1話5分でゾッと出来る話。短編ホラー集。短編怖い話は、そこにある

みにぶた🐽

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第6話「繰り返す転落」 怖さ:☆☆☆☆

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 夏目陽翔が学校の階段で足を踏み外したのは、放課後の午後四時三十分だった。

 三階から二階へ降りる途中、右足が何もない空間を踏んだ。バランスを崩した陽翔の体が宙に浮き、そのまま階段を転がり落ちた。

 痛みと共に意識が遠のく。最後に聞こえたのは、誰かの悲鳴だった。

「だいじょうぶ?」

 気がつくと、陽翔は三階の廊下に立っていた。時計を見ると午後四時三十分。さっきと同じ時刻だ。

「え?」

 陽翔は混乱した。確かに階段から落ちたはずなのに、なぜここにいるのか。体に痛みもない。

「夢だったのかな……」

 陽翔は再び階段に向かった。しかし三段目で、また足を踏み外した。

 今度ははっきりと見えた。階段の三段目が、一瞬だけ消失したのだ。まるで透明になったように。

 陽翔はまた転落し、意識を失った。

 そして再び、三階の廊下で目を覚ました。時計は午後四時三十分を指している。

「また……?」

 三度目の挑戦。今度は慎重に階段を見つめながら降りた。一段目、二段目は問題ない。三段目に足をかけると、やはり足が空を切る。

 転落。

 目覚め。

 午後四時三十分。

 陽翔は理解し始めた。階段から落ちるたびに、時間が巻き戻されているのだ。

 四度目、五度目、六度目。何度挑戦しても、必ず三段目で転落する。そのたびに午後四時三十分に戻され、同じことを繰り返す。

 七度目の転落の後、陽翔は周囲を観察してみた。

 廊下には数人の生徒がいる。しかし彼らの動きがどこかおかしい。まるで録画された映像を再生しているように、同じ動作を繰り返している。

 窓際の女子生徒は、五秒ごとに同じ仕草で髪をかき上げる。教室から出てくる男子生徒は、必ず同じ場所で立ち止まり、同じ方向を見る。

 これは現実ではない。時間がループしている世界だ。

 八度目の転落の時、陽翔は転落中に声を聞いた。

「痛かった?」

 誰かが話しかけてきた。

 九度目の転落。また同じ声がした。

「毎回痛いでしょう?」

 十度目。今度は声の主が見えた。

 階段の踊り場に、中学生くらいの男子生徒が立っている。この学校の制服を着ているが、どこか古臭いデザインだ。

「君、誰?」陽翔は転落しながら尋ねた。

「僕? 僕も君と同じ。階段から落ちた人」

 十一度目。陽翔は転落を恐れず、その少年と話を続けた。

「いつから?」

「えーと……もう何年だろう。数えるのをやめたんだ」

 少年の表情は諦めに満ちていた。

「君も僕と同じになるよ。何度も何度も落ち続ける」

 十二度目。

「どうすれば抜け出せる?」

「分からない。僕はもう諦めた」

 十三度目。陽翔は気づいた。転落のたびに、新しい声が聞こえてくることを。

 最初は一人だったが、今は複数の声が重なっている。

「また新しい人が来た」

「仲間が増えるね」

「でも、出られないよ」

 十四度目。階段の踊り場に、さらに多くの生徒が立っていた。様々な年代の制服を着た生徒たち。全員が同じ諦めの表情を浮かべている。

「みんな、階段から落ちた人?」

「そうだよ。この階段で死んだ人たち」

 十五度目。陽翔は戦慄した。

「死んだって……僕も死んだの?」

「まだ分からない。でも、もうすぐそうなる」

 最初に現れた少年が説明した。

「この階段は呪われてるんだ。昔から事故が多くて、死んだ人の魂が閉じ込められてる」

 十六度目。

「君が生きてるうちは、まだ時間をやり直せる。でも魂が諦めたとき、本当に死ぬ」

 十七度目。陽翔は必死に考えた。どうすれば这の階段から逃れられるのか。

「三段目を飛び越えてみたら?」

 十八度目。陽翔は三段目を大きく跳んでみた。しかし着地した四段目も消失し、やはり転落した。

 十九度目。今度は手すりを使って迂回しようとした。しかし手すりに触れた瞬間、手すりが崩れ落ちた。

 二十度目。陽翔は別の階段を使おうとした。しかし校舎内のすべての階段が、同じ現象を起こした。

 二十一度目。陽翔は窓から飛び降りようとした。しかし窓が開かなかった。

 二十二度目。陽翔は廊下に座り込んだ。階段を降りなければ、転落することはない。

 しかし五分後、体が勝手に動き出した。まるで操られているように、階段に向かって歩く。

 陽翔の意思とは関係なく、足が階段を踏んだ。

 二十三度目。

 二十四度目。

 二十五度目。

 陽翔は絶望し始めた。何をしても、必ず転落する。そして時間が巻き戻る。

 三十度目を過ぎた頃、陽翔の記憶が曖昧になってきた。

 四十度目。自分の名前を思い出せなくなった。

 五十度目。なぜここにいるのか分からなくなった。

 六十度目。ただ転落を繰り返すだけの存在になっていた。

 そして百度目。陽翔は完全に諦めた。

 その瞬間、時計が動き出した。午後四時三十一分になった。

 陽翔は踊り場に立っている自分に気づいた。階段を降りようとする新しい生徒を見つめている。

 その生徒は、三段目で足を踏み外した。

「だいじょうぶ?」

 陽翔は声をかけた。転落する生徒に向かって。

 新しい仲間の誕生だった。

 放課後の学校で、今日も誰かが階段から落ちる。

 そのたびに仲間が増えていく。

 踊り場に立つ生徒たちの数は、日に日に多くなっている。

 そして今日も、午後四時三十分になると、新しい転落が始まる。

 永遠に。

 翌日、夏目陽翔の遺体が学校の階段で発見された。死因は転落による頭部外傷。発見時刻は午後四時三十分だった。

 同級生たちは言った。

「陽翔はいつも慎重で、階段で転ぶような子じゃなかった」

 しかし事故は起きた。

 そして一週間後、また別の生徒が同じ階段で転落した。

 午後四時三十分に。

 学校は階段に警告の張り紙をした。

『注意 足元にお気をつけください』

 しかし事故は続く。

 なぜなら三段目は、午後四時三十分になると必ず消えるから。

 そして新しい魂を迎え入れるために。
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