おこもり魔王の子守り人

曇天

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第三十話

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「呼ぶなら、ちゃんと呼べ」

「召喚するなって...... 言われたから、がんばってメールした......」   

 俺は昨日のしごきの痛みがとれないまま、アディエルエに呼ばれて、城にきていた。

「お前のメールは文字じゃなくて全部スタンプなんだよ! しかもマスクのヒーローのスタンプだから表情が変わらなくて解読できん!」 

「これ......」

 そういってパソコンの画面をみせられる。 

「これがなんだ? アニメか」

「グリエミニョン......」

 アディエルエは画面上の女の子を指差す。

「これ女児向けの朝のアニメだろ」

「違う...... 確かに、小さい子もみる...... でも敵にも正義あり、やむなく戦っている...... それを知りながら葛藤するヒロイン...... 大人もみれるように作ってある名作シリーズ......」

 そう興奮気味に早口で話した。

「そうだぞマモル、正義と愛の戦士グリエミニョンは正しさとは何かをとう珠玉のアニメだ」

 目を潤ませてヴァライアがいう。

(またか...... こいつもある種の幼児なんだよな)

「それでこのぐにょぐにょんがどうした?」

「ぐ、グリエミニョンの...... 劇場版が夏に公開される......」

 そう覚悟したかのような真剣な顔で答えた。

「行きたいのか? いや映画館なんて人の多いところは無理だろ。 おとなしく動画配信を待てよ」

「で、でも...... 映画館でみたい...... 劇場特典の、グリエミニョン、ミニフィギュアがもらえる......」

「それが目当てかよ。 その前にテスト大丈夫か、もうすぐあるぞ」

「テスト...... それは...... おいといて......」

「おいとくなよ。 それで映画館までいくつもりか」

「う、うん...... ついてきて......」

「それまでテスト勉強するなら、ついていってもいいが」 

「はぁぁ、テスト、う、うん...... する...... しかない」

 それから俺たちは勉強をはじめる。


「なるほど...... わかった」

 橘さんにつくってもらったテスト形式の問題を、ヴァライアとアディエルエにだし回答をみる。

「がんばった......」

「このぐらい造作もない」

 二人は自信がありそうだった。 

 そして俺は採点する。

「うん、全然だめだ...... どうしようもない」

「なっ......」

「なんだと!?」

 二人は意外といった顔で驚いている。

「ヴァライアは歴史と社会、魔法はわかっている。 まあ、この世界の住人だからな。 でも数学はまったくできてない。 幼児なみだ」

「な、な、な、そんな」

 ヴァライアは落ち込み両手をつく。 

「わ、私は」 

「アディエルエは歴史以外、全ての教科だめだ。 せめて社会と魔法は知っとけよ。 なぜ向こうの世界にいたのに知らんのだ」

「き、興味なかった...... 向こうの世界はつまらない...... 毎日、古い本を読んでいた。 魔法は原理はよくわかんないけど...... 昔から使えたから平気......」

 アディエルエはそう胸を張る。

「なんで胸を張る...... 仕方ない、取りあえず少しずつでも覚えるしかないな。 歴史やそっちの社会は俺もよくわからんから一緒に覚えるしかない」

 それから毎日、すぐサボろうとするアディエルエに勉強させた。 そしてテストの日が来る。


「今日がテストか、正直自信ねーよ。 俺は冒険者しかしてこなかったからな」

「僕も特に数学が難しいよ」

 ガルムとラクレイが嘆いた。

「私はなんとか...... マモルくんはどう?」

「そうだな。 俺も正直自信はない」  

(とはいえさすがに、かなり数学なんかは簡単な問題になっているけどな...... 俺も歴史や社会はよくわからん。 向こうの人には比較的簡単らしいが、しかし......)

 俺が隣をみると、橘さんに支えられて、ヴァライアがフラフラしている。

「だ、大丈夫? ヴァライアちゃん」

「す、すまんユウナ、少し寝不足でな」

(本当に大丈夫かよ...... そういやアディエルエも目の下にクマができてたな。 本当は学園に参加するのも苦痛なんだろうが、あいつなりに頑張ってるから、応援してやりたいが......)

 
 その日テストが終わると俺たちは橘さん以外、放心状態だった。

「て、テスト...... 終わらせたった......」

 そうとなりの席のパソコンから疲弊しているが声がする。

「わかったよ。 いついくんだ」

「夏休み......」 

「一ヶ月後か...... それでテストはどうだったんだ?」

「埋めた......」

 そういってそれから口を開かない。

(こりゃだめっぽいな。 ヴァライアは天井を見つめて口を開けてるし、ガルムとラクレイは机に突っ伏しているな。 ほぼパーティー全滅か...... 橘さんだけは平然としているか) 

「マモルどうした? 呆けて」

 ルシールが不思議そうにやってきた。

「ギリギリできた感じだったな......」

「はっはっは、かなり苦戦したようだね」

 そう涼やかな顔で答えた。

「......ずいふん余裕だな」

「まあ、僕たちは貴族として一般教養を幼いときから身につけるんだ。 だから数学以外はまあ楽勝かな」

 そう微笑む。

「くっ、羨ましい」

「そうともいえないよ。 幼い頃から剣や魔法、作法などを朝から晩まで勉強させられるんだぞ。 面倒だろ」

「なるほど、確かにな...... それはそれで大変そうだな」 

「そうそれぞれ場所は違っても、生きていくことの大変さは変わらないさ」

 そういって少しなにかを思うような笑顔で答えた。

(......アディエルエもああみえて抱えるものがあるからな)

 そう隣のパソコンを見る。

「でも、マモルなら冒険者としてもやっていけるだろう? こちらの者は貴族の長男以外の家を継がない者が、ここでの人脈やら、有利な縁談や職につける可能性を得るためにきているんだぞ」

「らしいな...... 俺はここを卒業すると、俺の方の高校卒業認定になるからだな。 将来はまだ考えてないよ。 冒険者は死の危険が付きまとうしな」 

「ずいぶんのんびりだな。 それぐらい外は余裕があるのかもしれんが、うらやましいのはそっちだよ」

 ルシールはそう考え込むようにいう。

「こっちだって、向こうの仕事や技術が導入されれば、仕事の数は増えるし、さらに新しい商売もできるかもしれんだろ」

「確かにね。 だからこそこの学園ができたからな。 とはいえお互いにまだ警戒もある。 この国の慣習、いや悪習もな...... マモルたちにはその架け橋になってほしいところだ」

「俺はそんな大層なことはできないよ。 せいぜい魔王の子守りがいいとこだ」

「そうか? こっちの世界のことも外の世界のことも知っている君なら仲介役は可能だろう。 向こうでもこちらでも引く手あまたじゃないか」

「そういうのは俺や橘さん以外にもいるし、こっちの世界から向こうに往き来してるやつもいるだろう」

「そう簡単じゃないぞ。 政治家や企業、一部の交易や冒険者ぐらいしか移動はしてない」

「そうなのか? やはりモンスターとかか」

「それもあるが、君は特別なんだよ。 冒険者だからって訳じゃない。 魔王の知り合いだから、自由に往き来しているのさ。 本来は互いの政府や国に許可申請して許可がおりないと自由には往来できないんだぞ」

「そうなのか......」

(そういえば、あっちにもこっちにも、互いの住人はあまり見かけないな。 隣り合ってるから往き来しているとおもいこんでいた)

「まあ、そういうことで君には期待してるんだ。 どっちの世界にもいけて事情もわかっているなら、互いに必要なものもわかるだろう」 

 そういうとルシールは笑顔でさっていった。

(なるほど、俺はかなり有益なのか、なら仕事はありそうだな。 アディエルエに出会ってよかったこともあったんだな)

 そう思い、アディエルエの席をみる。

「......愛と正義の心~ 私たちグリエミニョン~」

 そうアディエルエは陽気に口づさんでいる。

(もう、立ち直ってるな...... こいつはネガティブなのかポジティブなのかわからんやつだ)

 俺は窓から空の雲をみながらそう思う。
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