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第8話「増える友達」怖さ:☆☆
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香坂結衣が異変に気づいたのは、文化祭の集合写真を現像した時だった。
十月の終わり。クラス全員で撮った記念写真を写真屋で受け取り、教室で配布していた時のことだ。
「あれ?」
結衣は写真を見つめて首をかしげた。後列の右端に、見覚えのない女子生徒が写っている。
ショートカットの髪、細い体型、この学校の制服を着ている。しかし結衣のクラスにそんな生徒はいない。
「ねえ、この子誰?」
結衣は隣の席の一ノ瀬みのりに写真を見せた。
「どの子?」
「ここ、右端の」
みのりは首を振った。
「誰もいないよ? 結衣の隣は壁でしょ」
結衣は困惑した。確かに写真には女子生徒が写っているのに、みのりには見えていない。
「本当に見えない? ここに女の子が……」
「結衣、疲れてるんじゃない? 最近受験勉強で寝不足でしょ」
結衣は他のクラスメイトにも聞いてみたが、誰も謎の女子生徒を認識していなかった。
家に帰って、結衣は写真を詳しく調べた。拡大鏡で見ても、確実にそこに女子生徒がいる。しかも、こちらを見て微笑んでいる。
「気のせいじゃない……」
翌日、結衣は写真を学校に持参した。担任の時雨先生に相談してみるつもりだった。
「先生、この写真なんですけど……」
「文化祭の写真ね。みんないい顔してるじゃない」
「いえ、そうじゃなくて……この子です」
結衣は謎の女子生徒を指差した。
「ん? ああ、新井さんね」
結衣は驚いた。時雨先生には見えているのだ。
「新井さんって?」
「新井美月さん。君たちのクラスメイトでしょ?」
「え? でも僕のクラスに新井さんなんて……」
「何を言ってるの? ほら、そこの席に座ってるじゃない」
時雨先生が指差した方向を見ると、確かに一つの机に女子生徒が座っていた。写真と同じショートカットの髪、細い体型。新井美月という名札がついている。
しかし結衣には、その席は空席に見えた。
「先生……僕には誰も見えません」
「結衣君、どうかしたの? 美月さんはちゃんとそこにいるよ」
時雨先生は心配そうに結衣を見つめた。
「保健室で休んだ方がいいんじゃない?」
結衣は混乱しながら自分の席に戻った。新井美月が座っているとされる席を見つめるが、やはり何も見えない。
しかし昼休みになると、クラスメイトたちがその空席に向かって話しかけ始めた。
「美月ちゃん、お弁当一緒に食べよう」
「美月、数学のノート貸して」
みんな、そこに新井美月がいるかのように振る舞っている。
結衣は恐ろしくなった。クラス全員が集団幻覚を起こしているのか、それとも自分だけが現実を見失っているのか。
放課後、結衣は文化祭の写真をもう一度確認した。
今度は新井美月だけでなく、後列にもう一人増えていた。
眼鏡をかけた男子生徒。やはり見覚えがない。
「また増えた……」
翌日、案の定、そのクラスには山田翔太という男子生徒が加わっていた。クラスメイトたちは当然のように彼と会話している。
しかし結衣には、山田翔太の席も空席に見える。
三日目、写真にはさらに二人増えていた。
四日目、三人。
五日目、五人。
一週間後、写真には結衣の知らない生徒が十五人も写っていた。そして現実のクラスにも、十五の空席があった。しかしクラスメイトたちは、そこに生徒がいるかのように振る舞い続けている。
結衣は担任に相談した。
「先生、クラスの人数がおかしいんです」
「何が?」
「僕が数えると二十五人なんですが、先生の名簿には四十人になってます」
時雨先生は名簿を確認した。
「確かに四十人よ。全員ちゃんと出席してるし」
「でも僕には二十五人しか見えません」
「結衣君……」
時雨先生の表情が曇った。
「もしかして、君には友達が見えないの?」
「友達?」
「そうよ。新井さんも山田君も、君の大切な友達じゃない」
結衣は頭を抱えた。
「僕は彼らを知りません。一度も話したことがないんです」
「それは……」
時雨先生は困ったように呟いた。
「記憶を失っているのかしら?」
その夜、結衣は自分の部屋で写真を見つめていた。増え続ける見知らぬ生徒たち。みんな楽しそうに笑っている。
そして結衣は気づいた。
写真の中の自分が、とても幸せそうに見えることを。
普段の結衣は人付き合いが苦手で、クラスでも目立たない存在だった。友達と呼べる相手もほとんどいない。
しかし写真の中の結衣は、大勢の友達に囲まれて心から笑っている。
「これは……僕の願望?」
結衣は理解し始めた。写真が増やしているのは、結衣が欲しかった友達なのかもしれない。
翌日、結衣は実験してみた。心の中で「もっと友達が欲しい」と強く願ってみる。
すると次の写真には、さらに多くの生徒が写っていた。
「やっぱり……」
結衣の潜在意識が、写真を通じて理想の友達を作り出している。そして周囲の人間にも、その幻想を共有させている。
しかし結衣自身には、彼らが見えない。なぜなら結衣の理性が、それが幻想だと理解しているからだ。
一か月後、クラスには結衣の知らない生徒が三十人も増えていた。教室は満員で、机も増設されている。
しかし結衣には、がらんとした教室に見える。
ある日、結衣は新井美月の席に向かって話しかけてみた。
「新井さん、聞こえますか?」
すると、空気の中から声が返ってきた。
「結衣君? どうしたの?」
美月の声だった。優しく、温かい声。
「君は……本当にいるの?」
「当然よ。私たちはずっと結衣君の友達じゃない」
他の声も聞こえてくる。山田翔太、佐藤花音、田中健一。みんな結衣に話しかけてくる。
「僕たちは結衣の理想の友達だよ」
「結衣が作ってくれた」
「でも、結衣は僕たちを見ようとしない」
結衣は涙が出てきた。
「見たいよ……でも怖いんだ」
「何が?」
「君たちが偽物だったら……消えてしまったら……」
「私たちは偽物かもしれない。でも、結衣が必要としている限り、消えたりしない」
美月の声が温かく響く。
「結衣が一人でいるのが辛いなら、私たちがいる」
「本当の友達ができるまで、私たちが支えてあげる」
結衣は目を閉じた。そして心を開いた。
目を開けると、教室が見知らぬ生徒たちで溢れていた。みんな結衣を見つめて微笑んでいる。
「やっと見えた」美月が嬉しそうに言った。
「僕たちをちゃんと見てくれたね」翔太が頷く。
結衣は初めて、心から笑った。
それから結衣の高校生活は一変した。大勢の友達と過ごす楽しい日々。しかしそれは幻想だった。
卒業式の日、結衣は最後の集合写真を撮った。
現像された写真には、結衣一人だけが写っていた。
他の生徒たちは、すべて消えていた。
結衣は寂しくなかったと言えば嘘になる。しかし後悔もしていない。
幻想の友達たちは、結衣に大切なことを教えてくれた。
人とのつながりの温かさ、友情の価値、そして一人でいることの怖さ。
大学では、結衣は積極的に人と関わるようになった。最初は緊張したが、高校時代の経験が勇気をくれた。
そして本当の友達ができた時、結衣は思った。
幻想の友達も、本当の友達も、大切なのは心のつながりなのだと。
結衣の部屋には今でも、あの写真が飾ってある。
一人だけ写った卒業写真。
でも結衣には、そこに大勢の友達が写って見える。
彼らは結衣の心の中で、今も微笑み続けている。
十月の終わり。クラス全員で撮った記念写真を写真屋で受け取り、教室で配布していた時のことだ。
「あれ?」
結衣は写真を見つめて首をかしげた。後列の右端に、見覚えのない女子生徒が写っている。
ショートカットの髪、細い体型、この学校の制服を着ている。しかし結衣のクラスにそんな生徒はいない。
「ねえ、この子誰?」
結衣は隣の席の一ノ瀬みのりに写真を見せた。
「どの子?」
「ここ、右端の」
みのりは首を振った。
「誰もいないよ? 結衣の隣は壁でしょ」
結衣は困惑した。確かに写真には女子生徒が写っているのに、みのりには見えていない。
「本当に見えない? ここに女の子が……」
「結衣、疲れてるんじゃない? 最近受験勉強で寝不足でしょ」
結衣は他のクラスメイトにも聞いてみたが、誰も謎の女子生徒を認識していなかった。
家に帰って、結衣は写真を詳しく調べた。拡大鏡で見ても、確実にそこに女子生徒がいる。しかも、こちらを見て微笑んでいる。
「気のせいじゃない……」
翌日、結衣は写真を学校に持参した。担任の時雨先生に相談してみるつもりだった。
「先生、この写真なんですけど……」
「文化祭の写真ね。みんないい顔してるじゃない」
「いえ、そうじゃなくて……この子です」
結衣は謎の女子生徒を指差した。
「ん? ああ、新井さんね」
結衣は驚いた。時雨先生には見えているのだ。
「新井さんって?」
「新井美月さん。君たちのクラスメイトでしょ?」
「え? でも僕のクラスに新井さんなんて……」
「何を言ってるの? ほら、そこの席に座ってるじゃない」
時雨先生が指差した方向を見ると、確かに一つの机に女子生徒が座っていた。写真と同じショートカットの髪、細い体型。新井美月という名札がついている。
しかし結衣には、その席は空席に見えた。
「先生……僕には誰も見えません」
「結衣君、どうかしたの? 美月さんはちゃんとそこにいるよ」
時雨先生は心配そうに結衣を見つめた。
「保健室で休んだ方がいいんじゃない?」
結衣は混乱しながら自分の席に戻った。新井美月が座っているとされる席を見つめるが、やはり何も見えない。
しかし昼休みになると、クラスメイトたちがその空席に向かって話しかけ始めた。
「美月ちゃん、お弁当一緒に食べよう」
「美月、数学のノート貸して」
みんな、そこに新井美月がいるかのように振る舞っている。
結衣は恐ろしくなった。クラス全員が集団幻覚を起こしているのか、それとも自分だけが現実を見失っているのか。
放課後、結衣は文化祭の写真をもう一度確認した。
今度は新井美月だけでなく、後列にもう一人増えていた。
眼鏡をかけた男子生徒。やはり見覚えがない。
「また増えた……」
翌日、案の定、そのクラスには山田翔太という男子生徒が加わっていた。クラスメイトたちは当然のように彼と会話している。
しかし結衣には、山田翔太の席も空席に見える。
三日目、写真にはさらに二人増えていた。
四日目、三人。
五日目、五人。
一週間後、写真には結衣の知らない生徒が十五人も写っていた。そして現実のクラスにも、十五の空席があった。しかしクラスメイトたちは、そこに生徒がいるかのように振る舞い続けている。
結衣は担任に相談した。
「先生、クラスの人数がおかしいんです」
「何が?」
「僕が数えると二十五人なんですが、先生の名簿には四十人になってます」
時雨先生は名簿を確認した。
「確かに四十人よ。全員ちゃんと出席してるし」
「でも僕には二十五人しか見えません」
「結衣君……」
時雨先生の表情が曇った。
「もしかして、君には友達が見えないの?」
「友達?」
「そうよ。新井さんも山田君も、君の大切な友達じゃない」
結衣は頭を抱えた。
「僕は彼らを知りません。一度も話したことがないんです」
「それは……」
時雨先生は困ったように呟いた。
「記憶を失っているのかしら?」
その夜、結衣は自分の部屋で写真を見つめていた。増え続ける見知らぬ生徒たち。みんな楽しそうに笑っている。
そして結衣は気づいた。
写真の中の自分が、とても幸せそうに見えることを。
普段の結衣は人付き合いが苦手で、クラスでも目立たない存在だった。友達と呼べる相手もほとんどいない。
しかし写真の中の結衣は、大勢の友達に囲まれて心から笑っている。
「これは……僕の願望?」
結衣は理解し始めた。写真が増やしているのは、結衣が欲しかった友達なのかもしれない。
翌日、結衣は実験してみた。心の中で「もっと友達が欲しい」と強く願ってみる。
すると次の写真には、さらに多くの生徒が写っていた。
「やっぱり……」
結衣の潜在意識が、写真を通じて理想の友達を作り出している。そして周囲の人間にも、その幻想を共有させている。
しかし結衣自身には、彼らが見えない。なぜなら結衣の理性が、それが幻想だと理解しているからだ。
一か月後、クラスには結衣の知らない生徒が三十人も増えていた。教室は満員で、机も増設されている。
しかし結衣には、がらんとした教室に見える。
ある日、結衣は新井美月の席に向かって話しかけてみた。
「新井さん、聞こえますか?」
すると、空気の中から声が返ってきた。
「結衣君? どうしたの?」
美月の声だった。優しく、温かい声。
「君は……本当にいるの?」
「当然よ。私たちはずっと結衣君の友達じゃない」
他の声も聞こえてくる。山田翔太、佐藤花音、田中健一。みんな結衣に話しかけてくる。
「僕たちは結衣の理想の友達だよ」
「結衣が作ってくれた」
「でも、結衣は僕たちを見ようとしない」
結衣は涙が出てきた。
「見たいよ……でも怖いんだ」
「何が?」
「君たちが偽物だったら……消えてしまったら……」
「私たちは偽物かもしれない。でも、結衣が必要としている限り、消えたりしない」
美月の声が温かく響く。
「結衣が一人でいるのが辛いなら、私たちがいる」
「本当の友達ができるまで、私たちが支えてあげる」
結衣は目を閉じた。そして心を開いた。
目を開けると、教室が見知らぬ生徒たちで溢れていた。みんな結衣を見つめて微笑んでいる。
「やっと見えた」美月が嬉しそうに言った。
「僕たちをちゃんと見てくれたね」翔太が頷く。
結衣は初めて、心から笑った。
それから結衣の高校生活は一変した。大勢の友達と過ごす楽しい日々。しかしそれは幻想だった。
卒業式の日、結衣は最後の集合写真を撮った。
現像された写真には、結衣一人だけが写っていた。
他の生徒たちは、すべて消えていた。
結衣は寂しくなかったと言えば嘘になる。しかし後悔もしていない。
幻想の友達たちは、結衣に大切なことを教えてくれた。
人とのつながりの温かさ、友情の価値、そして一人でいることの怖さ。
大学では、結衣は積極的に人と関わるようになった。最初は緊張したが、高校時代の経験が勇気をくれた。
そして本当の友達ができた時、結衣は思った。
幻想の友達も、本当の友達も、大切なのは心のつながりなのだと。
結衣の部屋には今でも、あの写真が飾ってある。
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