彼方の大地で綴る【四章まで完結済み】

しいたけ農場

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第一章 エトランゼ

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 無邪気な少女の声でウァラゼルは喋り続ける。

 ゆっくりとヨハンに近付き、その胸に指を突きつける。


「ここにあるはずの贈り物がないの? いいえ、少し違うわね。あなたのそこには確かにそれはあって、でも空っぽなの。不思議ね! うーん……そうね、誰にそれをされたの? 可哀想! そんなことをするのはきっと『水月』か『残夢』とかよね? ウァラゼルもあの二人が嫌い! あの二人、弱いくせに意地悪ばっかりするんだもの!」


 彼女の、ウァラゼルの言葉は半分も理解できない。

 それでも彼女に浮かんだ酷薄な笑顔が、次に取るであろう行動を用意に予測させた。


「辛いでしょう? 悔しいでしょう? ウァラゼルが楽にしてあげる。ウァラゼルがあなたを殺してあげる」


 即座に放たれたショートバレルの弾丸が、ウァラゼルの身体に突き刺さる。

 炸裂する榴弾を装填したためそれは派手に弾け、その幼い少女を吹き飛ばした。

 そこに間髪入れず、トウヤの放った炎がウァラゼルを包み込んだ。

 情け容赦ない勢いの炎と、それが消えてからの斬撃。

 しかしそれは、皮肉にも自分達が彼女の前で如何に無力かを知らしめることとなってしまった。

 その攻撃はまるで硬質の金属を叩いたかのような感触がした。

 僅かに後ろに下がったウァラゼルだが、その肉体には一切の傷はない。

 それどころか、今の攻撃など全く通じていないかのように、平然とした顔をしてそこに立っていた。

 真っ二つに折れ飛んだトウヤの剣が、その絶望を端的に表している。


「うふふっ。そう、そうなの。遊びたいのね? それじゃあ、追いかけっこをしましょう、お人形遊びをしましょう! 今までずっと眠らされていたんだもの、今までずっとずーっと退屈に耐えていたんだもの。遊びたいわ、たくさんたくさんたくさんたくさん、遊びたいわ!」


 未知なる力の籠った声が、内側から身体を撫であげる。

 無邪気な少女の声は、それだけで聞く者の精神に侵入し、ぐちゃぐちゃに搔き回してしまいそうなほどに恐ろしい。

 それが、彼女が悪性たる由縁。

 そこに在る、それだけであらゆるものを冒して壊してしまう。


「……撤退だ。全軍、撤退だ!」


 ヨハンの声に反応して、エレオノーラが各所に指示を飛ばす。

 彼女の声を聞いた兵達は、ある者は動けない敵味方をお構いなしに助け起こして、迫りくる異形から逃げ出した。


「追いかけっこね! いいわ、わたし追いかけっこ大好き! でもね、一つだけ、一つだけ心配なの? 千年も前のことだったかしら? あのね、えっとね、わたし追いかけっことっても得意だから」


 ウァラゼルの掌に、薄紫色の極光が集まっていく。

 それはカナタのギフトと同質に見えるが、それが持つ色と相まってか、比べ物にならないほどに禍々しい。


「……不味い……!」


 彼女がその力を解き放とうとするだけで、大地は悲鳴を上げ、地面には幾つもの亀裂が走る。

 柔らかいケーキ生地に無数のナイフを突き立てたように、ひび割れた大地はその姿を無残なものへと変えていった。


「悪性のセレスティアル」


 掌に生まれた光は、無数の閃光となって放たれた。

 無造作に、無差別に拡散するそれは、たちまちに百を越えて、逃げようとする者達の背中に容赦なく突き刺さる。

 各所から悲鳴と、絶望の声が響く。

 そして、その光はすぐ傍にいるヨハン達にも容赦なく襲い掛かった。

 トウヤは折れた剣で弾き、ヨハンもショートバレルを盾にしてそれを防ぐ。

 だが、エレオノーラだけは、それに対する対応が遅れた。


「姫様!」


 紫色の極光が、ウァラゼルの放つセレスティアルがヨハンの身体に突き刺さる。

 それは刃と同じ切れ味で内臓を破壊する。

 それは炎と同じ熱で身体を焼き焦がす。

 それは闇と同じ虚無で身体を削り取る。


「ヨハン殿!」

「トウヤ、姫様を連れて逃げろ……!」

「あんたはどうすんだよ!?」

「時間を稼ぐ」


 血の滴る腹部を抑えながら、ヨハンは対聖別騎士に使おうとしていた切り札を取りだす。


「こいつで時間を稼いで逃げる。威力は相当なものだから安心しろ。むしろ巻き込まれないためにも離れてろ」


 平べったい紐のような光る何かが、地面に付けたヨハンの手から伸びて、ウァラゼルとヨシツグ、ナナエを包囲する。

 それは無数に絡まり合い、結界を作って彼女の身体を包み込むように縛り上げた。


「ぐっ、これは……!」

「ちょっと、ヨシツグ!」


 悲鳴を上げる二人とは裏腹に、ウァラゼルはその結界に締め上げられても苦悶の表情一つ見せることはない。


「これはなあに? 新しい玩具? 凄いわ、凄い! ウァラゼルはこんなの知らないわ! これってあなたが作ったの? 贈り物をなくしてしまったあなたが!」

「多重結界……!」


 これに包まれれば恐らくは聖別騎士とてまともに動けない。とはいえ効果範囲はそれほど広くはないため、三騎に使うことはできなかったが。


「トウヤ、行け!」

「わ、判ったよ! ほら、姫様も!」

「し、しかしヨハン殿……!」


 なおも行くのを躊躇うエレオノーラに、トウヤはその肩を強く掴み、彼女が痛みに顔を顰めるのもお構いなしに無理矢理引っ張った。


「俺達が残って何の役に立つんだよ! あんたは姫だろ? だったらヨハンだけに構ってる暇なんかないはずだ! 逃げて、逃げた奴等を纏めて、それからどうするかを考えないといけない立場だろ!」


 その一言は容赦なくエレオノーラの心を揺さぶり、彼女は生気が抜けたかのような顔でこの惨状を見渡すと、黙ってトウヤに引っ張られるままにその場を後にした。

 トウヤの誘導で二人が異形を退けながら要塞から退避したのを見届けて、ようやくヨハンは一息を吐く。


「これで、あの時とは違う。……状況だけで言えばもっと悪くなっているかも知れんが」


 少なくともヨハン一人だけが生きながられるようなことはなくなった。

 彼が最も恐れていた光景を見ずにはすんだ。


「ねぇ、あなたのお名前が知りたいわ。わたし、驚いちゃった。この結界凄いのね! 出ようとしてもちょっと力を入れたぐらいじゃビクともしない!」


 結界の重圧は強まり、本来ならばもう中にあるものは拉げて形も残らないほどの圧力を与えているはずだが、ウァラゼルの表情には苦痛の気配はない。


「――そう、ヨハン! 彼等が呼んでいたものね! ねぇ、ヨハン! あなた凄いわ、頑張っているわ! 早くこの結界を解いてくれたら、わたしが褒めてあげる! 頭を撫でてあげるわ!」


 答えないヨハンに、ウァラゼルは焦れたのか、初めて不愉快そうに表情を変えた。


「ウァラゼルの言うことを聞かないお人形は嫌いよ」

「なにっ……!」


 たったその一言。

 それだけで、結界に一気に罅が入った。

 今のところのヨハンの最大の武器を持ってしても、彼女の気まぐれなしでは足止めをすることすらままならなかった。


「だから、ちょっとだけ、おしおき」


 結界が砕ける。

 ウァラゼルから伸びた悪性のセレスティアルが、無数の刃となってヨハンに襲い掛かった。

 一度上空に伸びて、それから断罪するかのように落ちてきた数百の刃が地面ごとヨハンを打ちのめし、舞い上がった砂埃が視界を塞ぐ。

 突き刺さったままのセレスティアルを見て、ウァラゼルは満足そうに笑った。


「死んじゃったのかしら? でも、どっちでもいいわ。だって遊び相手はまだまだたくさんいるんだもの!」


 彼女が両手を振るうと、異形の群れが行進を止める。


「遊びましょう。お人形さん達。ずっと、ずーっと昔と同じように、たくさん、たくさん遊びましょう。ウァラゼルを楽しませてね」


 花が咲くような笑顔で、誰に言うわけでもなく、彼女は呟いた。

 当然、それに答える者はない。

 ただ、この世界を統べる主の帰還に歓迎したのか、それとも全てを屠り滅ぼす怪物に戦慄したのか。

 彼方の大地と呼ばれる世界は、鳴動を続けていた。
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