彼方の大地で綴る【四章まで完結済み】

しいたけ農場

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第四章 空と大地の交差

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 それから数日後も、カナタは相変わらず海の上で海賊達と一緒に過ごしていた。

 彼等は周辺の孤島を見つけては上陸し、宝を探して歩き回る。そして成果が得られようと得られまいと、楽しそうに宴をやってその一日を水に流していた。

 ある意味ではその日暮らしの生活が今のカナタの心には清涼剤となっていることを、認めざるを得ない。

 ヨハン達のいる場所には戻りたい。しかし、戻ったところで何をすればいいのか。

 少年を救えず自らの手で殺め、その上で英雄と呼ばれてしまったカナタが必要とされる場所など、もうないのではないかとすら思えてしまう。

 先輩海賊から貰ったバンダナを巻いて、水夫の格好に着替えたカナタは甲板掃除のモップを持ったまま、船の縁から青い海を見つめる。


「水平線、綺麗だなぁ」

「なーに黄昏てんだい? そういうのが似合う女になるには、十年ばかり足りないね」


 ぽんと頭の上に手を乗せられて、隣に並んだのは歴戦の老兵であり女海賊。

 ベアトリスはカナタの心などとうに見透かしているかのように、同じようにして水平線の彼方を見つめた。


「こうしてれば、お前さんがサボってても誰も文句は言えないからね」


 この海賊船でのベアトリスの権限は絶対的なものだ。彼女が黒と言えば白も黒くなる。


「ベアトリスさんは、どうして海賊になったんですか?」


 その質問に何の意味があるだろうか。それはカナタ自身にも判らないが、もし彼女の話を聞いて何かの参考になればと思い、そう尋ねた。


「つまらん話さ。船乗りだった父親に憧れてたが、アタシの国じゃ女が船乗りになるなんて絶対に許されなくてね。海に出るには、海賊にでもなるしかなかった。たったそれだけの話さ」

「海が好きだから海賊に?」

「子供の頃から海に触れてりゃそうもなる。見ろよこの雄大な世界を。小さな悩みなんかどっか行っちまうだろう。何せ」


 二人の視線は、同じところを見ている。

 青く広がる海の向こう。

 誰も知らない世界。


「これだけ世界が広がってるんだ。そこには色んな場所があって、色んな奴がいる。それを全部見るには人間の生きる時間ってのは短過ぎる。そのくせ大半の時間をくだらないことに使っちまうんだ。アタシがそうだったみたいにね」

「くだらないことって何ですか?」

「さあねえ。取り敢えず、お前さんがうじうじしてるのも、そのくだらないことの一つってのは確かさ」


 それだけ言って、ベアトリスは船の縁から離れて歩いていく。

 彼女が離れていってしまうのが何故だか寂しくて、もう少し話を聞きたくてカナタは呼び止めようと口を開く。

 そこに、背後から声が駆けられた。


「探したわ、カナタ」


 箒に乗って、フード付きのローブを纏った金髪の少女、アーデルハイトがそこにいた。

 以前の物からヨハンによって新調されたローブは、彼の着ているものと色違いのデザインとなっており、クリーム色の記事に所々赤いラインが入っている。

 彼女はふよふよと箒に横座りしたまま船の上までやってくると、確かな足取りで甲板に足を降ろす。


「まさか本当に海賊をやっているとはね。なに、その恰好?」

「……あはは」

「誤魔化さないの。さ、帰りましょう?」


 手を差し伸べるアーデルハイト。


「あの人も待っているわ」


 その名前を聞いたときmカナタの身体に電気が走ったかのように動きが止まった。


「どうしたの?」


 本当にヨハンはカナタを待っているのだろうか。

 それが本当だとしても、単なる義務感から探しに来ているのではないだろうか。

 あの日。

 少年を救えなかった日からずっと胸の中にあったわだかまりが、カナタに小さな躊躇いを生んだ。

 小さな英雄と、そう呼ばれていながら。

 たった一人の少年を救えなかったカナタに、ヨハンは幻滅してしまったのではないかと。

 そんな考えがカナタの不安となって、重りのように圧し掛かる。


「ボク、本当にヨハンさんに会っていいのかな?」

「……当たり前でしょう。彼は貴方のことを心配しているし、わざわざこんなところまで探しに来たのだから」


 その上で迷惑を掛けてしまったという事実が、カナタにとっては何よりも辛い。

 そして、そんな彼女の心境を理解したわけではないだろうが。


「そのヨハンって男が、カナタの悩みの種ってわけかい。……気が変わった」


 踵を返して戻ってきたベアトリスが、そこに立っていた。


「……アランドラの大海賊。私掠船団の長であるマーム・ベアトリス。お会いできて光栄ね」

「くすぐったいねぇ。アタシは海賊で悪党だよ? 小奇麗な魔法使いさんにそう呼ばれるほどのもんじゃないさ」

「外の国に名前を響かせることができる人物なんてそうはいないわ。そこに敬意を表しているの。でも、人の友達を誑かしたのは看過できないわね」


 アーデルハイトの表情が険しいものに変わった。

 そして袖から以前の物とは違う魔法の杖を取り出すと、ベアトリスにその先端を向ける。

 杖とは言うが、その先端に取り付けられた水晶は鋭利に磨がれていて槍としての役割も充分に果たすことができるだろう。


「それで、気が変わったというのはどういうことかしら? 彼女を保護していてくれたというのならそこには感謝するし、相応の謝礼も出すつもりよ」

「ああ、そんなもんはいらんさ。その子は拾いもんだし、アタシも命を救われてる。代金に関してはそれで相殺と行こう。ただ――」

「は……」


 アーデルハイトはその動きに、全く反応することができなかった。

 ベアトリスが目にも止まらぬ早業で放り投げたロープは、まるで生き物のようにカナタの腕を取り、彼女の足元へと引きずり倒した。

 そのままカナタの首筋に、カトラスを付きつける。


「カナタ!」

「うん。そうそう、これがいいね。最初はカナタを陸に届けようとも思ったんだが、やっぱり惜しい。お前さんはアタシ達と一緒に海賊になりな」

「このっ、海賊風情が……!」

「威勢がいいね、お嬢ちゃん。でもちょっとばかし甘かったねぇ」

「ベアトリスさん……。どうして……?」

「お生憎様、カナタ。海賊ってのは海の悪党なんだ。気分のままにやりたいことをやる。アタシは今、お前さんをクルーとして正式に迎えたくなった。それだけだよ」


 二人は睨み合うが、状況はベアトリスが圧倒的に有利だった。

 もし彼女がカナタを本気で殺すつもりなら、アーデルハイトが何か妙な素振りを見せた時点ですぐにその首を掻き切ることができる。


「さて。アタシの要求を伝えてもらうよ、魔法使いさん。この子を賭けて勝負しようじゃないか。そのヨハンさんってやらとね」

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