彼方の大地で綴る【四章まで完結済み】

しいたけ農場

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第一章 エトランゼ

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 その翌日、怪我があったとはいえカナタが目覚めたのは既に日が充分に高くなった時間だった。

 横を見れば、同じように倒れるように眠っていたトウヤはいない。不思議と焦りが出てきて、そこいらに転がっているヨハンのガラクタを足で押し退けながら飛び起きる。

 急いで駆けていこうとすると、謎の黒い塊に足をぶつけて顔から派手に転んでしまう。


「もう! これ、この間ボクが持って来たオブシディアンじゃん! 使うどころか片付けもしてないし!」


 黒曜石の別名にして、固くて加工し辛い上にエイスナハルの教えでは穢れた金属とされているため、エレクトラムと並んで市場価格の低い鉱石に悪態をつきながら、どうにかこうにか寝床から抜け出す。

 店の方に顔を出しても誰もいない。疑問に思う間もなく、窓の外に見知ったローブ姿を見つけてカナタは外に出ていく。

「ソーズウェルでは五大貴族のモーリッツの指示の元、大規模なエトランゼの粛清があったようです」

 扉を開けて、照り付けてきた春の陽に目を細めていると、ヨハンのそんな声が聞こえてくる。

 見れば彼は店の前に設置された、祭壇のような怪しい装置――台の上に水晶が乗せられ、下に開けられた穴から一本の硝子の管がその更に下部に設置してあるフラスコに届いている。

 フラスコの中身は空で、何度かカナタも見たことがあるが、何に使うのか、何の意味があるのかは判らない。

 そんなものをいじりながら、横に立つエレオノーラと話していた。


「粛清といっても過激なものではなく、彼等に街に滞在するための税を支払わせるものだそうです。それが払えなければ街から強制退去させる、と」

「ふむ。そうすることによって力のあるエトランゼはソーズウェルに残り、そうでない者達が野に放たれるということか」

「適当な判断だとは思います。もし全てのエトランゼを追いだしたとしたら、当然大規模な反抗を受けることになる。例えソーズウェルにいる兵力の方が上でも、ギフトを持つエトランゼと正面から争うのは避けたいでしょうから」

「だが、それでも大多数は街を追われることになるだろう?」


「はい」と、フラスコを取り外して中身を覗き込みながら答えた。

 カナタの目には空にしか見えないが、エレオノーラも同じようで、彼の行動に対して首を傾げている。


「難民となったエトランゼはしばらくは放浪するでしょうが、やがて奪うしか食べていく方法がないことに気付くと、野盗となるでしょう。そうなれば充分な警備が敷かれた王都や五大貴族の街はともかく、この辺りやもっと遠くの集落は危険にさらされます」

「……何故ヘルフリート兄様はそんなことをしたのだ。こうなることぐらいは判っていただろうに!」

「妥当な線で考えれば、長兄の不在に自分を後押しした貴族達の圧力、でしょうね」

「……五大貴族か」


 と、そこでようやくエレオノーラがカナタに気が付いた。

 最早何の話をしているのかちんぷんかんぷんだったカナタは、必死で理解しようと努力をしているのだが、どうにも上手く行きそうにはなかった。


「おはよう!」

「うむ、おはよう」「おはよう」


 取り敢えず気持ちをリフレッシュするために大声で挨拶をして、それから話題に入り込んでいく。


「何の話してたの?」

「世間話だ。今のソーズウェルの状況と、この件の黒幕が何処にあるかについてだな」

「それって世間話じゃないよね!?」

「いや。今の俺達には何をどう足掻いてもそれらに触れる術を持たない。だから世間話だ」

「……あ、そう」


 カナタのジト目を何処吹く風で、ヨハンは作業を終える。


「それでヨハン殿。休憩は終わりにして話の続きと行きたいのだが」


 さっきの小難しい話が休憩で、今度はまた違う小難しい話を始めるのだという。

 それを聞いただけでカナタは頭が痛くなってきたので、早々に退散すべく二人に背中を向けた。


「ちょっと待て」

「うぎゅ」


 襟元を掴まれて奇妙な声が漏れた。


「こっちの準備はできたぞ。……あんたも女の子と遊んでないでさっさとしろよ」

 そこに、今度は店の裏手から、軽装鎧を身に纏い、腰に剣を付けたトウヤが現れる。荷物を肩に担ぎ、今から旅にでも出るといった風体だ。


「別に遊んでいるわけじゃない。そこで改めて確認なんだが、お前達二人はこれからどうする?」

 二人の顔を交互に見ながらヨハンがそう尋ねる。

 エレオノーラも何も言わなかったが、彼と同じ顔をしていた。


「これから俺はエレオノーラ様と行動を共にするつもりだ。目的としてはエレオノーラ様と大半のエトランゼの安全の確保と、消えたオルタリアの長兄の行方の捜索と黒幕の調査だが……。まぁ、後者に関してはすぐにできることではない。おいおいだな」

「これからは人同士の争いになる。下手をすれば戦争が起こるかも知れん。そなた達の活躍で命を救われたのは事実だし、頼りになる者達だと思っているが、無理に巻き込みたくはないのだ」

「お前達はソーズウェルからは追われる身だが、そこは心配するな。国外逃亡の当てぐらいはある」


 カナタにしてもトウヤにしても、別段この国にこだわる必要はない。むしろ他の国ならば、エトランゼがより暮らしやすい場所もあるという噂も耳にしていた。


「逃げても、何にも変わらないよ」


 そう言ったのは、トウヤだった。

 顔を上げて、ヨハンを睨むような勢いで見つめている。


「もし、あんたら二人がこの国を、俺達エトランゼの状況を少しでも変えてくれるって言うなら、俺はそっちを手伝う」


「ボクも。お姫様を助けた時点でもう覚悟はできてるよ!」


 二人の言葉に、ヨハンは短く「そうか」とだけ答える。

 一方のエレオノーラは感動しているように、両手で口を覆い、嬉し涙すら流しているような有り様だった。


「そ、そんな泣かないでくださいよ!」

「す、すまぬ。だが、妾も一人ではないということが嬉しくて……」


 そんな二人のやり取りを横目に、トウヤはヨハンの元へと大股で歩み寄る。


「で、俺達はともかく、あんたはどうなんだよ? 俺も噂は聞いてるよ、変わり者の魔法道具屋がなんで急にお姫様の手伝いを」

「理由はそのうちに説明する。それよりもそろそろ真面目に出発の準備をしたい」

「それはいいけど、何処に行って何をすればいいんだよ?」

「まずはフィノイ河を越える。そのためには船を使うか、橋を渡る必要がある」


 フィノイ河はオルタリアを含む大陸を横断するように流れる巨大な大河で、そこから発生した幾つもの支流がこの国や周辺諸国の発展の源となってきた。

 そこから点在するように村落が広がり、そこで取れる農作物はこの国の根幹を成すといっても過言ではない。

 そして川の向こうもオルタリアの領土なのだが、河を越えなければならない関係上支配力は低く、ヘルフリートが取った政策の影響力もそう高くはないだろう。


「成程な。一先ずは南の方に身を隠すってわけだ」

「そういうことだ。それ以降のことはその先で話すことにする」

「ふーん。まぁ、いいけどさ。自分の考えをあんまり話さないのって、正直信用できないぜ」

「俺を無理に信じる必要はない。自分を信じて、必要だと思うことをやってくれれば道は拓ける」

「よく言うよ」


 トウヤとの会話はそれを最後に中断された。


「カナタ。お前にもやってもらうことがある」

「なに?」

「着替えだ」

「……服くれるの?」


 カナタの一張羅は昨日の件でぼろぼろになっていた。トウヤも同様なのだが、適当に調達すればいいと考えている。

 やはり新しい服があると聞けば、年頃の少女としてはテンションが上がるのだろう。


「ああ。お前が寝ていた部屋の奥の棚――」


 そうしてヨハンの指示通りに事が終わる頃には、時間は既に昼を回り、一行がフィノイ河に到着するころには既に西日も落ち掛けていた。
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