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第66話:「白い指の収集」怖さ:☆☆☆☆☆
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ペットの骨を川に流したのは、三ヶ月前のことだった。
愛犬のポチが十二歳で亡くなった時、私は深く悲しんだ。火葬した後の骨を骨壷に入れることができず、せめて自然に帰してあげたいと思い、近所の川に流した。
違法行為だったが、ポチが生前よく散歩していた川だった。きっとここで安らかに眠ってくれるだろうと信じていた。
しかし、その夜から奇妙なことが起こり始めた。
夜中に川辺を散歩していると、水面に白いものが浮かんでいる。最初は流木かと思ったが、よく見ると指のような形をしていた。
人間の指だった。
慌てて警察に通報しようとしたが、もう一度確認しようと思って川を見ると、もう何もなかった。見間違いだったのかもしれない。
翌夜も同じ場所を通りかかると、また白い指が浮かんでいた。今度は二本。
三日目は三本。四日目は四本。
毎晩、指の数が一本ずつ増えていく。
一週間後、とうとう十本の指が川面に浮かんでいた。まるで誰かの両手が水中から突き出ているかのように。
しかし近づいてみると、それらはバラバラの指だった。大きさも太さも違う。子供のものから大人のものまで、様々な指が集まっている。
恐る恐る川岸に降りてみると、指の一本が私の方を向いた。まるで意思を持っているかのように。
「お帰りなさい」
声が聞こえた。指から発せられた声だった。
「やっと、あなたが来てくれた」
「誰なの?」
「私たちは、この川で死んだ者たち」
別の指が話し始めた。
「事故で死んだ者、自殺した者、殺された者。みんな、この川に沈んだ」
「でも、なぜ指だけが」
「あなたが流したペットの骨が、私たちを呼び覚ましたの」
一番小さな指、子供のものらしい指が答えた。
「その骨は、死者と生者を繋ぐ鍵となった。だから私たちは、少しずつ浮上することができるようになった」
私は後ずさりした。
「ポチの骨がそんなことを」
「そのペットは、とても純粋な魂を持っていた」
太い指、男性のものと思われる指が言った。
「だから、その骨は強力な霊的エネルギーを持っている。私たちは、そのエネルギーを借りて、少しずつ復活している」
「復活って」
「最初は指だけ。でも毎日少しずつ、他の部分も現れる」
女性のものらしい細い指が続けた。
「明日は手首が現れる。その次は腕。そして最後には、私たちの全身が蘇る」
恐怖で足がすくんだ。
「そして、あなたには感謝しなければならない」
指たちが一斉に私の方を向いた。
「あなたのおかげで、私たちは生き返ることができる」
「でも、ただでは済まない」
突然、指の一本が水面から飛び出して、私の足首に絡みついた。
冷たくて湿った感触。まるで生きているかのように、指が私の足を掴んでいる。
「何をするの」
「あなたも、私たちの仲間になるのよ」
別の指も水から飛び出して、私の手首に絡みつく。
「私たちを蘇らせた責任を取ってもらう」
「そんな、私はただポチを弔っただけ」
「でも結果として、私たちを呼び起こした」
次々と指が私の体に絡みついてくる。腕、足、首。まるで生きた手錠のように。
「あなたの生命力を分けてもらう。そうすれば、私たちは完全に蘇ることができる」
私は必死に抵抗したが、指の力は予想以上に強かった。まるで十人分の人間に掴まれているようで、身動きが取れない。
「助けて」
叫んだ瞬間、どこからか犬の鳴き声が聞こえた。
「ワン、ワン」
ポチの声だった。
川の向こう岸に、白い犬の影が見えた。ポチが立っている。
「ポチ」
ポチは私を見つめて、悲しそうに鳴いた。そして川に向かって吠えた。
すると、指たちの動きが止まった。
「この犬は」
「そう、その骨の持ち主」
指たちがざわめき始めた。
「犬が怒っている。自分の骨を悪用されることに」
ポチは再び吠えた。今度はもっと大きな声で。
その瞬間、指たちが次々と川に落ちていく。まるでポチの声に驚いたかのように。
「待って、まだ復活していないのに」
「犬の霊力の方が強い。純粋な愛情で結ばれた絆は、私たちの怨念より強力だ」
最後の指も私から離れて、川に沈んでいく。
「でも、諦めない。いつか必ず」
指たちの声は水中に消えた。
私は川岸に座り込んだ。ポチが私の元に走ってきて、昔のように私の膝に顔を乗せた。
「ポチ、ありがとう」
ポチは舌で私の手を舐めた。温かい感触だった。
「でも、あなたも成仏しなきゃいけないのよね」
ポチは首を振った。まるで「まだ大丈夫」と言っているかのように。
その時、川面を見ると、また白いものが浮かんでいた。
今度は指ではなく、骨だった。ポチの骨が、一つずつ浮上してきている。
「あなたの骨、回収しなきゃ」
私は川に入って、ポチの骨を一つずつ拾い集めた。冷たい川の水に足を取られそうになりながら、十二年間一緒に過ごした愛犬の骨を取り戻した。
全ての骨を回収した時、ポチの姿が薄くなっていた。
「さよなら、ポチ」
ポチは最後に一度だけ尻尾を振って、光の中に消えていった。
家に帰って、ポチの骨を正式に骨壷に納めた。今度こそ、ちゃんとお墓を作ってあげよう。
その夜から、川に白い指が現れることはなくなった。
しかし、私は知っている。
あの指たちは、まだ川の底に沈んでいる。別の機会を狙って、復活の時を待っている。
そしていつか、また誰かがペットの骨を川に流した時、彼らは再び現れるだろう。
今度は、私のような守ってくれる存在がない状態で。
私は毎晩、その川を見回りに行くことにした。もし再び白い指が現れたら、すぐに対処するために。
ポチはもういないが、ポチが残してくれた使命がある。
死者たちの復活を阻止すること。
それが、愛犬への最後の恩返しだから。
でも時々、恐ろしいことを考える。
もし私が死んだら、誰がこの川を見守るのだろう。
そして、私自身が川に沈む死者になったら、私もあの指たちの仲間になってしまうのだろうか。
その答えは、まだわからない。
ただ、今は生きている限り、この川を見守り続けるだけ。
愛犬ポチの魂と一緒に。
愛犬のポチが十二歳で亡くなった時、私は深く悲しんだ。火葬した後の骨を骨壷に入れることができず、せめて自然に帰してあげたいと思い、近所の川に流した。
違法行為だったが、ポチが生前よく散歩していた川だった。きっとここで安らかに眠ってくれるだろうと信じていた。
しかし、その夜から奇妙なことが起こり始めた。
夜中に川辺を散歩していると、水面に白いものが浮かんでいる。最初は流木かと思ったが、よく見ると指のような形をしていた。
人間の指だった。
慌てて警察に通報しようとしたが、もう一度確認しようと思って川を見ると、もう何もなかった。見間違いだったのかもしれない。
翌夜も同じ場所を通りかかると、また白い指が浮かんでいた。今度は二本。
三日目は三本。四日目は四本。
毎晩、指の数が一本ずつ増えていく。
一週間後、とうとう十本の指が川面に浮かんでいた。まるで誰かの両手が水中から突き出ているかのように。
しかし近づいてみると、それらはバラバラの指だった。大きさも太さも違う。子供のものから大人のものまで、様々な指が集まっている。
恐る恐る川岸に降りてみると、指の一本が私の方を向いた。まるで意思を持っているかのように。
「お帰りなさい」
声が聞こえた。指から発せられた声だった。
「やっと、あなたが来てくれた」
「誰なの?」
「私たちは、この川で死んだ者たち」
別の指が話し始めた。
「事故で死んだ者、自殺した者、殺された者。みんな、この川に沈んだ」
「でも、なぜ指だけが」
「あなたが流したペットの骨が、私たちを呼び覚ましたの」
一番小さな指、子供のものらしい指が答えた。
「その骨は、死者と生者を繋ぐ鍵となった。だから私たちは、少しずつ浮上することができるようになった」
私は後ずさりした。
「ポチの骨がそんなことを」
「そのペットは、とても純粋な魂を持っていた」
太い指、男性のものと思われる指が言った。
「だから、その骨は強力な霊的エネルギーを持っている。私たちは、そのエネルギーを借りて、少しずつ復活している」
「復活って」
「最初は指だけ。でも毎日少しずつ、他の部分も現れる」
女性のものらしい細い指が続けた。
「明日は手首が現れる。その次は腕。そして最後には、私たちの全身が蘇る」
恐怖で足がすくんだ。
「そして、あなたには感謝しなければならない」
指たちが一斉に私の方を向いた。
「あなたのおかげで、私たちは生き返ることができる」
「でも、ただでは済まない」
突然、指の一本が水面から飛び出して、私の足首に絡みついた。
冷たくて湿った感触。まるで生きているかのように、指が私の足を掴んでいる。
「何をするの」
「あなたも、私たちの仲間になるのよ」
別の指も水から飛び出して、私の手首に絡みつく。
「私たちを蘇らせた責任を取ってもらう」
「そんな、私はただポチを弔っただけ」
「でも結果として、私たちを呼び起こした」
次々と指が私の体に絡みついてくる。腕、足、首。まるで生きた手錠のように。
「あなたの生命力を分けてもらう。そうすれば、私たちは完全に蘇ることができる」
私は必死に抵抗したが、指の力は予想以上に強かった。まるで十人分の人間に掴まれているようで、身動きが取れない。
「助けて」
叫んだ瞬間、どこからか犬の鳴き声が聞こえた。
「ワン、ワン」
ポチの声だった。
川の向こう岸に、白い犬の影が見えた。ポチが立っている。
「ポチ」
ポチは私を見つめて、悲しそうに鳴いた。そして川に向かって吠えた。
すると、指たちの動きが止まった。
「この犬は」
「そう、その骨の持ち主」
指たちがざわめき始めた。
「犬が怒っている。自分の骨を悪用されることに」
ポチは再び吠えた。今度はもっと大きな声で。
その瞬間、指たちが次々と川に落ちていく。まるでポチの声に驚いたかのように。
「待って、まだ復活していないのに」
「犬の霊力の方が強い。純粋な愛情で結ばれた絆は、私たちの怨念より強力だ」
最後の指も私から離れて、川に沈んでいく。
「でも、諦めない。いつか必ず」
指たちの声は水中に消えた。
私は川岸に座り込んだ。ポチが私の元に走ってきて、昔のように私の膝に顔を乗せた。
「ポチ、ありがとう」
ポチは舌で私の手を舐めた。温かい感触だった。
「でも、あなたも成仏しなきゃいけないのよね」
ポチは首を振った。まるで「まだ大丈夫」と言っているかのように。
その時、川面を見ると、また白いものが浮かんでいた。
今度は指ではなく、骨だった。ポチの骨が、一つずつ浮上してきている。
「あなたの骨、回収しなきゃ」
私は川に入って、ポチの骨を一つずつ拾い集めた。冷たい川の水に足を取られそうになりながら、十二年間一緒に過ごした愛犬の骨を取り戻した。
全ての骨を回収した時、ポチの姿が薄くなっていた。
「さよなら、ポチ」
ポチは最後に一度だけ尻尾を振って、光の中に消えていった。
家に帰って、ポチの骨を正式に骨壷に納めた。今度こそ、ちゃんとお墓を作ってあげよう。
その夜から、川に白い指が現れることはなくなった。
しかし、私は知っている。
あの指たちは、まだ川の底に沈んでいる。別の機会を狙って、復活の時を待っている。
そしていつか、また誰かがペットの骨を川に流した時、彼らは再び現れるだろう。
今度は、私のような守ってくれる存在がない状態で。
私は毎晩、その川を見回りに行くことにした。もし再び白い指が現れたら、すぐに対処するために。
ポチはもういないが、ポチが残してくれた使命がある。
死者たちの復活を阻止すること。
それが、愛犬への最後の恩返しだから。
でも時々、恐ろしいことを考える。
もし私が死んだら、誰がこの川を見守るのだろう。
そして、私自身が川に沈む死者になったら、私もあの指たちの仲間になってしまうのだろうか。
その答えは、まだわからない。
ただ、今は生きている限り、この川を見守り続けるだけ。
愛犬ポチの魂と一緒に。
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