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第95話『天井裏の泣く男』怖さ:☆☆☆☆☆
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新居に引っ越してから、天井の軋む音が気になっていた。深夜になると、まるで誰かが天井裏を歩いているような音がする。
業者に点検してもらったが、構造に問題はないという。「古い家だから、木材の収縮音でしょう」と言われた。
しかし音は日に日にひどくなった。歩く音だけでなく、かすかなすすり泣きまで聞こえるようになった。
意を決して天井裏を調べることにした。押入れから点検口を開け、懐中電灯を持って這い上がる。
そこには、スーツを着た中年男性が座っていた。
男は俺を見上げて泣いていた。頬には涙の跡がくっきりと残り、鼻水で顔がぐしゃぐしゃになっている。
「すみません、すみません」男は謝りながら泣き続けた。「邪魔をするつもりはないんです。でも、どこにも行けなくて」
俺は驚いて言葉が出なかった。なぜこの男が天井裏にいるのか。どうやって入ったのか。
「私は田所と申します」男は名刺を差し出した。会社員らしく、きちんとしたスーツを着ているが、汚れとほこりにまみれている。
「なぜここに?」
「会社をクビになって、家族からも見放されて……行く場所がないんです」田所は新たに泣き出した。「でも外に出ると、みんなが私を見つめるんです。失敗した人間だって顔で」
俺は田所を下に降ろして話を聞いた。彼は半年前にリストラされ、再就職もうまくいかず、妻子にも逃げられた。社会から取り残された絶望感で、人目につかない場所を求めて天井裏に逃げ込んだのだという。
可哀想に思った俺は、田所を泊めることにした。彼は感謝して涙を流し、必ず迷惑はかけないと約束した。
しかし翌朝、田所の姿はなかった。また天井裏に戻っていた。
「すみません。やっぱり上の方が落ち着くんです」
田所は天井裏での生活を続けた。俺が仕事に行っている間も、ずっと上にいる。泣き声は止まず、夜中に激しく泣くこともあった。
一週間後、俺は異変に気づいた。自分が田所と同じ行動を取っていることに。
朝起きるとまず天井を見上げる。仕事中も天井が気になって集中できない。帰宅すると真っ先に天井裏を確認する。
そして気がつくと、俺も天井を見上げながら泣いていた。
「大丈夫ですか」田所が心配そうに天井から顔を出した。
俺は自分の状況を説明しようとしたが、言葉が出てこない。ただ、田所と同じように泣くことしかできなかった。
それから俺も天井裏に上がるようになった。田所と並んで座り、一緒に泣く。なぜ泣いているのかわからないが、泣かずにはいられない。
二人で泣いていると、下から声が聞こえた。
「すみません、この家の点検に来ました」
新しい住人が入居してきたようだ。俺と田所は顔を見合わせた。
「行かなきゃ」田所が囁いた。「あの人に説明しないと」
俺も頷いた。新しい住人に、天井裏にいる理由を説明しなければ。
俺たちは点検口から下を覗いた。そこには若い男性が懐中電灯を持って立っていた。
「すみません、すみません」俺と田所は同時に謝った。「邪魔をするつもりはないんです。でも、どこにも行けなくて」
若い男性は驚いて言葉が出ないようだった。
一週間後、天井裏には三人の男性が座って泣いていた。みんなスーツを着て、みんな同じように謝りながら泣いている。
下からまた新しい声が聞こえてくる。
また一人、天井裏の住人が増える予定だ。
業者に点検してもらったが、構造に問題はないという。「古い家だから、木材の収縮音でしょう」と言われた。
しかし音は日に日にひどくなった。歩く音だけでなく、かすかなすすり泣きまで聞こえるようになった。
意を決して天井裏を調べることにした。押入れから点検口を開け、懐中電灯を持って這い上がる。
そこには、スーツを着た中年男性が座っていた。
男は俺を見上げて泣いていた。頬には涙の跡がくっきりと残り、鼻水で顔がぐしゃぐしゃになっている。
「すみません、すみません」男は謝りながら泣き続けた。「邪魔をするつもりはないんです。でも、どこにも行けなくて」
俺は驚いて言葉が出なかった。なぜこの男が天井裏にいるのか。どうやって入ったのか。
「私は田所と申します」男は名刺を差し出した。会社員らしく、きちんとしたスーツを着ているが、汚れとほこりにまみれている。
「なぜここに?」
「会社をクビになって、家族からも見放されて……行く場所がないんです」田所は新たに泣き出した。「でも外に出ると、みんなが私を見つめるんです。失敗した人間だって顔で」
俺は田所を下に降ろして話を聞いた。彼は半年前にリストラされ、再就職もうまくいかず、妻子にも逃げられた。社会から取り残された絶望感で、人目につかない場所を求めて天井裏に逃げ込んだのだという。
可哀想に思った俺は、田所を泊めることにした。彼は感謝して涙を流し、必ず迷惑はかけないと約束した。
しかし翌朝、田所の姿はなかった。また天井裏に戻っていた。
「すみません。やっぱり上の方が落ち着くんです」
田所は天井裏での生活を続けた。俺が仕事に行っている間も、ずっと上にいる。泣き声は止まず、夜中に激しく泣くこともあった。
一週間後、俺は異変に気づいた。自分が田所と同じ行動を取っていることに。
朝起きるとまず天井を見上げる。仕事中も天井が気になって集中できない。帰宅すると真っ先に天井裏を確認する。
そして気がつくと、俺も天井を見上げながら泣いていた。
「大丈夫ですか」田所が心配そうに天井から顔を出した。
俺は自分の状況を説明しようとしたが、言葉が出てこない。ただ、田所と同じように泣くことしかできなかった。
それから俺も天井裏に上がるようになった。田所と並んで座り、一緒に泣く。なぜ泣いているのかわからないが、泣かずにはいられない。
二人で泣いていると、下から声が聞こえた。
「すみません、この家の点検に来ました」
新しい住人が入居してきたようだ。俺と田所は顔を見合わせた。
「行かなきゃ」田所が囁いた。「あの人に説明しないと」
俺も頷いた。新しい住人に、天井裏にいる理由を説明しなければ。
俺たちは点検口から下を覗いた。そこには若い男性が懐中電灯を持って立っていた。
「すみません、すみません」俺と田所は同時に謝った。「邪魔をするつもりはないんです。でも、どこにも行けなくて」
若い男性は驚いて言葉が出ないようだった。
一週間後、天井裏には三人の男性が座って泣いていた。みんなスーツを着て、みんな同じように謝りながら泣いている。
下からまた新しい声が聞こえてくる。
また一人、天井裏の住人が増える予定だ。
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