レベル1のフリはやめた。貸した力を全回収

ソラ

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第1章:銀河創生編

第14話 皇帝の計算、貸主の条件

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バルディア帝国。
かつて大陸の半分を飲み込もうとした軍事大国の中枢は、今、凍りついたような静寂に支配されていた。
黄金の装飾が施された謁見の間。円卓を囲むのは、帝国の最高意思決定機関である閣僚たちだ。だが、その誰一人として、正面に座る「皇帝」と目を合わせようとはしなかった。

「……それで。特使ローランドは、命からがら逃げ帰ったと?」

玉座に深く腰掛けた皇帝――バルザック三世が、低く、押し殺したような声で問いかけた。
その手元には、ローランドが持ち帰った「警告」が記された報告書がある。

「は、はい。同行した重装騎兵百名は……生存しているものの、武具をすべて『徴収』され、戦力として無力化されました。地形そのものを陥没させる未知の魔導、あるいは――」

「魔導ではない。あれはシステムの書き換えだ」

皇帝が報告書をテーブルに叩きつけた。
バルザックは、歴代の皇帝の中でも異質な存在だった。彼は領土を「神聖な土地」ではなく「流動資産」と捉え、信仰を「民の心」ではなく「維持コストのかかる通貨」として計算した。
帝国の急激な拡大は、莫大な先行投資と同義だ。そして今、投資に対するリターンが滞り、帝国という名の巨大企業は事実上の倒産状態(デフォルト)に直面していた。

「奴は……ソラと名乗った男は、我が国の財務状況を正確に把握していたという。財務大臣、答えろ。あの男の指摘は事実か?」

「……っ。そ、それは……」

財務大臣が、震える指で眼鏡を押し上げる。

「……事実、です。蛮族への支払期限まで残り三ヶ月。現状の属州からの徴収ペースでは、金貨二十万枚の不足が確定しております。もし支払いが滞れば、北方の防衛線は一晩で崩壊します」

部屋の空気が、絶望で重くなる。帝国を支えていたのは、栄光ではなく、粉飾された虚飾の帳簿だった。
皇帝は目を閉じ、脳内で計算機を弾く。
戦争でソラに勝てる確率は、限りなくゼロに近い。ならば、残された道は「買収を受け入れること」による組織の延命のみだ。

「ローランドは『あの男を皇帝に会わせてはいけない』と遺言のように繰り返しているそうだな」

皇帝が立ち上がり、窓の外に広がる帝都を眺めた。
かつては誇りだった壮麗な街並みが、今はいつ崩れるとも知れない砂上の楼閣に見える。

「馬鹿め。会わなければ、国が終わるだけだ。……あの男が言ったことは、外交ではない。ただの督促状だ。我々は、返済期限を過ぎた不誠実な債務者として、奴の前に並ばされているに過ぎん」

「陛下、まさか……自ら赴くおつもりですか!? 罠かもしれません!」

「罠? 奴に罠など必要あるまい。地形を変え、因果を操る男だぞ。その気になれば、今この瞬間に帝都をデフォルトさせることなど容易いはずだ。……個人が国家を買い叩く。そんな悪夢のような現実が、今この大陸で起きている」

皇帝は、腰に差した儀礼用の剣を外した。
それは帝国の権威の象徴。だが、経営者の視点に立てば、もはや利息すら払えない不良債権の象徴でしかなかった。

「全閣僚に告ぐ。帝国の全財産、および全権限の目録を作成せよ。一銭の隠し財産も許さん」

「……陛下」

「交渉ではない。我々は、融資を請いに行くのだ。……バルディア帝国という名の巨大な不良債権を、買い取ってもらうためにな。倒産(滅亡)させるよりは、売却(服従)した方が、まだ民という名の『在庫』を守れる」

                  *

三日後。王都の境界線。
そこには、三日前とは比較にならないほど質素な、だが極めて厳粛な一団が現れた。
重装騎兵も、破城槌もない。
ただ、一人の大男が、白旗を掲げた数名の従者と共に、徒歩で結界の前に立っていた。

俺はバルコニーから、その光景を眺める。
隣でエリーゼが、興奮を隠しきれない様子で身を乗り出す。ミィナは無言で、木剣の柄に手を置いていた。

「ああ。ローランドよりは、少しは数字に強い男のようだな」

俺は結界を解くようミィナに命じ、自ら広場へと降りていった。
かつての敵国の皇帝。だが俺の目には、彼は一国の王ではなく、破産寸前で銀行の門を叩く経営者にしか見えなかった。
俺たちが歩み寄るたび、皇帝の従者たちは恐怖で身を震わせた。だが、皇帝バルザックだけは、逃げ場のない現実を真っ向から見据えていた。

「……私が、バルディア帝国皇帝、バルザックである」

皇帝は、俺の前に立つと、迷うことなくその場に膝をついた。
背後の従者たちが息を呑む。帝国の歴史上、他国の――それも「個人」の前に皇帝が膝をつくなど、前代未聞の事態だった。

「我らは、お前の条件を呑むために来た。……帝国の主権、そして私の魂を担保に、融資を願いたい」

周囲が、静まり返った。
風の音さえも消えたような、完全な静寂だった。
皇帝の差し出した両手には、帝国の全権を委ねるという血塗られた契約書が握られていた。
俺はそれを無造作に受け取り、視線を落とす。

一拍の溜め。
俺がその契約書に「受領」の魔力を流し込んだその瞬間。

視界に、かつてないほど巨大な黄金の火花が散り、世界そのものが震動した。

『新規大型契約:バルディア帝国』
『融資形態:国家買収(主権担保融資)』
『査定:完了。債務者の「覚悟」を資産価値として計上します』
『警告:世界の因果バランスが著しく偏向。――神域の管理人が覚醒しました』

「いいだろう、皇帝。あんたの国、俺が買い取ってやる」

俺の笑みは、もはや救済者のそれではない。
一国の運命を、紙切れ一枚の契約で塗り替える、絶対的な管理者の顔だった。
だが、システムの奥底で鳴り響く警告音が、俺に告げていた。

この「不当な買収」を、世界という名のシステムそのものが、もはや無視できなくなったのだと。
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