硝子の魚(glass catfish syndrome)

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続15. 給仕(2)

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「……ええと…………次はジャム、でしたね」
 再び座り込んだ安達は、やや消耗している様子だった。膝の上に乗った身体が、先刻よりもほんの少し重く感じる。
 瓶の蓋を開けようと俯く額に、前髪が繊細な影を落としていた。指で掻き上げて唇を押しつけたら、きっと幸福な気分になれるだろう。しかし両手首には依然として手錠がかけられていたので、自分は悪戯をする代わりに行儀よく注文した。
「クラッカーよりヨーグルトがいい」
「……ヨーグルトにジャムですか。いいですよ」
 瓶に差し込まれたスプーンが、ぬめるような光沢を放つ赤い塊を山積して浮上する。安達はそれを小さなカップの上で傾けた。陽射しをきらきらと反射しながら、イチゴジャムはヨーグルトの白い水面に落ちていった。
 混ぜた方がいいですか、という彼の問いに、そのままでと答え、口を開けた。スプーンの冷たさが舌に触れ、次いでとろりとしたものが口の中に広がる。ジャムは果肉入りだった。小さな種子が歯の間で潰れる。
「どうですか」
「美味しい」
 安達はにっこりした。それからこちらへ顔を寄せ、頬骨の辺りに軽く口づけを落とした。
「ヨーグルトは身体にいいんですよ。乳酸菌、蛋白質、ビタミン……」
 彼はヨーグルトの成分を列挙し始めた。自分としては、何が入っていようが彼から与えられるものは喜んで食べるつもりだったが、安達の澄んだ繊細な声は耳に心地よく、何より一生懸命説明しているさまが非常に好ましく映ったので、相手の話に素直に耳を傾けた。安達は解説を続けながら、ヨーグルトの残りをこちらの口に運んだ。カップが空になると、彼は満足げな顔をした。
「綺麗に食べましたね。えらいえらい」
 優しく頭を撫でられ、今度は口許にキスされる。甘やかされるのはいい気持ちだったが、そろそろ股間のものをどうにかしなければならない。
「えらい子にご褒美はないのか?」
 ガウンの中に手を差し込み、内腿を撫でて問う。すると耳朶を甘噛みされた。
「……上手におねだりできたら、考えてあげてもいいですよ」
 白い首筋は薄紅を帯びていた。果実なら食べ頃といった風だ。吸いつきたくなる気持ちを抑え、自分は囁いた。
「嵌めたい」
「……何処に?」
 彼の指先が、反対側の耳朶をそっとくすぐる。
「何処に嵌めたいのか、ちゃんと言わないとわかりませんよ」
「可澄のお尻に嵌めたい」
 安達は小さく声を立てて笑った。氷の入ったグラスを揺すったような音がした。
「今日は随分お上品ですね」
「いつもだろう」
「……うそ」
 くすくす笑いながら、彼はスウェットと下着をまとめて引っ張り、剥ぎ取った。完勃ちした自分の性器が、互いの目の前にずるりと晒される。安達は躊躇することなく陰茎を握り、もう片方の手で先走りの滲んだ先端を撫でた。
「ごはん食べてるだけなのに、おっきくなっちゃったんですか。おちんちんの先、濡れてますよ。……わるいこ」
「悪い子にはお仕置きか?」
 甘ったるく詰られて、欲望はますます性器に溜まっていく。これでお預けにされると少々苦しい。そんな気持ちが伝わったのか、彼は膝で立つと肉棒を跨いだ。
「こんなに腫れてかわいそうだから、ご褒美を先にあげます」
 安達は男根に手を添えると後ろに宛がい、ゆっくりと腰を沈めていった。既にローションを使って慣らしていたのだろう。亀頭が蕾を破ったときは痛みを堪えるような表情を浮かべていたが、そこから先はスムーズだった。すぐに蕩けた雌の顔になる。
「あ、ぁん、ぅ……ふ、あはは、すごく硬い……」
 ぬるついた熱い粘膜が、性器にきつく絡みつく。相変わらずよい締めつけだった。深く息を吐いて射精を我慢していると、安達は後ろに手を回してこちらの睾丸を弄り始めた。
「おちんちん、気持ちいいですか……?」
「っ……気持ちいい」
「――かわいい」
 彼はこめかみに滲んだ汗を、反対側の手の甲で拭った。少し傾けた首の角度が、いやに艶めかしかった。
「ねえ、……動いてほしい?」
 魅力的な問いかけに、ああ、と肯く。しかし安達は脇に視線を流した。
「そういえば、フルーツがまだ残ってます」
 どうする、と言葉の外で訊ねられ、自分はまた肯いた。彼がどんな返事を望んでいるのか、手に取るようにわかる。それに応えてやれないようでは、恋人の沽券に係わるというものだ。
「食べさせてくれ」
 ほんのりと上気した顔が、ふわりと綻ぶ。細かな光の粒が、空気に広がったような気がした。恐らくこの笑顔のせいで、自分の世界は彼を中心に回ってしまうのだろう。
「……甘えん坊ですね。いいですよ」
 安達は少し苦しそうな顔をしつつも、手を伸ばして果物を盛った器を取った。
「イチゴとオレンジとリンゴ、どれが好きですか」
「オレンジかな」
 何も考えずに即答した。自分の中では、イチゴもオレンジもリンゴもキュウリもジャガイモも等しい地位にある。相手の機嫌が取れればそれでいい。すると安達は呆れたように笑った。
「どれでもいいって顔に書いてありますけど……、わかりました、オレンジですね」
 彼はフォークの先で皮を剥いた房の一つを刺し、こちらに差し出した。
「はい、どうぞ」
 自分はフォークに食いついた。そしてその勢いのまま上体を前に倒した。
「うあっ」
 騎乗位から正常位へ、形勢逆転だった。無理に体勢を変えたため、こちらも多少痛かったが、いきなり押し倒された安達の方も、結合部が引き攣って痛かったらしい。ベッドに倒れたままきゅっと顔を顰め、目を閉じて息を荒げている。大きく開いたガウンの前から現れた平らな白い胸と凹んだ腹には、器から零れた鮮やかな色彩が散らばって、まるで南国の抽象画のようだった。
「ごめんな」
 フォークを歯の間から抜いて低く謝ると、安達は目を開けた。
「……わ……わるいこ!」
 潤んだ目で睨まれて、そのまま突き上げたい衝動に駆られる。しかしここで寝技に持ち込むと、彼の計画が破綻してしまうかもしれない。欲望と理性の間で立ち往生していると、安達が首を横に振った。頭が揺れて、シーツを滑る髪がさらさらと音を立てる。
「……ぜんぶ、食べてください」
 それは命令だった。自分は気持ちのよい場所から、ゆっくりと性器を引き抜いた。まだ射精していないそれは、亀頭が蕾を抜けると同時に勢いよく跳ねた。安達は小さく呻いて衝撃に耐えたあと、身体の力を抜いた。
「……きれいに食べたら、また嵌めてもいいですよ」
 半分に切ったイチゴが、臍の少し上辺りに、断面を下にして落ちていた。自分は拘束された両手を裾の乱れた彼の太腿の間に置き、身を屈めた。イチゴの欠片を唇と歯を使って口に入れ、果実が残した僅かな汁を拭い取るように、肌の表面へ舌を這わせる。
「うぅ……ん……」
 くすぐったいのか、安達は顔を横に向けると指を自身の口に当てた。暴れないのは、果物が身体の上から落ちてしまうのを恐れているせいらしい。それをよいことに、臍の上からみぞおちを唇で辿り、そこに張りついていたリンゴの薄切りごと、あばらに歯を立てた。
「……ぁ、……ふ」
 痛みを訴える小さな声。微かな吐息で、空気が急に粘り気を帯びる。それは水中の感覚に似ている。ゆっくりと溺れていく感覚だ。頭が少しずつ、おかしくなっていく。自分は彼の肌に唇を押しつけ、果実を噛み砕いた。薄い皮膚の下で筋肉が細かく震えているのが、触れた部分から伝わってくる。まるで本当に相手を食べているようだ。そのままがつがつと、胸に散らばった果物を貪った。果汁一滴見逃さずに舐め取り、代わりに歯型とキスマークを残す。身体の上のものを平らげると、仕上げとばかりに乳首を齧った。それまで抑え気味だった喘ぎ声が、悲鳴に変わる。
「いっ、……いたいです……やめっ」
「――綺麗に食べた」
 顔を上げてそう告げた。すると安達は瞬きした。
「……え?」
「綺麗に食べたから、もう一度嵌めてもいいか」
 濡れた睫がまた上下する。ぱちぱちという音が聞こえてきそうだった。薄く開いた唇が閉じて、それから微笑の形になる。
「――仕方ないですね」
 言いながら彼はガウンのポケットに手を入れた。
「外してほしいですか」
 再び現れた白い指先には、小さな金属片があった。手錠の鍵だ。素直に肯くと、安達は上体を起こした。どうやら拘束を解いてくれるらしい。しかし鍵穴に鍵を差し込もうというところで、彼は手を止めてしまった。そうして大きな目で、こちらの顔をじっと見る。
「なんて言えばいいか、わかりますか」
「手錠を外してくれ」
「……そうじゃなくて」
 自分は少しの間考えた。彼の気持ちが、ほんの少しわかった気がした。
「――尻に嵌めたい」
「……もっと」
「可澄のぬるぬるのまんこで、俺の汚い勃起チンポを扱いてほしい」
「……もっと」
「その助平まんこに種づけさせろ」
「…………悪くないですね」
 安達は嬉しそうにコメントすると、鍵を鍵穴に入れた。かちりという音と共に、手首が解放される。もう挿入してもいいようだ。自分は自由になった両手を使って彼を押し倒し、まだ濡れている穴に自らのものを押し込んだ。温かな場所は、限界まで硬くなったものを締め上げて歓待した。最高の穴だ。相手が零す甘い喘ぎ声に耳を澄ませ、前立腺を狙って腰を動かす。ドライでいかせるつもりで突いていると、突然きゅっと首を抱かれた。
「……遠慮しなくていいんですよ。ぬるぬるのすけべおまんこで勃起おちんぽしこしこして、たくさんきもちよくなってください」
 自分は歯を食いしばった。その誘惑だけで暴発してしまいそうだった。すると安達は見透かしたように笑った。
「……いくの、がまんしてるんですか。……かわいい」
 頭の中の回線が、ぷつりと切れるのがわかった。着たままだったTシャツを脱ぎ捨てると、相手の腿の裏に手をかける。膝を限界まで割らせ、無防備に開かれた部分に全力で腰をぶつけた。ぅあぁ、と安達が妙に幼い声で鳴く。やや苦しげだったが、腕は依然としてこちらの首を抱いたままだった。可愛いのはどっちだ、と考えたところで、本格的に歯止めがきかなくなった。
「ひ、……ん、んぅ、うぁっ」
 肉棒で蕩けた器官を抉るたび、汗で湿った肌と肌とが衝突して音を立てる。技巧も何もなくただ動物のように腰を動かし続けていると、蕾がぎゅうと窄まって性器の根元を戒めた。
「――っ」
 一瞬、息と動きが止まる。止まった視界の中に、彼の顔があった。恐ろしく卑猥で、凄まじく清潔な、硝子の瞳。
「白いの、おまんこの中に、ぴゅってしたい……です、か?」
 返事は一つだった。
「したい」
「……いいこ」
 射精できる。そう思った途端、何かを無性に噛みたくなった。自分は性器を最奥まで捻じ込むと、彫刻のように滑らかな首筋にかぶりついた。一呼吸おいて、どくどくと形容したい勢いで精液が吐き出されていく。射精しながら、彼の中に出すのはこれで何度目だろう、とぼんやり思った。種づけを繰り返せば、そのうち彼から自分の匂いがするようになるかもしれない。そんな他愛無い考えごとをしていると、突然耳を引っ張られた。相手の肉から口を離し、顔と視線を上げると、あどけない問いが差し出される。
「ごちそうさまは?」
 自分は相手の額にかかった前髪を掻き上げた。自然と笑みが零れた。
「ご馳走様。美味かった。ありがとう」
 安達もまた満足そうに笑い、何度か瞬きしたあと、お粗末様でした、と囁いた。
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