7 / 100
第7話「予告の電話」怖さ:☆☆☆
しおりを挟む
冴木陽菜の携帯電話が午前零時に鳴り始めたのは、十一月の初めだった。
画面には「不明」と表示されている。深夜の無記名の電話など、まともなものではないだろう。陽菜は着信を無視して、ベッドに戻った。
しかし翌日の同じ時刻に、また電話が鳴った。
三日連続で同じことが続くと、陽菜は気になって電話に出てみた。
「はい、もしもし?」
受話器の向こうから、低い男の声が聞こえた。
「まだ殺してない」
陽菜は身を硬くした。
「誰ですか? 何の話ですか?」
「まだ殺してない。でも明日、殺す」
電話は一方的に切れた。
陽菜は警察に通報しようとしたが、躊躇した。「まだ殺してない」という言葉が曖昧すぎる。具体的な脅迫とは言えないかもしれない。
翌日の朝、陽菜は恐る恐るニュースを確認した。しかし特に目立った事件は報道されていない。
「いたずら電話だったのかな……」
陽菜は安堵した。しかしその夜、また電話が鳴った。
「まだ殺してない」
同じ声、同じ言葉。
「今度は誰を殺すつもりですか?」陽菜は震え声で尋ねた。
「田中良太。明日の午後三時、駅のホームで」
電話が切れた。
陽菜は混乱した。田中良太という名前に聞き覚えはない。しかし具体的な時間と場所を言われると、さすがに無視できない。
翌日の午後、陽菜は駅に向かった。ホームには多くの人がいるが、田中良太という人物を特定することはできない。
午後三時。電車が入ってきた。
その瞬間、ホームの向こうで悲鳴が上がった。
「人が落ちた!」
陽菜は駆け寄った。線路に男性が転落している。駅員が緊急停止をかけたが、間に合わなかった。
救急車で運ばれた男性の身元が判明すると、陽菜は震え上がった。
田中良太、三十二歳。会社員。
電話の予告通りだった。
その夜、また電話が鳴った。
「言った通りだっただろう?」
声は満足そうだった。
「あなたは何者ですか? なぜそんなことが分かるんですか?」
「僕は予言者だ。人の死を予知する能力がある」
「予知って……それなら助けることもできるはずでしょう?」
「助ける? なぜ?」
声は心底不思議そうだった。
「僕の役割は予告することだ。死を知らせることだ」
「そんなの……」
「明日は佐藤美咲。午前十一時、自宅のマンションから」
電話が切れた。
陽菜は眠れなかった。佐藤美咲という人を助けなければならない。しかし名前しか分からない。どうやって探せばいいのか。
翌朝、陽菜は近所を歩き回った。表札を確認し、佐藤という名前を探す。しかし見つからない。
午前十時五十分。陽菜は諦めかけていた。
その時、向かいのマンションから悲鳴が聞こえた。
「助けて! 誰か!」
陽菜は声のする方向を見上げた。五階のベランダに、若い女性が立っている。今にも飛び降りそうな状態だった。
陽菜は急いでマンションに駆け込み、エレベーターで五階に向かった。部屋のインターホンを押すと、泣き声が聞こえてくる。
「佐藤美咲さんですか?」
「誰……?」
「あなたを助けに来ました。ドアを開けてください」
しばらくして、ドアが開いた。二十代の女性が、涙でぐしゃぐしゃになった顔で立っている。
「なぜ私の名前を……?」
「説明は後で。今は危険です。ベランダから離れてください」
陽菜は美咲を部屋の奥に連れて行った。時計を見ると、午前十一時二分。
間に合った。
美咲は借金苦で自殺を考えていたという。陽菜は美咲を説得し、専門の相談窓口に連絡を取った。
その夜、電話が鳴った。
「余計なことをしたね」
声は不機嫌だった。
「人を助けて、何が悪いんですか?」
「僕の予言を邪魔した。許せない」
「あなたの予言なんて、どうでもいい。人の命の方が大事です」
「そうかい。それなら今度は、君の知ってる人を予告しよう」
陽菜の心臓が止まりそうになった。
「明日は香坂蓮。午後二時、学校の屋上で」
陽菜は絶叫した。香坂蓮は陽菜の親友だった。
「やめて! 蓮には手を出さないで!」
「手を出す? 僕は何もしないよ。ただ予告するだけだ」
電話が切れた。
陽菜は急いで蓮に電話をかけた。
「蓮、明日学校に行っちゃダメ!」
「え? なに急に?」
陽菜は事情を説明した。最初は信じなかった蓮も、田中良太の件を話すと、さすがに不安になった。
「分かった。明日は家にいる」
翌日、陽菜は蓮の家を訪れた。午後二時を過ぎるまで、一緒にいるつもりだった。
しかし午後一時五十分、蓮の母親から電話があった。
「蓮が学校に忘れ物を取りに行くって出かけたの。止めたんだけど……」
陽菜は顔面蒼白になった。急いで学校に向かう。
屋上に着くと、蓮がフェンスの近くに立っていた。
「蓮!」
蓮が振り返る。その表情がおかしい。まるで夢遊病者のように、ぼんやりとしている。
「あ、陽菜……なんで……ここに……」
蓮の声も朦朧としている。
「危険よ! そこから離れて!」
陽菜は蓮に駆け寄った。しかし蓮は急にふらつき、フェンスに寄りかかった。
古いフェンスが、蓮の体重で傾く。
陽菜は必死に蓮の手を掴んだ。間一髪だった。
その時、陽菜の携帯電話が鳴った。画面には「不明」と表示されている。
陽菜は蓮を安全な場所に引き寄せてから、電話に出た。
「また邪魔をしたね」
「当たり前です! 友達を殺させるわけにはいかない!」
「君は面白い。最初は単なる傍観者のつもりだったのに、積極的に阻止しようとする」
声が変わっていた。最初の不気味さが薄れ、どこか人間的な響きがある。
「君のおかげで、僕は気づいたよ」
「何に?」
「僕の能力は予知じゃない。誘導だったんだ」
陽菜は息を呑んだ。
「僕が電話をかけることで、運命を変えていた。死へと誘導していたんだ」
「それって……」
「君が阻止してくれたおかげで、僕は自分の正体に気づけた。ありがとう」
声がだんだん遠くなっていく。
「僕はもう電話をかけない。人を死に誘うのは、やめにする」
「待って! あなたは一体何者なの?」
「それは……秘密だ」
電話が切れた。
それ以来、午前零時の電話は鳴らなくなった。
陽菜は安堵と同時に、奇妙な寂しさを感じた。あの声の主は、最後は悪意ある存在ではなかったような気がする。
一か月後、陽菜は古い新聞記事を見つけた。十年前の記事だった。
『霊能者自殺 死の予言に苦悩』
記事には、死を予知する能力に苦しんだ男性の話が載っていた。彼は人々の死を予知するが、それを防ぐことができず、やがて自分の能力を呪うようになった。
そして最後に、こう書かれていた。
『彼は死の間際、“誰かが僕の予言を止めてくれることを願う”と遺書に記していた』
陽菜は記事の写真を見た。
それは、あの声の主かもしれない男性の顔だった。
彼の願いは、十年越しに叶えられたのかもしれない。
陽菜の携帯電話は、今も午前零時に鳴ることがある。
しかし今度は、生きる希望を失った人からの相談電話だ。
陽菜は彼らの話を聞き、専門機関につなげる。
命を奪う電話から、命を救う電話へ。
きっとあの声の主も、喜んでくれているだろう。
画面には「不明」と表示されている。深夜の無記名の電話など、まともなものではないだろう。陽菜は着信を無視して、ベッドに戻った。
しかし翌日の同じ時刻に、また電話が鳴った。
三日連続で同じことが続くと、陽菜は気になって電話に出てみた。
「はい、もしもし?」
受話器の向こうから、低い男の声が聞こえた。
「まだ殺してない」
陽菜は身を硬くした。
「誰ですか? 何の話ですか?」
「まだ殺してない。でも明日、殺す」
電話は一方的に切れた。
陽菜は警察に通報しようとしたが、躊躇した。「まだ殺してない」という言葉が曖昧すぎる。具体的な脅迫とは言えないかもしれない。
翌日の朝、陽菜は恐る恐るニュースを確認した。しかし特に目立った事件は報道されていない。
「いたずら電話だったのかな……」
陽菜は安堵した。しかしその夜、また電話が鳴った。
「まだ殺してない」
同じ声、同じ言葉。
「今度は誰を殺すつもりですか?」陽菜は震え声で尋ねた。
「田中良太。明日の午後三時、駅のホームで」
電話が切れた。
陽菜は混乱した。田中良太という名前に聞き覚えはない。しかし具体的な時間と場所を言われると、さすがに無視できない。
翌日の午後、陽菜は駅に向かった。ホームには多くの人がいるが、田中良太という人物を特定することはできない。
午後三時。電車が入ってきた。
その瞬間、ホームの向こうで悲鳴が上がった。
「人が落ちた!」
陽菜は駆け寄った。線路に男性が転落している。駅員が緊急停止をかけたが、間に合わなかった。
救急車で運ばれた男性の身元が判明すると、陽菜は震え上がった。
田中良太、三十二歳。会社員。
電話の予告通りだった。
その夜、また電話が鳴った。
「言った通りだっただろう?」
声は満足そうだった。
「あなたは何者ですか? なぜそんなことが分かるんですか?」
「僕は予言者だ。人の死を予知する能力がある」
「予知って……それなら助けることもできるはずでしょう?」
「助ける? なぜ?」
声は心底不思議そうだった。
「僕の役割は予告することだ。死を知らせることだ」
「そんなの……」
「明日は佐藤美咲。午前十一時、自宅のマンションから」
電話が切れた。
陽菜は眠れなかった。佐藤美咲という人を助けなければならない。しかし名前しか分からない。どうやって探せばいいのか。
翌朝、陽菜は近所を歩き回った。表札を確認し、佐藤という名前を探す。しかし見つからない。
午前十時五十分。陽菜は諦めかけていた。
その時、向かいのマンションから悲鳴が聞こえた。
「助けて! 誰か!」
陽菜は声のする方向を見上げた。五階のベランダに、若い女性が立っている。今にも飛び降りそうな状態だった。
陽菜は急いでマンションに駆け込み、エレベーターで五階に向かった。部屋のインターホンを押すと、泣き声が聞こえてくる。
「佐藤美咲さんですか?」
「誰……?」
「あなたを助けに来ました。ドアを開けてください」
しばらくして、ドアが開いた。二十代の女性が、涙でぐしゃぐしゃになった顔で立っている。
「なぜ私の名前を……?」
「説明は後で。今は危険です。ベランダから離れてください」
陽菜は美咲を部屋の奥に連れて行った。時計を見ると、午前十一時二分。
間に合った。
美咲は借金苦で自殺を考えていたという。陽菜は美咲を説得し、専門の相談窓口に連絡を取った。
その夜、電話が鳴った。
「余計なことをしたね」
声は不機嫌だった。
「人を助けて、何が悪いんですか?」
「僕の予言を邪魔した。許せない」
「あなたの予言なんて、どうでもいい。人の命の方が大事です」
「そうかい。それなら今度は、君の知ってる人を予告しよう」
陽菜の心臓が止まりそうになった。
「明日は香坂蓮。午後二時、学校の屋上で」
陽菜は絶叫した。香坂蓮は陽菜の親友だった。
「やめて! 蓮には手を出さないで!」
「手を出す? 僕は何もしないよ。ただ予告するだけだ」
電話が切れた。
陽菜は急いで蓮に電話をかけた。
「蓮、明日学校に行っちゃダメ!」
「え? なに急に?」
陽菜は事情を説明した。最初は信じなかった蓮も、田中良太の件を話すと、さすがに不安になった。
「分かった。明日は家にいる」
翌日、陽菜は蓮の家を訪れた。午後二時を過ぎるまで、一緒にいるつもりだった。
しかし午後一時五十分、蓮の母親から電話があった。
「蓮が学校に忘れ物を取りに行くって出かけたの。止めたんだけど……」
陽菜は顔面蒼白になった。急いで学校に向かう。
屋上に着くと、蓮がフェンスの近くに立っていた。
「蓮!」
蓮が振り返る。その表情がおかしい。まるで夢遊病者のように、ぼんやりとしている。
「あ、陽菜……なんで……ここに……」
蓮の声も朦朧としている。
「危険よ! そこから離れて!」
陽菜は蓮に駆け寄った。しかし蓮は急にふらつき、フェンスに寄りかかった。
古いフェンスが、蓮の体重で傾く。
陽菜は必死に蓮の手を掴んだ。間一髪だった。
その時、陽菜の携帯電話が鳴った。画面には「不明」と表示されている。
陽菜は蓮を安全な場所に引き寄せてから、電話に出た。
「また邪魔をしたね」
「当たり前です! 友達を殺させるわけにはいかない!」
「君は面白い。最初は単なる傍観者のつもりだったのに、積極的に阻止しようとする」
声が変わっていた。最初の不気味さが薄れ、どこか人間的な響きがある。
「君のおかげで、僕は気づいたよ」
「何に?」
「僕の能力は予知じゃない。誘導だったんだ」
陽菜は息を呑んだ。
「僕が電話をかけることで、運命を変えていた。死へと誘導していたんだ」
「それって……」
「君が阻止してくれたおかげで、僕は自分の正体に気づけた。ありがとう」
声がだんだん遠くなっていく。
「僕はもう電話をかけない。人を死に誘うのは、やめにする」
「待って! あなたは一体何者なの?」
「それは……秘密だ」
電話が切れた。
それ以来、午前零時の電話は鳴らなくなった。
陽菜は安堵と同時に、奇妙な寂しさを感じた。あの声の主は、最後は悪意ある存在ではなかったような気がする。
一か月後、陽菜は古い新聞記事を見つけた。十年前の記事だった。
『霊能者自殺 死の予言に苦悩』
記事には、死を予知する能力に苦しんだ男性の話が載っていた。彼は人々の死を予知するが、それを防ぐことができず、やがて自分の能力を呪うようになった。
そして最後に、こう書かれていた。
『彼は死の間際、“誰かが僕の予言を止めてくれることを願う”と遺書に記していた』
陽菜は記事の写真を見た。
それは、あの声の主かもしれない男性の顔だった。
彼の願いは、十年越しに叶えられたのかもしれない。
陽菜の携帯電話は、今も午前零時に鳴ることがある。
しかし今度は、生きる希望を失った人からの相談電話だ。
陽菜は彼らの話を聞き、専門機関につなげる。
命を奪う電話から、命を救う電話へ。
きっとあの声の主も、喜んでくれているだろう。
0
あなたにおすすめの小説
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
静かに壊れていく日常
井浦
ホラー
──違和感から始まる十二の恐怖──
いつも通りの朝。
いつも通りの夜。
けれど、ほんの少しだけ、何かがおかしい。
鳴るはずのないインターホン。
いつもと違う帰り道。
知らない誰かの声。
そんな「違和感」に気づいたとき、もう“元の日常”には戻れない。
現実と幻想の境界が曖昧になる、全十二話の短編集。
一話完結で読める、静かな恐怖をあなたへ。
※表紙は生成AIで作成しております。
【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる