さよなら。またね。

師走こなゆき

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さよなら。またね。P.3(完)

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「どうかしたんですか?」

 帰るために制服に着替えて、校舎の出入り口に向かうと、止みそうにない雨を見つめるキリ先輩を見つけたので、声をかけてしまった。

「傘忘れちゃってさ、どうしようかなって」

 あたしは傘を持っている。しかも少し大きめの。

 あたしの家は、先輩と同じマンション。

「まあ、ナッツを、いや、ナツキを待って一緒に帰ればいいんだけどさ」

 言え! 言うんだ、あたし! 言っちゃえよっ!!!
「あ、あたし、傘、おっきいの持ってるんで、い、いいい一緒、に、帰りませんか?」

 言えた? 言ったんだよね? 言っちゃったよぅ。

 それを聞くと先輩は、自分の家はちょっと遠いけど大丈夫か? とか、あっちの方だけど良いのか? とか尋ねたみたいだけど、あたしの頭には何も入らず、ただ縦に振り続けていた。

 あたしの傘が大きいとはいえ、二人で入るためには作られていなくて、遠慮がちに傘の中に入っている先輩の左肩は濡れているだろうし、当然あたしの右肩も濡れている。でも、それすらも気にならないくらい、あたしはドキドキしていた。

 一つの傘に二人。黙々と歩く。

 できれば先輩から話してほしいんだけど、やっぱり話してくれない。

 もしかして、わたしと話すの嫌なのかな……。

 雨の中に居ると心も沈んで、そんな事を思ってしまう。

「……ごめんな」

 色んなことを考えていると、先輩はボソッとつぶやいた。

「おれ、自分から話すの苦手なんだ。だからさ、おれと一緒に帰っても楽しくないだろうけど……」

「そんなことないですよっ!」

 と目一杯否定すると、先輩の方が驚いていた。

「……まあ、そういうことだからさ、聞きたいことがあったら、答えるから」

 聞きたいこと? えっと……明日は晴れなんですか、とか? いやいや、これはダメでしょ。じゃあ、今日の数学で、分らないところが……これもダメっ。んー……あ、ひとつだけ聞きたいことが……ダメだよね、こんなこと聞いちゃあ。

「あの、ですね、ひとつだけ……」

 うつむきながら、絞り出すように声を出した。

 言っちゃダメっ。でも、聞きたい。

 先輩が次の言葉を待って、こっちを見ているのがわかる。

 あたしの唇が、震えているのがわかる。

「――なんで、ナツキ先輩と付き合ってるんですか?」

 ……言っちゃった。ごめんなさい、先輩。

 先輩は、黙って答えない。何も言わず、ただ歩いている。

 もしかしたら、付き合っているのを、なぜ知っているのか考えているのかもしれない。むしろ、それを考えていてほしい。

「――楽なんだ」

 え?

「ナツキと居るとさ、何だかわからないけど、楽なんだ。どこが好きなのかって考えたこともあるけど、分らなかった。顔が良いとか、性格が良いとか、理由をつけようと思えば出来るんだけど、そうじゃないんだ。……どう言えばいいんだ? えっと……そう、なんとなく。おれはなんとなくナツキが好き……なんだと思う」

 そっか、一緒なんだ。あたしの、先輩が好きな理由と。

 かなわないなぁ。

 でも、顔の事とか、身長の事言われるよりは、よっぽど良かった。

「じゃ、ナツキ先輩を泣かせちゃダメですよ。あたしもナツキ先輩好きですから」

 あたしは、先輩の方を向き、できるだけ元気よく、できるだけ明るく、努力して言った。

 それに対して、先輩は「おう」と笑顔で答えた。

「あ、おれの家ここなんだ」

 いつの間にこんなに歩いたのか、気付くと先輩の家である、マンションの前に着いていた。あたしの家でもあるんだけどね。

 いつも通っている出入り口も、先輩と一緒だと、なんだか新鮮に思える。

「おれの家、そこなんだけど」

 出入り口を抜けたところで、先輩が言う。

「服、乾かしていったら?」

 そ、それって……せ、先輩の家にお誘いですか?!

「い、いえっ、いいですよっ!」

 だ、だだだだ、ダメだよっ! ……ねぇ?

「あたしも、家ココなんで」

 あたしの家がこのマンションの四階だと伝えると、当然のように先輩は驚く。

「そっか、じゃ、いつでもどっちかの家で部活の打ち合わせできるな」

 そう笑いながら先輩は言う。でも、あたしはドキドキしながら、嬉しいような、恥ずかしいような、叫び出したいような気持ちで一杯だった。

「せ、先輩っ! そろそろ帰らないと、風邪ひいたら大変ですよ」

 あたしが言うと、思い出したかのような顔をし、先輩は帰る素振りを見せる。

「そうだった! じゃ、また明日なっ」

 ――走って行ってしまった。忙しい人だなあ。

 置いてかれたような、あたしは先輩の姿が見えなくなってから「また明日」とつぶやき、階段へと向かった。

 さっき、帰るのを忘れてたのって、あたしと居るのが楽だったからかなぁ? ……そうだったら良いなあ。

 先輩、やっぱり、あたしね、そんなに潔くないみたい。

 優柔不断っていうのかな?

 諦められない。

 明日からも、思い続けさせてください。

 ――ダメですか?

 わかってますよ。

 じゃあ、また明日。先輩。
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