さよなら。またね。

師走こなゆき

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さよなら。またね。P.2

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 ギコギコとノコギリで木を切る音が、学校の廊下に響き渡る。

 六月の暑さ。外で降ってる雨によるジメジメ。木を切るのに、制服はさすがにダメだろう、というので着替えた体操服は、体に張り付きとても気持ち悪い。

 なぜ、女子高生の乙女が木を切っているのかというと、これは、この高校の演劇部の大道具係としての伝統であり、運命なのです。

 でも、隣には憧れの先輩。彼が近くに居るから大丈夫っ! ……とはいかず、しんどいものはしんどい。

「大丈夫か? ユーミン」

 一通り切り終った先輩が、声をかけてくれた。それなのに私は、

「大丈夫じゃないですよぅ、キリ先輩ぃ」

 なんて、情けない声をあげてしまった。

「ん、じゃあ一休みするか」

 そう言って、あたしたちは、廊下の端に二人並んで座った。

 あ、さっきから言っている、ユーミン、キリは当然本名じゃない。キリ先輩は百鬼なきりゆうっていう名前があるし、あたしもどこかの妖精みたいな名前ではなく、一二三ひふみ由美香ゆみかって名前がある。

 ようするに呼び合いやすいための、あだ名。これも、この高校の演劇部の伝統であり、運命なのです。

「ボーッとしてどうした?」

 キリ先輩は、心配そうに私の顔を覗き込み、目を合わせた。

 か、近、かっっっ……。

「だ、大丈夫でふょっ! アハ、アハハハハ」

 突然だったから、噛んじゃったよ……。

 不思議そうな顔をして、キリ先輩は座っていた場所に戻って行く。

 ……話す事が見つからない。

 二人の間に沈黙が流れる。

 いや、おがくずのついたジャージ姿で、男女が学校の廊下で座ってるだけだから、ムードも何もないんだけど……それでも……。

 さっきよりも、勢いの強まった雨の音が聞こえる。

 そういえば、近くの教室で、この人の衣装は、この色で。とか、いーえ、ピンク系のほうですー。とか議論をぶつけ合っていた他の部員の声が今は聞こえない。

 速くなる心臓の鼓動の音。これって、隣に聞こえないよね?

 廊下の壁や床のコンクリートが、ヒンヤリと体温を奪ってゆく。

 それでも、汗はひかない。

 話すことが思いつかない……沈黙が辛いよう。できれば、先輩から話してほしいなあ。

 そんなことを考えながらも、こんな時間も良いなあ。なんて思ってる自分もいる。

 ……色々考えすぎて、何が何だか分らなくなってきた。

 …………もうダメ。何か話そう。何が良いかな?なんでも良いや。よしっ話す。話すぞっ!

「あ、あのぅ」「あのさ」

 さっきの気合いとは裏腹に、あたしが出した小さな声と同時に、沈黙が辛かったらしい先輩も声を出した。

「ど、どうぞ」「どうぞ」

 これも同時。そこから、譲り合いの戦いが始まった。

 あたしが「先輩からどうぞ」と言えば、

 先輩は「いやいや、ユーミンからどうぞ」と言う。

 たぶん、先輩も本当は話すことがないんだろう。

 二人ともムキになって、言い合いみたいになってきた。

 でも、こんな言いあいもたまには良いなあ。なんて思ってる、あたしもいる。

 ……なんでも良いのか、あたし?

「こら、そこの二人! サボらないっ」

 雨の音を掻き消すくらいの、女の人の大きな声がして、あたしたち二人は、同時にビクッと肩を揺らした。
 演劇部の中でこんなことができるのは、あたしは一人しか知らない。

「ナッツ先輩?」

 疑問形で振り返ると、予想通りの人がこっちに向かって歩いてきていた。

「他に誰がいるってのよ。それに、そんなに小さな声じゃ、舞台に立てないわよ」

 言いながら近づいてくるにつれて、威圧感が増してくる。だってナッツ先輩、女子の中では、身長が高いんだもん。

 そんなことを思っていると、ナッツ先輩は少し呆れたような顔をしていた。

「ほら、ラヴラヴしてないで、早く大道具作ってよ」

「ら、ラヴラヴなんて、してないですよっ!!!」

 いつもは出さないような大きな声で、言い返してしまった。それを見て、ナッツ先輩は少し驚いていた。キリ先輩は何もなかったかのように、ニコニコしてるけど。

 ラヴラヴなんて……そりゃ、少しは良いなあ、なんて思ったけどさっ。

「と、とりあえずユーミンは、もっとがんばってよね」

 また、呆れたような顔に戻り、言われてしまった。

「ちょっと、待てよ」

 それに対して、すかさずキリ先輩がフォロー。

 先輩いいいいい。ありがとうございますっ。

「これ以上頑張ったら、ユーミンに筋肉がついちゃうし……死んじゃうだろ」

 キリ先輩は、これ以上ないってくらいのキメ顔で言った。

 へ? 死? ……何言ってんですか? 先輩?

 キリ先輩の言葉を聞いて、当然のようにナッツ先輩は呆れ顔のまま。

「なんで、大道具係やってんの?」

 似たような質問を、部活に入って一番初め、係を決める時にも聞かれたっけ。その時は、

「祐先輩が好きだからですっ!!!」

 なんて、胸を張って言えるはずもなく、

「おっきいのが好きだから、です……」

 って自信なく言ったけど、その後、部員の男子がザワザワしてたなあ。なんでだったんだろ?

「はぁ、じゃあ、あなたが倍がんばりなさい」

 ナッツ先輩はキリ先輩に向かって、ビシッと指をさし言った。

 さすが演劇部。様になってる。

「おまっ、ひでーなー」

 キリ先輩が冗談っぽく笑いながら言う。それに対し、ナッツ先輩も似たような笑い方をした。

 この人はナッツ先輩。本名はみぎわ夏季なつき。さっき言ったとおり、身長は平均的な女子より高くてカッコイイ。普通より一ヵ月遅れで入部したあたしを、特に気にかけてくれている優しい先輩で、衣装係。メインは役者だけどね。

 ……あと、キリ先輩と付き合ってる人。部内恋愛は一応禁止だから、隠してるみたいだけど、バレバレ。みんな知ってるもん。

 あたしは、大道具係になってから知ったんだけどね。

「……もう良いっ! 先生が衣裳係以外は今日は解散って言ってるから、さっさと帰りなさい。それだけっ」

 怒って行っちゃった。さっきと言ってること違うけど、良いのかな?

 そんなナッツ先輩を無視するかのように、キリ先輩は木材や工具を片付けだした。

「良いんですか?」

 あたしも片付けながら尋ねると、先輩は笑いながら答えた。

「大丈夫大丈夫。いつもの事だし、明日には機嫌直ってるだろうしさ」

 ……良いなあ。
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