1 / 14
1. 理想の少女
しおりを挟む
いったいいつの頃からだったろうか。胸に一人の少女が住みつき始めたのは。
顔立ちはちょっと不穏なくらい整っている。ふわっとした淡い色味の髪と同じ色をした長い睫は、常にしとやかに伏せられており、軽く触れただけで指の跡がついてしまいそうなほど白く滑らかな肌に顔を寄せれば、仄かに甘い匂いがする。手首と足首は折れそうなほど細く、二の腕と腰と太腿もやはりほっそりとして、柔らかな乳房は掌に余るほどの大きさ。細身の身体に似合わずむっちりとしたそれは薄く静脈が透けていて、先端は淡い桃色に色づいていており、弄ると硬くなって尖る。たわわな二つの果実を両手で抱えて揉み込むと、薄い唇の間から小さな吐息が漏れて、薄く靄がかかったような淡い恥毛の下で慎ましい割れ目がちゅくりと開き、そこから透明な愛液がとろとろと滴り落ちて、男根を受け入れる準備を始める。……
それが久野の妄想もとい理想の彼女だった。
だが、現実の過酷さと理想の甘美さは正比例の関係にある。そして今まさに、久野は過酷な現実と戦っていた。
「頼む向坂、俺の一生に一度のお願いだ、どうか力を貸してくれ」
そう言って床に手をつき頭を下げる。約十七年生きてきて、まさか他人に土下座する日が来るとは思わなかった。しかし構わない。時として人間には矜持よりも重要なものがあるのだ。
しかし、深々と垂れた頭に浴びせかけられたのは、無情な返事だった。
「嫌だ」
「お前はただ座ってるだけでいいんだ。笑う必要も口を開く必要もない。ただ二時間そこに存在して生命活動を続けていてくれさえすれば、それで」
「嫌だと言ったのが聞こえなかったのか」
それは鼓膜が凍りつきそうなほど冷たい返事だった。ほかの人間ならすぐさま平謝りに謝って逃走するであろうその恐ろしく冷徹な声に対し、だがしかし久野は怯まなかった。なにせこの朴念仁と寮の同室になってから、一年と一週間になる。はっきりいってこの程度のブリザードには慣れている。
「向坂!」
彼が叫ぶと、相手はよりいっそう冷え切った声を出した。
「そんなに僕の協力が必要だというのなら、まずは勝手に他人の写真を使って女を騙した奴に、どうして写真を使われた側が協力してやらないといけないのかという点について、納得いくよう説明すべきだな」
久野は真剣に考えた。彼が人生においてこれほど深く物事を考えたことは、かつて一度もなかった。けれど十秒もしないうちにあの氷の声がした。
「今度こういう馬鹿げた話をもちかけてきたら、股間を蹴り上げて一週間不能にしてやるから、覚えておけよ」
「向坂!」
思わず久野は床に擦りつけていた額を上げた。
「一ヶ月不能、の方がよかったか?」
視線の先には、椅子に座って足を組み、唇の端だけで笑う向坂の姿。その瞬間、思考がかちんと音を立てて凍る。
相手の冷たい言葉には慣れている久野だが、実はこの容姿にだけは、いつまでたっても慣れることができずにいる。
何故なら向坂は、非常に特殊な外見をしているからだ。
染めてもいないのに、髪が薄茶と灰色の中間のような色合いをしているのは、彼がハーフだかクォーターだかであるせいだと噂で聞いた。色が抜けるように白いのも頭が小さいのも手足が長いのも、異国の血のなせる業なのかもしれない。身長も無駄に伸びた久野の一八七センチには及ばないものの、一七〇センチ台半ばなのでそこそこだといえる。そして異国の血とは関係あるのかないのか不明だが、何かの間違いみたいに顔立ちが整っている。将来美青年になることが神によって固く約束されている、いわば祝福された美少年顔だ。おまけにむしろ馬鹿なんじゃなかろうかと思うほど成績がよい。運動神経も抜群だ。絵を描けばコンクールで入賞するし、短歌を詠めば新聞に掲載される。実家は資産家。別荘を片手の指では足りないくらい所有しており、馬だのクジャクだのまで飼っているらしい。クジャクを飼うことにどんなメリットがあるのか、一応かなり裕福な家庭で育ち、そこそこの学力を備えてこの超金持ち校に入学した久野にしても全く理解できなかったが、とにかくこの男、七葉学園のミスター・パーフェクトである向坂縁の凄まじいスペックには一ミリの疵もないことは確実だった。
さてそんなミスター・パーフェクトは、自分の容姿に圧倒されて固まってしまった哀れな同室の生徒から冷淡に視線を外すと、椅子をくるりと回転させて、自分の机に向き直ってしまった。
「……向坂」
我に返って慌てて後ろ姿に声をかけると、向坂は振り向きもせずに言った。
「これ以上僕の時間を無駄にするつもりなら、お前は一生不能になるだろうな」
一時間後、久野は重い足を引きずって、城咲女子学園の女子生徒との合コン会場へ向かった。会場といっても、そこは高校二年生同士なので、七葉と城咲から少し離れたカラオケボックスだ。待ち合わせは受付の前で、久野が到着すると、そこでは既に着飾った女子高生五人が携帯電話やら手鏡やらを覗き込みながら群れており、更に少し離れた場所では久野の同級生三人が、明らかに緊張した面持ちで突っ立っていた。
「えーっ、あの写真のイケメン君、来ないの?」
「おい、どういうことだよ久野!」
事情を話すと案の定、城咲女子陣の態度は豹変した。ついでにいうと、向坂を呼んでくると豪語した久野を信じてやってきた、彼の数少ない友人たちであるところの七葉男子陣も憤慨した。
彼が冷や汗をかきながら頭を下げていると、一人の少女が彼の前に立った。
「はー、つっかえ」
ミスター・パーフェクトほどではないにしても製氷機の内側レベルに冷えた声がした。声の主は、艶やかな黒髪をかき上げると、異様に華麗に舌打ちをした。
「あのさぁ、くのっちが七葉の金持ちイケメン連れてくるって聞いてたから、こっちも可愛い女の子連れてきたんだけど、何この仕打ち。ていうか、そこのモブ連中ってくのっちの友達? 友達だったらシャツにアイロンくらいかけるように言ってあげたら? 金持ちの癖にアイロンも持ってないとか? ぶっちゃけあんなのと一緒にいるところ、通行人に見られたくないんだけど」
先月市の図書館で彼女が落としたハンカチを拾ってあげたことがきっかけでメールアドレスを交換する仲になった大和撫子系美少女あいみちゃんの柔らかそうなピンク色の唇から、そんな言葉が吐き出されていくのを久野は呆然と見つめていた。
言いたいことを言い終えると、あいみちゃんはやれやれと頭を振り、仲間の方へ声をかけた。
「みんなごめん、今日の合コンは中止! 私たちだけで歌ってこ! ほんとごめんね、この埋め合わせは今度するから!」
土曜日午後一時十分、七葉城咲の五対五合コンは、こうして始まる前に終了する運びとなった。よそで遊んで帰る気にもなれなかった四人は、帰宅するためぞろぞろと駅に向かって歩き出した。
「まあ、そんな凹むなよ、久野。そのうちもっといい子に巡りあえるからさ」
「そうだそうだ、あんなビッチ臭いのに引っかからずに済んでよかったって」
「自分がモブ扱いされたからって女の子をビッチ呼ばわりするのは典型的害悪童貞なんだよ、うん」
「ハァ!? だ、誰が害悪童貞だよ!? お前こそ童貞だろ!」
「矢部、森下、そこで喧嘩するな。久野がますます凹むだろ」
わちゃわちゃする三人を横目に、久野は溜め息をついた。
「……あいみちゃんだけだ。初対面でも俺を怖がらずに笑顔でありがとうって言ってくれたのは」
肩を落としてぼそぼそと喋る彼に対し、小柄でやや声の甲高い矢部が苦笑する。
「まあな、お前ちょっと顔こええからな」
「それは言っちゃ駄目だって」
ずり落ちた眼鏡の位置を直しながら五十嵐が矢部を窘めると、その五十嵐に対し森下がのんびりと突っ込んだ。
「言っちゃ駄目だって言っちゃ駄目だよ、全部久野君のダメージになってるよ、うん」
お前のその発言もな、と思いながら、久野は溜め息をついた。
久野は特に醜男というわけではない。むしろ顔のパーツ自体は優良でさえある。が、それら優良であるはずのパーツが組み合わさったとき、いかなる化学反応が起きたのか、凄まじいまでの極悪オーラが生じてしまった。小学生あたりまでは不良的面相というレベルで辛うじてとどまっていたのだが、成長に従い色々と負の方向へ進化して、今では不良を通り越して本職の匂いがする。身長が無駄に高いのも、鍛えてもいないのに筋肉がめざましく発達しているのも、インドア派なのに肌の色が浅黒いのも、全て顔立ちが発する威圧感を煽っている。そしてその完成された「こいつは危ない」オーラのせいで、学校では畏怖されており、友達と呼べそうなのは矢部、森下、五十嵐というスクールカーストの下層に位置する三人だけだった。七葉の生徒で彼に対し何でも好き勝手にものを言えるのは、この三人と、それからミスター・パーフェクトであらせられるところの向坂縁だけだろう。ちなみに、周りの生徒たちは久野の友人関係を、矢部、森下、五十嵐らカースト底辺の生徒たちが、久野という硬派な一匹狼に擦り寄って庇護してもらっているのであり、久野の方も足許でじゃれる子ネズミを威嚇して追い払うのは狼として相応しくないため放置しているのだろう、と考えていた。だが実際は、いつも久野が三人に助けられていた。何より精神的な面において。たとえばこんなふうに。
「俺はこのまま一生彼女ができないんじゃないだろうか……」
「お前に彼女ができないんだったら、俺らにはもっと無理だっつの」
「久野はいい奴だよ、大丈夫だよ、うん」
「そのうちきっと出会いがあるから、焦るな焦るな」
駅前に来ると、学園の寮に戻る久野と、実家から通学している三人は別れた。一人でホームに滑り込んできた電車に乗り込み、がらがらのシートに座り込むと、久野は携帯電話を取り出して、昨夜あいみちゃんから来たメールを開いた。可愛らしい絵文字がたくさん入った、まさに女子、といった文面が表示される。暫くそれを眺めてから、久野はメールを削除した。
やっぱり、俺にはあの子しかいないんだ。
心の中に住む、理想の女の子。
あいみちゃんが久野の気持ちを踏みにじったのも、本当は彼があいみちゃんをその理想の女の子の代わりにしようとしていたためなのかもしれない。因果応報。自業自得。画竜点睛。呉越同舟。塞翁が馬。もう何が何やらわからない。
混迷の中にありながら、久野はメールを削除し続けた。あいみちゃんから来た記念すべき初メールも、涙を堪えて削除した。
さようならあいみちゃん。ごめんねあいみちゃん。
一人歯を食いしばる久野を怖がり、数少ない乗客は別の車両へ退避したが、彼は気づかなかった。
けれどメールは削除しても、肝心のアドレスを削除できないあたりが、悲しい男の性だった。
顔立ちはちょっと不穏なくらい整っている。ふわっとした淡い色味の髪と同じ色をした長い睫は、常にしとやかに伏せられており、軽く触れただけで指の跡がついてしまいそうなほど白く滑らかな肌に顔を寄せれば、仄かに甘い匂いがする。手首と足首は折れそうなほど細く、二の腕と腰と太腿もやはりほっそりとして、柔らかな乳房は掌に余るほどの大きさ。細身の身体に似合わずむっちりとしたそれは薄く静脈が透けていて、先端は淡い桃色に色づいていており、弄ると硬くなって尖る。たわわな二つの果実を両手で抱えて揉み込むと、薄い唇の間から小さな吐息が漏れて、薄く靄がかかったような淡い恥毛の下で慎ましい割れ目がちゅくりと開き、そこから透明な愛液がとろとろと滴り落ちて、男根を受け入れる準備を始める。……
それが久野の妄想もとい理想の彼女だった。
だが、現実の過酷さと理想の甘美さは正比例の関係にある。そして今まさに、久野は過酷な現実と戦っていた。
「頼む向坂、俺の一生に一度のお願いだ、どうか力を貸してくれ」
そう言って床に手をつき頭を下げる。約十七年生きてきて、まさか他人に土下座する日が来るとは思わなかった。しかし構わない。時として人間には矜持よりも重要なものがあるのだ。
しかし、深々と垂れた頭に浴びせかけられたのは、無情な返事だった。
「嫌だ」
「お前はただ座ってるだけでいいんだ。笑う必要も口を開く必要もない。ただ二時間そこに存在して生命活動を続けていてくれさえすれば、それで」
「嫌だと言ったのが聞こえなかったのか」
それは鼓膜が凍りつきそうなほど冷たい返事だった。ほかの人間ならすぐさま平謝りに謝って逃走するであろうその恐ろしく冷徹な声に対し、だがしかし久野は怯まなかった。なにせこの朴念仁と寮の同室になってから、一年と一週間になる。はっきりいってこの程度のブリザードには慣れている。
「向坂!」
彼が叫ぶと、相手はよりいっそう冷え切った声を出した。
「そんなに僕の協力が必要だというのなら、まずは勝手に他人の写真を使って女を騙した奴に、どうして写真を使われた側が協力してやらないといけないのかという点について、納得いくよう説明すべきだな」
久野は真剣に考えた。彼が人生においてこれほど深く物事を考えたことは、かつて一度もなかった。けれど十秒もしないうちにあの氷の声がした。
「今度こういう馬鹿げた話をもちかけてきたら、股間を蹴り上げて一週間不能にしてやるから、覚えておけよ」
「向坂!」
思わず久野は床に擦りつけていた額を上げた。
「一ヶ月不能、の方がよかったか?」
視線の先には、椅子に座って足を組み、唇の端だけで笑う向坂の姿。その瞬間、思考がかちんと音を立てて凍る。
相手の冷たい言葉には慣れている久野だが、実はこの容姿にだけは、いつまでたっても慣れることができずにいる。
何故なら向坂は、非常に特殊な外見をしているからだ。
染めてもいないのに、髪が薄茶と灰色の中間のような色合いをしているのは、彼がハーフだかクォーターだかであるせいだと噂で聞いた。色が抜けるように白いのも頭が小さいのも手足が長いのも、異国の血のなせる業なのかもしれない。身長も無駄に伸びた久野の一八七センチには及ばないものの、一七〇センチ台半ばなのでそこそこだといえる。そして異国の血とは関係あるのかないのか不明だが、何かの間違いみたいに顔立ちが整っている。将来美青年になることが神によって固く約束されている、いわば祝福された美少年顔だ。おまけにむしろ馬鹿なんじゃなかろうかと思うほど成績がよい。運動神経も抜群だ。絵を描けばコンクールで入賞するし、短歌を詠めば新聞に掲載される。実家は資産家。別荘を片手の指では足りないくらい所有しており、馬だのクジャクだのまで飼っているらしい。クジャクを飼うことにどんなメリットがあるのか、一応かなり裕福な家庭で育ち、そこそこの学力を備えてこの超金持ち校に入学した久野にしても全く理解できなかったが、とにかくこの男、七葉学園のミスター・パーフェクトである向坂縁の凄まじいスペックには一ミリの疵もないことは確実だった。
さてそんなミスター・パーフェクトは、自分の容姿に圧倒されて固まってしまった哀れな同室の生徒から冷淡に視線を外すと、椅子をくるりと回転させて、自分の机に向き直ってしまった。
「……向坂」
我に返って慌てて後ろ姿に声をかけると、向坂は振り向きもせずに言った。
「これ以上僕の時間を無駄にするつもりなら、お前は一生不能になるだろうな」
一時間後、久野は重い足を引きずって、城咲女子学園の女子生徒との合コン会場へ向かった。会場といっても、そこは高校二年生同士なので、七葉と城咲から少し離れたカラオケボックスだ。待ち合わせは受付の前で、久野が到着すると、そこでは既に着飾った女子高生五人が携帯電話やら手鏡やらを覗き込みながら群れており、更に少し離れた場所では久野の同級生三人が、明らかに緊張した面持ちで突っ立っていた。
「えーっ、あの写真のイケメン君、来ないの?」
「おい、どういうことだよ久野!」
事情を話すと案の定、城咲女子陣の態度は豹変した。ついでにいうと、向坂を呼んでくると豪語した久野を信じてやってきた、彼の数少ない友人たちであるところの七葉男子陣も憤慨した。
彼が冷や汗をかきながら頭を下げていると、一人の少女が彼の前に立った。
「はー、つっかえ」
ミスター・パーフェクトほどではないにしても製氷機の内側レベルに冷えた声がした。声の主は、艶やかな黒髪をかき上げると、異様に華麗に舌打ちをした。
「あのさぁ、くのっちが七葉の金持ちイケメン連れてくるって聞いてたから、こっちも可愛い女の子連れてきたんだけど、何この仕打ち。ていうか、そこのモブ連中ってくのっちの友達? 友達だったらシャツにアイロンくらいかけるように言ってあげたら? 金持ちの癖にアイロンも持ってないとか? ぶっちゃけあんなのと一緒にいるところ、通行人に見られたくないんだけど」
先月市の図書館で彼女が落としたハンカチを拾ってあげたことがきっかけでメールアドレスを交換する仲になった大和撫子系美少女あいみちゃんの柔らかそうなピンク色の唇から、そんな言葉が吐き出されていくのを久野は呆然と見つめていた。
言いたいことを言い終えると、あいみちゃんはやれやれと頭を振り、仲間の方へ声をかけた。
「みんなごめん、今日の合コンは中止! 私たちだけで歌ってこ! ほんとごめんね、この埋め合わせは今度するから!」
土曜日午後一時十分、七葉城咲の五対五合コンは、こうして始まる前に終了する運びとなった。よそで遊んで帰る気にもなれなかった四人は、帰宅するためぞろぞろと駅に向かって歩き出した。
「まあ、そんな凹むなよ、久野。そのうちもっといい子に巡りあえるからさ」
「そうだそうだ、あんなビッチ臭いのに引っかからずに済んでよかったって」
「自分がモブ扱いされたからって女の子をビッチ呼ばわりするのは典型的害悪童貞なんだよ、うん」
「ハァ!? だ、誰が害悪童貞だよ!? お前こそ童貞だろ!」
「矢部、森下、そこで喧嘩するな。久野がますます凹むだろ」
わちゃわちゃする三人を横目に、久野は溜め息をついた。
「……あいみちゃんだけだ。初対面でも俺を怖がらずに笑顔でありがとうって言ってくれたのは」
肩を落としてぼそぼそと喋る彼に対し、小柄でやや声の甲高い矢部が苦笑する。
「まあな、お前ちょっと顔こええからな」
「それは言っちゃ駄目だって」
ずり落ちた眼鏡の位置を直しながら五十嵐が矢部を窘めると、その五十嵐に対し森下がのんびりと突っ込んだ。
「言っちゃ駄目だって言っちゃ駄目だよ、全部久野君のダメージになってるよ、うん」
お前のその発言もな、と思いながら、久野は溜め息をついた。
久野は特に醜男というわけではない。むしろ顔のパーツ自体は優良でさえある。が、それら優良であるはずのパーツが組み合わさったとき、いかなる化学反応が起きたのか、凄まじいまでの極悪オーラが生じてしまった。小学生あたりまでは不良的面相というレベルで辛うじてとどまっていたのだが、成長に従い色々と負の方向へ進化して、今では不良を通り越して本職の匂いがする。身長が無駄に高いのも、鍛えてもいないのに筋肉がめざましく発達しているのも、インドア派なのに肌の色が浅黒いのも、全て顔立ちが発する威圧感を煽っている。そしてその完成された「こいつは危ない」オーラのせいで、学校では畏怖されており、友達と呼べそうなのは矢部、森下、五十嵐というスクールカーストの下層に位置する三人だけだった。七葉の生徒で彼に対し何でも好き勝手にものを言えるのは、この三人と、それからミスター・パーフェクトであらせられるところの向坂縁だけだろう。ちなみに、周りの生徒たちは久野の友人関係を、矢部、森下、五十嵐らカースト底辺の生徒たちが、久野という硬派な一匹狼に擦り寄って庇護してもらっているのであり、久野の方も足許でじゃれる子ネズミを威嚇して追い払うのは狼として相応しくないため放置しているのだろう、と考えていた。だが実際は、いつも久野が三人に助けられていた。何より精神的な面において。たとえばこんなふうに。
「俺はこのまま一生彼女ができないんじゃないだろうか……」
「お前に彼女ができないんだったら、俺らにはもっと無理だっつの」
「久野はいい奴だよ、大丈夫だよ、うん」
「そのうちきっと出会いがあるから、焦るな焦るな」
駅前に来ると、学園の寮に戻る久野と、実家から通学している三人は別れた。一人でホームに滑り込んできた電車に乗り込み、がらがらのシートに座り込むと、久野は携帯電話を取り出して、昨夜あいみちゃんから来たメールを開いた。可愛らしい絵文字がたくさん入った、まさに女子、といった文面が表示される。暫くそれを眺めてから、久野はメールを削除した。
やっぱり、俺にはあの子しかいないんだ。
心の中に住む、理想の女の子。
あいみちゃんが久野の気持ちを踏みにじったのも、本当は彼があいみちゃんをその理想の女の子の代わりにしようとしていたためなのかもしれない。因果応報。自業自得。画竜点睛。呉越同舟。塞翁が馬。もう何が何やらわからない。
混迷の中にありながら、久野はメールを削除し続けた。あいみちゃんから来た記念すべき初メールも、涙を堪えて削除した。
さようならあいみちゃん。ごめんねあいみちゃん。
一人歯を食いしばる久野を怖がり、数少ない乗客は別の車両へ退避したが、彼は気づかなかった。
けれどメールは削除しても、肝心のアドレスを削除できないあたりが、悲しい男の性だった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
至れり尽くせり!僕専用メイドの全員が溺愛してくる件
こうたろ
青春
普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。
再婚相手の連れ子は、僕が恋したレンタル彼女。――完璧な義妹は、深夜の自室で「練習」を強いてくる
まさき
恋愛
「初めまして、お兄さん。これからよろしくお願いしますね」
父の再婚によって現れた義理の妹・水瀬 凛(みなせ りん)。
清楚なワンピースを纏い、非の打ち所がない笑顔で挨拶をする彼女を見て、僕は息が止まるかと思った。
なぜなら彼女は、僕が貯金を叩いて一度だけレンタルし、その圧倒的なプロ意識と可憐さに――本気で恋をしてしまった人気No.1レンタル彼女だったから。
学校では誰もが憧れる高嶺の花。
家では親も感心するほど「理想の妹」を演じる彼女。
しかし、二人きりになった深夜のキッチンで、彼女は冷たい瞳で僕を射抜く。
「……私の仕事のこと、親に言ったらタダじゃおかないから」
秘密を共有したことで始まった、一つ屋根の下の奇妙な生活。
彼女は「さらなるスキルアップ」を名目に、僕の部屋を訪れるようになる。
「ねえ、もっと本気で抱きしめて。……そんなんじゃ、次のデートの練習にならないでしょ?」
これは、仕事(レンタル)か、演技(家族)か、それとも――。
完璧すぎる義妹に翻弄され、理性が溶けていく10日間の物語。
『著者より』
もしこの話が合えば、マイページに他の作品も置いてあります。
https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/658724858
幼馴染みのメッセージに打ち間違い返信したらとんでもないことに
家紋武範
恋愛
となりに住む、幼馴染みの夕夏のことが好きだが、その思いを伝えられずにいた。
ある日、夕夏のメッセージに返信しようとしたら、間違ってとんでもない言葉を送ってしまったのだった。
学年一可愛いS級の美少女の令嬢三姉妹が、何故かやたらと俺の部屋に入り浸ってくる件について
沢田美
恋愛
名門・雄幸高校で目立たず生きる一年生、神谷悠真。
クラスでは影が薄く、青春とは無縁の平凡な日々を送っていた。だがある放課後、街で不良に絡まれていた女子生徒を助けたことで、その日常は一変する。救った相手は、学年一の美少女三姉妹として知られる西園寺家の次女・優里だった。さらに家に帰れば、三姉妹の長女・龍華がなぜか当然のように悠真の部屋に入り浸っている。名門令嬢三姉妹に振り回されながら、静かだったはずの悠真の青春は少しずつ騒がしく揺れ始める。
触手エイリアンの交配実験〜研究者、被験体になる〜
桜井ベアトリクス
恋愛
異星で触手エイリアンを研究する科学者アヴァ。 唯一観察できていなかったのは、彼らの交配儀式。
上司の制止を振り切り、禁断の儀式を覗き見たアヴァは―― 交わる触手に、抑えきれない欲望を覚える。
「私も……私も交配したい」
太く長い触手が、体の奥深くまで侵入してくる。 研究者が、快楽の実験体になる夜。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる