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第11話「夢の中の誰か」怖さ:☆☆
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九条凛が同じ夢を見るようになったのは、大学受験のストレスがピークに達した十二月のことだった。
毎晩、同じ場所で同じ人物と会う夢。
舞台は古い図書館だった。高い天井、木製の書架、薄暗い照明。そこに一人の青年が座っている。
ブロンドの髪、青い瞳、整った顔立ち。西洋人のようだが、流暢な日本語を話す。名前はレオンハルトと言った。
「また会えたね、凛」
レオンハルトはいつも同じ言葉で凛を迎える。まるで古くからの友人のように。
「君は今日も疲れているね」
「受験勉強で……夜遅くまで勉強してるから」
「無理をしてはいけない。体を壊してしまう」
レオンハルトは優しく微笑む。凛はその笑顔に癒されていた。現実では誰も理解してくれない受験の重圧を、彼だけが分かってくれる。
「君の努力は必ず報われる。僕が保証する」
「ありがとう、レオンハルト」
夢の中で過ごす時間は、凛にとって唯一の安らぎだった。レオンハルトと本について語り合い、将来の夢を話し、時には一緒に図書館の中を歩き回る。
しかし目覚めると、いつも寂しさが襲ってくる。
三週間が過ぎた頃、凛は気づいた。夢の内容を詳細に覚えていることを。普通、夢は目覚めると忘れてしまうものだ。しかし凛は、レオンハルトとの会話を一言一句覚えている。
そしてもう一つ気づいたことがある。夢の中での時間が、現実の時間と連動していることだ。
夢の中で二時間過ごすと、現実でも二時間経っている。つまり、凛は実際に睡眠時間を削って、レオンハルトと過ごしているのだ。
「これって、本当に夢なのかな……」
凛は疑問に思い始めた。
ある夜、凛はレオンハルトに尋ねてみた。
「あなたは本当に存在するの? それとも私の夢の中だけの人?」
レオンハルトは困ったような表情を浮かべた。
「それは……複雑な質問だね」
「どういうこと?」
「僕は確かに存在している。でも、君と同じ世界にいるわけではない」
凛は混乱した。
「別の世界って?」
「僕は百年前に死んだ人間だ。この図書館で生涯を過ごし、ここで息を引き取った」
凛は震え上がった。
「死んだ人……?」
「正確には、魂だけがこの図書館に残っている。そして時々、君のような疲れた魂と出会うことができる」
レオンハルトは静かに説明した。
「君は受験のストレスで、精神的に不安定になっている。だから僕の存在する次元と接触できるようになった」
「それじゃあ、私は……」
「心配しなくていい。君はまだ生きている。ただ、境界線が曖昧になっているだけだ」
凛は安堵した。しかし同時に、新しい疑問が湧いた。
「なぜ私を助けてくれるの?」
「僕も昔、君と同じような状況だった」
レオンハルトの表情が暗くなった。
「勉強に追い詰められ、誰にも理解されず、孤独だった。そして最後は……」
「最後は?」
「自ら命を絶った」
凛は言葉を失った。
「君にはそうなってほしくない。だから毎晩、こうして支えているんだ」
凛は涙が出てきた。レオンハルトは自分のような境遇の人を救おうとしているのだ。
「でも……君がここにいると、現実の睡眠時間が削られる。体調を崩してしまう」
「それは……」
「僕と過ごす時間を減らした方がいい。君の健康のために」
レオンハルトは苦しそうに言った。
「でも、あなたと話していると安心するの。現実は辛いことばかりで……」
「分かる。でも現実から逃げ続けてはいけない」
レオンハルトは立ち上がった。
「今夜で最後にしよう」
「嫌よ! 一人にしないで!」
凛は泣きながらレオンハルトにすがりついた。
「君は一人じゃない。現実の世界にも、君を理解してくれる人がいる」
「いないわ。誰も私のことなんて……」
「いる。君が気づいていないだけだ」
レオンハルトは凛の手を握った。
「両親、友達、先生。みんな君のことを心配している」
「でも……」
「僕との時間は、現実逃避に過ぎない。本当の解決にはならない」
レオンハルトの言葉は厳しかったが、愛情に満ちていた。
「君は強い。一人でも現実と向き合える」
その時、図書館の景色が崩れ始めた。本棚が倒れ、天井が落ち、床が割れていく。
「時間だ」
レオンハルトが遠ざかっていく。
「またいつか、君が本当に困った時に会おう。でもそれまでは、現実を生きてほしい」
「レオンハルト!」
凛は手を伸ばしたが、届かなかった。
目が覚めると、朝の七時だった。いつもより早く目覚めたのは、夢の時間が短かったからだろう。
凛は枕が涙で濡れているのに気づいた。レオンハルトとの別れが、夢でありながら現実の痛みとして残っている。
その日から、凛の生活は変わった。
まず、睡眠時間をきちんと確保するようにした。夜更かしをやめ、規則正しい生活を心がけた。
そして、現実の人間関係にも目を向けるようになった。
母親が毎日作ってくれる弁当に感謝の言葉を伝えた。友達の心配の声に、素直に応えるようになった。担任の先生に、受験の不安を相談した。
みんな、凛のことを本当に心配してくれていた。レオンハルトの言った通りだった。
受験当日。凛は緊張していたが、一人ではなかった。家族や友達、そして見えないところでレオンハルトも見守ってくれている気がした。
試験会場で、凛は隣の席の受験生が震えているのに気づいた。きっと自分と同じように不安なのだろう。
「大丈夫?」
凛は声をかけた。
「あ、はい……緊張してて……」
「私も緊張してる。でも、一緒に頑張ろう」
その受験生は安堵の表情を浮かべた。
「ありがとう。少し楽になりました」
凛は思った。今度は自分が、誰かの支えになる番なのだと。
大学受験は無事に合格した。
その夜、久しぶりにレオンハルトの夢を見た。
「おめでとう、凛」
レオンハルトは嬉しそうに笑っていた。
「君は本当に強くなった」
「あなたのおかげよ」
「いや、君自身の力だ。僕はきっかけを与えただけ」
レオンハルトが立ち上がった。
「僕はもう行かなければならない」
「どこへ?」
「次の段階へ。君のような人を助ける使命を終えたから」
図書館に光が差し込んできた。レオンハルトの姿が透けて見える。
「また会える?」
「きっと。でも今度は、君が誰かを助ける側になっているかもしれない」
レオンハルトが微笑んだ。
「さようなら、凛。君の人生が幸せでありますように」
光に包まれて、レオンハルトが消えた。
凛は大学で心理学を専攻した。
卒業後は、受験に悩む学生のカウンセラーになった。
そして時々、夢の中で困っている学生と出会うことがある。
まるでレオンハルトがしてくれたように、凛も彼らの支えになっている。
愛は連鎖する。
レオンハルトから受け取った優しさが、新しい人々に伝わっていく。
そして今夜も、誰かの夢の中で、凛は微笑んでいる。
毎晩、同じ場所で同じ人物と会う夢。
舞台は古い図書館だった。高い天井、木製の書架、薄暗い照明。そこに一人の青年が座っている。
ブロンドの髪、青い瞳、整った顔立ち。西洋人のようだが、流暢な日本語を話す。名前はレオンハルトと言った。
「また会えたね、凛」
レオンハルトはいつも同じ言葉で凛を迎える。まるで古くからの友人のように。
「君は今日も疲れているね」
「受験勉強で……夜遅くまで勉強してるから」
「無理をしてはいけない。体を壊してしまう」
レオンハルトは優しく微笑む。凛はその笑顔に癒されていた。現実では誰も理解してくれない受験の重圧を、彼だけが分かってくれる。
「君の努力は必ず報われる。僕が保証する」
「ありがとう、レオンハルト」
夢の中で過ごす時間は、凛にとって唯一の安らぎだった。レオンハルトと本について語り合い、将来の夢を話し、時には一緒に図書館の中を歩き回る。
しかし目覚めると、いつも寂しさが襲ってくる。
三週間が過ぎた頃、凛は気づいた。夢の内容を詳細に覚えていることを。普通、夢は目覚めると忘れてしまうものだ。しかし凛は、レオンハルトとの会話を一言一句覚えている。
そしてもう一つ気づいたことがある。夢の中での時間が、現実の時間と連動していることだ。
夢の中で二時間過ごすと、現実でも二時間経っている。つまり、凛は実際に睡眠時間を削って、レオンハルトと過ごしているのだ。
「これって、本当に夢なのかな……」
凛は疑問に思い始めた。
ある夜、凛はレオンハルトに尋ねてみた。
「あなたは本当に存在するの? それとも私の夢の中だけの人?」
レオンハルトは困ったような表情を浮かべた。
「それは……複雑な質問だね」
「どういうこと?」
「僕は確かに存在している。でも、君と同じ世界にいるわけではない」
凛は混乱した。
「別の世界って?」
「僕は百年前に死んだ人間だ。この図書館で生涯を過ごし、ここで息を引き取った」
凛は震え上がった。
「死んだ人……?」
「正確には、魂だけがこの図書館に残っている。そして時々、君のような疲れた魂と出会うことができる」
レオンハルトは静かに説明した。
「君は受験のストレスで、精神的に不安定になっている。だから僕の存在する次元と接触できるようになった」
「それじゃあ、私は……」
「心配しなくていい。君はまだ生きている。ただ、境界線が曖昧になっているだけだ」
凛は安堵した。しかし同時に、新しい疑問が湧いた。
「なぜ私を助けてくれるの?」
「僕も昔、君と同じような状況だった」
レオンハルトの表情が暗くなった。
「勉強に追い詰められ、誰にも理解されず、孤独だった。そして最後は……」
「最後は?」
「自ら命を絶った」
凛は言葉を失った。
「君にはそうなってほしくない。だから毎晩、こうして支えているんだ」
凛は涙が出てきた。レオンハルトは自分のような境遇の人を救おうとしているのだ。
「でも……君がここにいると、現実の睡眠時間が削られる。体調を崩してしまう」
「それは……」
「僕と過ごす時間を減らした方がいい。君の健康のために」
レオンハルトは苦しそうに言った。
「でも、あなたと話していると安心するの。現実は辛いことばかりで……」
「分かる。でも現実から逃げ続けてはいけない」
レオンハルトは立ち上がった。
「今夜で最後にしよう」
「嫌よ! 一人にしないで!」
凛は泣きながらレオンハルトにすがりついた。
「君は一人じゃない。現実の世界にも、君を理解してくれる人がいる」
「いないわ。誰も私のことなんて……」
「いる。君が気づいていないだけだ」
レオンハルトは凛の手を握った。
「両親、友達、先生。みんな君のことを心配している」
「でも……」
「僕との時間は、現実逃避に過ぎない。本当の解決にはならない」
レオンハルトの言葉は厳しかったが、愛情に満ちていた。
「君は強い。一人でも現実と向き合える」
その時、図書館の景色が崩れ始めた。本棚が倒れ、天井が落ち、床が割れていく。
「時間だ」
レオンハルトが遠ざかっていく。
「またいつか、君が本当に困った時に会おう。でもそれまでは、現実を生きてほしい」
「レオンハルト!」
凛は手を伸ばしたが、届かなかった。
目が覚めると、朝の七時だった。いつもより早く目覚めたのは、夢の時間が短かったからだろう。
凛は枕が涙で濡れているのに気づいた。レオンハルトとの別れが、夢でありながら現実の痛みとして残っている。
その日から、凛の生活は変わった。
まず、睡眠時間をきちんと確保するようにした。夜更かしをやめ、規則正しい生活を心がけた。
そして、現実の人間関係にも目を向けるようになった。
母親が毎日作ってくれる弁当に感謝の言葉を伝えた。友達の心配の声に、素直に応えるようになった。担任の先生に、受験の不安を相談した。
みんな、凛のことを本当に心配してくれていた。レオンハルトの言った通りだった。
受験当日。凛は緊張していたが、一人ではなかった。家族や友達、そして見えないところでレオンハルトも見守ってくれている気がした。
試験会場で、凛は隣の席の受験生が震えているのに気づいた。きっと自分と同じように不安なのだろう。
「大丈夫?」
凛は声をかけた。
「あ、はい……緊張してて……」
「私も緊張してる。でも、一緒に頑張ろう」
その受験生は安堵の表情を浮かべた。
「ありがとう。少し楽になりました」
凛は思った。今度は自分が、誰かの支えになる番なのだと。
大学受験は無事に合格した。
その夜、久しぶりにレオンハルトの夢を見た。
「おめでとう、凛」
レオンハルトは嬉しそうに笑っていた。
「君は本当に強くなった」
「あなたのおかげよ」
「いや、君自身の力だ。僕はきっかけを与えただけ」
レオンハルトが立ち上がった。
「僕はもう行かなければならない」
「どこへ?」
「次の段階へ。君のような人を助ける使命を終えたから」
図書館に光が差し込んできた。レオンハルトの姿が透けて見える。
「また会える?」
「きっと。でも今度は、君が誰かを助ける側になっているかもしれない」
レオンハルトが微笑んだ。
「さようなら、凛。君の人生が幸せでありますように」
光に包まれて、レオンハルトが消えた。
凛は大学で心理学を専攻した。
卒業後は、受験に悩む学生のカウンセラーになった。
そして時々、夢の中で困っている学生と出会うことがある。
まるでレオンハルトがしてくれたように、凛も彼らの支えになっている。
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そして今夜も、誰かの夢の中で、凛は微笑んでいる。
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