彼方の大地で綴る【四章まで完結済み】

しいたけ農場

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第四章 空と大地の交差

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 孤島の奥にひっそりと隠されるように、その遺跡は存在していた。

 遺跡と言っても主だった建物はとっくに風化してしまったのか、それとも何かしらの災害によって破壊されたのか、家屋のように中に入れるような原型を留めているものはなく、所々に点在する石の塊が、辛うじてそこに住居のようなものがあったことを示唆しているだけではあるが。

 その周囲には人の手は全くと言っていいほど入っておらず、ただひたすらに木々が生い茂る林が広がっている。


「宝物があるって感じじゃなさそうだが。さてどうかね」


 ベアトリスがそう呟いた。

 既に彼女旗下の海賊達はあちこちに散って、何か金目のものでもないかと探索を続けている。

 ここに来ているのはだいたい十人程度の人数で、それ以外のメンバーは食料の調達に出ていた。


「カナタ。何ぼーっとしてんだい?」


 石の梁が柱を繋ぎ、円を形作っている。

 ストーンサークルと呼ばれる形の中心部に何か違和感を覚えて、カナタはその方向をじっと見つめていた。


「何か」


 悪寒、と呼ぶほどのものでもないが。

 ここにいると、不思議と気温が下がったように全身に寒気が走るのだ。


「寒くない、ここ?」


「そんなことはないと思うがね。海に潜った所為で風邪でも引いたんじゃないか?」


 ベアトリスの手がカナタの額に当てられるが、熱がある様子はない。


「船長! こっちに空洞がありますぜ!」

「ジャック、あんたの勘もたまには役に立つね!」


 ジャックが声を上げたところは、神殿の中心部に近い場所だった。


「でもこれ、誰かが掘った後がありますぜ」


 ベアトリスと、その後ろに付いていったカナタが覗き込んでみれば、確かに古くはない傷跡が周りには刻まれている。

 明らかに、ピッケルか何かで周囲を掘り返した後があった。


「ちぇ、先越されちまったってことか」

「そうでもないんじゃないかい? この穴じゃ人は通れないだろ。何か理由があって途中で諦めたように見えるね」

「そりゃ甘いですぜ、船長。小人を覚えてるでしょ? ナーグルア諸島にいた、あの小さい種族……」

「そいつらがここにいるわけないだろ! いいから掘りな!」

「いったぁ!」


 容赦なくベアトリスがジャックの頭をどつく。

 ジャックは渋々担いできたピッケルを持ちなおして、その穴を広げるために何度も叩きつけていく。

 その様子を見ていたカナタは、周囲に転がっている何かに気付いて、「あ、」と声を上げた。

 その視線の先をベアトリスが追うと、そこにはランタンが転がっていた。


「ランタン? ……ふーん」


 それもまだ真新しい。中にはまだ燃料も入っており、振れば水音が聞こえてくる。


「ってことは、数日のうちにここを掘り返しに来た奴がいる」

「でも、この穴を見つけたのにどうしていなくなっちゃったのかな?」

「ランタンを灯してたってことは夜に作業してたってことだ。もしかしたら気付かずに別のところに行ったって可能性もあるが……」


 だとしたらランタンが転がっているのはおかしい。暗闇の中でそれを落とせば、間違いなく拾いなおすだろう。

 であれば、可能性として有力なのはランタンを拾う余裕がなかった、と言うことになる。


「面白くなりそうじゃないか」

「母ちゃん! やっぱり奥に続く道があったぜ!」

「母ちゃんはやめな!」


 再びジャックの頭を小突いて、ベアトリスが洞穴のように広がったそこを覗き込む。


「カナタ。ちょいとこっちに来な」


 言われて傍に近寄ると、首根っこを掴まれた。


「アタシとこいつの二人で行く。ジャック、あんたらは外で見張りだ」

「えー、そりゃないよ船長……。お宝に一番乗りしたいぜ」

「別にいいけどね。ただし、中に魔物がいたら真っ先にお前が戦うんだよ?」

「行ってらっしゃい、母ちゃん!」


 無言でベアトリスがジャックの頭を引っ叩く。


「……なんでボクなの?」

「そりゃお前がこの中で一番腕が立つからさ。アタシの次だけどね」

「いや、そんな……」

「謙遜すんじゃないよ。なあジャック? お前、こいつに勝てるかい?」

「寝てるところを襲えばイチコロだな」

「だってよ。それにお前はちっこいからね。もし奥に魔物がいても動きまわって戦えるだろ。図体ばっかり無駄に育った連中じゃそうはいかない」

「……複雑」

「褒めてんだよ。喜びな」


 気合いを込めるために背中を叩き、ベアトリスはカナタを連れて洞窟の奥へと入り込んでいく。

 中には階段状になっており、ベアトリスはああ言ったが広さは二人並んで歩くのが精一杯で、魔物に襲われては戦うことなどできはしないだろう。

 曲線を描くように下に伸びる階段を降りていくと、次第に外からの光も届かなくなってくる。


「ほら。出番だよ」

「へ?」

「ギフトだよ、ギフト。あれで足元を照らしな」


 言われるままにセレスティアルを掌に生み出して、灯りにする。

 それを頼りに二人は更に奥へと歩みを進めていった。


「それにしても、一杯食わされたね。最初にそのギフトを見せたとき、本当の力を隠してたってことだろ?」

「それは……。うん、ごめんなさい」

「別にいいさ、怒っちゃいない。むしろ海賊を目の前に手のうちを全部晒す奴は大馬鹿だね。そう言うところも気に入ったんだよ」

「……あはは」


 昨日、本格的な勧誘を断っただけあって、複雑な笑いで誤魔化すことしかできない。

 二人分の足音が響くなか、ベアトリスはカナタが怯えないように気遣っているのか、事ある毎に話しかけてくれた。


「上の馬鹿共は気付いちゃいないが、財宝って感じではなさそうだね」

「そうなんですか?」

「多分だがここはあれだろ? この辺りで信仰されてる神様を奉った神殿みたいじゃないか。そう言うところに財宝隠す奴はなかなかいないね。金銀財宝っていう判りやすく価値のある物をしまい込むのは聖職者じゃなくって、自分が手に入れたものを自慢したくてしたくて仕方がない馬鹿な連中さ」


 言ってから、ベアトリスは「アタシ等みたいな、ね」と付け加える。


「じゃあ、どうして奥に来たんですか?」

「全く何もないってわけじゃないだろうからね。金貨の一枚でもひろえりゃ充分なお宝さ。それが第一。
 第二に、アタシ達は冒険がしたいのさ。知らない国の、古代の神殿の奥で何かに出会う。充分、胸が躍るってもんさ」


「……冒険?」

「そうだよ。アンタはしたことないのかい?」

「なくはないですけど」


 カナタは肩書は冒険者だ。

 それはその名の通り冒険を生業とする仕事だが、ベアトリスの言うそれとはまた違う気がした。

 冒険者はその日の糧を得るために仕事を受ける。遠くに出かけることもあるが、それらは全て結局のところお金のためでしかない。

 ここ数日のダンジョン探索もカナタにとってはできるだけ犠牲を出さないようにする綱渡りであり、冒険ではなかった。そこに未知なる出会いとの喜びなどはなかったのだから。


「なさそうだね、その顔を見ると。勿体ないんだよ、アンタ達エトランゼは」

「勿体ない?」

「知らない世界に来たんだろ? それをもっと楽しまなきゃ」


 その言葉は人によっては怒りを駆り立てられるものだっただろう。

 見知らぬ世界に来て、昨日まで持っていた全てを捨てる羽目になって、そんな楽観することができるものかと。

 しかし、カナタに怒りはない。

 そう語るベアトリスの横顔が、皺が刻まれた、彼女が生きてきた時間を雄弁に語るその表情に、全くの悪意がなかったから。

 きっと彼女は、多くのエトランゼと同じ状況になっても同じことをするのだろう。その世界を楽しんで、冒険する。

 カナタにはそれが、その心が羨ましく思えた。


「そろそろ到着だね」


 気付けば階段は終わり、細長い道が奥へと続いている。

 もう既に外からの光は全く届くことはなく、カナタのセレスティアルの灯りだけが頼りだった。

 二人は並んでその道を進み、横に立つベアトリスはいつでも戦えるようにカトラスの柄に手を掛けている。

 少し歩いたところで道が終わり、開けた空間に出た。

 入り口と同様狭苦しい小部屋で、青白い色に輝く魔法の灯篭が四角形に配置され、その中央には棺のようなものが置かれている。


「棺桶? 中身は空みたいだけど」


 人間よりも僅かに大きな棺はその中に何も収められてはおらず、内部は空洞となっていた。


「収穫は何もなしか。この棺桶も特別金目のもんってわけじゃなさそうだしね」


 ベアトリスは拳を作って棺桶の表面を何度か叩く。ただの石ではないのだろうが、それほど価値のあるようなものでもなさそうだった。


「隠し通路もありそうにはないし……。どうやら当てが外れたねぇ」


 さしてがっかりした様子もなく、ベアトリスは部屋の中を見渡している。

 一方のカナタはこの遺跡に立ち入ったときと同じ悪寒が再び蘇り、その棺桶を見つめたまま立ち尽くしていた。


「せめてこの灯篭でも貰ってくとするかい。カナタ、アンタはそっちの二つを取り外しな」


 ベアトリスがそう言って灯篭の一つに手を賭けたところで、外から悲鳴のような声が聞こえてくる。

 洞穴の中を反響してここまで届いたその声は、野太い男の――ジャックの必死の叫びだった。


「母ちゃん! カナタ! 敵襲だ! 速く戻って来てくれ!」


 その声の必死さから、外で何か尋常でないことが起こっていることが如実に伝わってくる。


「聞こえたね。カナタ、お前さんは戦えるかい?」


 質問に対して、頷きで答える。

 カナタの中にある誰かを護りたいという心が、小さな英雄と言う言葉で紡がれた『呪い』が、感じていた悪寒や違和感を全て拭い去っていく。


「いい顔だ。行くよ!」
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