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第四章 空と大地の交差
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港町ハーフェン。
オルタリアが誇る最大級の港町であり、海の向こうにある諸外国との防衛の拠点でもある。
しかし、王都オル・フェーズからかなりの距離があるために、王家の支配が強く及んでいるとは言い難い。
そのため、先日のイシュトナルとの戦いに関しても全くの無関心を貫ていていた。
石造りの街並みはどんな時でも人々でごった返し、様々な人種が入り乱れている。
彼等はオルタリアの長く伸びる街道を通り、ソーズウェルを経由し、オルタリアから諸外国へと貿易をする。
それこそがクラウディアが長年見てきたハーフェンの姿なのだが……。
「どいつもこいつも景気悪い顔しちゃってさぁ」
「仕方ありませんよ。今の国状ではね。先日もオル・フェーズ行きの荷馬車が野盗にやられたようですし」
クラウディアとラニーニャ。見た目麗しい二人の船乗りが今いるのは、ハーフェンの港へと続く一番通りに面したオープンテラスのレストランだった。
二人は向かい合ってテーブルに座り、そこには魚料理を中心としたハーフェンの海の幸が所狭しと並べられている。
貿易拠点であるだけあって、そこから見える道には大勢の人が行き交っているが、それでも全盛期に比べれば随分と減ったものだ。
「はん。ばっかじゃないの。前の王様もいるんだかいないんだか判らなかったけど、今のヘルフリートよりは百倍マシだね」
クラウディアのその言葉に、他の客がぎょっとして彼女の方を見る。
そんな言葉が関係者に聞かれれば侮辱罪で捕まり、最悪処刑すらもありえるからだ。
「クラウディアさん。口を慎みましょう」
「だーってさー。あいつが王様になってから何もいいことないじゃん。税金は上がるし、そのくせ治安は悪くなって、海にも陸にも賊は出るし」
「わたしとしては、そのお金が注ぎ込まれている先が気になりますがね」
そう言って、白身魚のマリネにフォークを突き刺し、優雅な仕草で口に運ぶ。
ラニーニャがもぐもぐと咀嚼している間に、クラウディアが全く反省した様子もなく喋り続ける。
「どーせあの妹姫の、えっと……なんだっけ?」
「イシュトナル?」
「そう。そこと戦うんでしょ? 前の開戦はこっぴどくやられたみたいだしね。いいザマ。そのまま国も乗っ取られちゃえばいいのに」
「言い過ぎですよ。同じ国に二つの政府があるのは確かに問題ですから。戦いの火種にしかなりませんし」
「アタシはイシュトナル派だけどねー。向こうから来た人の方が金の払いがいいし。この間パパから聞いたんだけどさー、ハーマンって商人さんがイシュトナルびいきで色々と高く買ってってくれてさー」
クラウディアの父は街一番の豪商で、同時ハーフェンの顔役でもある。ほぼ町長のような役割で、街を治めていると言っても過言ではない。
その理由は経済力だけではなく、温和な人柄から内外問わず多くの人に慕われているからなのだが。
「……どうしてあのお父様からクラウディアさんが生まれたんでしょう?」
「なんかよく判んないけど、馬鹿にした?」
「いいえ。滅相もない」
冗談めかして首を横に振ると、クラウディアはその件に関してそれ以上の追及はなかった。
「それはまぁ、この間官吏としてやってきた貴族の方を考えると、オルタリアの人手不足もここに極まれり、と言ったところでしょうが」
「あー、その話はなしにしよ。今思い出してもイライラするからさ」
「はいはい」
そうして二人はしばらくは無言で料理を口に運んでいく。
大方を食べ終えて、顔見知りのウェイトレスがサービスに甘い果実酒を持って来てくれたところで、機嫌をよくしたクラウディアは今日の本題に入ることにした。
「でさ。ラニーニャ」
「はい」
「あの婆海賊団のことで話があるって、何さ?」
「マーキス・フォルネウスですよ。あのお婆さんはベアトリス、アランドラの海では知らぬ者がいないほどの大海賊です」
「へぇ」
にやりとクラウディアは笑う。
「じゃあアタシ達はその大海賊相手に有利に戦ったってわけだ。うんうん、いいじゃんいいじゃん!」
「そこが妙なんですよ」
「なんでさ?」
「ベアトリス。彼女はアランドラでは海賊ですが、同時に私掠船団の頭領でもありました」
「ああ、あの政府公認の海賊ってやつ?」
ぐいっと果実酒を飲み干したクラウディアの頬は、赤く染まっている。それを見てラニーニャは酒が出てくる前に話をすべきだったと後悔した。
「そうです。どうしてその彼女がオルタリアの海域に、たった一隻の船でいるのでしょうか?」
「そっか。確かに不思議だね」
言いながら、クラウディアはふにゃんとその頬をテーブルに乗せ始める。酒は好きだが恐ろしく弱いのだ、この娘は。
「ここ数日哨戒船の動きを強めていますが、付近に船影はないようですし」
「じゃあいいじゃん。次にこっちに来たときを狙って倒せばさ」
「いえ、だから……。そんな簡単な話では……」
「うん、知ってるよ。簡単な話じゃないって。でも難しいことはラニーニャがやってくれるし、アタシはただぶっ放せばいいんでしょ?」
「……少しはわたしの苦労も判って欲しいものですけどね」
「判ってるってさー。もー、ラニーニャ大好き!」
がたんと椅子から立ち上がり、抱きついてくるクラウディア。
「ちょっと、クラウディアさん! まだ昼間ですよ!」
「なにー!? まるで夜ならいいみたいないい方じゃーん! うりうりー」
言いながら胸を顔に押し付けてくるクラウディア。
男なら嬉しさのあまり自然と顔が綻んでしまうところだが、生憎とラニーニャは女だし、それにほんの少し、本当に僅かだが、いや全く小指の先ほど程度の些事ではあるのだが、悔しい。
マーキス・フォルネウス。
その船長ベアトリス。
何故彼女等がこの海域に現れたのか、その理由は全く判らない。
それに何よりも。
偉大なる海の女、大海賊ベアトリス。
その生き様に、ラニーニャは強い興味をそそられていた。
それはそうとして、クラウディアの身長に似合わぬ豊かな胸の感触は、例え女であろうと気持ちのいいものだった。
オルタリアが誇る最大級の港町であり、海の向こうにある諸外国との防衛の拠点でもある。
しかし、王都オル・フェーズからかなりの距離があるために、王家の支配が強く及んでいるとは言い難い。
そのため、先日のイシュトナルとの戦いに関しても全くの無関心を貫ていていた。
石造りの街並みはどんな時でも人々でごった返し、様々な人種が入り乱れている。
彼等はオルタリアの長く伸びる街道を通り、ソーズウェルを経由し、オルタリアから諸外国へと貿易をする。
それこそがクラウディアが長年見てきたハーフェンの姿なのだが……。
「どいつもこいつも景気悪い顔しちゃってさぁ」
「仕方ありませんよ。今の国状ではね。先日もオル・フェーズ行きの荷馬車が野盗にやられたようですし」
クラウディアとラニーニャ。見た目麗しい二人の船乗りが今いるのは、ハーフェンの港へと続く一番通りに面したオープンテラスのレストランだった。
二人は向かい合ってテーブルに座り、そこには魚料理を中心としたハーフェンの海の幸が所狭しと並べられている。
貿易拠点であるだけあって、そこから見える道には大勢の人が行き交っているが、それでも全盛期に比べれば随分と減ったものだ。
「はん。ばっかじゃないの。前の王様もいるんだかいないんだか判らなかったけど、今のヘルフリートよりは百倍マシだね」
クラウディアのその言葉に、他の客がぎょっとして彼女の方を見る。
そんな言葉が関係者に聞かれれば侮辱罪で捕まり、最悪処刑すらもありえるからだ。
「クラウディアさん。口を慎みましょう」
「だーってさー。あいつが王様になってから何もいいことないじゃん。税金は上がるし、そのくせ治安は悪くなって、海にも陸にも賊は出るし」
「わたしとしては、そのお金が注ぎ込まれている先が気になりますがね」
そう言って、白身魚のマリネにフォークを突き刺し、優雅な仕草で口に運ぶ。
ラニーニャがもぐもぐと咀嚼している間に、クラウディアが全く反省した様子もなく喋り続ける。
「どーせあの妹姫の、えっと……なんだっけ?」
「イシュトナル?」
「そう。そこと戦うんでしょ? 前の開戦はこっぴどくやられたみたいだしね。いいザマ。そのまま国も乗っ取られちゃえばいいのに」
「言い過ぎですよ。同じ国に二つの政府があるのは確かに問題ですから。戦いの火種にしかなりませんし」
「アタシはイシュトナル派だけどねー。向こうから来た人の方が金の払いがいいし。この間パパから聞いたんだけどさー、ハーマンって商人さんがイシュトナルびいきで色々と高く買ってってくれてさー」
クラウディアの父は街一番の豪商で、同時ハーフェンの顔役でもある。ほぼ町長のような役割で、街を治めていると言っても過言ではない。
その理由は経済力だけではなく、温和な人柄から内外問わず多くの人に慕われているからなのだが。
「……どうしてあのお父様からクラウディアさんが生まれたんでしょう?」
「なんかよく判んないけど、馬鹿にした?」
「いいえ。滅相もない」
冗談めかして首を横に振ると、クラウディアはその件に関してそれ以上の追及はなかった。
「それはまぁ、この間官吏としてやってきた貴族の方を考えると、オルタリアの人手不足もここに極まれり、と言ったところでしょうが」
「あー、その話はなしにしよ。今思い出してもイライラするからさ」
「はいはい」
そうして二人はしばらくは無言で料理を口に運んでいく。
大方を食べ終えて、顔見知りのウェイトレスがサービスに甘い果実酒を持って来てくれたところで、機嫌をよくしたクラウディアは今日の本題に入ることにした。
「でさ。ラニーニャ」
「はい」
「あの婆海賊団のことで話があるって、何さ?」
「マーキス・フォルネウスですよ。あのお婆さんはベアトリス、アランドラの海では知らぬ者がいないほどの大海賊です」
「へぇ」
にやりとクラウディアは笑う。
「じゃあアタシ達はその大海賊相手に有利に戦ったってわけだ。うんうん、いいじゃんいいじゃん!」
「そこが妙なんですよ」
「なんでさ?」
「ベアトリス。彼女はアランドラでは海賊ですが、同時に私掠船団の頭領でもありました」
「ああ、あの政府公認の海賊ってやつ?」
ぐいっと果実酒を飲み干したクラウディアの頬は、赤く染まっている。それを見てラニーニャは酒が出てくる前に話をすべきだったと後悔した。
「そうです。どうしてその彼女がオルタリアの海域に、たった一隻の船でいるのでしょうか?」
「そっか。確かに不思議だね」
言いながら、クラウディアはふにゃんとその頬をテーブルに乗せ始める。酒は好きだが恐ろしく弱いのだ、この娘は。
「ここ数日哨戒船の動きを強めていますが、付近に船影はないようですし」
「じゃあいいじゃん。次にこっちに来たときを狙って倒せばさ」
「いえ、だから……。そんな簡単な話では……」
「うん、知ってるよ。簡単な話じゃないって。でも難しいことはラニーニャがやってくれるし、アタシはただぶっ放せばいいんでしょ?」
「……少しはわたしの苦労も判って欲しいものですけどね」
「判ってるってさー。もー、ラニーニャ大好き!」
がたんと椅子から立ち上がり、抱きついてくるクラウディア。
「ちょっと、クラウディアさん! まだ昼間ですよ!」
「なにー!? まるで夜ならいいみたいないい方じゃーん! うりうりー」
言いながら胸を顔に押し付けてくるクラウディア。
男なら嬉しさのあまり自然と顔が綻んでしまうところだが、生憎とラニーニャは女だし、それにほんの少し、本当に僅かだが、いや全く小指の先ほど程度の些事ではあるのだが、悔しい。
マーキス・フォルネウス。
その船長ベアトリス。
何故彼女等がこの海域に現れたのか、その理由は全く判らない。
それに何よりも。
偉大なる海の女、大海賊ベアトリス。
その生き様に、ラニーニャは強い興味をそそられていた。
それはそうとして、クラウディアの身長に似合わぬ豊かな胸の感触は、例え女であろうと気持ちのいいものだった。
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