1話5分でゾッと出来る話。短編ホラー集。短編怖い話は、そこにある

みにぶた🐽

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第10話「届かない約束」怖さ:☆☆

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 時雨蒼依が幼なじみの神谷陽愛に手紙を出したのは、引っ越しから三か月後のことだった。

 中学二年生の夏。父親の転勤で県外に引っ越した蒼依は、故郷に残した親友との連絡を取ろうとしていた。携帯電話はまだ持たせてもらえず、手紙が唯一の連絡手段だった。

『陽愛へ
こちらでの生活にも慣れました。新しい学校の友達もできたけれど、やっぱり陽愛がいないと寂しいです。
今度の夏休みに帰省するので、一緒に花火大会に行きませんか? 小学生の時みたいに。
絶対に会いましょう。約束です。
蒼依』

 蒼依は丁寧に便箋に書き、封筒に入れて投函した。陽愛の住所は完璧に覚えている。小学生の頃から何度も遊びに行った家だ。

 しかし二週間経っても返事が来ない。

 蒼依は心配になって、もう一度手紙を書いた。

『陽愛へ
前の手紙、届いていますか? 返事が来ないので心配です。
体調を崩したりしていませんか? 
夏休みまであと一か月。楽しみにしています。
蒼依』

 今度も返事はなかった。

 三通目の手紙を出した翌日、蒼依の家のポストに見慣れない封筒が入っていた。

 差出人不明。血で汚れたような茶色い染みがついている。

 蒼依は恐る恐る封筒を開けた。

 中から出てきたのは、蒼依が書いた一通目の手紙だった。

 しかし内容が変わっている。蒼依の筆跡で、こう書かれていた。

『陽愛へ
私はもう死んでいます。
でも約束は守りたい。
あなたも一緒に来てください。
蒼依』

 蒼依は震え上がった。自分が書いた覚えのない文章だ。

 しかも便箋の端に、別の筆跡で書かれた文字があった。

『約束は守らなければならない』

 蒼依は急いで母親に相談した。

「お母さん、この手紙……」

 しかし母親は手紙を見ることを拒んだ。

「蒼依、もうやめなさい」

「え?」

「陽愛ちゃんのことは、忘れなさい」

 母親の表情が暗い。

「どうして? 何かあったの?」

「……陽愛ちゃんは、もういないのよ」

 蒼依の心臓が止まりそうになった。

「いないって……どういうこと?」

「あなたが引っ越してすぐに……事故で……」

 母親は涙声になった。

「言えなかったの。あなたがショックを受けると思って」

 蒼依は崩れ落ちた。陽愛が死んでいる。三か月も前に。

 それなのに蒼依は、死んだ親友に手紙を出し続けていた。

「でも……手紙が戻ってきた……」

「それは……」

 母親は困ったような顔をした。

「郵便局の人が気を利かせて、返してくれたのかもしれないわね」

 しかし蒼依は納得できなかった。手紙の内容が変わっていることを、母親は知らない。

 その夜、蒼依の部屋の窓を誰かが叩いた。

 コン、コン、コン。

 規則正しいリズム。蒼依が知っているノック音だった。

 小学生の頃、陽愛が蒼依の部屋を訪れる時の合図。

 蒼依は震えながら窓を開けた。

 庭には誰もいない。しかし地面に、小さな足跡があった。子供の裸足の跡。陽愛のものに見える。

 足跡は庭から玄関に向かって続いている。

 蒼依は家を出て、足跡を追った。深夜の住宅街を、足跡は続いている。

 やがて足跡は郵便ポストの前で止まった。

 ポストの投函口から、白い手が出ている。

「陽愛?」

 蒼依が声をかけると、手がこちらを招いた。

 蒼依はポストに近づいた。投函口を覗くと、陽愛の顔があった。

 しかし陽愛の顔は青白く、目は虚ろだった。

「蒼依……約束……」

 陽愛の声は遠くから聞こえるようだった。

「花火大会……一緒に……」

「陽愛、あなたは……」

「死んでる……でも約束は……守りたい……」

 陽愛の手が蒼依の手を掴んだ。氷のように冷たい。

「一緒に来て……向こうの世界で……花火を見よう……」

 蒼依は涙が止まらなかった。

「行きたい……でも……」

「怖くない……私がいるから……」

 陽愛の顔が微笑んだ。生前と同じ、優しい笑顔。

 蒼依は迷った。陽愛と一緒にいたい。でも生きている世界を離れることはできない。

「陽愛……私は生きていたい」

 陽愛の顔が悲しそうになった。

「そう……」

「でも、約束は守る。別の方法で」

 蒼依は決意した。

「毎年、花火大会の日に、あなたのお墓で花火をするよ。一人でも、あなたと一緒に見る」

 陽愛の表情が明るくなった。

「本当?」

「本当。これも約束」

 陽愛は満足そうに頷いた。

「ありがとう……蒼依……」

 陽愛の姿がだんだん薄くなっていく。

「でも……時々は……手紙を……」

「うん、書く。たくさん書く」

 陽愛が完全に消える前に、最後に言った。

「生きて……蒼依……私の分まで……」

 陽愛の姿が消えた。ポストには何もない。

 蒼依は家に戻り、陽愛への手紙を書き始めた。

『陽愛へ
約束を守ります。毎年、花火大会の日にお墓参りに行きます。
あなたがいない世界は寂しいけれど、私は生きていきます。
新しい友達もたくさん作って、たくさんの思い出を作ります。
そしてその全部を、手紙であなたに報告します。
だから見守っていてください。
蒼依』

 手紙を書き終えると、蒼依は陽愛の写真の前に置いた。郵送はしない。この手紙は、きっと陽愛に届いている。

 夏休み、蒼依は故郷に帰った。

 陽愛のお墓で、一人で線香花火をした。

「見えてる? 陽愛」

 風が吹いて、花火の炎が揺れた。まるで陽愛が返事をしているように。

 それから毎年、蒼依は同じことを続けた。

 高校生になっても、大学生になっても、社会人になっても。

 そのたびに陽愛への手紙を書いた。近況報告、新しい友達のこと、恋人のこと、仕事のこと。

 手紙は郵送しない。でも必ず陽愛に届いている気がした。

 蒼依が結婚した時、花嫁姿の写真を陽愛のお墓に持参した。

「どう? 似合ってる?」

 墓石に刻まれた陽愛の名前が、夕日に照らされて温かく光った。

 蒼依が子供を産んだ時も、お宮参りの後で陽愛のお墓を訪れた。

「この子の名前は愛美よ。あなたの『愛』をもらったの」

 赤ちゃんが墓石を見つめて、にっこりと笑った。まるで陽愛に微笑みかけているように。

 蒼依が老いて、体が不自由になっても、娘に車椅子を押してもらって墓参りを続けた。

「もうすぐ私も、あなたのところに行くかもしれないわね」

 そして蒼依が亡くなった時、遺品の中から大量の手紙が見つかった。

 すべて陽愛宛ての手紙。六十年分の手紙が、きれいに保管されていた。

 娘の愛美は、その手紙をすべて陽愛のお墓に供えた。

 すると不思議なことが起こった。

 墓石の上に、二つの影が現れた。手を繋いだ少女の影。

 蒼依と陽愛が、ついに再会したのだ。

 約束は、最後まで守られた。

 愛美は毎年、二人のお墓に花火を供えている。

 約束を受け継いで、永遠に続けるために。
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