芥川繭子という理由

新開 水留

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2017年、3月。



物事に線を引くのは本当に難しい。
境界線というやつだ。
実際の時間は常に連続で、一定の速度だ。
時間の流れに沿って生きている我々のスピードは一定の筈だが、どうにも私と『彼ら』では感じ方も見え方も違う気がしてならない。
私は今日、一つの区切りを迎えた。つまりは終わりを見た筈で、しかし『彼ら』はどこ吹く風。
打ち上げだ壮行会だと、それらしい言葉で幸福な時間の過ぎ行く様を演出し、同じ時間を共に生きた事を教えてくれはする。
確かに私の密着取材は終わったのだ。確実に終わった。
ドーンハンマーはもう間もなく日本を離れる。
だがそれでも終わったという気がしないのは、一体何故だろう。
たった一本どこかに線を引けば良いだけなのに、その線をどこに引いて良いか分からないのだ。
それはおそらく『彼ら』がそう仕向けたからに他なく、今思えばそれすらも『彼ら』の優しさに相違なかった。
そして今図らずしてバイラル4スタジオに携わる全員が顔を揃えた。
私はビデオカメラのツイッチをオンにすると、嬉々として飛び回った。




宴の喧騒を背景に。
伊澄翔太郎(S)×繭子繭子(М)。

M「…こないだ忘年会やったじゃないですか。不思議な感じしません?(笑)」
S「その前もお前の誕生日でこんな感じだったしな。ライブやらないで酒ばっか飲んで騒いでるバンドって思われるな。なんつーんだっけ」
M「え、パリピ(笑)」
S「美味そうなおつまみにしか聞こえねえよな」
М「はい(笑)」
S「(誠の居場所を確認してから、煙草を銜える)」
M「お疲れさまでした。翔太郎さん(そう言いながら流れるような動きで煙草に火をつける)」
S「(苦笑)。お疲れ。終わってみてどうだった、この一年」
M「…最高でしたよ」
S「言うと思ったけど」
M「正直そのー、いっちばん初めに翔太郎さんが喰いついて話がトントーンて進んだ時は、もう、え、何グルなの!? 許せない!って思って」
S「何が、何の話(笑)?」
M「この人(時枝を指さし)がここに初めて来た日です」
S「あー」
M「結局は私は皆さんについて行くだけでなんで、なんだって構わないって言えば実際そうなんですけどね。ただまあ」
S「入り口が違うんじゃないのって、な」
M「そうです。私じゃないだろ!そこは!って(笑)」
S「でも多分Billionとかでアンケート取ったら100人中97人は繭子に密着しろっていう集計になると思うけどな」
М「Billionでそれはならないですよ。せめて…」
S「…」
M「…60人くらい(小声)」
S「普通ー」
M「(お腹を押さえて笑う)、正解なんですか、正解教えて!」
S「自分で考えろよ」
M「でも97人てことは3人くらいは私じゃない方が良いんですよね。すっきりしないなっ」
S「へえ(笑)。…まあ、織江と誠とノイだけどな」
M「あっは、そこはもうちょっと気を使いませんか(笑)?」
S「いやいや、何言ってんの。『あの人』絶対自分に101入れるから」
M「(立ち上がる)ちょっと待ってー。ダメだー、ダメー。…(爆笑)!」
S「あ、酒取って来る」
M「行きます行きます、そのままそのまま」
-- 私が行ますから、お二人こそ、どうぞこのままで。
S「だから」
-- これはもう仕事ではありませんから(笑)。
S「…そうか。なら」
-- マークですね。
S「いや、とりあえず吐くまでビール」
-- あはは。
M「うわーお、これ朝までコース(笑)」
-- そうなの?
M「(伊澄を遠慮がちに指さし)、吐くわけないでしょ。あるもの全部飲み干したって吐かないよ」
-- あはは、限界ってないんですか?
S「んー? …ねえな!」
M「うーわお!」
-- (爆笑)!




PA室に場所を移して。
真壁才二×渡辺京。

真壁「多分、若い頃の全然使えないような話しかしてないよなって、こないだも二人で話してて(笑)」
渡部「きっと僕らは全然出てこないよねって」
真壁「いいけどね、いいけどね(笑)。ただ逆に全く協力的じゃねえなこいつらって思われても困るけど」
渡辺「結構、喋ったよね?…そーだ、うちヨーコも出てるから。特別出演(笑)」
真壁「あはは!本当だ、すげえな。でも…そうそう、俺なんかの仕事だとさ、何の切っ掛けか分からないけど、…大成繋がりかなあ、SEの記事を書きに来る編集さんとかもいるだろ、たまに」
渡辺「はいはい(笑)」
真壁「よく分からんけどさ、あんまり興味ないんだろうけど、上からの指示で取り合ずインタビュー取りに来ました、みたいなのがね」
渡辺「ふふふふ」
真壁「ね、来るじゃない。それは仕事だから別にいいんだけどさ、この人(時枝)一切それやんなかったのよ!」
渡辺「あはは!」
真壁「それどーなのよ!って思って(笑)」
渡辺「今度は逆にね」
真壁「そーう。俺結構いい仕事してるぜえ?」
渡辺「そうだね、うん。そうそう」
真壁「(笑)、ただ、うちの大成なんか特にそうだけど。手の内明かすの嫌がるし、好きじゃないじゃない、その手の話が」
渡辺「うん」
真壁「それちゃんと分かってるんだよな、この人は。こっちもそれを知った上で、とりあえずじゃあ聞くだけ聞いておこうかっていうスタンスで寄って来ない事に感心したし」
渡辺「却ってその方が『聞いてー』ってなるよね」
真壁「なった(笑)。そいで結局じゃあどういう話をしてんのよって織江に聞いたりしたけど、もちろん音楽の話もちゃんとするんだけど、昔の思い出話をしてるんだーって聞いて」
渡辺「え?ってね(笑)。ウソでしょって」
真壁「ここ数年で一番びっくりしたもんな。あの翔太郎が!? あの大成が!?」
渡辺「でもこうやって大団円というか、ちゃんと終わりを迎えてさ、今もこんな、ああいう空気になってるでしょ。それが、ああ、来た。…もーおおおおおお、うっさいなあ!!」
(茶化しに来た数名とともに爆笑)
真壁「(笑いながら首を横に振る)」
渡辺「今更んなってこんな事言ったって意味ないけどさ。もっともっと教えられた事あったよなーって思うもんね」
真壁「あー」
渡辺「教えるっていうと偉そうだけど、…告げ口でもいいけど(笑)。なんか、クロウバーの時にも同じ事思ってたんだけどさ。『やると決めたら絶対やるんだ』っていう、そういう言葉ってよく聞くし、そらあ格好良いんだけど、だけど普通は出来ない事の方が多いじゃない」
真壁「普通はね。そうそう出来ないようになってるよな、人生というか、物事ってのは」
渡辺「ね、そうそうそうそう。出来ないよ、出来ないから、成長するんだと思うし。だけど見ててずっと思ってたのはね、こいつらに出来ない事って逆に何なのよって(笑)」
真壁「…うわー!言いたくねえー!」
渡辺「わははは!」
真壁「まあねえ。まあ、その、アキラがああいう風になってさ。やっぱり完全無欠じゃない、人間らしい姿を見てしまうわけなんだけど、そこを踏まえて見たあいつらの凄さっていうのも、あって」
渡辺「うん。困難を乗り越える為に強くなるとか、困難を経て強くなったとか、そういう風には感じないもんね。もう出会った時からあんな感じだった。でまた、前にテツも言ってたけどね、なんであいつらの前に立ちふさがる壁ってあんなに強烈なのよって(笑)。…ま、お前もな」
真壁「(仰け反って笑う)」
渡辺「そういう物を彼らは全部突き抜けてきたし。もちろん余裕綽々ではなかったんだろうけど、…こんな大人げないバカ騒ぎしてるようなのがさ、アメリカ行っちゃうんだもんね。あ、お前もな」
真壁「何だよ(笑)!」
渡辺「だから言ってるんですよ。僕もね、ヨーコが成人したら追いかけるから、それまでは絶対帰ってこないでねって」
真壁「(爆笑)」
渡辺「アメリカの土踏ませてねって。いやー、楽しみだ!」





会議室の静寂の中で。
上山鉄臣×時枝可奈。

「すんません、お待たせしましたー、お疲れしたー。…もう、涙拭いてよもう(笑)」
-- すみません。先程うちの庄内と仲が良いという話を改めて伺いまして、色々と考えてました。
「こんな所で一人でねえ、もう、皆時枝さんどこだって騒いでましたよ」
-- うふふふ。
「庄内さんの話します?」
-- 興味津々で待ってました(笑)。
「そうなんですか(笑)。実はテツくんトシくんの中ですから(庄内の下の名はトシミツ)。主にあの人らの愚痴を言い合う飲み会を夜な夜な開催してます」
-- 同い年でしたか?
「本当はあっちが一つ上なんで、最初さん付けだったんですけどね、仕事付き合いも長い人なんで何となく、漫才コンビみたいでしょ」
-- (笑)、ご迷惑かけてませんか?
「うーん、どうだろうか。飲みの席で? いや、静かな人ですよ。ってそんなのはねえ、そりゃあ時枝さんと俺とじゃあ向こうも接し方違うじゃないですか。言っても男と男ですから、お互いに格好付け合う部分って女性とは違いますもんね。だから、お酒に関して言えばうちの怪物達に引けをとらないんで、ずーっと同じテンションで話して」
-- 色々と余計な事をテツさんの耳に入れてなきゃいいんですけど。
「あはは、ううーん、まあ、聞いてない事はないですよ、そりゃあね。ただでも、答えらんないっつーかね」
-- あははは!そりゃあ、もう、仰る通り。
「いや、うーん。俺はもう、最初っからそういう、結婚とか若いうちから考えてこなかったですから。アメリカには行くもんだってそこは信じ切ってましたから、第二の人生考えるとしたらそこから先の話だなって(笑)。そんなんだから、相談みたいな感じで来られても、言いようないですよね」
-- もう、ほんと、本当にすみません、厳重注意しときます!
「あはは!いやいや、そんな事は全然良いんですけど」
-- お二人の時って、どういう会話になるんですか?
「よく話してるのはアキラさんの事と、繭子の事ですよね。思い出話っすよ、普通に」
-- そしたらお二人も、10年以上になるんですかね。
「いや、自分はバイラル入って8年ぐらいなんで」
-- そうでしたか。
「大成さん達の結婚を機に、ちょっと手伝えって言う話になってからずっとです」
-- それまでは何を?
「言えない事です」
-- …こっわー…。
「(爆笑)」
-- いやいや。
「ただ単に格好悪いから言いたくないだけですよ。付き合いはずっとあったんですけどね、きちんとした話をいただいて、色々勉強させてもらって」
-- 今って現場の実働的な事ってほとんどテツさんですものね。お顔は色んな場所で拝見してましたから(笑)。
「あはは、まあ全部織江さんが段取り組んでるんで、そのまま任務遂行するだけですけどね。体力には自信あるんで、それだけが取り柄っすよ」
-- 失礼な話、最初はバンドのローディーさんだと思ってました。
「似たようなもんですよ」
-- 全然違いますよ。イベンターやレコード会社と相談してスケジュール組まれたリもされてるじゃないですか。
「ようやくですけどね(笑)、基本は織江さんの運転手です」
-- 兼ボディガード。
「そうです。それが一番楽ですもん。織江さんが頭使ってくれて、俺は彼女の道を開けて、手足となって動く! これが一番ベスト!」
-- あははは! 繭子は移動の時や待ち時間で、テツさんが側にいてくれると安心だから助かるって言ってましたよ。
「あー。それはでも上の人ら(おそらく池脇ら)に口酸っぱく言われてますから。何トチっても良いけどあいつから目離したらお前分かってんな?って」
-- うふふふふ。
「怖がり過ぎです(笑)」
-- うふふふふ。
「でも最近はなくなりましたけど昔はマコちゃんが打ち上げに来る時の方がやばかったですよ。飛んで来る視線の量が半端ないんで俺ずっと会場の入り口で仁王立ちして、おかしな動きする奴全部とっ捕まえて。バイラル入る前からそんな事してましたから」
-- あははは!
「でも皆舐めてかかってますけど、マコちゃん本気で喧嘩強いですからね」
-- (笑)、それどこまで本気で仰ってます? 誠さん本人もそうやって言ってましたけど。
「え、真実ですよ。だって翔太郎さんの愛弟子ですから」
-- (爆笑)
「やっぱ気にされてましたもんね、そこは。昔色々ありましたし、あの見た目ですからね。だからちょっとやそっとの野郎なら太刀打ち出来ないくらい鍛えてましたよ」
-- ええ、え、本当ですか?
「はい。具体的なネタ晴らしすると死活問題なんで言えませんけど、多分全然知らずに喧嘩売ったり力づくで何とかしようとしたって絶対勝てませんよ、マコちゃんには。そういう風に鍛えられてますから(笑)」
-- そんな格闘家みたいな。
「ああ、近いっす近いっす。翔太郎さん昔路上で、プロデビュー前だったイケイケの総合格闘家に勝ちましたからね。その上マコちゃんなんて何でもアリな分余計にタチ悪い、あっ(下を向く)」
-- あははは!
「え、トシくんの話どこ行きました?」
-- 本当だ。でも飲みの席だと音楽の話ばっかりしませんか?あの人。
「ほとんどそうですよ。勉強になるんですけどね、音楽的な知識が自分にはないんで、まあ、あんま理解はしてません(笑)」
-- 正直な方ですねえ(笑)。
「だから結局思い出話になって」
-- 庄内も、アキラさんには格別の思いがあるようです。
「そうですね、はい。だけど、存在感で言うとほんと、俺の目から見てもアキラさんと繭子って同じぐらい凄いんですよね」
-- …はい。
「…え?あー、そんな感じで泣くんだ(笑)。これはこれは、自分貰い泣きとかやばいんで早く拭いて下さい。そんな急に涙出るんすね!」
-- すみません(笑)
「そこは、トシくんも同意してましたね。普通はありえないっすよねーって言って(笑)。あの人らにしたら幼馴染以上の、家族、血よりも濃い兄弟、そういう繋がりですから。俺にしたってそうですし、学生時代からの付き合いで、最強で、最カワだったっすからね、アキラさんて。そういう人が死んで、入れ替わりではないんだけど繭子がそこに居て。ありえないっすけど、アキラさんがもし今でも生きてたらーとか、やっぱ考えちゃうじゃないっすか。でもそれって虚しい事なんで、話したとしても会話が全然違う方向へ流れて行くんですよね。だけどもし繭子がいなかったらって話になると、もう皆それどころじゃなくなるんすよね(笑)。そんな悲しい話はよせ!ってスッゲー不機嫌になりますから。だから、うん。繭子はやっぱり凄いですよ。時枝さん、目の付け所が良かったですよね」
-- はい(笑)。
「…俺何様だ!?」
-- (爆笑)





応接セットを独占しながら。
神波大成(T)×伊藤織江(O)。

O「この方はやっぱり、平常運転だったというか…」
T「んん?」
O「もちろん家でもこの、密着取材の事は話題にしてたけど、新曲のレコーディングがーって話す時とおんなじテンション(笑)」
T「逆にその分織江がうちでの事を話したりするから、そこはびっくりしてた」
O「どして?」
T「絶対にプライベートな話とかしない人だったもんね。スタジオの中ならまだしも、外に出ると分かっててそれをするっていうのが…」
O「(照れた顔をそむける)」
T「んん?」
O「(神波に向き直り小声で)ごめんなさい」
T「構わないよ、するなって思ってたわけでもないから。ただ竜二も翔太郎も気にしてたよ、大丈夫なのあいつって」
O「あはは!」
T「やっぱり女の子なんだなーって」
O「うー、ちょっとおー…」
T「繭子も誠も話したがるもんねえ。織江にもそういう部分あったんだなって、妙に感心した(笑)。ただ時枝さんが一番分かってると思うけど、色々話してた割にはきっと翔太郎も竜二もほっとんど私生活って謎のままじゃない? …ね、だと思った。うちはほら、繭子が出入りしてるからそこ目線で言われてるだろうと思ったし、気が付けば織江もちらほら言ってるっぽい事聞いてて」
O「(申し訳なさそうに頷く)」
T「でさ、私生活とは違うけど時枝さん自身が翔太郎の家行ったりとかも聞いてて、それって書こうと思えば書けるじゃない。でもじゃあ、どれほどあいつらの私生活に踏み込んだ?って聞かれたらきっと、…ね。そうなんだよ」
O「私生活かー。難しいね、それが必要かどうかの線引もそうだし、私ですらあの二人のそういう部分は知らないもんね(笑)」
T「俺も知らない」
O「翔太郎はまだあれだけど竜二って昔から本当、謎」
T「単に家にいないだけだよ」
O「それはそうだけど、じゃあどこで何してるのっていうのも、誰も把握してないじゃない」
T「興味ない(笑)」
O「具体的な名前は出せないけどあの人とかあの人とか、いつの間にそんなに会ってたのよって(笑)」
T「あはは!そういう奴だよ、昔からそう」
O「うん。でもそこに目を向けなかった時枝さんは偉かったね。密着取材ってさ、無理に人員割いてでもそういう言ってしまえば下世話な部分にスポット当てがたがるじゃない。絵としても面白いわけだし」
T「まあ、引いて見ればね。ただまあ実際」
O「それやってたら終わってたけどね(笑)」
T「そうそうそう。けどそれが当たり前だと思うよ。ドーンハンマーというバンドに目を向けた一年だったわけだし、そもそも、私生活じゃないにしても個人的な古傷やなんかも晒すはめになるとは思ってなかったしね」
O「うん」
T「織江も辛そうだったもんね」
O「(首を横に振る)」
T「さっき見たから言うわけじゃないけど、庄内とも実は何度か話してて。今こういう流れなんだけど、どう思う、上手くお前らんとこで処理できるのか?って聞いたらさ。他の会社じゃ無理だと思いますけどうちには俺と時枝がいますから、任せといてくださいって言うし」
O「あはは、頼もしい」
T「んーじゃあ、まあ、いっかーって」
O「大成らしいねぇ(笑)」
T「んん?」
O「もちろん私の思惑として、まずバンド。この、ドーンハンマーというバンドをなんとかせねば。世界へ行くんだ。そこを思えば今回のこの企画を前向きに捉える事はそこまで難しい事ではなくて」
T「そうだね」
O「この人(時枝)もそうだったし。ドーンハンマーを通してワールドワイドなメタル界の実情に近づく。それってきっとバンド目線とか繭子目線っていうカメラのレンズはあっても、映ってるのは向こう(海外)で活躍する歴戦の勇者達だったはずなの。もちろんずっとあなた達の事を知ってて応援してくれてた人だから、バンドをただのレンズっていう扱いにしなかったとは思うよ。でもきっと、本人が思ってる以上に大きな方向転換をしてると思う」
T「うん」
O「…『うん』? 分かってる?」
T「分かってるよ(笑)」
O「だけど本当に、全然、最初っからなーんにも変わってなんかなーいみたいな顔してさ。あなただけは平常運転だったね」
T「…俺? 俺の話してんの?」
O「あなたの話をしています(笑)」
T「ごめん」
O「私としては心強かったよ。まあ、家で何度も言ってるから今更人前で言うなって思うんだろうけど」
T「そういう部分が女子だね」
O「ああーーっ!」
T「(笑)」
O「だけど、話と違うじゃねえかぁって、ならなかった?」
T「よく分かってなかったかもしれないね、そうやって言われてみると。言い方悪いかもしれないけど、必要な場面で必要な事だけ言えば良い役割だって思ってたから、この人が最初の時点でどこまで計算出来てて、何を書こうとしてるかまでは考えてなかったんだよ。何その表情」
O「大成だねえ(笑)」
T「お前それ悪口だからな?」
O「私が言うのはアリなんです」
T「…今日凄いね」
O「あはは。あー、どうだろうこれ、後で悶え苦しむのかな」
T「知らないよ(笑)。けど、秋ぐらいに翔太郎がややこしい事言いだした時にはさすがにどうなるんだこれって思ったけどね。正直それぐらいじゃない、取材受けてて焦ったのって」
O「だんだんと趣旨が変わって行った事に対しては、特別?」
T「何も。今だから言うけど俺達は織江がゴーだって言えばゴーなんだって」
O「んーないないない(笑)」
T「俺だけじゃないよそれは。だから本当、失礼かもしれないけど取材に対してあれこれ悩んだり考えたりは、俺は一切してないよ。仕事の一つとして、今日は俺が喋る日ね、今日は皆いるんだなって、その都度知って『はいはいー』って」
O「思い入れみないたのも、なく?」
T「思い入れ? 思い出にはなってるよ。けど思い入れとかフォーカスとかそういうものは全部曲作りの為にあるもんだから」
O「かっくいい!」
T「いや、普通」
O「あはは、失礼しました」
T「ただ上手いなーとは思ってたよ。これまで受けたどの取材よりも喋りやすかったのは感じてたからね」
O「それはそうだね」
T「織江をここまで表に引っ張り出せた人は未だかつていないよね」
O「お恥ずかしい限りです」
T「織江が自分で上手い事言ってたもんな。この人自身は10も喋らないのにこっちが100喋ってるって。才能だよね。努力家でもあるし。ここまでバンドの事とか業界の事詳しいとさ、ぽんって聞かれる質問にも上辺だけじゃすませらんない深みがある気がしてね、つい喋りすぎるっていう」
O「ちゃんと答えなきゃいけないって思わせるまっすぐな目をしてるんだよね」
T「(頷く)、自分の事もそうだけどさ、そうやって向かってくる真剣な目に対して、真剣に応じてるあいつらを見れたのは意外だったし貴重だった。それこそ、曲作りとか練習中のような熱意とか集中力を感じたし。それはやっぱり、音楽だけやってきた俺達にとっては凄い事だと思うよ」
O「そうだね、本当にそうだった」
T「織江も、お疲れさま」
O「お疲れさまでした」
T「本当なら一番最初に感謝しなくちゃいけなかったって思ってた」
O「何よ急に。やめて、泣いちゃうから(笑)」
T「多分いつもみたいに、家に帰ったら言葉に出来ないまますぐに寝ちゃうだろうからさ、こうやって無理やり時枝さんに撮ってもらって、今しかないんだってわざわざ教えて貰わないと言えないんだよ」
O「…」
T「今頃言っても大分遅いんだけど、この企画を通して改めて思ったよ。何を?どんな風に?って聞かれても全部言葉で言える程器用じゃないけど、俺だってこれまでの事を何ひとつ忘れてなんてないからな」
O「(顔を両手で覆う)」
T「ありがとな。もっと織江が楽出来るように頑張るから、だからもうちょっとだけ、よろしく頼むよ」
O「(何度も頷く)」
(スタジオ内が静まり返り、池脇と伊澄が近づいてくる)
R「なんだ?」
S「どうした、なんで泣いてんだよ」
T「なんでもねえよ(笑)」
-- 大丈夫です、揉めてるとかじゃないですから、皆さんどうぞ続けて下さい!
T「(カメラに向かって困った顔を見せ、伊藤の頭に手を乗せる)」
(誠が彼女の前に立ちふさがり、冗談めいた顔でカメラに手をかざす)
(同じく繭子が伊藤の体を抱き寄せ、『見世物じゃねえぞ』と凄む)
(一同、笑)
O「…い」
SM「え?」
O「お酒飲みたい」
(一同、爆笑)





楽器セットの中にパイプ椅子を並べて。
池脇竜二(R)×伊澄翔太郎(S)。

R「俺とお前とどっちが喧嘩強いって話になって」
S「うん?」
R「そん時はまあ、喧嘩なら俺、酒なら翔太郎だって答えようと思ってて」
S「うん」
R「でもこの一年、俺お前に何発殴られた?」
S「(爆笑)」
R「(嬉しそうでもある、彼特有の苦笑を浮かべる)」
S「お前なあ、いい年して喧嘩とか言うなって。事務所構える時織江に教わんなかったか?」
R「ふはははは、クソがぁ!」
S「もっと感動的な話出来ないもんかね」
R「感動的なあ。…なんもねえなあ」
S「全然考えないよな、お前は」
R「考えたって何にも出て来やしねえよ」
S「…」
R「知ってるか。俺らが揃って40になった年の暮れに織江が言うわけよ」
S「ん」
R「私が言えた事じゃないけどさぁ、あなた達は、もう少し早く売れると思ってたなぁ」
S「あっははは!」
R「辛いー」
S「あははは!」
R「まあなんか、そういう話になるとよ、巻き込んでる奴らの顔まで浮かんできちまってよお。ほとんど同じ年の連中で集まってるからこそ余計に、早えとこなんとかしねえとって」
S「老けたよなあ、皆なあ」
R「(腕を組んだまま肩を揺すって笑う)、だからって言い訳は関係ねんだけど」
S「改めて言われちゃうとね」
R「いや本当そう。今だからそやって笑って言えるけどな」
S「織江のそういうマジなのかジョークなのか分からん抉り方は昔から変わらないな」
R「あいつのはマジだと思うよー?」
S「嫌っそうに言うなぁお前(笑)」
R「ノイがよ、織江のちょっと後ろに立ってよく『ごめんねえ』って口パクしながら手合わせてたもんな」
S「(爆笑しながら何度も頷く)」
R「…そっちはなんかねえのかよ」
S「あー、はは。この一年で言うと笑ったのがさ、ついこないだ、この人面白いぞー。織江と誠ならどっちが優秀ですかーだって」
R「なんだよそれ。それ聞いてなんなんだよ(笑)」
S「な? ネタがもう、尽きたんだろうなぁ」
R「わははは!おうおう、睨んでる睨んでる」
S「優秀もなにも俺では分からないけどな。それ聞いた時に思い出したのが、俺と大成でどちらが作曲家として優れてるか議論みたいなのが、昔からちょくちょくあって」
R「(頷く)」
(そこへ上山がお酒の追加を持って現れ背後から二人に手渡すと、カメラに向かってウィンクしてまた次の場所へと歩き去った)
(池脇は右手に持ったハイネケンを少しだけ隣の伊澄に向かって傾ける)
(伊澄は左手に持ったコロナではなく、右手の拳を池脇の瓶に当てた)
S「お疲れさん」
R「お疲れ。…まあ、外から見ればそういう疑問も沸くか」
S「疑問か? 好き嫌いだろ。大成とも言うんだけど、俺達は同じバンドだからそこで競い合っても仕方ないんだよ本来。曲書ける人間が二人いてそれぞれがお互いにない部分を補い合って一つの楽曲に向かってる」
R「(頷く)」
S「それを外から見て、やっぱり大成作曲だと思ったんだよ、こういう曲はなんだかんだあいつだよなーって。そういう時それを考える奴は自分の中で、どういう満足感を得てるんかなと思って」
R「あはは」
S「こっちは気にしてないからね。気に病む病まないの事じゃなくて、どっちが作るかを重要視しないし」
R「(頷く)。だから、そこじゃねえか? そこを重要視してねえとはきっと周りの奴らなり、ファンもそうなんだろうけど思ってないと思うぞ。お互いが切磋琢磨しあって、アルバム中何曲が翔太郎だ、今回は大成が多い、どうなんだこのバランスはーとか思ってんじゃねえのかって」
S「違う違う、それがなんだってどう思われようがどうでもいいよ。そこがそいつにとってどんな意味なんだって話。結局俺達は、俺が作曲しても大成が作曲しても、それは絶対楽曲として作るだろ?作らないとか作らせねえとかなら、また話変わってくるけど」
R「ああ、ああ。作曲した段階じゃ優劣なんかないって事?」
S「そう!」
R「っはは、それはもう、内輪でしか分かんねえだろ」
S「そうだけど。…結局は全部作るんだよ、可能な限り形にする。それをどのアルバムに入れるかだけの違いだろ」
R「まあな。改めて聞くと当たり前の事なんだけど、知らないわな、普通外野はな」
S「この人(時枝)は割とそこらへん公平に見てたから良かったけど」
R「公平っつーか、あれだろ。二人とも大好きー!!みたいな」
S「(爆笑)」
R「顔真っ赤!」
S「誠と織江、どっちがより頭脳明晰ですかって」
R「ふふ、うん」
S「お前どう思う?」
R「織江かなあ」
S「なあ。俺もそう思うんだよー」
R「…なんだこの質問!(笑)」
S「(爆笑)」
R「なあ」
S「あ?」
R「俺とお前どっちが喧嘩強い?」
S「お前」
R「いやいや、翔太郎さんですよ」
S「クソが(笑)」
-- (爆笑)
R「…向こう行っても、その調子で頼むわ」
S「あいよ」





会議室にお酒を持ちこんで。
関誠(SM)×伊藤織江(O)×時枝可奈。

SM「この一年で一番を恥かいた人、それが私です」
O「変な自己紹介しないでよ(笑)」
-- 恥なんて一つもかいてません。世間に対してまだ何にも出してませんから、今のそれは自虐になります(笑)。
SM「そお?」
-- 先程お会いした時お伝えするの忘れてたんですけど、誠さん雰囲気変わりましたよね。
O「そうそう。そうそうって私が言うのも違うけど(笑)」
SM「分かんない」
-- 髪の毛少し伸びました?
SM「そりゃあ、人間ですから(笑)。でもメイクさんとかスタイリストさんに切ってもらってたから自分でなんとかするタイミング見失っちゃって。それはある」
O「自分では無理?」
SM「ちょっとなー」
-- いや、無理でしょう。
O「え、いや、この子人のは上手に切れるから」
-- そうなんですか!?
SM「今度やったげようか?」
-- え、お願いします! そうだったんですか! 資格を取られたんですか?
SM「結構前にね。お店するわけじゃないからいらないっちゃいらないんだけど。せっかくだしね」
O「私はまた別で付き合いの長い美容師さんがいるからたまにだけど、他の皆は全員この子だよ」
-- え?
SM「だから、私がいない間翔太郎髪長かったでしょ? 竜二さんと大成さんは敢えて他でカットしてもらったらしいけど、翔太郎と繭子は切ろうとしなかったんだって。泣けるよね」
O「大成は私が整えて、竜二は私が通ってる所紹介してね(笑)」
-- えええ、知らなかったあ。
SM「でも自分ではなかなか切れないよね。それでかな、雰囲気。ずーっと同じスタイルだったからさ」
-- それもあると思うんですけど、多分、…メイク?
O「あー」
SM「あれかなあ。よく気合入れてメイクって言ってたでしょ。見られる前提で隙なく仕上げるっていう意味で使ってたんだけど、今はそういう必要がないからかもしれないね。パキパキにすることはもうないかもしれない」
O「寂しいよねえ、誠の本気メイク見れないのはねえ」
-- はい、月イチくらいで見たいですよね。
SM「分かったじゃあ、意味なくすっごい化粧濃い日作って、え、あいつ今日どうしたって言われるように心がけるよ」
O「(笑)」
-- よろしくお願いします。
(一同、笑)
-- 全体的に柔らかい雰囲気になりましたね。お顔の表情も含めて。
O「繭子も言ってたね」
-- そうなんですね(笑)。
SM「もともとそんなにはっきりくっきりの顔じゃないんだよね。なんとかメイクでパリっとした顔作ってたから」
O「それだけ聞くと薄い顔なのかって思われるけど、そういう事ではないよね」
SM「違うかなあ」
O「この顔でそんな事言われたらあなた、私達どうしたらいいのよ(笑)」
-- 顔の作りの話じゃなくてメイクの雰囲気ですよね。ただまあ誠さんに関して言えば正直今でもスッピンで外歩けるレベルの方なので。メイクの雰囲気が変わったからって大した問題じゃないですもんね。
SM「お、なんだ、めっちゃ苛められてんじゃん」
O「(笑)」
-- 一度ちゃんとがっつり、モデル・関誠とお話がしたかったんですよね。大好きだったので。ただまあ、紆余曲折ありました。
SM「ありましたなあ(笑)」
O「なあー」
-- いやでもー。…うん、やっぱり、すごい。凄い綺麗です。
SM「わはは!」
O「がっつり褒められたね」
SM「ね」
O「誠。ちょっとカメラ目線でピースしてみてよ」
SM「ピース?なんで」
-- お願いします。
SM「…」

(カメラ目線。真顔で頬を少しだけプクリと膨らませ、顔の横まで持ち上げた両手の先で、2本の指がクイクイと動く。センチ刻みで顔の角度を変えながら、肘から先で動きを作り、頭の上下左右様々な場所で指折りピースを決めていく)
(やがて飽きる)

SM「…何これ」
-- ちょっと感動すらあります(笑)。
O「(誠を見つめ)、やっぱりプロは違うんだね」
-- そうですね、ピースっていうシンプルな要求に色々くっついてましたねえ。
SM「何が(笑)」
O「ピースしてって言ってまさかあなたの脇が見られるとは思わないよね」
SM「あははは」
O「(2本の指をビシっと伸ばしてカメラに突き出し)、ピースはこう!」
(一同、爆笑)
-- この一年、繭子を中心にドーンハンマーを追いかけて来ましたが、なんだかんだで、織江さんと誠さんには計り知れないご協力を戴いたなと思っています。お話をお伺いした量だけ言えばバンドメンバーとも遜色ないレベルです。そんなお二人から見てこの一年、何か発見のようなものはありましたか?
SM「あった。こないだも言ったけど、私はありまくりだったよね」
O「体の事とは別に?」
SM「どうだろうなあ。関係あるのかないのか分からないけど、私はバンドの事をつぶさに見てこなかった分翔太郎の事に関してだけは誰よりも理解してるって思ってたよね。だけどそこを揺さ振られたというか」
O「悪い意味に聞こえちゃうけど?」
SM「認識の甘さとか未熟さって言えばそうだね。でも気付かされた事は驚きなんだけど、その先、結果として見聞き出来た事の内容で考えれば、幸せの絶頂ってこれ今だなって」
O「あはは、それは、物凄い事ですよー。あはは、発見どころじゃないね」
SM「ね」
O「ねえ、結婚しなよ」
SM「あはは(首を横に振る)」
O「視聴者の皆さんもやきもきするでしょう」
SM「視聴者?」
-- どちらかと言えば、読者。
O「そっか(笑)」
SM「知ったこっちゃない(笑)」
O「ああ、酷いな~」
SM「考えたりするのはさ。例えばそれがいつだとしてもね、私が死ぬ前に婚姻届け握りしめて、翔太郎の奥さんとして死にたいって言えば割とすんなり通るかもしれないなあって」
O「お~わあ、あはは」
-- おんもしろー、この人(笑)。
O「ごめんね、あんまり若い言葉使うの苦手だけどこれしか思い浮かばないから言うね。『誰得!?』」
(一同、爆笑)
SM「でもそれぐらいの欲しかないもん、結婚に関して言えば」
O「そうなのかあ」
SM「織江さんとか他の人達でもそうだけど、いいなあって思う素敵な関係っていうものをさ、上手く自分に当て嵌められないっていうのもあるね」
O「どういう意味? 無理だとか、似合わないとかそういう引いた感じになるって事?」
SM「なんだろうねえ。比較して劣等感を持ったりはしないんだけど、そこはそこ、私は私、って、却ってそう思ってるから拘れないんだと思う」
O「ふんふん」
SM「もちろん翔太郎の気持ちだって尊重しなきゃいけないわけだから、私の考え方だけで言えばそういう感じかな。だって、例えば翔太郎を絡めた事で何か欲求とか妄想とかで楽しんだりする時ってさ」
O「なはは、ちょいちょいちょい。大丈夫?それいける話?」
SM「大丈夫大丈夫。いけるいける」
-- ややこしいなあっ(笑)。
(伊藤、誠、爆笑)
SM「もお、変な話じゃないって。だってさ、翔太郎が昔住んでた部屋の事思い出したり、また戻りたいなーって思ってニヤニヤする事だから」
O「え、まだ言ってるの!? ちょっともう、誠ぉ」
SM「わははは、心配されてるー!」
-- どういう事ですか?
O「…(誠を見つめる)」
SM「(正面を見てむず痒そうに笑う)」
O「私も人の事言えないけどこの子も結構涙もろいからさ、この一年でもわーわー泣いてたと思うの」
SM「言い方(笑)」
-- 言い方、言い方。いやー、それこそ私がそれを誰か人に言う事も思う事も出来ないですよ。実際、私の方が酷いですから。
O「うん(笑)。でもこの一年でさ、こっちサイドで一番泣いたのは私だって自分で言ってたよね」
SM「うん、自信ある」
-- あははは!あー、そういう風に言われると、そんな気もします。
O「だけど断言出来るのはさ、絶対前に翔太郎が住んでた部屋を引き払った時の方が泣いてると思うんだよ」
SM「うん!うん!間違いないよ!(笑)」
O「そうでしょ? 今も前の部屋がどうとか言い出してさ、うわ、まだ忘れてないんだこの子ったら!って(笑)」
-- それって何年ぐらい前のお話ですか?
O「(誠を見やる)」
SM「…このスタジオが出来て、すぐぐらい。だから、10年とか、そんな? もうそんな前!?」
O「そうなるねえ」
-- 翔太郎さんが昔住んでた部屋に戻りたいんですか?
SM「戻りたい。戻れるものなら戻るし、昔の若い頃の苦労しまくった時代に今更戻れんのかよーなんていうありがちな脅し文句は私に通じない。全然戻れるから(笑)」
-- それってどういう心境なんですか? 当時を思い出す事が楽しいっていうのは、え、何かちょっと皮肉な感じもしますよね(笑)。
O「でしょ?」
SM「あはは」
-- 今だって全然楽しい筈ですし、誠さん流に言えばこれから先の事を妄想して楽しむ事だって出来ますよね。
SM「出来るよ。出来るけどそれはまた別の楽しみ方じゃない」
-- 違いが分かりません(笑)。
SM「そ?」
-- お引越しされた時に泣いたというのは何故ですか?
SM「寂しいからに決まってるよー、何言ってんのー」
-- 普通はそうですけど、この一年を上回る涙の量で泣いたんですよね。
SM「うん(笑)」
O「今冷静に考えてみても、今よりあの頃の方がいい?」
SM「どの部分を比較したらいいの?」
O「部屋(笑)」
SM「翔太郎の?そりゃ今だけど!」
O「そうでしょ!? あの子の部屋どれだけお金かかってると思うのよ」
SM「それはまた別の話だよ(笑)」
-- 基準がややこしいです(笑)。
SM「違う違う、私が言いたいのは部屋のグレードとか居心地の話じゃないの。そこにいた私達二人のシルエットの事を言ってるの」
O「シルエット(小声で呟き、俯く)」
-- 織江さんですら理解出来ないならもう、お手上げです。
(一同、笑)
SM「いやー、だってさー。今でも思い出すとさぁ、胸が苦しくなるんだよ。時代もそうだしさ、自分も含めて身の回りの流れが全然軌道に乗ってなかったの。何もかもがこれからだった」
O「うん」
SM「最高と最悪が同時にそこにあった。あの部屋で私色んな事を考えた。うれし涙やくやし涙が染みついてるんだよね。翔太郎のキック一発で穴の開いた壁とか、私が起き上がる事も出来なかった時代に爪を立てたベッドとか。泣きながら食べた夕ご飯の食べこぼしなんかもあの部屋には落ちてる。もちろん辛い思い出だけじゃない。虫嫌いの私がここにずっといたいと思えたのは翔太郎がいたからだし、あの狭さと、日当たりだけは良い寝室の温もりとか、聞こえて来る線路の音とか。私の求める安心の全てはあの部屋にだけ存在した。それなのに、何でこの部屋出なきゃいけないの?って、何度も泣きついた。新しいスタジオなんか少しぐらい遠くたって車で通えばいいじゃない。贅沢なんかよそう、この部屋にいようよって何度もお願いした。翔太郎はずっと『何だこいつ』って顔で戸惑ってたし、一度こうと決めたら変えない人だから結局は引っ越ししなくちゃいけなくなったけど、泣いたなー。泣いた。泣いたし、引っ越しして大分離れた所に借りた今の部屋から、何度も昔の部屋を見に戻った」
O「通報されたんだもんね」
SM「うん(笑)」
-- 勘違いしてたらすみません。お二人は同棲をしてこられなかったんですよね。
SM「うん」
O「そりゃ翔太郎も『なんだこいつ』って顔するよね(笑)。俺の部屋じゃねえかって」
SM「まー、そうだけどもー」
-- と言う事は、誠さんの方から同棲を拒んでいたという事ですか。
SM「拒む。…うん、まあ、そうなるかな。ほぼほぼ遠慮だけどね。だけど大人になって働き出してからも別で部屋を借りてたのは意地もあるよ」
-- 意地ですか。それはどこに向かっての?
SM「んー。運命」
O「大きい(笑)」
-- (笑)。
SM「結構な頻度で翔太郎の部屋に転がり込んでたから偉そうに言えないけど。私は一人でも生きていけるって思いたかったし、思わせたかったのよね。だから実を言うと織江さんにも声を掛けてもらったり、繭子にも一緒に暮らさないかっていう話をされたんだけどね。実際金銭的にもきつい時はあったし、もう本当ただの意地なんだけど。だけど、ちゃんとやんなきゃいけない、ちゃんと、考えて生きようって思って努力をする事は嫌でも辛くもなかったし、結果なんとかなったからさ。そこは私にとって、結構大事な部分でもあるよね」
O「実際今まで一度だってお金を貸した事はないし、頼まれた事もない」
-- ほええー。
SM「ほええなの。そうそう、ほええでしょ」
-- では、何故です?
SM「…ん?」
-- 通報。…そこまでして、以前の翔太郎さんの部屋を見に戻られた理由は…。
SM「なんかね。…すごく寂しがってるような気がして。部屋が。まだ私や翔太郎の何かがそこに残されてやしないかとか、置忘れてやしないかとか、そういう感じだった。その部屋が空室の間は私ずっとそこに通い詰めて、もちろん勝手に入ったりはしないけど、遠くから眺めて、よし、今日も来たぞって一人で満足して帰るの。だけど私、いつの間にか新しい住居人が入ってた事に気づかなくてさ、ある時ばったり出くわしちゃって、『お前か、不審者ってのは!』って捕まって通報されて」
O「大家さんから翔太郎に連絡が入ってばれちゃったのよね(笑)」
SM「そう。その後漏らすんじゃないかってぐらい怒られたし」
O「まずいまずい(笑)」
SM「そういう部屋だからさ。戻りたくても戻れない場所だからこそ、なのかな」
-- なるほど、渡米された後、日本で誠さんの不審な姿をお見掛けして腰を抜かさないよう、心構えしておきます。
O「あっはは!言うようになったねえ!」
SM「半泣きのくせして生意気だ(笑)!」
-- (泣き笑い)





応接セットにて楽器セットを眺めながら。
池脇竜二(R)×神波大成(T)

R「お疲れさん」
T「お疲れさん」
R「飲んだ?」
T「普通に。…もういらないぞ!」
R「…それ何?」
T「水」
R「え?」
T「氷水」
R「…っすか(笑)」
T「…」
R「…」
T「喋んなさいよ(笑)」
R「…長かったー、…かな?」
T「んー、そー、なー」
R「お前は(苦笑)」
T「この一年、ドーンハンマーについて色々と考えてきたおかげで却って、クロウバーって何だったんだろうって思う事もあって」
R「…」
T「我ながら良い曲残せたなあって思うし、あのバンドでしか出来なかった事が確かにあったんだよなっていう風にも思うから」
R「(前方、足元を見つめて腕組みをしたまま、深く頷く)」
T「良い曲を書く、良いプレイをする。それが俺のやるべき事で、やりたい事だとして、じゃあ何であのまま行けなかったんだろうって」
R「(頷く)」
T「…確かに終わりを意識してたのは俺も同じだから、お前のせいにして言ってるわけじゃない。ただ、なんでだっけなあって」
R「…」
T「言葉で言える理由は意外と簡単に出て来るんだよ。もっと激しい曲をやりたくなった。前の事務所の方針とは合わなかった。マーやナベと足並みが揃わなくなった」
R「…」
T「マーが事故を起こしたのは解散した後だから、直接の原因がそこにあるわけじゃない。ナベが一緒にやれないって切り出したのもその後だから、関係ない」
R「…」
T「…良いバンドだったと、思うんだよ」
R「(頷く)」
T「織江がな。…物凄く機嫌の良い時に鼻歌を歌う。ドーンハンマーの時もあるし、URGAさんの時もある。だけど、一番多いのはデビュー曲なんだよ(『TAKING ALL THE FLAG』)」
R「…」
T「繭子は今でも『アギオン』を好きだと言うし、URGAさんは『裂帛』をカバーした」
R「…」
T「今俺達は、この一年だけじゃなくて、色んな所で色んな人の後押しを感じたし、色んなチャンスを掴んだのかもしれない。それは凄い事だし、感謝もある。自信もある。達成感だって、まだ途中とは言え、ない事もない」
R「…」
T「後悔もしてない。…うん、全然してない。もっとクロウバーを続けたかったとか、そんな事言ってんじゃないんだ」
R「…」
T「ただ…」
R「…」
T「なんて言うんだろうな。まだ、翔太郎もいなくて、アキラの手も借りてなくて。だけどそれでもカオリは喜んだし、織江もノイも、物凄く応援してくれたよな」
R「(頷く)」
T「必死だった。…楽しかったんだ」
R「(頷く)」
T「やがて迎える俺達のピーク」
R「…フ」
T「翔太郎と、アキラ。もう既に天下を獲ったような気でいたよ。それは、この一年で色々思い出した。頭の中の、細い血管、一本一本に、思い出というかその映像が、立体的に浮かび上がって、炸裂するように爆発しては、消えてった」
R「…」
T「繭子を迎えて、海外で何度もプレイして来た。横を見れば翔太郎が笑って、ギター弾いてる。後ろを振り返れば繭子が、汗を飛ばして高速連打。顔を上げれば、オーディエンスをなぎ倒す勢いでお前が叫んでる」
R「…」
T「ドーンハンマーは。良いバンドになった」
R「…」
T「ただ。あの時代、あの時間は、一体」
R「…(腕を組んだまま、俯く)」
T「俺達は、何者であろうと、したんだろうなーって。そこが俺にもお前にも、見えてなかったんじゃないかって。だから、楽しかったんだろうかな」

(沈黙)

R「…全然、いくら誘ってもあいつらが乗って来なかった時代によ、一回だけ、あの二人が冗談で俺に言った事があって」
T「(頷く)」
R「俺らは俺らでバンドやるから、放っておいてくんない?」
T「(腕組みをしたまま笑う)」
R「そんな話聞いてねえぞ!って怒って。あいつら二人してケラッケラ笑って。もう名前も決めてるもんなー。なー、っつって。何だよ、言ってみろよって聞いたらよ」
T「…何?」
R「シャイニング・ドラゴン・ゴッドウェーブ」
T「ダサ」
R「それは何。プロレスのワザ?」
T「あははは!あー、あー、アキラ、竜二、俺?」
R「そう」
T「考えたのアキラだろそれ。あ、え、翔太郎は?」
R「続きがあって。正式にはシャイニング・ドラゴン・ゴッドウェーブ・オブ・フライングジョンだって」
T「(爆笑)」
R「長いしダサいしもう」
T「知らなかったー。完璧に翔太郎が繰り出すプロレスワザになってんだな。…フライング(笑)」
R「フライングジョン(笑)!」
T「あははは」
R「…だから俺達は、もしかしたら、シャイニング・ドラゴン・ゴッドウェーブ・オブ・フライングジョンだったかもしれない」
T「…」
R「…」
T「ありえない」
R「(笑)」
T「…それメロスピだろうなぁ」
R「(爆笑)」
T「(首を横に振る)」
R「…その程度の誤差なのかもしれねえぞ。所詮、俺達なんてのは」
T「…」
R「ここへは最初から来るつもりで来た。だけど正直、よくここまで来れたもんだとも思う。…アキラは、残念だったけど、あいつの存在が消えてなくなったわけじゃねえし、今でも当たり前のようにあいつの話をして笑ってる」
T「(頷く)」
R「今俺達はドーンハンマーだけどよ、10年後にはシャイニング…」
T「もういいって(笑)」
R「あはは!うん、まあ、そんなもんだよ」
T「そうだな」
R「俺達はあの頃、まだ何者でもなかったし、今でもそうだと思う。だけど、ただクロウバーとしてそこにいて、歌って、お前はベース弾いて、それこそ『アギオン』仕上げた頃なんかはよ。それはそれで」
T「…それはそれで」
R「…」
T「…」
R「…」
T「…泣くなよー(笑)」
R「俺も楽しかったよ」
T「…」
R「…まだまだやろうなあ」
T「(頷く)」
R「…ありがとう」
T「あー、くそ」

(神波が立ち上がって歩き去る)
(涙に濡れた目でカメラに笑いかけると、池脇もまた立ち上がった)









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