彼方の大地で綴る【四章まで完結済み】

しいたけ農場

文字の大きさ
82 / 178
第二章 魔法使いの追憶

2‐26

しおりを挟む
 研究棟一階にあるブルーノ教授の研究室は、様々な生物の標本が飾られた、主には申し訳ないが不気味な部屋だった。

 唯一のテーブルには本や資料が山積みになっていて、椅子にまで何かの材料と思しき肉片が乗っかっている。


「いや、すまない。お客人にお茶も出せない部屋で」

「いいえ。急に来たのはこちらですし。それにお茶を飲みながらする話でもないと思うので」

「……盗まれた研究資料の話だね。ですがその前に一ついいかな?」

「なんでしょう?」

「彼女は誰だい? いえ、研究資料を助けに行ってくれた子というのは判っているのだが……」


 何故か、というか他に行く場所もなかったので当然の如く付いてきたカナタは、同じく話の内容にはそれほど興味のないアーデルハイトに色々と質問しては呆れた答えを返されている。


「一応、弟子に当たります。害はないのでこのままいさせてもらえればと」

「いやいや、それは全然構わないよ。何しろ彼女には世話になった」


 にこやかに笑ってから、二人は本題に入る。

 そうなってくるとブルーノ教授の顔にも、若干の緊張が滲み始めた。

 恐らくは先日のキメラ襲撃事件も聞いているだろうし、それと盗まれた資料の話が合わされば何かしらの詰問があるのは覚悟の上だろう。


「先日のキメラ襲撃の件は、話が行っていると思いますが」

「……うむ、そうだな。そして君が言いたいことも判る。確かに僕はこの魔法学院でキメラの、厳密には生物複合の研究をしている」

「それはつまり、異なる生き物同士を繋ぎ合わせることで間違いありませんね?」

「そうだ。そして出来上がった魔獣はキメラと呼ばれる。第七、第八居住区を襲ったのは間違いなくそれだ。死体や飛び散った肉片を解析したら、不自然な継ぎ目が幾つもあった。あればかりはどう頑張っても消すことができないものだ」

「加えて、あの研究資料は人間ベースのキメラについてのものだと聞きましたが」

「……ああ、そうだ。しかし、正式な名称を付けておかなった僕も悪いのだが、それをキメラと呼ぶのはどうかと思う」


 喋りながら、手元が落ち着かないのかブルーノ教授はテーブルの資料を纏めて、ファイルにしまっていく。


「魔獣型のキメラ研究の主な目的は兵器として、ということで間違いはありませんね」

「そうだね。あまり言いたくはないが、僕は若い頃は名前を売って金儲けをしようと躍起でね。元々内乱が相次いでいた国だから、手っ取り早く金を稼ぐには武器だと思いついたのさ」


 過去の自分を嘲笑うかのようにブルーノ教授は語る。


「しかし失敗した。エトランゼの流入により一気に需要と供給が増した魔導兵器によってね。君は魔装兵を見たことは?」

「あります」

「キメラはあれの倍のコストを掛けて、ようやく同じぐらいの戦闘能力といったところだ。加えて獣や魔物の脳を使うから、どうしても命令伝達や安全性に問題がある。自分が研究していたので優秀な兵器であると自負できるが、あれが作れる国にとっては不要な代物だろう」


 その言い方には様々な感情が籠っていた。

 一つに、自分が長年研究していた物を一瞬で追い越していった魔装兵を初めとする魔導兵器への嫉妬や恨み。

 そしてもう一つ、終わってしまった研究に対しての清々しさすら感じさせる諦念。


「だがある意味ではよかった。あの資料に乗っている人間ベースのキメラは、人間に魔物の部位を移植することを指しているのだが……」

「……それは、兵器としてですか?」

「違うね。戦争や事故で身体の部位を失って人への補填用だ。魔物の中には人に近い体格のものも多いからね。勿論、魔物ということで忌避するものもいるだろう。今では金属製の義手や義足の研究も進んでいる。……しかし、最大の利点はそれらに比べて圧倒的にコストが安く提供できることだ」


 例外こそあれど、身体の部位を失うような目にあう者の大半が、貴族達とは違って大きな収入もない者達だ。

 彼等の大半は代わりの腕や足を手に入れることなど叶わずに、そのまま生きていくしかない。

 しかし、そこの妥協すれば、もう一度自由に動く身体が手に入る。それを求める者の数は決して少なくはないだろう。


「……色々と問題もあるから、未だ机上の空論ではあるけどね。さて、これで僕の知っていることは全てだが、疑いは晴れたかな?」

「もう一つお聞かせください。もし兵器用のキメラを作る場合、どの程度の規模の施設が必要で、そのぐらいの時間が掛かりますか?」

「施設か……。規模にもよるが、もし短期間で兵団と呼べるほどの数を用意したいのなら、この魔法学院の研究棟を丸々使うぐらいの広さが欲しいね。何しろあれらは生命なのだから、作ったものを保管しておかなければならない。逆に一度準備してしまえば後は材料の調達速度次第と言ったところだね。それが早ければかなりのペースで作りだせる」

「……判りました」


 エーリヒの滞在している王宮には、それほどの広さのスペースはない。仮にどうにかそれを捻出したとしても、他の貴族達に見つからずに事を起こすのは不可能だろう。

 もう一つ、エーリヒの治めている地で作成を行ったという線もあるが、わざわざそこまでしてキメラで襲撃を掛ける理由はない。

 ルー・シンの狙いは不明だが、キメラを使って襲撃をしたのは彼等ではないことは判った。


「僕の方からもいいかな?」

「なんでしょう?」

「いや、アーデルハイト君の件なんだが。君は保護者に近いようだし、軽く話をしておきたくてね。何しろろくに授業に出ない、卒業研究のテーマも決まっていないのだから」

「失礼しました」「ふぇ?」


 バタンと、ドアが開いてから閉じる音が響く。

 一瞬にしてアーデルハイトは、カナタの手を引いてその場から消えていた。


「……なかなか、苦労をしているようですね」

「ははっ。嬉しい苦労だけどね。君も言っていたけど、彼女の才能は本物だ。だからこそ、道を誤って欲しくはないのだが」

「それには俺も同意しますが……。やはり決めるのは本人の心次第としか」

「そうだよねぇ。弱ったなぁ」


 そう言いつつも、彼の顔は何処か嬉しそうだった。


「僕は、僕の教え子みんなに幸せになって欲しいからね。かつては認めてもらおうと兵器造りなんかをしてしまったが、もう目は覚めた。この国の人のための研究がしたい。僕は僕の研究が、この国を救うと信じてる。
 同じように、彼女もその才能がもっと大きな何かのためになると信じてほしいものだね」


 気弱そうな教授は、胸を張ってそう語る。

 それは本心から自らの過ちを認め、その上でその中にある結果を肯定し、前に進もうとしている強い瞳。

 その姿は、今のヨハンには眩しすぎる。過ちを認めながら、それらを封印して前に進み続けるヨハンには。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

魚夢ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

処刑された王女、時間を巻き戻して復讐を誓う

yukataka
ファンタジー
断頭台で首を刎ねられた王女セリーヌは、女神の加護により処刑の一年前へと時間を巻き戻された。信じていた者たちに裏切られ、民衆に石を投げられた記憶を胸に、彼女は証拠を集め、法を武器に、陰謀の網を逆手に取る。復讐か、赦しか——その選択が、リオネール王国の未来を決める。 これは、王弟の陰謀で処刑された王女が、一年前へと時間を巻き戻され、証拠と同盟と知略で玉座と尊厳を奪還する復讐と再生の物語です。彼女は二度と誰も失わないために、正義を手続きとして示し、赦すか裁くかの決断を自らの手で下します。舞台は剣と魔法の王国リオネール。法と証拠、裁判と契約が逆転の核となり、感情と理性の葛藤を経て、王女は新たな国の夜明けへと歩を進めます。

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

処理中です...