彼方の大地で綴る【四章まで完結済み】

しいたけ農場

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第三章 名無しのエトランゼ

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 オルタリア王国王都、オル・フェーズ。

 謁見の間と呼ばれる王がその臣下達と面通するその場所は、大理石の柱が点々と立ち並び、床には真紅の絨毯が入り口から王座まで真っ直ぐに引かれている。

 並べられた燭台の火に照らされながら、ヘルフリートは忌々しげに手に持った盃を放り投げる。

 床の上を転々と盃が転がり、その中に残っていた僅かな水をぶちまけた。

 そこに言葉を掛ける者はおらず、この場にいる護衛の兵士とヘルフリートの側近は黙って彼の怒りが収まるのを待つことしかできない。


「エレオノーラめ……。できの悪い愚妹の分際で、俺に恥を掻かせおって……」


 ヘルフリートが魔法学院と結託し、キメラを初めとする人体実験を行っていたという話が世に出たことは、彼にとっては大きな痛手となった。

 オルタリアが誇る技術の最先端、魔法学院。それを単なる兵器工場として扱おうとしたヘルフリートのやり方は、多くの民達の批判を呼んだ。

 中には犠牲となったのはエトランゼなのだから放っておいてもいいのではないかという声もあったが、多くの人はそこまで非人道的に物事を判断できない。

 加えて、それを解決したのがエレオノーラ率いる『小さな英雄』であるのも大きな問題だ。それを見た人々は果たしてこの国を治めるヘルフリートに、その器があるものかと疑問を口にし始めた。加えて、反ヘルフリートを唱える地下組織が動きだしたのも厄介だ。

 だが、民衆はまだいい。ヘルフリートからすれば民などどうとでも誤魔化せる、最悪力で従わせることのできる程度のものでしかない。

 問題なのは魔法学院に自分の身内や部下である魔法使いの卵を通わせていた貴族達だ。元々兄であるゲオルクが戻らないことで、なし崩し的に王座に座っていたヘルフリートに対して、不満を見せつけてきた。


「ヘルフリート様」


 側近が傍で声を発した。


「本日面会予定の、ダラム卿達がお見えになったようです」


 不機嫌そうにヘルフリートは鼻を鳴らすだけで答えない。

 側近は視線で兵士に命じて、部屋の外で待機しているであろう貴族達を連れに行かせた。

 それから少しの間も置かず、兵に連れられて貴族服を来た男が三人横並びになって謁見の間に現れた。


「ヘルフリート陛下。ご多忙のところこのような謁見のために時間を割いていただきまことに……」

「つまらぬ挨拶は要らん。それよりも用件を話せ。お前の言う通り、俺は暇ではないのだ」


 ヘルフリートの言葉に、最初に言葉を発した中央の貴族は眉間の皺を深くする。

 彼の名はマーテリー・ダラム。貴族服をしっかりと着込んだ中年の男で、貴族招集にこそ自領の問題を解決するために来なかったものの、何度も政治のやり方に口を挟んでくる。

 ヘルフリートからすれば、面倒な男の一人だった。

 両側に控える貴族達は彼の親戚筋で、マーテリーの言葉を復唱するだけの連中とヘルフリートは思っている。

 ヘルフリートに促され顔を上げたマーテリーは、その顔に緊張を滲ませながら、言葉を口にする。


「陛下。私が申し上げたいのは、先日の魔法学院での件でございます」


 ヘルフリートのこめかみが小さく動く。

 先日からその話は何度も何度も耳にしている。だいたいが一喝して追い返してはいるのだが、それでも食い下がってくる愚か者も数多くいた。

 そして今目の前にいるのは、その代表と言ってもいいほどに面倒な男だ。


「キメラの事件か? あれは有事に備え、戦力を確保するために行っていたことだ。結果としてああなったしまったのは残念だが、それは俺の知るところではない。未熟な研究者に責任があるだろう」

「人間をキメラにしていると知っていながら、彼等への援助を続けていたと聞きましたが?」


 ヘルフリートは言葉に詰まる。

 わざわざここに駆けつけてくるとは、つまりそういうことだ。そのことを知っていなければ、そこまで大きな問題にはなるはずもない。


「あの場所には貴族の子息や、その部下として将来を有望された者達が集っていることはヘルフリート陛下もよくご存じでしょう。そのような場所で、人体実験紛いのことを許すなど……」

「勘違いをするな、マーテリー。実験の材料となったのはろくな住処も持たぬ連中と、エトランゼだ。俺は国民に手出しをさせた覚えはない」



 その一言が失言であると、ヘルフリートが気付いたのは、その直後ことだ。

「エトランゼも、家を持たぬ人々も国民でしょうに。彼等ならば犠牲にしてよいという意識は王としての器を疑われます。即刻取り消していただきたい!」


 マーテリーは一度声を荒げて、それから自分を落ち着かせるように深呼吸をする。

 両側に控える二人は、ヘルフリートとマーテリーの間に流れる剣呑な空気に怯え、最早一言も発しようとはしなかった。


「王がそのような考えに至ったのは、やはりバルヒエット卿らの影響ですかな?」


 エッダ・バルヒエット。

 五大貴族の一人であり、狂信と言えるほどのエイスナハルの信者でもある。


「即位してからというもの、ヘルフリート陛下は随分と彼等の言うことを聞くようになった。私は誰がどのような宗教を信仰するのも自由と思いますが、もしそれが理由でエトランゼに対する苛烈な迫害を続けるのであれば、それはいずれこの国に取って災いとなりましょう」

「マーテリー……。貴様、何が言いたいのだ?」

「本日は一つ、嘆願をしに来たのです。ヘルフリート陛下。どうか、エレオノーラ様をお許しになってください」

「そんなことができるか!」


 謁見の前に響くような大声が、ヘルフリートから放たれた。

 その声にマーテリーは身体を射竦めたものの、負けじとその場に自らを縫いつけるようにして、ヘルフリートの顔を見つめる。


「たかが愚妹の分際で奴は俺に恥を掻かせた。それだけではない。エトランゼの血を引く女をこの国に置いておいては、それこそ後の災いとなるだろうが!」

「エトランゼの是非についての議論は後程にいたしましょう。私が問題にしているのは、ここ数日国内に聞こえてくるオルタリア南方、イシュトナル自治区への出兵の噂です」

「自治区だと? その名を呼ぶな、マーテリー。俺はエレオノーラの居場所を許可した覚えはない」

「でしたらなおのこと、エレオノーラ様を許し、イシュトナルをオルタリアの領地としてお加えください。あの地は鉱物資源が豊富で南方との交易の拠点となり、加えてエレオノーラ様の統治により今や無視できないほどの……」

「だから奪うのだろう! そのために兵を派遣すること、何の問題がある?」

「……それは私に言わせますか」


 意を決して、マーテリーはそれを口にした。


「敗北の危険性があるということです」

「き、さま……!」


 怒りの余りヘルフリートが立ち上がる。

 その迫力は凄まじく、マーテリーは一歩後退り、両側の二人などは驚きのあまり尻餅を付いてしまいそうになっていた。


「俺が……。俺のオルタリアが敗北するというのか? ろくな軍備も持たぬ連中に!」

「エレオノーラ様は世論を味方に付けています! もし陛下が軍を動かせば、それは大義なき戦いと多くの人の目に映るでしょう。もしその戦いで少しでも後れを取ることがあれば、その不満はたちまちに広がりますぞ!」

「マーテリー……。貴様はいったい誰の味方なのだ?」

「オルタリアでございます。この国、そしてここに住む者達の為に、知恵を絞り、実を粉とする所存ありましょう」

「……そうか。お前の言葉、深く心に染みたぞ」


 穏やかな声でヘルフリートは告げた。

 もう彼の中での結論は出た。そうなれば、怒りは全く無意味なものとなる。


「陛下……!」


 玉座を立ち、ヘルフリートはマーテリーに一歩ずつ近付いていく。

 本当に愚かなことだと我ながら思う。

 辛酸を嘗めさせられ、つまらぬことで無駄な時間を取らされながら。

 何故、そのことに気が付かなかったのか。

 ヘルフリートは剣を抜き、それを無慈悲に振り下ろす。

 一切の慈悲も躊躇いもなく、その剣は的確にマーテリーの首を斬り落とした。


「ひっ……!」


 二人の貴族の悲鳴が上がる。

 しかし、その場から逃げだすことはできない。王の御前からそんな真似をすれば、それこそ死罪を免れることはできないからだ。

 飛び散った真っ赤な血を頬に浴びながら、ヘルフリートは上機嫌な声で言った。


「国とは、王。そして王とは俺だ。国のために尽くすのならば、俺に対して余計な反論をすることなく、その方針に従い事を進めるための献策をすればいい。だとすればこの男、愚かなマーテリーのしたことは間違いなく、国に背くことだろう」


 王の双眸が、貴族を睨む。


「違うか?」

「そ、その通りでございます!」


 抵抗することも許されず、二人はそのまま跪くことを選択した。

 結果としてはそれは正しい。最早ヘルフリートは自らの手で家臣の首を刎ねることを躊躇いはしない。

 一度やってしまえば、後はもう二度も三度も変わらないのだから。
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