1話5分でゾッと出来る話。短編ホラー集。短編怖い話は、そこにある

みにぶた🐽

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第7話「予告の電話」怖さ:☆☆☆

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 冴木陽菜の携帯電話が午前零時に鳴り始めたのは、十一月の初めだった。

 画面には「不明」と表示されている。深夜の無記名の電話など、まともなものではないだろう。陽菜は着信を無視して、ベッドに戻った。

 しかし翌日の同じ時刻に、また電話が鳴った。

 三日連続で同じことが続くと、陽菜は気になって電話に出てみた。

「はい、もしもし?」

 受話器の向こうから、低い男の声が聞こえた。

「まだ殺してない」

 陽菜は身を硬くした。

「誰ですか? 何の話ですか?」

「まだ殺してない。でも明日、殺す」

 電話は一方的に切れた。

 陽菜は警察に通報しようとしたが、躊躇した。「まだ殺してない」という言葉が曖昧すぎる。具体的な脅迫とは言えないかもしれない。

 翌日の朝、陽菜は恐る恐るニュースを確認した。しかし特に目立った事件は報道されていない。

「いたずら電話だったのかな……」

 陽菜は安堵した。しかしその夜、また電話が鳴った。

「まだ殺してない」

 同じ声、同じ言葉。

「今度は誰を殺すつもりですか?」陽菜は震え声で尋ねた。

「田中良太。明日の午後三時、駅のホームで」

 電話が切れた。

 陽菜は混乱した。田中良太という名前に聞き覚えはない。しかし具体的な時間と場所を言われると、さすがに無視できない。

 翌日の午後、陽菜は駅に向かった。ホームには多くの人がいるが、田中良太という人物を特定することはできない。

 午後三時。電車が入ってきた。

 その瞬間、ホームの向こうで悲鳴が上がった。

「人が落ちた!」

 陽菜は駆け寄った。線路に男性が転落している。駅員が緊急停止をかけたが、間に合わなかった。

 救急車で運ばれた男性の身元が判明すると、陽菜は震え上がった。

 田中良太、三十二歳。会社員。

 電話の予告通りだった。

 その夜、また電話が鳴った。

「言った通りだっただろう?」

 声は満足そうだった。

「あなたは何者ですか? なぜそんなことが分かるんですか?」

「僕は予言者だ。人の死を予知する能力がある」

「予知って……それなら助けることもできるはずでしょう?」

「助ける? なぜ?」

 声は心底不思議そうだった。

「僕の役割は予告することだ。死を知らせることだ」

「そんなの……」

「明日は佐藤美咲。午前十一時、自宅のマンションから」

 電話が切れた。

 陽菜は眠れなかった。佐藤美咲という人を助けなければならない。しかし名前しか分からない。どうやって探せばいいのか。

 翌朝、陽菜は近所を歩き回った。表札を確認し、佐藤という名前を探す。しかし見つからない。

 午前十時五十分。陽菜は諦めかけていた。

 その時、向かいのマンションから悲鳴が聞こえた。

「助けて! 誰か!」

 陽菜は声のする方向を見上げた。五階のベランダに、若い女性が立っている。今にも飛び降りそうな状態だった。

 陽菜は急いでマンションに駆け込み、エレベーターで五階に向かった。部屋のインターホンを押すと、泣き声が聞こえてくる。

「佐藤美咲さんですか?」

「誰……?」

「あなたを助けに来ました。ドアを開けてください」

 しばらくして、ドアが開いた。二十代の女性が、涙でぐしゃぐしゃになった顔で立っている。

「なぜ私の名前を……?」

「説明は後で。今は危険です。ベランダから離れてください」

 陽菜は美咲を部屋の奥に連れて行った。時計を見ると、午前十一時二分。

 間に合った。

 美咲は借金苦で自殺を考えていたという。陽菜は美咲を説得し、専門の相談窓口に連絡を取った。

 その夜、電話が鳴った。

「余計なことをしたね」

 声は不機嫌だった。

「人を助けて、何が悪いんですか?」

「僕の予言を邪魔した。許せない」

「あなたの予言なんて、どうでもいい。人の命の方が大事です」

「そうかい。それなら今度は、君の知ってる人を予告しよう」

 陽菜の心臓が止まりそうになった。

「明日は香坂蓮。午後二時、学校の屋上で」

 陽菜は絶叫した。香坂蓮は陽菜の親友だった。

「やめて! 蓮には手を出さないで!」

「手を出す? 僕は何もしないよ。ただ予告するだけだ」

 電話が切れた。

 陽菜は急いで蓮に電話をかけた。

「蓮、明日学校に行っちゃダメ!」

「え? なに急に?」

 陽菜は事情を説明した。最初は信じなかった蓮も、田中良太の件を話すと、さすがに不安になった。

「分かった。明日は家にいる」

 翌日、陽菜は蓮の家を訪れた。午後二時を過ぎるまで、一緒にいるつもりだった。

 しかし午後一時五十分、蓮の母親から電話があった。

「蓮が学校に忘れ物を取りに行くって出かけたの。止めたんだけど……」

 陽菜は顔面蒼白になった。急いで学校に向かう。

 屋上に着くと、蓮がフェンスの近くに立っていた。

「蓮!」

 蓮が振り返る。その表情がおかしい。まるで夢遊病者のように、ぼんやりとしている。

「あ、陽菜……なんで……ここに……」

 蓮の声も朦朧としている。

「危険よ! そこから離れて!」

 陽菜は蓮に駆け寄った。しかし蓮は急にふらつき、フェンスに寄りかかった。

 古いフェンスが、蓮の体重で傾く。

 陽菜は必死に蓮の手を掴んだ。間一髪だった。

 その時、陽菜の携帯電話が鳴った。画面には「不明」と表示されている。

 陽菜は蓮を安全な場所に引き寄せてから、電話に出た。

「また邪魔をしたね」

「当たり前です! 友達を殺させるわけにはいかない!」

「君は面白い。最初は単なる傍観者のつもりだったのに、積極的に阻止しようとする」

 声が変わっていた。最初の不気味さが薄れ、どこか人間的な響きがある。

「君のおかげで、僕は気づいたよ」

「何に?」

「僕の能力は予知じゃない。誘導だったんだ」

 陽菜は息を呑んだ。

「僕が電話をかけることで、運命を変えていた。死へと誘導していたんだ」

「それって……」

「君が阻止してくれたおかげで、僕は自分の正体に気づけた。ありがとう」

 声がだんだん遠くなっていく。

「僕はもう電話をかけない。人を死に誘うのは、やめにする」

「待って! あなたは一体何者なの?」

「それは……秘密だ」

 電話が切れた。

 それ以来、午前零時の電話は鳴らなくなった。

 陽菜は安堵と同時に、奇妙な寂しさを感じた。あの声の主は、最後は悪意ある存在ではなかったような気がする。

 一か月後、陽菜は古い新聞記事を見つけた。十年前の記事だった。

『霊能者自殺 死の予言に苦悩』

 記事には、死を予知する能力に苦しんだ男性の話が載っていた。彼は人々の死を予知するが、それを防ぐことができず、やがて自分の能力を呪うようになった。

 そして最後に、こう書かれていた。

『彼は死の間際、“誰かが僕の予言を止めてくれることを願う”と遺書に記していた』

 陽菜は記事の写真を見た。

 それは、あの声の主かもしれない男性の顔だった。

 彼の願いは、十年越しに叶えられたのかもしれない。

 陽菜の携帯電話は、今も午前零時に鳴ることがある。

 しかし今度は、生きる希望を失った人からの相談電話だ。

 陽菜は彼らの話を聞き、専門機関につなげる。

 命を奪う電話から、命を救う電話へ。

 きっとあの声の主も、喜んでくれているだろう。
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