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サラトの部屋を訪れるハルキ
しおりを挟む夜も更けた頃、部屋の中で行ったり来たりと落ち着かない男がいた。
「強引すぎたか?」
立ち止まり、サラトは天井を見上げた。その時、部屋をノックする音が。
「ミナを連れてまいりました」
鼓動が強く刻み始めるのを感じながらも、サラトはBOSSとしての威厳を保ちながら、強く答えた。
「入れ」
「失礼いたします」
案内の男が入室し、促されてミナが入って来た。
その姿を見た瞬間、サラトは時間が止まったかのような感覚に襲われた。
「では、私は失礼します」
案内の者が扉を閉めて出て行っても、サラトはぼんやりとしてしまっていた。
薄青色の衣装に包まれたミナは、本当に美しかった。
今まで、いろんな女を抱いた。礼服を着た女なんて、見慣れているはずだった。
だが。
茶色がかった黒い細い髪は、少しウエーブがかかって、薄青色のケープの中で呼吸に合わせて微かに揺れる。
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薄く柔らかな礼服が、身体に密着している。30人もの無法者達を倒したなんて、信じられない華奢な身体に見える。
言葉が出なくて、ゴクリと喉が鳴った。
「…ミナ」
呼びかけたが、目を伏せたままサラトの方を見ない。
「……ミナ、俺は」
ミナが怒っていると思ったサラトは、弁解をしようとした。
「あなたには失望しました」
目を逸らしたまま強い口調で言われ、サラトは慌てた。
「あぁ、君が怒るのも無理はない。俺も驚いているんだ、こんな気持ちは」
サラトは必死に釈明しようとして焦る。
「……嘘つき」
それがミナの返答だった。
「嘘なんかじゃない」
サラトは身体中の血液が激しくうなるような感覚の中、ミナへの気持ちを叫んでいた。
「嘘なんかじゃない。愛しているんだ!」
ミナがその言葉に、辛そうな表情をする。
「申し訳ないと思っている。だが、君をどうしても手に入れたいと思ってしまった。誰にも取られたくないと、初めて思ったんだ」
必死で己の言葉を告げるサラト。
「……」
サラトの言葉はミナには届かないのか。そう、届くはずもない。
部屋は静まり返った。
「……ひとつだけ聞きたいことがあります」
「何でも答えよう!」
ミナからの問いに、サラトは安堵感を覚えた。
しかし、この後思ってもない質問を受けることになる。
「北の地から来た女を……殺したことがありますか?」
「!?」
サラトは戸惑う。
愛した女に嘘はつけない。
コクリと頷いた。
「ああ、ある……しかしそれは」
この人にだけは誤解を与えたくない。と言葉を選んでいた。
だが、ミナは待ってはくれなかった。
「許さない」
と、つぶやくミナ。
「ミナ?」
やっとミナの変化に気付いたサラトだったが、もう遅い。
ミナの着ている礼服が、大きく右に広がると同時に光る物が!
とっさに、大きく一歩後ろへ退いたサラトだったが、身体を庇った右腕に剣を受けてしまった。
鮮血が滴り落ちる。
サラトの驚く表情に胸がズキリと痛んだが、その気持ちを抑えて剣を構えた。
(こいつはミズキを殺した男だ!)
自分に言い聞かせて。
「ミズキがお前の所に行った後、ずっと後悔してた……もっと早くお前を殺しに来れば良かったんだ!」
剣先をサラトの目線に合わせる。
隙のない構えに、一歩、二歩と後ろに下がるサラト。
ハルキが突きを放った瞬間、サラトは後ろにあったベッドシーツを投げた。
そして、素早い動作でベッド脇の剣を掴むと引き抜く。
キィン!
素早いハルキの身のこなしに、サラトは剣で受けるのが精一杯だった。
「お前……誰だ?」
交わる剣越しに、2人の視線がぶつかる。
ミナにメロメロのサラトの姿は、もう何処にもなかった。
「北の地のハルキだ」
その瞳、声には、今までの『ミナ』の面影は無い。若いながらも風格があった。
「北の地の……BOSSか…何だってここに」
そう呟いた時、サラトの記憶の中でハルキと、ある女が1つの線で結びついた。
「……ハルキ?……幼馴染のハルキか?」
事の真相を理解し始めた。
「北の地から来た女が……言ってた幼馴染か。病気にならなかったら、ずっと一緒に居たかったと言っていた」
「…病気?」
「獣化侵病だった。あと半年も、もたなかっただろう」
「ミズキが……」
治療不可能な病気。混乱して、獣のように暴れるようになり、最後には人を食い殺す。呪いの様な恐ろしい病気だった。
ハルキは呆然と立ち尽くしていた。
「彼女はコウと名乗っていた。部屋を訪れた彼女は俺にこう言ったんだ。殺してほしいと」
「……」
「話を聞いて、俺は彼女の希望を叶えることにした。北の地が見える丘で……俺は彼女を殺した」
「……もういい」
「獣化侵病は発病して末期に入ると、周囲の者を食い殺す……愛情が深ければ深い程、より強く。それを恐れていたんじゃないか?」
腕を切られたサラトには、不思議と怒りは無かった。
「お前に何がわかるんだ!ミズキは西の地のBOSSを愛してしまったと俺に言ったんだ。俺はミズキを幸せにしたくてBOSSになったのに……見送るだけしか俺には出来なかった」
サラトは、苦しげに言うハルキに真実を知って欲しいと思った。
「俺は愛されていないよ」
「……黙れよ」
イラつくハルキ。
「いいから聞くんだ!」
サラトの強い口調にハルキが驚く。しかし、それ以上にサラトは自分の感情に驚いていた。
「……彼女が言っていたんだ。本当は違う名前だと。でも自分を呼ぶ幼馴染の声を鮮明に覚えておきたいから、偽名を使っていると……あれはきっと君のことなんだろうな」
「!」
ハルキはその言葉を聞くと同時に、持っていた剣を床に落としていた。
『……優しいから、あの人は私を殺せない。でも一緒に居たらあの人を殺してしまう』
サラトは彼女の言葉を思い出していた。
「でも俺はミズキに側に居て欲しかった。たとえ最後に食い殺されても、一緒に暮らしていたかったよ」
彼女に対してであろうか、寂しげにつぶやくハルキの言葉を聞いて、サラトは目を見張る。
そんな強い感情で人を愛した事が無かったと気付かされた。
『女は物じゃない』と言ったハルキの言葉を思い出していた。
ハルキの瞳から、涙がこぼれ落ちた。
キラキラ光るその涙は、頬を伝わって落ちていく。
「ミズキ……」
涙は一度にポタポタと落ちた。
その涙を見つめていたサラトの胸に、今まで無かった感情が呼び起こされたのだ。
涙ごとハルキを抱きしめたくなった。
愛おしい感情。
ハルキに手を伸ばす。
その時だった。
「悪かったな」
ハルキはサラトを見つめて言った。
ドキッと心臓が痛くなるほど強く打つサラト。
そう謝ったハルキは、落とした剣を拾い左手に持ち変えると、クルリと手首で回し自分の方に向けた。
そしてためらう事なく、自分の右手に剣を突き立てたのだ。
鮮血がポタリと落ちる。
だが、そのまま右へと引っ張る。傷はどんどん広がっていった。
血が滴り落ちて、床を赤く染めてゆく。
「なっ!何をやってるんだっ!」
サラトの手がハルキの行動を止めた。
理解出来ない行動に、驚きを隠せない。
「当たり前の事をしているだけだ。間違えて相手を傷つけた場合は、己にも同じ傷をつける」
なぜ止めるんだ?と不思議そうにサラトを見つめた。
「……あぁ、もう!お前みたいな奴、初めてだよ」
サラトはベッドシーツを切り裂くと、ハルキの腕にきつく巻きつけていった。
ハルキは不思議そうな顔をして、その行動を見ていた。
「なんだ、これは?」
眉を寄せて、訝しげに聞いてくる。
「何って、傷の手当てだよ。ああ、こんな深く斬らなくても…俺の傷は全然浅いんだが」
黙っているハルキに、サラトは手当てを続けた。
「救護室に行けば包帯と薬があるんだが、こちらから出向くと騒ぎになりそうだ。持って来させたほうが…」
慌てて考えを巡らすサラト。
「……くすり?」
不思議そうに、ハルキは呟いた。
「……もしかして、薬が無いのか?怪我をした時にはどうしてるんだ?」
「血を多く流せば死ぬ。それだけだ」
ハルキはキッパリと、さも当たり前のように答えた。
どうやら考え方から違うらしい。
シーツで作った腕に巻かれた包帯を、鬱陶しそうに眺めるハルキ。
「いいから、ほどくな。…いいな?」
なんて危なっかしい奴だと、サラトの鼓動は乱されてばかりだ。
「ハルキ?ベッドに座っているといい、薬を持って来させるから」
「いや、俺は……」
男だって分かったのに、親切にされて困惑する。
「傷が深いから、直接行った方がいいだろうか……」
などと、深刻に悩んでたりするサラトをハルキは不思議な気分で見ていた。
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