月夜の下で踊りましょう

師走こなゆき

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 そろそろ日付が変わる頃だろうか。私は河川敷の道路を歩いてゆく。
 
 舗装されたコンクリートの道の両側には、私の腰あたりまで伸びた名前の知らない雑草が列をなしている。かなり伸びてきているように見えるから、そろそろどこかの誰が、草刈りをしてくれるのだろう。

 草の間に、たまに花も見える。この白い花の名前を言えたなら、少しは女の子らしいのだろうか?

 九月も中頃、真夏日という言葉を何度聞いたか分からない夏も、そろそろ終わり。昼間は暑い日もまだあるけど、夜は涼しくなり、上は半袖のTシャツ、下はジャージの長ズボンという格好では少し寒いくらい。

 十六歳の女子がこんな色気もなにもない、人目を気にしていないような格好をしていいのかと考えるが、そもそも誰かに会いに行くのでもなく、すれ違う人も殆ど居ないのだから気にしないことにした。

 目的は何も無い。ただの夜の散歩。河川敷の道路を一周して帰るだけ。これは私の日課。

 河川敷を少し外れた所に小さな公園がある。そこのベンチに座って、少し休むのも私の日課。ただし、その公園に先客がいた場合はその日課はなくなる。深夜に公園に居るような人間とは怖くて関わり合いになりたくない。まあ、向こうも深夜に散歩しているような人間とは関わり合いになりたくないだろうけど。 

 公園に近付く。公園の外を一周し、誰もいないのを確認してから、公園のベンチに座る。

 一息ついて、辺りを見回す。滑り台、ブランコ、シーソー、砂場、ベンチ、鉄棒、そして、子供用の椅子なのか黄色やピンクの名称の分からない円形の小さな台が五つサークル状に設置されている。それだけの小さな公園。

 今ここで時間を潰せと言われたら、何をすればいいのか思いつかない。こんな公園で楽しめていたのだから、小さい頃の私はすごいと思う。

 遠くの車道に車のライトが見える。昼間より少なくなったとはいえ、こんな夜遅くても車は走っている。何の仕事をしている人なのだろう? わたしの知らない生き方をしている人たち。少し、憧れる。

 ふと、遠くに見えるライトから焦点をずらしてみる。ぼやけた視界の光はすごく遠く、別の世界にあるかのような感覚がして、背中から肩の辺りがゾワリと震えた。

 空を見上げてみる。今日は月が大きく見える。中秋の名月とやらはそろそろだっただろうか?

 掴めないかと、月に向かって手を伸ばして、掌を握ったり開いたりしてみる。月は掌に隠れるけれど、指はただ空を切る。

「当然か」

 私は少し乾いた笑いをこぼし、ひとつ息を吐いた。

「こんばんは。今夜は月が綺麗ですね」

 身体全体が驚いてビクっと跳ねた。そのままの勢いでベンチから立ち退き、振り返ろうとして躓き、尻もちをついた。

「こんばんは」

 いつの間にか、ベンチの向こうに立っていた女の子は、私を驚かし、尻もちをつかせたことに対して悪びれる様子もなく、涼しげにもう一度挨拶をした。

「こ、こんばんは」

 彼女の優雅な態度に、私は文句も言えずに、地面に座り込んだままで挨拶を返す。激しくなった心臓の鼓動はまだ収まっていない。

 彼女はピョンとベンチを軽くベンチを飛び越し、私に手を差し伸べた。私はその手を取って立ち上がる。

「あ、ありがと」

 そもそも、彼女が驚かしたせいで地面に座り込んでいたのだから、お礼を言うのもおかしいのかもしれない。

 彼女の歳は私と同じか、少し上だろうか? 私より少し高い身長。大人っぽく見える顔立ちからそう感じる。フリル部分のついたスカートのワンピース。Tシャツとジャージという私とは対称的な可愛らしい服装。私には似合わないであろう、私の着ない服。

 急に彼女は私の顔を覗き込んだ。

「ひっ……何っ? 顔、近いよっ」

「だって、あなたがわたしの顔をずっと睨んでくるんだもん。お返し」

 言って彼女は子どもが悪戯をしたときのように、無邪気に笑った。大人びた彼女の顔立ちには少し似合わない。

「さて、お嬢さん。お名前は?」

 優雅にベンチに座り、手で隣に座るように私に促す。

神崎かんざき綾乃あやの
 
 少し距離を開けてベンチに座り、私は名前を伝えた。
 
 なぜ、私は名乗ったのだろう? こん深夜の公園で突然見知らぬ相手に声をかけるような怪しい人間に。彼女の押しに流されたのかもしれない。

「ふーん。神崎綾乃。うん。アヤノっていい名前。響きがカワイイ。似合ってるよ」

 初対面で慣れない褒められ方をした私は「あ、ありがと」と小さな声で返すしかできなかった。

「でも苗字は嫌い。だって神って入ってるから」

 初対面で慣れない貶し方をした私は何を言い返せば良いのかも分からず、黙っているしかできなかった。
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