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第一章 エトランゼ
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静かな建物の中にがたがたと何者かが侵入してきた不躾な足音が響き、それに顔を顰めながらも、家の奥にいる部屋の主はそこから動こうとはしない。
例えそれが危険な、強盗や何かの類であろうとも彼には何も関係のないことだった。
何が来ようと、彼を害することなどはできはしない。そうまでの絶対的な自信と裏付けを彼はこの世界に来て手に入れてしまっていた。
エトランゼ、来訪者達が持つギフトと呼ばれる力。
彼が得ていたそれは、知りうる限りでは最強と呼んでもいい力だった。
そして、その力は彼から全ての気力を奪い去った。
人と関わりを持つことで寄せられるのはどうにか自らの駒とせんとする策謀や、元の世界への帰還という希望。
自ら動こうともしない者達は、強い力を持っているのだからと、それこそが義務であると言わんばかりに彼のことを利用しようとする。
気が向けば人助けをするのもいいだろう。
人のために奉仕することとて、容易いのならば苦ではない。
だが、それ以上ともなれば話は別だ。
そこから先は彼の善良さと、矮小さを遥かに超える領域となる。
そして何よりも彼が動いて導かれるであろう未来が良いものであると、保証することはできない。
だから一人でここに暮らしている。
蔵書に埋もれ、腹が減れば金を稼ぎ、彼にしか見えない何かを見つめ続けている。
その静寂が今日は破られた。
ここに尋ねてくる人物は数えるほどしかいない。その中でこんな騒がしい登場の仕方をする者に心当たりはなかった。
ばんと、大きな音を立てて彼の部屋の扉が開かれる。
舞い上がった埃が差し込んだ光を反射して輝いた。
そして、その傍若無人な登場をした来訪者に、顔を顰めて思いっきり嫌そうな表情を向けてやった。
「はじめまして!」
強引に部屋に踏み込んできたのは、彼と同じぐらいかそれよりも少しばかり年下の女性だった。あどけない顔立ちは少女と呼んでもいいかも知れない。
「いやー、大変だった! 色々な人に話を聞いて、ようやくここに辿り付いたよ! でもこれだけ苦労したんだから、きっとそれだけの素晴らしい出会いだと信じてる!」
「……何の用だ?」
怖がらせるのも殺気を発して怯えさせるのも得意ではない。だから、淡々と用件だけを聞きだそうとした。
「あ、えっとねー。わたしはね、冒険者で、あちこち旅したりしてるんだけどさ」
「何の用だ、と俺は聞いたが?」
「あー、あはは。ちょっとあれだね、偏屈な人だって聞いてたから、どういう風に口説き落とそうか悩んでたけど、やっぱそういうのはわたしには合わないや」
すっと、綺麗な手が差し出される。
彼女の顔を見上げれば、それは毒気を抜かれるほどに満面の笑みで、
「キミを連れだしに来たよ。わたしと一緒に行こう」
そんな身勝手にも、不思議と怒りの一つも沸きはしなかった。
「断る」
ただその提案を受けるかどうかはまた別の話だが。
「えー、なんでさ!」
勝手に部屋の中に入り込み、少女は窓に掛かったカーテンを開ける。
数日振りの日の光が瞼を焼き、眉間に寄った皺が更に深まった。
「お前と旅に出るメリットが思い浮かばない」
金ならば好きに稼げる。
その気になれば地位も名誉も思うがままだろう。
そんなつまらない生活を、くだらない生き方を死ぬまでしなければならないのだ。
視線で彼女を追えば、窓を勝手に開け放ち、入り込んできた風で髪を揺らしながら、柔らかな笑顔を浮かべている。積み上がった埃が舞うのだから、勘弁してもらいたいものなのだが。
そうして、明らかに自分が歓迎されていないことなど何処吹く風で、その言葉を口にした。
「綺麗なものを見ようよ。楽しいことをしようよ」
彼は何も言わず、黙っていた。
その反応を見て、どう判断したのかは判らないが、彼女はなおも喋り続ける。
「草原を歩こう、山を登ろう、川を渡ろう。海があったら泳いで、洞窟があったら探検しよう」
彼女の顔は、いつの間にか彼を見ていない。
窓の外に広がる世界を見つめていた。誰かが呼んだ、『彼方の大地』を。
エトランゼにとっては忌まわしいこの世界を、彼女はまるで美しいもののように見ていた。
「困った人がいれば助けてあげよう。時には苦労するのもいいよね。大きな魔物と戦って、それを倒したらみんなでお祝いして、きっとそしたら王様からご褒美が貰えるよ! ゲームとかではよくある話だったけど……あんまりゲームしない人だった?」
不安そうにのぞき込む瞳に、初めて彼の表情に変化が訪れた。
「……ゲームは好きだった。多分、だが」
曖昧な記憶ではそれも定かではないが、恐らくは外に出るよりもインドア派だった気がする。
「わたしはあれが見たいな! 地平線に夕日が沈むのを、高いところから見たい! それからね、これはわたしの予想なんだけど、きっと空に浮く島があると思うんだよね。飛空艇とか使って、そこにみんなで行くの!」
子供の夢想。
そう切って捨てられるような話の内容でも、彼女が余りにも楽しそうに話すものだからつい耳を傾けてしまう。
それが彼女の人柄、というやつなのだろう。
「それで、色々なことをして」
息を吸い込む。
彼に語り掛けながらも彼女は大地を見続けている。
彼女が彼から征くであろう、果て無き大地を。
「この世界に来てよかったって、思おうよ」
その一言が、全てを決定付けた。
いつの間にか彼は顔を上げて、視線は同じところを。
――彼がこれから歩むであろう、限りない大地を見ていた。
例えそれが危険な、強盗や何かの類であろうとも彼には何も関係のないことだった。
何が来ようと、彼を害することなどはできはしない。そうまでの絶対的な自信と裏付けを彼はこの世界に来て手に入れてしまっていた。
エトランゼ、来訪者達が持つギフトと呼ばれる力。
彼が得ていたそれは、知りうる限りでは最強と呼んでもいい力だった。
そして、その力は彼から全ての気力を奪い去った。
人と関わりを持つことで寄せられるのはどうにか自らの駒とせんとする策謀や、元の世界への帰還という希望。
自ら動こうともしない者達は、強い力を持っているのだからと、それこそが義務であると言わんばかりに彼のことを利用しようとする。
気が向けば人助けをするのもいいだろう。
人のために奉仕することとて、容易いのならば苦ではない。
だが、それ以上ともなれば話は別だ。
そこから先は彼の善良さと、矮小さを遥かに超える領域となる。
そして何よりも彼が動いて導かれるであろう未来が良いものであると、保証することはできない。
だから一人でここに暮らしている。
蔵書に埋もれ、腹が減れば金を稼ぎ、彼にしか見えない何かを見つめ続けている。
その静寂が今日は破られた。
ここに尋ねてくる人物は数えるほどしかいない。その中でこんな騒がしい登場の仕方をする者に心当たりはなかった。
ばんと、大きな音を立てて彼の部屋の扉が開かれる。
舞い上がった埃が差し込んだ光を反射して輝いた。
そして、その傍若無人な登場をした来訪者に、顔を顰めて思いっきり嫌そうな表情を向けてやった。
「はじめまして!」
強引に部屋に踏み込んできたのは、彼と同じぐらいかそれよりも少しばかり年下の女性だった。あどけない顔立ちは少女と呼んでもいいかも知れない。
「いやー、大変だった! 色々な人に話を聞いて、ようやくここに辿り付いたよ! でもこれだけ苦労したんだから、きっとそれだけの素晴らしい出会いだと信じてる!」
「……何の用だ?」
怖がらせるのも殺気を発して怯えさせるのも得意ではない。だから、淡々と用件だけを聞きだそうとした。
「あ、えっとねー。わたしはね、冒険者で、あちこち旅したりしてるんだけどさ」
「何の用だ、と俺は聞いたが?」
「あー、あはは。ちょっとあれだね、偏屈な人だって聞いてたから、どういう風に口説き落とそうか悩んでたけど、やっぱそういうのはわたしには合わないや」
すっと、綺麗な手が差し出される。
彼女の顔を見上げれば、それは毒気を抜かれるほどに満面の笑みで、
「キミを連れだしに来たよ。わたしと一緒に行こう」
そんな身勝手にも、不思議と怒りの一つも沸きはしなかった。
「断る」
ただその提案を受けるかどうかはまた別の話だが。
「えー、なんでさ!」
勝手に部屋の中に入り込み、少女は窓に掛かったカーテンを開ける。
数日振りの日の光が瞼を焼き、眉間に寄った皺が更に深まった。
「お前と旅に出るメリットが思い浮かばない」
金ならば好きに稼げる。
その気になれば地位も名誉も思うがままだろう。
そんなつまらない生活を、くだらない生き方を死ぬまでしなければならないのだ。
視線で彼女を追えば、窓を勝手に開け放ち、入り込んできた風で髪を揺らしながら、柔らかな笑顔を浮かべている。積み上がった埃が舞うのだから、勘弁してもらいたいものなのだが。
そうして、明らかに自分が歓迎されていないことなど何処吹く風で、その言葉を口にした。
「綺麗なものを見ようよ。楽しいことをしようよ」
彼は何も言わず、黙っていた。
その反応を見て、どう判断したのかは判らないが、彼女はなおも喋り続ける。
「草原を歩こう、山を登ろう、川を渡ろう。海があったら泳いで、洞窟があったら探検しよう」
彼女の顔は、いつの間にか彼を見ていない。
窓の外に広がる世界を見つめていた。誰かが呼んだ、『彼方の大地』を。
エトランゼにとっては忌まわしいこの世界を、彼女はまるで美しいもののように見ていた。
「困った人がいれば助けてあげよう。時には苦労するのもいいよね。大きな魔物と戦って、それを倒したらみんなでお祝いして、きっとそしたら王様からご褒美が貰えるよ! ゲームとかではよくある話だったけど……あんまりゲームしない人だった?」
不安そうにのぞき込む瞳に、初めて彼の表情に変化が訪れた。
「……ゲームは好きだった。多分、だが」
曖昧な記憶ではそれも定かではないが、恐らくは外に出るよりもインドア派だった気がする。
「わたしはあれが見たいな! 地平線に夕日が沈むのを、高いところから見たい! それからね、これはわたしの予想なんだけど、きっと空に浮く島があると思うんだよね。飛空艇とか使って、そこにみんなで行くの!」
子供の夢想。
そう切って捨てられるような話の内容でも、彼女が余りにも楽しそうに話すものだからつい耳を傾けてしまう。
それが彼女の人柄、というやつなのだろう。
「それで、色々なことをして」
息を吸い込む。
彼に語り掛けながらも彼女は大地を見続けている。
彼女が彼から征くであろう、果て無き大地を。
「この世界に来てよかったって、思おうよ」
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いつの間にか彼は顔を上げて、視線は同じところを。
――彼がこれから歩むであろう、限りない大地を見ていた。
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