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第79話『塗りつぶされた顔』怖さ:☆☆☆☆☆
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古い集合写真の一角が、黒いマジックで塗りつぶされていた。
高校の同窓会の準備で、卒業アルバムを整理していたときに見つけた写真だった。三年二組の集合写真で、後列の右端の一人だけが黒く塗りつぶされている。
誰が塗りつぶしたのか、なぜ塗りつぶしたのか、まったく心当たりがなかった。
俺は同級生の田村に写真を見せた。
「この塗りつぶされてる人、誰だっけ?」
田村は首をひねった。
「うーん、覚えてないな。でも確か、この位置には誰かいたよね」
他の同級生にも聞いて回ったが、誰も塗りつぶされた人物のことを明確に覚えていなかった。みんな「確かに誰かいたような気がする」と言うだけだった。
俺は気になって、スマホのカメラで写真を撮影してみた。
画面を見ると、塗りつぶされた部分に薄っすらと人影が見えた。
女性のようだった。セーラー服を着て、こちらを見て笑っている。しかし顔の詳細は、スマホ越しでも鮮明には見えなかった。
俺は写真を拡大して見ようとした。すると、画面の中の女性が動いた。
笑顔から、だんだん悲しそうな表情に変わっていく。そして口を動かして、何かを言おうとしているようだった。
俺は慌ててスマホの画面から目を離した。実際の写真を見ると、やはり黒く塗りつぶされたままだった。
その夜、俺は高校時代の資料を引っ張り出した。卒業名簿、クラス名簿、部活動の記録。しかし、どこにも塗りつぶされた位置にいるはずの人物の名前が見つからなかった。
まるで最初からその人は存在していなかったかのように。
翌日、俺は担任だった坂本先生に電話してみた。もう定年退職しているが、まだ元気でいるはずだった。
「三年二組の集合写真の件ですか……」
坂本先生の声は、なぜか重かった。
「実は、私もずっと気になっていたんです。確かに、その位置には生徒がいました。でも、名前が思い出せない」
「写真にはっきり写っているんですが、黒く塗りつぶされてるんです」
「塗りつぶした? それは誰が?」
坂本先生も知らなかった。しかし、何かを思い出したように続けた。
「そういえば、卒業前に一人、転校していった生徒がいました。家庭の事情で急に。でも、その子の名前も思い出せないんです」
電話を切った後、俺は再びスマホで写真を撮影した。
今度は、女性の表情がもっとはっきり見えた。悲しそうな顔で、涙を流しているようだった。そして、確かに口を動かしている。
俺は唇の動きを読もうとした。
「わ、す、れ、な、い、で」
忘れないで、と言っているようだった。
その瞬間、スマホの画面が激しく点滅した。女性の顔が画面いっぱいに拡大され、こちらを見つめている。
俺は恐怖で画面を閉じた。しかし、心の中で何かが蘇ってきた。微かな記憶の断片が。
桜井……桜井美穂。
その名前が頭に浮かんだ。そして、少しずつ記憶が戻ってきた。
桜井美穂は、確かに俺のクラスメートだった。大人しい女の子で、いつも一人で本を読んでいた。成績は良かったが、あまり目立たない存在だった。
そして、確か卒業の一ヶ月前に転校していった。理由は家庭の事情だと聞いた。
しかし、なぜみんなが彼女のことを忘れてしまったのか。なぜ名簿からも消えているのか。
俺は桜井の家を調べてみた。住所は覚えていた。小さなアパートだった。
アパートに行くと、大家さんが出てきた。
「桜井さん? ああ、あの親子ね」
大家さんは暗い表情になった。
「お父さんが借金まみれで夜逃げしちゃったのよ。でも娘さんは、一人で残ってた」
「一人で?」
「ええ。高校生なのに、一人でアルバイトして生活してたの。でも最後は……」
大家さんは言いにくそうにした。
「自殺しちゃったのよ。卒業式の前日に」
俺の血が凍った。
「でも学校では、転校したって……」
「学校にはそう報告したみたい。家族が。体裁を考えて」
俺は震えながら写真を見た。スマホ越しに見ると、桜井美穂がこちらを見つめていた。
今度は怒ったような表情だった。
「みんな、私のことを忘れた」
スマホから声が聞こえた。
「転校したって嘘をついて、私の死を隠した。そして、みんな本当に忘れてしまった」
写真の中の美穂が立ち上がった。集合写真の中で、一人だけ動いている。
「でも、この写真だけは残ってる。私がいた証拠として」
美穂がスマホの画面に近づいてくる。
「だから誰かが私を塗りつぶそうとしてる。完全に消そうとしてる」
俺は気づいた。写真を塗りつぶしたのは美穂自身だった。自分の存在を消そうとしている。
「でも消えたくない。忘れられたくない」
美穂の顔が画面いっぱいに広がった。
「あなたが覚えていてくれるなら、私はまだ存在できる」
俺はスマホを置こうとしたが、手が動かなかった。
「お願い。私のことを覚えていて。そうすれば、私は消えない」
美穂の手が画面から出てきた。俺の手首を掴んでいる。
「一緒に、あの頃に戻りましょう。私がまだ生きていた頃に」
俺の意識が朦朧としてきた。気がつくと、俺は高校の教室にいた。
制服を着て、十八歳の体に戻っている。周りには同級生たちがいた。
そして、俺の隣の席に桜井美穂が座っていた。
「覚えていてくれて、ありがとう」美穂が微笑んだ。
しかし、俺以外の同級生たちは美穂を見ることができないようだった。俺にだけ見える存在として、美穂はそこにいた。
「ずっと一緒にいましょう。この教室で」
俺は気づいた。俺は現実世界から切り離されて、美穂の記憶の中に閉じ込められた。
卒業の日が来ない、永遠の高校生活。
美穂と俺だけの世界で。
教室の窓の外を見ると、現実の世界が見えた。俺の体が、スマホを握ったまま動かなくなっている。
美穂は俺の記憶を使って、自分の存在を維持している。
そして俺は、美穂の記憶の中で生き続ける。
彼女が忘れられないように。
彼女の孤独を癒すために。
永遠に。
高校の同窓会の準備で、卒業アルバムを整理していたときに見つけた写真だった。三年二組の集合写真で、後列の右端の一人だけが黒く塗りつぶされている。
誰が塗りつぶしたのか、なぜ塗りつぶしたのか、まったく心当たりがなかった。
俺は同級生の田村に写真を見せた。
「この塗りつぶされてる人、誰だっけ?」
田村は首をひねった。
「うーん、覚えてないな。でも確か、この位置には誰かいたよね」
他の同級生にも聞いて回ったが、誰も塗りつぶされた人物のことを明確に覚えていなかった。みんな「確かに誰かいたような気がする」と言うだけだった。
俺は気になって、スマホのカメラで写真を撮影してみた。
画面を見ると、塗りつぶされた部分に薄っすらと人影が見えた。
女性のようだった。セーラー服を着て、こちらを見て笑っている。しかし顔の詳細は、スマホ越しでも鮮明には見えなかった。
俺は写真を拡大して見ようとした。すると、画面の中の女性が動いた。
笑顔から、だんだん悲しそうな表情に変わっていく。そして口を動かして、何かを言おうとしているようだった。
俺は慌ててスマホの画面から目を離した。実際の写真を見ると、やはり黒く塗りつぶされたままだった。
その夜、俺は高校時代の資料を引っ張り出した。卒業名簿、クラス名簿、部活動の記録。しかし、どこにも塗りつぶされた位置にいるはずの人物の名前が見つからなかった。
まるで最初からその人は存在していなかったかのように。
翌日、俺は担任だった坂本先生に電話してみた。もう定年退職しているが、まだ元気でいるはずだった。
「三年二組の集合写真の件ですか……」
坂本先生の声は、なぜか重かった。
「実は、私もずっと気になっていたんです。確かに、その位置には生徒がいました。でも、名前が思い出せない」
「写真にはっきり写っているんですが、黒く塗りつぶされてるんです」
「塗りつぶした? それは誰が?」
坂本先生も知らなかった。しかし、何かを思い出したように続けた。
「そういえば、卒業前に一人、転校していった生徒がいました。家庭の事情で急に。でも、その子の名前も思い出せないんです」
電話を切った後、俺は再びスマホで写真を撮影した。
今度は、女性の表情がもっとはっきり見えた。悲しそうな顔で、涙を流しているようだった。そして、確かに口を動かしている。
俺は唇の動きを読もうとした。
「わ、す、れ、な、い、で」
忘れないで、と言っているようだった。
その瞬間、スマホの画面が激しく点滅した。女性の顔が画面いっぱいに拡大され、こちらを見つめている。
俺は恐怖で画面を閉じた。しかし、心の中で何かが蘇ってきた。微かな記憶の断片が。
桜井……桜井美穂。
その名前が頭に浮かんだ。そして、少しずつ記憶が戻ってきた。
桜井美穂は、確かに俺のクラスメートだった。大人しい女の子で、いつも一人で本を読んでいた。成績は良かったが、あまり目立たない存在だった。
そして、確か卒業の一ヶ月前に転校していった。理由は家庭の事情だと聞いた。
しかし、なぜみんなが彼女のことを忘れてしまったのか。なぜ名簿からも消えているのか。
俺は桜井の家を調べてみた。住所は覚えていた。小さなアパートだった。
アパートに行くと、大家さんが出てきた。
「桜井さん? ああ、あの親子ね」
大家さんは暗い表情になった。
「お父さんが借金まみれで夜逃げしちゃったのよ。でも娘さんは、一人で残ってた」
「一人で?」
「ええ。高校生なのに、一人でアルバイトして生活してたの。でも最後は……」
大家さんは言いにくそうにした。
「自殺しちゃったのよ。卒業式の前日に」
俺の血が凍った。
「でも学校では、転校したって……」
「学校にはそう報告したみたい。家族が。体裁を考えて」
俺は震えながら写真を見た。スマホ越しに見ると、桜井美穂がこちらを見つめていた。
今度は怒ったような表情だった。
「みんな、私のことを忘れた」
スマホから声が聞こえた。
「転校したって嘘をついて、私の死を隠した。そして、みんな本当に忘れてしまった」
写真の中の美穂が立ち上がった。集合写真の中で、一人だけ動いている。
「でも、この写真だけは残ってる。私がいた証拠として」
美穂がスマホの画面に近づいてくる。
「だから誰かが私を塗りつぶそうとしてる。完全に消そうとしてる」
俺は気づいた。写真を塗りつぶしたのは美穂自身だった。自分の存在を消そうとしている。
「でも消えたくない。忘れられたくない」
美穂の顔が画面いっぱいに広がった。
「あなたが覚えていてくれるなら、私はまだ存在できる」
俺はスマホを置こうとしたが、手が動かなかった。
「お願い。私のことを覚えていて。そうすれば、私は消えない」
美穂の手が画面から出てきた。俺の手首を掴んでいる。
「一緒に、あの頃に戻りましょう。私がまだ生きていた頃に」
俺の意識が朦朧としてきた。気がつくと、俺は高校の教室にいた。
制服を着て、十八歳の体に戻っている。周りには同級生たちがいた。
そして、俺の隣の席に桜井美穂が座っていた。
「覚えていてくれて、ありがとう」美穂が微笑んだ。
しかし、俺以外の同級生たちは美穂を見ることができないようだった。俺にだけ見える存在として、美穂はそこにいた。
「ずっと一緒にいましょう。この教室で」
俺は気づいた。俺は現実世界から切り離されて、美穂の記憶の中に閉じ込められた。
卒業の日が来ない、永遠の高校生活。
美穂と俺だけの世界で。
教室の窓の外を見ると、現実の世界が見えた。俺の体が、スマホを握ったまま動かなくなっている。
美穂は俺の記憶を使って、自分の存在を維持している。
そして俺は、美穂の記憶の中で生き続ける。
彼女が忘れられないように。
彼女の孤独を癒すために。
永遠に。
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