1話5分でゾッと出来る話。短編ホラー集。短編怖い話は、そこにある

みにぶた🐽

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第64話:「埋められた声」怖さ:☆☆☆☆☆

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 古い花瓶から声が聞こえるようになったのは、祖母の家を片付けている時だった。

 祖母が亡くなって三ヶ月。遺品整理で実家を訪れた私は、蔵の奥で見つけた花瓶に興味を引かれた。青い陶器で作られた、背の高い花瓶。しかし花を生けた形跡はなく、中は完全に乾いている。

 なぜか、その花瓶に耳を近づけてみたくなった。

 そして聞こえてきた。

「助けて」

 微かだが、確かに人の声だった。女性の声で、とても苦しそうに聞こえる。

「誰かいるの?」

 花瓶の中を覗いてみたが、当然何も見えない。ただの空っぽの花瓶だ。

 しかし声は続く。

「ここから出して。お願い」

 気味が悪くなって、花瓶を元の場所に戻した。きっと風の音が偶然そう聞こえただけだろう。

 でも、その夜から気になって眠れなくなった。

 翌日、再び蔵を訪れると、花瓶は昨日と同じ場所にあった。恐る恐る耳を近づけてみる。

「まだそこにいるの?お願い、助けて」

 今度ははっきりと聞こえた。間違いなく、人の声だ。

「あなたは誰なの?」

「私は…私の名前は…」

 声が途切れる。まるで何かに邪魔されているかのように。

「名前が言えないの?」

「言えない。でも、私はここにいる。ずっと、ずっと」

 私は花瓶を持ち上げてみた。普通の重さだ。中に何かが入っているようには感じられない。

「どうやってその中に入ったの?」

「覚えてない。気がついたら、ここにいた」

 声の主は泣いているようだった。

「暗くて、狭くて、動けない」

 私は決心した。この花瓶を家に持ち帰って、詳しく調べてみよう。

 自宅に戻って、花瓶をあらゆる角度から調べた。ヒビもなければ、隠し扉のようなものもない。ただの、普通の花瓶だった。

「まだ聞こえる?」

 花瓶に話しかけると、すぐに返事があった。

「ありがとう。連れてきてくれて」

「でも、どうやって助ければいいのかわからない」

「壊して」

 声は即座に答えた。

「この花瓶を壊して。そうすれば、私は出られる」

 しかし、それは祖母の遺品だ。勝手に壊すわけにはいかない。

「他に方法はないの?」

「ない。壊すしか」

 声はだんだん弱くなっていく。

「お願い。このままじゃ、私は消えてしまう」

 翌日、私は家族に相談してみた。花瓶の話は言わずに、「祖母の古い花瓶を処分したい」と。

 すると母が言った。

「あの青い花瓶?あれはお婆ちゃんが大切にしてたのよ。絶対に壊してはいけないって」

「どうして?」

「昔、お婆ちゃんの妹さんが行方不明になったことがあったの。その時、霊媒師に相談したら、『魂がどこかに閉じ込められている。それを壊すと魂が成仏できない』って言われたの」

 背筋が寒くなった。

「その妹さんって」

「美智子おばさん。まだ二十歳だったのに、ある日突然いなくなった。もう五十年も前の話よ」

 その夜、花瓶に話しかけた。

「あなたの名前は、美智子?」

 長い沈黙の後、声が震えながら答えた。

「そう。私は美智子。でも、どうして私の名前を」

「あなたは、私の祖母の妹よ」

 声が止まった。しばらくして、すすり泣きが聞こえてきた。

「姉さんは、もう」

「三ヶ月前に亡くなった」

「そう…もう、私を探してくれる人はいない」

 私は泣きそうになった。五十年間、この狭い花瓶の中で、美智子おばさんは助けを待っていたのだ。

「どうして花瓶の中に?」

「覚えてない。ただ、気がついたらここにいた。最初は必死に叫んだ。でも誰にも聞こえない。年月が経つにつれて、声も小さくなった」

「でも私には聞こえる」

「あなたが初めて。五十年で初めて、私の声を聞いてくれた人」

 美智子おばさんの声は、もうほとんど聞こえないくらい小さくなっていた。

「壊して。お願い。もう疲れた」

 私は決心した。母には内緒で、花瓶を壊そう。

 次の日、金槌を用意した。でも、いざ花瓶を前にすると手が震える。

「本当に大丈夫?壊したら、あなたはどうなるの?」

「わからない。でも、今のままよりはいい」

 私は目を閉じて、金槌を振り下ろした。

 パリン。

 花瓶は真っ二つに割れた。その瞬間、部屋の温度が急激に下がり、白い霧のようなものが立ち上った。

「ありがとう」

 美智子おばさんの声が、今度は花瓶からではなく、部屋全体に響いた。

「やっと、自由になれる」

 霧はゆっくりと消えていく。そして静寂が戻った。

 割れた花瓶を見ると、中から小さな紙切れが出てきた。古い写真だった。若い女性が笑っている。きっと美智子おばさんだろう。

 でも写真をよく見ると、恐ろしいことに気づいた。写真の端に、日付が書かれている。

『昭和47年8月15日』

 それは美智子おばさんが行方不明になった日の、前日だった。

 そして写真の背景を見ると、見覚えのある場所だった。祖母の家の庭。花瓶が置かれていた蔵の前で撮影されている。

 写真を裏返すと、文字が書かれていた。

『美智子、花瓶に入る練習』

 練習?

 その時、スマートフォンが鳴った。母からの電話だった。

「結菜?お婆ちゃんの日記が見つかったの」

「日記?」

「そこに、美智子おばさんのことが書いてある。ちょっと変なことが」

「どんな?」

「美智子おばさんは行方不明になったんじゃないって。お婆ちゃんが、魔術の実験で花瓶に閉じ込めたって」

 血の気が引いた。

「魔術?」

「『妹の魂を花瓶に封印することに成功。これで妹は永遠に私のものになる』って書いてある」

 私は震え上がった。祖母は、自分の妹を花瓶に閉じ込めたのだ。行方不明ではなく、監禁だった。

「でも最後に『罪悪感に耐えられない。いつか誰かが妹を解放してくれることを祈る』って」

 つまり祖母は、美智子おばさんが助けを求めていることを知っていたのだ。五十年間、知っていながら放置していた。

 電話を切って、割れた花瓶を見つめた。美智子おばさんの魂は解放されたが、真実はあまりにも残酷だった。

 その時、蔵から音が聞こえてきた。何かが転がるような音。

 急いで蔵に向かうと、床に別の花瓶が転がっていた。さっきまではなかった、黄色い花瓶。

 恐る恐る耳を近づけると。

「助けて」

 また別の声が聞こえてきた。今度は男性の声だった。

「私は太郎。美智子の恋人だった」

 私は絶望した。祖母は一人だけではなく、複数の人を花瓶に閉じ込めていたのだ。

 蔵を見回すと、棚の上に小さな花瓶がいくつも並んでいる。さっきまで気づかなかったが、全部で十個はありそうだ。

 そして、それぞれから微かに声が聞こえてくる。

「助けて」「出して」「苦しい」

 私は座り込んだ。十個の花瓶を全部壊すわけにはいかない。母や親戚に見つかってしまう。

 でも、放置するわけにもいかない。

 その時、美智子おばさんの声が再び聞こえてきた。今度は背後から。

「ありがとう、結菜。でも、まだ終わらない」

 振り返ると、美智子おばさんの霊が立っていた。透明だが、確かにそこにいる。

「他のみんなも助けて。お願い」

「でも、どうやって」

「一つずつ、少しずつ。急がなくていい。でも、諦めないで」

 美智子おばさんは微笑んだ。

「私は待ってる。みんなが自由になるまで、私は成仏しない」

 そして彼女の姿は消えた。

 私は立ち上がった。これから長い戦いが始まる。祖母の犯罪の後始末を、私がしなければならない。

 十個の花瓶。十人の魂。

 一つずつ、必ず解放してみせる。

 たとえ一生かかっても。
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