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第93話『切られた電話線』怖さ:☆☆☆☆☆
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山奥の古い空き家を相続した俺は、家の整理のために一人で滞在していた。築五十年の木造家屋は、あちこちが朽ちかけている。
リビングにある黒電話が目を引いた。昭和の匂いがする重厚なダイヤル式。しかし電話線は根元から切断されており、どこにも繋がっていない。
初日の夜、その電話が鳴った。
ジリリリリ、という古い呼び出し音。だが線が切れているのに、なぜ鳴るのか。
受話器を取ると、雑音に混じって男の声が聞こえた。
「まだ終わってない、まだ終わってない……」
同じ言葉を延々と繰り返している。俺は慌てて受話器を置いた。
翌夜も同じ時刻に電話が鳴った。今度は声がもっとはっきり聞こえる。
「まだ終わってない。俺はまだここにいる」
三日目、俺は意を決して返事をした。
「誰ですか。何が終わってないんですか」
しばらく沈黙があった後、男の声が続いた。
「お前は誰だ。俺の家で何をしている」
俺は説明した。この家を相続したこと、整理に来たこと。しかし男は聞く耳を持たなかった。
「嘘をつくな。俺はまだ死んでない。まだここに住んでる」
役所で調べると、この家の前の住人は田村義男という七十歳の男性だった。五年前に孤独死し、遺体発見まで三ヶ月かかったという。相続人がいなかったため、俺の遠い親戚筋に回ってきたのだ。
その夜、電話の向こうの田村は俺の説明を拒絶した。
「俺は生きてる。お前こそ死人だろう。死人が俺の家に住み着いてる」
会話を続けるうち、田村の状況が見えてきた。彼の世界では、俺が侵入者であり、自分は正常に生活している。時間感覚も狂っており、死後五年経った今も、生前の日常を繰り返している。
だが恐ろしいのは、田村の記憶が少しずつ俺に移ってきていることだった。彼の昔の思い出、家族のこと、近所の人々の顔が、俺の頭に浮かぶようになった。
一週間が過ぎる頃、俺は自分が田村義男なのではないかと思い始めた。鏡を見ると、顔が老けて見える。手にも年寄りの斑点が現れていた。
電話の向こうの声も変わっていた。今度は若い男の声だった。
「おじいさん、誰ですか。なぜこの家にいるんですか」
俺ははっとした。電話の向こうは俺自身の声だった。若い頃の俺が、老いた俺に話しかけている。
「俺は田村義男だ。ここは俺の家だ」と俺は答えていた。
気がつくと、俺は田村の人生を生きていた。彼の記憶、彼の人格、彼の過去と未来。俺は田村義男として孤独死し、それでもなお家に縛り付けられている。
電話線は最初から繋がっていた。過去と現在、生と死を繋ぐ線として。
今も俺は電話を待っている。次に家を訪れる人との会話を。その人に俺の記憶を渡すために。
受話器の向こうから、若い声が聞こえてくる。
「もしもし、誰ですか。なぜこの家にいるんですか」
俺は答える。
「まだ終わってない。俺はまだここにいる」
リビングにある黒電話が目を引いた。昭和の匂いがする重厚なダイヤル式。しかし電話線は根元から切断されており、どこにも繋がっていない。
初日の夜、その電話が鳴った。
ジリリリリ、という古い呼び出し音。だが線が切れているのに、なぜ鳴るのか。
受話器を取ると、雑音に混じって男の声が聞こえた。
「まだ終わってない、まだ終わってない……」
同じ言葉を延々と繰り返している。俺は慌てて受話器を置いた。
翌夜も同じ時刻に電話が鳴った。今度は声がもっとはっきり聞こえる。
「まだ終わってない。俺はまだここにいる」
三日目、俺は意を決して返事をした。
「誰ですか。何が終わってないんですか」
しばらく沈黙があった後、男の声が続いた。
「お前は誰だ。俺の家で何をしている」
俺は説明した。この家を相続したこと、整理に来たこと。しかし男は聞く耳を持たなかった。
「嘘をつくな。俺はまだ死んでない。まだここに住んでる」
役所で調べると、この家の前の住人は田村義男という七十歳の男性だった。五年前に孤独死し、遺体発見まで三ヶ月かかったという。相続人がいなかったため、俺の遠い親戚筋に回ってきたのだ。
その夜、電話の向こうの田村は俺の説明を拒絶した。
「俺は生きてる。お前こそ死人だろう。死人が俺の家に住み着いてる」
会話を続けるうち、田村の状況が見えてきた。彼の世界では、俺が侵入者であり、自分は正常に生活している。時間感覚も狂っており、死後五年経った今も、生前の日常を繰り返している。
だが恐ろしいのは、田村の記憶が少しずつ俺に移ってきていることだった。彼の昔の思い出、家族のこと、近所の人々の顔が、俺の頭に浮かぶようになった。
一週間が過ぎる頃、俺は自分が田村義男なのではないかと思い始めた。鏡を見ると、顔が老けて見える。手にも年寄りの斑点が現れていた。
電話の向こうの声も変わっていた。今度は若い男の声だった。
「おじいさん、誰ですか。なぜこの家にいるんですか」
俺ははっとした。電話の向こうは俺自身の声だった。若い頃の俺が、老いた俺に話しかけている。
「俺は田村義男だ。ここは俺の家だ」と俺は答えていた。
気がつくと、俺は田村の人生を生きていた。彼の記憶、彼の人格、彼の過去と未来。俺は田村義男として孤独死し、それでもなお家に縛り付けられている。
電話線は最初から繋がっていた。過去と現在、生と死を繋ぐ線として。
今も俺は電話を待っている。次に家を訪れる人との会話を。その人に俺の記憶を渡すために。
受話器の向こうから、若い声が聞こえてくる。
「もしもし、誰ですか。なぜこの家にいるんですか」
俺は答える。
「まだ終わってない。俺はまだここにいる」
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