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第二章 魔法使いの追憶
2‐25
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「アーデルハイトは何処が怪しいと思う?」
魔法学院の研究棟。そこに数多ある研究室の一つをほぼ貸し切り状態にして、アーデルハイトは床に描かれた魔方陣の上に愛用の箒を立てて、小さな虫眼鏡のようなものであちこちを覗き込んでいる。
そこに背中から掛けられたカナタの質問を最初は無視しようかとも思ったが、そうすれば余計に鬱陶しいことが予想で来たので渋々と答えを返す。
「昨日の怪物の件? それを知ってどうするつもり?」
「調査だよ、調査。今朝からヨハンさんがエレオノーラ様に言われて色々調べることになったみたいだから、手伝うの」
不意に出てきたその名前に、アーデルハイトの表情に微妙な変化があったことを、カナタは気付かない。
「勝手にしなさいな。彼の手伝いをわたしがすると思ったの? 昨日のこと、忘れたわけではないでしょう?」
「ここは一つ、ボクの手伝いをしてくれるってことで」
「返事は保留よ。わたしも暇ではないもの」
「うん。ちゃんと学生してたらもっと信じれたんだけどね」
今度はカナタの言葉を無視して、魔方陣に魔力を流し込む。その反応によって淡い光が灯り、箒へと魔力が伝わっていく。
その間に用意していた薬品を布に染みこませ、箒の壊れた個所へと塗り込み修繕する。
それを見て「ほー」とか、「へー」とか声を上げながら、カナタは部屋の中にある研究材料の鉱石を摘まみあげて覗き込んだり、標本として飾られている虫を見ては小さな悲鳴を上げたりしていた。
「ねえ、これって何に使うの?」
「魔力抽出用の鉱石よ。後で抽出機に掛けて、魔力を引きだして溜めておくの。魔法道具の作成に使うわ」
「じゃあこれは?」
「魔物の部位ね。貴方も冒険者なら何度か集めたことがあるのではないの? 竜の牙は加工すれば強力な武器に、魔狼の皮は防具に変わる。他にも……」
慌てて次を語ろうとした口を噤む。
別にここでカナタとお喋りをするつもりはない。むしろ面倒に巻き込まれるぐらいならばさっさと帰って欲しい。
「この箒も魔法道具なんだよね? 空飛べるって便利そうだよねー。これって何処かに売ってたりしないの?」
「試作品のようなものならあるけど、未だに実用化には至っていないわ」
「これをもう一個作ればいいんじゃないの?」
「……まず第一に」
カナタの方を振り返って、何故か若干不機嫌そうになってアーデルハイトは人差し指を立てて見せる。
「この箒は乗り手の能力に依存する部分が非常に大きいわ。魔力制御が非常に難しい。その理由の主たる部分としては内部に細い糸のように張り巡らされている繊維なんだけど、これが飛竜の血管や浮遊花の幹とか、貴重な材料をふんだんに使ったもので、操縦者の魔力を直接的に、暴力的なまでの浮力と推進力へと変換する。それを自在に操るためには細やかな魔力制御が必要になる。つまり、ちょっとでも出力が大きすぎれば暴走するし、小さすぎても飛ばないという……」
「うわー、オタクっぽい」
「おたく? まあいいわ。ちゃんと聞いているのなら続きを話すわね。第二に」
二本目の指が立った。
カナタは椅子を引っ張って来てそこに座り、話を聞く覚悟ができている。ついでに長くなれば舟を漕ぐ覚悟も。
「それらをこれだけのバランスで、何故か箒に組み込む技術は魔法学院には未だないわ。だからこそ誰も再現できない。外見から判断してそれをやろうとしても、劣化した欠陥品ができるのが関の山。加えてこの箒自体も特殊な材質で出てきていて、それだけの希少素材が交じりあって出来上がる高出力をしっかりと伝達させてなおかつ強度を保てるようになっているの」
「それを解体させてあげればいいんじゃないの? もし次のやつができたら新品を貰う約束してさ」
「いやよ。これはわたしの」
「なんでそこで我が儘なの……」
呆れるカナタに、アーデルハイトは愛おしげに布で箒を撫でて、修繕を完了させる。そして何らかの魔法を使ってそれを何処かに収納した。
「でもなんで箒なの?」
「知らないわよ。作った人に聞いて」
「誰が作ったの?」
「言いたくないわ」
「判った! ヨハンさんだ!」
「…………」
沈黙は肯定。
アーデルハイトは気まずそうに、研究室の窓の方へと顔を向けた。
「でもなんで箒なんだろうね。相変わらずセンスが判らない人だよね」
「申し訳ないけれど、彼の話題にこれ以上付き合うつもりはないの」
「ありゃ、残念。ガールズトークでもしようと思ったのに」
カナタの見立て(大半は勘によるもの)では、アーデルハイトは決してヨハンを嫌ってはいない。根拠はないが、そんな気がする。
だからこそこうして有益な情報を引きだそうとしているのだが、会話がそちらを向くたびにアーデルハイトは無理矢理に回避するのだった。
「話を戻すわ。とはいえ魔法学院も空を飛ぶ乗り物の研究をしていないわけではないの。むしろ今く行かないのはあくまでも個人用のもので、王宮の方では技術者達が集められて空を飛ぶ大きな船を作っているっていう噂もあるわ」
「いや、ごめん。その話興味ないかなー。うん、実にね」
「……そう」
少しだけしょんぼりとして、アーデルハイトは肩を落とす。
「そういう話は友達とすればいいじゃん。ボクみたいに知識がない人と違ってきっと盛り上がられると思うんだけど」
「……いないわ」
「ん?」
よく聞き取れず、顔を近づけて再度質問する。
至近距離で見つめた彼女の顔は、同性のカナタでもちょっとどきどきしてしまうほどに整っていた。
「友達、いないの」
「……あー」
「なに、その「やっぱりね」みたいな反応は!」
「いやいや、そんなつもりないよ! 被害妄想だよ、被害妄想!」
確かにそれでは学校もつまらないだろう。
「うーん。勿体ないなぁ、可愛いのに」
「外見だけを見て関係を結びに来る人は願い下げね」
「もう今ので友達ができない理由、完璧に判っちゃった」
「別に気にしないわ。もうすぐ卒業だし、学ぶことは学んだし」
本当に気にしていないのか、果たして強がりなのか、それはカナタには理解しかねる。
「じゃあボクが友達第一号だね」
「え、嫌よ」
「それは流石に酷いよ! 一緒に箒でドライブした中じゃん!」
「貴方後ろに乗ってただけじゃない」
まったくもってその通りなので、特に反論もない。
「あ、友達一号はヨハンさんだった?」
「貴方、昨日のあの一件でよくそんな能天気な意見が出せるわね?」
「えー、でも喧嘩してるってことは友達ってことでしょ? それに貰った箒も大事にしてるしさー」
それ以上に関してアーデルハイトは黙秘を貫くことにしたらしい。
それでもカナタの目から見て、感触は悪くないように思えた。
「……貴方って相当厄介なお節介焼きね」
「別に誰にでもってわけじゃないよ。なんかアーデルハイトって放っておけないんだよねー。理由はなんとなく判ってるんだけど……」
カナタが続きを言おうとしたところで、研究棟の廊下から聞こえてきた、揉め事のようなざわめきによって会話は一時中断させられることになった。
「君は一体どこの学生何だね? いや、年齢的には学生のように見えないが、肩書を持った魔法使いならばそれを語れば済むだけの話ではないか」
「いや、だから俺は……」
「先生! でもこの人凄いっすよ! おれたちが作った魔導装置の欠点を見抜いて、改良方法まで……」
「そうです! それにこっちの魔杖はちょっと回路を入れ替えただけで出力がこんなに……」
老年の男性の声、続いて若い男の低い声。最後の男女の声が交互に聞こえてきて、カナタとアーデルハイトは顔を見合わせる。
二人の目が同時に瞬きをした理由は簡単で、二番目に聞こえてきた声に覚えがあったからに他ならない。
間違えるはずもない。つい今しがたの話題にあった男のものだ。
研究室の扉を開けて廊下に出ると、十名程度の人だかりができていた。カナタ達の方に背中を向けているのは以前出会ったブルーノ教授で、やはりその正面に立って気まずそうにしているのはヨハン。
そして何故か彼を庇うように複数の学生が立ち塞がっている。
「君達は下がってなさい! 僕には教授として、ここの学生を護る義務があるのだから、君達が怪我でもしたら大変だろう」
「でもいつもは自由に研究して、必要な知識と技術を盗み、自分のものにしろって言ってるじゃないですか! この人からは沢山技術を盗めそうなんですよ」
「いや、すまないが俺は別の用事があって……」
「新任の教授さんじゃないんですか?」
学生に言い寄られて困っているヨハンを観察しているといつの間にか横に立っていたアーデルハイトが大股で、つかつかとそこに近付いていく。
アーデルハイトをいち早く見つけたヨハンは気まずそうな顔をするが、逃げられるわけもなかった。
「何をしているの?」
「アーデルハイト……」
「おお! アーデルハイト君! ちょうどよかった。君に話があったんだよ。今はちょっとこの男を連行しなければならないので忙しいが、後で僕の研究室に……」
「ブルーノ教授。そのお話しは後回しで。それから、この男はわたしの知り合いです」
「君の? いったいどういう関係かな?」
「教授には関係ないでしょう。ヨハン、取り敢えずはこっちへ」
ローブの裾を引っ張って連れていこうとするアーデルハイト。
「アーデルハイトさんの知り合いかぁ。どうりでなぁ」
「やっぱり才能ある人は違うってこと? あんな知り合いが外にいたらそりゃ色々と有利よね」
「ひょっとして卒業後の進路関係の人かな? やっぱり真面目に学校なんか来なくても、才能だけで何とかなっちゃうんだろうな、この世界」
そんな声が口々に、聞こえてくる。
その中にある感情は間違いなく嫉妬でしなかない、取るに足らない程度のものだ。
しかし、それを自分の中で解決できるのはある程度年齢を重ね、人生経験を積んだ者だけで、アーデルハイトには理屈では負け犬の遠吠えと理解できても、それを完璧に処理することはできない。
結果としてただ無視することもできず、彼等を睨みつけてしまう。そしてその行為は、お互いの間に更なる溝を作っていく。
「いや、お前達。それは違う」
成すがままになっていたヨハンが急に動かなくなって、勢いを付けたまま歩き出そうとしたアーデルハイトは急に後ろに引っ張られた。
怒りに任せて何かを言ってやろうかと振り返ってみれば、彼は険しい表情でブルーノと、学生達を見ていた。
「余計なことは……」
まさか彼がアーデルハイトのためにここで怒鳴るなどと言うことはないだろうが、そんな展開を少しでも期待してしまった自分を心の中で恥じる。
目の前の男にそんなことを期待するだけ無駄だ。そんな情緒とは無縁の男なのだから。
「確かにアーデルハイトは才能があるかも知れないが、彼女はそれ以上に努力を欠かさない人間だったぞ」
「……何を……!」
アーデルハイトが袖をぐいぐいと引っ張って止めるのも構わずに、ヨハンは更に言葉を続ける。
「なにがそんなに楽しかったのかは知らないが、子供の頃から魔法一筋で、暇さえあれば魔導書を読み漁り、魔法に使う素材欲しさに早朝夜中関係なく人を引っ張り回して、帰ってきたと思ったら今度は寝ずに実験と研究を繰り返し……」
「ちょっと! そんな話今することではないでしょう!」
「俺が最初にあげたときには全く乗りこなせずに、何度も転んでいた箒もすっかり乗りこなせるようになっていたし。アーデルハイトが才人なのは否定しないが、その上でしっかりと努力を重ねている。さっき見せてもらったが、君達が作ったその魔法装置は明らかな妥協が見て取れたな。俺が一目見て気がつくぐらいなのだから、自覚はあっただろう?」
「……それは、まぁ」
男子学生はそう指摘されて、気まずそうに手元にある魔法装置を見た。
「アーデルハイトさんの箒って、この人が作ったんだ……」
「随分大事にしてるもんねぇ。思い出の品ってやつだ」
「ああ、あれは以前別れる時にどうしても欲しいって泣いて頼まれえぇ……!」
ヨハンの言葉はそこまでだった。
全身を痺れさせる衝撃と、その背後には悪鬼の如き表情で、顔を真っ赤にしたアーデルハイト。
「余計な話は終わりよ」
崩れ落ちたヨハンをずるずると引っ張っていくアーデルハイトだったが、当の本人は力の入らない身体で精一杯それに抵抗する。
「ちょ、ちょっと待て。連れていかれたら困る。俺はそこのブルーノ教授に用があって来たんだ」
「僕に?」
「はい。先日の盗まれた研究資料についてちょっとお話があります」
そう聞いて、ブルーノ教授の顔が険しいものに変わった。
「判った。詳しくは僕の研究室でいいかな?」
「ええ。……申し訳ないんですが、肩を貸してもらえれば幸いです」
「必要ないわ。たまには廊下を掃除するのも悪くないもの」
容赦なく、アーデルハイトはヨハンを引きずっていくつもりのようだった。
魔法学院の研究棟。そこに数多ある研究室の一つをほぼ貸し切り状態にして、アーデルハイトは床に描かれた魔方陣の上に愛用の箒を立てて、小さな虫眼鏡のようなものであちこちを覗き込んでいる。
そこに背中から掛けられたカナタの質問を最初は無視しようかとも思ったが、そうすれば余計に鬱陶しいことが予想で来たので渋々と答えを返す。
「昨日の怪物の件? それを知ってどうするつもり?」
「調査だよ、調査。今朝からヨハンさんがエレオノーラ様に言われて色々調べることになったみたいだから、手伝うの」
不意に出てきたその名前に、アーデルハイトの表情に微妙な変化があったことを、カナタは気付かない。
「勝手にしなさいな。彼の手伝いをわたしがすると思ったの? 昨日のこと、忘れたわけではないでしょう?」
「ここは一つ、ボクの手伝いをしてくれるってことで」
「返事は保留よ。わたしも暇ではないもの」
「うん。ちゃんと学生してたらもっと信じれたんだけどね」
今度はカナタの言葉を無視して、魔方陣に魔力を流し込む。その反応によって淡い光が灯り、箒へと魔力が伝わっていく。
その間に用意していた薬品を布に染みこませ、箒の壊れた個所へと塗り込み修繕する。
それを見て「ほー」とか、「へー」とか声を上げながら、カナタは部屋の中にある研究材料の鉱石を摘まみあげて覗き込んだり、標本として飾られている虫を見ては小さな悲鳴を上げたりしていた。
「ねえ、これって何に使うの?」
「魔力抽出用の鉱石よ。後で抽出機に掛けて、魔力を引きだして溜めておくの。魔法道具の作成に使うわ」
「じゃあこれは?」
「魔物の部位ね。貴方も冒険者なら何度か集めたことがあるのではないの? 竜の牙は加工すれば強力な武器に、魔狼の皮は防具に変わる。他にも……」
慌てて次を語ろうとした口を噤む。
別にここでカナタとお喋りをするつもりはない。むしろ面倒に巻き込まれるぐらいならばさっさと帰って欲しい。
「この箒も魔法道具なんだよね? 空飛べるって便利そうだよねー。これって何処かに売ってたりしないの?」
「試作品のようなものならあるけど、未だに実用化には至っていないわ」
「これをもう一個作ればいいんじゃないの?」
「……まず第一に」
カナタの方を振り返って、何故か若干不機嫌そうになってアーデルハイトは人差し指を立てて見せる。
「この箒は乗り手の能力に依存する部分が非常に大きいわ。魔力制御が非常に難しい。その理由の主たる部分としては内部に細い糸のように張り巡らされている繊維なんだけど、これが飛竜の血管や浮遊花の幹とか、貴重な材料をふんだんに使ったもので、操縦者の魔力を直接的に、暴力的なまでの浮力と推進力へと変換する。それを自在に操るためには細やかな魔力制御が必要になる。つまり、ちょっとでも出力が大きすぎれば暴走するし、小さすぎても飛ばないという……」
「うわー、オタクっぽい」
「おたく? まあいいわ。ちゃんと聞いているのなら続きを話すわね。第二に」
二本目の指が立った。
カナタは椅子を引っ張って来てそこに座り、話を聞く覚悟ができている。ついでに長くなれば舟を漕ぐ覚悟も。
「それらをこれだけのバランスで、何故か箒に組み込む技術は魔法学院には未だないわ。だからこそ誰も再現できない。外見から判断してそれをやろうとしても、劣化した欠陥品ができるのが関の山。加えてこの箒自体も特殊な材質で出てきていて、それだけの希少素材が交じりあって出来上がる高出力をしっかりと伝達させてなおかつ強度を保てるようになっているの」
「それを解体させてあげればいいんじゃないの? もし次のやつができたら新品を貰う約束してさ」
「いやよ。これはわたしの」
「なんでそこで我が儘なの……」
呆れるカナタに、アーデルハイトは愛おしげに布で箒を撫でて、修繕を完了させる。そして何らかの魔法を使ってそれを何処かに収納した。
「でもなんで箒なの?」
「知らないわよ。作った人に聞いて」
「誰が作ったの?」
「言いたくないわ」
「判った! ヨハンさんだ!」
「…………」
沈黙は肯定。
アーデルハイトは気まずそうに、研究室の窓の方へと顔を向けた。
「でもなんで箒なんだろうね。相変わらずセンスが判らない人だよね」
「申し訳ないけれど、彼の話題にこれ以上付き合うつもりはないの」
「ありゃ、残念。ガールズトークでもしようと思ったのに」
カナタの見立て(大半は勘によるもの)では、アーデルハイトは決してヨハンを嫌ってはいない。根拠はないが、そんな気がする。
だからこそこうして有益な情報を引きだそうとしているのだが、会話がそちらを向くたびにアーデルハイトは無理矢理に回避するのだった。
「話を戻すわ。とはいえ魔法学院も空を飛ぶ乗り物の研究をしていないわけではないの。むしろ今く行かないのはあくまでも個人用のもので、王宮の方では技術者達が集められて空を飛ぶ大きな船を作っているっていう噂もあるわ」
「いや、ごめん。その話興味ないかなー。うん、実にね」
「……そう」
少しだけしょんぼりとして、アーデルハイトは肩を落とす。
「そういう話は友達とすればいいじゃん。ボクみたいに知識がない人と違ってきっと盛り上がられると思うんだけど」
「……いないわ」
「ん?」
よく聞き取れず、顔を近づけて再度質問する。
至近距離で見つめた彼女の顔は、同性のカナタでもちょっとどきどきしてしまうほどに整っていた。
「友達、いないの」
「……あー」
「なに、その「やっぱりね」みたいな反応は!」
「いやいや、そんなつもりないよ! 被害妄想だよ、被害妄想!」
確かにそれでは学校もつまらないだろう。
「うーん。勿体ないなぁ、可愛いのに」
「外見だけを見て関係を結びに来る人は願い下げね」
「もう今ので友達ができない理由、完璧に判っちゃった」
「別に気にしないわ。もうすぐ卒業だし、学ぶことは学んだし」
本当に気にしていないのか、果たして強がりなのか、それはカナタには理解しかねる。
「じゃあボクが友達第一号だね」
「え、嫌よ」
「それは流石に酷いよ! 一緒に箒でドライブした中じゃん!」
「貴方後ろに乗ってただけじゃない」
まったくもってその通りなので、特に反論もない。
「あ、友達一号はヨハンさんだった?」
「貴方、昨日のあの一件でよくそんな能天気な意見が出せるわね?」
「えー、でも喧嘩してるってことは友達ってことでしょ? それに貰った箒も大事にしてるしさー」
それ以上に関してアーデルハイトは黙秘を貫くことにしたらしい。
それでもカナタの目から見て、感触は悪くないように思えた。
「……貴方って相当厄介なお節介焼きね」
「別に誰にでもってわけじゃないよ。なんかアーデルハイトって放っておけないんだよねー。理由はなんとなく判ってるんだけど……」
カナタが続きを言おうとしたところで、研究棟の廊下から聞こえてきた、揉め事のようなざわめきによって会話は一時中断させられることになった。
「君は一体どこの学生何だね? いや、年齢的には学生のように見えないが、肩書を持った魔法使いならばそれを語れば済むだけの話ではないか」
「いや、だから俺は……」
「先生! でもこの人凄いっすよ! おれたちが作った魔導装置の欠点を見抜いて、改良方法まで……」
「そうです! それにこっちの魔杖はちょっと回路を入れ替えただけで出力がこんなに……」
老年の男性の声、続いて若い男の低い声。最後の男女の声が交互に聞こえてきて、カナタとアーデルハイトは顔を見合わせる。
二人の目が同時に瞬きをした理由は簡単で、二番目に聞こえてきた声に覚えがあったからに他ならない。
間違えるはずもない。つい今しがたの話題にあった男のものだ。
研究室の扉を開けて廊下に出ると、十名程度の人だかりができていた。カナタ達の方に背中を向けているのは以前出会ったブルーノ教授で、やはりその正面に立って気まずそうにしているのはヨハン。
そして何故か彼を庇うように複数の学生が立ち塞がっている。
「君達は下がってなさい! 僕には教授として、ここの学生を護る義務があるのだから、君達が怪我でもしたら大変だろう」
「でもいつもは自由に研究して、必要な知識と技術を盗み、自分のものにしろって言ってるじゃないですか! この人からは沢山技術を盗めそうなんですよ」
「いや、すまないが俺は別の用事があって……」
「新任の教授さんじゃないんですか?」
学生に言い寄られて困っているヨハンを観察しているといつの間にか横に立っていたアーデルハイトが大股で、つかつかとそこに近付いていく。
アーデルハイトをいち早く見つけたヨハンは気まずそうな顔をするが、逃げられるわけもなかった。
「何をしているの?」
「アーデルハイト……」
「おお! アーデルハイト君! ちょうどよかった。君に話があったんだよ。今はちょっとこの男を連行しなければならないので忙しいが、後で僕の研究室に……」
「ブルーノ教授。そのお話しは後回しで。それから、この男はわたしの知り合いです」
「君の? いったいどういう関係かな?」
「教授には関係ないでしょう。ヨハン、取り敢えずはこっちへ」
ローブの裾を引っ張って連れていこうとするアーデルハイト。
「アーデルハイトさんの知り合いかぁ。どうりでなぁ」
「やっぱり才能ある人は違うってこと? あんな知り合いが外にいたらそりゃ色々と有利よね」
「ひょっとして卒業後の進路関係の人かな? やっぱり真面目に学校なんか来なくても、才能だけで何とかなっちゃうんだろうな、この世界」
そんな声が口々に、聞こえてくる。
その中にある感情は間違いなく嫉妬でしなかない、取るに足らない程度のものだ。
しかし、それを自分の中で解決できるのはある程度年齢を重ね、人生経験を積んだ者だけで、アーデルハイトには理屈では負け犬の遠吠えと理解できても、それを完璧に処理することはできない。
結果としてただ無視することもできず、彼等を睨みつけてしまう。そしてその行為は、お互いの間に更なる溝を作っていく。
「いや、お前達。それは違う」
成すがままになっていたヨハンが急に動かなくなって、勢いを付けたまま歩き出そうとしたアーデルハイトは急に後ろに引っ張られた。
怒りに任せて何かを言ってやろうかと振り返ってみれば、彼は険しい表情でブルーノと、学生達を見ていた。
「余計なことは……」
まさか彼がアーデルハイトのためにここで怒鳴るなどと言うことはないだろうが、そんな展開を少しでも期待してしまった自分を心の中で恥じる。
目の前の男にそんなことを期待するだけ無駄だ。そんな情緒とは無縁の男なのだから。
「確かにアーデルハイトは才能があるかも知れないが、彼女はそれ以上に努力を欠かさない人間だったぞ」
「……何を……!」
アーデルハイトが袖をぐいぐいと引っ張って止めるのも構わずに、ヨハンは更に言葉を続ける。
「なにがそんなに楽しかったのかは知らないが、子供の頃から魔法一筋で、暇さえあれば魔導書を読み漁り、魔法に使う素材欲しさに早朝夜中関係なく人を引っ張り回して、帰ってきたと思ったら今度は寝ずに実験と研究を繰り返し……」
「ちょっと! そんな話今することではないでしょう!」
「俺が最初にあげたときには全く乗りこなせずに、何度も転んでいた箒もすっかり乗りこなせるようになっていたし。アーデルハイトが才人なのは否定しないが、その上でしっかりと努力を重ねている。さっき見せてもらったが、君達が作ったその魔法装置は明らかな妥協が見て取れたな。俺が一目見て気がつくぐらいなのだから、自覚はあっただろう?」
「……それは、まぁ」
男子学生はそう指摘されて、気まずそうに手元にある魔法装置を見た。
「アーデルハイトさんの箒って、この人が作ったんだ……」
「随分大事にしてるもんねぇ。思い出の品ってやつだ」
「ああ、あれは以前別れる時にどうしても欲しいって泣いて頼まれえぇ……!」
ヨハンの言葉はそこまでだった。
全身を痺れさせる衝撃と、その背後には悪鬼の如き表情で、顔を真っ赤にしたアーデルハイト。
「余計な話は終わりよ」
崩れ落ちたヨハンをずるずると引っ張っていくアーデルハイトだったが、当の本人は力の入らない身体で精一杯それに抵抗する。
「ちょ、ちょっと待て。連れていかれたら困る。俺はそこのブルーノ教授に用があって来たんだ」
「僕に?」
「はい。先日の盗まれた研究資料についてちょっとお話があります」
そう聞いて、ブルーノ教授の顔が険しいものに変わった。
「判った。詳しくは僕の研究室でいいかな?」
「ええ。……申し訳ないんですが、肩を貸してもらえれば幸いです」
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もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
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