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第II部:支配という報酬
第12章「“良心”ってなんだったっけ」
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新体制初日の朝。
俺たち4名の看守は、8名の囚人を見下ろしていた。雪村颯汰が囚人に落ちたことで、権力バランスは大きく変化していた。
看守席に座る俺、斑鳩凌、鳴海瑠璃、真鍋天馬。そして床に座らされた8名の囚人たち。
その中に、昨日まで同じ看守席にいた雪村颯汰の姿があった。
彼は一夜で完全に変わっていた。希望に満ちていた表情は消え、絶望と恐怖に支配されている。
機械音声が告げる。
「新体制での命令執行を開始いたします。看守4名は、8名の囚人に対し、より効果的な管理を実施してください」
配信画面には、早朝から多くの視聴者が集まっていた。視聴者数は既に8万5千人を超えている。
『新体制初日楽しみ』
『#04が囚人とか最高』
『看守減って権力集中』
『過激な命令期待』
斑鳩凌が最初に立ち上がった。
「新体制の最初は俺からだ」
彼は冷たく雪村颯汰を見下ろした。
「#04、雪村颯汰。お前は昨日まで看守だったな。その甘い考えが視聴者に拒絶された」
雪村颯汰は顔を上げることができずにいた。
「今日はその甘さを矯正してやる。他の囚人の中から一人選んで、その者に土下座して謝罪しろ。『自分の無能さのせいで、みんなに迷惑をかけてすみません』と言え」
雪村颯汰は震えた。
「そんな…僕は何も悪いことを…」
「悪いことをしたんだよ」
斑鳩凌が厳しく言った。
「お前の甘い判断が、このゲームの緊張感を削いだ。それは全体への背信行為だ」
雪村颯汰は苦悶の表情で囚人たちを見回した。そして、震え声で五十嵐龍之介を指差した。
「#08…龍之介さんに…」
五十嵐龍之介は驚いた表情を見せた。
「颯汰君…」
雪村颯汰は五十嵐龍之介の前に行き、土下座した。
「僕の無能さのせいで、みんなに迷惑をかけてすみません」
その光景に、配信のコメント欄が反応した。
『元看守の土下座とかエグい』
『#04完全に屈服』
『権力の転落怖すぎ』
『でも面白い』
続いて鳴海瑠璃が立ち上がった。
「私は心理的なアプローチで行きましょう」
彼女は早乙女千景を指差した。
「#05、早乙女千景。あなたは秘密を暴露されて傷ついているけれど、実はそれを利用してるのよね」
早乙女千景は困惑した。
「利用って…何を…」
「被害者という立場を利用して、同情を集めようとしている。でもそれは卑怯な手段よ」
鳴海瑠璃は冷たく続けた。
「今日はその偽りの被害者面を剥がしましょう。宝生朱音に向かって、『私も実は他人の秘密を知っている』と言いなさい。そして、知っている秘密を一つ暴露しなさい」
早乙女千景は青ざめた。
「そんな…私は朱音ちゃんを恨んでなんて…」
「恨んでないなら、なぜ彼女を避けているの?心の奥では復讐したいと思ってるでしょう?」
早乙女千景は涙を流しながら、宝生朱音を見つめた。
「朱音ちゃん…ごめん…」
彼女は震え声で言った。
「私も…実は他人の秘密を知っています。朱音ちゃんが…朱音ちゃんが以前、万引きをしたことがあるって…」
宝生朱音は衝撃を受けた。
「千景ちゃん…なんで…」
配信のコメント欄が激しく反応した。
『うわああああ』
『相互暴露きたああ』
『友情完全崩壊』
『これぞサバイバル』
真鍋天馬の番になった。彼は明らかに躊躇していた。
「僕は…僕は…」
斑鳩凌が睨んだ。
「何をためらっている。さっさと命令を出せ」
真鍋天馬は苦悩の表情で白鷺小夜を見つめた。
「#09、白鷺小夜さん…その…今日は…」
彼は長い間沈黙した後、ようやく口を開いた。
「今日は勇気を出して、大きな声で自分の意見を言ってください。怖がらずに…」
その温情的な命令に、配信のコメント欄は不満を爆発させた。
『つまらねー』
『#15はもうダメだ』
『こんなの命令じゃない』
『課金返せ』
機械音声が警告した。
「視聴者満足度が急激に低下しています。より効果的な命令を実行してください」
真鍋天馬は青ざめたが、命令を変えることはできなかった。
そして俺の番が来た。
俺は冷静に状況を分析していた。真鍋天馬の甘い命令で、視聴者の不満が高まっている。ここで効果的な命令を出せば、俺の評価はさらに上がるだろう。
俺は葛城翼を指差した。
「#02、葛城翼。お前は怒りを内に秘めて脱出を模索しているな」
葛城翼は俺を見上げた。
「今日はその怒りを別の方向に向けさせる。お前は『正義の味方』を気取りたがる安堂圭吾を軽蔑しているだろう?」
俺は少し間を置いた。
「安堂圭吾の前で、彼の『偽善的な正義感』について5分間演説しろ。どれだけ彼の正義が偽物で、口先だけのものかを、具体例を挙げて論破しろ。感情的になってもいい。むしろ、お前の本音をぶちまけろ」
葛城翼は困惑した。
「安堂を批判しろって…?」
「そうだ。お前はずっと思っていたはずだ。『口だけの正義』に対する苛立ちを」
葛城翼は安堂圭吾を見つめた。そして、抑えていた感情が爆発した。
「分かったよ!言ってやる!」
葛城翼は立ち上がり、安堂圭吾に向かって叫んだ。
「お前の正義なんて偽物だ!口では綺麗事を言うくせに、結局は自分が可愛いだけじゃないか!本当に正義感があるなら、なんで俺たちを助けようとしない?なんで看守に媚びてるんだ!」
葛城翼は続けた。
「お前が言う『正義』って何だよ?結局は自分が気持ち良くなりたいだけの自己満足だろう?本当に困ってる人間を前にして、何もできないくせに!」
安堂圭吾は茫然とその批判を聞いていた。
「違う…俺は…」
「違わない!」
葛城翼が遮った。
「お前は自分の正義に酔ってるだけだ!現実を見ろよ!俺たちがどんな状況にいるか分かってるのか?」
配信のコメント欄が俺の命令を絶賛していた。
『#07の心理戦やばい』
『囚人同士の対立煽り』
『これぞ真の命令』
『天才すぎる』
午後になると、命令の効果が深刻に表れ始めた。
雪村颯汰は完全に意気消沈していた。元同僚からの屈辱的な命令と、囚人たちからの冷たい視線に耐えきれずにいた。
早乙女千景と宝生朱音の関係は完全に破綻した。相互に秘密を暴露し合った結果、もはや修復不可能な状態になっていた。
葛城翼と安堂圭吾の間にも深い溝が生まれた。葛城翼の辛辣な批判に、安堂圭吾は自分の正義感への確信を完全に失っていた。
そして真鍋天馬は、自分だけが甘い命令を出したことで、完全に孤立していた。
午後3時頃、真鍋天馬が俺に近づいてきた。
「#07…僕、もうダメかもしれません」
俺は彼を見つめた。
「何がだ?」
「視聴者からの評価が…もう完全に見放されています。このままじゃ次の選挙で確実に落選する」
真鍋天馬は震え声で続けた。
「でも…僕にはできないんです。残酷な命令なんて…人を傷つけるような命令なんて…」
俺は冷静に答えた。
「それがお前の限界だ」
「限界って…」
「このゲームで生き残るための限界だ。お前には越えられない一線がある」
真鍋天馬は涙を流した。
「でも…それを越えたら、僕はもう僕じゃなくなってしまう…」
「そうかもしれない」俺は淡々と言った。「だが、越えなければ死ぬ」
真鍋天馬は絶望的な表情を見せた。
「良心を捨てなければ生きられない世界なんて…おかしいです…」
「おかしくても現実だ」
その時、斑鳩凌が俺たちの会話に割り込んできた。
「#15、お前の甘さはもう限界だ」
真鍋天馬は斑鳩凌を見上げた。
「明日からは俺たちと同じレベルの命令を出せ。でなければ、お前も囚人送りだ」
真鍋天馬は震えた。
「でも…僕には…」
「できないなら消えろ」
斑鳩凌が冷たく言った。
「中途半端な良心は、このゲームには不要だ」
鳴海瑠璃も同調した。
「そうね。私たちの足を引っ張るなら、いない方がまし」
真鍋天馬は完全に追い詰められた。
俺は彼を見つめながら考えていた。
真鍋天馬は確実に精神的な限界に達している。彼の良心は、このゲームでは致命的な弱点だった。
だが同時に、俺は奇妙な感情も抱いていた。
真鍋天馬の苦悩を見ていると、かつての自分を思い出す。このゲームが始まった当初、俺にも似たような迷いがあった。
しかし、今の俺にはその迷いはない。冷静に、合理的に、効果的に。それが俺の行動原理になっている。
これは成長なのか、それとも堕落なのか。
夕方になると、機械音声が告げた。
「本日の命令執行を評価いたします」
画面に各看守の評価が表示された。
『看守評価』
『#07 緋村陸翔:95点』
『#01 斑鳩凌:88点』
『#10 鳴海瑠璃:85点』
『#15 真鍋天馬:23点』
真鍋天馬の評価は壊滅的だった。
配信のコメント欄も容赦なかった。
『#15はもう無理』
『次の選挙で確実に落選』
『良心とか要らない』
『#07が圧倒的』
真鍋天馬は絶望的な表情でその評価を見つめていた。
機械音声が続ける。
「#15の評価が著しく低いため、警告を発します。明日の命令で改善が見られない場合、特別措置を検討いたします」
特別措置。それが何を意味するかは明らかだった。
夜になると、真鍋天馬は一人で座り込んでいた。
俺は彼に近づいた。
「#15」
真鍋天馬が俺を見上げた。
「もう…僕には無理です」
彼は震え声で言った。
「良心を捨てることも、残酷になることも…僕にはできません」
「それでもこのゲームは続く」俺は答えた。
「分かってます…だから僕は…僕はもう…」
真鍋天馬は自暴自棄になりかけていた。
俺は少し考えてから言った。
「良心を捨てる必要はない」
真鍋天馬は驚いた表情を見せた。
「ただし、使い方を変えろ」
俺は続けた。
「良心を武器にしろ」
「武器に?」
「そうだ。お前の良心を、戦略的に利用しろ。視聴者の一部は、お前の人間性に同情している。それを活かせ」
真鍋天馬は困惑した。
「でも…それじゃあ良心を利用することになって…」
「利用することと捨てることは違う」
俺は言った。
「お前は良心を持ったまま、このゲームで生き残る方法を見つけろ」
真鍋天馬は俺の言葉を考え込んだ。
俺は彼を残して、看守席に戻った。
今日の出来事で、看守間の力関係は完全に確定した。
俺が圧倒的なトップ。斑鳩凌と鳴海瑠璃が冷徹派として俺に続き、真鍋天馬は完全に孤立した。
そして明日からは、真鍋天馬の良心が試される。
彼が良心を保ったまま生き残ることができるのか。それとも、良心を捨てて俺たちと同じ道を歩むのか。
あるいは、良心と共に死ぬことを選ぶのか。
配信のコメント欄では、明日への期待が高まっていた。
『#15どうなるかな』
『良心の限界見たい』
『壊れるところ見たい』
『明日が楽しみ』
俺は囚人たちを見下ろした。
雪村颯汰は完全に意気消沈し、早乙女千景と宝生朱音は関係が破綻し、葛城翼と安堂圭吾の間にも深い溝が生まれていた。
五十嵐龍之介は相変わらず精神的に不安定で、白鷺小夜は恐怖で思考停止し、宍戸昴は相変わらず状況を楽しんでいるようだった。
俺たちの命令は、確実に囚人たちの精神を蝕んでいる。
そして俺たち看守も、日に日に変わっている。
権力に酔い、他人の苦痛を当然視し、残酷さに慣れていく。
真鍋天馬の苦悩だけが、俺たちにとって最後の良心の砦だった。
だが、その砦も明日には陥落するかもしれない。
そうなれば、俺たちは完全に人間ではない何かに変わることになる。
配信は続き、視聴者たちは俺たちの堕落を楽しみ続けている。
俺は明日への戦略を練り始めた。
真鍋天馬をどう扱うか。
囚人たちをさらにどう追い詰めるか。
そして、自分自身の変化をどう受け入れるか。
良心という概念が、もはや曖昧になりつつある世界で。
俺たち4名の看守は、8名の囚人を見下ろしていた。雪村颯汰が囚人に落ちたことで、権力バランスは大きく変化していた。
看守席に座る俺、斑鳩凌、鳴海瑠璃、真鍋天馬。そして床に座らされた8名の囚人たち。
その中に、昨日まで同じ看守席にいた雪村颯汰の姿があった。
彼は一夜で完全に変わっていた。希望に満ちていた表情は消え、絶望と恐怖に支配されている。
機械音声が告げる。
「新体制での命令執行を開始いたします。看守4名は、8名の囚人に対し、より効果的な管理を実施してください」
配信画面には、早朝から多くの視聴者が集まっていた。視聴者数は既に8万5千人を超えている。
『新体制初日楽しみ』
『#04が囚人とか最高』
『看守減って権力集中』
『過激な命令期待』
斑鳩凌が最初に立ち上がった。
「新体制の最初は俺からだ」
彼は冷たく雪村颯汰を見下ろした。
「#04、雪村颯汰。お前は昨日まで看守だったな。その甘い考えが視聴者に拒絶された」
雪村颯汰は顔を上げることができずにいた。
「今日はその甘さを矯正してやる。他の囚人の中から一人選んで、その者に土下座して謝罪しろ。『自分の無能さのせいで、みんなに迷惑をかけてすみません』と言え」
雪村颯汰は震えた。
「そんな…僕は何も悪いことを…」
「悪いことをしたんだよ」
斑鳩凌が厳しく言った。
「お前の甘い判断が、このゲームの緊張感を削いだ。それは全体への背信行為だ」
雪村颯汰は苦悶の表情で囚人たちを見回した。そして、震え声で五十嵐龍之介を指差した。
「#08…龍之介さんに…」
五十嵐龍之介は驚いた表情を見せた。
「颯汰君…」
雪村颯汰は五十嵐龍之介の前に行き、土下座した。
「僕の無能さのせいで、みんなに迷惑をかけてすみません」
その光景に、配信のコメント欄が反応した。
『元看守の土下座とかエグい』
『#04完全に屈服』
『権力の転落怖すぎ』
『でも面白い』
続いて鳴海瑠璃が立ち上がった。
「私は心理的なアプローチで行きましょう」
彼女は早乙女千景を指差した。
「#05、早乙女千景。あなたは秘密を暴露されて傷ついているけれど、実はそれを利用してるのよね」
早乙女千景は困惑した。
「利用って…何を…」
「被害者という立場を利用して、同情を集めようとしている。でもそれは卑怯な手段よ」
鳴海瑠璃は冷たく続けた。
「今日はその偽りの被害者面を剥がしましょう。宝生朱音に向かって、『私も実は他人の秘密を知っている』と言いなさい。そして、知っている秘密を一つ暴露しなさい」
早乙女千景は青ざめた。
「そんな…私は朱音ちゃんを恨んでなんて…」
「恨んでないなら、なぜ彼女を避けているの?心の奥では復讐したいと思ってるでしょう?」
早乙女千景は涙を流しながら、宝生朱音を見つめた。
「朱音ちゃん…ごめん…」
彼女は震え声で言った。
「私も…実は他人の秘密を知っています。朱音ちゃんが…朱音ちゃんが以前、万引きをしたことがあるって…」
宝生朱音は衝撃を受けた。
「千景ちゃん…なんで…」
配信のコメント欄が激しく反応した。
『うわああああ』
『相互暴露きたああ』
『友情完全崩壊』
『これぞサバイバル』
真鍋天馬の番になった。彼は明らかに躊躇していた。
「僕は…僕は…」
斑鳩凌が睨んだ。
「何をためらっている。さっさと命令を出せ」
真鍋天馬は苦悩の表情で白鷺小夜を見つめた。
「#09、白鷺小夜さん…その…今日は…」
彼は長い間沈黙した後、ようやく口を開いた。
「今日は勇気を出して、大きな声で自分の意見を言ってください。怖がらずに…」
その温情的な命令に、配信のコメント欄は不満を爆発させた。
『つまらねー』
『#15はもうダメだ』
『こんなの命令じゃない』
『課金返せ』
機械音声が警告した。
「視聴者満足度が急激に低下しています。より効果的な命令を実行してください」
真鍋天馬は青ざめたが、命令を変えることはできなかった。
そして俺の番が来た。
俺は冷静に状況を分析していた。真鍋天馬の甘い命令で、視聴者の不満が高まっている。ここで効果的な命令を出せば、俺の評価はさらに上がるだろう。
俺は葛城翼を指差した。
「#02、葛城翼。お前は怒りを内に秘めて脱出を模索しているな」
葛城翼は俺を見上げた。
「今日はその怒りを別の方向に向けさせる。お前は『正義の味方』を気取りたがる安堂圭吾を軽蔑しているだろう?」
俺は少し間を置いた。
「安堂圭吾の前で、彼の『偽善的な正義感』について5分間演説しろ。どれだけ彼の正義が偽物で、口先だけのものかを、具体例を挙げて論破しろ。感情的になってもいい。むしろ、お前の本音をぶちまけろ」
葛城翼は困惑した。
「安堂を批判しろって…?」
「そうだ。お前はずっと思っていたはずだ。『口だけの正義』に対する苛立ちを」
葛城翼は安堂圭吾を見つめた。そして、抑えていた感情が爆発した。
「分かったよ!言ってやる!」
葛城翼は立ち上がり、安堂圭吾に向かって叫んだ。
「お前の正義なんて偽物だ!口では綺麗事を言うくせに、結局は自分が可愛いだけじゃないか!本当に正義感があるなら、なんで俺たちを助けようとしない?なんで看守に媚びてるんだ!」
葛城翼は続けた。
「お前が言う『正義』って何だよ?結局は自分が気持ち良くなりたいだけの自己満足だろう?本当に困ってる人間を前にして、何もできないくせに!」
安堂圭吾は茫然とその批判を聞いていた。
「違う…俺は…」
「違わない!」
葛城翼が遮った。
「お前は自分の正義に酔ってるだけだ!現実を見ろよ!俺たちがどんな状況にいるか分かってるのか?」
配信のコメント欄が俺の命令を絶賛していた。
『#07の心理戦やばい』
『囚人同士の対立煽り』
『これぞ真の命令』
『天才すぎる』
午後になると、命令の効果が深刻に表れ始めた。
雪村颯汰は完全に意気消沈していた。元同僚からの屈辱的な命令と、囚人たちからの冷たい視線に耐えきれずにいた。
早乙女千景と宝生朱音の関係は完全に破綻した。相互に秘密を暴露し合った結果、もはや修復不可能な状態になっていた。
葛城翼と安堂圭吾の間にも深い溝が生まれた。葛城翼の辛辣な批判に、安堂圭吾は自分の正義感への確信を完全に失っていた。
そして真鍋天馬は、自分だけが甘い命令を出したことで、完全に孤立していた。
午後3時頃、真鍋天馬が俺に近づいてきた。
「#07…僕、もうダメかもしれません」
俺は彼を見つめた。
「何がだ?」
「視聴者からの評価が…もう完全に見放されています。このままじゃ次の選挙で確実に落選する」
真鍋天馬は震え声で続けた。
「でも…僕にはできないんです。残酷な命令なんて…人を傷つけるような命令なんて…」
俺は冷静に答えた。
「それがお前の限界だ」
「限界って…」
「このゲームで生き残るための限界だ。お前には越えられない一線がある」
真鍋天馬は涙を流した。
「でも…それを越えたら、僕はもう僕じゃなくなってしまう…」
「そうかもしれない」俺は淡々と言った。「だが、越えなければ死ぬ」
真鍋天馬は絶望的な表情を見せた。
「良心を捨てなければ生きられない世界なんて…おかしいです…」
「おかしくても現実だ」
その時、斑鳩凌が俺たちの会話に割り込んできた。
「#15、お前の甘さはもう限界だ」
真鍋天馬は斑鳩凌を見上げた。
「明日からは俺たちと同じレベルの命令を出せ。でなければ、お前も囚人送りだ」
真鍋天馬は震えた。
「でも…僕には…」
「できないなら消えろ」
斑鳩凌が冷たく言った。
「中途半端な良心は、このゲームには不要だ」
鳴海瑠璃も同調した。
「そうね。私たちの足を引っ張るなら、いない方がまし」
真鍋天馬は完全に追い詰められた。
俺は彼を見つめながら考えていた。
真鍋天馬は確実に精神的な限界に達している。彼の良心は、このゲームでは致命的な弱点だった。
だが同時に、俺は奇妙な感情も抱いていた。
真鍋天馬の苦悩を見ていると、かつての自分を思い出す。このゲームが始まった当初、俺にも似たような迷いがあった。
しかし、今の俺にはその迷いはない。冷静に、合理的に、効果的に。それが俺の行動原理になっている。
これは成長なのか、それとも堕落なのか。
夕方になると、機械音声が告げた。
「本日の命令執行を評価いたします」
画面に各看守の評価が表示された。
『看守評価』
『#07 緋村陸翔:95点』
『#01 斑鳩凌:88点』
『#10 鳴海瑠璃:85点』
『#15 真鍋天馬:23点』
真鍋天馬の評価は壊滅的だった。
配信のコメント欄も容赦なかった。
『#15はもう無理』
『次の選挙で確実に落選』
『良心とか要らない』
『#07が圧倒的』
真鍋天馬は絶望的な表情でその評価を見つめていた。
機械音声が続ける。
「#15の評価が著しく低いため、警告を発します。明日の命令で改善が見られない場合、特別措置を検討いたします」
特別措置。それが何を意味するかは明らかだった。
夜になると、真鍋天馬は一人で座り込んでいた。
俺は彼に近づいた。
「#15」
真鍋天馬が俺を見上げた。
「もう…僕には無理です」
彼は震え声で言った。
「良心を捨てることも、残酷になることも…僕にはできません」
「それでもこのゲームは続く」俺は答えた。
「分かってます…だから僕は…僕はもう…」
真鍋天馬は自暴自棄になりかけていた。
俺は少し考えてから言った。
「良心を捨てる必要はない」
真鍋天馬は驚いた表情を見せた。
「ただし、使い方を変えろ」
俺は続けた。
「良心を武器にしろ」
「武器に?」
「そうだ。お前の良心を、戦略的に利用しろ。視聴者の一部は、お前の人間性に同情している。それを活かせ」
真鍋天馬は困惑した。
「でも…それじゃあ良心を利用することになって…」
「利用することと捨てることは違う」
俺は言った。
「お前は良心を持ったまま、このゲームで生き残る方法を見つけろ」
真鍋天馬は俺の言葉を考え込んだ。
俺は彼を残して、看守席に戻った。
今日の出来事で、看守間の力関係は完全に確定した。
俺が圧倒的なトップ。斑鳩凌と鳴海瑠璃が冷徹派として俺に続き、真鍋天馬は完全に孤立した。
そして明日からは、真鍋天馬の良心が試される。
彼が良心を保ったまま生き残ることができるのか。それとも、良心を捨てて俺たちと同じ道を歩むのか。
あるいは、良心と共に死ぬことを選ぶのか。
配信のコメント欄では、明日への期待が高まっていた。
『#15どうなるかな』
『良心の限界見たい』
『壊れるところ見たい』
『明日が楽しみ』
俺は囚人たちを見下ろした。
雪村颯汰は完全に意気消沈し、早乙女千景と宝生朱音は関係が破綻し、葛城翼と安堂圭吾の間にも深い溝が生まれていた。
五十嵐龍之介は相変わらず精神的に不安定で、白鷺小夜は恐怖で思考停止し、宍戸昴は相変わらず状況を楽しんでいるようだった。
俺たちの命令は、確実に囚人たちの精神を蝕んでいる。
そして俺たち看守も、日に日に変わっている。
権力に酔い、他人の苦痛を当然視し、残酷さに慣れていく。
真鍋天馬の苦悩だけが、俺たちにとって最後の良心の砦だった。
だが、その砦も明日には陥落するかもしれない。
そうなれば、俺たちは完全に人間ではない何かに変わることになる。
配信は続き、視聴者たちは俺たちの堕落を楽しみ続けている。
俺は明日への戦略を練り始めた。
真鍋天馬をどう扱うか。
囚人たちをさらにどう追い詰めるか。
そして、自分自身の変化をどう受け入れるか。
良心という概念が、もはや曖昧になりつつある世界で。
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