彼方の大地で綴る【四章まで完結済み】

しいたけ農場

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第一章 エトランゼ

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「つまりだな、ヨハン殿」


 部屋の外に出ると、エレオノーラがいた。

 どうやらカナタの見舞いに来たようだが、何故かヨハンを呼び止めてお喋りをする気満々のようだ。


「妾も何かをすればヨハン殿に褒めてもらえるわけだ。頭を叩かれずに」

「……覗いていたんですか?」


 既にそれがもう、頭を叩かれるに充分な案件のような気がするのだが。


 それにしてもあの拳骨が余程ショックだったのだろうか。

「……二人がいい雰囲気だったからな。入り込むのも無粋と思ったのだ。しかし誤解するなよ! 決して妾から見て男女のそれではなく、家族のようだったと、そう思えたのだ」

「別にそんなことはどうでもいいでしょう。で、素っ頓狂なお話しはそれで終わりですか?」


 立ち去ろうとするヨハンのローブの裾を、エレオノーラはきゅっと掴む。


「ヨハン殿、妾に厳しくないか?」

「気の所為でしょう」


 身体を向きなおすと、エレオノーラは「こほん」とわざとらしい咳ばらいを一つ。


「それではヨハン殿。このエレオノーラがそなた達の活躍に報い、存分に働いてやるとしようぞ! さあ、何かやることはないか? さあさあさあさあ!」

「ありません」


 詰め寄るエレオノーラをそう一蹴すると、彼女は満面の笑顔のまま固まった。


「なんでだ!? 妾はこう見えても、一応はこの中で最も偉い立場にあるぞ! 無論それをひけらかすような真似はせぬが、だからこそやるべきことが、妾にしかできないことが幾つもあるのではないか!?」

「今は特には」


 既に暁風との交渉は済んでいる。今そこにエレオノーラが出ていったとしても、余計な反感を買うだけだろう。

 彼女に出番があるとすればそれはイシュトナル要塞に攻め込む時だ。


「むぅ……。しかし、妾も固く決意してこの地に参った身だ。ここで置物のように鎮座しているわけにはいくまい!」

「そうですね。ですから」


 希望を得て、ぱっと明るくなるエレオノーラの顔。

 その両肩に手を掛けて、ゆっくりと反転させる。彼女の身体は、カナタの部屋に。


「しっかりとカナタを見舞ってやってください。後少ししたらお腹が空いたと騒ぎ始めるので、食事もお願いします」

「いや、それは構わぬが……。妾はこう見えても姫だぞ?」

「家臣の様子を見て鼓舞するのも、主たる者の立派な務めです。最優先としてやるべきそれを果たせないエレオノーラ様に、これ以上回せる仕事もないでしょう」

「ほう。そう言われては断れぬな。元よりカナタは妾の大事な友であるからして、手は抜かぬ!」


 胸を張って、部屋に飛び込んでいくエレオノーラ。


「前から思ってたんだけど、あんた姫様に厳しいよな?」

「……今度はなんだ」


 前を見れば、今度はトウヤが廊下の先に立っている。

 その表情は思いつめているようにも見えて、そのまま素通りするというわけにもいかなさそうだった。


「どうした?」


 そう尋ねても、しばらくの間トウヤは何も答えない。

 そうして数秒ほどしてから、ようやく喋りだした。


「ヨシツグさん達と手を組む話になったんだって?」

「ああ、そうだな。協力してイシュトナル要塞を奪取する。その後のエトランゼの扱いについてはこれから詰めていくところだが……。元々はやらなければならなかったことだ。特に問題はない」

「……俺に、何か言うことがあるだろ?」

「なんの話だ?」

「俺はあんた達を裏切ろうとした。あんたや姫様の言葉よりも、あの人の言ってることを優先しようとしたんだ」


 俯きながらそう口にする。


「ヨシツグさんの言葉が正しいって、思っちゃったんだ。エトランゼは差別されてるから、俺達は俺達で集まって国を作らなきゃならないって」


「理想的な言葉だ。そうすれば、元居た世界と同じように生活できる。それは多くの人が望んでいることだからな」

 ヨシツグの思想を否定することはできない。

 誰だって、帰りたいのだ。これまで暮らしていたあの場所に。


「でもあんたは違うだろ? エトランゼだけがよければいいってわけじゃない」

「それは、そうだな。その名の通り俺達は来訪者だ。俺達がやるべきは奪って支配することじゃない。どうやって共存するかを考えることだ」

「でもさ……!」


 トウヤの言いたいことは判る。

 差別も、今の状況も全てはオルタリア側が招いたことだ。

 そんな連中に頭を下げろと言われても、納得できる人の方が少ないだろう。


「……あんたはどっちの味方なんだよ?」


 絞り出すような声だった。ヨハンに何かを問おうとして、言葉にならずに、それでも正しさを求めた少年から出たのは、たったそれだけの質問。


「どちらでもない。エトランゼの生活をよくしたいと思っているし、その為にもともとこの国に住んでいた人々が傷つくのは許せない。姫様も同じ考えだろう」

「その答えってズルくないか?」

「否定はしない。だからお前はお前が正しいと思ったことをすればいい。ヨシツグの思想を正しいと思ったのなら、そっちに進むのも一つの方法だろう」

「……俺には判らない」

「ああ。俺にも何が正しいのかは判らん」


 そう言った瞬間のトウヤの顔は、この場にカナタを呼んで見せてやりたいほどに滑稽なものだった。

 きょとんとして、彼より少しばかり身長の高いヨハンを見上げていた。


「なんだよ、それ」

「それはそうだろう。お前に判らないのに、なんで俺に判る?」

「そりゃ……。あんたは落ち着いてて、何でも判ったような態度だし……。だからカナタも姫様もあんたを信頼してるんだろ?」


 呆れたような大きな溜息が一つ。


「そんな便利な奴がいてたまるか。俺は超人じゃないんだぞ。今だって今後をどうすればいいのかで頭を悩ませてる」

「なんだそりゃ……。もう答えが出てるもんだと思ってた」

「そんなわけあるか。今回だってお前等が上手く立ち回らなければもっと苦労してたんだからな」


 一つ、トウヤは勘違いをしていた。

 目の前に立っている彼は、決して万能ではない。未来を見通す目を持っているわけでも、どんな状況でも容易く解決できることもない。


「そうは見えないかも知れんがな。必死なんだよ、こう見えても。そして、それはまだ続くんだ」

「……そっか」


 言ってから、トウヤは思わず吹き出してしまう。それを見てヨハンは若干ではあるが、不機嫌そうに眉を顰めた。


「……とにかく、そういうことだ。別に俺の言葉が正しいわけじゃないし、むしろ間違ってるかも知れない。だからお前は自分で考えて道を選べ」


 ヨシツグ達も過激な部分はあるが、エトランゼの未来を憂い、そして同胞を一人でも多く救いたいというのは本心だろう。

 トウヤのギフトは強力で、真っ直ぐな彼の心は代えがたい。

 そんな彼の力を欲するもの、傍に置いておきたい人物は決して少なくはない。

 所詮、彼の目の前に立っているのは残骸に過ぎない。

 落ち着いているのではなく、自分がないだけ。他人の運命を左右することを恐れて、流されることを望む。

 それでも何処かに、熱を帯びる部分が残っていたからこそ、今回の話に力を貸しだけに過ぎない。

 悩んで迷って、そしていつか自分の道を見つけるであろう若者は、ヨハンの目には眩しすぎる。


「……俺達には、お前の力は必要だがな」

「……欲しいのは俺のギフトだろ?」

「違う」


 そこだけは、はっきりと否定した。

 何だかんだ言いながらカナタを助けてくれる彼を、そして自分に非があると判ればこうして謝罪に来る少年の心根を、ヨハンは買っていた。


「トウヤという人間の力が必要だ」


 そう口にされて、トウヤはしばらく固まっていた。

 自分の中でその発言を咀嚼し飲み込んで、それでもまだ答えは出ない。


「……変な奴だな、あんた。流石カナタの師匠だ」


 だから結局、そう言って小さく笑うことしかできない。

 でもそれでもいいのだと、その時は思うことにした。
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