頼むからさ。もうちょっとだけで良いからさ、格好悪くいてくんねえかな。それで出来ればさ、もうちょっとだけで良いからさ、あいつの事ちゃんと考えてやってくんねえかな」
(神波が手を放す)
庄「ずっと見て来たんだよ。あんたらの事だって、あいつの事だって。分かってるよ俺だって。あんたらについてってすんげえ面白い人生送りたいよ、そんなの何年前から思ってんだって話だよ。なあ、だけどそんなのはさあ、ダメだろお?」
R「…」
S「…」
T「…」
庄「アキラがさんが死んじまった時、俺考えたんすよ、一晩中。絶対悔いのない生き方しなきゃいけねえ。絶対幸せになんなきゃいけねえんだ。だって俺らは絶対に死ぬから!それがいつになるか分かんねえんだから、何に耐えても、めちゃくちゃ頑張って生きなきゃいけねえって、そう思ったんすよ!」
R「…」
S「…」
T「…」
庄「だから俺は敢えてあんたらから距離置いたんだ。引っ張られてる場合じゃない。俺は俺の出来る事で、俺が最高に幸せだって思えるものに打ち込まなきゃいけない。それが、あんたらに胸張って感謝の言葉を吐ける唯一の事だって自分に言い聞かせて生きて来た!最高に楽しい夜だった!最高にカッコいい音楽に触れて来た!あんたらと過ごしたそういうもんをさ、あー楽しかったで終わらせたくなかったんだよ!」
R「…」
S「…」
T「…」
庄「あんたらは格好良い。ごく自然に、自分達が好きな事に血反吐吐くまで打ち込んで、それでも笑っていられる、最高にタフで最高に狂った格好良い人らだと思う。でも俺は違う。今でも毎日色んな事に迷ってる。毎日不安に潰されそうになってびびってる。仕事の事、会社の事、金の事、女の事、親の事、色々考えすぎて剥げて来たよ。あんたらがそうじゃないとは言わない。だけど俺とあんたらは同じじゃない。時枝も、あんたらと同じじゃないんだ!」
R「…」
S「…」
T「…」
庄「なあ。…あんたら本当に時枝に対して責任取れんのか? なあ。たった一人であんたら追いかけてくかもしれないあいつの事、ちゃんと考えくれんのか? あいつがそうしたいからそうさせてやれなんて、なんで人の人生そんな簡単に突き放せんだよ!あいつがどういう人間か、ここまでどうやって生きて来た人間か、あんたら真剣に見つめた事が一回でもあんのかよ!!」
R「…」
S「…」
T「…」
庄「なあ。本当はあんたら、別にあいつの事なんて大して気にしてないんだろ? そんな事いちいち気にしてないだろ?」
R「…」
S「…」
T「…」
庄「頼むからさ。もし、あいつがそうしたいとあんたらに頭下げたとしても、首(横に)振ってもらえないかな」
R「…」
S「…」
T「…」
庄「あいつは思い込んだら視野が狭くなるから」
R「…」
S「…」
T「…」
庄「何とか言え!」
(庄内の右アッパーが伊澄の腹を叩く)
(会議室内が凍り付き、繭子と伊藤がビクっと体を震わせたのが分かった)
庄「俺は結婚できなくてもいい。辞めたいならウチ辞めたって構わない。だけどさ」
神波が黙ったまま庄内の肩を掴んで伊澄から引き離し、その場に座らせた。少し離れた場所にあったグラスに手を伸ばすと『八幡』を注いで彼の手に握らせる。ずっと膝立ちの姿勢だった伊澄が立ち上がって煙草に火をつけると「便所」と言い、庄内の後ろを通り抜けながら彼の後頭部を平手で叩いた。なかなかのスイングに素敵な音が響いて、八幡がこぼれた。池脇が目を逸らして笑う。
庄「すんませんでした」
R「なんのなんのー」
T「織江からは何も聞いてないけど、時枝さん俺らについてくんの?」
庄「おそらく、それを真剣に悩んでると思います」
T「…なんでまたそれをお前が?」
R「…」
庄「…」
T「え、お前らって付き合ってたの?」
庄「…うーわぁー」
R「(爆笑)」
庄「そうっすよねえ。そこ、まず、言ってませんもんねえ」
T「いや、別に聞きたかないけどね。途中まではすーごい部下思いの上司なんだなあって聞いてたんだけど、いやいやこれ違うんじゃない?って。知ってた?」
R「(首を横に振る)」
庄「すんません、マジで、あー、酔っぱらってんのかなあ」
T「ふーん。難しくてよく分からないけど、…実際にはまだ何も言われてないんだ…よな?ウチとしては」
庄「はい、すんません、その通りです」
T「まあ、それが、お前の思ってる通りなんだとして、時枝さんが俺らについて来る!って言い出したとしたらさ。まあ、それは翔太郎の一人や二人、ぶん殴るだろうね」
R「あははは!」
庄「いやいやいやいや、あー、もう、俺、あー、もう、俺、詰んだなぁ」
R「大した事じゃねえよあんなもん」
T「別にさっきのでチャラなんじゃないの? そういうの根に持つタイプじゃないよ、あいつは」
R「飲め。取りあえず、飲め」
庄「もう結構いったんすよ、ちょっとさすがにこれ以上は(笑)」
T「お前ら2人がガンガン飲ますからこういう事になるんだろうが。少しは責任感じてくれよ、これ撮ってんだぞお前ら(カメラを指さす)」
R「あっはは、忘れてたわ」
庄「うわっちゃー」
R「つーかお前も飲め飲め煽ってたろうが!」
T「っはは、そーかそーか」
R「っは!あー、けどまあ、庄内の考えてる事は分かったよ。なあ」
T「…なんとなく?」
R「好きなんだなー!って」
T「そこはね、うん。そこしか分かんなかったけどね(笑)」
庄「…すんません」
R「謝るようなこっちゃねえさ」
T「何にせよ、お前の取り越し苦労ならいいな」
庄「(首を傾げる)」
T「…お前の中では十中八九?」
庄「間違いないと思ってます。言うか言わないかは別としても、気持ちはそうなんだと思います」
R「へえ。こいつがここまで言うんならそうなんじゃねえの。そこ疑い続けたって話にならねえからそこはもう良いや。そしたら俺らは、お前の望み通り、あの子の申し出を断ればいいのか?」
T「…」
R「そういう事だろ? それで良いんだな?」
庄「…」
T「そう苛めてやるなよ(笑)。こんな話俺らやお前だけで考えてたって何の意味もないよ」
庄「…はい。すんませんでした」
T「…結婚すんのか」
庄「そういう、話だったんすけどね」
T「(溜息)。めでたい話なんだけどな」
庄「めでたい報告出来る筈だったんすけどね」
R「…」
T「…お前の事は昔から知ってるし肩入れしちまう気がするから、そうなっちまう前にあえて言うけどね」
庄「…」
T「あの子がどうするつもりなのか、したいのか、お前らの結婚がどうとか、その過程というか道中は、お前らが必死にどうにかするしかないと思うぞ。…そんな顔すんなよ(笑)」
R「別に白紙に戻ったわけでもねえしな」
T「そりゃそうだ(笑)」
庄「…すんません」
(伊澄が戻って来る。庄内には目もくれず自分の席に腰を下ろす)
庄「翔太郎さん、すみませんでした(土下座)」
S「あいよ」
庄「…」
T「だろ?」
庄「(頷く)」
S「お前テツと仲良いんだろ?」
庄「…ええ、まあ。よく飲みには行きますね」
S「あいつ面白いぞー」
庄「あはは、そうっすね」
S「それこそ、もう何年前かはっきりしないけど、あいつと腹割って話した事があってな」
庄「はい」
S「あいつはほんと、楽器出来ねえし、歌えねえし、頭悪いしな」
庄「ちょっと、そんな事ありませんって(笑)」
S「いや本当に。だけどガキの頃から知ってるからな。やっぱり心配にはなるわけだよ。お前ちゃんとやりたい事やれてんのかって聞いたら、目輝かせてさ、当たり前じゃないっすかーって、底抜けに明るいんだよ。あいつは所謂音楽的な要素は一切ないけど、言ってしまえば、それだけなんだよ。それがどうしたって話でしかなくて」
庄「…」
S「そこ以外の部分は、本当俺達となんも変わらない。すっごいタフだし、面白い事追いかけながら生きてるよ。でも自分が本当に面白い事なんてさ、絶対に他人には理解されないんだよ。同じような飯食って同じように生きてるようでもさ、そこは絶対理解しきれないもんてあると思うし」
庄「…はい」
S「だけど実際聞いてみれば、目こーんなキラキラさせて、面白いっす!って、そやって言うからね、テツは。だからお前も、ちゃんとあの子と腹割って話せ。とことん聞いてやれ。ずっと見て来たお前にとっては視野の狭い一本気な子なのかもしれないけどな、ちゃんと聞いてやればお前ですら理解しきれてなかった何かが、そういうモンがあるのかもしれないだろ? お前らの人生なんだから、お前らで決めたらいい。あの子が良くってお前だけが辛いとか、お前だけ贔屓目に見てあの子をないがしろにするとか。…そういうのだけは、ないようにしないとな」
庄「(深々と土下座し、声を震わせる)…すんませんでした」
S「いちいち大袈裟なんだよお前ら2人とも」
R「(神波を見やって、頷く)」
S「…飲まないのか?」
R「飲むよな?」
庄「…いただきます(笑)」
T「ほどほどにしとけよ。それより今頃テツの奴、くしゃみ止まらないだろーね」
(一同、爆笑)
ま、こんなもんで。池脇がそう言って映像の再生を止める。おそらくまだ続きがあるのだろうが、彼らが私に見せたかったものは十分過ぎる程見たように思う。誰も私に感想を求めようとはしなかったが、私は何度か頷いた後こう切り出した。
-- まだ学生だった頃に初めて彼と会いました。その時は副編集長と部下ではなくて、ただの音楽好きアルバイトと平社員です。特に親しくしていたわけではありませんが、とにかく音楽の趣味が同じだった事はよく覚えています。好きなバンドの名を言えば盛り上がり、その中で好きなアルバム名を同時に言えば一致する。…今思えば、相当な量を聞き込んでた彼の事ですし、何人もそういう人間と接した来たわけですから、話の筋から相手の趣向を察知して答えを合わせるぐらいの事は、普通に出来たんだろうなって、思うんです。だけど、大学を卒業して、正式に新卒で採用された時、廊下ですれ違った私の肩を掴んで当時の人事部に掛け合ってくれました。『この子はうちで育てていこうと思うんで、うちに下さい』。その言葉もそうですが、必要とされている事が嬉しかったです。緊張も、不安もありましたけど、バイト経験を経ている事で部内の雰囲気も掴んでたいましたから、きっと有意義な毎日が送れるだろうと期待に胸を膨らませていたスタート地点で、同じ音楽を聴いて、同じ感想を抱いていた男性と知り合えた事は、幸せ以外の何ものでもありませんでした。それでも、すぐに男女の仲になったわけではありません。彼は言葉の通り、本当に親身になって私を育ててくれました。音楽が好きで、この仕事にやりがいを感じるなら、嫌われてでも本音でぶつかっていく。そういう姿勢を感じました。その気持ちに答えようと努力するうち、愛情と呼べるものが芽生えていったのだと思います。
自分語りをしたいわけではなかったが、何か言わなくてはいけないと思い込み昔を思い出している内、止めどない感情が溢れて流れ出た。池脇達は特に相槌を打つでも返事をするでもなかったが、拙い私の話に耳を傾てくれているのが分かった。その事がまた嬉しくて、気持ちばかりが前に出た。
-- 何も、考えていないだけのかもしれません。その場その場の興奮だけで生きて来ました。私はただ見たいものだけを選んでいただけで、自分を支えていた物や、人を、全く見つめ返して来なかったのだと知りました。私は私なりに庄内を大切に思っていると、そう思い込んでいました。ですが、今、彼の言葉を聞いた時、私は、全然釣りあってなどいなかったんだと、はっきりと、そう思い知りました。竜二さんが仰って下さった言葉で、勇気をもらった気でいました。10年後、20年後の私とは付き合えないのかって言ってやれ。そのぐらいの気持ちでいればいいんだって…。私はどれだけ、人の優しさを誤解すれば反省できるんだろう。自分が嫌になります。…馬鹿だ。…大馬鹿が!
「そんなに大きく間違いを犯したわけじゃないと思うよ」
そう言ってくれたのは、芥川繭子だった。
「間違えたんだとは、思うよ。トッキーは私達じゃなくて、一番最初に庄内さんに相談するべきだったのかな。そこは、間違いだったんじゃないかなあとは思うね。だけど、さっき見た庄内さんの顔と言葉はさ、これまであの人に接してきたトッキーへの愛情があるからだよね。ただ優しいだけで、あの言葉は出ないよ。だからああやって、あんなおっそろしい真似が出来たんじゃないかな。顔上げなよ。まだ何も終わったわけじゃないんだから」
「俺ぁさっきから織江が怖くて仕方ねえぜ」
頷いて繭子への感謝を言い終わるか終わらないかのタイミングで、池脇が冗談にも聞こえる言葉を口にした。
机の右端で一人座っていた伊藤は珍しく姿勢を少し前に倒し、机の上に両肘を付いて自分の爪を撫でていた。確かに上機嫌には見えなかったが、もし池脇の危惧する通り彼女が怒っているのだとしても、私はその理由が分からなかった。
「そう?」
と伊藤は答えてチラリと池脇を見たが、その目は少しだけ睨んでいるようにも見えた。
「ねえ。…何で今この映像見せた?」
伊藤の問いに、池脇は答えず彼女を見つめ返した。伊藤はそのまま神波へ視線を移し、尚も言う。
「大成さあ、これはフェアじゃないよ」
「そうか?」
「肩入れしたくないなんて言ってたけど、これは結局肩入れじゃないのかな」
「どうかな」
「庄内さんは、ストレートな人だし、おかしな事言ってるわけじゃないよ。彼の意見も大事だし、気持ちも大切にしなきゃいけないと思うよ。でも、いくら時枝さんが自分で見るって言ったとしても、前もってこの内容を知ってた二人は止めてあげるべきだったんじゃない?」
静かだが怒りの滲んだ伊藤の言葉に、池脇と神波は答えられないようだった。
「今彼女をこうやって泣かせる事が目的だったの? それって」
神波の手前、気持ちを抑えて話している様子だった伊藤は、
「そんな事考えてるわけねえだろうが」
という池脇の言葉に少しだけ気持ちを剥きだした。
「だからそういう所でしょ? 庄内さんがもっとちゃんと見てくれって言ったのって」
「お前のそれは肩入れじゃねえのかよ」
「肩入れだよ。そっちがどういうつもりなのか分からないから、肩入れし返してるんだよ」
「俺達は別に肩入れしてるわけじゃねえよ」
「結果そうなってるじゃない。自分の夢を追いかけて考えて考えて決断した彼女に今このV見せてさ、気持ち揺るがせてどうしたいのよ。考え直せとでも言うの?」
コンコン。会議室の扉をノックする音が響き、「入りまーす」という関誠の声。だが扉を開けて入って来たのは伊澄だった。もちろんその後ろには誠の姿もあり、彼らを見て心なしか池脇と神波がほっとしているようだった。
「終わったか?」
そういう伊澄は自分の席に座っている私の顔を見て顔を曇らせた。事情を聞いていたらしい関誠は私の横まで来ると肩に手を置いて、耳元で囁いた。
-- (頷く)。泣いてる場合じゃないですね。…あー、うん。今、この映像を見せて頂いた事は、織江さんのお気持ちをお伺いした上で言いますが、私には感謝しかないです。私、織江さんの凄さって、もう分かってるので。私が肩身の狭い思いをしたんじゃないかと心配して下さり、所謂援護射撃で助け舟を出していただいた事は、ちゃんと理解出来ています。損な役回りをさせてしまって、申し訳ありませんでした。率直に言えば、私自身庄内の本音を聞いて気持ちが揺らいだ部分はあります。ですがそれはきっと必ず通る道でしかなくて、それをこうして皆さんの前で経験した事については、正直、恥ずかしいとも何とも思いません。却って自分を偽れない状況なだけに、有難いとさえ思います。私は強い人間ではありませんから、自分の部屋で一人この映像を見ていたら、もしかしたら本気でアメリカ行きをやめようと思ったかもしれません。それに、繭子の言ったようにもっと早い段階から庄内に相談出来ていれば、こんな痴話喧嘩みたいな事に皆さんを巻き込まずに済んだだけに、心苦しい思いで一杯です。(「そんなつもりで言ってないよ」という繭子の言葉に笑って頷き返し)、ただ今の所、私の決心が大きく覆されたとは思っていません。自分が感じていた以上に庄内は私を見ていてくれたんだという事に対する感謝はあります。そこに対して私はもっともっと誠意をもって向き合わなければいけないと思います。だけど、それでも、私は、バイラル4で仕事がしたいです。…そしてもちろん、彼が許せば、庄内と一緒になれたら嬉しいです。例えそれが今日でも、10年後でも、20年後でも。
再び練習スタジオへ戻ると、打ち上げの準備を終えた渡辺、真壁、上山の3人が笑顔で出迎えてくれた。いつの間にか運び込まれたテーブルの上に、オードブルや凄まじく蠱惑的な匂いを放つ料理が整然と並び、ありえない程の量のアルコールがメインディッシュのように飲み干されるのを今か今かと待っている。会議室内での沈鬱な空気を吹き飛ばすように池脇が唸り声をあげ、神波の指笛が綺麗な音色を響かせた。メンバーの後に続いて最後にスタジオ入りしようとした私の手を、更に後ろにいた伊藤が掴んで引き寄せた。
「ごめんね。頑張ろうね」
と彼女は言い、私は勢いよく伊藤に抱き着いて泣いた。
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