1話5分でゾッと出来る話。短編ホラー集。短編怖い話は、そこにある

みにぶた🐽

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第20話「寝言の中の名前」怖さ:☆☆

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 天城蒼が自分の寝言に気づいたのは、録音アプリを使い始めてからだった。

 大学のレポートで自分の声を録音する必要があり、夜中に作業することが多い蒼は、睡眠中の呼吸音なども記録されるように、アプリを起動したまま眠ることがあった。

 ある朝、録音データを確認していると、夜中の三時頃に自分の声が記録されているのを発見した。

「優菜……優菜……」

 知らない名前を、何度も呼んでいる。しかも、とても悲しそうな声で。

「帰ってきて……優菜……」

 蒼は困惑した。優菜という名前に心当たりがない。恋人でも友人でも、そんな名前の人はいない。

 最初は偶然だと思った。しかし翌日の録音にも、同じことが記録されていた。

「優菜……どこにいるの……」

「僕を置いて行かないで……」

 声は切実で、まるで大切な人を失った悲しみに満ちていた。

 三日目、蒼は友人の風間陸に相談した。

「寝言で知らない人の名前を呼んでるんだ」

「優菜って誰?」

「それが分からないんだ。全く心当たりがない」

 陸は首をかしげた。

「昔の記憶とかじゃない? 幼なじみとか」

「いや、僕の幼なじみに優菜って子はいなかった」

 蒼は確信していた。自分の記憶にない人物だ。

 一週間後、寝言の内容がより具体的になった。

「優菜……一緒に約束した場所で待ってる……」

「桜の木の下で……」

「お祭りの日に……」

 蒼は記憶を探ったが、やはり心当たりがない。桜の木の下での約束も、祭りでの出来事も、全く覚えていない。

 心配になった蒼は、心療内科を受診した。

「記憶にない人の名前を寝言で呼ぶことはありますか?」

「稀にありますね。抑圧された記憶や、夢の中の人物の場合があります」

 医師は優しく説明してくれた。

「でも、あまり深刻に考えすぎない方がいいでしょう」

 しかし蒼は気になって仕方なかった。

 二週間目、寝言の内容が変わった。

「ごめん……優菜……」

「僕が悪かった……」

「許してくれる?」

 謝罪の言葉が続く。まるで優菜という人に、何か悪いことをしたかのような内容だった。

 蒼は不安になった。もしかして、自分が忘れている重大な出来事があるのではないか。

 蒼は母親に電話をかけた。

「お母さん、僕の子供の頃のこと教えて。優菜って子、知ってる?」

「優菜? 聞いたことがない名前ね」

 母親は首をかしげた。

「どうして急にそんなことを?」

「寝言で呼んでるんだ。でも記憶にない」

「あなた、最近疲れてるんじゃない? あまり考えすぎないで」

 しかし翌日、母親から連絡があった。

「蒼、昨日のことなんだけど……」

 母親の声は震えていた。

「古いアルバムを見返してたら、気になる写真があったの」

「どんな写真?」

「あなたが七歳の時の写真。お祭りで撮ったものなんだけど、隣に女の子が写ってるの」

 蒼は息を呑んだ。

「その子の名前は?」

「分からない……でも、写真の裏に『優菜ちゃんと』って書いてある。あなたの字じゃないから、きっと私が書いたんでしょうけど……」

 母親は困惑していた。

「おかしいのは、私にもその子の記憶がないのよ」

 蒼は急いで実家に帰った。

 母親が見せてくれた写真には、確かに蒼と女の子が写っている。浴衣を着た可愛い女の子。蒼と手をつないで、嬉しそうに笑っている。

 しかし蒼には、全く記憶がなかった。

「この子、誰だろう……」

 蒼は写真を見つめた。女の子の顔は親しみやすく、きっと仲の良い友達だったのだろう。それなのに、なぜ記憶がないのか。

 母親も首をかしげていた。

「私も思い出せないのよ。でも、この写真は確実に我が家のアルバムにあった」

 その夜、蒼は実家で眠った。そして朝、母親が驚いた顔で起こしに来た。

「蒼、昨夜もまた寝言を言ってたわよ」

「優菜のこと?」

「そう。でも今度は違った。『思い出した』って言ってたの」

 蒼は記憶を探ったが、やはり何も思い出せない。

 その日、蒼は地元の図書館で古い新聞を調べてみることにした。七歳の時の夏祭りの頃の記事を探してみる。

 そして、ある記事を見つけた時、蒼は愕然とした。

『夏祭りで事故 女児一名死亡』

 記事には、祭りの帰り道で交通事故に遭った女の子のことが書かれていた。名前は伏せられていたが、七歳という年齢が一致している。

 蒼は震えながら記事を読み続けた。

『被害者は友人の男児と一緒に祭りを楽しんだ後、帰宅途中に事故に遭った』

 蒼の心臓が激しく鳴った。もしかして、その男児は自分で、女の子は優菜なのではないか。

 その夜、蒼は録音アプリをセットして眠った。

 翌朝、録音を確認すると、いつもより長い寝言が記録されていた。

「優菜……思い出したよ……」

「君と一緒にお祭りに行ったこと……」

「でも僕だけ先に帰っちゃって……」

「君は一人で帰ることになって……」

「それで事故に……」

 蒼は涙が出てきた。寝言の中の自分が、すべてを思い出していた。

「ずっと忘れてた……辛すぎて……」

「でももう逃げない……」

「君のことを覚えてる……」

 最後に、静かな声でこう言った。

「ありがとう、優菜。君のおかげで思い出せた」

 それから蒼の寝言は止まった。

 しかし蒼は、意識の中でも優菜のことを思い出すようになった。断片的だが、確実に記憶が戻ってきた。

 一緒に遊んだこと、お祭りで綿あめを分け合ったこと、花火を見上げたこと。

 そして最後に、蒼が先に帰ると言ったとき、優菜が「気をつけて帰ってね」と言ってくれたこと。

 蒼は優菜のお墓を探した。図書館で調べると、地元の霊園にあることが分かった。

 墓前で、蒼は花を供えて手を合わせた。

「優菜、会いに来たよ」

 風が吹いて、桜の花びらが舞った。季節は春で、満開の桜が墓地を彩っている。

「君がずっと僕に思い出させようとしてくれてたんだね」

 蒼は優菜に語りかけた。

「忘れちゃってごめん。でも今は覚えてる」

「君との大切な思い出、全部」

 温かい風が頬を撫でた。優菜からの返事のように感じられた。

「また来るよ。今度は忘れないから」

 それから蒼は、毎年優菜の命日にお墓参りをするようになった。

 そして夏祭りの日には、必ず優菜の写真を持参して、一緒に祭りを楽しむ。

 優菜は蒼の心の中で、今も生き続けている。

 忘れられていた友情が、寝言を通じて蘇ったのだ。

 愛する人は、決して忘れてはいけない。

 たとえ辛い記憶でも、その人との絆は永遠なのだから。

 蒼の部屋には、優菜との写真が飾られている。

 二人の笑顔が、いつまでも輝いている。
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